鍵。全ての謎を解くもの
鍵。運命の糸を巡り合わせた形なき形あるもの
鍵。それはたった一つの希望。
鍵。それは何を意味するのか誰も知らない


LEGEND OF EYES

暗き闇、漆黒の宇宙
一つの暗き闇に浮かんだ水晶球
輝く光が反射し、水晶球に吸い込まれる

巨大な水晶球の中に浮かんだ浮遊大陸バラディア
雲無き青き大空、その下の切り立った崖の上に旅人二人
風が吹きすさび彼らを愛撫し去っていく・・・

竜が希望の碧空をおおらかにはばたく

形相おぞましき異形の魔物
それに対する戦士達

夢、希望を与えてくれたものたちに捧げたい

巨大な魔物の巣窟、周りに群がる魔物共

胃界への門、あらわれし未知の権化
闘いの火蓋が新たなる英雄によっておとされる・・・・

愛想編

第二章
『戦場に駆ける橋かけ』



 第五話 「クリストファー」


バラディア大陸南西の国、メッサーラの〈月の城〉の中央に位置する王室の間。リルゥース国王陛下は、深いため息をついて椅子から立ち上がり、おもむろに部屋の月の光に照らされた窓際に寄っていった。彼は神聖なる月の光を浴びながら外の闇を黙って見つめていた。背後では暖炉の火がごうごうと燃え盛っている。
果してこの戦いはいつまで続くのだろうか。前の時のように一人ならどんなに気楽だった事だろう。数々の交錯が国王の胸をよぎった。だが、今となっては次の世代に託すしかない。私はそれを助けるだけなのだ。
「考え事ですか」国王の背後で熟年の女性の声がした。国王は振り返り、安堵して〈一人戦争〉の時、支えてくれた女性、今は彼の妻であり、宮廷魔術師である、イーナスをあたたかく抱擁して迎えた。
「もう、着いた頃になると思ってな」ゆっくりと彼女を離しながらそっと言った。イーナスはリルゥースのいつもと違う深い表情を読み取り、今でも美しき笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわ。まだ、魔力は滾々と湧く泉のように失われておりませんわ」
しばらく考えた後、王は尋ねた。「彼、シェーカーは知っているのか?」
イーナスは再びいつもの彼に戻ったのを素直に喜んだ。そして、いままで着ていた深い緑の〈大魔法使い〉の象徴の魔法着を脱ぎ捨てた。
「いいえ、でも、自分でそれを見つけ出しているかも知れません」服装が変わった。素晴らしいひだひだで縁どられた、現代風の彩り綺麗な婦人服になっていた。これにはさしものリルゥース国王も感嘆せずにはいられなかった。
「それで、いい」彼はうんうんとうなずき、しげしげと美しい配偶者であり、力ある彼女を見つめた。「やはり、その服装がいい」
「あら、仕方ないことですわ。あの方が魔術師としての威厳がありますもの」
「しかし、ごく普通の婦人が魔法を使う話しもあるではないか」
「まぁ、そんなことをおっしゃる」その後、二人は笑った。暗い雰囲気は何処ぞへ飛んでいた。
扉に合図があった。彼らは笑うのを止め、入るように使いの者に促した。
「リルゥース国王陛下。あ、、マドー殿もご一緒でしたか……」
「それはよい、どうした? こんな夜更けに」機嫌のいい国王が先をせかした。
「え……、サ、サレン様のご容体が、医者によりますと、きたようなんで、あの。その」使いの者は慣れていないのか、しどろもどろに答えた。
 しかし国王には通じたらしく、嬉し半分不安半分と言った様子で即座に支度をして、一人そそくさとサレンの部屋へ行った。
「あれだけは、直っていないようですわ。さぁ、私達も部屋の外へ出ましょう」マドー・イーナスは呆れて愚痴た。
「は、はい」使いの者は茫然として、後に続いた。


ツインクロスから抜け出し、〈暗黒の砂漠〉を取り囲む森を突き進む我らがメルサシーグ一行。
「もう、そろそろ〈ノームの森〉とやらじゃねぇのか」ターブスが声を潜めて言った。彼は、あまり森など踏み込んだ事がなかったので不安になっていた。以前と比べてかなり性格が丸くなったなと考えながら、メルサシーグは隣りにいる大男に相づちを打った。先頭はクーリアと変わってはいない。その彼女がはたと立ち止まった。
「どうやら、そのようだな」メルサシーグがにやりと笑ってターブスの先程の問いに答えた。
「止まれ、止まらんと撃つぞ」森の奥から奇妙な声が届いてきた。一瞬、メルサシーグ、ターブス、ペリスの顔が険しくなる。
「一難去って、また一難とはこの事だな」ターブスが目を細めて苦笑いした。
「一難去ったとは言えないけどな」メルサシーグが皮肉る。しかし、確かに去ったわけでない。今ごろ追手が放たれて、森の外は〈冬の祭り〉よろしく、または国王着任式のごとく、ごった返しているに違いない。
こんな事をしている間にも、ノームの一人が話し続けていた。
「止まらんと撃つぞ。そしてお前さんの頭なんか蜂の巣じゃ。ということはそこから蜜がいっぱい取れて今晩のおかずは安泰……」
 おしゃべりのノームはときどき主題から外れとんでもない方へ話がいき、延々と無限空間をさまようのである。そしてそれを止める者がいなければ延々続く。
 クーリアはそれを知っているので、他のみんなにノームの事を知らせ、前へ進み出た。話がいったん止み、がさがさとざわついた物音がかわりに聞こえた。ノームはかなりいるらしい。
「信じて下さい。私達は何もしないわ。一つだけ聞きたいことがあるのです」手を広げ、害意の無いことをおおげさに示した。
「聞きたいこと?」ノーム達のきぃきぃ声がこだました。そしておずおずと恐れながら十数名の大地の小人達が現れた。それぞれ小型の精巧に造られたた弩を持っていた。ノームには高い知識がある。もっとも、少し、いやかなり変わっていたが。
 彼らは発明好きなのだ。また、魔法にも多少精通している。だからこの弩にも魔法がかかっているかも知れないとシェーカーはふんだ。。
ノーム達は、色とりどりの派手なとんがり帽子をかぶり(中には変な形のもあったが)、好奇心とやはり人間に近いのか美しいものを見たい気持ちでいっぱいだった。
「聞きたい事とは何だ。あれか、これか、それにしては人間がこんなとこに来るのは珍しい、いや、来てはいけないのだったかな。まぁ、このアスレス=クレバス=トメ……」 「〈暗黒の砂漠〉の事よ」クーリアは遮って言った。このまま、延々名前を言われてはたまった物じゃないからだ。
「〈アンコクノサバク〉」又、連呼された。そして、何やらひそひそ声。
「アスレスと言ったわね。この森の奥にある、暗い所よ」クーリアは待ちきれず、言った。これなら通じるに違いない。
「聖なる穴の事かな?」一人の年を取ったノームが他のノームの後ろから伸び縮みのする杖をつきながら進み出てきて聞いてきた。白い髭を普通よりたっぷりたくわえた長老のノームは聖なる穴の事についてぺちゃくちゃ話し出した。「しかし、人間が何の用じゃな。わしらとは関わらんはずじゃったがの。そもそも、あれは……」
「今はそんなことを言っているときじゃないのですよ! とにかくそこへ案内して下さい」長老は背伸びしてクーリアを覗き込み、真剣な眼差しを見て、一行に付いて来るように指示した。
「どうやら、悪意はないようじゃの。もっともあったら、今ごろは、あの無様なゴブリンのように……」ノームはにっこりと笑った。


トルド・ニムルに戻ったアーマネス王女は早速、母でありトルド・ニムルの女王である、アネス女王に謁見し、メッサーラでの事を話した。
トルド・ニムルの戦況は至って順調に進んでいた。以前の熾烈な攻撃はなくなっていたからだ。パプテラスの街を基点として、ジムスリングル、ギアスに大竜隊一隊づつ、中竜隊二隊づつ、そして小竜隊が進軍して、ダストロス軍の魔物どもを蹴散らしていたのだった。ジムスリングル、ギアス、ファイリングに及ぶ地域まで、奪回するのも、もはや時間の問題となっていた。これには、トルド・ニムルの〈竜目族〉自体が桁違いに戦闘能力が強かったのと、ダストロス軍の兵数が依然と比べて減ってきていたからだった。
「話はわかりました。アーマネス、あなたにすべて任せます」まだ若く見えるアネス王女は、優しく娘に言った。
 彼女達は長命であったが、しきたりから百歳で女王の座を譲らなければならなかった。現在、アネス女王は六九歳である。まだまだ先の事であったが、成長がゆっくりであるため、いろんな事を早めに経験していかなくてはならなかった。
アーマネス王女は再び、龍を型どった赤い兜を青海のような青髪と対照させてかぶって、愛竜の青竜に乗って、前線のジムスリングルの近くまで竜を駆った。
 瞳に数々の決意を浮かべながら。


ノームの穴蔵は、森の木々の下に、縦横にと何層にも分かれていた。それぞれ小さな物ではあるが、集落的な村として大きく幾つかに区画されていた。
そして、集落と集落をつなぐ連絡通路には、鉱物などで移動に使う乗り物を発明し、使用していた。メルサシーグ達を見つけたのは、一番地上に近くに穴を構えるノームの集落だった。今は戦時中のため、外に見張りとして出ていたのだ。
なぜ、こんな森にわざわざ住み付いたかは、ノーム達本人は全く何も考えていない。狂心的な魔術師や学者の一説では、神的な強い力で無理やりここに住まわされたとしているが、定かでない。ノーム達にとってはそれはどうでもいい事であった。
ノーム達は発明が大好きで、週に一度のそれぞれの集落が集まる会議でも、集落の代表者(主に長老)がいろんな事を話し合うときに、発明品も発表していた。
しかし使える物はほとんどなく、それが、よりノーム達の発明に対する意欲を学者のごとく駆り立てているのだった。
メルサシーグ達は、上下昇降機で下へ連れて行かれた。その機械は歯車の組合せと、魔法石の力で動いていた。彼らの住まいには、うまい具合いに暖炉が付けられていて、暖かかった。しかしこれらの発明はかなり昔の物だった。
一行は一番広い明らかに会議などに使われている石造りの部屋に通された。広いと言っても天井は例によって低く、ターブスなんかは、天井に頭が擦りそうであった。
数名ノーム達がそれぞれ石の円卓の周りに座り、彼らもそれにならった。疲れがどっと出たのか、座った途端小さい椅子であったが、心地よく、悲鳴をあげていた足も機嫌を取り戻し思わず安堵のため息が洩れていた。
「しばらく、休憩するがよい」長老がそれを察してか、笑顔で言った。「いま、飲物と食べ物を用意させよう」ノーム達は信用されればかなり友好的な種族だった。
「ふぅ。一安心だな」でんと椅子に座っているターブスが言った。彼もいかに頑丈とはいえ、疲れていた。
「しかし、凄い造りですね」シェーカーが感心して言った。久しぶりに発した言葉である。彼も他の者も、中は暖かかったので、防寒具などを脱ぎ今は身軽な軽装をしている。
「大丈夫? マドール。少し休んだ方がよくてよ」クーリアが気遣かわしげに言った。魔法使いは呪文を使うのにかなり精神を使う。今、彼が連続的に魔法を使い続けていたので肉体的精神的に疲れていると思ったのだ。
「大丈夫ですよ。魔力は満ち溢れている」シェーカーのあどけない顔が一瞬曇ったが、またすぐに元に戻った。
「みんな。よく頑張ってくれた。塔はもうすぐだ」ペリスがみんなを励ますように言った。一行もペリスの言葉にうなずいた。
よく熟された酒と貯蔵庫に保存されていた食べ物が出され、とりあえず一行はそれにありつくことにした。変わった食べ物であろうが、あまりこだわっていられなかった。
ノーム達も他に洩れず、この冬を越すために、木ノ実、食用草、小動物を貯えているのだった。
「ペリス侯爵と言ったかな。なぜ〈聖なる穴〉へ行きなさる」みんなが食べ終り、自己紹介が一通り終った後、長老は口を開いた。
「今の争乱を沈めるために、その〈聖なる穴〉の奥にいる、賢者に会わなければならないのです」ペリスは噛み砕いて言った。あまり難しい単語はわからないだろうと思ったからだ。長老は理解したらしく、うんうんとうなずき彼らを励ました。
「あそこに、そんな偉い人が住んどったのか。しかしあの中は何も見えんぞ。わしらも幾人か踏み込んだが……」そこで悲しく頭を振り「……誰一人帰ってこなかった。わしの息子のように……」涙をうっすらと浮かべるがすぐににこやかに笑った。「それでも、行きなさるのか? そうか……。わかったわい。そこまで案内しよう。でもなんじゃ、もし、その賢者に会ったらわしらの発明品を見てくれと言ってくれ」長老は白い髭を揺らしながらにこやかに次から次へと喋った。メルサシーグ達も、よしと交渉成功に気をよくしていた。
ノーム達が立ち上がり、メルサシーグも腰を上げかけたとき、一人の若いノームが息をはずませ、例の通路から駆け込んで来た。
「なんじゃ。礼儀のない。お客さんが来とるのじゃぞ」しかし、若いノームは制止を聞かなかった。
「た、大変なんです! 森が、森が燃えているのです!」きぃきぃ声がこだました。一同は顔を見合わせた。


「これはどういう事なんだ?」レストールが言った。
「〈ノームの森〉が燃えているなんて……」カルターンも驚愕して言った。彼らはシルバーセッツを北上した〈ノームの森〉の手前にいて、雪の溶けかけた枯草の茂みに身を潜めていた。
「ダストロス軍のようですぜ」白髪の小男サレードが目を細めて言った。焼討ちしているのはダストロスの一軍隊だった。
「なんて事を……」壮絶な景色を見てホークが言った。明らかに怒りに震えている。
「先回りされたか?」レストールが舌打ちした。或はペリス侯爵が追われているのか……。
「こんな時にこそ雪が降ってくれれば……」カルターンがくやしげに言った。何とか飛び出していってやめさせたいのだがそれを押し止めるためかなりの精神力がいった。「しかし……この雪だ。あんなに燃えるはずじゃないか。なのに何故?」森はかなり勢いよく燃え、奥に広がっている。
「とにかく、行くしかありません。たとえわながあったとしても」ホークが言った。なんとか冷静でいなければ。


「バゲルド様。こんなものでいかがでしょう」真紅の外套を纏った黒髪の長髪の女性が言った。顔は化粧がおぞましくしてあり、瞳は氷のように冷たかった。魔性の女。違った意味で美しかった。
「ああ。フィオス。いいぞ、もう。よし! 森へ乗り込むぞ!」バゲルドは黒い三首竜の兜をかぶり、高らかに言った。そしてフィオスの悩ましい白い身体を抱擁した。
「トニアス。お前達〈黒き流星〉はもう少し待機していてくれ。メッサーラの馬鹿どもが出てくるかもしれんのでな。俺が行ってしばらくしてから来てくれ」
「わかりましたよ。でも私達にも残しておいてくれないとね」不気味に笑い、短刀を引き抜いて示した。
そしてその横でタンタムがうつむいて聞いていた。寒さと決断に束縛されて。
森の手前があらかた燃え果てた頃、戦闘が起こった。ノームの弩隊とダストロスの弓隊が激突したのだ。数では五分と五分。双方雪が溶けた泥の上で、泥まみれになりながら争った。ノーム隊の造った防壁(弩を撃つ穴があり、また移動の車輪もある)もあまり、効果を成さず、それも、フィオスの火の玉などに破壊されていった。
「あまり、派手にするな」バゲルドが、近くに倒れていたノームの子供を残忍に殺害して言った。
「あら、ここまでやれば、不戦条約もあったものじゃないでしょう」フィオスは、足元が汚れるため、機嫌がかなり悪かった。さっさとこんな仕事を終わらせてバゲルドと二人きりになりたかった。
「早く。こっちです」地上に出た長老は焦った。後ろから火の手がまっすぐ追って来るのである。それに、この先は暗黒の領域、長老にとっては逃げる場所がなかった。
「ペリス侯爵。先に行っていて下さい」シェーカーが、火柱らを見て言った。この炎の進みは不自然すぎた。これは魔法に違いない。それに、彼は魔法が使われた形跡を何かしら感じ取っていた。
「何をする気か知らんが、一人では危険だ」ペリスは譲らず、シェーカーに同行することにした。シェーカーはちらりと彼を見ただけで何も言わなかった。
「メルサシーグ、カルターン。行くわよ」クーリアが、立ち止まっていた二人を引っ張って行った。


「容体はどうだ」リルゥース国王がやきもきして、医者に尋ねた。彼と、数名の貴族達が心配そうに部屋の外にいた。唯一、マドー・イーナスだけが中に通されたのであった。もっとも彼女が他の誰も入れないようにしたのだが。
「お産ぐらいで、そんなに慌てなくても」イーナスがやれやれと行って様で出てきた。しかし国王はその表情に何か不安を感じ取っていた。彼は、イーナスに合図して、違う場所へ移ってもう一度訊ねた。
「さすが、鋭いですわ。まったくそれくらい私にも気を向けて欲しいですわね」
「そんなに茶化さんでくれ。何かあったのか」
イーナスの表情が一変して変わった。どうやら思ったよりもはるかに難産らしい。それに、もう半日以上サレンは寝台で苦しんでいるのだった。
 リルゥースとイーナスはただただメリカ神に祈るだけだった。

シェーカーは、迫り来る炎を目の前にし、小袋から一粒の乾燥した豆を取り出し、手の平に載せて呪文を唱えた。
「ロイ・フェイオンエガベタ。魔風突缺!」
すると、シェーカーの豆が破裂してそこから、渦巻状に風が起こった。それはやがて突風となり前方の火を吹き消していった。
ペリスは剣を構えてそれを驚きの目で見ていた。
火も収まり、後に残るのは黒く焼け焦げた木々と、むき出しにされたノームの穴だった。悲しげに二人がそれを見つめ、仕方なしに振り返り戻ろうとした瞬間に背後から火の玉が飛んで来た。
「!ッ」
シェーカーとペリスは咄嗟に反応し、両わきへとびのいた。そして、泥でぐしょぐしょになりながら、飛んで来た方向を見極めようとした。
「ようやく、お会い出来たようだ」目の前には全身黒ずくめの大男と、妖しい美しさを醸し出している女魔法使いが立っていた。大男は背後にいたダストロス兵数人に下がるように命令して二人の前にきた。
「二人だけのようだね。他の者は何処へ行ったんだい?」フィオスは蔑むように二人に訊ねた。口元には冷笑が浮かんでいる。
「まぁ。いいではないか。まずはこの二人から始末しようぞ」バゲルド将軍もまた冷笑して言った。二人とも自信に満ち溢れていた。
そんな二人を前に、ペリスは再び剣を構え、汗を浮かべ対峙した。黒騎士と魔女からは多大な圧迫感が感じられた。
(これ以上行かしてはならない)
血が体をかけめぐり、寒さを忘れさせてくれる。そして恐怖も。ペリスは決心した。
「マドール・シェーカー。退がってろ」
「……そうはいきませんよ」シェーカーはそんな気持ちを察してかペリスの肩に手をかけて言った。
戦いの火蓋が切って落とされた。泥水を跳ね上げながら、ペリスとバゲルドが正面から激突したのだ。
「ふふふ、そんななまくらな剣で、我が魔剣《ケルベロスの涙》に勝てるか!」さらに力がかかる。ペリスも負けじと力を振り絞った。
黒い兜の中で、目がきらりと光った。そして、ペリスの腹に硬い膝がめり込んだ。その後、ペリスは宙を飛び、ふっとばされた。しかしペリスはしっかりと剣を握って離さなかった。頭を振り、よろよろと立ち上がろうとする。
「クェイ・フォタウイサイロン! 火炎焔弾!」フィオスはここぞとばかりに、蝙蝠のふんでまぶした硫黄の塊を投げつけた。
硫黄の塊は呪文により、炎の玉と化し、ペリスに向かって飛んでいった。
「魔破ッ!」しかし、ペリスに当たる瞬間、炎の玉は消えてしまった。いち早くシェーカーが、右手の平を突き出し、魔法解除したのだ。
「くやしい!」フィオスは地団駄を踏んで、叫んだ。そして今気づいたようにシェーカーの方をにらむ。「あいつは、あたしの獲物よ」シェーカーを指さし、フィオスは喜々と叫んだ。目は血に飢えていた。
再び、戦いが始まった。


ダヴィトスは、〈暗黒の塔〉の一番東の尖塔、風の塔の最上階に気付くと座っていた。この部屋は微かな明りが灯され、ここそこにいろんな品物が置かれていた。真実を見通すと言われている眼鏡、古き時代の魔導書、眠りの油灯、水晶球、暦が書かれた羊皮紙、などなど。ごまごまとしているが、その一つ一つが高価な物であることには違いはなかった。
ダヴィトスは、そのいろんな物を手に取ってみたい衝動に駆られたが、何かとてつもない力に押さえつけられ、立つ事さえ出来なかった。
「……ここに来るのはわかっていた」金糸で所々装飾された黒い魔法着を纏った〈黒の大魔法使い〉は、低い声で話しかけた。彼の顔は漆黒の闇が覆っているため、判別できない。
「どうか、ヤイナ神を復活する術をお教えいただきたい」サフレインを生き返らせ、邪教をはびこらせた張本人、闇の僧侶ダヴィトスは、畏怖の念に駆られていた。
「……なぜ、復活させようとする。世界を掌握するためか?」
「い、いいえ……」ダヴィトスの脳裏に何かが触れた。全てが知られていく。
「そうか……。時が迫っているのか」〈黒の大魔法使い〉はひとりごちた。
「賢者様。お教え下さい。復活の方法はあるのでしょう?」ダヴィトスは懇願した。普段の彼はそんな事をするはずがなかった。しかし全てを知られた今となっては彼は赤子も同然だった。
黒の賢者は記憶をたぐりよせた。古き本に書かれていた記述。その記憶をたどっていると、何か頭の中にうずきを覚える。これは何なのだ。黒の賢者はそれを忌々しく思い、我慢して思いだした。
神々をこの世界へ呼ぶ方法は確かに幾つかあった。彼はその内の一つだけを答えることにした。「〈魔導門〉だ」
「〈魔導門〉?」
「誰も知らぬ砂に、生命と力が注がれるとき、神界の門は開かれよう」賢者は遠くを見つめる様に行った。
ダヴィトスはこの言葉を繰り返し、呟いた。そして理解した。足りない。このままでは復活は無理だ。
「生命と力が無い……」
「それはどうかな……」黒の賢者は、水晶玉を取り寄せ、念をかけある場面を映し出した。
「バゲルド将軍!」ダヴィトスは驚いて叫んだ。水晶の映像はバゲルドとペリスの戦い、シェーカーとフィオスの戦い、走っているメルサシーグを次々とらえていった。
「これは奇妙な取り合わせだ。〈魔源師〉に〈闘魔士〉か。実に面白いと思わんか?」
「〈魔源師〉! それでは……」ダヴィトスは驚愕のあまり、くずれて、もう少しで後ろにあった破滅の石に触れるとこだった。
「そう、こうしてはどうかな……」
そして〈黒の大魔法使い〉はダヴィトスに計画を話した。


「大丈夫なのか?」クバーナは隣にいるマークスに小声で聞いた。彼らはヴジャスティスに来ていた。クバーナが勝手に行動し、マークスがレストールに頼み、付いて来ることにしたのだ。
首都ヴジャスティスは人でいっぱいだった。それもそうである、国王アタクタスが処刑されるのである。一度は燃え、不完全ながらに修復された街は、とても首都とは思えぬ燦々たるものだった。クバーナは面が割れているため、慎重に旅人を装って侵入した。
「それより、貴方の方が心配よ」マークスは辺りに注意しながらそっと言った。彼ら二人は、ダストロス兵になるべく見つからないように、人混みに紛れて先を急いだ。
国王の処刑は皮肉なことに、今は朽ち果て烏が飛び交いそうな城の高台でされることになっていた。
「これでは入ることもできない」最前列にきていたクバーナは金網ごしに憤激して言った。金網が高台とをはるかに引き離しているのだった。
人々は悲しげな面持ち、または気が狂ったかのように喜んで見ていた。誰も彼も諦めきっているように見えた。
国王の傷だらけの体が、はるか上の処刑台に縛り付けられた。ひどい拷問があったのだろう、意識はなかった。
「どうすることもできないのか!」音が出るくらい歯ぎしりしたクバーナはついに決心し、人混みをかき分け、金網に開けられた、たった一つの入口向かっていった。「通してくれ。頼む!」しかし人の数が多く、なかなか進めない。
そんな中、国王を標的とした弓兵が弓をつがえる。数々の人々がそれぞれの想いで息を呑んで見守った。静寂が訪れる。
「待て、待ってくれ!」クバーナの悲痛な叫び声が静寂の中でこだまする。しかし遅々として進まない。ようやく、入口の前へ付いた時、弓がしなった。矢は無情にも、軽々しく飛んでいった。
アタクタス国王は亡くなった。あまりにもあっけなかった。
「くそっ!」クバーナは地面に崩れ落ちて叫び、地を叩いた。
「お前何をしている!」入口の前にいたダストロス兵が数人やってきて詰問しようとした。クバーナは崩れ落ちて逃げようという気配さえない。
「兄さん! こんなとこで何してるの? また、変なことでもしてんじゃないの。さぁ、家へ戻りましょ」マークスが素早く、クバーナを立たせて、にっこりと愛想良く兵に挨拶して人混みの中に紛れ込んだ。
「おい! 待て!」背後で兵の声がする。だがマークスは立ち止まらなかった。
「父上。必ず仇きは取ってみせます。かならず……」クバーナは引きずられながらも高台の方を見つめていた。


「そろそろ私達の出番のようだね」〈黒き流星〉の頭領、トニアスはいやらしい笑みを浮かべ〈ノームの森〉が焼けただれた後を見ていた。盗賊達はもう用意を整え、周りに控えていた。後は、彼が命令を下すだけだ。
それを離れて様子を伺っていた四人の男達がいた。レストール達である。
「どうします?」ホークがレストールに訊ねた。冷静ではいるが、この非道な行いを前に怒りは隠せなかった。皮手袋でしっかりと聖印を握りしめている。
「下手に動くと危ないな。どうやらわなではなさそうだ」
レストール達が対策を練っていると、盗賊達が動き始めた。しかし様子が変である。
「なぜ?」トニアスのかすれ声が響く。赤い血が濁った雪の上にしたたり落ちた。驚愕の表情でトニアスは目をぎょろつかせてタンタムの方を見た。
「もう、貴方には付いていけない」タンタムの短剣が深々と、トニアスの背中に突き刺さっていた。「外の方にばかり目を向けて、内の事を見落としましたね。あなたにはあるまじき行為でした」
他の盗賊達はこの突然の出来事にあっけに取られていた。静かにトニアスの体が崩れていった。「私としたことが……」
「私はここに〈白き流星〉の頭領となることを宣言する。文句のあるものは名乗り出るがいい!」タンタムはトニアスを突き刺した栄光の短剣を頭上に高く掲げ、高らかに言い放った。
 反対しようとするものはいなかった。いたとしても、名乗りでようとはしなかったが。「では、皆の者。もう我々はダストロスに尽くす必要は何もない。ツインクロスに戻るぞ!」彼らは速やかに撤退し始めた。タンタムはちらりと森の方に目をやった。私が出来る事はすべてやりましたよ、クーリア。


シェーカーはペリスが巻添えをくわないよう、離れるため走った。フィオスの反応が彼を決断させたのだ。魔法には魔法なのである。
予期した通り見張っていた弓隊の矢が彼めがけ放たれる。シェーカーは素早く、自分に砂のような物をかけ、驚いた事に走りながら呪文を唱えた。「ロイ・デルタエタカプパエプサイロン! 膚石障胄!」
雨のように降り注いだ、矢はシェーカーの鋼鉄化した皮膚に跳ね返され、外套に傷をつけただけにとどまった。
「撃つな! あれはあたしの獲物よ。誰も邪魔をさせないわ」フィオスはシェーカーを追いかけて行った。もう、汚れなどを気にせず、戦いを楽しんでいた。
 シェーカーは木々の間を縫い進み、不意に立ち止まった。間髪、色とりどりの砂を小袋から取り出し、呪文を唱えた。
 するとシェーカーの手から七色の光線がほとばしり、追いかけてきたフィオスに命中した。しかしフィオスは身悶えもせずに突き進んできた。フィオスは閉じた目を再び開いてシェーカーをにらめつけた。
「めくらましとはね、ちんけな技を使うね」フィオスは小さな水晶板を取り出し、せわしげに呪文を唱えた。「クェイ・アイタカッパエエシルオナリフェイ。氷廟燕波」
 フィオスの突き出された白い掌から氷の鞭が飛び出し、シェーカーを襲った。しかしそれに合わせてダイヤモンドを特殊加工した粉末を取り出して、呪文を唱えた。
 フィオスの氷の鞭はシェーカーの一歩手前で透明な壁にぶつかり砕け散った。フィオスは怒り狂い、炎の玉や稲妻などを立て続けに召喚し続けたがすべてシェーカーに届く事はなかった。
 シェーカーはじっとフィオスの動向をうかがったままだった。かなり時間はかせいでいる。シェーカーは力が体にみなぎるのを感じとっていたが、フィオスの様な派手な呪文は使わなかった。
「こんなことなら、使い魔のフェランダを連れてくるんだったわ」フィオスは減らず口を叩きながら思案していた。どうする、一度退くか? バゲルドの事も心配になっていた。

シェーカーとフィオスがかなり離れ見えなくなった後、やけ焦げた木々の間でバゲルドとペリスの一騎打ちが再開された。
バゲルドの魔剣が縦横無尽に繰り出される。ペリスは後方に退がりつつ応戦した。
一瞬の隙をつき、攻守が入れ替わる。見ていたダストロス兵も息を呑んで観戦していた。ペリスも選ばれただけあって、かなり剣技を積んでいた。しかし実戦をかなり積んだバゲルドとでは、力と経験が違いすぎた。それにペリスは正直すぎた。
バゲルドの剣先が飛んで来た。ペリスはそれを髪一重で避け、反対に一撃を浴びせようとした。しかしそれよりも早くバゲルドが体ごと肩からぶつかってきた。
バゲルドの肩当てにつけられた大きな刺がペリスの左腕を捉えた。
「うっ!」左腕の付け根辺りから鮮血が飛び散る。ペリスは傷みを押さえながら右手で牽制して立て直そうとする。
「とどめだ! 地獄で後悔するがいい!」バゲルドはにやりと笑い、魔剣を両手に構え念を入れた。剣からケルベルスの咆哮よろしく青白い炎が飛び出した。
ペリスはふっとばされ、したたかに炭化した木にぶつかった。
「ほう、まだ生きているか……」バゲルドは感心したように言った。
ペリスは炎を食らう瞬間後方に飛び去り衝撃を抑えていたのだ。しかしかなりの火傷も負っている。ペリスは渾身の力を込めて立ち上がろうとした。


「もう少しです! 頑張るのですよ!」イーナスの声がサレンの耳を打つ。
「あ、ああっ……」


よろよろと立ち上がったペリスの向かって、バゲルドが突進して来る。「死ねい!」
だがペリスの最後の力が解き放された。それは遠く離れた妻のサレンにもおぼろげに感じられた。
ペリスの身体が突如素早く動き、バゲルドとペリスが正面からぶつかった。
「ぐっ」バゲルドから鳴咽が洩れる。兜が静かにまっぷたつに割れて落ち、怒りの形相が現れ、額から一筋の血が流れた。
しかし倒れたのはペリスだった。口から血を吐きうつぶした。胸には焦げたあざとがあった。

その時、メッサーラの〈月の城〉に産声が上がった。

一つの生命が終り、一つの生命の始まりを告げる。
「生まれたか!」リルゥース国王は我を忘れ、部屋の中に飛び込んだ。
しかし……。
「どうしたのだ?」
「……非常に難産でした。それもそうでしょう。双子だったんですから……それにしても……」イーナスは悲しそうに答えた。医者も顔を振るばかりだった。
サレンは安らかに眠っていた。遠く離れた夫と共に……。
双子の女の子の産声が寂しく聞こえた。


「ペリス侯爵!」メルサシーグは叫んだ。駆け寄ってきてペリスの変わり果てた身体をだき抱えて、揺さぶった。
「ほう、探す手間が省けた」バゲルドは歪んだ形相をメルサシーグに向け言った。
「許さないぜ」メルサシーグは熱くたぎる《太陽の刀剣》を力強く握りしめ言った。右目が決意に燃えていた。


「ドントゥラム中佐」アーマネスは流れる髪を翻し、竜から舞い降りて言った。
〈竜目族〉の最前線部隊、総指揮官のドントゥラムは振り返って礼儀正しく敬礼した。長身の金髪のよく似合うこの男性は他の女戦士から慕われていた。しかし王女は違っていた。この男性は冷たく刺があることを悟っていたのだ。
鋭いドントゥラムの〈竜の目〉がアーマネスをいぶかしげに見つめた。一国の王女がこんなダストロスに一番近い戦域リットの町付近にまで来るはずが無い、何か厄介なことがあると。
「邪魔しに来たわけではない。商人バイヤットは何処にいる?」有無を言わせぬ口調で言った。
ドントゥラムは部隊が散っていったのを眺めた後答えた。「王女様。あんな敵味方も分からぬ奴に何のようです?」
「大事な事なのだ。ちゃんと答えなさい」あくまで上司口調である。
「リットの町にいると聞いていますが、あそこはまだ完全にはダストロス軍に落ちていませんが危険です……」
「有難う、大佐。では私は失礼する」
「王女様!」
「心配しなくてよい。空を飛んで行きます」
 ドントゥラムがそういうつもりでいったわけでないのがアーマネスにはおかしかった。

メルサシーグの脳裏には短かったがペリスとの思い出が駆け巡っていた。人一倍責任の強かった彼の雄志が。
「くらえ!」バゲルドはもう一度〈ケルベロスの涙〉で咆哮した。青白い炎がメルサシーグを襲う。
「なめるな!」怒りに満ちたメルサシーグは避けようともせず叫び、長いきやびらかな剣、〈太陽の刀剣〉を上方に構えた。
肌が熱く感じた。だが炎の熱さではない。体の内部からの熱だ。メルサシーグは、この事に戸惑いながらも向かっていった。
魔力と魔力がぶつかった。
「ぬぅっ! 魔剣か!」バゲルドは驚きながらも、にやりと笑い、剣を構え戦闘に移った。魔剣と魔剣が火花を散らしぶつかり合う。間合いでは〈太陽の刀剣〉の方が広かった。しかしそれを補うべくバゲルドは速く動き、剣と剣が正面からぶつかり合い力比べとなった。
「よくも、ペリス侯爵を……」
「ふっ、弱き者は黙っていればいいのだ。〈黒き手〉様が理想の世界へと導いてくれるものを」
「何だと! そんな事が許されて……」
「何も知らぬのだ! お前達は、正義、正義と言うが、何をもって正義とするのだ。この世界の未来を考えた事があるのか?」
「俺は、俺は自分のやっている事がお前のやっている事よりは正義だと思っている!」
力を込めて、二人は飛び散った。双方この緊張感と圧迫感から極度に疲れ肩で息をしていた。今度もまた右へ左へ一進後退しながら、剣が交差する。剣の軌道が様々な幾何学模様を描き、見ている者を魅了した。剣技は互角だった。
その頃、後ろに控えていた兵士達はこの戦いにしばし見とれていたが、戦況の異変に気付き始めていた。
「盗賊達はどうしたんだ?」
「確か、北方面から踏み込んでいるはずだぞ」
「あの轟音は何なんだ?」後から駆けつけて来た兵士が尋ねた。
「フィオス様と敵方の魔法使いが戦っているんだ。近づかんほうがいい」
少し、不審に思いながらもバゲルド将軍の指示通り静観していた。
 しかし白熱した闘いが続くかのように想えたが突然メルサシーグとバゲルドの背後から有無を言わせぬ声が届いた。「バゲルド将軍! 引き上げるのだ!」
そこに立っていたのは鋭い目つきをした僧侶だった。メルサシーグは一発で暗黒神に仕える大司祭か何かと判断した。その僧侶の残忍な顔は怒りに震え、後方に控えている兵士達もすくみ上がる程だった。
「ダヴィトス! ど…どういう事だ?」剣を受け流しつつバゲルドはちらりと見て叫んだ。
「分からぬのか。そいつはほおっておけ」ダヴィトスは冷静さを取り戻し冷やかに言った。黒い法衣が焼け焦げた木と似合っていた。
 バゲルドはよっぽど反発しようとしたが、ダヴィトスの口調と顔を見てそれは止めることにした。「命拾いしたな。片目。だが、今度はないと思え!」バゲルドは思いっ切り力を込めてメルサシーグを押しやり、後ろに跳びさった。メルサシーグは追いかけようとしたが、弓矢に阻まれた。
「全軍撤退だ!」バゲルドは宣言し、兵と共に姿を消した。ダヴィトスもいつの間にかいなくなっていた。
「こんな事になるとは……。何故、ダストロスが……」メルサシーグはペリスの無惨な遺体の前に跪き呟いた。
「メルサシーグ!」その時、背後で彼を呼ぶ声がした。レストール王子である。
「こ、これはどういうことだ!」
「むごい。なんて事を……」ホークは必死にまだ息はあるか調べようとした。しかし、ペリスはそれに答えなかった。
「俺が来ていれば……」メルサシーグは後悔していた。
「いや、私が離れたばっかりに……」シェーカーがペリスの前に跪き呟いた。彼の瞳には一筋の光が宿っていた。彼の疲労はメルサシーグにもわかった。さぞかし、精神力を使っただろう。
「君が悪いんじゃないよ」カルターンがメルサシーグの肩に手を置き慰めた。
「カルターン……ああ。戦争が悪いと言いたいんだろ?」メルサシーグは元気よく立ち上がり答えた。もう、悲しんでいなかった。
ほどなく、クーリア達も来てささやかな追悼が行われた後、彼の身体はノームの長老の進言で彼らが埋葬する事になった。永遠にこの地に眠るであろう。
それぞれ、これまでの事を話し合い、再び、焼けずに残った〈ノームの森〉の奥地、〈聖なる穴〉へ向かった。
それは、遥か上空からの切り立った崖の様だった。太陽の光はそこで完全に遮断され、くっきりと明暗を分けていた。中から、少し風が、熱風が吹いてきて、外の冷気と相殺していた。
彼らは、ノームの長老の案内で、その暗黒の領域へ踏み入れる門の前にいた。黒き壁に一つだけぽつんと石の柱が二本立っているたった一つの安全な〈暗黒の塔〉への登竜門の前に、彼らは息を呑み立っていた。この先は何があるのか分からない。
「長老。御免なさい。私達のせいでこんなになって」
「いいんじゃよ。わしらは甘えすぎておった。人間達の事は人間達でけりをつけるのじゃと。しかしそれは違う、人間達だけじゃない、この大陸に生きる全ての生き物達にも責任があるんじゃ。気にいらん事に目をつぶって見過ごすわけにはいかなかったのじゃ。わしらだって立ち上がる! この世界のために……」
「長老……」レストール達は感激していた。
「だから、気にせんでくれ。この森はわしらで何とかやってみる。あんたらも大事な使命とやらがあるんじゃろ。それを全うしてくれ」
「ありがとう。それから、もしここにクバーナ殿下とマークスが来たら私達は先に行ったと伝えておいてくれる? できれば、メッサーラに戻るようにも行って欲しいんだけど」「わかったわい」長老は喜んで引き受けた。
「さぁてと、行きますか? 夜の砂漠へ」メルサシーグが言った。
「そうだな。しかし行く勇気があるものだけだ」レストールがみんなを見渡して言った。全員実感していた。暗闇、黒き壁の圧迫感を。そして忘却のことを。しかし誰一人投げ出そうとしなかった。一つの希望、この門が唯一安全だと信じて。
彼らは〈暗黒の砂漠〉へ踏み込んだ。


サレン=クルーズの葬儀が国中あげて悲しく行われた後、戦況もさほど変わらぬ中、一つの情報が舞い込んだ。サレン姫の故郷、ウィークの街から川を越えた北にある〈氷壁の山〉の麓にダストロスの大規模な軍の要塞があると言う事である。
「どうやら、そこに魔物共の膨大な数の鍵があるらしいの」マドー・イーナスは調べてきた結果を国王に言った。
「……よし、そこを叩く。ありったけの武器と兵を使ってな」国王は決心した。何とかそこを潰し、バイヤット商人からの補給を受ければ逆転の機会はある。その頃には英雄達も帰って来るだろう。
国王は早速準備に取り掛かった。その戦場へは自分が行くつもりだった。第二王子、ジャールスを連れて。

 


ここからが第二章になります。恥ずかしいもんです。もう、10年前になりますからね。
その時のまま、修正もせずに公表。 これはこれでいいのかも。

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