以下は、西やんから寄せられた「赤沢岳西尾根山行報告」です。
原文のまま、引用します。
                   by 管理者:NG(noguring)


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まいど、この時期あんなとこのぼろとしたらあきまへ〜ん。

以下、’00年4月赤沢岳西尾根敗退報告(若くは、「鏡岩左稜残雪期単独初登」報告....んなもんあるかい!)>長いんでヒマな人のみ。

 結果から言うと、西尾根にはまともに取りつけず。雪質最悪、加えて大雨しかも雷雨の予報にメゲてワンビバーク後二日目に下山。三日目も予報では晴れ時々雨という定まらないものだった。確かに不安定な気圧配置で、仮に登山続行しとったら上部核心で確実に悪天につかまったろう。吹雪いたかもしれん。しかし、何より雪が悪すぎや。この時期核心は取りつきじゃ。ワシは「取りつき不能」と判断した。もうちと落ち着くんやろか、5月中旬ころに出直してみよ。今年もGWには多くの人が黒部ダムから黒部川へ入るんだろうが、ダムから出発して即事故なんてことが多発するんちゃうやろか。出かける人はお気を付けて!

 さて、初日扇沢では降雪。黒部ダムではぬるい風が吹き、雨に変わってた。黒部ダム駅のトンネルから出てさらに続く雪のトンネルを抜けると、そこは黒部川に落ちていく雪壁の真っただ中。「アイガーサンクション」を思い出す。この雪壁のあちこちでデブリが川まで。鏡岩基部の古い水平道も、急傾斜の雪壁の下。まずはここをトラバースして行かんと始まらんのだが、さえない天気に加え、鏡岩基部ではシュルントがパックリと口を開けておりそのシュルントからドカーンと川まで雪面が崩れ落ちて行きそう、そんな巨大な雪板の上をトラバースして行くのかと思うと気がすすまん。グサグサの雪で滑落はないにしても、全層雪崩というよりは全崩落が起これば即ミンチや。ビビってしまい、見ただけで敗退したくなる。

 が、雨も小降りになってしまい、空も明るくなってきた。ちょっくら行ってみよか、と9時出発。強い傾斜のトラバース。時々後ろ向きになりながら100mもトラバースせんうちに、50m程下の雪板がズーンと崩壊しよった。コワ〜コワ〜。偵察時の記憶では、まだ数百m鏡岩の左裏に向かってトラバースして行かんといかんが、もうそれどころではなくなってきた。真上を見上げると垂直の鏡岩、左上30mにはやはりほぼ垂直やがブッシュ帯が見える。とにかくそこに逃げこも。この際、垂直木登りの方が数段マシやろ。左へ左へ木登りしていけば何とかなるやろ。(後でこれも甘い考えだったと気付くのだが。)ピッケル刺すとスコスコの小さい雪面のワレメをいくつか避け、雪ごと落ちる恐怖にビビリ倒しながら薮ににじり寄って行った。最初の太めの木にセルフを取って、胸をなでおろす。トンネル出口から直線距離でわずか100mかそこらやろうけど、こっから退却せえ言われてももういややで。既にオーバー手袋も手も雨具も靴もグショグショや。

 頭上を見上げるとうっとおしい垂直の薮やが、太い木も張り出しており何とかなるやろ。グサグサの雪が付いとるとこやそれが溶け氷化しとるところ、草付泥壁が出とるところや岩がハングして水がしたたり落ちてくるところ、もう何でもアリや。ここも雪ごと体もはがれそうでコワイ。ロープ結んで、空身登り〜ロープフィックス〜登り返しもまじえた登高は遅々として進まん。ザックは引っかかりまくり、もうキレそう。懸垂下降の要領で、ダブルロープで登ってからロープを引き上げようともするが、水吸ってボトボトのロープは滑らず、薮にも引っかかって回収できん。結局降りて登り返しの繰り返し。トラバースともなるともっと悲惨。内蔵助谷の方向からは、10分に1回の頻度でズズーン、ドカーンと雪崩の音が響いてくる。黒部別山の沢筋も雪崩とるんやろう。いや、どこもかしこも雪崩じゃ。足下からはさっき通ってきた水平道上の雪塊が崩落する音が二度。計画書には「往路を退却」なんて書いたが、それはもうとっくにムリやで。やっぱし黒部や。そして、ここは鏡岩そのものの中のブッシュ帯や。投げ縄で登られた屏風の中央稜てこんな感じか。左へ左へなんて、そう都合よくはいかんもんじゃ。

 ホトホト消耗してきたところに、アルペンルート全線開通祝いか、ダム上で楽隊が演奏しとる間抜けな音が背後から聞こえてくる。木々のすき間から、楽隊の行進も見える。いつの間にか空は晴れ渡り、背後に立山が白く大きく高い。ワシ何やっとんねん、なんか悲しくなるわ。変人言われてもしゃあないな。もう3時間動いとるのに、獲得高度は100mやで。さらにアイゼンの前爪を雪や氷や泥や草付やらに蹴りこみ、腕は出来るだけ太い枝や硬い氷のヘリを求めて伸ばす、その繰り返しを続けジリジリと上がって行くがついについに行き詰まる。ハングした壁に完全に行く手をはばまれた。やむなく懸垂を2回、そのあと左へと大きくトラバースを行う。これがとりあえずは正解。ブッシュがまばらで少し傾斜の落ちた雪のリッジ状の所に出た。鏡岩の左端ちゅうことになるんかいな。ここから直上していけば、西尾根上に出れそうや。でももうしんどい。時刻は4時、ここは何とかビバークできそうやし時間も時間なので今日はここまで。7時間行動で獲得は200mのみ。なにが初日2100m付近までや。まだ1700mやで。大きな雪のブロックが倒木に引っかかっているようなところを削って、ビバークサイトとする。1時間かけてサイトを作り、ロープを周囲の木を使ってサイトを囲むように張り巡らす。そこからビレイを取って寝ることにする。このリッジのすぐ左は浅いが急なルンゼ状で、しょっちゅう雪が滑り落ちてくる。やっとテントを平坦に固めたテラスに置き終わった時点で、約10秒間ザーザーと雪崩れた。もしでっかい崩落が上部で起これば、とばっちり受けるやろな。でもそのときはリッジの逆側の、今登ってきた垂直ブッシュ帯に落とされるやろから、ビレイ取っといたら死にはせんやろ。

 テントに入り、やっと足が伸ばせた。テントも自分の体もビレイしてある。もう6時やんか。真北が開いたテントからは、内蔵助谷、黒部別山や大タテガビンがよく見える。雪崩の音が続いている。そのずっと向こうに西日を受けて光るのは白馬やろか。頭上右手の雲間からチラッと輝いて見えたんは鳴沢岳かいな、えらい稜線遠いな。テントを開け放って着干ししていてもあまり寒くない。ありがたい、シュラフは600gと軽量のペラペラ安物ニッピンやから。まずは3本担いできたビール。うち2本は今日飲も。ウオッカもコップ1杯はある。ツマミはボイルした黒豚ソーセージと本日分行動食のベビースター。これで入山祝いじゃ。軽量化にはウルサイが、ビールは削れん。テントもやっぱりツエルトではなく軽量ドームや、フライはないけど。居住性が違う、すると安心感も違う。ザックはゼロポイントの40Lやぞ。ロープ細いのにしたら、さらにコンパクトにできるんやけど。右手の例のルンゼを時々ザザーッと雪が滑り落ちている。でもビールを1本一気に飲みタバコをふかすと、なんやらすごい居心地良くなってきた。さっき水を作るためすくってたテント前のグサグサ雪が、もう締まってきとる。明朝雪が締まってる間に一気に高度稼ぎたいもんじゃ。ここから直上で正解やで、絶対。問題は天気や。ラジオつけとるけど、なんでどこもかしこもナイター中継ばっかりやねん。野球がそんなにオモロイんかい。しゃあない、天気のことは明日や。明日は3時半起床5時発や。さ、水増しジフィーズでも食って寝よ。

 8時半にはシュラフに入ったが、寒いというよりジメジメと冷たい感じでなかなか寝付けん。ここのテラス崩壊せんやろな。でもトロトロと3時間ほど寝たんかな。2時ころには寒くてコンロに火をつけ、コーヒーを飲んだ。入りの悪いラジオを聞きながらシュラフに入ってジッとしていた。天気は完全に回復する間もなく下り坂やと。全国的に雨か。北日本は大荒れってかあ。金沢は晴れのち雨って、なんちゅう天気予報や。まあいずれにせよこのへんで雨降らんということはありえへんな。気温高いし雪ちゃうな、今日は遅かれ早かれ雨それも大雨やで。夏山でも雨やったら動かへんのに、この時期こんなとこで大雨なんか絶対イヤや。今夜猫の耳の上で大雨のなかビバーク、浸水、考えただけでも死にそうや。そやけど、それをしのいだら天気回復しそうやな、そしたら明日のうちになんとか稜線....。雪次第やな。昨日みたいなグサグサの雪が付きまくってたら無理やな。富山、今日は晴れのち雨。長野県北部、今日はくもりから雨、ところにより雷雨って、ええ〜雷雨?!。で、明日は晴れ時々雨か、う〜ん不安定やな。う〜んどうしよ。今日はきっと荒れるな、夜はもっと悲惨やで。グサグサ雪プラス雨で濡れネズミになった上、場合によっては大ミゾレのなか寝るっちゅうのはかなんなあ〜。絶対イヤや、イヤやけど降りるにしてもどうやって降りんねん? 樹林帯を伝って黒部川まで降りんといかんねんぞ。そんな下降ルート採れるんか? ここの下が全部スパ〜ッと切れてたら完全に進退極まるで。沢状やったら、覚悟決めて走って降りるけど。ここから川まで高度差400m、雪崩のヤバイ沢状部分200mとしてそこは走って15分位か。朝早いうちなら大丈夫やで、きっと。昨日右下にダケカンバの生えた小尾根が見えとったけど、なんとかあそこまでたどり着けんかな。

 3時半にアラームが鳴り、本格的に起床。最近お決まりのチーズラーメンを食す。ラーメンはすぐに煮えるチキンラーメン風5ブロック入り100円也をビニールに小分けにしたもの。既に砕けてクズラーメン状態。そこにスライスチーズをちぎって散らし煮る。コーヒー飲みながら、最後の天気予報確認。さっきと変わらず。降水確率70とか100とか言うとる。空を仰ぐと曇天、星は見えない。やっぱり下ろ。ここから上部の雪も全然締まってないやんけ。狭いテン場でのパッキングは面倒やなあ。加えて下降を考えると気が重く作業も遅れがち。テントを撤収した後の固いテラスに大キジを打って、6時に下り始める。リッジ上を3回懸垂すると、50mほどのハングした壁の上部に出る。右へルンゼ状をトラバースしさらに下ると、ポンとダケカンバが出てきた。このあたりは立って歩ける明らかな尾根状を呈している。立って歩けるのはうれしい。振り返って左方を見上げると、何やら見たことのあるような地形や。

 そうや、偵察時はここを薮漕ぎして行ったんや、間違いないで。今は落ちそうな雪塊が乗っかっとるけど、あそこのブッシュの薄くなった斜面は無雪期は沢のスラブ状側壁で、あの時はスニーカーのフリクションでぺたぺた登って行った。薮漕ぎから束の間解放されて、喜んだもんや。でもここは秋はダムから1時間ちょっとのとこやで。あ〜あ、今回の最高到達点のなんと低かったこと。ええわ、もうこうなったらとにかくはよ降りよ。小尾根は下へと続いており、ロープを引きずりながらズボズボと下る。左と正面下はまたハングしており、右下目指して下って行くと沢の中にこの尾根は消えてしもた。この沢は幅もあり、上部からの雪崩が通った跡の真っ白な筋が何本も落ちている。デブリも何箇所かあるが古いもので、大丈夫ときめここを駆け降りることにした。黒部川はまっすぐ下に見えている。高度差250m程かいな。しかし黒部川もほとんど埋っとるなあ。

 ここを下り始めてすぐ、旧水平道まで降りてきた。このあたりでも当然道は雪壁の下やけど。どっかこのへんに黒四ルートの赤沢抗口があるはずなんやけど、もっと赤沢寄りなのか雪に埋もれてるんか見つからん。赤沢抗口から出て取りついた記録もありそのほうが取りつきやすいというけど、そもそも関電トンネル内をどう行けば赤沢抗口に至るのか今もって分からん。ま、この状態ではどっから取りつこうとしてもいっしょや。そんなことは今は置いといて、この沢をさらにどんどん下る。もうすぐ黒部川や。ああダム上への登り返しがシンドそう、と思いながら黒部川の雪の河原に降り着いた。1時間半で昨日登った高度の倍を降りてもうた。荷物を全部ぶちまけて、大休止。残りのビールを飲みたいとこやが、ダムに戻るまでガマン。ダム方向から4、5人のオッサンが歩いてくる。山ヤかな、どこ行くんやろ。先頭はワカンを履いとる。「一人ですか」と対岸から声を掛けてくる。荷物は小さい。釣師や。頷くと先方はワシも同業と思ったらしく、「どちらへ」と聞く。何本ものヒモやら遠目には釣竿にも見えんことはないピッケルやバイルを周りに広げ、おまけにガタローみたいなサロペットタイプのオーバーズボンやから無理もないわな。「いや、昨日ここの上を登ってたんやけど、状態悪いんで今降りてきた」と言うと、「ここの沢を?トザンですか、アブナイアブナイ」と言いながら行ってしまった。そう、登山は危ない。特に黒部周辺のこんなヘンタイ登山は危ないんやで。

 出発からジャスト24時間後にダム駅に帰着、無事敗退。初日に何とか西尾根上に上がる可能性を見い出せたので、天気さえもつなら先に進んだろうとは思うが、そもそもこの状態で登ろうとしたことが間違いやった。初日にトンネルから出て、山を見た時点で敗退とするべきやったんやろう、「取りつき不能」なんやから。しかしこりずに5月中旬再訪するつもり。そのとき登ろうとするかどうかは、見てから決める。(ダメなときは、立山中央山稜に転進や。)このルートの適期は12月末〜3月でしょう。2、3月はキノコがすごいやろうけど。

以上、西田