●4月 2001年5月 ●6月

2001年5月3日(木)
【アグネスタキオン戦線離脱】
筋書き通りにはいかないのが競馬とは言うものの、帰国早々に衝撃パンチを食らいました。アグネスタキオンが屈腱炎で戦線離脱とのことです。

全治までは少なくとも6ヶ月と伝えられており、ダービーどころか菊花賞も絶望です。 引退を示唆するスポーツ紙の記事もあり、残念でなりません。 マイシンザンが京都新聞杯を回避したときの岡村記者のコメント 「心にぽっかり穴が開いたようだ」(第6号)が俺の頭に浮かんできました。

アグネスゴールドアグネスフライトに続く、アグネス−長浜−河内勢の苦悩。 マイジョッキーに河内騎手を選んだ俺としても、悲しい気持ちでいっぱいです。

さまざまな馬の故障のニュースを目にして感じたことがひとつ。
テイエムオペラオーって、やっぱり偉大だな。


2001年5月6日(日)
【クロフネがNHKマイルカップを制す!】
NHKマイルカップは、1着がグリグリ人気のクロフネ、18着が最下位人気のエイシンフジサンという部分は順当ながらも、 それ以外の着順は人気と無関係にバラバラ。人気薄の馬が先行粘り込みで2着、3着を確保して、配当は波乱含み(2着−3着のワイドは4万馬券)。

クロフネはテンに速い競馬の経験がないため、前半はマイルの流れに乗り切れない様子でしたが、これは折り込み済み。 レースを進めながら徐々に進出し、直線でエイシンフジサンの脇をするっと抜ける天才的な手綱捌きはさすがは武豊。 最後はグラスエイコウオーの粘りに手こずりながらも半馬身差交わして優勝。 見事にダービーへの出走権を得ることができました。めでたしめでたし。

2着のグラスエイコウオーは前走のニュージーランドトロフィーの最下位から大きく変わり身をみせて大健闘。 キタサンチャンネルが控え、テイエムサウスポーが逃げれなかったことで、楽に単騎逃げに持ち込めたとしても、 時計そのものが優秀で、能力の裏づけがなければできない芸当。ブリンカーの装着も効果的であったようです。

1・2着馬はともにフレンチデピュティ産駒の外国産馬。 とはいってもすでに社台がフレンチデピュティを購入しているので、じきに内国産馬として産駒が登場します。 社台もそつなくさすがだね。

それにしても、キタサンチャンネルはなぜ逃げなかったのだろうか。 北島三郎の指示か?。 いやそんなことはないだろう。陣営の作戦か?。 高橋亮騎手には、スタート後にテイエムサウスポーが逃げられなかったことを感じた時点で、機転を利かせて行ってほしかったな。 キタサンチャンネルはさらに、4角手前で気の悪い面をみせ、 大きく外に膨れてネイティヴハートらに致命的な迷惑をかける始末。

く〜、つらいぜ・・・


2001年5月8日(火)
【ひで記者の生きざまに感心】
マレーシアへの往復には、シンガポール航空を利用しました。 ANAのマイレージ会員であるひで記者は、チェックインカウンターにさりげなくカードを提出し、 マイルの獲得手続きを行っていました。シンガポール航空はANAの提携航空会社に含まれているそうです。

とてもうらやましく思いました。 そして、福建麺を食べながらも、実は次の旅への蓄えも着実に行っている彼の生きざまに感心しました。

そこで俺も、クレジット機能のついた航空会社のカードを作成しようと決意を固めました。 JALやANAなど、選択肢がいくつかあると思いますが、どれがいいか迷っています。 経験者の意見を聞かせていただけたら、ありがたいです。


2001年5月10日(木)
【睡眠】
旅行中は、実に良く眠った。

朝は睡眠のエネルギーが途切れるまでたっぷりと眠り、
車での移動中は、路面からのバウンドが睡眠中枢を心地良く刺激してスヤスヤスヤ。

普段の俺って、かなり無理しているな・・・

おしまい

追伸
トーシンブリザードが、東京王冠賞も制して6戦6勝。この馬の今後に熱視線だ!


2001年5月12日(土)
【神○さんを囲んで】
昨晩は、久しぶりに職場にやってきた神○さんを囲んでの飲み会に参加させてもらいました。 味のある神○節は健在で、楽しい雰囲気で酒がどんどん進む。神○さんは、サッカー部の将来を心配されていた。

【祝儀について】
今日は昼前ぐらいからムックリと起動し、豊村記者の引越しの手伝いで心地良い汗をかきました。 仕事のあとは鴨づくしで今日もまたまた乾杯。
「ところで近藤さん、近藤さんからの祝儀は、馬券ってのもいいなって話が前に出たんですよ」
「まじ?、単勝3万円って当れば結構すごいぞ。式はオークスの前の日だよな」
「近藤さんならではってことで特別です。思い出になりますし」
スギノトヨヒメみたいなピッタリとした馬いないかな?」
「そんなサイン予想になんかに走らないで、当てにいってくださいよ」
「うい。テイエムオーシャンの取捨が鍵だよな。引っかかる気性だけど、距離適性はあるような気がするんだ」

ということで、来週はいつも以上に真剣なる検討が必要となりました。こんな経験は、俺をもってしても、もちろん初めてのこと。 ロロの妹のモットヒカリヲが、先週福島で芝2000mのレースを快勝し、勇ましくもオークスに登録。 賞金800万円の馬にも出走の可能性があるため、ウケ狙いに走るならば、十分候補となりえます。 モットヒカリヲの単勝が的中となれば、3万円が高級新車1台分くらいにはなるはず。めでたしめでたし。


2001年5月13日(日)
【うむむむむ】
今日で上半期の京都開催が終了して、次は10月までお別れ。 締めくくりのビッグスワンを存分に楽しもうと、当日券の電話受付けが開始される朝7時までに目を覚ますつもりで昨晩の夜を迎えました。

決意を固めたあとで深夜のBSにチャンネルをあわせると、マリナーズの試合がライブで放映されていました。 ほどなくイチローの第4打席の場面。 小気味良く振り抜かれたスイングから放たれた、美しい軌跡のライナーが外野手のあいだを抜けていき、 見事にスリーベース。これまでの打席で、すでにヒットとツーベースを記録しているので、あとホームランが出ればサイクルヒットだと、 実況が伝えていました。

「これは眠るわけにいかんわ」

でも俺を良く知っている人にはすでに察していることかと思いますが、次の打席まで、もたなかった・・・・

中途半端なうたた寝状態のためにリズムが狂い、結局目が覚めたのはダービーの前売入場券をゲットするために、 早くから府中に出向いてくれていた博文記者からの、携帯メールの着信音が鳴ったときでした。

イチローのその後の打席も見ることができず、ビッグスワンも断念するという悲しい朝を迎えたわけですが、 気持ちを入れなおして淀に出陣。何となく当たりそうな予感がしたので、いつもよりも投入額を増やしてみましたが、 うむむむむという結果に終わりました。 事前にはまるで眼中になかったアグネスデジタルの単勝一本勝負などに走ってしまったあたり、 まだまだ俺も甘いな・・・

今日は誕生日がらみの馬券でも買ってみるかと、13番のスカイアンドリュウからの流し馬券を塗りはじめたときに、 アグネスデジタルが鮮やかに差し切り勝ちした、昨秋のマイルチャンピオンシップの映像をJRAは流し始めました。 その映像に心を打たれた俺は、即座に買い目を変更してしまった。 くそっ、JRAめ、俺の43.3倍の当り馬券を返してくれ・・・


2001年5月15日(火)
【おお、コワ・・・】
会社からの帰り道にある警察署の近辺で人だかりがしていました。 なんじゃこりゃってくらいに。

大がかりな取り締まりか、それとも若者たちの暴動なのかって想像しながら、チラチラとそっちの方に目をやりましたが、 その人だかりからは特段の緊張感が伝わってこず、何だか良くわからないままそこを通り過ぎることとなりました。

帰宅してからニュースステーションを見ていたら、 殺人事件を扱うニュースの中継の場面で、そこの警察が映し出されていました。 帰宅時に目にしたのは、テレビの関係者と野次馬の群れだったようです。 川・メル友といったキーワードの犯人が検挙されたとか。 おお、コワ・・・

いやな気分になったので、チャンネルを変えたら、武幸四郎が出演していました。 なかなかいい味出していました。


2001年5月16日(水)
【高額納税者番付】
高額納税者番付が発表されました。 全国上位100位のなかから、競馬のシーンで見たことある人をピックアップしてみます。 もちろん、もれてる人もいるとは思いますが・・。 全国の税務署で公示されているものなので、伏せ字などせず実名で書いときます。

順位氏名2000年
所得税額
備考
8関口房朗氏11億0865万円過去には、名古屋の派遣会社を解任されるなどありましたが、へこたれない房朗氏。言わずと知れたフサイチのオーナー。アメリカで種牡馬入りしたフサイチペガサスの力でランクインか?
24吉田照哉氏6億0865万円ランキング常連の社台ファームの社長。上位安定のお金持ち。
68竹園正継氏3億8921万円テイエムオペラオーの大活躍で全国区へ登場。鹿児島県で1位であるばかりでなく、九州七県でも総合1位はさすが。
98大田勝氏3億1027万円化粧品など売ってるヴァーナルの社長。以前岡村記者のコネを使って馬主席で観戦したときに、ただならぬ額の馬券を買っていたのを目撃したが、やはりお金持ちであった。

それにしても、宝くじの一等よりも納税額の方が多い人たちって・・・


2001年5月18日(金)
【オークスを占う】
当日よりも的中の確率が高いと言われている金曜日予想で、オークスを占ってみます。 気性的な面から2400mに対して不安視する声もありますが、桜花賞のゴール前のシーンを何度も何度もチェックした末の結論が、 テイエムオーシャンの勝利です。

最後の直線で独走体勢に入ってから、本田騎手に打たれた鞭に呼応して、さらに伸びを見せた桜花賞の走りは、 ユキノビジンに迫られたベガ以上の迫力を感じさせるものでした。 決してバテているという素振りはなかったし、時計的にも優秀な上りでありました。

脳裏に焼きつくほどビデオチェックを繰り返した末の結論なので、とても自信があります。 桜花賞のように単勝1.3倍なんてことはないはず。配当的にも旨みがあります。


2001年5月20日(日)
【豊村記者、祝結婚】
豊村記者、結婚おめでとう!

昨日、5月19日の大安吉日に、豊村記者が結婚されました。 俺も披露宴に招待していただきましたので、一連の出来事について、時系列で紹介してみようと思います。

まず話は金曜日にさかのぼります。職場から披露宴に出席する面々には、それぞれ役割分担がありましたので、 事前に必要な決め事を確認するために、3時の休憩時にちょっとしたミーティングを開きました。 タップリと時間に余裕をもたせるスケジュールを立て、当日の集合時刻を決定。 スピーチをお願いされているひで記者近ぴ記者の両名は、 心なしか表情に堅さが見受けられました。

明けて土曜日の朝。素晴らしい快晴です。 予定通りの電車にみんなが乗ってきて、無事集合することができました。 おめでたい日に、明るい太陽の光。でも、近鉄電車の車内での俺は、祝儀の件で深い悩みにはまり込んでいました。 周りに弱気な面をみせたようなのですが、優しい言葉をかけてくれる人はおらず、面白がられるだけでした。くっ・・・

2次会の会場に荷物を届けて、披露宴会場であるザ・リッツ・カールトンに向かいました。 地下道を歩きながら近ぴ記者の方を見ると、口をモゴモゴモゴ。 歩きながらもスピーチの練習に余念がありません。

チャペルで行われた結婚式のメインイベントで、場内から思わず明るい笑い声がこぼれました。 新婦のみ○みさんとは今日が初対面ですが、笑顔を絶やさない、さばけた人柄の女性だという印象を受けました。 ちなみに趣味は読書とスイミングだそうです(ホント?)。

披露宴会場は、新郎の職場関係のテーブルがオッサン臭さかったのとは対照的に、新婦の友人達は若い!! 着付け教室での友人が多数出席されていて、和服姿が多かったのが印象的でした。 印象的といえば、新婦の親戚として出席されていた○村さんの精力的なカメラマンぶりも、目に焼き付いています。

明るい雰囲気で披露宴は進み、ひで記者のスピーチ、 近ぴ記者の司会者とのインタビュー形式の受け答えも好評でした。 カメラ係のく○ちゃんは、真面目に働いていたために少し食べ残してしまったそうですが、 俺はビデオを撮影しながらも、食べる方にも手を抜かずに完食。 蟹・鯛・フィレ肉と続く豪華な食事はうまかったです。 マレーシアとは立場の変わったりむ記者は、今日はリラックスムードでした。 式を大いに楽しんでいたようです。

2次会には、さらに多くの職場の仲間が集合して賑やかに開催。 まずピンクレディに扮した新婦の友人達が登場し、 続けて肉体派のひで記者と、 横浜のベートーベンことしみこうが、チャイコフスキーの調べにのって、くるくる回りながら白鳥姿で新郎新婦の入場を先導しました。 その姿はしっかりとデジタルビデオのテープに刻み込まれています。

新婦にお尻を触ってもらえるゲームの参加者として立候補したものの、司会者のひで記者&しみこうコンビから拒絶され、 失意のどん底に陥った森○かさんが、気を取直してニオイ当てゲームに女性役でコッソリと登場。 でも、豊村記者から「オヤジ臭い」と一発で見抜かれていました。

今日は久しぶりに美智記者萩山記者と会うことができました。 二人とも元気そうでした。あっちこっち歩き回っていたので、ほんの一瞬しか話すことができなかったのですが、 萩山記者から新しい仕事の話を聞き、よかったなあと思いました。 その仕事はきっと萩山記者に向いている。 今度、格安で世話してほしいぜ!

さて、今日のオークス。テイエムオーシャンは最後伸びなかったなあ・・・。
直線で弓を放ったように馬群から抜け出す予定だったのだが・・・
ごめんな、とよよん


2001年5月21日(月)
【少し元気に】
マレーシアで撮影したテープを見返してみました。 とても懐かしい気持ちがよみがえってきたと同時に、食事のシーンなどもっとたくさん記録しておけばよかったと後悔もしました。 自分のスピーチの部分は早送りして、いよいよりむ記者の挨拶のシーン。 彼の言葉や姿だけでなく、式全体の印象がぐっとよみがえってきて、再び熱い気持ちになりました。

今の俺はディプレッションモード。でも少し元気になりました。


2001年5月22日(火)
【クロフネは勝てないと思う】
ダービーに出走するクロフネに関して、別格だとする説と、そうでもないという説があって、推理する上ではとても面白くなってきました。 能書きを並べまくるのも面倒くさいので結論だけ記すことにしますが、 潜在能力を云々する前に、ローテーションが悪すぎてクロフネは勝てないと思います。

マイル戦のあとの2400mは不安だとか、そもそも2400mに対する適性を疑問視する意見もありますが、 これらに関しては克服できると俺は思います。問題は中2週というレース間隔。 目一杯に仕上げるための時間的な余裕がある皐月賞組と比較すると、これは致命的に不利な条件であるといわざるを得ません。

クラシック開放元年にクロフネが勝てば、ストーリーとしては美しいのですが、 外国産馬がダービーに勝利するのは、皐月賞も開放される来年以降になるとみます。

昨年のダービーで、俺が生観戦したダービーでは武豊が勝つというジンクスが、 俺が生観戦したダービーでは武豊が連対するという内容にトーンダウンしましたが、 今年はさらに、俺が生観戦したダービーでは武豊がワイド馬券の対象になるってとこまで限定条件を緩める必要がありそうです。 クロフネは3着かな?


2001年5月30日(水)
【外国産馬の天皇賞出走条件】
久しぶりに出先に出向いて、泊まりの出張をしてきました。 出張中のメンバーからは、体重が増えてしまったという声が多数聞かれました。 繁忙感が続く毎日、せめて食事くらいはコッテリと楽しんでほしいと思いました。 やつれていくよりは、はるかにマシだぜ!

帰りの電車のなかで読んだ新聞に、クロフネが宝塚記念に出走という記事を見かけました。 毎日杯でぶっちぎった阪神での走りは楽しみです。どこまで古馬勢に通じるのでしょうか。

昨年から天皇賞が外国産馬に開放されて、秋の天皇賞にはイーグルカフェメイショウドトウの2頭が出走しました。 今年の秋には、ここにクロフネなどが加わってくることになります。

ここで外国産馬の天皇賞出走条件を確認してみます。

外国産馬の天皇賞出走条件
1)中央競馬のG1優勝馬。(2歳戦を除く)
2)ステップレースの優勝馬。(春:阪神大賞典、日経賞、大阪杯、秋:オールカマー、毎日王冠、京都大賞典)
上記条件のいずれかを満たす馬の中から、過去1年間の重賞での獲得賞金の多い馬2頭以内が出走可能

現状では、メイショウドトウにはステップレースを勝たなければならないという試練が、 イーグルカフェにはライバルと比較して見劣りする獲得賞金を加算させなければならないという厳しさがあります。 一番楽な立場がクロフネってことになるのかもしれないけれど、 マチカネキンノホシアメリカンボスが安田記念で勝利したりすると、優先順位の序列がかなり混沌としてきます。 条件さえ満たせば、メイショウドトウが首位を確定するのでしょうが・・。

外国産馬間の戦いも、春競馬の見ものの一つかと思い、書いてみました。

(追記)
規則では、外国産馬は天皇賞に最大で2頭までしか出走できないとあります。 登録頭数が少なくてフルゲートに満たない場合でも、最大2頭という縛りは解けないようです。 これはおかしい。


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