「雪の円通寺にて」



 深夜、ふとその気配に気がついて、窓から夜の闇に眼を凝らした。
 ああ、降ってる、雪だ。
 書斎の窓のすぐ外側に隣家の瓦屋根があるのだけれど、部屋の灯りに照らされて、うっすらとした積雪が仄白く光っていた。この冬、私が京都で見た初めての積雪だった。
 窓から身を乗りだし、暗い夜空を仰ぐ。雪雲が重く低くたれ込めている。無数の雪片がはらはらと舞い降りてくる。私は記憶を掘り返す。こんな情景は何度も見たことがある。そう、冬山で…。
 不思議なもので、私には降雪の気配がわかる。何となく大気の密度が変わってしまったような、そんな気配がある。自然の声、とでもいうのだろうか。ずっと昔、冬の信州でのこと。天幕のなかで寒さに震えながら、その声にじっと耳を澄ましていたことが何度もあった。その声を聴きながら、翌日の天候を占ったものだった。前夜の降雪とは裏腹に一片の雲もない快晴で迎えた朝もあった。吠える吹雪に落胆した朝もあった。そんな経験によって研ぎ澄まされた何かが、いまだに私のなかに残っているのかもしれない。
 そうか、雪か…。そう言えば、厳しい寒気が日本上空に流れ込んでくる、って予報が出ていたっけ。
 最近は京都でも市街地での積雪は少ない。
「古都京都、一面の雪景色」などと新聞の見出しになるような積雪なんて、一年に一、二度あるかどうか、というぐらいだ。でも、洛北・大原あたりまで足を延ばせば、雪景色にはしばしば行き会うし、同じ京都市街でも岩倉、上賀茂など、山裾に近づけば見ることができるかもしれない。
 明日は土曜日。絶好の機会だ。どこを訪ねてみようかなあ…。
 ぼんやりと降り積む雪を窓外に眺めながら、私は京都の地図を脳裏に描く。
 円通寺。
 そうだ、しばらく行っていない。
 ふと円通寺を訪ねたくなった。
 明朝までにどのくらい積もるだろう。そんな楽しい期待とともに、私は眠りについた。

 翌朝起きてみると、残念ながら積雪はそれほど多くなかった。私の住んでいるあたりでは家々の屋根がうっすらと雪化粧をしているぐらいだった。降雪はあれからまもなく止んだのだろう。
 大文字山と比叡山を窓から仰いでみる。朝日に逆光だけれど雪化粧をしているのがわかる。大丈夫。この分だと、円通寺の辺りは立派な雪景色だ。
 円通寺は洛北・岩倉の山裾にある。近くにバス路線が一本だけあるけれど、交通が不便なだけに京都の他の寺社に比べると観光客の足も遠のく。それだけに季節を選べば静かな雰囲気が堪能できる。
 ここを訪ねたのはもう十数年前になるだろうか。夏だった。それ以来ずっと、心の隅に引っかかりながらも訪ねることはなかった。それだけに訪ねたいと思いはじめたら、無性にその思いにとらわれてしまった。
 いつもこんな取材に使う愛用のデジタルカメラを持ち、やはり取材によく使う愛車、ヤマハのオフロード・バイクにまたがった。円通寺まではバイクを飛ばして二十分ほど。こんなに近いのに足が遠のいていたなんて。
 ひとつには怖さがあった。十数年前、深閑とした縁側に座して眺めた、比叡山を借景とした枯山水の庭園。あの雰囲気が失われてしまっているかもしれないことが怖かった。
 あの日、ほとんど誰も訪ねてこなかった円通寺の縁側で、半日近く、比叡山を眺めて過ごした。盛夏の暑い時期だったけれど、この縁側には涼しく爽やかな風が吹き抜けていた。庭園の向こうには穏やかに比叡山がそびえ、よく晴れた夏空は青く高かった。その静けさは当時の私には信じられないものだった。どこか深山の静閑さに似ていた。有機的な静けさだった。梢を渡る風の声を聴き、風に揺れる木々の声を聴き、しっとりと苔に覆われた土の匂いを聴いた。
 その縁側で、その庭園に魅入られたように座する私の傍らに、いつのまにかその寺のご住職が座っておられた。彼は誰に語るともなく、訥々とその寺の由来を述べ、借景の貴重さを説いた。低い静かな声だった。京都洛北のこの地にも開発の波は押し寄せ、あるときには借景のなかに高層住宅さえそびえ立ってしまう危機もあったという。その静かな声のなかに、私はそのご住職の思いを聞いた。
 そう、あれから十数年、あの静寂が保たれているはずはなかった。あの借景がそのまま保たれているはずはなかった。私は勝手にそう信じ込んでいた。今ではすっかり有名な観光地になってしまっただろう、と。あの静けさも、あの借景も、もう失われてしまっただろう、と。

 円通寺から少し離れたところで、私はバイクを止めた。あの静けさのなかに、このバイクを乗りつける勇気はなかった。そこから畑のなかに伸びる田舎道を私は歩いた。十数年前も同じ道を辿った。その趣はあの頃と少しも変わっていなかった。驚いた。そして、わずかな期待を抱いた。
 円通寺の門前に立つ。遠い記憶を探る。けれども、哀しいかな、記憶は呼び戻されない。私は日々多くの記憶を忘却の淵に沈めてしまっているようだ。
 暗い電球の下に、ひとりのご住職が座しておられた。手元には一冊の経本があった。
「おはようございます」私は挨拶をした。
「ごゆるりとおくつろぎ下さい」ご住職は言った。
「カメラをお持ちでしょうか」続けて、こう聞かれた。
「ええ」私は素直に答えた。
「よろしければ、こちらにお預け下さい」ご住職はこのように言った。
 私が今日、円通寺を訪ねたのは、ひとつには雪景色の撮影が目的だった。けれども、ご住職にこう尋ねられると私は何の抵抗もなく素直にカメラを預けた。隠れてまで写真を撮るつもりはなかったけれど、ふと残念な思いが過ぎったのは確かだ。でもそのあとすぐに、自分のそんな思いを恥じることになった。
 この日、円通寺には誰もいなかった。私ひとりが縁側に座して、比叡山を眺めていた。しんしんと冷え込む朝だった。けれど、不思議と寒さを感じなかった。
 あの頃と何も変わっていない。比叡山を借景とした枯山水の庭園も、この静閑さも、ここの空気も。
 それがとても嬉しかった。それは疲れ切った心に染み通っていくような優しさだった。
 枯山水の庭園はうっすらとした積雪に覆われていた。生け垣の向こうには雪化粧をした比叡山。その山頂付近を時折雪雲が移ろい、しばしその山頂を隠した。京都の冬空だった。雲の去来が激しく、穏やかな陽射しと陰鬱な翳りが交互した。温かな日溜まりが比叡山の山肌に現れては消え、まだら模様に移ろった。時折射し込む穏やかな冬陽に融かされたのだろうか、庭園にひっそりと立ち並ぶ杉の梢からははらはらと雪片が舞い落ち、やがて鈍い音とともに雪の固まりが庭園に落ちた。その雪の上には、何だろう、小動物の足跡が点々と続いていた。
 ここにはあらゆる声が充ちていた。木も雪も風も陽も、小動物の足跡さえも、それぞれにひっそりとささやきかけていた。
 誰もいない円通寺の縁側で、私はそんな声に耳を澄まし続けた。
 そう、一枚の写真だけでは、少なくとも私にはこの声を誰にも伝えることはできなかっただろう。私はそれほどに無力だ。だから、カメラを預けたのは正しい選択だった。その瞬間、私にはわかった。
 そして、この美しさを写真に頼って伝えようとした自分を、私は恥じた。でも、今はちがう。写真ではなく、私はこの声を自分自身の言葉で誰かに伝えたい。それならば、もしかしたらこの無力な私にも可能かもしれない。
 そんな思いがいつのまにか私に耳を澄ませさせた。いつのまにか、私は眼をつぶっていた。でも、ここからの景観はしっかりと脳裏に刻みつけられていた。その記憶のなかで、私は春も、夏も、そして秋さえも、ここの景観を自由に思い浮かべることができた。

「ありがとうございました」私は微笑みかけた。
「お近くからこられたんですか」私が小脇に抱えているバイクのヘルメットに眼を落として、ご住職はそう尋ねた。
「ええ」私は言葉少なに答えた。
「ご不便、おかけしました」そう言いながら、預けたカメラを返してくれた。
 私は無言で受け取った。
「お気をつけてお帰り下さい」ご住職は無表情ななかに、穏やかな笑みをかすかに浮かべていた。
 ふと気がついた。このご住職のお顔には記憶がなかったけれど、このお声は十数年前、私の傍らで訥々と語られたあのお声と同じだ。やはりご健在だったのだ。
 私はふと確かめてみようかと思った。でも、そんなことはどうでもいいような気がした。
 円通寺の門前に出た。さきほどはちっとも気づかなかったけれど、誰かがかわいい雪だるまを作り、門前に腰掛けさせていた。とても愛らしく素敵な表情だった。さきほど気づかなかった自分を私は恥じた。わずか一時間足らずのうちに、自分が変わってしまったようだ。
 私はそっと、その雪だるまを写真に収めさせてもらった。
 雪の円通寺、比叡山を借景とした枯山水庭園。そして、円通寺の門前に誰かが作った、この雪だるま。
 今日、ここでこれらのものに出会えたことが私はちょっと嬉しくて、足取りも軽く、田舎道を急いだ。

(一九九九・〇一・三〇、京都洛北、円通寺にて)