第四話『RESISTANCE』


時間は数日戻り、使命を受けた英雄達がメッサーラを発った日。海路で旅することになったレストール王子一行は、シデン海に面する港町ペパトーンに夜遅く着いていた。既に船の準備は急いで進められていた。
船の名前は《青き海竜》と言い、全長二七メートルの大型商船だった。 帆には名どうり竜の印が描かれていた。
船長はドバンヌと言い、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた、赤ら顔の愛想のいい中年男だった。他の、海の男達も全員屈強で頼りがいがあるように見えた。
港町ペパトーンはメッサーラの貿易港であり、ヴジャスティス、トルド・ニムルの航路はもちろん〈炎の島〉の町ゴームとも結んでいた。
戦時中でも物資の輸出入は規制を受けているがやっている。そうでないと、幾人もの町の人々が飢えていくため、ダストロスも黙認していたのだ。そんなわけでメッサーラの食糧危機にも拍車がかかっていた。
レストール達はシルバーセッツに向かうこの船に船員として乗り込むようになっていたのである。
翌朝、雪がしとしと降る中、海男達は酒のせいか寒さも気にせず仕事に専念していた。
「なんで、船にあたっちまったんだ……」白髪の小男サレードは海風に当たりながら愚痴た。
「それにしても、この風はそんなに冷たくねぇが」もう乗る前から船酔してきた。
「シデン海は〈炎の島〉からこちらへかけて年中暖流が流れているのさ」後ろにいつの間にかレストールが立っていた。みすぼらしい格好をしているので、サレードは気付かなかった。
「船は苦手かい?」レストールが気軽に訊ねた。
「ええ」サレードは狼狽して答えた。
「レストール殿下?」背後から女の声が聞こえた。
「マークス。どうしたんだ?」波止場から振り返り女戦士を見つめた。
「船長が呼んでますよ」適度に焼けている顔を少し赤らめて言った。
「わかった。すぐ行く」
 マークスはレストールという男にあこがれていた。


レストールが船長ドバンヌと船室で打ち合せしていた頃、カルターンは一人で町を時間までぶらぶらしていた。
(メルサシーグのやつ今ごろどうしているのかな?)
港町はメッサーラより活気づいていると言えるが、それは商人達の事で、一般の人達は飢えと寒さをしのぐだけで、しのげないのもいたが、精一杯だった。子供達は元気に鬼ごっこをしたり、喧嘩したりしているが、それを見る老人達の目は悲しげだった。カルターンはそれを一部始終見てやるせない思いをしていた。
「カルターン!」背後から、悲壮を撃ち破る明るい声が聞こえてきた。
「もう、出発よ、早く行かないとね」
「わ、わかった」しどろもどろになりながらカルターンは短い髪をさすりながら先々進んで行った。何故か女性が苦手なカルターンだった。
「もぅ、ちょっと待ってよ」
このところ、金髪のこの少女マークスにまとわりつかれているのだ。マークスとしては彼に興味があった。レストール王子とは違った魅力が。
「吹雪になる前に、陸を離れておきたい」これが船長の結論だった。《青き海竜》号は帆をきしませ、意気軒昂と出航した。


日もまん中になった頃、船はペパトーンとゴームの間まで来ていた。もう、雪の心配はない。なぜなら、〈炎の島〉は火山の影響で年中熱く、そこから吹く風と潮が暖かいからである。
「海の果てはどうなってんのかな?」マークスは海の彼方を見て思わず口走っていた。
「さぁね。しかし、知らないから夢と希望が持てる」ドバンヌは言った。
彼らは船首の方へ来て遠くに見える大陸を眺めていた。サレードだけは船室に閉じ込もっていたが。
このやり取りを聞いていたレストールとホークは微笑み、お互いに合図をして黙っていることにした。そう、彼らは知っていた。海の果てを。つまり、バラディア大陸は浮遊大陸であり、水晶球のような物の中にあるのだと。したがって、海の果ては奈落への道であり、また、宇宙の神秘への道でもあった。力ある魔術師の幾つもの命でそれが解明され、高い教育を受けているものに受け継がれたのだ。
一日目はこのように順調に戦士六人の希望を乗せ過ぎて行った。


その頃、元ヴジャスティス国内のシルバーセッツや元首都ヴジャスティス、その間の漁村などで問題が持ち上がった。ことごとく船が行方不明になっているのだ。シルバーセッツからヴジャスティスに向かう商船、ダストロス軍の許可がある、が途中で消え失せた事から発覚した。
荒廃した町への補給品が丸ごとなくなり餓死者が急増した。そして事実を究明するためシルバーセッツの船乗り達がシデン海に出て行ったが帰らぬ人達となった。この事に関してダストロス軍は一切の発表をせず触れようとしなかった。人々が訴えても聞き入れなかったのである。次第に、残された人々は数少ない食糧を奪い合ったり、ツインクロスに入るための通行証を求め始めた。そして、この数日でヤイナ神の信者がどっと増えた。信者になれば食料の心配はなくなるというからだ。
ついに、人々はダストロスがメッサーラの航路を断って、我々を見捨てたとわかったのだった。


ペパトーンを発ってから二日間はいたって順調だったが、〈炎の島〉から離れて行くほど、徐々にではあるが温度が下がり、乗組員の口数も減ってきた。
「おかしい……」最初に気付いたのはやはり船長だった。彼だけはいつも陽気に振舞い乗組員達を励ましていた。
「どうしました?船長」船員に変装しているレストールが尋ねた。
「船が一隻も見つからないのです」レストールに気付き意見を口に出した。
「そういえば……」
「殿下。少し話し合わなければなりませんな」船長はうなずきながら言った。


マークスはホークと二人船室にいた。ホークが商人でマークスがその使用人ということになっていた。レストールがなるべきだとホークは言ったが(マークスもそう願っていたが)、レストールは外で体を動かし、状況を把握しておきたいとの事で、ホークが代わりにこうしているのだ。
ホークは退屈していなかった。なぜならマークスが起きてから軽快にしゃべり続けていたからだ。彼女の話はどれも興味ひかれるものだった。彼女はメッサーラで傭兵をする前は全国各地を他の年上の仲間と旅していたのだ。だから話のねたは尽きない。
ホークも自分の事を少し話して聞かせ、マークスを満足させていた。特に満足させたのはクーリアの話だったが……
現在この部屋には彼ら二人以外に人がいた。レストール、顔色の悪いサレード、ドバンヌ、そしてカルターンである。
「どうする?」
「何かあったにちげいねぇ」
「でも、行かなきゃならないのよ」
「シルバーセッツまでまだ少しある。とりあえず、行くしかないようだな」
「慎重に行かなければなりませんな」
「わかりました。殿下。見張りを二人追加しましょう」
「私がやります」カルターンが申し出た。
「あたしも」それを見てマークスも申し出た。
「すいません。女性の方は……」船長が渋い顔をして言った。マークスはふてくされて、地団駄を踏んだがレストールの「おちこむなよ。君には君の役目があるさ」で、機嫌をよくした。
「では、早速行動にうつろう」
「サレード。大丈夫ですか?」ホーク僧が尋ねた。
「大丈夫でさ。船酔くらいに負けてたまりますか」精一杯のまけんきで答えた。
「無理は駄目ですよ」とホークは言ってサレードの肩に手を乗せ、何事か呟いた。
サレードは何かゾクッとしたが、少し気分が晴れて、小さく礼を言って外に出て行った。彼も船員として働いていたのだ。何とかやっていけそうだ。


次の日、シルバーセッツまであと半分といった頃。
帆柱の上の監視台。体が冷えるため、酒瓶を片手に船員の一人が見張っていた。
「………?」波に紛れて黒い部分が見て取れた。じっくり目を凝らすと、それは横にも広がり、凄い早さでこちらへ向かってきていた。彼は遠眼鏡を下に置き、手元にあった紐を引き、下に合図し、手すりから身を乗り出し、船長に叫んだ。
「船長!一〇〇メートル先に黒い物体が!」
「魚の群れじゃないのか?」船長は上を見上げて言った。
「ち、違います。あ、あれは!」
船首で見張りをしていたカルターンにもわかった。
「何だ!あれは」
黒い物体は幾つもある魚の群れのようだったが、一つ一つが魚の比じゃなかった。もっと大きかったのだ。
「操舵長!回避だ、面舵いっぱい」船長は方向転換を試みるべく命令した。だが、しかし、右に転じた先にも黒い物体が海面下を伝わってきたのだ。
「囲まれたか。全員、戦闘体制だ!」船長は号令を飛ばした。レストール達はすぐさま行動を開始していた。マークスとホーク以外は水夫の格好をしていたので、武器を取りに船室に戻り、マークスとホークもここぞとばかりに外へ出てきた。
今やすっかり船は囲まれていた。
「まずい、やはり、奴らはクナだ」船長は半ば驚いて叫んだ。クナが海中から飛び上がり大船に大挙してきた。
クナはとても背が高く、だいだい色の鱗を体に配し、赤い大きな丸い目をぎょろつかせ短めのぼろい槍を持っている。背中のひれをばたつかせ水しぶきを上げ、船に乗り込んできている。
「どういうことだ?」レストールは驚きながら剣を片手に船首の看板へ躍りでた。何とかクナどもを追い払うために。背後では他の船員達が恐れながらも対峙している。
「殿下。とりあえず撃退しましょう」カルターンが緊張の面持ちで答える。今度は搖れる船の上か。
「ああ。皆のもの。恐れるな。叩き落とせ!」レストールは目の前のクナを剣で突き飛ばして言った。カルターンも素早く攻撃していった。


船尾の方ではマークス、ホーク、サレードが参戦し、何とか船を守ろうとしていた。
「はいや!」気合いの声と共にマークスの新月刀がクナの鱗に突き刺さる。日常とうってかわり彼女は真剣そのものだった。横ではサレードが短剣を二つ持ち振り回し、軽快に動き、ホークは鉄の拳で格闘していた。
一人の水夫がその時船室へ駆けて行った。彼はレストール達の前には姿を見せなかった。まったく、水夫に同化していたからだ。彼は自分の部屋と言っても共同で雑魚寝している所へ行き自分の袋から彼の今の身なりと全く不釣合いの素晴らしい剣を出し、また、よく手入れされた皮鎧に着替えて出て行った。
「クバーナ殿下!」真っ先に気付いたのはホークだった。クナを蹴り倒し突きをかわし次の獲物を目指しているときだった。
クバーナは全く装備と不釣合いだった。体は完全に海の男に変装していたためだ。頭は完全なまでにボサボサ、体臭までしっかり変えてある。あのキザなクバーナとは思えない。鎧と剣、そして彼の目だけがそれを物語っていた。
「ふっ、シルバーセッツまで見せるつもりはなかったんだが……」彼はにやりと笑って、戦闘に参加した。
 クナの槍を剣で凪ぎ払い鮮やかに斬り返す。次々くるクナを片っ端から斬り裂いていった。


「なにっ!」船長は驚いて攻撃の手を休めた。
「危ないっ!」カルターンが割って入ってクナを刺した。危うく殺されかかった船長はそれに気付かず、指さして呟いた。
「マッシャーだ」
長さ三〇メートルはあろう、大きな節状動物が、海上に現れたのだ。上にクナが乗って操っている大きなミミズみたいな化物は今にも船を沈没させるかのように飛び跳ね回った。
「まずい。船を沈没させる気だ!」ほとんど絶望に近い声でドバンヌは言った。
 操舵長が周りの戦闘をものともせず、必死に梶を右に左にきって回避しようと奮ばっていた。
「あいつが頭だな」レストールは周りを見渡して言った。船が異常に搖れている。
「船長。銛か何かないのか?」
「船尾の方に」
「何とかあの化物から引き離すんだ!」レストールは駆けて行った。どうやらクナ達は船を沈める前に戦闘を楽しんでるようだった。


「クバーナ!」レストールは驚いて言った。
「レストール殿下どうしたのですか?……どけなさいよ!……」マークスがクナを置いて駆け寄ってきた。この闘いにも息を乱していない。
「チィッ、頭が回るぜ」サレードはこの搖れにだいぶまいっていたがマークスの分も引き受けた。右手でクナの腹を裂き、もう一匹の槍を受け流す。そして、刺したクナの後ろへ回り込み、蹴って無傷のクナともども海へ落とした。
「話は後にしてくれませんかね?」クバーナは槍で突いてきたその手を切り落とした。
「そのつもりだ。おい、銛は何処にある?」レストールは辺りを見回した。ホークが振り向いた。
又、マッシャーが飛び跳ね船が傾く。
「ホーク。何とか出来るか?」レストールはホークの所へ行き、示して訊ねた。その間も銛の場所を探していた。
「やってみましょう」ホークは少し考えて言った。
「殿下。ここです」一人の水夫が手を挙げて答えた。
「危ない!後ろだ」レストールは叫んだが、その水夫は背後から槍で突かれた。レストールは駆けて行き、クナ達を蹴散らした。
「発射台はあちらです……」
「おい、しっかりしろ」彼はホークを呼ぼうとしたが、ホークは次の動作に入っていた。既に数人の水夫が死んでいる。彼は諦めて銛を持ち上げた。そこへ、クバーナが応援に駆けつけた。
「安心してくれ。私が引き受ける」
ホークは素早く後方の帆柱に駆け昇った。マッシャーが船をつぶそうと今か今かと命令を待っている。
「神は偉大なり。その選者、我は無敵なり。今、至高神メリカのもと、我に従え」
「強束雷縛」
(規則正しく踊り狂うがよい!)
彼は聖印をかざした。聖印から発しられた光はホークの使命と共に、マッシャーを操っていたクナに当たり、そのクナは苦しみだした。そのため、マッシャーはとても不安定に揺らいで海面に墜ちた。しかし、しばらくしてマッシャーは又船の周りを回り始めた。それはまるで踊りのように規則正しかった。 「レストール殿下、今のうちです!」
レストールは特大の銛を発射台に装着した。マークスとサレード、クバーナ、ホークがクナを近付けまいと暴れ回っていた。
(狙いは頭だ。外すわけがない!)
彼はマッシャーの動きを読んで勢いよく銛を発射した。放物線を描き、銛はどんぴしゃり、マッシャーの節のある頭に刺さり気持ち悪い液体がどくどくと出た。二発目も命中した。
「急速旋回!」それを見た船長は操舵長に命令した。船が搖れに搖れて傾く。マッシャーが海上を暴れ出した。
「操舵長。何とかかわすんだ!」
「はい!」彼は舵と取っ組み合いをし、何とか船を離脱させた。負けを悟ったクナ達は次々と海へ逃げ始めた。
「ふぅ。助かりましたよ。それにしても、比較的おとなしいクナ達が襲って来るなんて」船長は落ち着いて言った。
「ダストロスの仕業か?」レストールが憤慨して言った。
「しかし、これで船が見あたらない理由が分かりましたね」ホークが言った。
「死体の処理が終わりました」 船員の一人が報告した。
「死者三人、重傷者四人です」
「水葬の準備を」ドバンヌは冷静に命令した。しかし、その目は悲しげだった。
「七人か、痛いな」彼は呟いて、船を見回りに行った。それを見てホークは疲れていたが重傷者の運ばれた船室へ急いだ。
「サレード。大丈夫?」マークスが笑って尋ねた。
「大丈夫でぃ。ちょっと胸がむかつくだけ……」サレードはその場に座り込んでいた。
「少し横になっては?」カルターンが心配そうに提案した。
「いっしょだね。陸にもどらんかぎりは」サレードはさっき死んじまったほうが良かったと後悔の念を抱いた。
「まぁ、休んでなさい。私がきたからに……」クバーナが胸をそびあかして言いかけた。
「殿下。何で、乗り込んでいたんですか?それもそんな格好までして」マークスが割り込む。
「そうだ。選ばれなかったはずだぞ」レストールがやってきて言った。
「まぁ。そんなに怒らなくても。私にも責任がありましてね。それにヴジャスティスは私の国。私がいた方がいい」クバーナは動じずに答えた。


散っていった者達の水葬がすんだ頃、空模様が怪しくなってきた。波が強くなり、風も激しくなってきたのだ。
「妙だな」船長は言った。隣にはレストール達がまだいた。
「こんなに突如、天気が変わるはずないんだが」
「ドバンヌ船長。これはもしかすると………」レストールが推測する。
「そのようですな。警戒しましょう」
「また、クナですかい」サレードがうんざりして言った。
「違うわよ。きっとね」マークスはカルターンに相ずちをうって言った。
「船長!巨大生物を発見!北西からこちらへ向けてやってきます」
「船長!」レストール達が意気込む。
「おいでなすった。シデン海の主が……」今度こそおだぶつだと彼は思った。
海竜は海面を出たり入ったりしてのたうつ様に進んで来ていた。あんなのにぶつかられてはいかに大船であろうと沈没は免れない。
「ダストロスめ、海竜まで操るとは」海竜は滅多に船を襲うことはなかった。それが今は無差別に船を沈めていた。ダストロスが関与しているとしか言えなかった。
船員達は先程の悲しみも忘れ持ち場に散った。みんな、死を覚悟してたので恐れはなかった。
「操舵長。旋回!海竜から距離を保つんだ!」
「はいっ!」しかし、それは余り効果がないとわかっていた。
「ホーク、頼む。私が出る」レストールは決意し言った。このままではみんなやられてしまう。
「わかりました」重傷者を治癒してきたホークはそう言って、近くの船員の所へ行き、酒瓶を拝借して、その櫟の栓を抜き取った。
「レストール殿下。我々も行きます」カルターンが進み出た。他の者達もうなずいてレストールを見ている。レストールはにこやかに笑ってみんなを受け入れた。
「そこに集まって下さい」
「距離は縮められる一方です」船員が叫んでいた。
「神は偉大なり。いま、其の恩恵を与え給え。この者達に、そして我に。海は我が地なり!」
「浮水転地」先程の栓をほぐし風と共にみんなに振りかけていった。
「さぁ、早く!」ホークはそう言って、船から飛び降りた。レストールも追って行く。他の者達は驚いて叫んだ者もいた。
「まじですかい?」躊躇して彼は言った。
「面白そうじゃないの。待ってぇ!殿下」マークスは子供のようにはしゃいで追っかけて行った。その後をカルターンが慎重に降りていった。サレードも心を決めて降り立った。

「立ってる。凄い感覚だなぁ」
「二手に別れる。ホーク、カルターン、マークス、怪物の右手へ」
「サレード、クバーナ。海竜を引き付けるぞ」
「そんな殺生な」サレードは愚痴た。
明黄緑色のとさかを背中に持ち、緑色の長い体を持った海竜は奇妙な声を発し、尾を振り進撃してきた。
海に立った彼らは海竜を迎え打つべく海面に陣取った。船の上から驚きつつも船員達が固唾を飲んで見守っている。
海竜が彼らに二〇メートルと近付いたとき、レストールが存在を示すため、進行上に進み出た。
その時、海竜はひれが進化した翼をばたつかせ、飛び魚のごとく飛び上がった。レストールは素早く反応し横に駆けた。水しぶきが舞い、波が高くおこる。彼らは不安定な海面に手をつき持ちこたえた。
銛が船から発射された。それは海竜のわき腹に刺さったが、効果はなく、隙をつくっただけだった。だが、その隙を近づいていたレストールがついた。素早く海竜が潜る前に、波の上を全速力で駆けて、剣を顔に突き立てようと試みた。しかし、海竜は顔をレストールの方へ向けたため、彼は避けざるを得なかった。
今度は反対側から、ホーク、カルターン、マークスが回り込んでいた。
カルターンは海竜の顔の付け根へ潜り込んだ。振り向いた顔が戻ってきたとき、その大きな目に剣を突き立てた。怪物は悲鳴を上げ、カルターンを剣ごとふっとばした。痛みに海中へ潜ろうとしたが、その前に頭のとさか辺りに激痛が走った。マークスが海竜の背中から取り付き、新月刀を力いっぱい突き立てたのだ。その時、ホークは正面に回り込んでいた。海竜は体半分以上海面から突き出し、のたうち回った。必死でマークスが振り落とされぬよう新月刀にしがみついている。
レストール、クバーナもこの機会に便乗して攻撃した。レストールは前から、クバーナは海上に飛び出した尾を。サレードもこの奇妙な感覚に戸惑いながらも両刀を突き立て取り付こうとした。
海竜は海に潜ろうと精一杯体を上下に揺さぶった。
「マークス!」マークスが揺さぶりに耐えきれずとうとうふっとばされたのを見てカルターンは叫んだ。彼も飛ばされたのだが、何一つ傷を受けなかった。これも神の力である。
ホークは海竜が幾度となく口を開けているのを見ていた。天候は曇っている雷をこちらへ持ってくる事ができる。しかし、海の上は危険だった。しかし、自信を持ってやるしかなかった。
「偉大なる神よ!我に其の力を。我は雷の子。いま、雷を呼ばん」
「電撃招来!」その機会を逃さず、雷を放った。
電撃は海上すれすれ一直線に走り、海竜の口の中に吸い込まれていった。耳をつんざく轟音が起こる。全ての者が凍り付いた。そして、海竜は最後の力を振り絞り、焼けただれた口から、毒霧の息を吹き出して、海中に沈んだ。しかし、正面にはホークしかいず、彼は毒をものともしないのだった。
「マークス、大丈夫か?」レストールがマークスの元へ駆け寄った。
「大丈夫よ。戦慄が走ったけどね」マークスは笑って答え、髪の毛を整えた。
「カルターン、有難う」後からカルターンが駆け寄ってきたのを見て、先ほどカルターンがマークスを心配して叫んだのを思い出して礼を述べた。
「え、あぁ」いきなりの事に面食らい、カルターンはそう答えるのがやっとだった。
「早く戻りましょう。効果が切れる前に」ホークは胸を撫で下ろした。


「海竜を撃退なさるとは、凄い凄い」《青き海竜》の船長ドバンヌは、機嫌よく答えた。今まで、こんな凄いことを成し遂げたのを見たことがなかった。さすが、王子様一行だ。
「伊達に、選ばれてないわよね」マークスが、クバーナに聞こえるように言った。彼女も機嫌よくしていた。あんな、海竜とはいえ、竜に乗ったのは後にも先にもないだろう。
クバーナはやれやれと言ったように肩をすくめた。
「これも、ホークのおかげだ」心底感謝して、レストールは言った。
「礼には及びませんよ」
「さぁ、もう少しだ。頑張ろう」


慎重に慎重を重ねて、メッサーラを発って四日目の朝、ようやくシルバーセッツが見えるところまで来た。しかし、問題が一つ持ち上がった。
「船が、ダストロスに沈められているとすると、このまま港へ行くのは危なくありませんか?」船長が痒い頭を掻きながら言った。
「そうだな」レストールは考え込んだ。船長の言う通りである。このまま行けば、何故、沈まず来れたと怪しまれるだろう。たとえ、何も遭遇せず着いたと嘘を言っても、ダストロスの残忍さの事だ、我々は皆殺しにされるかも知れない。
そんな危険は犯したくない。しかし、どうすれば……
「私にいい案があるのですけどね」今はまた船員に変装しているクバーナが肩をそびやかして言った。じっくりと間を置いた後、彼は言った。
「いい上陸場所がここから〈緑の島〉へ向けて少し行った漁村の近くにあるのだ。小舟で上陸すればまず見つからないはずだ」自信たっぷりと言った。レストールは少し考え、険しかった顔を元に戻してうなずいた。
「わかった。船長、クバーナ殿下の言う通りしてくれ」
船は進路を西へ変え、沖を快調に進んで行った。風は相変わらずきつかったが、天候は良かった。クバーナが指示を送り、船は岩々に囲まれた暗礁へ出た。北には断崖絶壁の雪の乗った陸地が見えている。
「この向こうです」彼らは既に、小舟を用意し装備を整えていた。ここから北へはこの船では行けなかったのだ。
「商人の格好は役に立たなかったわね」金髪を風になびかせながら、マークスは冗談を言った。舟をクバーナが漕いでいた。彼は、あの城から逃げてきたときの事を思い出していた。悲しい出来事だ。崖が見えてきた。かなり高く、上を見ようとしたら、ひっくり返ってしまいそうだ。波がぶつかり渦が巻いていた。クバーナは慎重に舟を進めて近付いた。 崖の下に、ぽっかりと穴が開いていた。クバーナは無言でその穴へ舟を導いて行った。一同落ちないようしがみついていた。サレードなんか、もううずくまっていた。
「着きました」空洞の中の岸に着け、クバーナはそっけなく言った。レストール達は明りをつけ、腰を落ち着けた。
ようやく、彼らはヴジャスティスに到着した。


サレードが代表で周辺を偵察に出て行った。毛皮を纏い、旅人を装って。彼は陸に戻り、生き生きとしていた。
雪が再び降り積もってきた。嫌な雪だ、春はまだ来ぬのかねぇ。彼は街道に知らないうちに現れた。なぜか、旅人が多くシルバーセッツからヴジャスティス向けて目立った。
「どういうことでい?」もう少し注意して見ると、中にダストロス兵もいた。サレードは見つからぬよう平静を装って、近くの漁村へ行った。
そこの者達は、働き手を失い、活気もなく、悲壮な思いで、簡素な鎧などを造る内職をしていた。
「若者がいないようですけど」サレードはそれとなく村人に話しかけてみた。
「あんさん。何しに来た。ここにはもう何もない」サレードよりも背が高い、同じ白髪の老人がぶつくさと答えた。そして、老人は早々とめんどくさそうに立ち去ろうとした。
「ちょっと、待って下さい。訊きたいことが」サレードは慌てて言った。
「ほっといてくれ。息子も死に、王様も処刑される。もう、この世の終わりじゃ」老人は顔を真っ赤にしてまくしたてた。
「え、王様が処刑?」サレードはびっくりして言った。
「知らないのかね?見に行くんじゃなかったのか?」
「いつ、いつなんで」口調が元に戻っているにも気付かず、詰め寄った。
「明日じゃ!明日、アタクタス王の処刑日じゃ!しかし……おい?若造や、何処行った?」老人はおかしく思いながらも自分の家へ戻って行った。


「何、本当か!」クバーナは柄にもなく声を荒わげた。それもそうである、父が生きているとわかったのである。
「すぐ、助けに行こう!レストール王子」彼は立ち上がって、催促した。
「待て、クバーナ殿下。落ち着け」レストールが嗜めた。彼らはさっきの空洞にいた。ここなら冷気をしのげる。
「レストール王子」クバーナは気が気でない。他の者もわかっていた。しかし……。
「だめだ。我々には使命がある」レストールは低い声で言った。そしてクバーナを見上げた。わかってくれと……。
「父上を見殺しにすると言うのか!」クバーナは憤激した。もう、彼は冷静でいられなかった。
「誰もそんなことは言ってない」レストールも声を強めて言い放った。
「クバーナ殿下。落ち着いて下さい」ホークがクバーナの肩に手を掛け慰めた。
「これが落ち着いていられますか!」クバーナは手を払い、キッと睨みつけて言った。澄んだ青色の瞳には泪が浮かんでいた。
「クバーナ殿下。考えて見ろ。どうやって助けると言うのだ」レストールはその目を見つめた。クバーナは美しい顔を横にそむけた。
「私だって、辛いんだ。しかし何が出来ると言うんだ。私達が今しなければならないのは一刻も早くこの忌々しい戦争を終わらせることだ!」レストールも涙を溜めて言った。みんなも同じ気持ちだった。
「もういい!」クバーナはきびすを返してその場を去った。レストールは何か言いかけたが、マークスがそれを制し、「あたしが何とかしてみる」と言って、後を追って行った。
「レストール殿下」カルターンはいても立ってもいられなくなり立ち上がって言った。
「早く、この戦争に終止符を打ちましょう!」
「ああ。そうだ。行くぞ!何としてもやり遂げなくてはならん」
彼らはここから北の〈ノームの森〉に向かって旅立った。


ツインクロスの〈白き流星〉内部の牢屋。今、ペリス、クーリア、シェーカーの三人が中に連れてこられた。全員眠り薬によって眠らせていた。一人を除いては。
「さてと、どうするものか」シェーカーは誰もいなくなったのを確認してから、むくっと上半身を起こした。彼の精神に薬でさえも勝てなかった。
牢屋はじめじめとしていたが、よく整備されていて、不快なほどではなかった。シェーカーは状況を把握するため、耳をすました。
扉で声がする。
「あんな、美女滅多にいないぜ。いただいちまおうぜ」
「おい、大丈夫か?手をつけて」
「わかりゃしないさ」よだれを垂らしているのが手に取れてわかった。確かに、悩ましい姿勢で、クーリアの抜群の体が無造作に置かれていた。しかし、シェーカーは惑わされず、そっと扉の近くまですり寄った。
扉の向こうには見張りが二人。それも下っ端が。
シェーカーは右手を屈んだ姿勢で床にぴったりと手の平をつけて、呪文を唱えた。
「睡魔招来」ドサッと扉の向こうで音がした。シェーカーは安心して立ち上がり、鍵を開けようとしたが、ぴたりと動作を止めた。しまった!誰か来る。
シェーカーは急いで見極めようと呪文を準備したが、聞き覚えのある声がしたので、思いとどまった。
 扉が開いた。シェーカーは後ろへ下がっていた。
「シェーカーさん?」タンタムだった。
「待って下さい。私は、なんと言ったら良いか……味方です。信じて下さい」タンタムはこういうしかなかった。
「早く、ここを出ないと大変なことになります」彼は必死で事情を説明した。シェーカーはとりあえず信じることにした。タンタムは周りを見渡し、驚いて言った。
「あの二人は?」
「たぶん、外でしょう」
「とにかく、二人を連れて出ましょう」タンタムはそう言って、クーリアを担ぎ、できるだけ荷物を持って、牢屋の壁のある部分を押し、しばらくしてまた違う所を押した。そして、秘密の通路を導き出したのだ。シェーカーは何とかペリスを担ぎ、タンタムの後をついて行った。背後で、入口が閉まった。


「少し待って下さい」タンタムはクーリアを静かに降ろし、路地裏から表道を偵察しに出た。
その時、運命のいたずらか、メルサシーグとターブスが駆けてきたのが見えた。このまま行けばちょうどこの路地裏にいる、タンタムの前を通って入口へ行く。 それを逃さず、彼は引っ張り込んだ。
「事情は後で。早くこの場を脱出するとしましょう」
その後はメルサシーグ、ターブスにとって何がなんだかわからなかった。タンタムは裏道という裏道を知り尽くしていた。時には建物の中を通ったり、とても通れそうにない(特にターブスが)隙間を通ったりして、先導していった。
「一体、どうやって出て行くつもりだ」クーリアを担いだメルサシーグがタンタムに追いついて尋ねた。クーリアの甘い赤毛の臭いがする。
「今は使ってない、抜け道があるんです」タンタムは鍛え抜かれた目を、メルサシーグの片目とクーリアに向けて言った。きらりと目が光ったようだった。とにかく一安心である。
今度はいつの間にか下水道に入っていた。町中の汚物という汚物が溜められ、異様な臭いを放っていた。そして、外と変わって生ぬるい。それが一層気持ち悪さを際だたせた。 ようやくの事、この臭いのせいか、クーリアと、ペリスが意識を取り戻した。
「胸がむかつくわ。ますますお風呂に入りたいものね」クーリアが背中で力なく言った。
「それだけ言えれば大丈夫だ」
「メルサシーグ。酒臭いわよ」
「ハハッ」
「この向こうに使われてない、下水道があるんです」異臭の中で、タンタムが大声で言った。声が反響するが、誰も彼ら以外には聞いていない。
タンタムは慎重に明りで照らしながら調べた。そして、しばらくしてタンタムは壁を開ける人口石を見つけ、隠し通路を開いた。
「ここをまっすぐいけば外に出られます」タンタムは明りをシェーカーに渡しつつ言った。どうやら彼はここまでらしい。
「タンタム。有難う」クーリアが微笑んで言った。
「いえいえ」至上の笑みを受けた、タンタムは嬉しそうに言った。いかにも報われたと言った感じだ。
「後は、なんとかします。お気を付けて」
「無茶をするなよ」ペリスがタンタムの背中に向かって言った。彼はわかったと手を振り、去って行った。
彼らは隠し通路に入って、また入口を元に戻し、奥へと進んで行った。この西へ続く下水道は、水は一滴もないが、汚物が固まりこびりついていた。足元と頭上に十々気を付け、彼らは進んで行った。
「もう、降ろしてくれないか?」ペリスがターブスに言った。この組合せは奇妙だった。ターブスは何も言わず、彼を降ろし、まだ、彼がおぼつかない足取りだったので、手を貸した。
「有難う。大丈夫だ」ペリスは手を離し、一人で歩き始めた。クーリアは逆に降りようとしなかった。
下水道の出口は薄暗いので、余りわからなかった。それもそうであった。針葉樹が多く密集していて、出口を隠しているのだ。隠し通路はちょっとした、下が林の崖に通じていたのだった。
「どうする?」ペリスが厳格な顔で答えを知っていながら尋ねた。
「〈ノームの森〉へ行きましょう」今や地面に立ってクーリアは代弁した。
「タンタムが引き止めてくれているうちに」
「そうだな。我々も急ぐか」決意も新たにペリスは答えるのだった。
「いい奴だったな」メルサシーグは呟いた。
「フフ」クーリアは破顔し、先陣を切って、野伏のごとく、森を進んで行った。


「逃げられましたか……」トニアスは不気味な笑みを鋼鉄の顔に浮かべ報告を聞いていた。せっかく巧妙に罠を仕掛けたのに……。報告によると、あの青年は魔法使いらしい。巧妙に変装してやがった!あの男………逃がしはしない、この〈黒き流星〉が………
「まぁ、いいでしょう。………面白くなりそうだよ」不敵な笑みを浮かべたが、「でも、失敗は許さんぞ」と言って、見張っていた者は斬首されることになった。
「タンタム。奴らはそんなに遠くへ行ってないし、行き先はわかっている。人手を集め、捕まえるのだ。私は軍を動かす」トニアスは指示を与え、ダストロス軍の司令部へ行った。タンタムは黙って命令を聞いていたが、その目は冷たかった。


ダヴィトスは塔の中を慎重に探索していた。物音一つしない。奇怪な品物が散らばる通廊を進み、また階段に出くわす。
「いったい、何処にいるのだ?」四つの尖塔の最上階のどれかか?それとも!暗黒僧侶はそこではっと気付いた。
「まん中の低い塔に違いない!」そして、ダヴィトスは四つの長い尖塔の間にある塔への入口を探した。
しばらくして、彼は中央の塔の階段を昇り始めた。むき出しの柱だけの所にさしかかる。ここから外が見て取れるが、暗闇のため無意味だった。
「餌には喰いつかなっかったようだな」何も見えない虚無の空間を見つめヤイナ神の下僕は呟いた。今日は元ヴジャスティスの国王アタクタスの処刑の日だったのである。彼は嬉しそうに禿げた頭に頭巾をかぶり直して、再び昇り始めた。
王家は根だやしにせなばならぬ。彼はクックッと忍び笑いをし、舌嘗めずりをした。
「入ってはならぬ」突然声がした。僧侶が目を凝らすと何と目の前に黒い魔法着を纏った男が立っていた。頭巾の奥の顔はどんなに目を凝らしても見ることはできなかった。
「入ってはならぬ」再び威厳のある声で繰り返し男は言った。
「ここではない、場所を替えようぞ」その刹那、場面が転移した。
「して、望みは?」〈黒の大魔法使い〉は腰を降ろし、訊ねた。

 


 大分立ちましたが、四話公開です。なつかしつつ公開しているわけですが、オンラインゲームをやる時のキャラクターとかここからとっているので、どうにかしたいよな。
                          2002.11.04    沙門祐希

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