第9回三田国際マスターズマラソン

さんだ・こくさい・ますたーず・まらそん と読みます。

東京地方の人は「三田」を「みた」と読んでくださるので。
どこかの(あえて名は伏す)PHSの会社も、三田市をみた市と思っているみたい。
Gifの名前がそうなっていたよ。心当たりのある会社、さっさとファイル名を更新しなさい。


さて、三田国際マスターズですが、普段の時間走のトレーニングコースを走るとあって、そんなに緊張はなかったです。 普段のペースで走れば2時間半で帰ってくることはわかっていたから。
福知山のトレーニングのときに、このコースを内包した24キロを走ってキロ6.8分で走っていたので。
しかし、レースでは何が起きるかわからないので、その点では不安がありました。

コースがやや変則で、道を知っていれば、ショートカットができるコースだったからか、参加の人数が多すぎて人間の手での計測が難しいと思ったか、チャンピオンチップを使っていました。

今回のレースは家のそば(少なくともコースは家のすぐ横)がスタートゴールだったので、家を8時半過ぎにでる。
カブタックを結局さいごまで見てしまってから家をでた。

会場の有馬(ありま)高校までは、車で15分くらい。9時前には到着、選手登録しました。
そのまま更衣室の体育館にいったら、ニフティのFWELLが来ていた。
へぇ、こんな大会でも。
そう言えばウルトラマラソンメーリングリスト(UUML)のマークがあれば、それを掲げても良かったカナ? などと 思いつつ、「ちーむりかちゃん」が私一人であることを愁う(^^)。

外はくもり空。寒そう。風はキツイし。集合直前まで体育館でぬくぬくしてました。

10時30分。そろそろ集合なので集合場所に移動。
2車線の道路を使ってのスタートで、スタート直後は直線なのでそんなに滞らないだろうと思っていたら甘かった。
スタートラインを切るまでに3分ほどたってしまいました。

さ、はしろ、と走り出してすぐ、足の甲が痛くなってきた。

AIR MAX でも、同じところが痛かったし、プラストレースF。これでも痛い。中敷きが悪いんだろうか?
プラスルートに中敷きを入れていなければ、足の甲は痛くなかったから、きっと中敷きで足の形が変わったか、 なにかで靴がまともに足をホールドできていなかったんだと思う。

福知山のときには問題がなかったと思うけど、この時は足全体にダメージがあったので、この痛みは誤差として忘れ去られて いるだけで、本当はあったのかもしれない。そして、それを捨て置いたから今ごろ再発? トレーニングのときにAIR MAXをはいて、痛いって思ったときになにか対処を考えればよかったか? とこれを書きながら後悔。

また、靴の中敷きだけど、福知山のときに踵の壁面にマメを作った状態を何ら修復することなく参戦したら、 はやり、この位置にも痛みを感じるようになった。

おいおい、まだ走り出して1kmほどだぜ。

消防署の前の道路を通行止めにして走っているので、緊急時用だろうか、ポンプ車と救急車がコースから外れたところに止まっていた。

21日にレースなのに、15日くらいから風邪を引いてしまって、調子が元々良くなかったせいもあるんだろうか。
このレースのために通行止めとなったコース上にあるガソリンスタンド2件のうち伊丹産業のESSOを越えたあたりから、やはり息が苦しくなってきた。右手に新三田の車庫が見えるころには「何でこんなに心肺機能が駄目になったんだろう」と思うようになってきた。
第3回の福知山までは、筋力はなくても心肺機能だけでフルマラソンを走ったといっても過言では無かったのに。
でも、止まるわけには行かないので、走っているとなんだか、急に体が軽くなってきた。
からだが、このペースに慣れたのか? ランナーズハイか? よくわからないけど、からだが軽くなった。

「吉田屋」を越えて1キロもしないうちに、最初の坂。ここで皆さんペースダウンされている。しかし、この坂の長さと高さはしっかりわかっているので、ペースダウンすることなく上り切った。

人間の記憶が実にあいまいだということを実感したのはほんの数分後。記憶では、この坂を登りきれば、左手に「三田西」インターへの道があるはずだったんだけど。実際は、一旦下って再度小さい坂を登ってから。
この「三田西」への上り坂っていうのがコース上一番長い上り坂。高度ではこの後の坂の方が高いけど、こっちは長い。

一旦下って、再度小さい坂を登ると、すでに折り返した人たちが「三田西」インター向きの坂を上っていってる。

普段、相野駅の向こうまで行って(駅の北の端)折り返しってしてたけど、今回の折り返しはかなり手前。
ここから疲労が増すのに面白くない、と思いながら折り返し。
でもこの時は、他の人が疲労するだけでなく、自分も疲労するということを忘れていた。

少年野球チームのメンバーが私設給水ポイントを設けていてくれた。私が行ったときは水がなかったけど、氷砂糖がおいてあったのでもらった。また、手を出していたので、ポールハドルよろしく手を合わせていった。
この私設給水ポイントを越えてすぐに、三田西への曲がり角。
結構調子よく進んでいった。標高差もさることながら約1キロ続く登り坂。
普段のトレーニングではキロ8分。しかし、今日はキロ6分で走っているせいもあるのだろう。登り坂が結構きつく感じる。
この辺り一帯をテクノパークと呼んでいる。製薬会社の工場? みたいなものの横などを通って坂を上りきる。
上りきって左に曲がり少し進んだ、テクノパークからの下り坂。予想もしなかった右ひざの痛み。結構グサッって感じで。
ここで速度を落として進んだ。
時計を見た。「ここで歩いても一応約束の12時30分にはゆりのき台3丁目のバス停には到達できるな。」と思いつつ、坂を下りきった。

直後の、ゆりのき台への上り坂、後半、橋を渡った後の、藤和ライブタウンの前で「ちあき」と「おばあちゃん(母)」がいる。先週、お歳暮を持っていったときに 応援に行こうか? と言ってたけど「冗談かな?」と思っていた。
見たとたんにガックシ。まさか、本当にくるとは...。この手の冗談は昔から言わない人だったけど。

まぁ、トライアスロンを始めて7年。一度も息子の走っているところを見たことがなかったわけだし、まぁ、良いか、と思って少し目を進行方向にやると、「おじいちゃん」までいるではないですか。

この時の直前まで、ひざが痛かったけど、痛いのがどこかに行ってしまった。

りかちゃんが300mほど並走する。その間に「今日お金を持ってきていないので、迎えに来て。50分後くらいにゴールする。14時くらいに三田駅に来て」と連絡。 りかちゃんはこの300mで精根尽き果てたそうです。

200mほど走ると(ここから普段走っているコースになるので、ここからの距離感はばっちりです)、近所の人が見ている。
「あ、おおはらさん」
笑顔で挨拶をする。


ウッディタウン中央公園の手前までは、笑顔で走っていたけど、ここからの急な下り坂でまた痛いのがぶり返すか? と坂を登りきった時に忘れていたひざが痛いことをまた思い出した。

行きは短かった、伊丹産業(ガソリンスタンド)から有馬高校(スタート/ゴール)までが長い気がする。
ただ、時計をみると、この調子でキロ6分強のままで走ると、2時間10分が切れる、と思ったので、がんばる。

周りに歩いている人が多くいる。歩くっていう誘惑に負けそうになる。

しかし、「ハーフだしぃ(楽勝)」と周りに言っていた関係もあり、ここで止まるわけにはいかない。
それに、今年の初めの高槻ハーフが2時間11分だったので、それより1分でも短く、と思って走った。

結局ゴールのときに2時間9分。実効タイム2時間6分。キロ6分ペースでの完走です。

でも、福知山の完走証についていたレザルトでは、中間地点で2時間1分(歩きを入れていたけど5分44秒ペース)。
ということは歩かなくて済む、ハーフでは2時間を切らないといけなかった計算になりますが、足のアクシデントもあり、この程度で許しておいてください。

チャンピオンチップを使っていた関係でだろう、すぐに時間入りの完走証ができあがってきた。


ぶた汁のサービスがあった。ボランティアが無償で行っているので何も言えないが、もう少し手際よくしてほしいと思った。
完走して「疲れたぁ。あったかいものがほしい」と思って行列に並ぶと、待たされる。体が冷えてしまうぞって思ってしまった。

とまぁ、こんな調子で、97年のレースの幕は閉じました。




関係ないけど、この文章は始めて最初から最後までmule for Windows を使ってみました。
今までは、mifes そして mifes for windows で文章を書いていたけど。
ただ、まだ慣れない。フォントを変えたいけど、いまだによく分からない。
やっぱり、MIFES win かなぁ?


あ、もうひとつ。有馬高校の有馬って、温泉の有馬と同じ有馬だからね。
聖徳太子もやってきた温泉だから、 ありま と読むことは知っていると思うけど。
ちなみに実家のある宝塚市安倉(あくら)の安倉っていうのは聖徳太子が有馬に行くときに 倉を安めたところからきているらしいです。
古墳があるからまんざらうそじゃないよ。

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