21世紀に残したい名曲(洋楽部門)
私の記憶によればレンタルCDの前身であるレンタルレコードが世に普及したのはおそらく70年代の終わりか80年代の始め頃だったと思います。それまでは洋楽の情報を集めようと思っても,自分でレコードを買うか,或いは友達から借りるかパクるか(おいおい),はたまたFM放送をエアチェックするかぐらいしか方法がなかったわけで,そんな情報ソースが限られた環境の中で育ってきた我々ですから,洋楽に関しては多分同じ様な曲を聴いていたのではないかと思っていました。実際この企画を催すにあたり洋楽部門に関しては余り票が割れないだろう,名曲と聞いて思い浮かぶのは同じ様な曲だろうと予想していました。しかしながらいざフタを開けてみると当初の予想に反して結構票が割れてしまいました。みんな苦労しながらもいろんな曲を聴いていたんですね。そんなわけで余り数は多くありませんが,とりあえず投票の結果複数の得票を集めた曲を紹介させて頂きます。
Bohemian Rhapsody(Queen)
1975年に発表されたアルバム「オペラ座の夜」からのシングル。別にこれがクイーンで一番いい曲だとは思いませんし,「Crazy Little Thing Called love」や「Another One Bites The Dust」といった商業的にはもっと成功を収めた曲もあります。にもかかわらずこういう企画で考えた場合にはやはり外せない曲であり,それだけ衝撃度の強かった曲という事でしょう。とにかく録音技術も乏しかった20余年も前に,ロックとオペラを組み合わせたジャンルミックス的な曲をこれほど迄に完璧に作り上げたフレディマーキュリーの才能は凄いとしか言いようがございません。「愛は曲のインスピレーションだ」と語り,性別を超えた真の愛を求めて天に召されたフレディ。今はただその早過ぎる死を惜しむばかりであります。
Hotel California(Eagles)
言わずと知れた1975年の大ヒット曲で,同名アルバムからのセカンドシングルです。アルバムのタイトルソングであり,彼らの意欲作であったにもかかわらず先に「New Kid in Town」をシングルリリースし,2番目のシングルカットとなったのはこれ迄の彼らの作ってきた曲とは余りにも趣を異にしていたので「わしらのようなロックバンドがこんな曲をシングルとして出してもええんかいな?」とちょっとピヨった為と言われています。そんな彼らの心配をよそにこの曲は爆発的なヒットを記録し,この年のグラミー賞も獲得したわけですがこれが果たして良かったのかどうか。
確かにこの曲は彼らの最高傑作の1つでしょうが,逆にこの曲の完成度の高さが災いしてバンド自体の寿命を縮めてしまった様な気がするからです。
Alone Again(Gilbert O'sullivan)
1972年の大ヒット曲。非常に淡々としたフレーズの繰り返しが印象的な曲ですが,内容的にはかなり暗めで寂しい曲。なんでも父親が死んでしまってどうしたこうしたというように,結構描写が具体的で妙に説得力があった歌詞なもんですから,最初この曲はきっと彼の自伝的な曲なんだろうと思われていました。ところが実はこれは全くのフィクションで,当の本人は父親の葬儀の時でもまわりが号泣する中一人だけ泣かなかったぐらいだとか。同情して聴いてると損します。もっとも当時私達はまだクソガキだったわけですから歌詞の意味などどうでも良かったんですけどね。
I don't like monday(Boomtown Rats)
アイルランド出身の6人組ブームタウンラッツの1979年のヒット曲。これは同年のとある月曜日にサンディエゴで起こった女子学生の銃乱射事件をモチーフに作られた曲です。多数の死傷者を出したのにも関わらず動機をきかれて彼女は「何も無い。ただ月曜日が嫌いなだけだ」と答えたとか。まあいつの時代にもキレた子供というのはいるもので,ゴルフのクラブで人をバシバシ殴る「プロゴルファー玲子」と同じくらい恐い女の子であります。
そしてその女の子がのりうつったかの様に,感情タップリに唄うボブゲルドフの自己陶酔型のボーカルがまたスゴイ。一歩間違えればキワモノで片づけられそうな曲ですが,それをちゃんとしたエンタテイメントに仕上げている点にアーティストとしての力量を感じます。
この曲も良かったけれど以降のボブゲルドフの輝かしい功績も21世紀に残したいですね。
Stairway to Heaven(Led Zeppelin)
レッドツェッペリンの人気を確固たるものとした通算4枚目のアルバム「Led ZepplinW」に収録されていたナンバー。シングルリリースはされませんでしたがツェッペリンの中で最も知名度が高く最も人気がある曲と言って良いでしょう。かくいう私も学生の頃,文化祭や学園祭でアマチュアバンドがこの曲を演奏しているのを死ぬほど聴きました。おそらくこの曲を聴いてギターを始めようと思った人も多いのではないでしょうか。
ツェッペリンと言えば「ハードロック」のイメージが強いですが,彼らには,というよりギターのジミーペイジには様々なジャンルの音楽についての素養があったのでしょう。この曲についてもブルースやクラシック,ケルトミュージック等幅広い分野の音楽に対する彼の確かな知識とセンスを感じます。
Layra(Eric Clapton)
クラプトン先生がヤードバーズ,クリーム,ブラインドフェイスを経て結成したバンド「デレク&ドミノス」時代に作られた曲。これはもうロックの古典というべき存在で特にイントロのギターのリフは超がつくほど有名。それにこいつも有名な話ですが,これはビートルズのジョージハリスンの(当時の)夫人であるパティ・ボイド・ハリスンへの邪な恋心を綴った曲でもあります。大体他人の嫁はんの為に何で曲作ってんねん!という気もしますが,後に2人は結婚する事になったのですからまあ良しとしましょう。この曲が紹介される時には必ずこのエピソードを取り上げられるのでクラプトン先生も気の毒です。
話を元に戻しますが,この曲は前半部と後半部で曲調が大きく変わります。前半は前述のギターのリフに代表されるロック調,後半は一転してピアノのソロをメインとするバラード調となります。個人的にはこの後半部分は要らないのでは,と当時思っておりました。事実この曲を聴く時私は途中でテープを止めていました。
何か深い意味があるのかもしれませんが私にゃ分かりません。
Highway Star(Deep Purple)
1972年に発表されたアルバム「マシンヘッド」の収録曲。このアルバムは「Smoke on the water」「Lazy」等の名曲も収められている彼らの代表作で,ロックの名盤と評されているものです。ディープパープルはメンバーチェンジが非常に激しいバンドで,ちょっと油断していると「こいつ誰やねん?」という奴がメンバーに入ってたりしていたわけですが,このアルバム「マシンヘッド」のおかげで,そしてこの名曲「Highway Star」を生み出したが為に当時のメンバー,俗に言う「第2期ディープパープル」がバンドとしての最盛期であったと言われているのではないでしょうか。そしてディープパープルの象徴と言えばやはりギターのリッチーブラックモアという事になるのでしょう。この「Highway Star」においてもスピード感に溢れ実にパワフルで独創的な彼のギターワークは確かに聴きごたえがあります。しかしながらこの曲に関する限り一番注目(注耳かな?)すべきは鬼気迫るイアンギランのボーカルではないかと思います。この曲もまた当時学校の文化祭や学園祭でアマチュアバンドによってよく演奏されていましたが,大抵はコケていました。それはリッチーのギターは忠実にコピーされていても,ギランのボーカルは到底再現できなかったからに違いありません。
We are all alone(Boz Scaggs)
1976年に発表されたアルバム「シルクディグリーズ」の収録曲で「AORの最高傑作」との呼び声高い彼の代表作です。AORとは「Adult Oriented Rock」の略で,私は専門家ではないのでどう定義してよいものやらよくわかりませんが,簡単に言えば「なにやら都会的・どことなく洗練されたイメージ・お子様が聴いてもちっとも楽しくない曲」という事になるのでしょうか。例えばデートでドライブしている時などにBGMとして聴くには「Highway Star」よりはこちらの方がウケがいいように思われます。まあ相手にもよるでしょうが。それはともかく,この曲はこのページで取り上げている曲の中でもメロディの美しさではピカイチと言って良いでしょう。割とシンプルな曲のように聞こえますが,実は結構凝ったコード進行になってたりするんですね。この辺はプロデューサーであるデヴィッドペイチの面目躍如と言ったところでしょうか。
WIthout You(Nilsson)
ビルボードのヒットチャート1位にも輝いた1972年のヒット曲。ニルソン自体もシンガーソングライターではありましたが,この曲は悲劇のグループ「バッドフィンガー」によって作られたものであります。当時この曲をふと耳にした彼は「これは絶対ジョンレノンの曲や」と信じこんでいたそうで,ビートルズの曲を片っ端から聴いてみたが見つからず,最後にようやくこれが「バッドフィンガー」の作品である事をつきとめた彼は,この曲を自分で書けなかった己が非力さを悔やみながらこの曲をレコーディングしたと言われています。でもこれがレノンの曲ならニルソンがこの曲をレコーディング出来たどうか疑問ですし,そんな悔やむ事も無いと思いますが・・・・。またこの曲は洋楽カラオケにもよく収録されているので耳にされた方も少なくないと思いますが,「耳にしない方が良かった」という方もまた少なくないでしょう。素人がカラオケで唄いこなすにはかなり無理があります。後にマライアキャリーがこの曲をカバーした様に唄いこなすにはかなりの高音をカバーできる声域が必要となるからです。特に高血圧の方は唄うのは差し控えましょう。血管がキレるやもしれません。そしてこの曲を聴くたびに使い古されたこのフレーズを思い出します。「ボーカルもまた1つの楽器である。」と。
Dancing Queen(ABBA)
1977年のヒット曲。アバはスウェーデン出身の夫婦2組(戸籍上はどうか分からんが)からなるバンドで,各々のファーストネーム,ビヨルン・ベニー・アグネッタ・アンニフリッドの頭文字を取ってABBAと名づけられた次第です。大体こういうショボイ方法で名前をつけたグループはあまり大成しないのが世の常ですが彼らは違います。全英ヒットチャート1位を獲得した曲9曲,トップ10入りを果たしたシングル18枚と,レコードセールスと言う点からみれば恐らくはビートルズをも凌ぐヒットメーカーと言って良いでしょう。そして彼らの曲の持ち味は何といっても世界共通的な分かり易さ,どの国でも受け入れられやすい親しみやすい曲作りにあるのではないでしょうか。この曲もアメリカ・ヨーロッパだけでなく日本でも結構ヒットしましたし,当時日本で流行っていた歌謡曲と並べて聴いてもそんなに違和感が無かった様な気がします。それにしても恐るべきはスウェーデン産ポップスというやつで,近年のエイスオブベイスやカーディガンズに代表される様に,こやつらは時として世界の音楽シーンを席捲したりする事もあるので要注意です。
Just the way you are(Billy Joel)
1977年に発表されたアルバム「ストレンジャー」からのシングルで,実に素朴かつストレートなラブソング。ビリージョエルは希代のメロディーメーカーだと思いますが,彼が作ったバラード調の曲でヒットチャートの上位にランクインされたのは多分これだけです。ちょっと意外な感じがしますが,ビリージョエル本人は自分の事を「ロック歌手」と思っているそうなのでこの事実にはナットクなのかもしれません。
A Man I`ll never be(Boston)
1978年に発表されたアルバム「Don't look back」からのセカンドシングルで,マッドサイエンティスト系アーティスト,トムショルツのギターが冴え渡るメロディアスなプログレ風バラード。我々はどうもこのボストンというバンドにえらくバイアスがかかっているようで,別ページの企画である「アルバム部門」では多分票が集まるものと予想されましたが,まさか「シングル部門」にもボストンに票が重なるとは思ってもいませんでした。この企画自体の信憑性が疑われる様な気もしますが,当時プログレハードいうジャンルはトトやエイジア,ELOなど数多くのバンドが手がけており,それだけ結構メジャーな路線だったと言えるかもしれません。しかしボストンだけは他のプログレハードのバンドとは少しタイプが異なっていました。彼らの音楽の特徴は何と言ってもコンピューター・シンセサイザーを一切使わない曲作りにあります。「それは単に使いこなせなかったのではないのか」と思われるかもしれませんが,リーダーのトムショルツはかのマサーチュセッツ工科大学の出身というぐらいですから,使いこなせないどころかあり余るぐらいの知識があった筈です。それなのに敢えて使わなかったんですね。わざわざアルバムのクレジットに「ノーコンピューター・ノーシンセ」である事を必ず明記していたぐらいですからこの点には相当こだわりがあったのでしょう。この曲にもそんな彼らのポリシーが貫かされているそうで,だとすればこれだけ宇宙的で壮大な程の音の広がりを持つ曲に仕上げるのに一体どれぐらいのミックスダウンを重ねたのか想像もつきません。そこまでのこだわりが必要だったのかどうか私にはよくわかりませんが,日本人なら誰でもこの様な「無添加無着色長期間熟成天然素材手作りモノ」には好感が持てるのではないでしょうか。
Scarborough Fair(SImon&Garfunkel)
1966年に発表されたアルバム「パセリ,セージ,ローズマリー&タイム」の収録曲で独特の美しさ・もの悲しさを持つ異色のバラード。イギリスに古くから伝わる民謡をベースとし,これに反戦の意味を込めた詠唱の部分をつけ加えて作られた曲です。この民謡の部分はイギリス北部の小さな村であるスカボローの市場へ向かおうとする旅人と,その旅人に対してスカボローに住むかつての恋人へのメッセージを託す主人公との対話の形で進められているのですが,そのメッセージというのが実に不可思議・非現実的なものなんです。曰く「針を使わずに縫い目のないシャツを作れ」だとか「革の鎌で草を刈れ」とか昔の恋人に無理難題をふっかけているんですね。これは昔の恋人にふられた主人公がその腹いせに嫌がらせをしている,という事ではどうやら無いらしく,実はこれ主人公が妖精か何か魔界の住人で道行く人間に無理問答を仕掛けている場面なんだそうです。そう,「スフィンクスのなぞなぞ」みたいなやつですね。それを察した旅人はまともに受け答えすると自分の身が危険であると感じ,魔除けの効果を持つ「パセリ,セージ,ローズマリー&タイム」と言う言葉をただひたすらえんえんと呪文の様に唱え続け,そうする事で自分の身を守っているとそういう詩なんだそうです。しかしポールサイモンは何でこの様な意味を持つ民謡に,反戦歌を重ねあわせたのでしょう。まあ考えてみれば「戦争」そのものが人類最大の「無理問答」みたいなものでしょうけど。