「原風景を訪ねる山旅」
(『岳人』2002年 5月号掲載)
奥深い原生林のなかに続く急登を、私はゆっくりと登りつめる。ぶなの梢を濃い霧がゆっくりと流れわたる。その梢はまばゆいばかりの新緑に包まれている。 強い雨はまだ降り続いている。新緑はしっとりと雨に濡れ、生き生きとした輝きを見せる。自然にとっては慈しみの雨だ。 原生林を抜けて灌木帯から主稜線上に飛び出す。いきなり強風に襲われ、横殴りの風雨となる。雨具を身につけていても、吹き出す汗と染み込む雨で身体はぐっしょりと濡れている。その身体からはぐんぐんと体温が奪われていく。けれど、風や雨を、寒い冷たいと感じたその瞬間にはもう自分自身に負けている。そんな感覚を超越して麻痺させなければ、苦しみには耐えられない。 山が、風が、雨が、再び私に動機を問うているようだ。 寒さに震えながら、私は雨空を見上げる。 なぜ、私はこんな思いをしてまでここにやってきたのか。わざわざ人のいない時期に、どうしてたったひとりでここにやってきたのか。なぜ、この激しい雨のなかをここまで登ってきたのか。 そうだ。いまだに私は「何か」を置き去りにしたままだからだ。 十八年前、ここ東北・朝日連峰に。 * * その年、やはり六月初旬に私は先輩とふたりで朝日連峰を訪ねた。その頃登山をはじめたばかりの私にとっては、これが初めての本格的な登山だった。 五六豪雪直後の朝日連峰はあまりに残雪が多く険しかった。雪上技術など持ち合わせていなかった私は慣れないピッケルを使って、林道をふさぐ雪崩跡の残雪を怯えながらトラバースしたものだった。すっぱりと切れ落ちた足元の数十m下には雪解けの濁流渦巻く大鳥川が轟音をたてながら流れていた。 その奥深い山容は体力的にも厳しかった。初めての幕営装備、雪山装備を背負い、私は初日の林道歩きから体力を消耗し尽くした。 それに加えて、先輩との精神的な葛藤も生じた。体力を伴わずに行程を遅らせる新人に対して容赦のない叱咤が飛んだ。当時の山岳系サークルとしては当然だったのだろうが、ふたりきりだっただけに始末が悪かった。 その結果、技術的、体力的、精神的な緊張に耐えきれず、私はここで無惨な敗北感に打ちのめされた。山に敗北したわけではない。自分自身に敗北したのだ。 悔しかった。 そんな思いが、その後、私が山を登り続ける原動力ともなり、克服すべき目標ともなった。疲れ切った心身に刻みつけられた朝日連峰の奥深い自然は私の原風景ともなり、私はその原風景を求めながら山に登り続けた。 でも、私はあのとき以来、朝日連峰を訪れてはいない。東北の山々はあまりに深く遠すぎた。けれど、どうしてもここをもう一度訪れて、私自身のなかの「何か」に終止符を打たなければいけない。 それこそが、今年になって私に朝日連峰を訪れさせた、私自身の動機だ。 * * その朝、京都からの夜行列車で羽越本線鶴岡駅に着いた。車窓に広がる早朝の日本海は鈍く灰色のうねりがどこまでも続き、そこには激しく雨が降りしきっていた。 私は重い気持ちで雨空を見上げる。荒天になることは前日からわかっていたことだ。それを承知でここまでやってきたはずなのだ。 待合室のTVで気象情報を確認する。 日本海には東進中の低気圧があり、今日、東北地方を通過する。 私はまさにその低気圧のなかに飛び込んでいこうとしている。こんな馬鹿げたことを私は今までにしたことはない。きっと稜線では激しい風雨に苦しめられるだろう。でもこの山行だけは、絶対に中止することはできない。人には、行かなければならないとき、行かなければならないところというものが必ずあるはずなのだ。 降りしきる雨のなか、私は鶴岡駅をあとにして泡滝ダムに向かった。 私を出迎えた激しい雨に一瞬たじろいだけれど、この雨は山々に対して優しかった。雨に濡れた原生林には生命の息吹きが感じられた。そんな自然のなかにただひとり分け入っていくと、私自身もそのなかに同化していくような気がした。山肌に深く刻み込まれた谷筋には豊かな残雪が見られる。その白さにぶなの新緑がひときわ映える。私の身も心もそのあざやかな新緑にいつしか染まっていく。 雪解けの流れに沿って、私はぶなの原生林をさまよい続ける。 ひとりにもようやく慣れてきた。この冬から私はずっと単独行を繰り返してきた。さまざまな不安を抱えながらの単独行だった。 特に積雪期の単独行には、精神的な不安、体力的な苦しさがあったのは確かだ。でも、そんな状態に自分を追い込まなければどうすることもできない想いがあった。追い込めば追い込むほどに遠ざかる想いがあり、逆に消えることなくはっきりと見えてくる想いがあった。ひとりならば心ゆくまで自身と対話することができる。そうするうちに次第にひとりで登ることの方が自然になってきた。 そんなことを思いながら、私は大鳥池に登りつめる。深い霧のなか、まだ春浅い大鳥池は原生林に包まれてひっそりと眠っている。霧がゆっくりと流れる。その霧のむこうに残雪の以東岳稜線を望むことができる。少し弱まっていた雨が再び激しくなりはじめた。 ここからは原生林のなかの急登が続く。雨に打たれながらのつらい登りだ。しかし、深い霧に包まれた自然は、疲れた私の心身を優しく慰める。 あざやかな新緑の梢が風にそよぐ。淡紅色のヤマツツジが深い霧にひときわ映える。山々に遅い春の訪れを告げるタムシバが白い花弁を雨に濡らす。 そして、私は探し求めていた原風景にようやく出会う。カタクリの群落だ。私の足元には雨に打たれてうなだれた無数のカタクリが咲き広がっている。あのとき生まれて初めてカタクリに出会った私は、それ以来、毎年春になるとカタクリを求めて山野をさまよう。 十八年前、私は疲労困憊のあまり朦朧とした意識で山行を終えた。でも、これらの懐かしい原風景との出会いは私のかすかな記憶を呼び覚ます。そうだ、何も変わってはいない。この自然も、そして、私自身も。 原生林を抜けて、風雨に打たれながら主稜線に登りつめる。霧が晴れ、わずかに風雨も弱まる。はるか遠くに主峰大朝日岳が見える。 今回私は、自身の体力が尽きるか、日没になるか、そのどちらかまで行動を続けるつもりだった。それが過去の敗北感を払拭するために、自分に課した課題だったからだ。 午後もまだ早い時間だ。体力、気力ともに充実している。まだまだ先に進めるはずだ。 夕刻、日没直前に竜門小屋で濃霧と風雨のなかの行動を終えた。あのとき二日をかけた行程を、この悪条件のなか、九時間あまりで駆け抜けた。迫る夕闇のなかで簡単な食事を済ませて、心地よい疲労とともに眠りにつく。夜中、風雨が激しくなった。 翌朝、広がりゆく青空の下、大朝日岳に立った。濃い霧と強い風雨のなか、朝早く発ち、広い残雪上で迷いながらもここまでやってきた。つい先程、急に霧が晴れ上がり、まばゆい夏空が広がりはじめた。昨日、雨中の行動を続けた以東岳稜線がはるか遠くに見える。 やり遂げた充実感は確かにあった。でも不思議と何の感慨も湧かなかった。あるいは私のなかの「何か」にはもう終止符が打たれていたのかもしれない。ただ、それをしっかりと確かめたかっただけなのかもしれない。 それならばそれでいい。 あのときに置き去りにした「何か」は、今では私のなかにしっかりと根付いている。 名残惜しい山頂をあとに、私は新緑の尾根をゆっくりと下りはじめる。そこには美しいぶなの原生林が広がっている。新緑の梢のその先は深い紺碧の空だ。林床にはカタクリの群落が無数に咲き連なり、その声なき声が今でも私をどこかに導き続ける。 やがて私はその声を追いかけるかのように、あざやかな新緑の原生林のなかをどこまでも駆け下っていった。 |