LEGEND OF EYES
            幻想編

                                                    著・銀筆☆翔

 § 序章 §

 幻想界、それはありとあらゆる可能性を秘めた世界。そしてその中にバラディアという浮遊大陸がある。それは壮大な宇宙から見ると水晶球の中に浮かんでいるように見える。その大陸には不思議な魔力(ゼクー)が満ち、いろんな生物が棲んでいる。

 § 第一章 §

 旅人はゆるやかな太陽の日差しを、心地よく受けながら街へ続く道を進む。
 青々した大空の画布には、真っ白の積乱雲が陣取っている。
 旅人はあまりの陽気さに口ずさむ。
「それ行け! それ行け! 我が希望!
 明日は 夢の果て さぁ、行こう!
 親父の髭を 引っ張って」
 もう髪が白く変化してしまった旅人は、荷馬車に飛び乗り、再び高らかに歌い出した。
 そんな年長の主人を護衛達は、ほくそ笑んでお互いうなずきあっていた。
「さぁ、明日はウィークだ! さぁ、行こう」陽気な声が木霊する。
 バイヤット=ラードという大商人の隊商はメッサーラを旅立ち、東ののどかな街、ウィークへ向かっていた。

 第一話 「胎動」

 〔メッサーラ・ウィークの街〕
 その日は早朝からいい天気だった。赤色の線が何本か入った白い上着と青色の半ズボンを付けた短髪の少女が通りに面した自分の店の前で、藁ぼうきを手に積もった塵と格闘していた。
「おはよう、今日も朝からがんばってるね」通りかかった近所のおばさんが彼女に話しかける。
「おはようございます。サイアスさん」シェルは手を止めてにこやかに会釈をした。よく見ると彼女はそんなに髪は短くなかった。赤い飾紐でくくってあったからそう見えたのだ。そして頭に飾りとして瞳と同じ色の緑の葉の髪飾りを付けている。
「はい、シェルちゃん。搾りたてだよ」少しぽっちゃりとしたサイアスおばさんはシェルに牛乳の入った瓶を手渡した。
「いつも、ほんとにありがとうございます」シェルは深々とおじきした。ほのかな花の香りが発せられる。
「いやいや。こちらこそお世話になっているからね。持ちつ持たれつだよ」
 このおばさんとは父がいた幼い頃からよく遊んでもらっていた。ちょっとした母親がわりであった。
「じゃあ、あたしはそろそろ行くよ。これから朝市に野菜を仕入れに行かないとね。
 ああ、シェルちゃんどうだい? 今晩は家でご飯を一緒に食べないかい? ルフちゃんやホウィップちゃんも連れてきてさ。うちの亭主も久しぶりで喜ぶと思うしさ」サイアスおばさんは片目をつぶった。
「ありがとうございます。じゃあ、今晩何も仕事が無かったら窺わせて貰います」
「シェルちゃんたら、そんな謙遜して、遠慮無くいつでも来て頂戴な」サイアスおばさんはどんとシェルの肩を叩いて、市場へ向かって行った。シェルは少し頬を紅潮させながら再び掃除し始めた。
 野菜や家畜、干し肉、その他の物を積んだ荷馬車が角を曲がって、車輛を軋轢させながら店の前を通過していた。一台、二台と砂ぼこりを巻き上げながら通り過ぎていく。
 シェルは顔を少ししかめ、頬をふくらましたが過ぎ去った後、機嫌を取り直し再び塵を集めだした。
「シェルさん、今日も早いですね」店の扉を開けてホウィップがのっそりと出てきた。質素な白色の絹生地に茶色の刺繍が入った法衣を身に付けている。
「ホウィップこそ、朝のお勤めご苦労さんね」シェルは水桶に笏で水を汲みながらひょろっとした彼に片目をつむって答えた。
「いえいえ、慣れていますからね」ホウィップは背筋を伸ばして答えた。彼は幼なじみのシェルとどっこいどっこいの背だった。
「さてと、窓はこれくらいでいいわ。私も早く掃除を済まして、読書して……朝餉の支度をしないとね」
「よろしくお願いしますよ。では私は行きます」ホウィップは軽く礼をして寺院の方へ向かって行った。
「いってっらっしゃい」シェルはほのかに赤味を帯びた手を振った。
「さてと」シェルは再び仕事をし始めた。太陽もすがすがしくあがってきた。全く気持ちのいい朝だった。
 こんな平和な時がずっと続けばいいのに、とシェルは切実に感じていた。最近よくない知らせが多いのだ。
 半時間ほど人々が活動し始めるのを横目に見ながら自分の店を掃除した後、シェルは中へ入って地下室にある書斎に降りて行った。そして広々とした本棚からおもむろに本を危なっかしく取り出し、座り慣れた木の椅子に座った。
 机の上の埃を雑巾で軽く拭き取って、赤ん坊を扱うように優しく本を置いて、高級の羊皮紙の紙面をめくっていった。
 この毎朝の読書は幼い頃から父親によって習慣づけられていた。
 シェルの父親はシェーカー=アドリアーノといい、約四〇年前の〈英雄戦争〉で大活躍した魔法使いであった。しかし母親とも別れ、六年前にはシェルとこの店を残して行方不明となってしまった。その時以来、シェルは魔法を嫌いになった。家族がバラバラになったのも戦争と魔法という存在の性だと思っているからだ。
 しかしこの店を残した父親を嫌ってはいない。この店は人々を救うためにシェーカーによって建てられたのだ。シェルは父の意志を継ぎ人々の役に立つ仕事を引き受けている。もっとも父のようにはいかず、何でも屋的になっているが。
 店の名は『龍と迷える小羊の専門家』という奇妙な名である。店全体はかなり大きく、二階だてで一階は酒場風に円卓を並べた事務所が入り口に面しており、奥に台所、客室、二階は寝室が四つある。
 かなりこの街では贅沢な豪邸と言っていいほどである。


 二時間ほど経ち、日もけっこう上がり始め気温もそれに伴い上がり始めた頃、長身の美少年ルフはふくよかな寝台で目を覚ました。いつも最後に起きるのは彼だった。何もさしあたって仕事の無い日は正午二時間前に起きるのだ。
 服を素早く着替えて彼は台所に現れた。黒い髪の彼は細身の身体に黒の布服に赤の腰巻を巻いていた。
「おはよう、ルフ」シェルは食卓に皿を並べながら言った。小麦粉に肉を入れて焼き上げた香ばしい臭いのする小麦焼きが載っている。
「うん」ルフは軽く目で合図して丸椅子に腰掛けた。
「はい、どうぞ」シェルは笑顔で牛乳の入った小鉢を差し出した。
「絞りたてよ」自分も椅子に座った。
「ああ、ありがとう」ルフは無造作に言って食べ始めた。
「……ところで今日の仕事の予定は?」ルフは顔を皿から上げて言った。シェルは少し赤面して答えた。
「ええ、特に無いけど」
「最近は暇だな」ルフは小鉢を置いてため息混じりに言った。
「何をおっしゃいます。平和でよいではありませんか」台所にホウィップが入ってきた。
「おかえり。さぁ、座って」シェルは立ち上がってホウィップにも食事を用意してあげた。
「ありがとうございます。いつも、いつも」ホウィップは涙ぐみながらまるでシェルを神のように感謝した。
「何を言ってるのよ。帰ってくるなり。私こそ礼を言うべきなのよ。一人で店をやらなければならなかったのを手伝って貰っているんだから……。はい、どうぞ」シェルは毎度毎度の事に困りながら小鉢と皿を食卓の上に置いた。
「ホウィップ。俺がいってるのは別に争いごとに関する事じゃないぜ。手伝いの事だよ」ルフが間を置いて言った。
「でも、ドブさらいは厭でしょう」ホウィップは口いっぱい頬ばりながら答えた。
「それでも僧侶かよ」ルフは心底あきれたように呟いた。シェルは横で小さく笑っていた。みんな素敵な仲間だわと感じながら。


 その日は本当に何も仕事は来なかった。シェルは昼から久しぶりに市場へ買い物に出かけた。
「うわー。素敵だわ」彼女は露店に飾られている装飾品に気をとられていた。
「お嬢ちゃん。お一ついかがかな?」帽子をかぶった黒髭をはやした老人が愛想よくしてきた。
「うーん」シェルは色とりどりの首飾りや、宝石のちりばめた腕環などをじっくり眺めた。
「お嬢ちゃん。変わった髪飾り付けているね」商人はシェルの葉の髪飾りに興味を覚えて訊ねた。
「ええ。これは父に貰った物なんです」シェルは手で髪飾りを触りながら照れるように言った。商人のおじさんは彼女と葉を見比べている。
「うん。似合ってるよ。うちのどの商品よりも」手を広げて老人は言った。
「おじさんたら、わかったわ。この指輪を買うわ」シェルは観念して言った。
「安くしとくよ」
 シェルは他にも洋服などを見にいった。
 夕方になると、彼女らはサイアスおばさんの家に招かれて食事をよばれる事にした。
「さあ、たんと食べてちょうだい!」おばさんは元気よく勧めた。
「わあ、すごい」シェルは目の前のごちそうに驚いた。
「これはすごいですね」
 丸まる焼いた七面鳥、野菜をたっぷりいれたシチュー、木の実をいれて焼いたクッキーなどずらりと並んでいた。
「では、いただかせてもらいます」ホウィップは礼儀正しく神に祈ってから食べ始めた。シェルとルフもそれにならった。
「おいしい!」おもわず感激の悲鳴が洩れる。
「そうだろ、そうだろ」サイアスおばさんの夫、ジェンソが丸まった鼻を上下に激しく振って言った。
「あんたも食べなよ」サイアスおばささんはどんと夫の背中を叩いた。
「ゴホッ、ゴホォ」ジェンソはせき込みながらも笑って食べ始めた。
「ところでよ、最近は物騒になってきて、街の外は怪物なんかのさばり始めて大変なんだ。シェルちゃん達も仕事がら気をつけなよ」ジェンソは急に真顔になり真剣な目つきで話し始めた。
「ダストロスの影響でしょうか?」シェルが手をとめてうわ目づかいに訊ねた。
「うむ、邪教が再び蔓延しているからな。戦争も起き始めている」
「あんた、そんな物騒な事を持出さなくても」サイアスおばさんが窘めた。
「すまん、すまん。ちょいっと色々聞いたもんで」頭を押さえて彼は謝った。
 再び彼らは食事に専念し始めた。それぞれの脳裏におぞましい記憶が蘇る。
 四〇年前、平和に戻った世の中がたった一人の僧侶により破壊されたのだ。彼の名はダヴィトス。邪教や魔物をはびこらせバラディア全土を争乱の渦に巻き込んだ男。多くの人々が無惨に死に、または操られてダストロス国の手先となり堕ちた。
 ダヴィトスという男はサフレインを不死魔物として復活させ、暗黒神ヤイナの封印まで解こうとした。そう、それはほとんど成功するかのように見えた。
 だが、英雄達の手によって防がれたのだ。語るに尽くせぬ壮絶な戦いの末、ダストロスは無に帰し、再びバラディアは平和に分割統治される事になった。
 北西の竜達の国、トルド・ニムルはアネス女王。その隣、ジムスリングルとストゥルムは傭兵王、メルサシーグとカルターン。その南に位置する国、ヴジャスティスはバラの貴公子の異名をとるクバーナ=エヴィリーヌ。ダストロスとメッサーラ国は、レストールとジャールスが治める事になった。
 それから年月は経ち、現在再びダストロス国王、ルーマンの名において各国に宣戦布告がなされたのだ。今や忌まわしき邪教が再びダストロスを覆いつくし、次はストゥルムにその手を伸ばそうとしていたのだ。
 シェルは自分の父親が再びこの戦いをおさめるため行方をくらましたと感じ始めていた。


〔メッサーラ〜ウィーク・街道〕
「さあ、ウィークが見えてきたぞ」なだらかに下る街道の終着点を眺めながらバイヤットは声高らかに言った。ウィークの街の奥には〈迷いの森〉の名でしられる混沌とした樹海が広がっている。夕日に照らされて赤々と燃えているようだ。
 護衛の戦士ランマックとその仲間達は自分達の任務が終わるのを喜び半分悲しみ半分で迎え入れていた。バイヤットとの旅は非常に楽しかったのだ。この老人の博学さには全員敬意を込めていたものだ。
「弟にあったら、たらふくごちそうを食べれるぞ」
「おお!」思わず歓喜の声が洩れる。なんたってバイヤット商人の弟はウィークの町長である。かなりの待遇が期待されて当然なのであった。
「………待ってもらいましょうか?」風に乗って唐突に声が届いた。深い重みのある声だ。傭兵達は緊張して辺りを見回しつつ商人を守るように堅固した。
「どこだ?」ランマックは大きな斧を構えつつ様子を窺った。
 しかし、返事の変わりに怪物達が突如現れた。
「どこから!」傭辺達はわめきながら戦い始めた。
 全身から角の生えた赤い目を持ち、丈夫な皮膚を持つ怪物はきっかいな動きで迫ってきた。
「こんな奴見たことないぜ!」
「気をつけろ! ゴブリンと一緒にするなよ!」未知との敵の遭遇に彼らは慌てていた。
「最後の仕上げにはおあつらえむきじゃないか!」図体の大きい戦士ランマックは親指で唇をなぞり、ぞくぞくしながら斧をふるった。体中にある傷が彼のこれまでの戦積を物語たっていた。右頬にある大きな傷跡が彼の勇ましい荒武者ぶりを引き立てている。
「は、はやい!」怪物の動きはしかし尋常ではなかった。それに手もはるかに長い。
「ぐぉ!」ランマックの後ろの傭兵が叫びを漏らした。ランマックが振り返って見ると、仲間の男はしびれて動けず倒れていた。
「なにぃ!」一人また爪の毒牙にかかって倒れた。どうやら麻痺性の毒が爪から出てるらしい。ランマックは何とか巧みによけながら攻撃した。しかしこちらはかなり不利である。
「ランマック隊長! バイヤットさんを連れて逃げて下さい!」まだ傷を受けていない若い傭兵がバイヤットをかばうようにしてたっていた。
「お前が行くんだ!」ランマックは斧を豪快に振って牽制しつつ叫んだ。
「駄目です! 私が引き留めますから! 早く!」
「……わかった」ランマックは走りよりバイヤットのおびえる手をなりふりかまわずひっったくり、駆け出した。
「助けを呼んでくる!」斧を怪物めがけて投げつけ振り返らずにランマックは叫んだ。
「……どうした?」急に後ろに引っ張られたので、ランマックは振り返った。バイヤットは動かなかった。足からうっすらと血が出てる。
「しまった!」バイヤットは麻痺してしまった。怪物がまたぎくしゃくと踊るかのように追ってきた。ざっと一〇匹はいた。
「ランマック隊長! バイヤットさんは私が守ります! 隊長は早く助けを呼んで来て下さい!」先ほどとは違う傭兵が駆けつけてきていた。剣で怪物をおっぱらっている。
 ランマックは斧をほってしまった事を後悔したが、自分に出来る事をするため中腰になりバイヤットの手を離した。
「必ず助けを呼んで戻ってくる! それまで持ち堪えてくれよ」
「……わかってるさ」バイヤットは動かぬ唇から必死に声を絞りだした。ランマックは微かに苦笑いをしながら立ち上がり、きびすを返してウィークの街へ全速力で駆けて行った。


 幻想編は、愛想編の後の話し。愛想編が完結していないのにあるなんて・・とお思いですが、実際はこちらが先なのです。
そものも「D&D」の登場に伴い、TTRPGをやっていたころつくったキャンペーンはこっち。当初は「D&Dマスターズ」というコピー誌をつくり、キャンペーンと平行して仲間に配布していました。そのうち、過去の話が作られ愛想編の方が先に書かれていく形になりました。
 で、平行して、大学の時に書き直しで「カトブレパス」というコピー誌に少しづづ載せてました。
 こっちが、メインのはずなのに・            2002.11.04  沙門祐希



                              

 

戻る