山行報告(1999年12月、南アルプス・仙丈岳)
登高者



 真夜中の中央高速をひた走る。下弦の月が仄白く乾いた路面を照らす。
 なんでひとりで冬山に登るんだろ? そんな考えが脳裏をよぎらないわけではない。
 けど、そんなことを今ここで考えても無意味だ。
 目的地を南アルプスに変えたことで、若干の心のゆとりが生まれたのだろうか。
 だから、こんなくだらない考えが浮かんでくるんだ。
 僕はそう決めつけて、運転に集中する。
 けれど、緊張状態は持続している。だから、眠気などちっとも感じない…。

 それまで暖冬が続いていたのに、年末近くになって強い寒波が襲ってきた。
 北アルプスは連日の吹雪だ。
 僕はそんな情報を収集しながら、思い悩んでいた。
 この冬、僕が自分に課した課題は、遠見尾根から五龍岳だ。
 11月中旬には、ルート偵察も行った。そのために準備を重ねてきたのだ。
 でも、僕が入山するのはクリスマス前後の予定だった。
 そのころには、他パーティはまだ本格的には入山していない。
 遠見尾根は豪雪地帯だ。僕ひとりの力でラッセルをかけて登れるようなルートではないのだ。
 しかも、この寒波、連日の降雪だ。
 結局、僕は日和った。
 全力を出してぶつかっていく前に、目的地を変えた。
 その思いが、下山してこのレポートを書いている今も、僕を責め続けている。
 そう、豪雪のためにたとえ数百mしか登れなかったとしても、僕はひとりで遠見尾根を登るべきだった。

 その思いは、仙丈岳に登っているときも、僕から離れなかった。
 せめて、吹雪の仙丈岳だったなら、僕は自分をごまかし通せただろうと思う。
 けれども、晴れた。この上なく、雲一つなく、きれいに晴れ上がった。昨日までの風雪が嘘のように。
 昨日、ベースキャンプとなる北沢峠で天幕を張るときには苦労した。
 すさまじい突風が吹き荒れて、とてもひとりでは天幕など張れる状態ではなかった。
 天幕が飛ばされないように押さえつけているのがやっとだった。
 複数人数で入山した他パーティは、全員で天幕を押さえつけて、早々と張り終えた。
 そのあいだ、僕は地面に這いつくばって、天幕を押さえていた。惨めだった。
 それでも何とか張り終えて凍える身体を暖めたが、真夜中の突風で天幕を支えるポールが折れ曲がった。
 痛い痛い、また余計な出費だ(笑) 曲がったポールは、冬山ではもう使えない。
 翌朝、5時半頃、ヘッドライトを点けて出発。もうお決まりの時間だ。
 下弦の月の月明が僕の味方だ。
 ベースキャンプの北沢峠(標高2000m)から仙丈岳(標高3033m)まで、標高差1000m。
 意外に時間を食ってしまって、11時頃、強風の山頂に立つ。
 振り返れば、明日、登る予定の甲斐駒ヶ岳が黒々と見えている。
 そう、積雪がないのだ。あれでは、夏山と何ら変わりがないじゃないか。
 そんな甲斐駒ヶ岳を見ると、急に「登りたい」という思いが失せていくのだった。
 やめた。
 僕は後を振り返ることなく、仙丈岳から駆け下ってベースキャンプに戻った。
 こうなったら、自分自身の体力の限界に挑戦だ。今回の南アは体力トレーニングになってしまったのだ。
 1時半にベースキャンプに戻り、天幕を撤収。2時半に下山に取りかかる。
 僕が出発する頃、ようやく仙丈岳から下山してきたパーティがベースキャンプに戻ってきはじめた。
 皆、僕を見て怪訝そうな顔をする。
 そりゃそうだ。普通はこんな遅い時間に天幕を撤収して、下山しはじめるヤツなんていない。
 ここから登山口まで標高差1000m、地図上のコースタイムでも4時間半はかかるのだ。
 この季節、5時前には日没で暗くなる。
 結局、僕は3時間で下りきった。それでも林道に出たのは、暗くなる直前だった。
 朝から標高差1000mを登り、標高差2000mを下る。
 そして、5時間の運転を経て、夜半前、自宅に帰着。
 自分の体力に満足(笑)

 かすかに明るさの残る夕闇のなか、僕はひとりで林道を歩き続けた。
 そして、ずっと考え続けた。
 なんでこんな山々にひとりで登ろうとするんだ?
 家族も友人も、皆、僕を案じてくれている。
 彼らにそんな心配をさせてまで、僕が自分の勝手を通す価値があるのか?
 いったい僕は何をめざし、どこに行こうとしているんだろう。
 考えてみりゃ、登山なんて汗を流して獲得した位置エネルギーを惜しげもなく放り出して下りてくる行為だ。
 ほんと、馬鹿げた趣味だ。そんなことを続けていていいのか? もう分別がつく年齢じゃないのか?
 いいかげんにしなよ。

 …と、徹底的に自分をいぢめてみた。
 どの問いに対しても、明確な、ひとを説得できる答なんて僕にはないことがわかった。
 けれども、僕はやっぱり山に行く。
 僕が知っているなかで、唯一、自分の「生」を実感できる行為だからだ。

 ということで、2月初旬、僕は八ヶ岳連峰・阿弥陀岳南稜をめざす。
 今度は、かつての山仲間、僕よりも七歳上の先輩が一緒だ。
 ようやく冬山単独行から脱出! 嬉しい。
 でもそれよりも、いい歳して、こんな馬鹿なことにつきあってくれる先輩がいることが、僕は嬉しい。
 今まで縦走中心の登山を続けてきた僕にとっては初めて、クライミング要素が織り込まれたルート。
 ちょっと緊張しつつも、僕自身の、そして単独行の限界を超えられるのではないかと期待。
 また、新しい写真、レポートにご期待下さい!