鍵。遥か昔、封印のため造りだされた
鍵。世界を調和するもの
鍵。すべての謎を解く形なき形あるもの
鍵。その存在を知るものはいない

  LEGEND OF EYES

 暗き闇、漆黒の宇宙。
 一つの暗き闇に浮かんだ水晶玉。
 輝く光が反射し、水晶玉の中へ。

  作者  銀筆☆翔

 浮遊大陸バラディア。
 青き大空の切り立った崖の上に二人。
 風が彼らを愛撫し去っていく。

 竜が希望の碧空をはばたく。

  形相おぞましい、異物。魔物。
 それに対峙する戦士達。

 夢、希望を与えてくれたもの達にあたえたい。

 巨大な魔物の巣、要塞。周りに群がる魔物共。

  企画 ミックス・ボックス

 異界への門、あらわれし異形の権化。
 戦いの火蓋が新たなる英雄によっておとされる……

愛想編

 伝説への序章

幻想界。それは、ありとあらゆる可能性を秘めた世界。そしてそのなかに、バラディアという浮遊大陸がある。
  宇宙から見ると水晶球の中に浮かんでいるように見え、大陸には、魔力が満ち、色んな生物が棲んでいる。
そんな大陸から、物語は始まるのである。

§第一章§

上空から見渡せば月形の弓なりの形をしているメッサーラのムーンタルク城。対をなす尖塔が夜空にとけ込むかのようにそれでいて本宮を防護するかのように陣取っている。
レストール=ヴェルヌ国王は、自分の個室で窓の外を眺めていた。月明りがほんのりと差し込んでいる。心地のよい平和な夜だ。何もかも洗い流してくれるようだ。あの四〇年前の事を………。
しばらくして、扉をコツコツ叩く音がした。
「来たか……。入るがよい」王はそう言って中に入って来た者達を迎え入れた。
「さぁ、座るがよい」年老いた王は、沈痛な面持ちで横長のふさふさした腰掛けを手で示し「おい、何か飲物を……」と従者に指示をした。
「よく来た」王は数人の若者たちに作って元気に言った。自分も腰掛けに座る。
「レストール=ヴェルヌ国王陛下、お話とはいったい……」細長の少年ルフが身を乗り出して言った。
「そう、せかすな、ルフ」王は、若い女性の方を向き「ところで、シェルよ。父のシェーカーから〈英雄戦争〉の事について聞いたことがあるか?」と訊ねた。
「少しだけ聞いております。しかし一般の人と同じくらいの知識ですが……」白い正装の少女は透き通った声で答えた。
国王は深いため息をつくと静かに言った。
「どうしても、本当の事を話さねばならんのだ、それも今すぐにだ!」国王の顔が険しくなった。陽気な女盗賊マースは王が何か隠していると読み取っていた。実際にレストール国王は数日後行方不明になったのである。
そして、レストール=ヴェルヌ国王は約四〇年前の〈英雄戦争〉について語り始めた。

 第一話 『輝ける夜に』

幻想歴五四四年にヤイナ神が君臨し、バラディアに暗黒時代が到来して、人々は暗黒の淵でもがき苦しみながら生きながらえていたが、二〇〇年間後、リルゥース=ヴェルヌ王がヤイナ神を〈一人戦争〉で封印した。
それにもかかわらず、不穏の影が漂っていた。そう〈邪教集団〉は雑草のごとく根強く残っていたのである。そして生き返ったサフレイン(リルゥースに倒された)がその先頭に立ち、ダストロス国を魔物の巣にしたのだ。
彼は自らダストロスと名のり、もの凄い戦力をもって各国に交戦してきた。
そして幻想歴七七〇年後半〈邪教集団〉は神をも凌駕する大組織になり占領地は大陸の半分以上も占めるようになった。再び暗黒時代が訪れようとしていた。
集団に属さない人達は住む土地を追い出され難民となり飢え死にするか、唯一抵抗している国、南東のメッサーラか北西の竜の住む国トルド・ニムルに行くかだった。
そんな中、エルフやドワーフといった亜人間達は、暗黒時代に交わした条約によりこの事に関して沈黙していた。が、彼等もこの惨事で後悔し始めていた。
しかし人間達も弱くない。この世界を救うべくメッサーラ国に英雄達が集って来ていた。その英雄達とは………

一人はかの〈英雄王〉の子 レストール=ヴェルヌ
一人はかの〈英雄王〉の子 ジャールス=ヴェルヌ
一人は神秘を司る青年 シェーカー=アドリアーノ
一人は西国の美しき王子 クバーナ=エヴィリーヌ
一人は祝福されし神の子 ホーク=ハレーク
一人は(悲劇の)風の娘 クーリア=レヴィー
【後に加えられた】
一人は清純な青年 カルターン
そして最後はいにしえの才を秘めた青年
メルサシーグ
(吟遊詩人の唱歌より参照)

バラディア大陸の南東の歴史ある国メッサーラ。そこは大陸の政治的中心を占めている。今では国の北東部を流れる、遥か昔上流の滝で平和を司る女神ギリスが行水したため聖水が流れるという〈聖なる川〉を境界として日夜戦争が行われていた。戦争は長引きとうとう冬まで持ち越してきた。
メッサーラは大雪にみわまれていて、周り一面の銀世界が広がっていた。兵士達はここムーンタルク城の寄宿舎でこのなごやかな雪を眺め戦場での闘いをひととき忘れるように努めた。
「例年なら今日が祭だな」酒を片手に若い戦士が相棒に語りかけた。
「ああ、実に惜しいね。去年は二人で夜を祝ったんだがなぁ……。あの女どうしてるかな?」こちらも若い戦士が、横を向き相棒に微笑んだ。そしてふいに整った顔を後ろへ振り向け、女戦士をちらりと見る。見られた女戦士が顔を赤らめる。
「君のあの女ってどの女だい? 多すぎて僕にはわからないね」前を向いたまま、そう言う。短く刈った髪が、簡易酒場の色鮮やかな明かりに照らされている。こちらも美青年だ。
 後ろを向いていた男は顔をもとに戻し、さもいやそうに顔を振り「カルターン。まるで俺がどこにでも女友達をつくっているようじゃないか。俺はそんな色魔じゃないさ」片方の目を髪で隠した男メルサシーグはとぼけるように言った。いつもの二人の冗談だ。
「そのとうりだろ。メルサシーグ」あくまで冷静に言う。
「ふん!」メルサシーグは怒ったように表現したが、失敗し、笑った。カルターンの真面目さにも困ったものだと思いながら……。
「さぁ、酒はこのぐらいにして、宿舎に戻ろうか」カルターンが決心して立ち上がった。彼はここでもご丁寧に鎧を着用している。
「いや、俺はもう少し飲んでからだ」鎧の替わりに短衣を着ている彼は、酒をまた注ぎ直し示した。
「好きだな、だがほどほどにしときなよ。明日はレッヅなんだから」カルターンはそう言い残して去った。
「うむ」彼は聞き流した。
(それにしても今夜は冷える。魔法の火でもあればいいが……、だから酒を飲むんだ)
 彼はしばらくしてそう思い小さく「凍える夜に乾杯!」と呟いた。


メッサーラとダストロスとヴジャスティスの三国を共有する境界線にある〈レッヅの丘〉は、穏やかな草が生い茂り、これが春になると彩り綺麗な小花を添える。しかし今はそんなことも想像できないほど荒れ果てていた。さしもの大雪もその荒れ様を隠すことはできなかった。朱色を帯びていたのだ。それは〈レッヅの会戦〉が続けられていたからだった。また〈聖なる川〉をまたいで南に見える、メッサーラのムーンタスク城やその町並みも今はひっそりと静まり返っている。唯一の音は雪の降り積もる音だけであった。
メルサシーグは軍の駐屯場で、上方の丘の味方の隊が待機しているのを見上げた。冬、特に雪の積もった日に戦争するなんてあるもんじゃない、寒くてたまらないぜと、敵の情け容赦ない攻撃に彼は腹を立てながら戦況を考えていた。実際冬に戦争をするなんて常識を無視している、しかしダストロスはそんな事をかまってはくれないのだ。
仕方無しに彼ら傭兵たちは鎧の下に毛皮を着込み寒さに耐えていた。
「敵だ! ゴブリンの大群だ!」見張りの兵が叫んだ。次々と言葉が伝えられ朝から忙しく動きだした。
「懲りない奴らだ……」メルサシーグは呟き、手をほぐしながら自分の部隊へと急いだ。
そこにはカルターンがいた。彼は剣を右手に持っていたが、身軽さを尊重するため盾は持っていなかった。これがこの傭兵部隊の流儀だった。
「さぁ、行こうぜ。俺たちの部隊は丘の東手だ」

「何が見える?」中年くらいの屈強の戦士が言った。騎士の印が入った兜、甲胄などからこの軍の指揮官とわかる。体格はやはりしっかりとしていて、鎧の傷、体の傷などから歴戦の強者だともわかる。彼の横には、彼と全く合わない若者がいる。その若者はこの寒さなのに半袖の青い肌着に皮ズボンといった軽装であり、背中に赤い外套を羽織っていた。彼はさっきの問いに《魔法の目》を戻してから答えた。
「………いつもと違いますね。心したほうが……。後方に巨人がいますし、狂信者、狂戦士がいます。昨日の比じゃないですね」彼の手の平では、こうもりの毛皮が燃え尽きていた。呪文の触媒に使っていたのだ。こういう道具を使う事で魔法使いは己の魔法力を上げているのだった。
 隣の戦士はその鼻につく臭いに顔をしかめたが、気にしない風にして〈生死の森〉の西から迫り来る大軍を眺めた。
「それにしても、どこからこんなに兵を集めたんだ!」髭を触りながら、中年の戦士は悪態をついた。
「召喚ですよ、バスクス隊長」若者は当り前のように言ったが、すぐに気が付き付け足した。
「つまり、こことは違う世界、〈プレーン〉から呼び出し……いや、実際は作りだしたかも知れませんねぇ、とにかく、魔法の産物です」それでもバスクス隊長はわからない顔をしていた。
「魔法か……チッィ、〈生死の森〉のドルイド達は大丈夫なのか? マドール・シェーカー」彼は話題を変えて訊ねた。背後ではぞくぞくと傭兵達が戦闘準備を整える。
 この地の軍隊はほとんど傭兵達でしめられていた。それほど、戦う者達が不足しているのである。
「大丈夫ですよ。ドルイド達は中立を重んじます。もし、我々や敵方が危害を加えるような事があれば、彼らは黙っていないでしょう。彼らと自然の力は侮る事が出来ませんからね」シェーカーはにこやかに答えた。それはもう人間を超越しているかのようだった。そんな彼をバスクスは畏敬の念で見ているしかなかった。
「さあ、敵とぶつかる前に一仕事させて下さい」シェーカーは敵部隊が丘の下手まで行軍しているのをみてとり進言した。
「……今日は昨日までと違うようだな」敵の数とシェーカーの雰囲気を感じてバスクスは戦慄を覚えた。
「ええ、でも、傭兵達はよくやってくれていますよ。他の部隊と違い引き際を心得ていますからね。僕としては敵の総攻撃に予備軍の準備をしておきますが、どうします?」
「うむ、万が一のためにもそうしたほうがいいようだな」バスクスも同意した。
「さあ、隊長。第一軍を手前へ」シェーカーはそう言って、腰の皮袋から甘草を取り出した。
「とても、少年とは思えんな。魔法使いとも思えんが…」バスクスは傭兵達に合図を送った。様々な武器、防具を身に付けた戦士達が集まってきた。中にはちらほらと女性の戦士もみえる。全員が一丸となってダストロスにぶち当たる覚悟は出来ていた。
「僕もそう思う時があります」彼は草を自分を取り巻くようにばらまいた。草の色が降り積もった雪に映える。
「どうして、もっと少年らしくできないのかって……」彼は呟いていた。
「若返りの魔法を自分にかけているという噂は、案外本当かもしれないな。……おい、俺は除いてくれよ、マドール」バスクス隊長は鼻をならし、後方に下がった。傭兵達は背後の魔法使いを不審と好奇と疑問の目でみていた。一体、何をする気かと。
 シェーカーはバスクスが下がるのを微笑みながら眺め、呪文にとりかかった。
「ロイ・フェイベタグァンマ」彼はそれをほんの一瞬のうちに唱えた。卓越した使い手を意味していたがそれを理解出来る者は傭兵達の中にはいなかった。
 風が彼を取り囲み、草を巻き上げ、傭兵達の方へ飛ばしていった。
 傭兵達が驚きの声をあげる。草は彼らの足元にふわふわと落ちていった。その時には枯れていた。香ばしい臭いを残して。
「軽活速効陣」彼は呪文名を小さく呟いた。
「さあ!」自信に満ちた目をバスクスに向けた。
「よし、突撃せよ!」バスクスは怒鳴った。
 そして、異変が起こった。
「………!」
 傭兵達がとてつもない速さで丘を駆け下りて行ったのだった。動きも人間の動きではなかった。その異様さに先鋒のゴブリン達は完全に意表をつかれた。動きに全くついていけず、バタバタ倒れていく。
「変化の呪文がとりわけ好きでしてね。これで、先手はとりましたよ」シェーカーがあどけない表情で横で驚いているバスクスに言った。
「あれだけ……動けりゃ、さぞかし疲れるだろうよ」全然、驚いていないように取り繕った。。
「ええ、よくわかりましたね」
「?」彼は何か変わった事を言ったのかと不思議に思った。
「疲れといってはなんですが、ちょっとした副作用があるんです」
「ど……どんな?」バスクスは嫌な予感がした。
「一年かそこら寿命が縮むんですよ。もっとも、本人はわかりませんが」
「………」バスクスはため息をついた。正面の部隊は災難である。しかし本人達が知らないならすむ事はすむ事だ。自分だけ避けてもらってよかった、よかった。
 異様な速さに度肝を抜かれたが、オークやホブゴブリン達が加わってくると、落ちつきを取り戻し始めた。しかし、傭兵達の速さには太刀打ちできなかった。気がつけば、斬られているのである。
 ゴブリンなんかは、錆びた剣を放り出して逃げ出す者、赤い大きな目を白黒させて、呆然と立ち尽くす者さえいた。
 でも、数はダストロス軍が圧倒的に多かった。それに、狂戦士、狂信者達が加わってきて、丘の斜面は雪しぶきが舞う修羅場と化していった。

その頃、第二軍と三軍は行動を開始していた。丘の東と西から回り込み、挟み打ちにするのだ。そして、メルサシーグとカルターンは第三軍にいた。彼らは正面の魔法のかかった傭兵達のように目だって活躍していた。
「こんな、数が多いなんて聞いてないぜ?」メルサシーグの剣が唸る。
「そうだよ。聞いていたらこんな事にはならないよ」カルターンはあまり乗り気ではない。同じ人間を斬るのが嫌だったのだ。
「カルターン、やらなきゃこっちがやられるんだぜ。それが俺達の稼業さ」背後のメルサシーグが笑みを作って怒鳴った。彼はうって変わって楽しそうである。
 彼ら二人は雪を逆手にとり、踏み固められた雪地を拠点として敵をさそい、俊敏な動きで倒していった。
「厄介な奴が来たようだ……」メルサシーグは前の狂った戦士の首を鮮やかにはね、動きをゆるめて呟いた。
「メルサ! 丘の上へ戻ろう、ここは不利だ」カルターンがそう言うと、二人はすぐに戦線を離脱して丘の上へ駆け戻った。
「バスクス隊長。部隊を退げて下さい。巨人は岩を投げてきます」シェーカーは今気づいた。
「なに? 何故、早く言わない!」バスクスは振り返って怒鳴った。少数に減っているが敵はそこまできていた。
「すいません。考えごとをしていたものですから」
「チッ、しょうがない」バスクスは手を挙げて、伝令に合図した。
 それに、応じて予備軍が動きだした。さらに、バスクスは伝令に巨人の攻撃について伝えた。
「何としても、死守せねばならん」はぎしりしてバスクスはシェーカーをかばうように立った。
 伝令が程なく伝わったのと巨人が参戦してきたのは同時だった。傭兵達は恐れずに巨人の懐へ潜り込んで行った。しかし巨人が大岩を投げてくる。寒冷地に棲息する霜巨人であった。人間の倍以上の大きさがあり、白い長い体毛に覆われている。
 まともに戦ったら人間なんかかなう相手ではなかった。
「まずいな、何とかならんか?」むごたらしくかき回された雪を眺め、バスクスはシェーカーに訊いてみた。あまり魔法に頼りたくないが、彼の力をこれまで存分に見せられ信じるようになったので彼に任すのが最良だとバスクスは感じていた。
「二手にわけてもいいですが……そんな事をするよりは……」シェーカーはしばし、戦場を見つめ考えた。
「バスクス隊長! 手前の傭兵達を集めといて下さい。それから、後退の準備を」
「何をする……」バスクスが言い終わらないうちに、シェーカーは空へ飛び立った。
「しかたない。頼るとするか」ここまで上がってきた怪物を押し戻しに彼は戦場へ入っていった。

巨人軍の攻撃で、ダストロス軍は戦況を立て直しつつあった。斧や、棍棒、剣など持った、邪教の者達がさらに戦いに混じってきていた。彼らの目は狂気に血走っていて、寒さも痛さも恐怖も何とも思っていなかった。
メルサシーグとカルターンは霜巨人の懐に素早く入り、足などに攻撃をして離脱するという戦法を取っていた。
そうして何度も攻撃した後、メルサシーグは、自分の剣を巨人のひしゃげた鉄の鎧を突破して青白い毛皮に深々と突き刺した。それは心臓に達し、巨人は青い髪をかきむしり絶命した。彼は脈打つ手で剣を引き抜いて違う敵めがけて行った。
カルターンの横では違う傭兵が巨人と戦っていた。彼は真っ向から突進していった。あまりにも無謀に思えた。
「待て!」カルターンは目の前のオークを蹴飛ばし叫んだ。しかし遅かった。その傭兵の戦斧は巨人の横腹に深々と突き刺さったけれども、その後、四メートルもある巨人の拳をもろに食らい飛ばされた。そして口から血を吹き出しぴくりとも動かなくなった。
「うぉぉぉぉぉ」カルターンは敵の戦士を思いきり切り倒しその巨人に向かって行った。
巨人の拳を横に動き交わして傷跡に一撃を加える。巨人がうめき腕を振り回す。それが偶然にもカルターンにかすり彼は飛ばされた。
「カルターン!」メルサシーグが叫ぶ。
カルターンは素早く立ち上がり剣を握る。手の感覚はほとんどなかった。しかし彼は走っていって力いっぱい飛び上がった。
剣の切っ先は丁度喉元に向けられていた。しかし無情にも手ではたかれ剣が飛ばされ、雪に突き刺さった。
「ちっ」
カルターンは衝撃に耐えようと腕を前に出して守った。
「………!」
しかしその必要はなかった。メルサシーグが背後から巨人を一突きしたのだ。
「大丈夫か?」
「ああ、有難う。少し、熱くなりすぎたようだ、ごめん」
「戦えるか」メルサシーグが飛んでいった剣を拾って訊いた。
「もちろんまだまだだよ」肩で息をしながらも答える。メルサシーグはにこりと微笑み剣を返した。
「無理をすることはないんだぜ」
その時長い笛が一度鳴った。
「退却?」二人は呆然とした。まだ敵はたくさん残っていたのだ。もう、負けを覚悟したのだろうか?

シェーカーは空から状況を眺めていた。見えはしないけど〈生死の森〉でドルイド達が集まり何やら祈っているようだ。森の横にはもう敵の軍はなく、この丘に全部来ていた。何とかこちらが有利に進めているようだった。
「さてと、速く戻ってくださいよ」そう呟きシェーカーは小袋を取り出した。中には貴重な燐が入っている。しかし思いとどまった。誰も見ていないなら触媒を使う必要がないからだ。彼ほど魔力があれば触媒を使い増幅することはないのだ。ただ、彼は人に見せつけるのを嫌い普通の魔術師のように使っていたのだ。そうすれば怪しまれることもない。
敵と味方の間に隙間が出来たのを見ると、彼は呪文を唱え始めた。
「クゥイ・タウィプスアイロンルホースイグマ!」
「炎障喚晶!」素早く手を動かす、すると、青白い炎がその地上の隙間に立ちはだかった。両軍からどよめきが湧く。その炎は高さが六メートルもありそれが横に数十メートル続いている。シェーカーは急いで飛んで戻った。
「みなさん!岩を転がすのです!」シェーカーは地に降りたって指示を出していた。すぐに傭兵達は散らばり巨人が投げつけてきた重い岩と格闘し始めた。
岩が調子よく転がり始める。中には雪をともない大きくなっていくものもあった。
炎の向こう側で悲鳴が次々上がった。もっとも無謀な狂戦士や、間抜けなゴブリン達が炎の壁に飛び込んだのもあったけれど。
 バスクスは驚異の目でこの光景を見つめていた。

そのころメルサシーグとカルターンは炎の壁のすぐ近くにきていた。どうやら炎のこちら側は熱くないらしい。しかし炎の幕はごうごうと煙を上げずに燃え盛っている。
「凄いな」メルサシーグは感想を漏らした。
「ああ、とてもかなわない」
と、その時炎の中に人影が見えた。
滝の流れのような炎の柱を分けて男が抜けてきた。
「………!!」
その人陰はゆっくりとこちら側へ歩いてきた。
「燃えていない……そんな馬鹿な!」
「我が使徒を殺したのはおまえらか?」黒い法衣を着た、頭の禿げた男が歩み寄ってきた。どこにも火傷を負っていない。
「何だ、こいつ」メルサシーグが武器を構えて言った。
「許しません!」僧侶はそう言ってメルサシーグを指さした。気のふれたような目つきをしていた。
「わたくし、バール=ハァホンをこいつ呼ばわりした奴は許しません! 死になさい!」高飛車に僧侶は言い放った。
「暗黒神ヤイナ様。どうか、このものに死の啓罰を!!」
「何を!」メルサシーグは素早く動き出した。
「遅い! 死になさい。」彼は人差指の照準をメルサシーグの胸に合わせた。
「壊死閃腫晃!」指先からまばゆい光線がほとばしり、メルサシーグの胸を直撃する。何がおこったのか誰にもわからなかった。
「ぐっ…」耐え難い傷みが全身を駆け抜ける。メルサシーグは喘ぎながらも意識を懸命に保とうとした。心臓がどくどくと波打ち、体が痙攣する。
「メルサ!!」カルターンが叫んだ。
「次はおまえだ!」バールは不気味に微笑み舌嘗めずりをして近ずいてきた。白い肌にそれは気味が悪いくらいに映えて見えた。
「ちょと待て……」メルサシーグは脂汗を垂らしてやっと言った。
「何、生きているとは……よかろう、もっと強力な……ぐっ!」男の胸には剣が突き刺さっていた。
 メルサシーグが力を振り絞って投げたのだった。
「貴様はいったい……?」バールは崩れ落ちた。
「大丈夫か」カルターンは駆けつけてきてメルサシーグを抱き起こした。
「大丈夫じゃねえよ」メルサシーグは剣を引き抜いて言った。
「あの呪文をくらっても平気だとは」後ろで声がした。若い魔術師シェーカーが立っていた。
「あんたか」メルサシーグは息を整えて言った。
「あなたがた二人の武勇は聞いていますよ」
「どうも」メルサシーグはいつもの調子で答えた。もう、苦しさはない。
「どうです、今晩城の方にきてみては」シェーカーは何気なく誘った。

後は弱りきった敵を駆逐しこの不利な戦いに勝利を与えた。しかし、実は、シェーカーには魔法の応援の他にもう一つ使命があったのだった。
 国王から依頼された人材を発掘するために。

メルサシーグとカルターンは傭兵部隊から除名され、ムーンタルク城に個室を当てがわられた。
カルターンは疲れて、ふさふさした寝台でぐっすり眠っていたが、メルサシーグは寝つけずふらふらと城内を散歩していた。彼は自分に合わない地味な服を着せられていた。
「おい、何処へ行く! そっちは王室だぞ!」メルサシーグは通廊の途中で衛兵に呼び止められた。
「いや、決して怪しいものじゃない。おい、そんなに睨むなよ。男に睨まれたって嬉しくないんだから」メルサシーグは両腕をあげ、敵意のないことを示した。これだから職務に忠実な奴は困る。
「何用だ」衛兵は真面目くさって詰問した。
「ただの散歩だよ」あくまで、おどけて言う。こういう場合は穏便にいくのがいい。
「なら早く帰るがよい」
「わかったよ、少しぐらいいいじゃないか」メルサシーグはぶつぶつ言って引き返そうとした。
「何をしてる!」背後からさらに声がした。
「はぁっ! クバーナ=エヴィリーヌ殿下。自分は怪しい奴を尋問していたところです」
「怪しい奴じゃないって!」メルサシーグは振り返って抗議した。全く、何て待遇だいと憤慨しながら。
「うん? その右目だけ隠した髪……もしかしてメルサシーグと言う者ではないか?」豪華な服を来た貴公子は薔薇の臭いを嗅ぎつつメルサシーグを見つめた。
「そ、そうだが」メルサシーグはぞっとしながら答えた。
「衛兵、もう行っていいぞ」クバーナは薔薇を服に差し言った。その横には鮮やかなヴジャスティスのユニコーンの紋章が刺繍されていた。
「しかし……」
「どうした?」クバーナがそういうと衛兵はすごすごと去って行った。
「ところで、メルサシーグよ、少しつき合わないか?」
「え? どこへですか?」メルサシーグはやりにくそうに言った。メルサシーグはこういう男は嫌いな方だった。寒気がするのだ。しかし次の言葉で気が変わった。
「一番の美しい女性のところだよ」

「ここだ」クバーナは装飾された大理石の扉の前に来て言った。ここは、客室の中でも最上の部屋の一つだった。
彼が扉を叩くと美しい旋律を伴って返事が帰ってきた。彼らはゆっくりと中に入った。
中は薄暗く暖炉の火が赤く照らしているのと月明りが差し込んでいるだけだった。しかし、それがほんのりと甘い香りが漂っているのとよくあっていた。
メルサシーグはハッと息を飲んだ。
「もしかして、〈美しきトゥルー家〉のサレン姫では?」メルサシーグはこと女性に関しては常人ならざる知識を持っている。トゥルー家は遥か昔、エルフ達の魔法により、永遠の美貌を得たとされている。そして、代々それは受け継がれてきた。今もウィークの街に高い地位を持って住んでいる。メルサシーグはその事について詳しく調べたのだ。もっとも、一般の人々もある程度は知っていたが、とにかくそれほど、有名である。
「その通り、さすがわしが見込んだだけがあるな。メルサシーグよ」陰で見えなかったが、もう一人、人がいた。年は五十過ぎといった、男性である、それにしても質素な服を着ているとメルサシーグは思った。
「あの……」メルサシーグは誰か尋ねようとした。
「気にするな。無礼講だ。な、クバーナ王子」その男は言った。
「こちらへいらしてたんですか?」クバーナは男に訊ねた。
「ええ、私の歌をお聞きになりたいというので。……それより、本当に残念なことでした。アタクタス王はいいお方だったのに……」サレン=トゥルーは持ち前のエルフのような声で言った。ぞくぞくと体に染み入るような声だ。優しそうな瞳、メルサシーグはすでに魅入られていた。
「気にしていませんよ。今となってはね。おや、彼に説明してあげないと」
「クバーナ王子……」
「いいんですよ。サレン姫。彼には知る権利がある」クバーナは悲しさを隠していた。
「そうだな」謎の男が同意する。
彼、クバーナ=エヴィリーヌは感情を交えず話し始めた。

まだ、ヴジャスティス国が西にあり、ダストロス軍がヴジャスティスの首都に迫っていた頃、最後の抵抗を試みるべくヴジャスティス軍は城に立てこもり篭城戦にもっていっていた。どうやらこのとき、ダストロス軍はメッサーラには小規模の軍、そしてヴジャスティスには大規模な軍を差し向けていたらしい。
すでに町には火がつけられ、地獄、煉獄と化していた。
「駄目です、正面の門が突破されます」
「ここまでか……」アタクタス国王は、火の海を悲しげに眺めて呟いた。
「人々が苦しんでいる……」
「父上、私も戦場に行きます。ぬくぬくと守られたくありません」
「クバーナ……おまえは我が一族の最後の頼み、死なせるわけにはいかん。ここも、もたないだろう。どうか逃げてくれ。メッサーラへ行くのだ」
「しかし……同じ人々をおいて、負け犬のように逃げるなんて私にはできません」クバーナは握り拳に力を込めて言った。
「誰もそうとは言ってはおらん。今は逃げるのだ! だが、いつかわが国民の仇きをとってくれ、戦場にはわしが出る! それがわしの最後の責任じゃ。お前の責任はここを生きて出る事じゃ」国王は言い放って、剣を取り、露台に出て叫んだ。
「恐れてはならん! 神は見捨てはしないぞ! 底力を見せてやれ!」剣を真上に突き上げる、すると城の周辺の残った兵士達の喚声がわっと沸き起こった。
「さぁ、行くのじゃ。海に船を手配してある。トリブスとバカンタを連れて行くがよい」国王は振り返り、笑顔でクバーナを祝福した。
「さよならは言いませんよ。最後の別れじゃないのですから……」クバーナはそう言って、幼なじみのトリブスとバカンタを連れ城から抜け出し、波止場へ向かった。

波止場に着いた頃、城にまで火の手がまわった。偵察に行っていたトリブスが言った。
「クバーナ王子。ダストロスは貴方を狩りだそうとしています。恐らく、王家の血を引く者を根絶やしにしようとしているのではないでしょうか。こちらにも向かってきています」そう言って、トリブスはバカンタと顔を見合わせうなずいた。
「たとえ、船に乗ったとしても見つかってしまう可能性はあります。幸い、船は他にもあります。王子はあの小さな手漕ぎ舟に乗って行って下さいませ。我々が引き付けます」
「しかし、何もお前がそんなことをすると、他の者にすれば……」クバーナは動転した。
「駄目です。貴族の者でないと、王子の代わりになれません。それに我々は王子のためだったら喜んで死ねます」辺りがだんだん騒がしくなってきた。追っ手が迫ってきていた。
「早く! 見つかってしまう」バカンタがせかす。トリブスもクバーナを黙って見つめる。
「……わかった。しかし無茶はするな」クバーナは観念した。
「おまえらと遊んだ子供の頃を思い出すよ、いい友達だ」クバーナは振り向き、何も言わず走って行った。
クバーナはたった一人で舟に乗り、赤く染まった町を後にした。しばらくして、大きな火の玉が波止場から発射されたのを目撃した。
「………!」それは波止場から後ほど出航した帆船に命中し火が上がった。波止場から兵士達が海に飛び込むのも見えた。クバーナはよっぽど引き返して助けに行きたかったが、歯を食いしばり我慢して、メッサーラへ向かって行った。櫂を持つ手が何もできない歯がゆさに震えていた。
「トリブス、バカンタ。おまえ達の行為は無にはしないぞ」涙が頬をつたえおりた。

この話を聞いて、メルサシーグはクバーナに対する考えを改めた。
「すいません。話を蒸し返してしまったようで」
「いや、こういう話は必要だ。これ以上繰り返さないためにな」謎の男は深い声で言った。
「サレン姫。歌を歌ってくれませんか?」クバーナは悲しげに頼んだ。
「わかりました。クバーナ王子と勇敢な若者達、ヴジャスティスの全ての人のために歌いましょう」サレン姫は優雅な手つきで、竪琴を膝の上に置き、奏で始めた。しばらくして、うっとりする歌い声が入った。曲は最初悲しい鎮魂歌のようなものから始まったが、だんだん勇ましく、勇気づけられるような明るい楽しい曲に変わっていった。メルサシーグは柄にもなく涙を片目に浮かべていた。
 束の間の安らぎの時……。こういう時間が人々には必要なんだ……。

翌朝、メルサシーグはカルターンにさんざん自慢していた。カルターンがいい加減うんざりし始めた頃、国王の使いがきて、重要な会議があるから出席するように言ってきた。「なぜ、私たちが呼ばれたのだろう?」カルターンが心配そうに言った。
「用があるからだろう」欠伸をしながらメルサシーグは答えた。まだ桃源境にでもいるようだ。
「そんな事はわかってるよ」カルターンはあきれて身支度をそそくさと済ました。
「とにかく、行ってみよう」酒より強く昨日の余韻が残っている。

同じように言われた傭兵がここにもいた。金髪の女戦士マークス。しきりに赤い髪の盗族の女性と話ている。二人とも美しい美貌を兼ね備えている。
「マークス。またあなたに会えたわね」盗賊組合の頭領の愛娘クーリアは鮮やかな皮鎧に身を包んでいた。
「クーリア=レヴィー様もお元気でなりよりです。しかし一体何のため、あたしをこんないい部屋に?」マークスはあどけなく疑問を口にした。
「気にしない。気にしない。もうじきわかることよ」手で払うようにして笑った。

他には、大男ターブスのように体格どうり力でのし上がってきた者。背が極端に低いが素早く手先が器用な白髪の盗賊サレードがいた。

勇者が集まり歯車が回転してゆく………………


え〜これは、約10年前に書いた物であります。実際は一六年前に「D&D」なる物に出逢い、その時にこのバラディアという世界を創ってからであります。
  「愛想編」というからには他に「幻想編」もあります。懐かしいですが手直しして最後まで書ききりたいと思っています。このホームページに出てくるトルド・ニムルもここで創られました。当時のままですがそれも一興かと、では第二話でお会いしましょう。二〇〇一年一〇月八日。(沙門祐希)



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