君が望んだ物語
ショートストーリー・・・みんなの想いが動き出す・・

 


『君が望む永遠』ショートストーリーズ
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涼宮 茜 編   

☆『カレー記念日』 作・上野ふれき

 「カレー記念日」 上野ふれき

 恋人が突然部屋を訪れたのは、朝の11時過ぎだった。
「お昼ご飯、作り来ました」

 そうして今、俺の恋人である涼宮茜は鼻歌混じりで台所を占拠していた。
 鍋から漂ってくる美味しそうな匂いに、グウッとお腹が自己主張する。  

 どうしてカレーの香りは、こうも直接的に訴えかけてくるのだろう。
 香辛料恐るべし。
 でも。
 あんまり辛いものは苦手なんだよなぁ。
 茜ちゃんが甘口カレー好きだと良いんだけど。
 日曜日の昼、彼女が部屋に来て食事を作ってくれる。
 それだけでも、幸せすぎるのに、そんなこと言ってると罰があたるかな。 
 そう言えば、スカイテンプルももうすぐ夏のカレーフェアが始まるんだっけ。
 辛口カレーばっかりなんだよな、あれ。 
 やっぱカレーと言えば辛口なのか?

 などと、つらつら考えながらカーペットを転がっていると、トレイをもった茜ちゃんと目があった。
「ふふ。お待たせしました」
 あわてて身体を起こし、コホンと咳払いなどしてみる。
「いや、あまりに美味しそうな匂いがするんで、待ち遠しくてさ。ははは」
「はいはい。ちゃんと鳴海さんの好み通り甘口カレーだから、安心して食べてくださいね」
 こういう女の子の勘の良さには、毎度驚かされる。
 ・・・はっ! まさか転がりながら考えてたコト、口に出しちゃってたとか?
「鳴海さん、前に辛いカレーは苦手だって言ってたでしょ?」
「あれ? 全然憶えてないや。そうだっけ?」
「女の子はね、そういうことって、すごく憶えているものなんですよ」
 そう言いながら、炊飯器からご飯を盛り、手際よくカレールーをかける。
「味の好みって、言って貰わないとわからないじゃないですか。だから鳴海さんから、そう教えて貰ったとき、とっても嬉しかったんですよ」
「じゃあ、茜ちゃんには何でも言うようにしないとね」
 受け取ろうと手を伸ばすと、茜ちゃんは身を引いてお皿を遠のけてしまった。
 あ、あの笑顔は何かを企んでいる時の顔だ。
「そうそう。じゃあ、まず、鳴海さんが私のこと、どう思っているか言ってください」
 ・・・もしかして、言わないとそのお皿を渡してくれないのか?
 むー。
「・・・言わなくても伝わる気持ちって、あるよね」
 きっと負けるんだろうな、と思いつつも、微かな抵抗を試みる。
「でも、言ってもらいたい時もあるんです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 しばらくの間、無言のやりとりが続いた。
 じっと茜ちゃんの瞳を見つめる。
 目と目で語り合う。これぞ恋人同士の特権。
 届け鳴海孝之の想い。
 だが、瞳の直前まで届いていたその想いは、あっさりと受け取りを拒否された。
 彼女の笑顔にぶちあたって床に落ちた「気持ち」がカランと音を立てるのが聞こえる。
 言わなきゃダメですか。
「・・・愛してるよ」
 何度も口にした言葉だけど、こんな風に、真昼間から、いざ面と向かって言うとなると、照れくさくてしょうがない。
 思わず視線を逸らして、呟くように言ってしまった。
 鼻の頭をかきつつ、カーペットの模様を数えたりする。
 下を向いていても、彼女がじっとこっちを見ているのが判る。
 視線だけは感じるのだが、一体どんな表情をしているのかはもちろんわからない。
 あんな言い方じゃ、怒っちゃった、かな。
 それとも・・・まさか、悲しそうな顔になってる?
 そんな考えが頭を過ぎった瞬間、反射的にがばっと顔を上げてしまった。
 きちんと言い直さないと。

 ・・・あれ?

 茜ちゃんは、びっくりした様な表情をしていた。
 いや、実際びっくりしたのだろう。
 当たり前か。
 ちょっと不自然すぎる顔の上げ方だったし。
 がばっ、は無いよな。うん、落ち着け、鳴海孝之。
 よし、ここはさりげなく咳払いなどをして、自然な風を装おう。
 で、もう一度きちんと言い直す、と。
「コホン。あ・・・えーと・・・」
 だーっ。優柔不断すぎ、俺。
 ほら、ハキハキと言うっ。
 1、2、3、ハイ。
 なんて、いくら心がそう叫んでも、身体は言うことを聞いてくれなかった。
 あー、もぉ。人ってなんだかんだあっても、なかなか成長しないのな。
 鳴海孝之のダメっぷり、ここに健在。
 なんて、客観的に自己分析をしてみたり。
 そんな俺を見て、茜ちゃんはぷっと吹き出した。
 うぅ、情けない・・・。 
「うん、知ってる」
 ・・・え?
 笑顔で頷く茜ちゃん。
 その表情は、知り合ったときから変わらない、得意気な勝ち誇った笑顔だった。
 すごく幸せそうな笑顔だった。
「知ってるよ」

 だけど、彼女は知らない。
 彼女が知っていると言った「鳴海孝之が涼宮茜を好きな気持ち」はもう過去のものだ。
 今この瞬間、俺は益々彼女のことを愛しく思ったのだから。
 だから、彼女に知って貰うため、俺は何度も口にしよう。
 何度でも。いつでも。彼女の目を見ながら。
 
「愛してるよ、茜

 初出・k『あなたの瞳が映し出す未来』 2002.2.10.




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