2017年9月号

ここでは、芦屋を中心として、芦屋市民の生活圏ともいえる阪神間の地域情報を盛り込んでいます。
    

 更新日  あしや瓦版
 2017/09/21  「芦屋777新聞」展示 子どもたちが取材執筆
 2017/09/20  神戸・王子動物園のパンダのタンタン22歳 特製ケーキで祝福
 2017/09/18  芦屋市立谷崎潤一郎記念館で谷崎潤一郎「春琴抄」テーマに特別展 
 2017/09/12  明石港ー岩屋港 片道500円で広がる絶景
 2017/09/10 家族で学ぶAED操作 救急の日、須磨海浜水族園でフェア







(2017/09/21)「芦屋777新聞」展示 子どもたちが取材執筆

 8月に芦屋市内で開かれた市民イベント「ウルトラセブン芦屋へ」の会場で子どもたちが作った新聞36点の展示が19日、芦屋市役所の地下1階通路で始まった。10月13日まで。

 イベントは、芦屋市制77周年とウルトラセブン放映50年に合わせて実行委員会が精道小学校で開催。小学6年から高校2年までの17人が会場で自由に取材し、神戸新聞社が開発した新聞製作アプリを使って「芦屋777新聞」の編集に取り組んだ。約2千枚を印刷し、“号外”として会場で配布した。




(2017/09/20) 神戸・王子動物園のパンダのタンタン22歳 特製ケーキで祝福

 
神戸市立王子動物園(同市灘区)で17日、誕生日を迎えたジャイアントパンダのタンタン(雌)を祝う誕生日会が行われた。職員が手作りの果物と氷のケーキをプレゼントし、来園者たちと誕生日を祝った。

 16日に22歳の誕生日を迎えたタンタンは平成12年に中国の四川省から同園に来た。飼育員によると「マイペースで恥ずかしがり屋な性格」という。

 氷の器に好物の果物と、果物のジュースを凍らせた氷で飾り付けた特製誕生日ケーキ、パンダをかたどった高さ約110センチの氷の彫刻が贈られ、タンタンは興味深そうに周囲を回ったあと、ゆっくりと果物を食べ始めた。

 この日はタンタンを祝いに、屋内展示場の前には約100人の来園者が駆けつけた。また寄せ書きのコーナーも設置され、タンタンを祝う言葉や似顔絵などが次々と書き込まれた。




(2017/09/18) 芦屋市立谷崎潤一郎記念館で谷崎潤一郎「春琴抄」テーマに特別展 

 文豪・谷崎潤一郎の代表作「春琴抄しゅんきんしょう」をテーマにした秋の特別展「『春琴抄』〜〈虚〉と〈実〉の迷宮ラビリンス〜」が16日、芦屋市の市立谷崎潤一郎記念館で始まった。12月10日まで。

 2015年に印画紙の形で発見された谷崎の創作ノートや、ヒロインのモデルになった妻の松子が愛用した訪問着、琴など100点を展示。失明した三味線の女師匠と奉公人の献身を描いた同作と、松子に奉仕し、三味線の稽古にも励んだ谷崎の実生活を絡めた虚実の世界を堪能できる。




(2017/09/12) 明石港ー岩屋港 片道500円で広がる絶景

 生活航路のためあまり知られていないものの、実は大人片道500円で素晴らしい景色が望める明石港−岩屋港の航路。高速船で明石海峡を斜めに突っ切り、大橋をくぐるコースは、乗船している間中がずっとシャッターチャンスだ。

 明石港周辺の高層マンション群や釣り人を背に出港すると、左側には程なくして白い建物がびっしり詰まった本州の景色がダイナミックに広がる。周辺を大小の船が行き交い、世界一の長さを誇るつり橋がどんどん近づいてくる。くぐるころには右側に岩屋の町並みが現れ、漁船がずらりと並ぶ漁師町らしい風景に迎えられて到着する。

 この間、たったの13分。時速40キロというが、もっと速く感じる。「たまには、船旅もいかが」と運航会社の淡路ジェノバライン。日中はもちろん、景色が変わる明け方や夕方、夜もまた良い。





     
(2017/09/10) 家族で学ぶAED操作 救急の日、須磨海浜水族園でフェア

 9月9日の「救急の日」にちなみ、神戸市須磨区の市立須磨海浜水族園で9日、「須磨救急フェア」が開かれた。家族連れらがAED(自動体外式除細動器)を使った心肺蘇生法の手順を確認したり、煙が充満したテントからの脱出を体験したりして、いざという時の対処法を学んだ。

 須磨消防署と須磨防火安全協会が平成26年から毎年開催。救急車や消防車の展示や放水体験、応急手当ての体験会などが行われた。

 会場では、イルカショーに出演したイルカがAEDの存在を知らせ、同園のマスコットキャラクター「スマッピー」らが倒れた人を救命するという寸劇を披露し、来園者から盛んな拍手が送られた。子供たちは消防服を試着したほか、消防車につないだホースで放水を体験した。

 心肺蘇生法を学んだ同区友が丘の小学1年のS君(7歳)は「胸を押すのが大変だった。倒れている人がいたら今日みたいに助けたい」と話していた。