編集後記


TD5終了に臨むにあたり、私のこれまでの思い出やいま感じることをここに記させていただきます。
まず、終了に際して一番頭に浮かんでくる思い出といえば、TD5を始めた頃のことです。

Recollection for five years

TD5が動き始めたのはいまから5年前、1998年の9月のことでしたが、 私は当時、ネットゲームというものに初めて触れてから、 まだ半年も経っていない頃でした。
ただ、その半年の間で2,3のネットゲームに参加させていただき、 数千人もの参加者が集まるもの、リアルタイムで参加者同士が対戦し、 勝敗がすぐわかるもの、など様々な種類のゲームに私はすっかりと 魅了されてしまいました。

そんな私が、toriから誘われてTD5を始めるまでは、 そんなネットゲームを発信する側になるとは、想像もできませんでした。
他の2人も感じていることですが、いまでもこのネットゲームを製作しようという 行動力には、私も思い出すたびに感心させられています。

自慢ではないですが、私はそれまで学校の授業でも美術を筆頭に、 およそクリエイティブな分野には縁がありませんでした。
そんな私が、ネットゲーム製作というクリエイティブな仕事に 携われることができたというのは本当に楽しかったです。
ネット上に公開し、初めて知り合い以外の参加者が登録してくださった時の あの感動はいまでも忘れられません。
このTD5に自分で何かを作り出し、 それを外に向けて公開し、参加者の方々からの反応が返ってくる、 というすばらしいことを体験させてもらいました。

しかし、外に向けて作ったものを公開するということは、 それだけちゃんとしたものを作らなくてはならない、ということも同時に教わりました。
最初の頃はシステムや設定、ステージの広さやアイテムのバランスと 様々なことが未熟でしたが、改善を重ねていった課程が、 今考えると楽しい記憶として思い出されます。
当時は、本業をそっちのけで、tori、NADIS、らぐ=ばぐと システムやTD5の世界設定について本当に飽きずに何時間も話し合っていました。
このあたりのシステムの解説は3人がいろいろと書いてあるところであり、 私は3人の知識の多さというか、発想の豊かさに支えられて TD5がここまで続けてこられたのだと思います。



About "Elrifarna Times"

私について忘れられないことといえば、やはり新聞です。
新聞はTD5開始直後にtoriの手で始められたものでした。
ネットゲームは同じ世界にいるにも関わらず、他の冒険者の動向は 興味が薄れがちだったので、自分以外の参加者の動きをお伝えし、 参加者間の交流を助ける目的で生まれた新聞ですが、 toriがプログラムの改良や更新作業などで忙しくなり、 私に依頼が回ってきた、というのが私が新聞に携わることになったきっかけです。

文章を書くことは嫌いではなかったし、 TD5の中である種特殊な職につける、というおもしろさもあって こころよく引き受けさせてもらいました。
この頃、私はようやく自宅でインターネット環境ができつつあった時期であり、 何か自分の書いた物を外に向けて発信する、ということにも 興味があったのだと思います。

最初の頃の記事はというと、各地のボス戦を眺めつつレポートして・・・
という、最後まで新聞のメインの役割でありつづけたスタイルでした。
このスタイルは私が記事書きを引退して、参加者のみなさんに手伝ってもらうように なったあとでも、黄=泰馗ほか様々な方々に継承していただきました。
初期の頃からのスタイルを最後まで残してくださったことは、とても感謝しています。

振り返ってみても、新聞は常に新しい企画創出との戦いでした。
自分でも同じようなことを毎週繰り返していると
(おそらく、新聞を見てくださった方が一番感じていたのかもしれませんが)
正直飽きてしまったり、おんなじような文章ばかりになってしまうので、
「次はどういう視点で記事を書いていこうか・・・」
と悩んだことは多かったです。

これも自慢ではないですが、私は基本的に頭が堅く、新しい発想とかが まったく出てこない人間だったので、このあたりの新しい企画というのは かなりの部分、他の3人に助けられ、アイデアをもらいながら進めてました。
そういう意味でも、まったく私だけで新聞をやっていたら、 あそこまで長く新聞は続かなかったと思います。
初期の頃には、らぐ=ばぐにもコーナーを持ってもらい、 いろいろ面白い記事を書いてくれましたが、 個人的にはもう少し長く続いて欲しかったと悔やまれます。
らぐ=ばぐの文章センスはもっと表に出したかったですね。

新しいことといえば、モンスター辞典は結局途中で終わってしまい、 個人的にも残念な限りでした。
始めるときには全ステージを巡るつもりで 始めたのですが、私の執念がそこまで続きませんでした。
このモンスター辞典は、正体の分からない、名前だけのモンスターに 実体を持たせようという意図の元に始まり、後々、モンスターを分類し 特定の種類のモンスターに効果のある武器、等ができないかとの 考えなどがいろいろ浮かんでいたのですが、結局最後まで至りませんでした。

いろいろなことをやらせてもらい、 新聞を発行させてもらって、とても充実した時間を過ごすことができました。
参加者のみなさんから記事を募集するスタイルとなった後でも、
「本当にみんな記事を送ってきてくれるのかなぁ・・・」
という心配をよそに、毎週いろんな方が記事を送ってくださり、 みなさんの記事を読むたびにうれしかったことが思い出されます。
特に、最高投稿回数49回を数えるロイさんには、本当に感謝しています。



About "TD's Items"

スタッフロールを見てもわかるように、あまりシステムにはタッチしていなかった 私にとって、製作側の数少ない役割のひとつがこのアイテムの取り纏めでした。

TD5を初期の頃から知ってくださっている方々には相当な苦労をかけたと 思いますが、その頃のアイテム能力のバランスのひどさといったら かなりのものでした。
それを、一定の評価の元に、 各武器間で不公平がでないようにそれぞれの能力値を決めなければならない。
市販品なら値段と売る場所まで、他の地と差別化しないようにしなければならない。
このアイテムとモンスターに関してのデータの整備というのは、 TD5の中でも最も根気のいる作業だったと思います。

新しい発想が要求される仕事は苦手だった私ですが、 こういう根気のいる仕事は好きだったため、他3人の協力ももちろん得ながら なんとか現在のような市販品体系を作り上げました。
あの頃は本業よりも、このアイテム整備と能力値バランス調整に 思いっきり力をいれていた記憶があります。
この時期、移動中の交通機関の中では必ずといっていいほど、 TD5のアイテム表を手に持った私の姿がありました。
まだまだ追い込めなかった部分もありましたが、自分の調整したアイテムを 使ってくれている冒険者を見つけると、とてもうれしかったです。



At The Last

基本的には真面目な世界観だったTD5の中でも、 少ないながらいろいろ遊ばせてもらいましたが、 一番わかりやすいのがぴーちらんどでしょうか。
ここは製作者4人でそれぞれ考えているので、誰がどれを作ったのか、 想像してみるのもおもしろいかと思います。
私の作ったものは、その当時に見た・読んだものの影響を強く受けています。
基本的にはそれぞれの作品から断層を抜けて迷い込んできた、ということで。

「グランドクロス」は私が2回ほど出したあと、結局そのあと出された方は いたのでしょうか?
当時は、新しく作った技のテストということだったのですが、 本番でテストしてしまったのが幸か不幸か、かなりの話題になりました。
その後、いろいろな面で目立たないように振舞わなければ、 という、芸能人(!?)のような感覚に一時期なっていました。
自分で想像するよりも、多くの人に見られているという意識を味わった 後にも先にも体験することのないであろう、めずらしい出来事でした。


とにもかくにも、いろいろ楽しいことを体験させてくれたTD5でした。
そして、TD5に関わって楽しいと思わせてくれたのは参加者がいてくれたからです。
本当にここまで付き合ってくださり、ありがとうございました。



何年か経って、
「こんなネットゲームがあったよなぁ・・・」
などと思い返してもらえるようなものにTD5がなっていてもらえることを願って。

執筆:三月(みつき)
発行:2003年9月5日
P.S 最後まで遅れてしまい申し訳ありませんでした

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