「バール=ハァホンが沈黙しました」
太い男の声が響きわたる。
「そうか、一点に集中したのが裏目に出たか………」
決して顔を明かさない男が答えた。何か異様な雰囲気をその男の体から感じられる。この世の者でないような・・・
「やはり、例の少年か?」
「ははっ、そうでございましょう」
「なかなか楽しませてくれる……」
針のような光が眼孔の辺りから発せられた。
「サフレイン様、魔造師ダマドールが到着したようなので私は〈暗黒の塔〉へ向かうことにしましょう」
黒い法衣を纏った男はスッと消え失せた。


「〈黒き手〉様」
黒衣を纏った男が宮殿の奥から現れた。
「《複生器》のほうはどうなっておる……」
相変わらず、異様な冷気を発している。
「八割まで上昇しています。このままでいくと、これまでの倍の割合で生産できるようになるでしょう」
半ば恐れるように話している。
「兵力を温存するのだ……」
「リルゥース……前の時のようにはいかない……」


「ダヴィトスめ、何をする気だ……」
「バゲルト様、そう気になさらずに……、彼の事は放って置きましょう。私達は他にやらなければならない事が……」
「わかっておる。フィオス。それ以上言うな!」
 暗黒戦士は暗闇の一点を見つめ、一人ごちた。
「バールがやられるとは。そろそろ、俺の出番だな……」
 背中ではフィオスがなまめかしい肢体を這わしていた。


そして………始まる……………

黒々と光るダストロスの城。魔物の群れが徘徊している。

場面は空高く上昇し、バラディア大陸を西へ横断する。

ダストロス山脈が遥か下に黒く見える。

所々に点々とした火の明りが見える。ダストロス軍の野営である。

さらに場面は西北の方に伸びる。

空に、月明りに照らされた、黒い点が幾つか見えてくる。

すさまじい魔獣の叫び声が聞こえる。他の点の集団が西の夜空から迫ってきたのだ。

場面はそれに向かって加速する。

竜。数匹の竜。そして、それを囲むのは、鷲の頭を持つグリフォンが数十匹。どれにも
人が乗っている。

夜空での空中戦。入り乱れての戦闘は竜側に軍杯が上がった。場面は一瞬でメッサーラ
へと戻ってゆく。

第二話 『FANTASTIC VISION』

この城の中ではそんなに広くない会議室にメルサシーグとカルターンの二人は案内された。厳重に周りは警備され、鼠一匹ぐらいしか潜り込めないほどだった。
「凄い……」思わずカルターンが呟くほど身分の高い人たちの面々だった。
メルサシーグとカルターンは長卓の中程に席を勧められた。その長卓は長さ二〇メートルぐらいあった。そこに向き合って座っていくわけである。長卓の真ん中までしか人は座っていない。
そして、どうやら席の最後部には傭兵達が座らされているようだった。メルサシーグ、カルターンは隣同士に座った。
ほぼ全員が席につくと、給仕の娘らが、極上の果実酒を持ってきた。
「ここにはお偉いさんが全員揃っているのかい?」メルサシーグが心配に思い尋ねる。
「い、いえ、何人かの方々が戦場に……」給仕の娘がどぎまぎして答える。
「そうか、有難う」


何の前触れもなく国王が入ってきた。
「お集まりいただきまことに光栄に思う。早速だが緊急会議に入らせてもらうとする」重々しい空気が流れる。
「………メルサ?どうしたんだ?」
「き、昨日の男だ!まさか、国王だったなんて……俺としたことが……」
「ああ、そういえば、国王を直に見た事がなかったな」カルターンが同意する。
壮麗なる真紅の鎧に身をまとった国王は未だに力強さが残っていた。かつての〈一人戦争〉の英雄にも深い皺と白い髪が混じっていたが……
特大の暖炉が勢いよく音を鳴らしている。
「まずは昨日の戦果として、皆のものに礼を言わなければならん。諸君ら、及びその指揮下の者達の活躍により、敵の膨大な数に負けず、我らの軍は大成功を納めた!まことに喜ばしいことである。しかし……」国王は息をつき、考え直し「まずは、報告してもらおう」一同がごくりと唾を飲む。そんな大成功も長くは続かないとわかっているからだ。
バルランクス軍事総指揮官が立ち上がった。彼はまだ若く頭に白いものが少し生えているのが経験を語っていた。彼はその才能からリルゥース国王のお気に入りでもあった。
その彼が国王陛下の後ろに周り、もちろん陛下も振り返ったが、一同を見渡して、背後の奥への入口の所に立っている使いの者に合図してから言った。
「では、私の方から詳細をお話致しましょう。歴史的にも残るだろう昨日の戦果は周知の事実ですが、我々が勝ちました。…………失礼」そう言って彼は使いの者が持ってきた羊皮紙、それも特大のをすぐ後ろの壁掛けに掛けた。バラディア大陸の地図だった。
メルサシーグは極上の果実酒の入ったグラスを置き聞き入った。
「これが現在の戦線です」指示棒で線を示す。だいたい〈聖なる川〉に添って〈レッヅ台地〉を含み〈氷壁の山〉の麓まで指していった。
「今、現在の所は小競り合いが続いているとの報告です。もうすぐ、本格的な攻撃があるかと思われますので手短に」
メルサシーグの長卓付近では遠すぎて、地図が大きいといえど、輪郭ぐらいしか見えなかった。それで、自己の記憶をたどって話を聞いていた。近くの傭兵どもは、カルターンを除きあまり真剣に聞いているとはいえなかった。むしろ、戦場に出ている方が気が休まるのだ。
「敵軍の規模ですが、分析によりますと魔物だけでもこちらの三〇倍以上、この数カ月間で脅威的な増加を遂げています。まだ増加するだろうと思います。さて、昨日の動向、つまり〈レッヅ台地〉への集中攻撃の事ですが、分散していた兵を集め、敵は本格的な攻撃に転じているようです。また、敵はどうやら新戦力を得ているようです。まぁ、傭兵諸君、及び、マドール・シェーカーの活躍により撃退し、大事にはいたりませんでしたが、いつ、何どき、第二波がくるとは限りません。こちらの兵数、及び、食糧は限られていて、依然不利です………もっと不利になっていくでしょう」バルランクスは言うのが悲しかった。できればもっと勇気の出ることを言いたかった。しかし、現実を言う必要があった。彼は力なく、燃え尽きた蝋燭のように席についた。リルゥース国王はそんな彼をすまなそうに見ていた。
やはり、思った通りざわめきが走り、愚痴をこぼしたり、絶望に我を忘れたりする者がいる。


「ケッ、あっしらの戦いは無益ってことですかい」白髪の小柄な男サレードが奇妙な笑いを立てて顔を歪める。
「ふん! おまえが言うとわな! 殺しの強者がよ」今度は隣の赤ら顔の大男ターブスが言う。二人とも似合わない高価な服を着ている。
「あっしは無益な、つまりもうからねえのが気にくわねえんで。あいつら、金目の物を持っていねえんだよな。ねぇ、べっぴんのお嬢さんよ」サレードがいやらしい手で隣りの女性に触ろうとする。
「触らないでくれる? ともあれ無益なはずはないわよ」その女性は穏やかに言い、短刀を密やかに突き出していた。
その女性は赤い髪と、整った顔立ちを持った女性だった。年齢は二〇台前半といったところ、軽い赤色の皮鎧を着ているが、見事な体である。所々、鎧の所から白い肌が出ているところがこれまた、ターブス、メルサシーグの目を引いていた。二人とも見たときから気になっていたのだ。
「さすがに、盗賊といったところかな? 簡単にはいかないなあ」おずおずとサレードが手を引っ込める。
「おい! 彼女には手を出すなよ!」大男はサレードの小柄な体をぐいっと引っ張って凄い形相で脅した。
「彼女に一目慕れですかい?」サレードがにやけて言った。すると、ターブスは顔をもっと真っ赤にして、立ち上がり腕に力を入れて、「なんだと! やるのか!」と叫んだ。
どうやらその声が騒ぎを沈めたらしく、他の諸候達がじっと傭兵達の方を見つめた。ターブスはばつが悪そうに手を離して席についた。
貴族の者達の数人がぶつぶつ文句を言っていたが、みんな目を背けて、国王陛下の言葉に耳を傾けた。
「やだね。好きなら正直に言えばいいのに。……それにしても美しい、健康的な美しさだ。昨日のサレン姫(実際はサレン妃なのだが)とはまた違った美しさだ。まだ少女の面影が残っているのが……」メルサシーグは隣のカルターンに聞こえるように言った。
「おい、話を聞けよ、メルサ」カルターンが嗜める。
「俺は好きでここにいるわけじゃないんだ。少しくらいどうってことないさ」
この一部始終を見ていて、クスクス笑っていた金髪の若い女性が二人の間に入ってきた。
「ねえ、あの方が誰だか知ってて言ってるの?」
「誰だい? 俺の記憶にはないが」とメルサシーグ。
「あなたに聞いていないわよ。こっちの紳士のお方」と言って、カルターンの方を示した。カルターンが照れて顔を赤らめた。
「ふん!」メルサシーグは冗談混じりに言って、内心微笑んだ。こういうやりとりが彼は好きなのだ。
「嘘よ、嘘」先ほどの女性が言った。
「なんて名前だい?」にこやかにメルサシーグが訊ねる。
「マークスよ、ラッド出身よ」
「あの美しき女性の名前だよ」してやったりとメルサシーグは言った。
「あ、……」マークスはつまったが、すぐに笑い始めた。メルサシーグも一緒になって笑った。その横でカルターンが気まずそうに見ていた。なぜなら、今、陛下は傭兵達の有効性を説いていたからだ。先ほどと違って、多少ざわついているのと貴族らから遠いのが幸いしている。
「俺はメルサシーグ。こっちは……」
「ねえ、あなたは?」ぐいぐいとカルターンの腕を引っ張る。
「カ、カル……カルターン」どぎまぎしながらやっとのことで答えた。
「メルサシーグ、カルターン。よろしくね」と子供っぽい顔で片目をつぶった。
「ああ。ところで、あの女性の事だが……」メルサシーグが話を戻す。もう、陛下の話など聞いていなかった。
「あの方は盗賊組合の頭領の娘で幹部なのよ。名前はクーリア=レヴィーだったと思うわ」
「へー、でも美しいのには変わりないさ」
「手を出すと、後が恐いかもね」マークスが冗談混じりに言った。
「そいつは面白いな」
「もう冗談にして……カルターン、何か言ってやってよ」 話を真剣に聞いているカルターンは気づかなかった。国王陛下が重大なことを言ったからだ。
「つまり……彼ら傭兵にこの使命を遂行してもらう」国王が言ったと同時にどよめきが起こった。
「何の事だ?」メルサシーグがカルターンに尋ねた。
「私たちに〈暗黒の塔〉へ行けってことだよ」青ざめていた彼が言った。
「えっ?」さしものメルサシーグも耳を疑った。
「もっと詳しく!」メルサシーグがせかす。
「〈暗黒の塔〉へ〈黒の大魔法使い〉に使命を果たしに行くと言うことだよ」
「おい! そこの片目! 女といちゃついてるから話を聞いていないんだよ」先程のターブスという大男が嘲るように言った。クーリアの話題が気になっていたのだ。メルサシーグがきっと睨む。
「ほっといた方がいいですよ」サレードが仲を取り持とうとする。
「ふん! 気にくわねんだよ。その髪の毛、片目で満足に戦えるわけねえだろ。いいか、これは良き助言だぞ。さっさと切るんだな!」ターブスが巻くし立てる。
「何だと!」メルサシーグは立ち上がりかけたが、思いとどまった。
「メルサ!」カルターンが止めようと腕を持つ。
その時、「止めなさい!公式の場ですよ」と横やりが投げられた。ピタッと喧騒が収まり、それを見ていた人達も再び陛下の話を聞こうと陛下の方を見た。
横やりを投げたのは女盗賊クーリア=レヴィーだった。
「喧嘩している場合じゃないでしょう。せっかく国王陛下が誉めてくれていますのに」ターブスが赤くなってうつむいた。サレードが横でクックと笑ったが、足を踏まれすぐに止めた。
「よろしいかな?」国王は傭兵達にそう言って話を続けた。
「何も、彼らだけでこの使命に立ち向かえとは言っていない。我が王子、レストールや僧侶ホーク殿や他の者にも行ってもらう。それしか望みがないのだ」国王は訴えかけるように言った。
不平を言っていた貴族、諸候らもうなずくしかなかった。これだけ追いつめられていたら〈黒の大魔法使い〉にも頼ると………


ここは、〈月の城〉の第二戦略会議室の小部屋である。小部屋と言っても人がゆうに三〇人ぐらいは座れる部屋である。暖炉にすでに火が付けられていて、部屋は十分あったまっていた。
そして、この部屋には屈強の強者達が集っていた。
リルゥース国王陛下の第一王子、レストール=ヴェルヌ。 白衣裳に身を包んだ、カント寺院でも秀でた才能を持つ僧侶、ホーク=ハレーク。
〈美しきトルゥー家〉サレン=クルーズの夫、ペリス=クルーズ。彼はこの中で王に次ぐ年齢の若干三〇歳であり、背もずんぐりしていて、顔も決して美しくはないが何か魅き付けるものがある。
そして、青年魔術師シェーカー=アドリアーノ。魔法使いらしく群青色の外套を羽織っている。
盗賊組合の自慢の娘、クーリア=レヴィー。
最後に、選ばれし、傭兵達。
メルサシーグ。
カルターン。
ターブス。
マークス。
サレード。………の以下十名。そして、国王ことリルゥース=ヴェルヌ
この十一名だけが、この部屋におり、円卓に座っていて、他は何ぴとも入れぬよう、外には見張りが立った。


「まず、最初に言っておく。この使命を受けたくない者は出て行ってくれ」国王陛下が口を開いた。
しばしの沈黙。一同が、固唾を飲み見守る。
「よし、至高神メリカのもと、盟約は交わされた。諸君らこそ、世界の救世主となるのだ!」
「早速だが、説明を」国王が早急に話を本題に持っていった。
「諸君らには、二組に分かれて、それぞれ別の行き方で旅だってもらう。その道筋とは、陸路と海路だ。それで〈暗黒の塔〉へ行ってもらいたい、そして使命は、〈黒の大魔法使い〉に助力を乞うことだが……」そして、周囲を確認の意味で見渡して、落ち着いて言った。
「諸君らも知っているだろう。邪教集団の頭、ダヴィトスが、滅んで〈黄泉の国〉に落ちたという……邪神ヤイナ……を復活せんがため、戦争を起こしていることは。貴族、王家の血を引くものがことごとく根だやしにされている。これは、それに関係していると言える。それで、〈黒の大魔法使い〉の事に戻るが、彼が何処から来たか、いつ来たのか誰も知らぬが、ただ世界を揺るがすほどの魔力を持ち、何ぴとたりとも寄せ付けず、〈暗黒の塔〉に長い間、閉じ込もっていると言うのが、一般に知られていることであり……」
「何人たりともはいれないのでは……どうやって会えとおしゃるのですか?」マークスが好奇心で話をそいだ。
レストール王子が嫌な顔をして、彼女を睨んだが、父を見て、気を取り直して言った。
「何ぴとたりとは過去の話。かつて一人だけ〈暗黒の砂漠〉を越えたお方がいる。ここにいらしゃるリルゥース国王陛下だ」王子はそう言って、父親に微笑んで、目配せした。
「通ることはできるはずだ。多大なる意志と神の御加護、そして好運があれば」


サレードは不安になっていた。先ほどは雰囲気じょう行くことになっていたんだが、やはり、これは死にに行くものであり良識があれば、行かないはずだ。
そこで、彼は横のターブスにそっと話しかけた。
「本当に行く気なんですかい?」
「ああ……こ、この世界のためにだ」少し、後ろめたさがあったがこう答えた。
「本当ですかい?」サレードはだいたい予想がついていた、女だ。そうに違いねえと思って訊ねた。
「あ、ああ」ターブスは顎髭をさすりなんとか答えた。
国王陛下の話がいよいよ核心に迫った。
「諸君らの真の目的は、神を倒すことである」国王はつらそうに言った。若々しい王に一瞬、年齢相当の老いが感じられた。ひどく疲れているようだった。
「〈黒の大魔法使い〉に〈冥界の門〉を開けてもらい……神を直接倒すことだ」
「馬鹿な!馬鹿げている!神に挑むなんて」サレードが思わず立ち上がり叫んだ。
「国王陛下の御前だぞ」レストール王子が怒って言った。
「何か他に方法があるにちげいねえ! もし失敗したら、じゃ、邪神が復活するのを助けるはめに……危険すぎる!」
サレードは警告も聞かずまくしたてた。一同は、気持ちを代弁してくれたサレードを見つめた。ターブスが赤くなったサレードを落ちつかせ、座らせた。
「他に方法はないのだ。悪の根元を断つしか」国王はきっぱり言った。
「ダヴィトスとか言う奴を倒すのはどうでしょうか?」カルターンが提案した。
「守りが堅すぎる。それにダヴィトスだけではない……それにもう復活の手だては揃いつつあるらしいのだ」
「復活の手だてとは?」メルサシーグが尋ねる。
「詳しくはわからぬが、何らかの儀式だろう」
「何通りか、召喚の方法はあるようです。邪神はその入口を求めているはずです」シェーカーが王の後を次ぐ。
「神がこの世に、信じられない」これはホークの独り言。
「命運は私達にかかっていると言ってもいいんですね」クーリアが結論を言った。
「そうだ、クーリア。そのために諸君らが厳選された」そして、サレードの方を見て言った。
「サレードよ、どうするかな?」
サレードは少し考えたふりをして言った。
「やります。一旗揚げるのも悪くないし」
「そうか」
この後、一同は、陸路と海路の説明がされ、二組に分けられた。
最初に、陸路で、戦争の混乱に紛れて、敵地に進入する者達は、メルサシーグ、ターブス、シェーカー、ペリス、クーリア。
そして、海路で、シルバーセッツに密入港する者達として、カルターン、マークス、サレード、ホーク、レストール。
それぞれ、ペリス、レストールが指導者となった。
「神の御加護と好運があらんことを祈って!」ホーク僧侶が立ち上がって祝福した。
「珍しいじゃないか、メルサシーグ。君がすんなり引き受けるなんて」部屋を出た後、カルターンが驚いて訊ねた。
「まあね、傭兵にも飽きてきた事だし、面白そうじゃないか」
「……やっぱり、お前らしかったよ」
「どういう意味だ?」メルサシーグが笑って言った。二人とも笑った。


「ジャールス殿下。レストール殿下がいらしております」半ば恐れて、視線を合わせないように使いの者は言った。
「通せ」使いの者にとって好運なことにその男は窓辺から動きもせず、振り向きもせず言った。
陰。もう一人のメッサーラ国王子レストールを陽とたとえるならメッサーラ第二王子ジャールスはまさにその通りだった。兄、レストールと違い、普段から国民にも顔を見せず、好まれてもいない、むしろ恐れられている。黒い髪と、漆黒の瞳の恐ろしい美しさの表情のない顔を持った細長の王子。人々は〈暗黒の王子〉と噂し、今度の戦争もこの王子のせいだとまで陰で噂している。
「ジャールス」優しい声が聞こえた。昔は唯一心を許せた相手。
「兄上。出かけられるのですね」ようやく振り向いて言った。窓からの風が黒髪をなびかせる。
「ああ、使命だからな。寒くないのか?」レストールはジャールスの瞳に悲哀が混じっているのを感じた。
「窓を閉めないのか? 暖気が逃げるぞ」
「いえ、気持ちいいものですよ」相変わらずの無表情だ。
「どうした?」ジャールスが黙ってじっと見つめていたのでレストールは苦笑して言った。
「………これが、終われば僕たちはどうなっているんでしょうね」
「何を言っているんだ?」突然の事に彼は驚いた。
「……それより、言いたいことがあったのでは」ジャールスは話題を変えて言った。
「あ、ああ。父上と母上、そしてこの国の事を頼む」
「僕に頼まなくてもいいんじゃないですか?」
レストールはよっぽどなにか言いかけたが、思いとどまり振り向いて、部屋を出ていこうとした。
「兄上。目的は言わないのですね」背後で消え入りそうな声がした。
「〈黒の大魔法使い〉に助力を請い邪神を倒すことだ」
「お気を付けて」彼はそっと言った。
「みんな僕を置いて行くんだ……」兄レストールの背中を見つめ彼は呟いた。
「何か言ったか?」
「いえ、何も」レストールは去って行った。


「メルサシーグよ。面を上げよ」
「はい」メルサシーグは一人、謁見の間に呼ばれていた。目の前の王座にはリルゥース国王陛下が威厳ある態度で座っていた。
「昨日は、国王陛下とも知らず、とんだ御無礼を」メルサシーグは昨日のことを思い出して謝った。薄々気づいていたもののまさか国王とは思っていなかったのだ。
「初対面だったな。お忍びだった事だし、気にすることはない」
「それより、顔をじっくり見せてくれ」国王は身を乗り出しじっと、考えるように見つめた。メルサシーグも見つめ返す。国王にはまだ秘められた力が残っている。しかし、何年も生きてきたような苦労の影もあった。
「やはり……」国王は一人ごちた。
国王は立ち上がり、王座の後ろに飾られた剣を鞘ごと外してメルサシーグの前まで持ってきた。
「これを受け取るがよい」剣を差し出す。
「これは?」
「〈太陽の刀剣〉じゃ」その剣は異様に長く、そして、装飾の施された柄の先には球が一つ入るくらいの窪みがあった。
「剣の中の剣。全てを統べる剣とも言われている。切れないものはない。たとえ神であろうとも」メルサシーグは驚愕して声が出なかった。
「これが何を意味するかわかるな」国王は諭すように言った。メルサシーグはすぐに落ち着き冷静に考えた。
「なぜ、俺、いや私のような者に?」メルサシーグは長剣を受け取り尋ねた。軽い、なんて軽い剣なんだ。
「それは、お前自身がよく知っておるじゃろう、いや、知ることになるだろう。いまは何も言わず持って行くがよい。そして平和を取り戻してくれ」
「自分自身が知っている?」メルサシーグは考えた。


「サレン……」ペリスがそっと妻に話しかけた。
「わかっています。私が止めたとしても、貴方が行くということは」サレンが持ち前の流れるような声で答える。
二人は〈月の城〉の一級客室、現在の仮の住まいにいた。ペリスは妻にしばしの別れを言おうとしていた。
「ウィークを出て、メッサーラに来てまで迷惑をかけて済まない」
「貴方……」サレンが痛ましげに夫の方を見る。
「どうして……自分をそう責めるの。貴方は重大な使命を与えられたのよ」
「ああ、わかってるよ」ペリスは振り向き部屋を出ていこうとした。
「貴方が、若い人達を引っ張ってあげて」背中ごしに声をかける。
「おまえも体を大事に……」
ペリスは部屋を出て、城の緩やかに曲がっている回廊を進み中庭の方へ向かった。
「〈トルゥー家〉に合わせる顔がないな」彼は呟いた。
「ペリス侯爵」男の声がした。
「クバーナ殿下」
「どちらへ?」クバーナが尋ねる。いつもの派手ないでたちだ。
「お酒を所望しに」ペリスは悪い事でもしたかのように言った。
「旅立ちは明日でしたね。しかし、どのようにして〈大魔法使い〉に会いに行くのですか?」クバーナが話題を変えて尋ねた。
「……二手に分かれる、陸と船だ」ペリスは信頼してたのですぐ答えた。
「船ですか……」クバーナは呟き「頑張って下さい」と言って、去ろうとした。
「クバーナ殿下。サレンとこれから生まれて来る子供達の事を頼む」
「ま、待って下さい。どうして……」
「わかっているよ。サレンを母のように愛しているのは」
「…………」
「頼む」ペリスは真剣だ。
「わかりました。でもきっと帰ってきて下さいよ」クバーナが言うと、ペリスは礼を言って去った。
ペリスが言った事は当たっていた。しかし、母のように愛しているわけではない、最初はそうだったかも知れないが今は一人の女性として愛していた。彼はそれを否定していた。それを母性愛と決めつけていたのだ。これからもペリスが言ったように母のように愛すしかないだろう。
「しかし……また約束が増えてしまったようだ」


「本当に行くのか?」貴族の衣装を身に纏った男が声をかけた。
「ええ」クーリア=レヴィーはきっぱりと答えた。彼女は城から盗賊組合へ帰るため、城下町に戻るところだった。彼女は赤い胴着の上に胸当てをつけて腰には短刀が二本だけ付けているだけだった。
「アルク殿下!」クーリアは振り返って言った。
「な、何だい?」突然の事にアレクは驚いた。
「何処までついて来る気なんです?」彼女はうんざりしたように言って、赤毛をかき上げきびすを返して城門までつかつかと歩いて行った。
アルク=ヴェルリオ王子。バブット国の王子であり、丁度メッサーラ国の王子レストールと幼なじみだったため戦災から逃れた。小さい頃からレストール、ジャールスと共にバルランクスから剣技を教わっていたからで、この時も訪問していたからである。彼は王子特有の所有願望があり、わががままに育てられたため、幼稚的なところがあった。
「ちょっと、待ってくれ。言いたいことがある」彼はそう言って、一目を気にせず彼女の所へ駆け寄って腕を掴んだ。
「こ、この戦争が一切がっさい終わったら、僕と一緒に国を再建してくれ」求婚の言葉だった。彼のここに来てからの夢だった。彼女を最初見たときは、盗賊組合が町の悪党を締め出すため、権力と手を組んだ会議の時だった。その時、アレクは好運にも立会人として、クーリアと席を並べたのだった。それ以来の一目慕れである。そのためにもよくこっちへ来るのだった。
「考えさせて下さい。戦争が終わる頃には結論が出ていますわ」クーリアにも盗賊組合の力があった。対等に考えられる。
彼女は用意された馬に乗って、城門から、雪の丘を下って行った。町はその下に見えていた。


ここは、町の中心にあるカント寺院。至高神メリカを中心に様々な神が祭られている。もっとも〈混沌〉を司る神はすたれていたが。だから、それぞれの建物が並んで建てられ、僧もばらばらである。
そこの中心の一番大きな建物の中に、たった一人祈りを捧げている男がいた。ホーク=ハレークである。若くして神から祝福された人物。彼はしばらく祈祷ができなくなるため会議が終わった昼からずっと祈り続けている。そして、この間他の者は極力中へ入らないようにしてた。もっとも、怪我の治療や他の事で忙しかったが。
彼の祈りも終わり、立ち上がりかけた夕時、一人の女性が入ってきた。
「盗賊がここに来るとは珍しい」ホークは微笑んで言った。
「少し、近くに寄ったものだから……」
「不安なのですか? ここにいれば落ち着きますよ」
「いえ、そのつもりは……」クーリアは手を振って答えた。ホークはそれを見て取り「では、どうです。体を動かしてみては?」
クーリアはうなずいてみせた。
ホークとクーリアは表へ出て、修行場へ行き、二人とも身軽な格好をしていたので、早速、拳闘をし始めた。
次第にこの見せ物を見ようと見物人達が集まってきた。どちらも有名人だったからなおさらの事である。
ホークの武術には凄いものがあった。素手ではクーリアはかなわなかった。周囲には五分に見えても彼女にはわかっていた。ホークはクーリアの動きを見切った上でクーリアの腕に合わせて闘っているのだった。
「どうです、次は短刀を使ってみては?」
「え?でも、それは平等ではないわ」
「いえ、あなたは盗賊。私は僧侶。実戦では各々の武器を使って闘います。遠慮なさらずに」ホークはにこやかに言った。クーリアは照れくさそうにうなずいて短刀を取り出した。さすがに、短刀を使えばホークと互角かそれ以上で闘えた。彼らはしばらくの間、楽しんでいた。
そして、クーリアは心地よい汗を流して、帰って行った。


昼下がり。ここは〈レッヅ台地〉の戦場。現在小競り合いが続いている。
「マドール。来てくれたか」バスクス隊長は嬉しそうに言った。
「ええ、今日が最後ですから」シェーカーは旅に出ることを話した。バスクスはいちいちうなずき、彼を激励した。
「よし、勝って、勝利の酒を飲もうぞ!」バスクス隊長は大声で怒鳴った。それに答えて、傭兵達が雪の中を波うって駆けて行き、敵の本体と激突した。
 昨日とうって変わって今日は敵の数は少なかった。シェーカーと傭兵達の連携攻撃により、敵をけちらしていった。
こうして、彼らは約束どうり酒を飲むことになった。

それぞれの思いを込め夜は過ぎて行く。


そして、翌日。早朝。
一同は城の後に〈旅立ちの大広間〉と呼ばれる中庭に集まり最後の誓いを立てていた。
今日は冬の三月でも一番のいい天気でもあった。それぞれ白い息をはずませ出発の時を待っていた。みんな鎧、防具の下に毛皮を着込み、各自が用意した物を携帯していた。
そんな中、城門を通り、凱旋しようとしてる彼らの元へ一人の兵士が走り込んで来た。
「大変です! 竜と思われる物が北の空からやって来ます。」この知らせは城を駆け抜けた。
「慌てるでない」鮮やかな衣装を着た国王が通廊から現れた。
「この広い中庭に来るように指示しろ」広いと言う言葉を強調するように命令した。
「な、何にです」兵士が聞き返す。
「〈竜に乗りし者達〉にだ」国王は静かに答えた。


〈月の城〉が白い丘の上に見えてきた。かなり巨大な城である。一番前を飛んでいる〈乗り手〉が「もうすぐだ。着陸体勢にはいれ」と大きく命令した。多くの人が眼下からこちらに注目している。戦場の上空でも同じだった。
城の胸壁の上に立つ兵士の手信号に導かれ、竜達は、ぐるっと周りの尖塔を一巡りし、凍った風をまき散らしながら、緩やかに中庭の奥に着陸した。
「小型の竜。〈竜目族〉ですか」シェーカーが言った。
一行と好奇心に駆られた者達が中庭に集まっていた。四頭の竜から人が優雅に飛び降りた。すべて、女性であった。そして、赤い、露出度の高い豪華な甲胄と、竜を型どった兜を全員付けていた。その内の青い竜に乗っていた女戦士が兜を脱ぎ前へ出てきた。その女戦士は若々しい女性だった。輝きの青い髪を持ち額には宝石の飾りが付けられていた。顔はエルフ的な美しさだったが、勇ましさが感じられる。
「ようこそ、おいでいただいた。トルド・ニムルのアーマネス王女」リルゥース国王が深々と礼をし、他の者もそれに倣った。
「幻想歴二八八年のセントメル和平条約により、招かれやってきました。お出迎え感謝します」アーマネスは丁重に礼をして返した。
「何か、儀式の途中だとお察し申し上げますが」
「いかにも、旅立ちの儀式だ」
アーマネスは揃っている面々を見渡した。
「………! メルサシーグ少尉とカルターン軍曹ではないですか」王女は感激して言った。
「こんな所で会えるとは……。軍を辞めて今何をしています? 」
「傭兵です」メルサシーグがやりにくそうに答えた。
「傭兵? 何でそんなことをしているの?」メルサシーグは答えなかった。
「まあ、無事なことだし、よかったわ」王女はにこやかに言った。
「アーマネス王女。先に休息されてはどうです。食事と、浴槽の準備をさせましょう。」バルランクス指揮官が言った。
「そうしますわ。私はまだあなた達をわが軍の一員と思っています。気にせず、戻ってきて下さいね」彼女は微笑みもう一度面々を見渡した。
「彼は?」彼女はシェーカーの所で何か感じた。魔力である。従者の彼女達は先ほどから、第三の目〈竜の目〉ですでに痛いほど魔力を感じ取っていた。
「もしかして、有名な魔術師では?」
「シェーカー=アドリアーノと申します」魔法使いはやはり軽装だった。持ち物は一番少ない。
「若返りの魔法を使っているという噂は本当かも知れませんね」にこっと笑って「素晴らしい! 貴方の事はトルド・ニムルでは有名です。私達〈竜目族〉は魔法を尊敬しています」シェーカーは変わったものだと思った。〈竜目族〉はその戦闘能力から常に恐れられたものだ。剣を使わせたら誰もが一流だったのだ。戦闘民族が魔法を崇拝しているなんて変わっている。何かあるとシェーカーは考えた。
 アーマネス王女は城の案内係に連れられて奥へ入って行った。シェーカーはまだ王女には〈竜の目〉がないことに気づいた。

中庭では残された四頭の竜をどうもてなすか問題になったが、メルサシーグとカルターンがてきぱきと指示を出しどうにか機嫌を損ねないようにした。

「クーリアさん。アレク殿下の事はいいんですか」マークスが尋ねた。
「いいのよ。気になる?」赤い毛をかばいながら振り返る。
「いえ、噂になってたもので。やっぱり、ふったんだ」
「マークス!」
「ごめんなさ〜い」笑って逃げた。

「カルターン、気を付けろよ」メルサシーグは馬に乗った後、声をかけた。
「君がそんなことを言うなんて意外だな」
「ふん!」
「メルサシーグ、君も気を付けろよ」真剣にカルターンは言った。
「ああ」

「さあ! 出発の時がきた!」国王が叫んだ。
「最初に行っておく。自分の命の事だけを考えよ。他人の事は極力構わなくていい。使命を果たすのが先決だからな」レストール王子が前に出てみんなに言った。
一同はうなずき馬を走らせ、中庭から城門に通じる道を行き城門を抜けて行った。
雪しぶきを上げ、一同は整理された道を下り、北と南に分かれて行った。北は、〈聖なる川〉の分岐点へ向かって、南の方は、港町ペパトーンを目指して行った。
道すがらの人達は、そんなこととはつゆ知らず、絶望の面持ちで春、真の春の到来を待っていた。


アーマネスと従者達は部屋に案内されくつろいだ。アーマネスはすぐに浴室に行き、ぱっと全裸になり石鹸のいい香りのする浴槽に飛び込んだ。泡がぱぁーと舞う。旅の疲れが目に見えて癒されてくるようだった。彼女は別段普通の人間と変わりなかった。まだその時ではないのだ。
浴室を出ると簡単な食事が用意されていた。戦時中なのでこんなものでしょうと思い、従者達を呼び一緒に食べることにした。そして、世話係に会議は明日の朝にしてもらいたいと告げた。今日はぐっすりと眠りたかったのだ。


ペリス率いる陸路軍は、日が沈む前にメッサーラからツインクロスに続く街道の〈聖なる川〉を挟んで行われている戦場に来ていた。ここから、気づかれぬように潜入するため、ここの一軍を使い、敵の一点を突き混乱させて、突破する気である。
「用意はいいか?」ペリスはみんなに言った。
「私の後についてきてくれ」彼はそう言って、馬で駆けて行った。後の者も続いて行く。その先は騎槍隊が突進して行ったところだった。

一方、レストール王子率いる一行は、ヌーメの村を抜けた辺りだった。ペパトーンに今日の夜遅く着く予定だった。

たった、一人、真夜中、月の明りに照らされ、馬を走らせている者がいた。馬は狂ったように鞭を振るわれ、無理やり走らされていた。
彼は狂気に取りつかれ寒気など感じず、ただ、薄気味悪い笑みだけを浮かべ夜を抜けて行った。
「ふふふ。世界が乱れる……」

「クバーナ殿下が行方不明になられた」知らせが〈月の城〉を飛び交う。
リルゥース国王陛下は自室で考え事をしていた。判断は正しかったのだろうか?
「年老いたかのう」背後で声がした。妻であり宮廷魔術師であるインジャルだ。彼の心を察したようだった。
確かに、年老いた。年老いたのだ……。



 

 


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