以下は、にしやんから寄せられた「針ノ木岳西尾根登攀記録」です。
ほぼ原文のまま引用します。
原文の主旨を損なわない範囲で読みやすいように効果をつけました(改行・フォント変更等)
添付した写真はにしやんから提供して頂きました。

by 管理者NG(noguring)


黒部湖縦断〜針ノ木岳西尾根〜ビョウブ尾根下降


1)期 日:01/03/14〜01/03/18

2)コース:大町=日向山ゲート〜扇沢〜黒部ダム〜(黒部湖上)〜針ノ木岳西尾根
      〜針ノ木岳〜スバリ岳〜ビョウブ尾根〜扇沢〜日向山ゲート=大町

3)メンバー:さわむらどん(46) (山岳同人「黒部童子」)
       にしやん(42)   (山岳同人「黒部童子」)

4)行動記録:

[3/14快晴 大町〜黒部ダム〜黒部湖〜針ノ木岳西尾根1600m]
 「アルプス」が早朝の大町に着く。さすがに3月、駅前にはもう雪はない。暖かく、早くも明るくなろうとしている。ゆっくり準備をし、自分たちが何という尾根から爺ヶ岳に登るのか分からない二人組と、日向山ゲートまでタクシーを相乗りする。6時15分にはゲートに着き、その5分後には歩き始めていた。前回と違い、風もずいぶん暖かく感じられるし、路面には雪が微塵もなくなっていた。何より明るい。
 足首に当たるプラ靴にさっそく後悔。やはり革靴+オーバーゲイターにするべきだったか?今回は迷った末に長らく履いていなかったプラ靴にしたのだが、足首の痛みと足裏の靴ズレが「ああ、この靴はこうやったんや」と過去に味わった同様の苦痛を思い出させてくれる。平坦に見えて実は思いのほか登っている車道を、それでも快調に飛ばして扇沢着。そして小休止後、歩いていると催眠術にかかりそうなトンネルに入る。
 9時を回る頃には、このトンネル内も作業車が往来し始める。9時半には、我々は夏の登山者出入口で「待機」していた。ふたりして朝飯を頬張りながら、ダム上への出口に向かうタイミングをはかる。前回は出口でウロウロしているところをダム関係者に発見され追い返されたような格好となったので、今回は速やかに出口を出てダム上を渡り、まずは対岸の施設に姿をくらませる作戦だ。
 出口までできるだけ足音を響かせないように歩き、小さな鉄扉をそっと開き、目が眩みそうに明るいダム上を一目散に対岸に向かう。今回はトレースがある。チラっと視線をダム下に向けると、一部結氷していない湖面が目に入ったが、それは見なかったことにして対岸の鉄扉の中に滑り込んだ。その次の鉄扉は雪に閉ざされ、外に出るために早くもスコップが登場する。続く屋根付き遊歩道は、前回テントを張って一泊宴会をした「最高到達点」。今回はそのすぐ先、吹き込んだ雪が歩道を天井まで埋め尽くしているあたりから手すりを越えて湖側の雪面に躍り出る。

前回最高到達点

 対岸真正面には観測棟が見える。あそこから外を見ればこの上天気、いやでも雪の岸辺をうごめく我々が見えるはずだ。それを考え、湖面には降りずにしばし岸辺をヘツって行く。観測棟から我々が見えなくなったところで湖面に降りようというわけだ。日にゆるんだ雪が焦る我々の前進を拒む。ここまで来ればさすがに我々を追っかけて来て連れ戻すことはないやろ、と開き直る。でも、拡声器か何かで怒鳴られたらどないしよ、と不安は消えない。腐った雪をズボズボと歩くが、汗の割にはペースは上がらない。
 「ロッジくろよん」はほとんど埋もれずに樹林の中に建っていた。このあたりはもう観測棟からは見えない。小休止、そしてさわむらどんはワカン、ワシはスノーシューを付ける。 このすぐ先、タンボ沢河口の入江から湖面に降りようというのだ。湖面間際にはクレバスが無数に走っているのでそれを注意深く避けて下り、第一歩をおそるおそる湖上に踏み出す。積雪50cm前後か、案外しっかりしているようだがまわりの雪もろとも自分たちが湖面から消えてしまう恐怖感はしばらく続いた。が、100mも歩くと周りの景観を楽しむ余裕が生まれ、30分も経つと大胆にも湖のまん中を縦断していた。第一の関門突破である。

ロッジくろよん前にて 湖上第一歩

 湖面を渡っても、対岸は湖水にえぐられ絶壁になっているので「上陸」場所は限られる。西尾根末端はどうなっているのだろう。元サワボ川河口から「上陸」してヘツって行かねばならないのだろうか。まあ、どうとでもするで。スノーシューはさすがにこんな雪原ではワカンよりも格段に強いようだ。(今回これが役に立ったのは、この黒部湖縦断の場面のみとなるのだが。)立山、黒部川上流部、後立山の山並に囲まれ、快晴のもと大汗をかきながらのスノーシューハイキングだ。この景色を冠松も眺めたのだろうか。

スノーシューハイキング
後方が針ノ木岳西尾根

 元サワボ川を左手に見送り、先を見やると、どうやら西尾根末端はなだらかに湖面に届いているようだ。平ノ小屋も近づいてきた。西尾根末端に近づくにつれ、針ノ木谷河口付近も見えてきた。湖面はどうやらそのすぐ南までで、その先湖面は急速に狭まって沢状となり黒部川上流部への入口となっている。やがて西尾根末端に到達して、難なく上陸する。ここが西尾根取付。湖面からいきなり登攀開始というのも何だかオモロイ。顕著な尾根の下端が湖に水没したということなんやな。

針ノ木岳西尾根全景 赤沢岳西尾根を振り返る

 快適なスノーシューハイクもここまでであった。思いのほか急な登りがいきなり始まったが、キックステップが苦手なスノーシューではジグザグ登高が余儀無くされ、かつ腐った雪がすさまじいダンゴになり、さらにはラッセルした雪の大半がスノーシューの上に乗っかるもんだから、片足重量が5倍(?)くらいになってしまう。すぐさまワカンのさわむらどんに先行してもらい、ワシはステップを追うハメに。それでも片足重量は4倍ほど。小1時間でえらい差がつき、ワシはスノーシューに悪態をつきながら1600m付近のビバーク適地に到着、15:30。スノーシュー、ワカンは以後下山まで全く使用されず、ザックにくくりつけられたままとなった。
 さわむらどんの新品モンベル・ゴアテントを設営、テント外で入山祝いのビールで乾杯する。2〜3人用テント内は広く、快適である。きょう一日でかなり進めた。夜になっても異常に暖かく、ワシは裸足で小用に出る。

[3/15暴風雨+雷 のちミゾレ+強風 1600mで沈澱]
 前夜半から雨。早朝には雷も鳴って暴風雨に。天気図を取ると、まさに寒冷前線が通過したところ。低気圧は高速で東進しているので、午後から回復するようなら300m/3hほどでも高度を上げようと話し合っていたが、正午になっても回復の兆しは見えず結局沈とする。
 日中は行動食やラーメンをチビチビ食べてはまどろみ、夜はジフィーズ1袋をふやかし分け合う。さわむらどん持参の韓国一味唐辛子と塩胡椒を大量にブチこんで食する。こうするとジフィーズ臭がいくぶん和らぎ、喉を通るようになる。

[3/16快晴 1600mBP〜ドームの先2350mのコル]
 3時すぎ起床、5時半出発。ド快晴である。アイゼンツボ足でもすねまでの雪で、比較的いいペースで高度を稼ぐことができる。1900mを超えるあたりから背後には北ア最北部〜剱北方稜線〜八ツ峰〜立山〜五色、そしてさらに南へと続く黒部源頭部の素晴らしい景観が広がり始め、紺碧の空から日が降り注ぐなか「サイコ〜!」と叫びながら進む。一方で雪は早くも腐り始め、ズボズボ潜って鬱陶しい。気温は低め。ザックのなかの水は半分凍っている。

黒部第四ダム方面 西尾根1900m付近を登る

 顕著な2100mJPを越える。針ノ木谷から登って来る尾根も良く判る。わずかにアップダウンしながら徐々に高度を上げてゆく。第1岩壁手前のギャップへはスバリ側に40mほど下り、深い雪を登り返してから傾斜の強いブッシュ壁をピッケル頼りに登る。ワシのワケありMIZO「北辰」ピッケルは、岩を叩くとピックが5ミリほど欠けてしまった。やっぱしなぁ。まあ「アルパイン」用にはこの方がええわい。(もう1本新品があるので御希望の方はワシまで。軽くてエエで、ピックはきっと欠けるけど。4000円!)

2100mJP付近から 2240m台地付近を行く

 2240m台地を過ぎるとすぐに第2岩壁が現れる。見るからにボロボロ、と言うかガレキの山である。八ツの壁の比ではない。基部で登攀具を付け、正面左寄り右上する凹角にさわむらどんトップで取付く。さわむらどんは岩をバンバン落としながら登り、ビレイ。1p目終了点には残置ピトンが2本あり、よくこの岩で打てたもんやと感心することしきりであった。2p目はツルベでワシがそのままリード。ブッシュもなくなり、ランニングは積み重なった岩の隙間にフレンズをかますが、ほとんどナッツ状態。ホールド、スタンスともガラガラボロボロで恐ろしい。スタンスが崩れる前に体を上げていく。

第二岩壁登攀

 ローソク岩の右手をすり抜けると、ドームにぶち当たる。もう16時である。さわむらどんトップで正面右寄りを50mいっぱい登り、2373mへ。そして、このピークをわずかに下ったコルで幕営とする。西風が強く当たるが天気は最高、立山・剱が美しい。テントに入って足をのばし、まずは長時間労働をビールでねぎらう。夕食ではジフィーズは即却下され、イタリア製インスタントチーズリゾット。このシリーズはイケる!重量も軽く、カロリーも十分。今後わざわざ山道具屋でジフィーズを購入することはないだろう。(しかし、お互い小食になったもんや。食料分配を殺気だった目で眺めた時代も合ったのだが)

ドーム 2373mピークにて

針ノ木岳西尾根下部を振り返る 2350m付近、CSにて


[3/17曇のちミゾレ〜風雪 2350mBP〜針ノ木岳〜スバリ岳〜ビョウブ尾根〜扇沢]
 寒くて3時間とは寝ておられず。明け方までは星が出ていたが、出発する6時すぎには薄曇りとなってしまった。今日はいきなりノコギリ状岩稜で始まる。ここは極めて小さいものも数えると、7つくらいの小岩峰からなっている。さして困難もなく通過し、最後の岩峰直下からはダケカンバを支点に針ノ木谷側へ20m懸垂したのちII峰手前のコルへ雪壁を登り返す。

ノコギリ岩稜、II峰直下にて

 厚い雲が空を覆いはじめ、南の方からぬるい風が吹いているが、まだ視界は良い。北鎌尾根が意外に平坦に見える。しかし、天候悪化も時間の問題だろう。天気にせかされるようにII峰を越え、最後の小さな岩場を登り頂上へ続く尾根をたどる。右手の針ノ木峠よりも我々の高度の方がもう上だ。いつものことながら頂上はなかなか近づいてくれなかったが、薄く雪の付いたハイ松を踏みにじり、締まった雪壁を登り、小さな岩場を右から巻くと、三角点と黄色い道標の立つ山頂に飛び出した。正午少し前だった。テン場から6時間の予想がズバリ当たる。気温は異常に高い。
 ここでは携帯が入る。NG宅に登頂報告を入れると、なんだかもう終わったも同然のような気持ちになったが実は先はまだ長いのだ。昨日2人で、午前中に登頂できればなんとか明るいうちに扇沢に下れるのでは、と話していたがどうなることやら。荒天の稜線で濡れネズミのビバークはしたくない。行動食と水を詰め込み、歩を進める。
 ここからは一般道とはいえ、北面の斜面は急な堅雪壁で慎重に下って行く。槍の穂先に雨雲がかかったと思う間もなく、ポツポツと降り始めた。延々続く左下がりの片斜面のトラバースは、左足首内側にプラ靴のシェルのヘリを突き立てる。歩く気力を失うほどの痛みだ。そんな状態のなかでワシはスバリからの下りの道を見失い、沢状を下り過ぎて30分ほどのタイムロス。雨はミゾレに変わり、ガスも巻いてきた。明らかに焦っている。しかし、痛みのためペースが上がらないことが、逆に慎重に行こうという気にさせてくれた。
 地形図では、ビョウブ尾根はスバリ〜赤沢の最低鞍部から東へ大沢小屋まで延びている。我々は既にその最低鞍部付近にいる。しかし、ガスは濃くなり、また主稜線の東面は雪庇がいたるところで張り出しており、ビョウブ尾根の同定は容易ではない。目星を付けたダケカンバがまばらに生えた斜面をさわむらどんがロープを付けて一段下るが、確信は持てないようだ。西風が強く、ミゾレが横殴りに降っている。今度はワシが下降点を示す赤布でもないものかと、付近の潅木を調べるがそんなものは見つからない。ふたりとも、これではしばしここで待機、場合によってはビバークかと思い始めた。そんな矢先、さわむらどんが潅木に巻かれた赤テープを発見する。エライ!ここやで!早速下降にかかる。
 しかし、あとは樹林の尾根を楽勝で下って行けるのでは、との甘い考えは即座に打ち砕かれた。腰まで没する恐ろしく頼りなく、茫洋とした雪の斜面が波打ちながら延々続いているのがガスの切れ目から望まれる。さらにこの尾根はやたらに分岐したりナイフリッジになったり、、、要は地形が複雑なのだ。雪質は最悪、弱層だらけである。雪面と空間の境も見えたり見えなくなったり。距離感もマヒする。どれだけの意味があるのか疑問だが、ロープを結び合い50mいっぱい離れてワシが先に立ってひたすら下っていく。さわむらどん、ワシが埋められたら引きずり出してくれやぁ!?
 アイゼンは20cm以上の高下駄である。樹林が出て来るまでの小1時間(だったか?)は恐怖であった。
 2000mを切るあたりから若干視界も良くなり、樹林も増えてきた。少し余裕が出てきたせいか、扇沢で除雪作業をしている音が耳に入って来るようになる。湿った雪に打たれた体はビショビショ、止まると寒いのでさらに下り、もう絶対安全という樹林帯の大木の下にあお向けに倒れ込み、小休止する。ワシにはロープを巻く元気もない。しかしあと2時間、暗くなるころには間違いなく扇沢に着けるはずだ。「おい、今日どこまで行く?」とのさわむらどんの問いに、「絶対(扇沢まで)」と答えて腰を上げる。10分も下ると、雪に半分埋もれた大沢小屋のすぐ下だった。よっしゃ〜! ルートは外していなかった! 安堵で一瞬目頭が熱くなったのは事実だ。
 そこからは20cmの高下駄もそのままに、足を引きずってヨロヨロと歩き、1時間ほどでトンネルに入って行く車道に這いずり出た。周遊完結17時半。扇沢ターミナルの軒下ではふたりともしばし座り込み、テントはなかなか立たない。イヤハヤ疲れた。夕食もまずは甘〜い紅茶の乾杯から、そのあとも流動食ばかり。わずかにウイスキーも残っているが、欲しくない。水が一番ウマいのだ。長時間行動には、十分な水分補給が不可欠であることを再認識した。(『Extreme Alpinism』のMark Twightは 、1日4リットルと言う。)

[3/18ミゾレのち晴 扇沢〜日向山ゲート〜「薬師の湯」〜「玉府」]
 ここには早朝6時すぎには除雪を請け負っている峯村組のオッサンが上がって来る。だから、それまでにテントを撤収してパッキングもすませないといけない。明け方まで降っていたミゾレ混じりの雨も、出発する7時前にはほとんど止む。ふたりとも、もう完全に下界モード。あとは舗道をタラタラ歩き、タクシーで温泉まで行ってビール片手に熱い風呂に入り、そのあとは大町駅前のいつもの台湾料理屋で(さわむらどんの奢りで!)旨い水餃子、ピータン豆腐や辛い鍋と大量のビールを腹に収めるだけだ。(ここの台湾人のオバサンとは顔見知りになってしまった。いつもザックからはずした凶器類を入れるための紙袋をもらう)
 天気は急速に回復して行く。ゲートの少し手前では、爺南尾根に入るというカップルとすれ違う。そう言えば、入山時いっしょだった二人組はどうしたのだろう? 夏道取付にはトレースは残っていなかった。その旨を彼らに伝えると、「あ〜あ」という顔をしていた。我々が黒部湖から針ノ木を越えてきたと言うと、「どえ〜っ!すご〜い!」たまにはそういう反応もなくっちゃね。我々ふたりとも気を良くし、「 珍しく気持ちのいい山ヤやな」「ああいう登山者がおる限り日本もまだ大丈夫や」などと訳の分からんことを言い合う。
 帰りの新宿行き「あずさ」ではふたりとも有明あたりから寝てしまい、寝過ごしたさわむらどんは茅野から寝ぼけ眼で逆戻りして行った。お互い、お疲れさんでした。来年の黒部湖結氷時には今度はスバリ西尾根に行く!

Text  by にしやん     
Photo by にしやん&さわむら
Edit  by NG