The Editorial Postscript

−刻の歯車の中で−

 
〜始まりは突然に〜

「nadisくん、なにやってるの?」

TD5が誕生するきっかけはtoriのそんな一言からだった。
僕は途中だったキャラクターの継続画面から目を離し、toriを見やり、 インターネットで気軽にできるゲームであることを答えた。
当時は今のように死人が出るほどはまるような、グラフィックにも凝った上でオンラインのゲーム というものは無く、ブラウザの表示可能なテクニックの範囲内で一般の人が公開する ゲームというものが全盛だった。
このときやっていたものはその中でも先駆け的且つ今も続くRPGだった。
僕はtoriや同じ研究室のメンバーだった三月やらぐに、マシンを自由に設定して 勝ち抜いていくものなどいくつかのゲームを紹介し、 その中のいくつかにはまっていたようだった。

動き始めたのは、それからだいぶ過ぎたある日のことだった。

「ネットゲーとしてRPGを作ろうと思うんだけど」

またしてもいきなりなtoriのそんな一言からだった。
正直最初は何を言ってるんだ?と思った。
作るのはそう簡単ではない。ましてやRPGは大手コンピュータメーカーの作った ものしかやったことは無いだろう。その要素だけでは面白いものはまず作れない。
ブラウザで表現できるものは限られているし、同じレベルのプログラムは容易ではないからだ。
あとで幾度も感じることになるが、彼はやると決めたときは”やってしまう”男だった。
この時も彼の意志の固さは感じた。ただ何がこれから必要となるのかは あまり見えていないようだった。
だからサポートする形での参加を了承した。
いろいろやりたいことは頭の中にはあった。それを実現する時がきているのかもしれない。
そういう思いもあった。
サポートで済む話でなくなるということだけは、このとき知る由も無かった。


〜存在するが存在していないもの〜

先ほども述べたが当時すでにいくつかのゲームが動き、栄枯盛衰は始まっていた。
その中で中心となっていたのは10000人を超える所であり、こことの差異化を図れなければ、 受け入れられることは無いだろうし作っても意味が無い。
こちらには幸いスタッフは4人というチーム制であり、始終顔をつき合わせている面子でもある。
かなり作り手としての自由度は高く、意見も出やすいし交わしやすい。
細やかなゲーム、凝ったゲームが作れることはこちらの利点の一つでもあった。
それを利用しない手は無い。
そこで当時あまり取り入れられていなかった、あるいは取り入れるには労力が間に合っていなかった、 TRPGの要素を色濃く出すこととなった。
当時TRPGの経験者は自分とらぐだった。そのあたりの要素が色濃く入っているのはほとんど二人の影響である。
ぴーちらんどでの仕掛けにクスリと笑った方も多いのではないだろうか。

ちなみに一部ネタがわからないであろうぴーちらんどものについて。
とりかわのたけぐしと食後の鳥スープと焼き鳥屋のキャベツ。
これは博多で鳥皮と言えば他の追随を許さない薬院の某焼き鳥屋である。
その鳥皮を当時の価格×100ラグしたものと、食後に一杯だけ飲むことが可能な非常に美味なスープ、及びつけあわせのキャベツ。
これが元ネタである。わかるわけがない気はする。。。
最近店が二つに分かれたがそちらも美味しい、それはさておき。。。
おもちゃの聖闘衣、これは某○ンダイと某○英社によるひとサイズ大きなROMカセットのゲームである。
角拳のぶちねこ。西東京市が田無市だった頃、市内のとある施設内の野良猫が、 訪れた僕らの足に、挨拶代わりなのかいきなり頭突きをして走り去っていったというなんともほほえましい(?)エピソードからである。

さて、そろそろ閑話休題。

よく言われていることでもあるが、日本のRPGはノベルの電子化、その表現のための グラフィック強化に特化してしまい、RPGの本来の意味である”ロールプレイ(役割を演じる)”が失われている。
(最近になってようやく、といえる)
RPGというのは、プレイヤーが自分の分身を作り、その世界に住み、 分身はその世界の中で自分(プレイヤー)の考えをもって選択し、育ち、生きていく、 それが本質的に面白いのではないかと思う。

作り手が行うのは、住むための世界を構築し、その素材としての世界の理(ことわり)を 用意することではないだろうか。
TD5に組み込んださまざまなアイディアは基本的にそういうコンセプトに基づいている。
世界の背景史、地名、各地の特徴づけ(各ステージの記述、武器防具、アイテム類、モンスターにいたる)、 D'rag、次元語システム、能力値選択型の成長システム、年齢、地域の経路選択システム、 マニアックには航路の船舶名、などなど数えればきりが無いし、何もそこまでといわれている気はするが、 僕らはこだわりは捨てたくなかった。
内部でもめたこともあった。特に僕は一番こだわり派(強行派ともいう)だったのではないだろうか。
次元語については自分が中学のころから考えていてやりたいことのひとつだったので、どうしてもとtoriにお願いして入れてもらった。
そこに世界があるならその世界の言葉(=その世界の理)を実際に使役する、そういうものがあったら面白いのではと思っていた。
そしてその使役の仕方は完全にプレイヤーにゆだねられるべきものとして実現したかった。
そこで比較的シンプルな言語体系を考え、その体系をシステムとして提供するスタイルをとった。

 
〜TD5の世界(解説)〜

世界観は基本的にはらぐの背景となる原案を議論の後にイメージを追加して現代史とつなげた。
”名前”に関してはいろいろこだわらせてもらった。
地域ごとの命名法の違いは当然のことながら、アイテム名やモンスター名のつけ方にもいろいろとある。
TD5の世界イメージを統一するため、序盤の一部を除くボスのほとんどのデザイン、 ストーリーに影響するモンスター名および台詞、ステージ描写は自分の役目だった。
またレイリングのような小説のキャラクターとも絡めた仕掛けもある。
それは真人(神人)と闇人(滅人)が完全独立ではなくなっていることをも示している。
種族存亡と長き時間による制約の揺らぎをこめている。

モンスターについては世界観の構築の一環として、それぞれの背景を意識して作っている部分が多い。
ここでは背景となった話を紹介しつつ、個人的に気に入っているキャラクターたちを振り返ってみる。

幽鬼凶士郎については、京士郎奇譚という形で、宮中の計略により汚名を着せられ、 親友である鬼門院閃空によって討伐されるまでの話を書いてみたいと思いつつ作ったものである。
ステージ中、イベント中などに鬼門院の名が垣間見えるのは、斬首に至る上で京士郎の 抵抗によって斬られた鬼門院の者であったり、京士郎の死によって鬼門院家が宮中にて発言力を増した結果である。

ヴェルクの怪人ラヴィア・ヴィヴィティ・ヴィッツ。
「ヴ」が何回出せば気がすむのか、という名前の彼であるが、このステージはもともとオペラを意識している。
死の仮面をつけ、少年のような姿で相手を魅了する彼の振る舞いとその名前の語感については妙に気に入ってしまっている。

魔王グレイヴェクタは、魔神戦争を絡めた本ゲーム中での台詞の真相、 真皇エクルトゥースの意思などを小説として思い描きつつデザインした。
真皇は、与えられた異質なるものを具現させる力によって、グレイヴェクタの世界を召喚した。 それはいずれ訪れる終末の刻(真でも闇でもない黒(=無)の力)への対抗策のためだった。
真竜は真龍(四属性龍)と滅龍とに分かれてそれぞれの力として世界に具現しており、 真人、滅人ともにその力を行使して第一種族に君臨してきたが、 周期の区切りにおいては真竜の力が弱体化する。
そこで黒の力に飲み込まれないための予言であり、力が与えられているのである。
そして飲み込まれれば再度周期は初めから繰り返され、 幾番目かのエルリファーナが出現することとなる。
真王エクルトゥースはついに初めて周期を繰り返さない術として、グレイヴェクタの世界を召喚し、 契約によってその世界の理と、舞い降りた力”始まりの皇子”とを融合し、真竜の力に依存しない 第零種族ルクトレグルの創生に成功した。
それはついに黒の力を打ち破り、周期は断ち切られ、真に新たな世界が始まったのである。 そこに結ばれた契約はゲーム中では描けなかった内容の一つである。

闇皇および影皇子の存在は、エルリファーナの世界が真人(神人)と闇人(滅人)に分かたれ、 すなわち世界が真と闇とに分かれたことを意味している。
真滅戦争における真王と闇王の戦い、影皇子ゼファによる始皇子ルクトレグルの幼体消滅およびその失敗は、 神胎録の予言をかけた戦争および予言の強制力の強さを示している。
解説をすると神胎録には真と闇とに分かれるとある。これは真皇と闇皇との戦によって両皇が完全に分裂することを示している。 そして予言が現実へと結実化したことを悟った両者は次なる予言をめぐり存亡をかけることとなる。
それはどちらかが選ばれ黒の力を打ち破るというものだった。
そして直接の戦いにおいては最終的には魔神戦争において神人が勝利し、滅人は、世界の裏側の次元へと姿を消した。
滅人はその際に表の世界に小さな穴を開けていた。 それが黒の力の強大化によりエル・ヴォルガの大地震によって大きく開き、次元回廊となった。
そういった争いの中で影皇子がめぐらせたのが、真人が黒の力を打ち破る可能性の力であり、 等しく闇人側にも与えられた”皇子”と呼ばれる力の存在である。
可能性を消去するため影皇子は自分と同じ役目を担う始まりの皇子の消去を企てた。 しかし実はこの力は等しく与えられた物であり、お互いがそれを犯すことができないように仕組まれていた。
歪極における闇皇はそのことをすでに気づき、始まりの皇子と影皇子は同じなのだと言っている。
そして皇子なる力をそのまま成体にしてしまった闇皇はすでに敗北を悟っていたのだろう。
(ちなみに次元回廊はエル・ヴォルガの大地震=黒の力によってこじ開けられたため、女神の腕が現れる)
また、神人の名についてであるが、真人、闇人ともに真竜の弱体化によって 四属性龍および滅龍の力が弱まることで種としての弱体化が現れ始めた。
そのため第零種族に権限移譲を行い、表舞台から姿を消した。その際の神格化名である。 これもまた神と滅に分かたれるという予言の実現を意味している。

真皇エクルトゥース。
すべての秘密を握る人物として創生の塔にて第零種族の試験者を担っていた彼であるが、前述のとおり すでに何代目かに相当する。しかし周期完了時にすべてを消去されてしまうため、その事実は彼の知るところではない。
ただ黒の力の進行を防ぎ、世界を守るための解を探り続けていた。
そしてついには自らの権威を捨てることによる解決を見出し、選択することを決断した。
第零種族が覚醒し、黄金の翼で塔を舞い降り、歪極へと消えてゆく姿を万感の思いを込めて眺めていたことだろう。
余談であるが、ゲーム中にちらりと出てくる「黄金種」という名前は種族覚醒後の種族を総括して 最初は黄金種と呼ぼうとしていたことに由来する。

ヴェルデハイン伯爵のエピソードは念願かなって小説化することができた。
当時制作側の状況としては次元語システムの導入がすでに決定し、D'ragの強化も図られていた。
しかしそれを更新日記でただ発表するのでは面白みにかけるので、世界情勢にからませて リアルタイムに導入するという表現を使った実験的な試みでもあった。
かねてから表に出てこないギラード帝国、および3人に関するエピソードも出すことができた。 本来はイベントでプレイヤーと戦う予定だったが、ついに実現できなかったのは非常に残念である。
当初は彼らとの戦いの結果によってギラード帝国とサンシア、フィレンカの勢力図が変動する国取りのような案も挙がっていた。

悪神阿修羅王。
彼もついには一度も出すことができなかった。これもイベントで魔覇羅討伐後か闇王出現前の歪極で 出現させるつもりだったが、予定外に魔覇羅ががんばってしまい、出しそびれてしまった。 魔覇羅の六手連斬などのオリジナルを駆使する強力な相手とするはずだった。
阿修羅王は阿修羅六将神を統べる存在であるが、阿修羅六将神も 遼空、糾渦、歪渦、瘴冥妃、魔覇羅の5人しか出すことができなかった。
第六将神も阿修羅王のイベント時に出すつもりであった。

怪盗エリーヌ・フォルテシモ。
TD5前期におけるイベントを盛り上げてしまったのは彼女の功績といっても良いのかもしれない。 元ネタはとあるところのものをちらっと見たのがきっかけなのだが、それはさておき。
彼女は後期では出しづらくなってしまった。王女もそうであるがわざわざ導入した加齢システムのせいである。 他のゲームには珍しくこのゲームは年を取るがゆえに二人とも年齢を食いすぎてしまった。
二代目を出そうかとも考えたがさすがにリアルすぎるので、輝いたころのまま伝説化、という運びとなった。

天空騎士アルティナとギラード第三部隊レイ・メフィリアの長メネア。
レイリングによってつながれた二人は真と闇が元は一つであったことを意味する。
二人は姉妹の関係であり、妹のメネアが闇側に行くと決めた際にお互いの結束の証として それぞれの名を刻印したリングを交換した。
レイの名をアリア・レイ・アルカードに授けたのは魔の強さに対する証だけでなく、メネアの愛情の証でもある。
余談ではあるが、創生の塔は第一種族から第九種族が存在する、種族の歴史の保管庫でもある。
天空騎士は第一種族、真人である。

それにしてもステージのモンスターについては、他メンバーが作成した部分もあわせて1000種を超える。
よく用意したものだと、たまに4人で呆れることもある。
モンスターの能力値の特徴づけは、イメージ部分が大体toriと自分、数値化をtoriが行ったが、 これはかなり大変な作業だったかとtoriの根気に頭が下がるところである。

もう一つ余談であるが、TD5がなぜ5なのか、ということで「創生戦争から数えて真滅戦争、魔神戦争、暗黒時代、を経て五期目である」
ということで5だということを話したことがあった。
TDは5が終わったらTD4かな、いやいや今度はTD1から始まって真人・滅人でプレイするんだと話したことが懐かしいものである。

 
〜プレイヤーとの中で〜

おそらくこのゲームはきつかったのではないかと思う。
継続と一定の仲間を必要とし、さらに綿密なやりとりが交わせる仲間でなければ、強くはなれない。
このゲームを受動型ではなく能動型として作ることにしたため、デザイン上厳しいものとなった。

確率に依存してしまうのはそのコンセプトとは異なり、TRPG要素の影響なのだが、 これについては週一待った結果がいきなりランダム死亡では確かにつらかったのではないかと思う。
本当は確率は低く設定されていた。集中的に腕にキャッチングされた人や、 連続的に死亡した人には申し訳ないのだが、実は本当に運が悪かったのでこちらでも「なんで?」と苦笑いしかなかった。
ただ、その中から防御対策を施していく新たな仕組みが生まれ、ゲーム性を高めることとなったことは プレイヤーとのやりとりの中で生まれたものではないかと思う。

逆にこちらが確率に泣いたこともある。
ボスの特殊技などがその例である。特に一度しか出ないイベントは難しく、 腐乱血種が巻き起こしたイベントでは腐乱大王が何もすることなく倒れてしまった。
また黒の女神においても最後の最後にようやくすべての技を出し切るというあたりは、 さすがTD5(?)と思ってしまった。

人数については、このゲームで失敗した一つかもしれない。
このゲームがステージアタック型であるための難題として「人数の分散化が難しい」ということがある。
TD5はあえて宣伝活動はしなかったが、口コミで広がってサーバの抱える人数を超えてしまったことと、 一時期にプレイヤーが集中してしまうとゲームバランスが崩れてしまうため、 参加制限をかけさせてもらった。
そのためネットワークの広がりにブレーキをかけてしまったこと、そしてシステム上プレイヤーの交流に 制限があったことが新規プレイヤーの仲間探しなどに影響を与え、新規者が継続していくのを難しくしてしまった。

 
〜最後に〜

5年という長期。そこまで続くとは思っていなかった。 その中で物を作る面白さ、小部屋の中にこもって朝から夜中まで議論し続けた熱い時間を 経験できた4人の仲間に感謝。

また、それを支えてくれた仲間にも感謝。

そして何より、それを支えてくれたプレイヤーの皆さんに感謝するとともに、この一時期の中で 何か分身の成長なり、謎解きなり、世界観なりで面白さを提供できていたなら幸いです。
本当にありがとうございました。


 
博多湾を望む某所にて…
2003/09/05
nadis
(ルシェド=グリフォン、神無月沙夜)