鍵。全ての謎を解く鍵

鍵。人々の希望を乗せた鍵

鍵。運命の糸を巡り合わせた

形なき形あるもの

大いなる野望を乗せ

争乱が続く

第二章

大きく、また雲高くそびえる神秘的な塔。バビテウロ。
場面はそんな違う世界を映し出す。
塔の内部。色豊かなたぷたぷの魔法着を着た老人達。
「ここにお集まりの我が同志」
時の議長ウタが叫ぶ。
「そう、いきりたたんかて」
隣の老人が嗜めた。
「わしの事はほっといてくれんか」
顔を真っ赤にして叫び返した。
「はよ席へつくんじゃ!」
「もう年なんじゃよ。ここんとこ腰がいとうて」
ある青い魔法着の老人が言った。
「そんなものちょちょいのちょいって、治しちまったらどうじゃ」
さっきの老人よりこれまた一〇歳若い老人だ.
「気がつかんかったわい。では、さっそく……」
「おい!そんなことしたら塔が爆発……」

そうこうしている内に最後の魔源師が入ってきた。彼ら老人達二四名揃うのに半年かかっている。
「結界は効いておるのかね?」
 ウタが尋ねた。
「もちろん、きいているぞよ」
 最長老の最後に入ってきた二四〇歳のガメオが答えた。彼は丁度反対の大陸からはるばるやって来たのだ。
「では、評議会をはじめるわい」
 二二〇歳のウタが宣言した。(お気づきかも知れませんが彼らは順番に一〇歳づつ年を取っています。さらに、年はほとんど何年も変わっておりません。二〇〇歳ならずっと、次の者に受け継ぐまで二〇〇歳なのです。このバビテウロの塔は結界が何重にもしかれており魔法は効かなくなっています。魔源師評議会は一〇年に一回開かれていますが、今回のは緊急会議であります。)
「まずは上を見てくだされ」
 機械が作動しきれいな夜空が広がる。
「《箱船》の位置と月の位置を見るのじゃ」
「来るべき時がそこまで来ているのじゃ!」
 ざわめきが塔の内部を埋める。
「探索じゃ!」ある魔源師が叫んだ。
「事実の究明じゃ!」
「論文にするのじゃ!」
 いろんな意見が飛び交う。
「そうじゃ!わしらはもっと知識を得なければならんのじゃ。そこで、準備に四〇数年かかるんじゃが斥候として一番若いアフルアを送ろうと思うのじゃが……」
「賛成じゃ!探索じゃ!今こそ究極の魔法を使うときじゃ!」満場一致で可決した。

  ……………悠久の彼方を越えてここに始まる。

漆黒の闇に紛れてうごめく影。五つの影は木々の間をくぐり抜けバトラー湖目指しゆっくりと進む。場面は流れる。

メッサーラから東へ進んだ所にある古びた小屋。

一人の男が水晶に向かって話しかけている。

水晶に写る不穏なる邪悪な人物。不気味な笑み。

静かなる夜更け。風さえ闇。月の顔さえ見えない。

そんな中を場面は〈氷壁の山〉へ。

要塞に集う魔物達。ぞくぞくと外へ出て来る……

ゴブリン、オーク、霜巨人、氷魔トカゲ(フロストサラマンダー)、ホブゴブリン、オーガー………

操り人形のように北へとぞろぞろ行軍していく……

第三話「In The Forest」

アーマネス王女は簡素な朝食を取った後、いま一度、色鮮やかな青の甲胄を着込み会議に挑んだ。
会議の場は昨日使われた、第二戦略会議室だった。彼女とその従使は招かれて、まん中に座った。
すでにお偉いさん方が座っていて、彼女らを見ると形式ばった会釈をしてみせた。
「〈勇敢なる王女〉、アーマネス殿」
「〈美しき王女〉」色々と言葉が出る。彼女はいちいち礼をしてみせた。
「アネス女王は、お元気ですかな?」リルゥース国王が口を開いた。
「ええ、母様は戦場で元気に闘っております」賞賛の声が上がった。
「それは、よかった。では、そちらは首尾上々と見える」
「私達〈竜目族〉は、あんな魔物どもに屈しません!」力強く王女は言った。この言葉は本当だった。〈竜目族〉は非常に剣を重んじ軍隊が規則正しく組織され統制されていた。それに、竜と生活を共にし、また共に戦っている。
「率直に言おう、こちらはそれほどよくない。人手、食糧、武器が底を尽きかけている。兵士達の士気も寒さと敵の膨大な数に落ちてきているのが事実だ」
「なるほど、深刻な問題ですね」
「そうなのだ。そこで何か手を打たないとと思って、昨日の若者達を旅立たせたわけである」そして、国王は手短に説明した。
「我々も終局に向かっていると言うわけですね」アーマネス王女が慎重にうなずく。
「そこで、貴方達と手を組み、総力戦を挑むことにしたいのです。何としても時間を稼がなければならない」バルランクスが訴えかけるように言った。
アーマネス王女は少し考えて答えた。
「わかりました。そこで、我々にどうしろと言うのですか?」
「一つとしては、まだ兵は南部から集められますが、武器と食糧が国王陛下の言った通り不足なんです……」
「………」
 彼女はしばらく考えた後、口を開いた。
「一つ手があります。今、我々の所に、バイヤット=ラードと言う大商人がいます。彼は、どうやらドワーフ達とうまく交渉し、武器を仕入れているそうです。彼に手を回してもらいましょう」
「バイヤット=ラードか。貴族を捨て商人になったと聞いたが、トルド・=ニムルにいたとはな」国王が呟いた。
「しかし、どうやって、ここまで運んでこられるんです?」バルランクスや他の貴族達が疑問に思って言った。
「彼になら出来る。そうだな、王女殿」国王は知った顔で言った。
「ええ」
「よし、決まりだ。では作戦を練ろうぞ」


「もうすぐ、バトラー湖の湖岸だ。頑張れ」ペリス=クルーズが静かに言った。彼は獣皮に身を包み、馬を引いて先頭に立っていた。他の者も毛皮に身を包み、馬をそれぞれ引いている。足跡を隠すため、しんがりのターブスの馬の後ろに、木で作った雪かきのような物が付けられていた。女盗賊のクーリアいはく、これで、少しでも雪が降れば、足跡は隠せるそうだ。さらに、寒さに馬がまいらぬよう、シェーカーの耐寒の呪が馬達に施されていた。彼は、一日毎に、馬と話し、何やら胡桃の様なものを食べさせていた。また、人間達にも勧めていたが、みんな丁重に断わっていた。


「おい、この先に、敵の一軍隊がいるぞ」偵察に出ていた、メルサシーグが白い息をはずませ、木々の間から帰ってきた。
「足跡はちゃんと消してきたか?」
「ああ、ちょっとやそっとじゃわからん程度にね」メルサシーグは馬のたずなを受取ながら答えた。彼はペリスには敬語を使わなかった。一緒に旅する仲間だし、また、彼に好感を持てたからこそだった。ペリスは仲間の意見をよく聞き、それを活かし、周囲に対する注意力も大したものだった。
「しかし、なぜこんな林の中に?」クーリアが尋ねる。
「いや、この先は開けた場所になっていた。たぶん、木を伐ったんだろう」メルサシーグはしばらく考えて、「そうか、〈バトラー湖〉に注ぐ川で水の補給を行っているんだ」
「まずいな。北と東は川、南は戦場。迂回しようにも……やはり……」
「川を渡るしかないですね」シェーカーが後を引き取る。
 そして、北の方を指さし、「川は北西に流れています。少し戻って、反対側に渡りましょう」
「ひょっとしたら、川は凍ってるかもしれないぜ」後ろで聞いていた、大男ターブスが近寄ってきて言った。
「いいえ、凍っていません。敵が水の補給を行っているならば、水は流れているはずです」赤い髪の毛をかき上げ、振り返って答える。
「い、いや、なに」大男は、顔を赤らめたのを、ばれないように、すごすごと最高尾へ戻った。メルサシーグは笑いを堪えていた。クーリアも少し微笑んでいた。
「〈バトラー湖〉の北岸を回って行くしかなさそうだな」
「メルサシーグ。頼む」ペリスは目で合図した。
「わかった。もう少し待っていてくれ」彼は再び調べに行った。


「いけそうだな」ペリス=クルーズが呟いた。
「水も浅かったぜ」メルサシーグは馬の準備をしながら答えた。
「よし、何処も悪くない。さすがと言ったところだな」馬の背をぽんぽんと叩き彼は振り返って、シェーカーに言った。
「し、静かに!」一番後ろにいたターブスが前へ来て注意を促した。
「何か、音がしますぜ」ペリスに耳打ちする。ペリスが目で合図すると、一行は警戒体勢になった。
「片目、しくじったな」ターブスが今度はメルサシーグに笑って耳打ちした。先ほどの仕返しだろう。
「そんなことはない……」
「とにかく、急がないと。私が、先陣を切って誘導するわ」クーリアが馬を引いて、川を渡りかけた。
「後ろは俺が見て来る。先に行っていてくれ」メルサシーグはそう言って、木々の中へ戻って行った。やはり心配なのだろう。
「ターブス。メルサシーグの馬を連れて行ってくれ。シェーカーは私の馬を頼む。滑らぬように気を付けてくれ。もし、昼過ぎて戻らなかったら、先に行ってくれ」ペリスはそう言ってメルサシーグの後を追って行った。
メルサシーグは木の影に隠れて、じっと長剣を握り締め五感を研ぎすませていた。雪が木から落ちる音にも動じぬくらい冷静沈着だった。
《太陽の刀剣》からはひしひしと熱が伝わってきていた。
足音。確かに聞こえる。しかし、軽い。人間のものではないとわかり、彼はほっと胸を撫で下ろした。だが、警戒心はといていない。
足音は複数。たぶん、獣の群れだろう、だが、ここで騒ぎを起こしてはならない。彼はそう思い、何とか見極めようとした。
メルサシーグは気配を感じ右の方を見た。
「ペリス侯爵」小声で呟いた。ペリスは彼の隣の木の影に来て、彼と同じく周囲に気を配っている。
足音はこちらへまっすぐ近付いてきた。メルサシーグはまずいと思った。人間じゃないとしたら、獣だとしたら、臭いを嗅ぎつけられる恐れがある。彼は、ペリスに目で合図した。逃げるつもりだ。
しかし、向こうの方が早く気が付いた。唸り声が聞こえてきたのだ。二人は、観念し、一戦交える気で、木からゆっくりと出てきた。獣も、姿を現した。狼の群れだ。孤独が好きな狼が群れを成している。よっぽどの事があったのだろう。小さな子供までいる。飢えと寒さで目が血走っているように見えた。
ペリスは剣を収めた。
「危ない!」メルサシーグは警告を発したが、ペリスはそんな事はおかまいなしに、自分の背負い袋を地面に降ろし、干し肉がたっぷり入った袋を取り出した。その間、メルサシーグは剣を構え、対峙していた。狼達は唸ってはいたが、跳び掛かってこようとはしなかった。
「今、ここにはこれしかないが……、分けてくれよ」ペリスはそう言って、肉を放り投げた。狼達は驚いて、左右に跳び退いたが、それが肉だとわかると、ゆっくり近づき、肉をちぎりちぎりにして、子供達から先に分け与えていった。
「そうだ。偉いぞ」
「メルサ。おまえもやってくれないか?」茫然と見ていたメルサシーグは我に帰り、言われるままにあった食糧を全部放り投げた。
「さぁ、行こう」ペリスはきびすを返して、みんなの所へ戻って行った。
「優しいな。でもそれが命取りになるかもしれないぜ」メルサシーグが厳しく言った。
「かまわないさ。非情になるくらいなら死を選ぶさ」
「ともかく、あれで、五日はパーだ」
「どうにかなるもんさ」ペリスは笑って答えた。
「そうかもね。まぁ、これで身軽になったが……」メルサシーグは複雑な心境だった。
さて、クーリアに肉を手放した事についてとやかく言われたのは言うまでもない。
「何も、全部上げなくたって……。万一の場合を考えて、馬には持たせてなかったのに」さすがに、女らしいことを言う彼女だった。
「まぁ、過ぎ去った事はしかたないでしょう」シェーカーがなだめた。
「しかたないけど……。食糧の担当として、一度言ってみたかっただけです。それから、魔法のお肉なんていりませんよ。わたしが何とかしますから」何とかするのは、肉なしで、料理をすることだった。
このことを見ていたターブスも文句を言いたかった。例えば、『肉のない料理なんて、金のねぇ、ガセ仕事のようなもんだ』のような。しかし、彼は、クーリアが料理していたので、味覚がほとんど麻痺していて、何でもおいしく感じた。
「しかし、その優しさがいいのよね」これは、この後、ある休憩してる時メルサシーグに言った言葉だ。
「俺もそう思うよ。お嬢さん」メルサシーグは少し間を置いて相づちを打った。相変わらず片目を髪の毛で隠している。
「その、お嬢さんと言うの止めてくれない?私達仲間なんだから……」
「おや、ご不満だったかい?じゃ、どういう風に呼んだらいい?」メルサシーグは微笑んで言った。
「クーリアでいいわよ」
「じゃ、そうするよ」メルサシーグは楽しんでいるようだった。
「あなたって、面白い人ね」クーリアが感想を漏らした。
「確かあなた、出発の時、アーマネス王女に少尉と呼ばれていたわね」
「ああ」急にさっきまでの勢いをなくして呟いた。
「ということは、軍隊に所属していたわけね」
「そんなこともあったな」
「真面目に答えて!……あなたに少し興味があるの」
「えっ」少し活力が戻った。クーリアが少し顔を赤らめた。
「ち、違うのよ。単純な興味よ」
「わかったよ。お嬢さん」メルサシーグは笑って答えた。
「俺は、小さい頃からトルド・ニムルでカルターンと育てられた。三年前までは他の〈竜目族〉と同じだと思っていた。そうして、同じように訓練された。俺は自分では訓練は嫌いだったが、〈竜目族〉の宿命として受け入れた。そして、軍隊に入った。言っておくが、俺の信条は自由だ。何にも束縛されない自由だ。しかし、俺は〈竜目族〉だからと耐えた。しかし、カルターンが二〇歳になった時、あいつには《目》は出なかった。俺達は愕然として、親…親だと思っていた人を追求した。俺と、カルターンは両方捨子で、普通の人間と同じだとわかった。俺達は、それで、軍を脱隊し、三年間傭兵として各地を転々としたわけだ」
「悲しい過去ね」
「いや、悲しくはない。悲しいのは、今でも、一年後に、もしかすると《目》が出てくるかも知れないと思っていることだ。出てくるはずはないのに……しかし、リルゥース国王に会ってから少し変わった。俺が、二〇歳になり、けじめがついたら、自分の出生の秘密を探るとね」
「少し話しすぎたようだ」息をついてクーリアを見る。
「いえ、そんなことないわ。私もお手伝いさせてほしいくらいよ」クーリアは可愛らしく微笑んだ。


川を西手にしながら一行は敵をやり過ごしながら、バトラー湖の北岸に向かって行った。バトラー湖から北は、森がダストロス山脈の山麓まで続く樹海となっている。雪に反映して、深緑が浮きだって見えていた。さらにその向こうの北の方では、もう冬が終わり、春の一月の到来を告げようとしていた。だが、まだここら一体は雪が残っていた。
「今度は君の事について話してくれないか?」メルサシーグが二度目の休息の時切り出した。クーリア=レヴィーは少し考えて、盗賊組合の事を話しだした。
彼女の所属する盗賊組合は、このバラディア大陸の中で、一番大きな組織で、盗賊都市とまで称される、メッサーラの南の町ラッドを本部として各地に幾つも支部をつくっていた。珍しくこの組織は表に堂々と出て活動し、仕事も町の秩序を正すことを主として、いろんな事を引き受けていた。この事により、他の盗賊組合からは、よい評判を受けていない。ラッドの町でも、他の組織との抗争が耐えない。
そして、クーリアは語り続けた。
「私達の盗賊組合には掟があるの。とくに私みたいな生まれに……。私は一〇歳になれば、一人で他の盗賊組合に奉仕に行かなければならなかった。父は考えたわ。私が女だから……。私が一〇歳になるまでに息子が生まれていたら、彼に後を継がせるつもりだった。でも生まれなかった。母は盗賊組合を存続させるため、他の組合員を養子に取ることを提案したが、父は反対し、私に後を継がせることに決めた。そして、私は血のにじむような特訓をし、メッサーラへたった一人で旅立った」赤髪の美少女は淡々と話し続けた。メルサシーグは自分の境遇に少し似ているのに魅かれていった。
「それは残酷な掟だな」
「ええ、目的の盗賊組合にたどり着くまでに死ぬこともあるわ。それに、奉仕に行くということは、どんな身分でも下級組合員となり働くの」
メルサシーグ口には出さなかったが、苦労が手に取るようにわかった。どんなに嫌がらせがあった事だろう。女が頭領に就くことに不満を持つものもいるだろうし、他の組織からも格好の標的となったにちがいない。
「私は一〇歳の時から生まれ変わった。生き抜くために、様々な技術を盗み、卑しい男組合員から身を守った。何度も助けられたこともあった。最初の友達、ホーク。いや、何を言ってるんだろう、ともかく私はここまで成長することができた」ここで、彼女は言葉を切った。少し照れていたのをメルサシーグは見落とさなかった。ホークとはあの僧侶の事だろうと……。
「少し、話しすぎたわ。こんなにいろんな事話したの久しぶりだわ」
「ペリス侯爵が戻ってきたようだ」
ターブスが後ろで、じっと見つめていた。そしてため息をつき、深々と、毛皮をかぶり直した。

そして、〈バトラー湖〉に着いた。


このバラディア大陸で、一周するには一日はかかる、二番目に大きい湖、〈バトラー湖〉。北の方は森に囲まれ自然が豊かである。最も、今は雪の季節なので木々も枯れて雪が代わりにまとわりついているが。
黒く透き通ったこの湖を一行は見渡し、休息を取った。遥か南の岸に、城らしき影が見て取れる。
「だいぶ、遅れをとってしまったが、ようやくここまで来た」ペリスが誰にとも言わず告げた。
「これからどうするのか」ターブスが尋ねる。
「ここから、ツインクロスに向かう」
「え、町へ行くのか。それは危なすぎやしねぇか」
「ああ、確かに。しかし、我々は情報を集めなければならない」
「国王陛下から何も聞いていないのか?陛下は〈暗黒の塔〉へ行った事があるんだろ」と、これはメルサシーグ。
「何も聞いていない」
「だが、大丈夫だ。心配することはない。手筈は整っている」クーリアだけがうなずいていた。
シェーカーは馬と話をしていた。
「わかってるよ。おもいっきり走りたいんだろ。たぶんここからは、急いで行くことになるだろう。もう少し待ってくれ」
「しかし……、嫌な予感がする」馬の元を離れて彼は呟いた。
一行は、ラキトゥスとツインクロスを結ぶ街道目指し、草原に馬を走らせていた。危険だったが、急いでいるので馬に乗らざるを得なかった。
街道の西側には、〈大き森〉で知られる森が陣取り、〈暗黒の砂漠〉を見えなくしている。
「何か来る」いち早く感づいたのはシェーカーだった。
「あの影に隠れましょう」クーリアが指さして言った。そこは、窪地になっていて、吹雪の避難場所としても使えそうだった。彼らは素早く馬を駆り移動した。
「グリフォンです」シェーカーが上空を見て報告した。
「人が乗っているのか?」そう尋ねたのはペリスだ。
「ええ、ちょっと待って下さい」シェーカーは意識を集中した。
他の全員にも見えるくらいグリフォンが近付いてきた。
「まずいな。雪跡を隠すのが完全ではない」とペリス。
「よく見れば、まるわかりだな。どうする?」メルサシーグが相づちを打つ。
「見つかったらその時さ」ターブスが武器の準備をして言った。
「大弓でもあったらよかったんだが」
「黒い鎧を着た男が先頭で乗っています。かなりの使い手ですね。何の目的で来たのでしょう」シェーカーは急いで飛ばしていた目を戻して報告した。シェーカーに悪寒が走った。見つかりそうになったのだ。先程の予感はこの事か……
「こっちへ向かってきそうか?」ペリスが尋ねる。
「わかりません」そこまで情報収集していなかった。とにかく見つからないようにしないと……。再び意識を集中する。
「グリフォンが二手に別れたぞ」ターブスが警告した。
「北と南だ」メルサシーグが跡を継ぐ。
「町へ行くつもりだな。気が付かなければよいが……」
一同は緊張の面持ちでしばらく待った。冷気が立ちこめる。辛抱強く待つ。
グリフォンの脅威は消え去った。
「どうにか行ったようだな」メルサシーグが寒さで凍えた体を動かして言った。
「これからどうするんで」戦いたくてうずうずしていたターブスが言った。
「ツインクロスの北の農村へ行きます。そこで、〈盗賊組合〉の部下に会うことになっています」ペリスの替わりにクーリアが答えた。彼女の白い頬が寒さで赤味を帯びていた。ターブスは暫し見つめていたが、視線がばれない内に反らし、出発の準備をした。
今度はペリスが雪の薄く積もった寂しい草原だった所へ偵察に出た。
シェーカーは幻影の魔法を解いた。魔法で、足跡をごまかしていたのだ。


いくつかの危険を回避して、目的地に着いたのは夜更けの事だった。メッサーラを発って、三日目の事だった。そっと、クーリアが持ち前の技術でツインクロスの外にある村に忍び込み接触を取った。
彼らはラッドに本部を持つ〈盗賊組合〉、〈白き流星〉のツインクロス支部の者達だった。今は、ダストロスによって、ツインクロスが占領され、〈裏・盗賊組合〉となっていたので、彼らは村人となりすまし、二日前からクーリア達の到着を待っていた。
「クーリア嬢。お久しぶりです」
「タンタムじゃないの」クーリアは驚いて言った。タンタムという男は、髪の毛が全くなく、髭だけたくわえた細柄の三〇ぐらいの男だった。
タンタムは他の一行を村の中心に位置する小屋に来るように指示した。
タンタムの手引によりメルサシーグ達は木でできたあばら屋に入った。そして、入った後、彼らは小声でお互いを紹介しあった。タンタムの他に組合員は二人いた。
「手筈は整っております。私達は商人の一行として入ることになっています」タンタムは言った。彼らは質素な部屋で、怪しまれないように明りを消して話合いをしていた。
「大丈夫なのか」メルサシーグが心配する。彼は疲れた様子を見せなかった。
「大丈夫です。4人、4人、二手に別れて、それも北門と南門から同時に入ります。それで、これが通行許可書」トリブと名乗った男が取り出す。
「ラキトゥスから武器を輸送する目的で取ってあります。それを偽造し、ラキトゥスをシルバーセッツに変えて、二枚にしてあります」
「ややこしいことをするんだな」メルサシーグが許可書を十分見比べて言った。
「それが私達のやり方ですから」
「よし、わかった。とにかく、今日はゆっくり休もう」ペリスがしめくくった。
「そうして下さい。私達が見張っておきます」タンタムが進言した。


「メルサシーグ」小声でターブスが呼んだ。彼らは隣のじめったい小部屋で毛布にくるまっている。これでもはるかに外よりはましである。
「何だい?」現実へ引き戻されて答えた。
「クーリアのことだが……おまえどう思っている?」照れくさそうに声をひそめた。
「どうって」と聞き返す。だいたいの予想はつき彼は楽しみ始めていた。
「クーリアは……その、おまえの事を好いていると思うんだ」いつになく弱気な大男ターブスだった。前は喧嘩していた相手にこんな事を告白するのである。きっとよっぽど大事に思っているんだろうとメルサシーグは思い、真面目に考え始めた。
「ターブス。人に惚れたことがあるか?」
「ああ。しかし、これほど胸を焦がしたことはない。何と言っていいんだろう。まぶしすぎるんだ」
「メルサシーグ。おまえはどうなんだ」
「確かに彼女は容姿端麗で人格もよく人を魅き付ける。しかし、俺達とは住む世界が違う」
「身分か……。俺達はしがない傭兵だもんな。対等に渡り合えるわけがない」ターブスはそう言ったものの、ある決意に満ちていた。
彼女には好きな人がいる、彼女に似合う……メルサシーグは、そう口に出しかけたが、胸の内にしまっておいた。ターブスにも何か芽生えたようだし……。


夜も深くふけた頃。
「タンタム」見張りをやっていた彼に呼びかける声が小屋の入口から聞こえた。
「クーリア嬢。どうしたんですか」
「いや、別にないわ。出てきて悪い?」クーリアは夜空を眺めて言った。
「メッサーラを出てだいぶ経つわね」彼女は毛皮に身をすっぽりとくるませている。
「約三年てとこです」周りは闇のごとく静かで、時折木から雪の塊が落ちる音がするだけである。
「ホークさんは元気ですか?」今度はタンタムが聞いた。
「え、ええ。でも……」
「あ、すいません。彼も旅に出ているんでした。つい、昔の事が懐かしく感じられて」
「いいのよ。こっちでうまくやってる?」彼の方を向いて微笑んで尋ねた。
急にタンタムは黙りこくった。クーリアは暗い表情を見て取った。タンタムはそれに気づいたらしく呟いた。
「こっちの〈盗賊組合〉は腐っている」
「え?」
「毎日勢力争いで、血と血を流し合い、金を求めて這ずり回る。私はこんな事をしにきたんじゃない。クーリア嬢。なぜこのツインクロスがそのまま残っているか知っています?ダストロス軍が行軍してきた時、戦いもせずに降伏勧告したんです!」
「えっ!なぜ?」クーリアは驚いた。
「裏で、つながっていたんですよ。何処かの組織と」
「それはともかく、クーリア嬢。トニアス頭領には気を付けて下さい。こう言っちゃ何ですが彼はかなりの野心家ですから」タンタムは声を潜めて言った。少し興奮して後悔したからだ。
「タンタム。貴方、〈暗黒の砂漠〉について何か知らないの?」クーリアはタンタムの肩を揺すって尋ねた。
「残念ながら……。そういう情報は貴重で、極一部の人間しか知りません」驚いてタンタムは答えた。
「ごめんなさい。駄目ね、もっと冷静でいられないと」
「そうですね」
「じゃ、おやすみ」
 いい臭いがタンタムの鼻を過ぎて行った。



第三話です。二〇〇二年になりまして、最近はファンタジィブーム。懐かしの『指輪物語』が映画化。
小学生の頃読んだ旧版(トールキン先生の横顔が表紙に)では、中つ国、粥村等、雰囲気が出ていましたが・・
『リフトウォー・サーガ』『ベルガリヤード物語』なども再度ブームに火を着くことを願ってます。

2002.5.6 沙門祐希



戻る