〜用語解説〜

表題・目次
 
もん吉
 僕たち山歩会員が入り浸った居酒屋。食べ物も酒も圧倒的に安い! もやし一皿が50円…。未だかつて、こんな安い「アテ」を僕は見たことがない。この安さについては、この一週間の最終日「土曜日」を読むとよくわかる。しかし、この店も地上げの被害に遭い、なくなってしまった(泣)
 
天下一品
 京都の学生でこの名前を知らなければモグリだ! ラーメン専門店、学割あり。僕は今でも学割で食べたりする(笑) 唐辛子味噌とおろしニンニクが入れ放題。そうなると、当然、翌朝の腹具合は…。農学部前店にはいまでも懐かしいおっちゃんがいる。すっかりよぼよぼになっちゃったけど。
 
コンピラ
 洛北・大原にある岩登りのゲレンデ(練習場) 標高600m弱の岩山。「M」「K」「北壁」「チムニー」とはそれぞれ岩壁の名称。僕たちはここでトレーニングを繰り返し、「本ちゃん」と呼ばれる北アや八ヶ岳、その他の岩壁へと挑戦していったのだった…。
 
BOX
 京都の大学ではクラブ部室のことをBOXと呼ぶ。山歩会のBOXは教養部地下にあり、学生運動華やかなりし頃、「解放」と称して不法占拠し、そのまま現在に至っている。かつて、教養部構内は治外法権的色彩が強く、80年代前半でもまだ赤ヘル兄ちゃんたちがデモを繰り出し、投石騒ぎを起こし、機動隊と揉み合い、懐かしき学園紛争時代の雰囲気を醸し出していた。そういえば教室前で鉄パイプで殴り殺された活動家もいたっけ。その血痕はいつまでも廊下にこびりついていた…。
 
百万遍
 京都大学近辺、学生街の中心地。ここにある「百万石」という中華料理店のそばにあるコピー屋で、かのグリコ森永事件の「怪人二十面相」による脅迫文がコピーされたことは(一部で)あまりに有名。
 しかし、あれから十数年の歳月が流れ、ここはすっかりさびれてしまった…。夜半前には人通りも途絶え、飲み屋も閉まってる…。最近の学生は酒を飲まへんのか?
 
大原のどぶ掃除のバイト
 洛北大原の三千院参道脇を流れる呂川という「どぶ」を美しくするために駆り出されたのが、われわれだ。夏、どろどろの汗をかきながら、身体中にどぶの臭いを染みこませ、ゴミを拾い、デッキブラシで川底のコンクリを磨く。ちょっとでも手を休めると「志ば久」という漬け物屋のおやじにめったくそ怒られる。僕の記憶のなかでは、しば漬けの匂いはどぶの臭い、今でもしば漬けを見るとどぶの臭いを思い出す…(笑)
 で、これで日給7千円。ん〜、当時の学生にはなかなかの収入だ。
 
イワタケ
 BOXから、というよりも、京大教養部から正門から歩いて一分のところにある雀荘。吉田神社参道の脇に入り口があってそこから入るのだが、なんだか裏口からこっそりと入っていくような怪しい雰囲気だった。たしか雀荘の看板などかかっておらず、そこが雀荘かどうかなんてわからなかった。他に表玄関(?)でもあったのだろうか。なかはそこらの雀荘とちっとも変わりません。
 
承認
 山歩会では、提出された山行計画に対して、例会で承認を与えた。これは山歩会として正式に承認するという意味で、山歩会の所有する共同装備(テント、ザイル、その他)を貸し出し、また、遭難が発生したときには遭難対策費として山歩会保険(毎年全員が積み立てる)から拠出することを意味した。しかし、例会で不承認となった計画は僕の知る限り、ない。全員がルートの難易度と自分の技術・体力などを十分考慮した上で、計画を提出する(はずだ)からだ。「おまえの技術では死ぬぞ」「そんなヘボい技術で登れると思っているのか」などという手厳しい発言があって、さんざん危険性が指摘されても、最後には「死ぬつもりなら行ってこい」と承認が下りたように記憶する。そんなときは、自発的に計画を修正するか、計画通りに行って逃げ帰ってくるか、どちらかだ。
 
みそら
 農学部前にあった飲み屋。あの当時は「まずい」「安い」「気にくわない」の三拍子(あ、今でもこの店はあります、あの頃よりは少し高級っぽい雰囲気になって…)でも、大人数で入れたのでよく利用した。本文にもあるように、ここには愛ちゃんという四十がらみのおばさんがおり、顔馴染みの僕たちは愛ちゃんをからかいすぎて、全面戦争へと突入してしまったのだ。
 
エリア88
 ご存じ(の方は少ないか…)、新谷かおるのコミックです。1979年から1986年まで、8年間にわたり「週刊少年ビッグ」に連載されました。友人にだまされ罠にかけられて、傭兵として中東のある国の政府軍外人部隊に入隊させられ、契約期間を生き抜いて祖国に帰るために反政府軍と戦い続ける日本人が主人公。僕たちのあいだではやりはじめたのが84年頃。連載中盤以降ですね。この頃には、このストーリーをもじったパロディがはやったもんです。本文みたいな…。
 
京都北山・八丁平
 本文にも説明のある通り、京都北山にある、西日本では珍しい高層湿原。この近辺では、比良山系の八雲ヶ原湿原も同類。まあ、尾瀬ヶ原みたいなもの、と考えてください(規模も様子も全然ちがうけど)。 京都市街から北へ30kmぐらい、林道を車で約1時間で、ツキノワグマやカモシカの棲む自然に出会えます。これも京都の魅力のひとつかな。車やバイクがなければ、山道を歩いて入山するしかないのです。
 かつて、この林道は舗装されておらず、僕たちはバイクでタイムトライアルを行って、最短記録を競ったものでした。全てのカーブ、全ての水たまりや泥濘の位置まで覚えて。今ではほとんど舗装され、林道沿いには電柱が林立、あの八丁平管理舎には、煌々と明かりが灯るようになりました。何か、ちょっと哀しい…。
 
管理舎
 これまた、本文に説明のあることだが、ここにはライフラインがない。電気もガスも水道も電話も、何もない。まったく山の生活そのものだ。だから、ここでの生活はこんなふうになる。
 管理舎での勤務時間は第一日めの午前11時から第二日めの午後2時まで。
 バイクを使えば、朝10時に京都を発てばよい。11時に入山し、それから約3時間巡視。午後2時に管理舎に戻って、昼飯。市役所から特別な仕事を命じられていなければ、あとは夜まで自由時間だ。酒を飲み、本を読み、ラジカセをかけながら昼寝…。夕方、6時頃、おもむろに起きあがって、晩飯の準備。で、延々と酒を飲み続けて、知らぬ間に夢の途中…。翌朝、二日酔いの頭痛を抱えながら、十時頃起きて、朝飯。それから、おもむろに約3時間の巡視。午後1時頃、管理舎に戻って、昼飯、掃除。で、午後二時に管理舎を発って、午後三時には京都市内に戻る。ん〜、夢のようなお・仕・事。今すぐにも転職したい(笑)
 
夜曲
 ♪街に流れる唄を聞いたら、気づいて、私の声に気づいて。
  夜にさざめく灯りのなかで、はるかに、見つめ続ける瞳に気づいて。
  あなたに宛てて、私はいつも、唄っているのよ、いつまでも。
  哀しい唄も愛しい唄も、みんなあなたのことを唄っているのよ。
  街に流れる唄を聞いたら、どこかで、少しだけ私を思いだして…。
 アルバム『臨月』に収録。
 どうや、じゃまろ、懐かしいやろ?
 
僕の下宿
 僕の下宿…。ん〜、懐かしいのぉ…。京都で生活した4年間のうち、最初の2年間は北白川に下宿した。これはほんとの下宿、つ〜か、間借りなんですね、ここは。トイレ共同、洗面所共用、風呂は銭湯、台所なし。ワンルームマンションに住む今の学生ども(!)には想像もできんやろ? 旧家の二階、北向きの六畳一間。戸のたてつけが悪くて、厳しい京都の冬の夜には、洗面器に氷が張ったりしたなあ(笑)。で、ここの生活に耐えきれず、2年間でアパートに引っ越した。引っ越し先は百万遍。養正小学校南側の一龍荘。
 何が耐えられなかったか? そりゃあ、台所がなかったことですがな。とりあえず、僕は料理は一通り、何でもできます。魚もおろせるし、煮物、焼き物、炒め物、何でもござれ。調味料なんぞ、計らずともカンで味加減がわかる。初めての料理も、食べてみればだいたいの作り方がわかる。要するに食いしん坊(笑)。
 こんな僕に台所がないのは苦痛以外のなにものでもない。台所付きのアパートに引っ越してからは、常備菜をよく作った(笑)。いわしの煮付けだとか、ゼンマイの煮付けだとか、鶏と大根炊きだとか。これで、ごはんを炊いて、味噌汁を作って、何か一品を作れば、立派な晩飯になったからなあ。おまけに安上がりだし。
 十二年ぶりに京都に帰ってきて、このアパートを訪ねました。すると、ない、僕の部屋が…。壊されて、一軒家になってました(泣)。でも、何故か、奥の方は残っていて、懐かしい雰囲気はかすかに名残を留めていました。
 おっと、ついつい解説が長くなっちまいましたね(汗)。
 
秘伝
 この秘伝は、社会人になった今でも僕の身体に染みついています。満足に腹一杯食べることのできなかった学生時代を送った僕には特に(苦笑)
 社会人は贅沢な飲み方をしますなあ…、ほんと。最初の頃は、もったいなくて残さないように努めたけど、その結果はひどい二日酔い…。なぜ、僕だけ苦しむわけ? 今では、泣く泣く、残して席を立ちます。でも、なぜ、みんな、こんなに残して席を立てるんだろ? それよりも、なぜ、みんな、自分たちが食べきれず飲みきれないほどに注文するんだろ? 僕は飲み会があるたびに悲しくなってしまう。僕個人で飲みに行くときには絶対こんな注文のやり方はしない。
 これって、僕が貧乏性だからなんでしょうねえ…。
 
「牛」とは山歩会員の総称(でもないけど)。とにかくよく食う、そして山に登るときにはよく担ぐ、そして、ヒマなときにはごろごろと所在なげに時間をつぶす。これができるあなた、あなたはもう立派な牛、僕たちの仲間です。
 
敬語
 山歩会における最大の死語。山歩会の辞書に敬語はないと言われる。後輩が先輩に向かって「アホ、ボケ、カス、何やっとんねん」という発言を行うのは日常茶飯事。では、何で序列が決まったか? クライミング技術(おお〜ッ!)、酒の強さ(あん?)、ふてぶてしさ(なんじゃ?)、麻雀の強さ(あほ?)…、ん〜なもんで決まるかッ! まあ、とにかく体育会系のクラブでは考えられないことですね。発言は自由、でもその発言の責任を取ることも自由。もっとも、「アホ、ボケ、カス」と言われる先輩も、それを口走る後輩も、それなりの猛者(?)的に「アホ、ボケ、カス」的人間だったんだけどね。
 まあ、この自由さに憧れて(?)体育会系山岳部から移籍してきた仲間は数知れず(?) ちなみに山歩会から山岳部に移籍したやつはゼロ。そりゃそうですがな、こんなぬるま湯に慣れてしまった身体で、あの厳しさに耐えられるはずがない。
 
ロケット花火の撃ち合い
 お〜、やりましたな〜、ロケット花火の撃ち合い…。七月七日に七夕コンパを鴨川のデルタでやりました。下鴨神社南方、賀茂川と高野川の合流点ですね。ここで酔っぱらった僕たちは対岸にいる、どこかの関係ないグループにロケット花火で射撃を開始する。すると、向こうもこちらに向かってロケット花火で迎撃する。ん〜、向こうから仕掛けてきたんだっけ? まあ、いいや、とにかく、ロケットがびゅんびゅん飛び交ってすさまじかったなあ。やがて、近隣の住民が警察に通報して、警官がばらばらと駆けつける。僕らは撃ち方を中止、素知らぬ顔で事情聴取を受ける。「いや〜、あっちの方で激しい撃ち合いがありましたよ〜」ってか? ほんとにどうしようもないクズの学生どもだった…。よく怪我人が出なかったものだ。
 でも、この集団のなかに高校の先生も混じってたんだよ、な〜、再見さん。ロケット花火の撃ち合いの横でさ、鴨川渡河作戦を開始しようとしてパンツ一丁でうろうろしてたよな。僕らが警官に事情聴取されてる傍らで、やはりパンツ一丁のまま、敏ちゃん(再見の奥様)に怒られてる証拠写真がちゃんとあるんだから!