そ し て、
悪 魔 が 降 り 立 つ 夜 に


翔 イ ン グ ぺ ん ぎ ん

第二話 『雨の夜空に月が三つ降り注げば』

夜空CCCCCCCCC三つの月が三角に陣取り、海面を照らす。
一つは赤き燃える月、マルトゥリ。
一つは光かがやく月、アンタリ。
一つは暗くひかる月、サタンリ。
風は静かに散っていった船の残骸への鎮魂歌のごとく音を立てて吹き、波は魂を愛撫するかのごとくなだらかに……。
一体、何人の者達が同じ夜空を見上げているのだろう。
海中CCCCC。 深き溝を岩棚に沿って男が一人、魚のように泳いでいる。実際、半分、魚だが……。
男が頼れるのは、暗闇を見通せる目。外見は全く人間と同じだった。
男はふと、気が付いたように岩々の間に身を寄せた。
魚の群れが突然、左右に飛び散ったようにいなくなる。
それは、明るかったら、上空を横切る白い巨船のようだっただろう。大きな、オウム貝とは言わないが、巨大な白鯨が通過したのだ。男はそれをじっと暗視していた。
白鯨の大きな腹の下には、もちろん小判鮫等の小魚が群がっていた。
男はしばし、じっと身を寄せ、巨大な怪物を見送ってから岩を力強く蹴って再び、海中へ躍りでた。目指すは前方に微かに光る灯り。
「……!」男の槍を握る手に力がこもる。光源からは血が微かに流れだしている。鮫が集まってきている。
素早く、その殺気を感じ取った彼は一層急いで光のもとへ泳いで行った。
(やはり……)
男は鮫より早く、光のもとへ駆けつけ、そこに槍を構え陣取った。そして、光の原因をちらりと見た。
(生きている?)
と、同時に鮫どもが襲いかかってきた。それでも、彼は慌てる事なく海中で自由に動き回り、鮫どもを軽くあしらっていった。
(連れて行くか……)
戦いながら、ぼんやりと考えていた。しかし、珍しいことだ。

ゲストフは、奇妙なふわふわとした生きていないような感覚の中で目覚めた。そして、驚いた。周りを見渡す。どうやら、部屋のようだ。
安堵感とが起こるのも束の間、記憶が津波のように頭の中を掛け巡った。精神がひきちじれそうだ。
「お父さん!……お、っ」涙が溢れて視界が定まらない。ぼんやりと人の形が目の前に見えた。
「落ち着いて……」そう、聞こえた。そして、暖かい手がゲストフをなだめて、彼は再び気を失った。
夢の中をゲストフはさまよい、ゲマリエフの残した言葉が彼の心に刻まれる。
(僕は誰なんだ?……)海賊が襲ってきた光景、父が無惨に殺される……。父?……偽の?‥‥本当の父は?
「CCCCC!」
再び、彼は跳ね起きた。今度は少し冷静になっていた。
ゲストフは奇怪な植物でできた寝台に寝かされていた。体には黒い布?……いや、海草の様なものが巻き付けられていた。どうやら、これで傷を手当しているらしい。
さらに、驚いた事はこの部屋には灯りが無いのだ。それでも中は暗くない。青白く部屋全体が光っているのだ。
どこかの岸に流れ着いただけではないようだ。どこか、水臭く、潮の香りがするのにも気になっていた。
(いったい……僕は?)
「ふふ、お目覚めの様ね」女性の声がした。
ゲストフが寝台から体を起こすと、横に女性が立っていた。歳は二十過ぎ、髪は緑髪で長く、それほど手入れはされていなかったがピンで止めてばらばらにしないようにしている。ただ、布きれのような物で、大事なところを隠しているだけで、服と呼べるような物は着けていなかった。
さらに、驚くべき事は首に数個の切れ込みがあることだ。「な、なんなの……」ゲストフはすくみあがっている。
「あら、驚かないで、ちゃんと説明してあげるから。驚いたのはこっちの方なんだから」女性は手で首筋をかばって言った。
「ここは、海底にある都市。ヴァツァーヘンよ。そして、私は〈水月族〉のヴァルリよ。あなたは?」
「げ、ゲストフというんだけど……」地上の人間として当然の反応、驚きながら彼は言った。
「さて、何から話しましょう。そうね……あなたは海底に沈んでいて、もう少しで鮫の餌になるところをヴァーツェンに助けられたの。覚えてる?仕方無いわね、地上の人は水中で息が出来ないものね。でも、不思議ね、あなたこうして生きているもの」
まだ、ゲストフは理解できていないようだ。ヴァルリは次に〈水月族〉の歴史を聞かしてやった。彼らはひっそりと海底で暮らしていたので地上人は一度もこの事を聞いた事がなかった。接触は〈水月族〉が地上人に扮して行っていたし。「……ねぇ、ここが海の底だとすると、何故ここには、その、水…海水がないの?」ゲストフはすでに落ち着き、好奇心をむき出しにして尋ねた。
「……驚いたわね。えっとね、それはね、海神サーハーンに知恵を授かった祖先達が空気を溜めておける空間を造っていたからよ。ほら、他にもこの部屋のように永久に光る灯りも。これは都市全体につけられているのよ」ヴァルリはゲストフの落ち着きぶりに感心しながら親切に教えてあげた。もう、元気なゲストフは、子供っぽく寝台から飛び降り、心配そうにヴァルリを見つめた。
「それで、僕の処置は?」
「大丈夫よ。あなたはちゃんと陸に返されるわよ。あ、それから……」ヴァルラは今まで忘れていたかのように手から黒い宝石を取り出した。
「きっと、これがあなたを助け……」言い終わらない内にゲストフは黒宝石を奪っていた。
「ご、ごめんなさい。つい……。これは父の形見なんです。実父じゃないけど」ゲストフは顔を紅潮させて慌ててあやまった。
「ふ、不思議な宝石ね。しっかり、もっとくのよ」ヴァルリは気を取り直し、微笑んで言った。
「もう、大丈夫ね。さぁ、長に会いに行きましょう。助け主にもお礼を言わなくちゃならないしね」
「そうだね」ゲストフはすっかり安心して答えた。


海底都市ヴァツァーヘンは、シアの東海岸から数十キロ離れた海底の奥深く似合った。周りは切り立った海溝に挟まれている。
都市は幾つかの街から出来ており、街々は空気のドームに覆われており、周囲はテントラ光海草をうまく使った、灯柱は建てられ、また、酸素補給のために水を分解する海底植物もたくさん飢えられていた。
ゲストフはその都市の中央の宮殿に連れて行かれた。
「ゲストフと申したな。よくぞ参られた」ヴァツァーヘンの最高権力者ヴァツークリモシウット四世は小柄な少年を暖かく迎え入れた。地上の御客としては歴史始まって以来の事である。丁重にもてなわさなくては。
「助けていただき、有難うございました」ゲストフはしゃちほこばって礼を述べた。さっき、来るまでに考えた言葉だ。「礼なら、そこにいる、ヴァーツェンにしてやってくれ」
好印象を与える長は、横にいる背の高い、これまた布ぐらいしかつけていない上半身裸の立っている男を指した。よく見ると、この男だけでなくみんな、微かに濡れている。水を周期的に浴びているのだ。所々にあった、水の塊がここが海底だと思わしてくれた。
ゲストフは再び、男に向けて礼をした。男も笑ってそれに答えた。それが、礼儀なのだろうか?
その後の長の話や質問を彼は覚えていない。他の所に興味がいっていたからだ。宮殿の造りが全く違っていたからだ。天井に幾つもの管が縦横無尽に通り、横の壁には色とりどりの魚が模様のように使われていた。
ゲストフは何が何か、完全に理解できないが、それに見とれていた。
ゲストフは来賓として、丁重に扱われ、待遇されることになった。ゲストフの不思議な力を見て取ったからかも知れない。


「ぼうず、良かったな」
宮殿を案内されている時、ヴァーツェンその人が近寄ってきて、言った。
「助けたかいがあったというものね。ゲストフ、こっちがかの有名なヴァーツェンよ」ヴァルラがおどけて言った。彼女は依然、薄着である。
「ありがとう。それで、今度は僕はどうなるの?」
「そうだな、しばらくヴァツァーヘン中を見回ろう。せっかくのお客さんだからな」ヴァーツェンはゲストフの肩に手を置き、言った。〈水月族〉は目と髪が緑色で、美しかった。
「いますぐ駄目かな」ゲストフはか細く呟いた。
「何が、だい?」ヴァーツェンがそれを聞き取り尋ねた。
「陸へ帰りたいんだ」
「え?どうしてだい、こんな機会はそうざらにはないぜ」ヴァーツェンが残念そうに言った。
「でも……僕にはやらなければならない事がたくさんあるんだ。お母さんにも早く無事だったと知らせてあげたいし」ゲストフの真剣な目を見てヴァーツェンは満足そうにうなずいた。
「えらいぞ、ぼうず。そのいきだ」
「……そうね、この子は宿命を背負っているんですもの」ヴァルリが同意して呟いた。
「うーむ。よし、すぐ手はずを整えよう。ヴァルリ、ゲストフを二番ゲートへつれて行って待機しておいてくれ。俺は長に言ってから、ポルプを持って戻る」
「ねぇ、ポルプって何?」ヴァーツェンが去った後、ゲストフはヴァルリに訊ねた。
「水の中でも、あなたも息が出来る、そう乗り物の様なものね」
水色に光り輝く神秘的な水中回廊を二人は歩んで行った。


 ゲストフとヴァルリは、町外れの二番ゲートと呼ばれる水が切り立った海中への入口に来ていた。水面の向こう側では、何人かの〈水月族〉の男女が優雅に泳いでいる。ここからは普通の海底だ。
「凄いや」ゲストフは子供らしく感想を洩らした。
「都市全体を〈力〉の膜で覆っているのよ。そして、その膜も祖先たちがつくったのよ」ゲストフの質問がさらに続いた後、ヴァーツェンがいそいそとやって来た。手に透明な何かを持っているようだ。
「ポルプってあの事よ」ヴァルリが指差して言った。
「待たせたな。地上に行ってもいいようにするために手間取ってな」ヴァーツェンは灰色のぼろい服を着けていた。地上のそれとは幾分違っていたが。彼の首もとは念入りに赤い布で隠されていた。
「え?」ゲストフは訊き返した。
「ポルプを引いて行ってやらないといけないからな」そう言いながら、ポルプをゲストフに被せた。着た感想としては、まずまずだ。というのも着けている感覚がないからだ。
「ほら、急いでるんだろ。ぼうず、お前なら一時間しか保たないからな。素早く行くぞ」

 海底散歩とはいえないが、海中を行くのはゲストフにとって、戸惑いの連続だったが、慣れてくるのにしたがって、海中を快調に突き進む、快適さが心地よくなってきた。ひっぱてくれているヴァーツェンはゲストフのために明るい、海上付近を泳いでいった。
 新たなる使命に心が踊り、急に大人になった気分のゲストフだった。何でも出来そうな気がする。


「さぁ、着いたぜ。行ってこい。母親を喜ばせてくるんだ」海辺に着いた後、ヴァーツェンはゲストフのポロムをはずしてやり、そっけなく押しやった。
「ありがとう。ヴァーツェンさん。あなたの事は忘れないよ」
「言っておくが、俺達の事は、他言無用だぜ。じゃ、しっかりな」ヴァーツェンはいそいそと海の中へ帰って行った。
「カッコいいなぁ。さてと、僕の村はと……」ゲストフは急いで、村の方へ足を向けた。半時間ほど道を一人歩いていたが、いつもなら、出会う人々もいなかった。畑がほったからかしにされていた。海を右手にみながら、彼は不安にかられながら進んで行った。
「……!」
 彼の漁村はなかった。あるのは焼けただれた家々。
「お母さん……」今までの事がいっぺんにずり落ちた。
 彼は焦げただれた大地に一人、膝をつき、崩れ落ちた。
(いったい、誰がこんな事を……まだ、燃えて間がない?)
「少年よ……」背後で突然しゃがれた声がした。ゲストフはびっくりして跳ね起きて、振り返った。立っていたのは古ぼけた、白髪の老人だった。白い長衣をきて、奇妙な杖を突いていた。
「もうすぐ、闘士達が調べにくる。お前はここにいてはならんのじゃ。こっちへくるが良い」
「な、何をするんだよ。離してよ!」ゲストフは嫌がったが、老人の力は思ったより強くゲストフは引きずられていった。


「お前の村は暗殺集団によって焼かれたのだ。残念だが、村人の一人も生きておらんよ」「暗殺集団?なんの?」ゲストフはあっけにとられ聞いた。
「さぁ、わからんの。しかし、お前さんはするべき事がわかっているはずじゃ」森の岩の上に座って老人はしんどそうに話した。
「?………もしかして、セレブロスの六賢者の事」
「そうじゃ、ネグナルドの祖先達にお前は会わなくてはならん。それに、暗殺集団の事が知りたければ、天竺を探す事じゃ。お前にはいずれ、六つの従者が付き添うだろう」
「あなたは、一体誰なんですか?僕の事をいっぱい知っているようだけど」ゲストフは驚き、しかし、老人の話しを信じる事にした。
「さぁ、行くのじゃ。わしがしてやれるのはここまでじゃ。とりあえず、ポリスタへでも行くんじゃな」
「おじいさん、まってくださ………」老人は消えていた。


「これでいいかの?」
「いいわ。上出来よ」
「もっと、ましな言い方ができんかの。ユートよ」
「さて、イオカ。彼の前途は明るいかしら?」
「それは、お前の分野じゃろう」
「あら、分析はあなたの分野よ」
「もういいわい。帰るとするか、失われた神々のもとへ」
「うまく、六部神に会えると言いわね」
 崖の上で二人はゲストフが旅立つのを見て話していた。
 男が一人、ゲストフを追いかけて行くのがみえた。

 これから始まる旅のために、序章。

                     〈 終 〉



第二話です。会誌の方は順調に出ていた頃です。
週刊体制を目指していたため、一晩で書き上げると云うことを目標にしていました。
今じゃ考えられないことです、今となっては自分でもどうしたいのかわかりません。
もう少し話は残っていますのでおつきあい願いたいと思います。。
2002.5.6 沙門祐希

 

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