最初にボツにした曲
バンド結成後最初に選曲したのはサザンの「勝手にシンドバッド」と甲斐バンドの「ポップコーンをほおばって」でした。
前者の方はともかく,後者の方は1,2回練習して余りの出来の悪さに演るのを諦めてしまいました。
これが記念すべき?ボツソング第一号となりました。

印象深い演奏
バンド結成時に大矢とワタシが決めたバンドのコンセプトみたいなもの。
それは「人を楽しませる事なんて到底無理だからとりあえず自分達が音を楽しもう 。」という事と「ボーカルを固定すると聴いてくれる人が飽きてくるのでみんなで分担しよう。」という事。そして「基本的にコミック系バンド」という事
それが一番いい形で実現できたのが1989年夏のビアパーティーの演奏 だったと思います。
この時は練習量も多かった分演奏自体の出来も結構良かったし,ほぼ全員がボーカルを受け持つという構成も実現できました。
個人的にはちょうどこの頃腎臓を患っており,演奏が終了すると同時に激痛でブッ倒れるというアクシデントもあったせいで,今でも最も印象深い演奏として記憶に残ってます。

得意技的なもの
僕らがよく演るのは80年代の国内外のヒット曲です。やはりこの頃の音楽を一番聴いていましたからね。
逆に最近のヒット曲は余り選曲しないです。余りよく分からんというのも有りますが他にも理由というか言い訳が2つあります。
1つは最近のヒット曲はコンピューターの打ち込みで作られている場合が多いので演奏しずらい為。
もう1つは例え今流行っている曲でもそれを練習しマスターし実際に演奏する迄にはかなりのタイムラグがあるので曲の鮮度が落ちる為です。
「半年ぐらい前に流行った曲」とかいうのが一番中途半端な気がしませんか?それならまだもっと昔の曲,ある程度スタンダードナンバーを演奏した方がいいように思えるからです。
バンドで得意?にしているのはメドレーや,タイプの異なる複数曲を組み合わせて作るコラージュ的な曲の演奏です。前者はグループサウンズやビートルズ,クリスマスソング等のメドレーを,後者の方はロック+演歌,ロック+アニメソングのミックス曲などを演奏しました。
これらは両角氏が単独で作る場合とワタシがベースとなる部分を作ってバンド全員で仕上げる場合の2パターンがあります。
逆に演奏しない(できない)のはヘビーメタル系の曲です。でもディープパープル等のハードなロックは演ってみたいです。
メタルとハードロックでは全然違いますからね。ディストーションのかけ方とかそういう音質の違いだけではなくて,メタルは重厚だが単調なフレーズの繰り返しが主であるのに対し,ハードロックはもっとメロディ重視という感じがしますもん。偏見かもしれませんが。

マメな衣裳係
演奏する日が近づいて来ると谷本氏は必ずこの言葉を口にします。
「衣裳どないしましょ?」
「他に心配する事あるやろ」と思いながらも適当に希望を伝えると,彼はどこからともなく1着500円ぐらいの服を調達してくるんですね。
全く大したもんです。
あれはバンマス大矢の結婚式披露宴の2次会での演奏の時だったと思いますが,その当日近くになって例によって谷本氏が「衣裳どないしましょ?」と相談しに来たんですね。
ワタシはその2次会で司会も担当する事になってましたのでそんな事考えてる余裕が無く「まあおめでたい席やしな。君がチョンマゲのお侍さんで西野が雷様。そんで原口はアラビア人みたいなやつ。」といい加減な注文をつけたんです。
普通はいくら注文されてもこんなもの用意できませんよね。でも彼は違います。
次の日ちゃんと調達して来てました。アラビア人の衣裳なんか手作りですもん。恐れ入りました。

原口先生のコスプレ
上で書いたアラビア人の衣裳なんですが,これがまた原口が着るとめちゃめちゃ似合うんです。
日本広しと言えどここまでアラビア人の衣裳が似合う奴はそういないと思います。
そんなわけでしばらくは演奏の度原口にはこの衣裳を着させていました。
ちなみにバンドのロゴマークもアラビアン原口がモデルであります。
その衣裳も今やどこにあるのか消息不明になってしまったので,そろそろ新しいコスプレをしてもらおうと思ってます。
候補はこんな感じ。
@メキシコ人。
Aスコットランド人。
B丁稚どん。
Cダースベイダー。
D忍者。
E平安時代のお公家さん。
さあて谷本はこれらの衣裳を見事調達できるのでしょうか。



ギタリスト両角氏の謎
はっきり言ってバンドの元花形プレーヤー,両角俊朗氏は凄腕のギタリストです。
どんな曲でも40分あればコピーできるらしいし,楽譜がなくてもそれなりにアドリブで弾けちゃう人です。 音楽的なセンス・才能はバンドの誰も彼にはかないません。
ところがいざステージで演奏するとなると,よくズッコケるんですよね。別に緊張しやすいタイプではないし,あがり症ってワケでも絶対ないです。バイクに乗ってる時はどんなカープでもめったにスピード落とさないぐらいですから度胸も人一倍すわってます。
なのに何故なんでしょうね。ひょっとしたら他人の作ったフレーズを弾くのが余り好きじゃないのかもしれません。

ドラマーてんこもりの謎
ふつうバンドをしようと思っても一番みつかりにくいのはドラマーの筈ですよね。
子供の時からピアノを習ってたり,趣味でギターを演ってる人はそこそこいますが,ドラムというのはそのテの楽器ではありませんし,また誰がやってもマスターできるというものでもありません。天性のリズム感というものが一番問われる楽器だと思います。
それなのにウチのバンドは,というかウチの会社はドラマーが多いんですよね。山上氏,大矢氏は学生バンド時代からのドラマーだし,実は両角氏も本職はドラムです。西野君,八幡氏は多分学生時代はバンド活動とは無縁だったと思いますが,何故かドラムを叩けるし,非常に友人・知人が少ない事で定評のある私がこれだけ知ってるぐらいですから,ひょっとしたら会社の中には私の知らないドラマーがワンサカいるのかもしれません。バンドより鬼太鼓座みたいなのをやった方が手っ取り早いんじゃないでしょうか。

高価な花瓶の謎
これはちょっと名前を言いたくないので仮にMさんとしときましょう。Mさんある日13万円もするアルトサックスを買ったんです。ちょうど消費税が導入された頃の事で,代わりに廃止された物品税の恩恵を受けて楽器が値下がりしていた時分です。
当時消費税率は3%,楽器にかかる物品税率は15%でしたから,単純計算で12%のプライスダウンだと,これはお買い得だと。Mさんそう考えたらしいんですね。ところが買ったはいいけど,全然使っている節が無いんですよね。噂によると家で花を活けたりしてるらしいです。花瓶としてはちょっと高いんじゃないでしょうか。それにしても何故使いもしないサックスを買ったのでしょうね。これも結構謎です。
しかしバンドのMさんって・・・・バレバレやな。

怪しい中華料理屋の謎
これは営業妨害になるので本当に名前はだせませんが,バンド練習後よく行く中華料理屋があるんですけどこの店がちょっとおかしいんですよね。
例をいくつか挙げてみると
@1日10食限定のメニューが夜10時になっても残っている。
Aギョーザを頼むと食後に持ってくる。(ギョーザはデザートか)
B変な店員を雇っている。顔が全部髪の毛におおわれていて「リング」に出てくる貞子ちゃんに似ている。
Cその店員に「焼きめし」と「五目そば」を頼むと何故か「焼きそば」を持ってきそうになる。
Dなのに原口は何故かその店員を気に入っている。
と書けばまだまだあるのですが,この店の最大の謎は
客がいないのに店がつぶれない。」これです。これだけは理解できません。
じゃあ何故我々がその店によく行くかというと理由は簡単です。空いてるから。

こんな人がバンドに欲しい
そろそろ新しいメンバーが欲しいなと思っているわけです。
こんなバンドですからより好みはできないんですがこんな人が入ってくれたらいいなと思ってます。
@体育会系の人。すなわちバク転とかバク宙とか出来る人。
Aホラー系の人。すなわち火を噴いたり血のりを吐いたり出来る人。
B手品師系の人。すなわちハト出したりステージから消えたりできる人
C器用なブラスバンド系の人。すなわち法螺貝で音階が吹けたりする人。
知り合いに上記の様な方がいたら御一報下さい。
でも「@からCまで全部できる人」の場合は紹介しないで下さい。ちょっと恐いので。

部室コンサート開催!
谷本部長の掲げたミレニアム5大企画の中で最も実現困難と思われていたもの, それが「部室でのコンサート開催」という企画でした。
「そんなもん誰が聴きに来てくれるねん?」という唯一にして最大の問題があったからです。
そんなわけで半ば諦めていたのですが,心優しく情け深い人達がたくさん協力してくれて,なんとか実現する事ができました。
しかも予想を大幅に上回る人達が集まってくれたので2回公演を行なう事ができました。
部室に足を運んで頂いた方達にここで改めて御礼申し上げます。
世の中まだまだ捨てたもんじゃないですよね。
このような人達がいる限り,わざわざ24時間テレビで募金集めなくても 地球は救われそうです。
そんなわけで,2000年5月23日と5月29日に奇跡的に実現できたこの部室コンサート。
その中で印象深かった出来事を幾つか簡単に紹介します。(詳しくは谷本氏迄)。

@謎のイタリア人襲来
一回目のコンサートの時,突然部室に現われた謎のイタリア人集団。
僕らの動揺を誘うだけ誘って風の様に去って行った彼らは一体誰?その目的は何?
A砂恵さん 大いにヘコむ
今回の"企画もん"として実施した砂恵さんによる「Energy Flow」のキーボードソロ演奏。
鍵盤不足を解消する為オクターブ差をつけた2台のキーボードを 並べて演奏するという,むしろ"曲芸"に近い難題に取り組んだ砂恵さん大苦戦。
企画自体に無理があったにもかかわらず,その夜砂恵さん相当に落ち込んだ様子。
夕食少食にして焦燥と憔悴と傷心の御就寝とか。
B砂恵さん リベンジす
ところが世の中何が幸いするのか分からないもので, これにより彼女の中で永らく眠っていた"音大魂"に火がついた模様。
彼女昼休みを半ば返上して練習をし,キーボード2台の配置を替える等の工夫を重ね, 2回目の演奏では見事リベンジに成功。良かった良かった。
しかしせっかく点火された火もどうやらすぐに消えてしまったようだ。
オリンピックの聖火台みたいな奴。
C土産が足りない
今回の集客対策として私がNY旅行時に買ってきたお土産5個。すなわち5人分。
「お土産付なら何とか5人くらいは来てくれるやろ」という姑息な打算と希望であったが どうやらその倍以上の方々に来て頂ける事が分かり嬉しいやらビックリしたやら。
あわてて他の人にあげる予定の土産をこちらへ流用し,それでも足りない分は 「ニューヨーク土産の代わりに入浴剤」という昔ながらの古典的ギャグでごまかし なんとか人数分を確保。
でもこれぐらいの苦労はなんでもございません。
"贈り物"をもらったのはむしろ僕たちの方なのですから。
C原口氏 無念の遅刻
砂恵さんのピアノソロ企画と平行して秘密裡に進めていた原口氏のマル秘企画。
彼は単なるアラビア人ではなく,何を隠そう唄って踊れて楽器も弾けちゃう 理系エンターテイメント型サイバーアラビア人なのだ。
前日に入念なリハーサルを行ない,かなり気合が入っていた様子であったが 当日出張先から予定通りに帰って来れず,彼が部室に辿り着いたのは本番終了後。
"秘密裡"に進めてはいたが本当に"秘密"のまま終わってしまうとは実に残念。
でももったいないので次回に繰り越す事とします。次回があれば,の話ですけどね。

20世紀最後のビアパ演奏回顧
2000年7月28日に行なった今世紀最後の(と言っても何も特別な事はしていないが)ビアパ演奏を 振返ってみましょう。
@今回の衣装(原口編)
コンセプトは「"ゼンジー北京"風中国のインチキ手品師"」。
しかし何を着せても本当に似合うなあ。
羨ましいような,羨ましくないような・・・。

A今回の衣装(除原口編)
谷本氏の自作オリジナルTシャツを使用しました。
よくもまあ同じものを9枚も作ったもんです。
それに写真だと分かりづらいかもしれませんが,実は胸のプリント絵柄部分が通常よりもずいぶん 上の位置にあるんですよね。
これは谷本氏のミスかと思いきや,さにあらず。
「通常の位置だと楽器を持った時にプリント部分が見えなくなるから。」なんだそうです。
この辺の気配りはさすがというしかありませんね。
確かに谷本氏の力作には違いないんですが,ここで一言言っておきたい。
ちょっとそこの笛吹君。そんなもの着てJR乗らないように(笑)。

B今回の目標
「曲と曲の間に無駄な間を空けない。」というものでした。
曲毎に音色や調が異なるのでどうしても間が空いてしまうんですが, いつもはその間を「無意味なトーク」で繋いでいたんです。
これが「安っぽい歌謡ショー」みたいな感じがしてすごく嫌で, 「しゃべり」ではなくなんとか「音」で繋ぎたいなと。
そこで演奏持ち時間にも余裕があったので 「ルパン3世のテーマ」を急遽1曲目と2曲目の間に,ついでに「マイシャローナ」のイントロのリフを 2曲目と3曲目の間に夫々挟む事にしたんです。
これを決めたのがビアパの1週間前。しかもどちらも譜面無し。
「ルパン」の方は砂恵さんが採譜するところからスタート。
「マイシャローナ」に至っては谷本氏と八幡氏の記憶だけが頼り。
やると決めたものの,こんな状態で果たして間に合うのか非常に不安でした。
もし間に合わなかったら原口君に「手品ショー」でもやらせようかと・・・。
密かにそう覚悟しておりました。

C今回の演奏
「ジタバタするなよ。世紀末が来るぜ。」(シブがき隊『NAI NAI シックスティーン』より)
彼らがそう予言した通り,世紀末のビアパ間際になってかなりジタバタしてしまったわけですが, その割には結構いい出来だったと思います。
演奏直前迄「やっぱり原口の手品ショーの方が・・・」と不安でしたが 多分本番の演奏が練習を含めても一番出来が良かったと思います。みんな頼もしい限りです。
しかしもちろん反省もあります。
それはみんなの演奏中の表情が非常に暗い事。
ルパンに笑顔を盗まれたのでしょうか?
なんか罰として弾かされている様な・・・そんな感じでしたね。
それだけ必死,全く余裕がなかったという事でしょう。
でもボーカルとは違って楽器弾く方は大変ですからね。無理もないです。

D今回の部長命令違反
ビアパ当日,谷本部長より厳しいお達しがございました。
「演奏が終わる迄飲酒禁止!」
うーむ。シビアっすね〜。
斎藤嬢に至ってはビアパ一週間前から禁酒命令が出されていたそうでございます(驚&涙)。
しかし残念ながらこそっと命令を守らなかったものが数名いた様です。
え?私?私はいいのでございます。
ボーカルはちょっと飲んでた方がむしろ唄いやすいのでございます。多分。

E今回の病人
ビアパ終了後,例によって12時過ぎまでカラオケボックスで 打ち上げしてたわけですが,今回は斎藤嬢も終電に間に合ったみたいだし 平穏無事に終了・・・と思いきや谷本氏に異変発生。
唄いすぎで喉を傷つけ出血。そこから菌が入り翌日39度の高熱でダウンしたそうな。
これをご覧のみなさん,くれぐれも唄いすぎ・はしゃぎすぎには注意しましょう(笑)。

21世紀最初のビアパ演奏回顧
早いもので上のエピソードを書いてから約1年が経過しております。
新世紀を迎えてもやってる事は同じ。今年もビアパでの演奏をさせて頂きました。
今年は例年より早い7月13日(金)の実施。
うーむ,13日の金曜日か・・・・とイヤな予感が一瞬脳裏をよぎったりもしましたが 別にクリスチャンでも無ければ信心深くも無いので,さほど気にはしていなかったんです。
が,まさかそのせいでもないんでしょうが,今年はいろいろバンドとして 「初体験」の出来事が多かった様に思われます。
思いつくままにいくつか挙げてみると・・・・。
@初めての"うわーっ雨降ってる!"
演奏日当日,一番気がかりなのは何と言っても天候です。
これまで何回も屋外で演奏してきましたが,雨が降った事は一度もありませんでした。
しかし悪運ここに尽きたか,今年はついに雨。
しかも楽器をセッティングし終え,これから演奏を開始しようかという間際になってです。
さすがにあわてました。借物のミキサーは毛布でくるみ,自前のキーボードはサランラップ (突然だったのでこんな物しか無かった)でつつんで雨を凌ごうとしましたが・・・。
しかし所詮サランラップはサランラップ。鮮度は保てても防水効果はさほど無し。
こりゃ,いよいよやばいな・・・と思い始めた時になんとか雨が止んで事なきを得ました。
この様に今年のビアパは例年に無い波乱のスタートとなったのでございます。
A初めての"誰も知らんで,こんな曲"
ビアパ演奏に際してはなるべく知名度の高いポピュラーな曲を選曲する様にしていました。
よって洋楽の曲などは真っ先に除外。やっぱり嗜好層が狭いですからね。
しかし,今年初めて洋楽をチョイスさせて頂きました。
ワタクシの個人的趣味と,最近めきめきギターの腕が上達している佐藤君にオイシーところを 持っていって欲しいなという親心?から下した決断です。
しかもビートルズとかカーペンターズとか言うのならまだしも,ボストンですからね〜。
画期的と言えばそう言えなくも無いですが,案の定 約2名程しか聴いてくれてませんでした。
でも満足。満足。
B初めての"よー練習したなー"
今年の演奏曲の中には昨年の冬から練習を重ねて来たものもあったし,更に6月には十三のスタジオ に朝から閉じこもり1日強化合宿を取り行なうなど,例年に比べかなりの練習を重ねて積んで並べて奉って本番に臨んだわけです。
よって理論的には今回がバンド史上最も良い演奏になる・・・筈だったんですけどね。(Cへ続く)
C初めての"うわっ,やってもた!"
ところどっこい,世の中そううまくはいかないもんなんですね,これが。
実際のところ,練習量の割には近年では一番苦戦した演奏だったんじゃないでしょうか。
これ迄はなんとか避けてきた「曲の途中で演奏中断→もう1回やり直し!」っていうのも やらかしてしまいましたし・・・
とは言え,(聴いてくれた人達に申し訳ないと言う気持ちは勿論ありますが),僕ら自身はまあ楽しく演奏できたので, さほど気にしては無かったんですけど。
ところが約1名程妙にヘコんでいる奴がおりまして・・・・(Dへ続く)
D初めての"申し訳ございません"
次の日某メンバーから他のメンバーに"詫び状"が届きました。
その差出人曰く,どうやら自分が「今回の演奏ミスの主犯」みたいに思ってるらしいんですね。
確かに「間違えると1番目立つ」パートではあったので,そんな気がするんでしょうけども。
まあ損な役回りですわな。アンラッキーですわな。貧乏くじですわな。
文面を見ると本人えらく反省している様で,
「今後演奏中におしゃべりしない。」「今後カンペはしっかり貼る。」
と心に誓ったそうであります。
誓うな,そんな事。
E初めての"おっ,外は明るいやん!"
例によって,ビアパ終了後にまた打ち上げをしたのですが,何故か今年は 異様にテンションが高かったんです。
飲み屋を追い出された時には既に終電は無く,やむなくカラオケボックスへ避難するハメに。
しかしハイテンションと言えどそこは社会人。学生時代とは違い午前3時を過ぎる頃になると さすがに疲れてきました。約1名(当然 原口)を除いては。
以降はさながら雪山遭難者状態。睡魔と戦い,下がりゆくテンションと格闘しながら やっと迎えた始発電車の時間。
なんかやたらと嬉しかったっすね。妙な満足感がありました。
最後にみんなで「サライ」を合唱しました。
何も救ってないのに。

MIDI検定試験に挑戦!
ある秋の日の事,楽器屋の書籍コーナーで「MIDI3級検定試験ガイドブック」と いう本を見つけたんです。
こんな資格って世の中にあったんですね。
ちょっとアカデミックな感じもするし,逆になんとなくうさん臭そーでもあるし。
それに「俺 MIDI3級やで。」とか言いながらライセンスカードをちらつかせたりしている姿を 想像しただけで笑ってしまうような。
そのくせ資格としての将来性もなんとなく有るような無いような・・・
そんないろんな想いにかられながら,取りあえず検定試験を受けてみる事にしたんです。
賛同してくれたのは八幡・原口・佐藤とワタクシ(森)の4名。
その日から「全員合格」を目標に久々の"受験生"生活が始まったのでありマス。
少々自己満足気味ではありますが,結構頑張りましたよ〜。
毎週1回小テストを行ないましたし。
受験日の2週間前には宮城県花巻市で勉強合宿も行いましたし。しかも日帰りですよ。
「それは単にわんこ蕎麦食べて温泉入りたかっただけやろ。」という声も巷では 聞かれますが,とんでもない。馬鹿な事を言わないで頂きたい。(怒)
確かにわんこ蕎麦屋にも温泉にも行きましたが,それはあくまで副次的なもの。
わんこ・温泉以外は行き帰りの飛行機も含め,殆ど勉強に費やしていたのでございます。
実はこの強化合宿にも驚くべきエピソードが隠されているのですが, それはまた別の機会に紹介したいと思います。
そんなこんなで錆付いた脳細胞を刺激する事 約3カ月。
そして迎えた2001年12月16日の試験当日。
試験会場であるキャットミュージックカレッジに足を運んでみてビックリ。
他の受験生の若い事若い事。
髪の毛は茶髪で,着ているシャツにはドクロマークとか入ってるし。
どう考えても我々が最年長であるのは一目瞭然。
「この中で家のローン払てるんは俺ぐらいやろな。」
と八幡さん苦笑い&ため息。
そんなゼネレーションギャップに悩まされながらも試験問題と格闘し,
試験終了後,結構手応えがあったので嬉しくてはしゃいでいると 試験官に静かにする様注意される始末。
当然 その試験官も2回りぐらい年下なのだが。非常に情けない。
かくして数十万円の巨費を投じた,笑いあり涙ありの受験生生活は罵声と冷笑の中で幕を閉じたわけですが 果たしてその結果は・・・・
ジャーン!
全員無事に合格しました!しかも八幡・原口の両氏は100店満点のパーフェクト合格!
最高の結果に大満足しているわけですが,でもMIDIについて我々にあれこれ聞くのはやめませう。
もう忘れたので。


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