| 山行報告(1999年 6月、東北・朝日連峰) |
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| ぶなの新緑 |
六月初旬、18年ぶりに、東北・朝日連峰を訪れた。 なぜ、こんな時期に、わざわざ朝日連峰まで行かなければいけなかったのか? 18年前、ここで屈辱的な敗退を喫したからだ。 あれは、五六豪雪直後のまさに同じ、六月初旬だった。 僕が大学に入ってからの、初めての本格的な山行。 まだまだ、あらゆる面で、僕は経験不足であり、未熟だった。 そういう意味で、山に敗退したと言うよりも、自分自身に敗れたのだと思う。 とにかく、僕は体力的に、技術的に、精神的に、完膚無きまで叩きつぶされた。 その後の僕は、この敗北感を克服するために山に登り続けた(そうかなあ…、笑) しかし、その敗北感のなかで、東北の奥深い自然が僕の原風景として刻みつけられたのも確かだった。 その敗北感を完全に拭い去るために、その原風景にもう一度出会うために、今回の山行を計画した。 18年間、行こうと思い続けながら、東北の山々はあまりに遠く深すぎた。 以下、ドキュメント・タッチで山行記録を綴る。 <前夜、6/3(木)夜> 20:51 京都発 寝台特急「日本海3号」乗車。 慌ただしく仕事を終えて、列車に滑り込む。 Internetで、最新の気象情報を収集。 梅雨前線が活発化して北上、それに呼応するように日本海を低気圧が東進中。 関東甲信越以西は梅雨入り。 要するに、全国的に天気は荒れ模様に向かいつつある。 不安はあるも、この山行は絶対に中止できない。 <第1日、6/4(金)> 06:33 羽越本線・鶴岡着。 激しく雨が降りつのる。待合室のTVで気象情報をチェック。 東進中の低気圧が日中、東北地方を通過するとのこと。 僕はまさに低気圧のど真ん中に飛び込んでいこうとしている。 駅前で車を拾い、登山口の泡滝ダムへ。 08:35 泡滝ダム着、ここで車を捨てる。 僕のほかには誰もいない。激しい雨のなか、雨具を着込んで入山する。 標高500mからのスタート。 10:30 大鳥池着。標高960m。 雨は相変わらず激しい。しかし、体調はすこぶるいい。18年前の疲労困憊が嘘のようだ。 ブナ原生林の新緑がまばゆいばかりに美しい。 原生林に囲まれた大鳥池は深い霧に閉ざされて幻想的だ。 この大鳥池には「タキタロウ」と呼ばれる体長数mの怪魚が棲息するとの伝説がある。 神秘的な景観を見ると、そのような伝説が生まれるのもわかるような気がする。 実際には60cm級の超特大サクラマスが確認されたとのこと。 雨のなか、主稜線をめざして、黙々と登りつめる。 14:00 以東岳着。標高1770m。 原生林のなかで、カタクリの群落を見つける。登山道に沿って、僕を招くように帯状に続く。 この群落に出会えただけでも、ここまでやってきた価値があった。 18年前、カタクリという花に生まれて初めて出会ったのが、ここ朝日連峰だったからだ。 それ以来、毎年春になると、僕はカタクリを求めて山野をさまよう。 ほかにも、山々に遅い春を告げるタムシバ、鮮やかな紅色のヤマツツジなどが印象的だった。 標高1500m付近から吹きさらしの稜線。横殴りの風雨となる。 休憩のために止まると体温低下が激しく、ほとんど休まずに登り続ける。 以東岳直前で雨が止み、ガスが晴れはじめる。 はるかにクマの皮を広げたような大鳥池が見える。僕はあそこから登ってきたのか。 計画では今日の予定は、以東岳山頂直下にある以東小屋まで。 しかし、体力的にはまだまだ余裕があり、次の狐穴小屋をめざす。 15:30 狐穴小屋着。標高1500m。 以東岳の下りで、突然、青空が広がりはじめる。快適な稜線漫歩だ。 まだまだ残雪が多いのに、早くもさまざまな高山植物が咲きはじめている。 ベニバナヒメイワカガミ、チングルマ、ミヤマキンバイなどが、赤、白、黄色に鮮やかに咲き乱れる。 なかでも印象的だったのは、ヒナウスユキソウ。珍しい花なのだがこの稜線には大群落がある。 欧州アルプスで「エーデルワイス」と呼ばれる高山植物の類縁(だったと思う) いい時間に避難小屋に到着。しかし、体力的にはまだ進める。 18年前、ここまでくるのに2日間をかけた。今回はそれを1日で歩き通したことになる。 日没と体力との勝負を決めて、さらに前進を決定。 17:30 竜門小屋着。標高1550m。 狐穴小屋を出てしばらくしてから、再び濃霧に閉ざされる。小雨まで降り出し、風が強まる。 小さなピークの上り下りが連続する。展望のないなかを黙々と歩くだけだ。 体力的にもまだまだ大丈夫、日没にもまだ時間があるが、今日の行動はここまでとする。 次の避難小屋は3時間先。 晴れて視界がよければ、ライトを点けて行動もできるが、この濃霧では危ないと判断。 雪渓でスリップした際に傷めた手首が1.5倍の太さに腫れ上がっている。道理で痛むはずだ。 朝8時半から夕方5時半まで、風雨のなか、ほとんど休まず9時間行動。まあまあ満足。 竜門小屋に入ると、2人パーティが先着していた。別ルートから上がってきたとのこと。 僕が泡滝ダムからやってきたことを知ると「まさか、あんなところから。信じられない」と絶句。 水場がなく、残雪を溶かして水を作ることからはじめる。片手作業はなかなか不便。 簡単な食事を作り、8時には寝袋にくるまって眠る。明日も5時から行動開始だ。 手首がずきずきと痛む。夜中、風雨が強まる。 <第2日、6/5(土)> 05:00 竜門小屋を出発。4時半に起床した。 朝食は摂らない。幾枚かのクッキーで代用し、すぐに荷物をまとめて出発する。 風雨は強く、朝からいきなり気分が悪い。こういうときは意志力だけがすべてだ。 風や雨を、寒い、冷たいと感じたその瞬間には、もう自分に負けている。 そんな感覚を超越し、麻痺させなければ苦しみには耐えられない。 幸い、手首の腫れは引いている。まだ痛みは若干残っているが。 2人パーティはまだ眠っている。 08:00 大朝日岳着。標高1870m、朝日連峰の最高峰。 ガスが深い。5m先も見えない。 登山道上では全く問題ないが、残雪上で幾度もルートを見失う。 そのたびに地形図とコンパスで現在地と進むべき方向を確認しながら、ルートを探す。 しかし、中岳からの下りの残雪上でルートを誤り、迷ってしまう。 雪渓の下り傾斜が増し、どうも沢の源頭に迷い込んだと知り、もう一度、登り返す。 迷ったときの精神的ショックは大きい。とにかく現在地を確認することが先決だ。 最後に確認した場所と下った方向、時間、距離からだいだいの位置を推定。 しかし、やみくもに歩き回るわけにはいかない。 確信のある場所まで引き返し、一瞬の霧の切れめを待つ。 待つこと30分、霧が動きはじめる。どうも晴れていこうとしているようだ。 一瞬、大朝日岳の姿が見える。方向を確認。わかった。推定通りの正しい位置にいる。 ということは…。 なんということか、わずか50m先にルートがあった。 深いガスに閉ざされると、わずか50mの距離が動けないのだ。 そのあと、ガスは急速に晴れ上がり、わずか30分ほどで青空が広がった。 18年ぶりに大朝日岳頂上に立つ。とうとう僕はここまでやってきた。 11:30 朝日鉱泉着。標高550m。 わずか3時間半で標高差1300mを下る。すさまじい下りだった。膝は大笑い。 しかし、原生林は美しく、ここでもカタクリの大群落に迎えられた。 下りきった朝日川で、水辺に寝そべって、川面から直接、沢水を飲む。 雪解けの、手が切れるような冷たい水だ。下界のどんなビールよりもうまい。 18年前にへばりながら3泊4日で歩いた行程を、今回、1泊1.5日で駆け抜けた。 3月から隔週末に登ってきた雪山も、今回の朝日連峰が最後。 徹底的に登って、徹底的に燃え尽きた。 たぶん気力、体力ともに、今がいちばん充実しているだろう。 あのときの敗北感に完全に終止符を打つことができて、僕は満足だった。 ここから車を呼んで、山形空港まですっ飛ばし、ドアクローズ寸前にチェックイン。 14:20発 JAS692便で、一気に大阪伊丹空港へ。 この日の夕方には京都でビールを飲んでいた。 「やっぱり、沢水よりビールの方がうまいかなあ」などと考えながら(笑) <後日譚> 下山日の翌朝、身体の異常に気づく。 翌日、病院で検査の結果、「急性腎不全?」との診断(最後の「?」があとで笑える) 腎機能の数値が軒並み異常値を記録。 真っ青…。今までの体力駆使が祟ったかなあ、無理をしすぎたかなあ、と。 入院? 人工透析? 次々といやな考えばかりが浮かぶ。 さらに翌日(つまり今日)、再検査。腎臓の超音波検査も行う。 なんと。 まったく異常なし。腎機能の諸数値もまったく異常なし。 医者も首を傾げて、最後はこう診断。 「たぶん、極度の脱水症状と疲労で腎臓に一時的にすごい負荷がかかったんでしょう」と。 確かに、強行日程で疲労も大きく、相当な汗をしぼりとられたのは確か。 しかも稜線に流水はなく、雪を溶かしたせいで十分な水分補給ができなかったのも確か。 ん〜、きっとそのせいなんでしょう、たぶん。 ちなみにこの医者もかつて山登りをしたらしく、診察途中で登山談義に花が咲く(笑) これから秋にかけて、しばらくはのんびりと山行を楽しむ充電期間。 夏から秋にかけて、西穂〜奥穂縦走、剣岳〜仙人池、黒部川下ノ廊下を予定。 (どこがのんびりやねん、という気もしますが) そのあと、晩秋からは冬山に備えたトレーニングと偵察山行をはじめることになります。 さて、今年の冬山は五龍岳遠見尾根か、爺ヶ岳東尾根から鹿島槍ヶ岳か…、と考えるだけで楽しくなる?(笑) けど、どれだけ休みがとれるかなあ、とサボリーマンはそれだけがとにかく心配(笑) |