そ し て、
悪 魔 が 降 り 立 つ 夜 に


翔 イ ン グ ぺ ん ぎ ん

  第一話 『始まりはいつも雨降り」

潮風がゆるやかに澄み切った青空を愛撫し、今はもうお馴染みの新鮮な魚の匂いが、心地よく、北方の国シア、東の〈東の海〉に立つ、少年の鼻をかすめていった。
ゲストフと名付けられた少年は、シア国では非常に希な赤色の髪の毛を持っており、また、シア国独特の巨人のような巨躯をしていなかった。つまり、か弱い小柄な少年だった。 ゲストフはCCCCCC父であり、この漁船の長CCCCCCゲマリエフと、共に漁船に乗り込み大いなる海のもと、彼等が故郷、シアへ向けて、凍える空気の中、進んでいた。
彼は赤く染まった手をもみほぐしながら、他の男達とは違い、父からもらった毛皮に身をくるみ、大漁だった、きらきら光る長い魚や、今にも飛びついてきそうな大型魚にたかるうるさい蝿と格闘していた。そんな彼をほほえましく見ながら、他の巨躯な男達は体の脂を塗りたくって寒さを凌ぎながら、それぞれ自分の仕事をしていた。今回の収穫を自分の村へ水揚げして国営市場へもっていく予定だった。
船は危なっかしく搖れながらエチョエフの近辺の村へ帰っていく。
背後で父親の図太い声が轟く。彼は他の者達に矢継ぎ早に指示を出していた。もうすぐ岸に自分達の村が見えてくるのだった。
微かな音がゲストフの耳を横切った。ゲストフはつま先立ち、神経を集中して耳を済ましていた。
他の船CCCCC?
「海賊船だ!」帆柱の上の見張り台から声が響いた。
船尾からさほど離れていない所に、まるでふって湧いたかのように、陰欝な船が現れていた。
幽霊船かのように見えるその船は、黒い舳先のどくろを先頭にこの漁船を追ってきているようだった。
漁船と、雲泥の差がある海賊船はどうやらセレブロス製の大型船を改造したようだった。ゲストフは南方の海賊の事を思い出していた。あれは、確か…〈永遠なる……〉。
「慌てるな。まだこの船が襲われると決まったわけじゃない。海賊がこの船を襲っても何の利益もないわ……」ゲマリエフは騒ぎたった者達を鎮めるために言った。
「大地母神レクリアにかけて、奴らはこっちに向かってきている!」誰ともなく叫んだ。
ゲストフの心臓が高らかに鳴り響いた。初めて乗ったときの高揚感とは違う、何か別のもの。彼は、自然とおろおろと看板を見渡した。体に比例してか、こんな事に対処する心は持ち合わせていなかったのだ。
魚の臭い匂いがいやに、鼻にこびりつく気がする。
今や、海賊船は、獲物を追いかける狩人のごとく、迫ってきていた。このままでは、こんな漁船など大破しかねない。「ぶつける気か……」ゲストフの父は、冷汗を隠し、冷静に対処しようと努めた。そして、背後に近寄ってきたゲストフに気付いて、
「ゲストフ、隠れていろ!」と、命令した。他の男達が村のたった一人の少年を、大事な子供を、安全な所(?)に移動させた。魚などが保管してある倉庫である。
「英雄神トリアモスにかけて、逃げてはならん。我らは誰もおびえはせん!」ゲマリエフは、キッと、海賊船を睨んだ。
そして、低い舷縁に足を掛け、指示を飛ばし始めた。
「漕ぐのをやめて、海賊に抵抗しないそぶりを見せろ!」
櫂を持っている者達が不安そうにゲマリエフを見た後、指示どうりにした。乗っている者約二〇名の中、静寂が訪れた。
ゲマリエフはゲストフとお揃いの獣皮に身を固めていたがCCCCC他の男達は上半身裸で、獣脂を塗りたくっていたCCCCC
上半身をさらけ出し、肉付のいい、白い2メートル強の肉体を見せ、対峙した。波が船に打ち寄せる、濁音だけが響く。 隣にいた、にきび顔の男が獣脂の入った桶を差し出したが、それを彼は断わり、この極寒に耐えた。
海賊は今にもぶつかりそうな勢いで突進してきた。
緊張の面持ちで迎え打つ、シアの海の者達。
寸での所で、海賊船は速度を落とし、慣れた手順で、漁船に横づけした。
セレブロス製の巨船を目の前にして、いやがおうにも戦慄を覚えた。黒く、塗られているが、かつては赤く素晴らしかったに違いない。ここかしこに、不思議な装飾がなされているのが、今でも見て取れた。
リーダー
「私達は逃げない。我はこの船の指導者、ゲマリエフ。そちらも出てきたらどうだ」
何が、目的なんだ。よく、国境を越えてこんなとこまで来れるもんだ。
しかし、ゲマリエフへの応答は、高い装飾された、船縁の上に弓矢をつがえた、船夫達が立ち並んだだけだった。
どよめきが小さな看板の上をよぎる。
こちらの動揺をよそに、船長らしき者が他の者を制して呼び返してきた。
「威勢がいいな。さすが、シア人と言ったところか」そういう彼も、その大きさと、白い髪から、シア人とみて取れる。腰には、青龍刀がぶら下げてあった。
船ぶちに並んだ男達はほとんどがセレブロス人特有の黒髪で派手な衣装だったが、中には、シア人、西方の落ちぶれ貴族らしきもの、草原、高原の民、砂漠の民、がいるみたいだ。
「私は〈永遠なる赤鯨団〉船長、マトリックだ」白い口髭を染めたと思われる黒髭をたくわえた赤ら顔の海賊の首領は、独特の帽子を優雅に脱ぐと、にやりと笑い、見下して言った。
「君達には残念だが、死んでもらおう!」
「何故、我々を襲う?」ゲマリエフは力を込めて言った。
ゲストフは、これまでになく緊張していた。自分は何をすればいい?彼は倉庫の隙間から上の様子を覗き見した。
「そんなことは関係ない。邪魔な奴は消す。それだけだ。そうやってやってきた」
「………」ゲマリエフは他の者をかばうように前へ出た。鋼の肉体には冷気も効かなかった。
彼は、瞬時に頭を巡らせた。海賊達はすぐにも乗り込んでこようとしている。どうすればいい!方法は一つあった。可能性がゼロではない方法が……。
海賊の首領が命令を出そうとした時、すかさず、ゲマリエフは叫んだ!CCCCCシア人はシア人。
「シアと英雄神トリアモスにかけて、〈血盟の典範〉に基づき闘いを要求する!」
「……!」マトリックの動きが止まった。シアの大地を豊穣にしたと言われるトリアモスの名が出、その〈血盟の典範〉が、シア人にはあらがう事の出来ない掟が効力を発したのだ。
「そういうシアのためにとかは気にくわんが、私もシア人、英雄神トリアモスにかけて、闘いは受けなければならない。よかろう。〈血盟の典範〉に則り、闘おうではないか」マトリックは船員達に武器を下げるように命令した。波がにわかに出始めてきた。
「ゲマリエフ。俺に闘わせてくれ」巨漢の一人が進み出た。「かつては激闘士までいった、グレアモフの力とくと見るがいい!」既に上半身裸の彼は、とんがった歯を見せながら、上に向かって宣戦した。白い髪が風になびく。漁船側の男達は場所を開け、グレアモフを囲むように、舷縁へ行った。 けだもの 「ふっ、行くがよい。〈黒き 獣 〉よ。我ら〈永遠の赤鯨団〉の力を見せつけてやれ」
背骨が極端に猫のように曲がった、褐色で緑髪の小柄な人間が軽がると飛び降りてきた。口から見える、禍々しい牙と伸びきった爪が印象的だ。まるで、名の通りけだもの。
奴隷市場でしいれた奴を使ういい機会がきたとは、シアの奴らに復讐してやる……。
南方出身の〈黒き獣〉は超人的なバネで飛び跳ねている。心底闘うのが好きに見えた。
「グルルルゥ……」よだれを垂らし、獰猛なは虫類的な眼で睨んでくる。
クレアモフが他の者をかばうように進みでた。筋肉におぞましい程の血管が浮き出ている。血流が脈打ち、体内をもの凄い勢いで、逆流したような感覚が、クレアモフを襲う。
闘いは、上から海賊達、周りから漁民達と見守る中、いつとなく始まった。
〈黒き獣〉は常人には見極めれないほどの早さで鼓舞していった。それは、とても手慣れていた。
クレアモフの巨体にじわりじわりと赤い筋をつけていく。クレアモフは防戦一方だった。何とか〈黒き獣〉の体を捕らえようとする。
上では興奮した男達の怒声が聞こえ、周りからは悲壮な叫び声が聞こえる。
「ぐっ…!」
「グルルゥルルルゥ……」
防戦しながらも、クレアモフは必死で隙を伺っていた。そして、ようやく掴んだ。単調な攻撃を見切り、剛魂な右拳を〈黒き獣〉の顎を捕らえようとした。いや、捕らえていた。 が、その瞬間、〈黒き獣〉の野生の感が働き、黒いあざとが開かれた。
「ぬぐぉ……!」
男の腕が真紅の血に染まり、空気が凍り付く。その場にいるものまで凍り付いた。
〈黒き獣〉はクレアモフの右腕を喰ろうていたのだ。
肉のしたる音、血のとろける、骨の砕ける音が、交錯し、男の悲鳴を引き立てる。右腕が鋭利な牙で瞬時に斬り喰われた。
「クレアモフ!」ゲマリエフやその他の者は叫んだが、〈血盟の典範〉により、助けることはできない。ここでは、死をもって終わる。
グレアモフは既に意識を失い倒れている。だが、〈黒き獣〉は依然、喰らい続ける。五臓六腑があらわになり、もう、人とは見て取れないほどになっていた。血を這い刷り回し、骨を随までしゃぶり、内臓を喰らう、そこには人道を離れた者があった。
怒りが漁民達の心に募る。もう我慢できなかった。
「何て事をするんだ!」ゲマリエフが声の限り叫んだ。涙が頬を伝っている。そして、〈黒き獣〉に飛びかかろうとした。
「愚かな奴らよ」マトリックは残忍な笑みを浮かべて言った。
愚か、そう、確かに私は愚かさ……。
再び、壮絶な闘いが、今度は混沌なままに始まった。
海賊達が青龍刀を片手に次々と飛び移って来る。ゲマリエフ達も鍛え上げられた体を駆使して、シアでは使われていない刀に対して拳でぶつかっていった。
肉を叩ききられながらも、鋼鉄の体と強靭な精神力で闘っていたが、いかんせん、武器の前には勝てず、大挙した蟻のごとく一人一人と巨人は倒れ始めた。
「海神サーハーンにかけて、終わったな」マトリック本人が余裕の構えでゲマリエフの前へ歩んで来た。
「海神サーハーンだと!それなら、何故、なぜ、漁民を狙うんだ」ゲマリエフは悲壮の中、叫んでいた。
「問答無用!」マトリックは青龍刀を振りかぶった。ゲマリエフもそれを迎え撃つべく、進みでた。
「とうさん!」若き声がして、少年が飛び込んで来た。
「ゲストフ!」ゲマリエフの目の前にゲストフが立つ、しかし、マトリックの剣先は止まらず突き進んできた。
「避けるんだ!」この、剣の攻撃になれていない、シア人は目の前の小柄な少年を突き飛ばし、かばった。
青龍刀が深々と、ゲマリエフの体に突き刺さった。口から、濁血がほとばしる。
「と、とうさん……!」ゲストフが悲痛な叫び声をあげた。自分のせいだ。じっとしていられず、飛び出したばかりに、倒れていく父親を見つめ、ゲストフは放心していた。
「ゲストフ……」ゲマリエフは力なく呼びかけた。白い肌に青白くなった顔がよく映えて見えた。ゲストフが駆け寄ってきたのを見て話始めた。
「ゲストフ……、真実を…告げなくては……お前は私の息子じゃない……、ぐぅ…セレブロスの賢者に会え……これを」ゲマリエフはそう言って、黒光りする宝石を手渡し、息絶えた。
マトリックはそのやり取りを聞いていた。シア人じゃないCCCCCなぜ、ここに赤髪の少年が…肌も白くはない…どちらかと言えば、黄色だ。何者なんだ……?
背後では、どちらがつけたともわからないが漁船に火がのぼっていた。
「不思議な奴よ。しかし、死んでもらおう」マトリックはそう言って、ゆっくりと魅せられたように近付いてきた。
ゲストフは何故か、この極地に立たされて冷静になっていた。動きが、全ての動きがゆっくりと流れているようだ。頭が混乱せる。自分は何者?父の残した言葉はCCCCC?
ゲストフをかばおうと傷ついた男達がマトリックの邪魔をする。しかし、彼はそれを無造作に切り捨てていった。
記憶が何重にも交錯する。頭ががんがんし始め、何をしているのか全く分からなくなった。体が他の者に乗っ取られた気がした。意識が交流電流のごとくちぢれちぢれになる。炎が船を焼き付くしていた。嵐が吹き荒れていた。空は晴天なのに……。意識が途絶えた。ただ冷たく、気持ちいい……。どうでもよくなる……。
漁船は空しく東の海に散っていったCCCCCCCCC。

《続く》

CCCCCCCCC天は我に何を欲するのか?
さすれば我は悪魔となろうCCCCCCC

                    



懐かしいペンネームです。学生の頃使っていました。コロコロと変えていたけど・・
アークレストとう大陸をサークル仲間で創り、各々の国を担当して物語を創るという趣向。
今思えば、楽しい作業ですね。結局、また、未完ですけど・・
2002.5.6 沙門祐希

 

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