山行報告(1999年 9月、比良山系・八幡谷)
うわッ、落ちる…



 久しぶりの山だった。
 ほぼ2ヶ月半ぶり。
 7月上旬に奥ノ深谷を登って以来の山だ。
 それだけに僕はちょっと嬉しかった。
 この夏は気力と天候と時間がうまく噛み合わなかった。
 どれかひとつが欠け、結局、僕は、この夏、どこにも行ってはいない。
 確かに焦る気持ちもあったけれど、こういうことは今までにも経験がある。
 だから、僕は堰き止められていた流れが静かに流れ出すのを、じっと待っていた。

 9月初め、僕は相棒のKYOにばったりと出会った。
 KYOは7月下旬に沖縄・西表島の沢登りに行ってから、原因不明の発熱が続き、この夏はずっとおとなしく休養していたのだ。
 「なあ、NGさん、やっぱり気になるよなあ」と僕の顔を見るなり、KYOが言う。
 「うん、この夏に片づけておきたいなあ」と僕も答える。
 僕たちは顔を合わすなり、挨拶代わりにこんな会話をはじめた。
 ふたりとも、ずっと八幡谷のことが頭から離れることはなかったのだ。
 そもそも、僕たちが、今年の6月以降、ヘク谷、口ノ深谷、奥ノ深谷とトレーニングを重ねてきたのは、
 この八幡谷遡行がひとつの目標だったからだ。
 八幡谷は比良山系では、三本指に入る難度だという。
 ゴルジュ帯が連続し、大小さまざまな滝の連瀑帯があるという。
 その八幡谷を何とか落としておきたい。このままシーズンを終えてしまうと、振り出しに戻ってしまう。
 今年、ここをやっつけて、来年、さらに高いレベルへ踏み出すステップにしたい。
 ふたりの想いは一致した。
 こうして、沢登りのシーズンが終わりかける9月中旬、八幡谷行きを計画した。

 約束した前夜、KYOに連絡を取る。
 KYOはまだ会社から帰宅していなかった。
 でも、電話に出た奥さんが「やる気満々みたいだよ」と言うのを聞いて安心。
 夜遅くに彼から電話があり、比較的早い出発を決める。いつもは午後からおもむろに出かけるが、今回は朝から。
 やはり難度の高い沢にはそれなりの敬意を示さなきゃ。
 翌日曜日、朝八時に京都出発、国道367号を北へ、九時には現地に着いた。
 今回はふたりともちょっと緊張気味。若かった十数年前なら何てことはないんだろうけど、
 やはり久々に難度の高いルートだったからか。
 相棒も今回初めてヘルメットを着用。
 ハーネスを付け、カラビナ、エイト環、シュリンゲ等々で身を固め、完全装備。
 これらの登攀ギアがぶつかりあう懐かしい金属音を耳にすると、心はもう十数年前に飛ぶ。

 最初のうちは穏やかな沢歩きが続く。小さな滝を難なく越え、さらに奥へと突き進む。
 沢が二股に別れ、左の本谷に入るといきなりゴルジュがはじまる。
 ゴルジュとは廊下状の地形のことで、両岸に切り立った岩壁が迫ったところを呼ぶ。
 だから、左右両岸への脱出は困難だ。
 正面に2段8mの滝が現れる
 右側(左岸)の滑りやすいカンテを登れなくもないが、ここはひとつ正面から直登に挑戦だ。
 9月中旬の冷たい水流を浴びながら、滝の中段までは難なく達するが、最後の1mを越えることができない。
 先行するKYOが攻めあぐねているのがわかる。
 しかし、KYOは自慢の腕力で強引に迫り上がる。やれやれ、僕にもできるだろうか。
 ザイルなし、ここで落ちれば、「痛い」だけでは済みそうにない。
 結局、僕も登り切った。KYOほど華麗には登れなかったが、背中と足を両岸に突っ張る、
 いわゆる「バック・アンド・フット」で最後の難関を越える。とにかく登れりゃ勝ちなのだ。

 第二ゴルジュ帯に入る。その入口は10mの直瀑だ。ホールドは細かく微妙なバランスが必要とされる。
 滝の右岸、滑りやすい逆層スラブにルートを求めて、僕たちは越えていく。
 やがて、第三ゴルジュとなり、核心部、8m直爆のシャワークライミングだ。
 相棒はザイルなしで突入するが、ここもやはり最後の2mが越えられない。
 滝の落ち口がオーバーハング気味(ひさしのようにかぶさっている)なのだ。
 すごい水流が相棒をたたき続け、力尽きかけた相棒は右に左に必死で活路を探す
 ハングの下で水流を避けて休もうとするが、全身ずぶぬれ、もう時間の問題だ。
 ここは落ちたら、怪我では済まない。結果的にザイルを使うべきところだった。
 「無理するなッ!登り直せッ!一回降りてこいッ!」僕は下からコールをかける。
 もちろん、降りるのも非常に難しい。しかし、あそこから落ちるよりはましだ。
 しかし、響きわたる滝の爆音のなか、僕の声は届かない。
 意を決した相棒はまたまた強引に腕力で再挑戦する。
 そして、何とか乗り越え、はらはらしながら見守る僕の視野から消えた。
 すぐに相棒の顔がのぞき、何かを叫ぶ。
 たがいに声が届かないのがわかり、手まねで会話。
 やがて、彼がザイルを下ろす。僕はザイルを付けて登る。
 バケツで水を浴びせられるような凄い水流。
 冷たさで息が止まりそうになり、激しさで岩から引き剥がされそうになる。
 冷たい水流で体温が奪われ、腕力が萎えていくのがわかる。
 よくもまあ、あいつはザイルなしで登ったよなあ、と感心。
 ザイルがあれば、しかもセカンドならなおさら、安心感がちがう。
 落ちることを怖がらずに、大胆な動きができるからだ。
 相棒が苦労した最後の部分も、難なくクリア。
 しかし、ザイルがなかったら、あるいはザイルを結んでいてもトップで登っていたら、こんなに簡単には登れなかっただろう。
 このあとも微妙なバランスの必要な連爆地帯が続いたが、ここ数ヶ月で実力を上げてきた僕たちは難なくクリアして行った…。

 最後の細い水流が消え、やがて岩が累々と積み重なる不安定なガレ場になった。
 ひっきりなしに落石が起きる。僕たちは互いに離れて登る。
 相手の引き起こした落石の直撃を避けるためだ。
 もう、標高は1000mを越えている。深いガスが梢をわたる。今にも雨が降り出しそうな気配だ。
 ガレ場を過ぎるとジャングルのような猛烈な藪漕ぎ。一個の野生動物と化して、ルートをカンで探す。
 木の枝につかまって、木登りのように腕力で這い上がる。
 無数の小枝が手足を突き刺し、引っ掻く。
 密生した灌木帯を抜けると、ひょっこりと武奈ヶ岳北方稜線に飛び出した。
 ここから、比良山系最高峰・武奈ヶ岳頂上(1214m)までは五分ほど。
 山頂着、十二時過ぎ。
 ガスに包まれた頂上は多くの一般登山客で賑わっていた。
 そのなかにヘルメットをかぶり金属製登攀ギアをがちゃがちゃ言わせながら異形のふたりが入っていくと、
 痛いほどの注目を浴びた。

 下山は一般道を使わない。車を止めた場所へ最短距離となる尾根を下る。ほとんど踏み跡程度の道だ。
 この下りがまたひどかった。滑って転んでずり落ちて、身体中泥だらけ、あざだらけ、傷だらけ。
 二、三十回はひっくり返っただろうなあ。
 下山、二時半。
 泥と汗でどろどろ。簡単に着替えて、近くの酒屋でむちゃくちゃ冷えたビールを入手。
 うまかった〜。
 で、車を運転して、相棒宅へ。そこでもまたまたビールをごちそうになって、
 午後五時過ぎ、ほろ酔い気分で帰宅。

 別れ際、「また、来年な」が相棒との挨拶となった。
 来年は、五月連休明けからトレーニングをはじめ、台高・大峰のグレード4〜5級を狙うだろう。
 それが、僕とKYOとの約束だ。
 今のところ、KYOには冬山に復帰する意志はない。
 だからこの冬も、僕は再びひとりで山に向かわなければいけないだろう。
 相棒と山に行くという心強さ、安心感、楽しさを味わった僕が、再び単独行に戻れるだろうか。
 そんなわずかな不安を感じながら、僕は夏の日を終えた。