孟力 混
モンフン (May. 1999)


なぜ駆け足のようにラオスを駆け抜けたのか、、、それは、孟力 混(モンフン)のサンデーマーケットを見たかったから。普段着が民族衣装っていうのを、この目で確かめたかった。観光地化された、「○×族の村」というのではなく、普通に買い物をしにきている姿(生活している姿)をみたかった。

景洪よりバスで約2時間弱。景洪(ジンホン)より始発(7:50)の打洛(ダーロウ:ビルマ国境)行きに乗る。隣に「ビルマに行くんだぁ〜」と、入境許可証をうれしげに見せるおっちゃんが座ってくる。中国の方々は、沈黙が嫌いなようで、中国語がしゃべれないのに、これでもかというぐらい中国語を話してくる。漢字を書いてみると、今度は、筆談で話ができるのがまた、楽しいらしく、一言しか漢字を書いてないのに、文になって帰ってくる。もともと、テンションの低い私にとっては(しかも朝。)、とってもつらい。なんて思っているうちに、月昔混(モンフン)についた。バス停から、緩やかに下り坂があり、そこにざぁ〜〜〜〜〜っと、市が出ている。生肉を解体しながら売っていたり(でもそのそばを、生きた牛や豚がうろうろしている。次は自分の番って、気づいてる?)、ビルマからの輸入品をうっていたり、布地を売っていたり。しかも市には、普通の服(漢民族の)を着ている人と同じぐらい、いや、、、それ以上の割合で、民族衣装を着ている人達でごった返している。こんなたくさん、しかも、いろんな種類の民族衣装を一度に見たのははじめて。しかし、余りに真剣に物を選んでいるので、とても、「写真取らしてください」なんて言えるわけもなく、隠し撮りのようにこそこそ写真をとっていました。中には写真を嫌う民族の方もいらっしゃるので、気をつけないといけない。


色とりどりの民族衣装と垢抜けしたタイ族

孟力混(モンフン)についたのは、10時半。昼に近づくにつれ、ごった返していた市は、どんどん寂しくなってくる。山のような荷物をのせて、トッ、トッ、トッというトラクターの音とともに帰っていく。1時すぎには、朝の市が幻だったかのように静まる。市に来ていたタイ族は、タイ人を思わせる顔つきだった。中国にいながら、タイが近いことを感じずにいられなかった。

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