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(2000年3月〜9月)

(00/09/30) 新聞だけは別天国か
(00/08/26) 「過去」を云々するのなら
(00/08/12) 会長も幹事長もちょっと待て
(00/07/03) NTTは社会主義?
(00/06/24) ドイツの選択
(00/05/27) 言葉とは何だろう
(00/04/16) 国益より売り上げか
(00/03/08) 誰が国民を守るのか



(00/09/30) 新聞だけは別天国か

 このほど、個人情報保護基本法の大綱案が政府の個人情報保護法制化専門委員会によりまとめられた。近来の情報通信技術の急激な進歩は、商取引の電子化など利便性の向上や新たな経済の分野をもたらしたが、一方で個人情報の漏洩や売買などによるプライバシー侵害の事件が増えている。このような個人情報を保護するためのシステムはどうしても確立されなければならないのは当然のこと。同専門委員会がまとめた大綱案の素案はまさにこのたたき台になるものだ。

 素案には、官民双方に自主的な努力を求める「基本原則」として、次の5項目が示されている。
 (1)利用目的による制限
 (2)適正な方法による取得
 (3)内容の正確性の確保
 (4)安全保護措置の実施
 (5)透明性の確保
 
 個人情報をそれぞれの個人が不当に不利益を蒙らないように保護するには最低限これらは必要であろう。素案に盛り込まれた考え方は当然といえる。

 ところが、日本新聞協会はこれについて異議を申し入れている。曰く、「報道の分野が法の対象となれば取材等に不都合が起こる。その結果、取材活動は困難になり、報道の自由は制限される」というものである。

 前記の「基本原則」の(2)適正な方法による取得、(5)透明性の確保、は本人からの情報開示や訂正の要求に応じたり、本人から直接情報取得に努めるよう求める趣旨になっている。

 これに対し、日本新聞協会は「そんなことをすれば報道取材が成り立たない。報道の自由は国民の「知る権利」に奉仕するものだ」と反発している。更に「報道機関はそれぞれ自主的にプライバシー保護への努力を続けている。報道目的の個人情報は今後も報道機関の自主規制にゆだねるべきで、この基本法のすべての適用対象から外すべきだ」と、のたまう。

 これを見ただけでも新聞というものは実に勝手なものである。どこが「奉仕」だなんて言えるのだろうか。ただひたすらに国民の「知る権利」を楯にして、自分たちは集めた資料を本人に確認することなく、例え憶測であろうが活字にするのは俺達の自由にさせろと主張する。それに「報道目的の個人情報は今後も報道機関の自主規制にゆだねるべき」ですって? いままでそんなことがちゃんと機能したことがあるのか。一体、新聞は何様だと思っているのだろう。今までスクープを焦るあまりの誤報や良識を欠いた記事のために、どれほど多くの個人や企業が社会的に虐殺されたことか。

 言っておくが、我々は「知る権利」があるから、どんな手段を使ってでも、また不正確でもいいから書いてくれなんて言ってはいない。「報道の自由と国民の知る権利」を理由に自分たちの業界だけはぬくぬくと生きていこうというのは、それこそ紙の牙に守られた護送船団方式ではないか。我々の「知る権利」をそこまで担保してほしくない。

 このような新聞業界の横暴ぶりは、新聞の著作権にも同じことが言える。日本新聞協会の「新聞の著作権についての見解」を読んでみると、いやもう読めば読むほどに実にガンジガラメにして新聞業界の権益を守ろうという姿勢がミエミエである。

 また、彼らの言う「著作権の及ぶ範囲」も著作権法の規定を遙かに逸脱した、新聞業界の都合にいいようにとてつもなく広くに亘っているのには驚くばかり。これを新聞業界の談合と言わずして何と言うべきだろうか。ゼネコンは頭から悪と見なし、そこには常に談合ありと論調を展開する資格があるのか。

 新聞の暴虐ぶりにはまだ言いたいことがあるが、いずれ機会を見てまた話したいと思う。  (sd)



(00/08/26) 「過去」を云々するのなら

 この度、東京と木更津市で行われた第10回日朝国交正常化交渉が8月25日終了した。予想していたことであったが、今回は民間経済人の交流促進で両国が一致したという程度に終わったようだ。

 この会談で最も心配されたことは、先般来、自民党の野中幹事長や中山正暉前建設相らが唱える「拉致棚上げ」発言により、北朝鮮側に「日本側は軟化してきた」というイメージを与えたのではないかということだが、あにはからんや彼らは強気に今回も従来通りの「拉致問題は存在しない」と言い張り、「過去の清算」を優先的に解決すべきだとして公式文書による謝罪、被害者への補償、文化財の返還、在日朝鮮人の法的地位の確立などを求めてきた。日本の主権を侵して多くの日本人を拉致しておきながら盗人猛々しいとはこのことであろう。

 北朝鮮側にこのようなメッセージを送った野中幹事長や中山議員には事の重大さと責任を自覚して政治の舞台から下りてほしいものである。

 北朝鮮側は常に「過去の清算」を言うが、それなら言いたいことがある。拉致問題を解決することこそ「過去の清算」ではないか。また、このほかにも工作船の不法領海侵犯トンズラ事件、日本列島頭越しミサイル発射、麻薬輸出、日本紙幣偽造、など数え上げれば限りがない。これらはすべて彼らの「過去」である。これらを解決しない限り決して交渉を前に進めるべきではない。

 とにかく彼らは韓国との融和を図るにしても、今のままではあまりにも北朝鮮側が経済的に惨めなため、韓国側と対等に話し合うことがとても無理なので頭が痛いことであろう。そこでそれをテコ入れするために日本からカネが欲しいのである。それならそうで挨拶のしようがあるというものだろう。誘拐犯人でも「子供を返すからカネをくれ」というのが相場である。それを「子供は返さん、カネはくれ」なんて通りまっか?

 にもかかわらず、ここに来て自民党は会談の成否によることなく食糧支援をしようとしている。腹立たしい限りである。人道目的という名目で「敵に塩を送る」スタイルをとって世界にいい格好したいのかも知れないが、そんなことをして何になる。拉致された人々を救出する方が人道的に大事ではないか。とにかく相手側を酸欠状態にしてでも、追い込まないと拉致された人々は還ってこない。「行方不明者の捜査」なんて北朝鮮側の詭弁以外何ものでもない。「交渉の進展や食糧支援は拉致された者の解放を前提に」という家族の方々の悲痛な声を政治家や外務省はどうしてもっと聞こうとしないのか。

 何度も言うようだが、国民あっての国家である。その上で国家あっての国民である。国が国民を守り、救出せずして相手国を支援するとは国民を冒涜するものだ。断じて承服できるものではない。とにかくこの交渉は相手が誠意を示さない限り決して安易に妥協すべきではない。



(00/08/12) 会長も幹事長もちょっと待て

 このほど、先の衆院選で引退した日朝友好議員連盟の村山富市会長の後任に就任した自民党の中山正暉前建設相は、日朝交渉における日本人拉致問題に関連し、「国交を正常化して関係を深くしていけば、おのずからそういう問題は明らかになってくるのではないか。拉致問題を前に置くと何も進展しなくなってしまう」と述べ、拉致問題の解決を日朝国交正常化交渉の前提とすべきではないとの考えを明らかにした。

 中山氏はまた、北朝鮮への追加コメ支援について「日本が世界食糧計画(WFP)を通じ、支援することは人道的立場からいいことだ。北朝鮮にとっては国交推進に向け国民を説得するいい材料になるだろうし、様々な問題解決の糸口になる」と発言した。

 この発言、諸氏はどのように受け取られただろうか。このMATは身が震えるほどの腹立たしさを覚えた。これが日本の政治を動かしている人物の言うことだろうか。北朝鮮側にとってこれほどの貴重なエールはないだろう。日本側が今まで散々拉致問題の解決を国交正常化の前提とすると言っていたことが、日本側の内部で崩れたと受け取ったであろう。中山会長はそれだけ重大な発言をしてしまったのだ。

 被拉致者家族の方たちは、「解放なき国交正常化だけは何としてもやめてほしい」と、何度も政府に陳情している。それがどうして聞こえないのだろう。被害を受けた日本人を助けるのは当然「日本」という国ではないか。小生は決して国粋主義者ではないが、「国家」とはそういうものであろう。

 それをなぜ同胞の被拉致者を見殺しにしてまで北朝鮮と国交を急ぐ必要があるのか。北朝鮮は韓国と融和の兆しがある、ロシアとも接近している、イタリアとも国交正常化した。このままでいけば日本だけが取り残される、というのが政治家達の焦りをかっているのかも知れないが、それがどうしたというのか。我が国は我が国の独自の外交路線を進めばいいではないか。国交正常化が遅れれば困るのは日本ではない。

 また、中山氏は「食料支援をすることは人道的立場からいいことだ」と言うが、冗談ではない。拉致された日本人の人権はどうなると言うのか。拉致問題は引っ込める、気前よく食料支援はするなど国交交渉の武器を自ら捨てた日本を北朝鮮は「日本は何とお人好しなことよ」とニンマリしているだろう。そんなことをすれば拉致された同胞は二度と日本の土を踏めないのとは間違いない。それでいいのか。

 一方、日露交渉の方では北方領土問題解決による平和条約締結という原則的立場は、日本政府だけでなく日本人全体の意志である。ところが、本格交渉を前に、自民党の野中幹事長が、あろうことかこの原則を否定するかのような発言を繰り返している。

 幹事長によると、「北方領土問題を前提条件とすることなく、平和友好条約を進めていく中で、領土問題を平行してやっていくスタンスが必要だ」という。これではロシア側の提案と一体どこが違うのか。

 ここでも対北朝鮮と同じく、他の主要国と比べ、日露関係だけが遅れるのは好ましくないという考えが先行しているが、だからといって、領土問題の棚上げや先送りは絶対に許されるものではない。北方四島が我が国固有の領土であることは歴史的にも明白である。

 第一、領土問題を棚上げして平和条約を締結してしまえば、これも北方四島は二度と帰ってこないだろう。幹事長は「平和条約を先に進めておけば、領土問題は後からついてくる」と言うが、あまりにも甘すぎる。先の大戦末期の昭和20年(1945年)、日本の敗戦間近と見たソ連は日ソ中立条約を平然と破棄して日本に宣戦した。まるで瀕死の状態になったシマウマに襲いかかるハイエナのように。ソ連はロシアとなったが、「条約なんて破るためにある」と考えている体質は全く変わっていない。

 どうもこのところ、日本外交の軸がぶれているように思えて仕方がない。

 ああ、こんなことを考えていると、カッカして余計に暑くなってきた。そうだ、このまま首相官邸にメールでブチ込んでやろう。



(00/07/03) NTTは社会主義?

 NTTの再編・分割で設立されたNTT西日本は今月1日で発足1周年となるが,同社の浅田和男社長は先般、記者会見し、インターネット関連市場への取り組みを重視するなど、今後の戦略を語った。

 その中で浅田社長は、ISDN(総合デジタル通信網)回線を使った月額4,500円のインターネット向け定額通信サービスは、エリア拡大のペースを早め、2001年3月までに西日本管内の全市で利用できるようにするとした。

 これにより、今年5月末現在で4万件の契約数が40万〜50万件に増加すると見込んでいる。しかし、どうなんでしょうねえ。この見通しは甘すぎるのではないでしょうか。 第一、月額4,500円とは余りにも高すぎる。

 小生は月額3,000円の「i プラン3000」を契約しているが、これでも月に37.5時間の利用ができる。つまり1日に1時間以上接続可能で、小生の場合は現在のところはこれで事足りている。従って、定額4,500円であれば「i プラン3000」から乗り換えるメリットはない。

 これにプロバイダの接続料金3,000円程度を支払えば、月額約7,500円になり、CATVインターネットの接続料込みで5,000〜6,000円程度と比較すれば、その回線スピードの差(CATVインターネットの方が遙かに速い)を考慮すると、相対的に勝負にならない。

 NTTは何を考えているのでしょうか。NTTはアメリカとの接続料交渉でも、アメリカの求める大幅引き下げを「赤字になるから」という理由で渋っている。そこには「まず利益ありき」という観念しかない。民間企業になって1年経っても未だにお役所的発想しか浮かばないようだ。

 プロバイダの接続料金は諸外国に比べてあまり差はないが、電話料金はアメリカ、シンガポール、韓国などに比べて2倍以上高い。彼らに出来てなぜNTTが出来ないのだろう? 不思議でならない。

 NTTは株式会社に衣替えしたとはいえ、市内電話については殆ど独占である。そこには他の民間企業のような血の滲むような企業努力は全く見えてこない。「赤字になるから」という理由で独占価格を変えようとしないのは、もはや自由経済下の企業ではなく、社会主義国家のやることだ。

 勿論、いつまでも赤字を続けるわけにはいかないであろう。しかし、諸外国の電話会社が料金を安価に提供できていることであれば、当然NTTもできるはずだ。その努力をどれだけやっているのか。もし、それでも料金を引き下げられないのであれば、否応なしに支払わされている我々にしっかりとした説明をするべきであろう。我々は未だ一度もそれを耳にしていない。 



(00/06/24) ドイツの選択

 去る6月15日、ドイツ政府と同国原子力発電企業は国内にある19基の原子力発電設備を今後32年間かけてすべて廃棄すると発表した。翌日には多くの日本の新聞では同時期に行われた南北朝鮮半島の新展開に目を奪われて、このドイツの新しい動きを大きくとらえたところはあまり見られなかった。小生にとっては朝鮮半島の出来事よりも、このドイツの決定の方が衝撃的であった。

 しかし、2日後には普段から「進歩的」を自負する某新聞は案の定このニュースに飛びつき、「それ見たことか。翻って日本は・・・」という論調を展開していた。当然、予想されていたことである。

 何でも外国のやっていることは模範的であり、日本がやっていることにはやみくもに批判的姿勢をとることが「進歩的」と考えているところは、何の役にも立たない野党の理念と共通しているところがある。

 第一、ドイツ政府のこの度の決定は、同国の総発電電力量の3分の1を占める原子力に代わるエネルギー源をどうするかという議論が全くないままなされた。すなわち、原子力なくして電力の安定供給の見込みもないまま、とりあえずシュレーダー連立政権の政争の具として発表されたことは極めて無責任で暴挙と思わざるを得ない。また、電力企業側も「32年後のことなど、どう転ぶかわからない、今のうちに補償金だけいただいて・・・」という判断があったようだ。このような愚かなことは我が国で起こってはならないことだ。

 原子力に代わるエネルギー源としては現在のところ、旧来の石油、石炭、天然ガス、水力などしか考えられないが、これらは今の消費ペースでも21世紀には埋蔵量は石炭以外はほぼ堀り尽くしてしまう。風力や太陽光発電などは、いくら頑張ってもそれぞれの国の総発電電力量の1割にしかならないといわれているし、我が国のような産業構造からすればとてもそこまではいかないだろう。また、石油などはそこから貴重な合成化学製品、薬品、繊維などが産出される。すべて燃やしてしまうわけにはいかないのである。

 我が国では総発電量のうち、約35%を原子力発電に頼っている。我々はこれらの貴重な資源を利用することにより、様々な恩恵を被りながら生活している。しかし、原子力発電を廃止することにより、再生産できない貴重な資源を食いつぶすペースが早まれば、21世紀には我々の子孫はどうすればいいのだろう。

 勿論、原子力利用の原料となるウランも無限ではない。しかし、今の消費量なら世界的には約100年分の埋蔵量はある。これを利用することにより、従来の資源の保存とバランスをとりながら、何とか現在のエネルギー源の余命を延ばし、次世代の人智が新しいエネルギー源を開発するための時間を稼ぐべきであろう。

 ちなみに、それぞれエネルギー源別の1キロワット時当たりの発電コストは、その算出方法に議論の余地はあるものの、概ね次の通りである。
    原子力      5.9円
石炭火力 6.4円
石油火力 10.2円
水力 13.6円

 また、原子力は危険だからその利用は極力抑える、或いは廃止するべきだという考えには到底同意できない。石油にしても石炭にしても、それを利用すれば当然、地球温暖化の原因になる二酸化炭素の排出量が増え、公害が発生する。水力は巨大なダムをつくるために環境破壊につながる。反原発派はこれら旧来のエネルギー源の陰の部分との兼ね合いをどう考えるのか。何ら解決策を提案せずに只、反原発を叫ぶのは児戯に等しい。

 なお、我々国民も「電気は要る。しかし発電所はよそにつくっててほしい。」というエゴは如何なものか。石をぶつけられるのを恐れずに言うと、小生は安全性さえ確保されれば、芦屋市民が使う程度の電力量を生産する原子力発電所をこの広大な南芦屋浜の敷地につくっても異存はない。



(00/05/27) 言葉とは何だろう?

 「日本は天皇を中心とした神の国」などと発言した森総理の釈明会見が5月26日、首相官邸で行われ、その模様をテレビで見た。内容は案の定と言うところであった。

 とにかく、会見中、終始一貫してその発言について、「私の発言の真意は」として「天皇は国民統合の象徴であり、神は宗教上の意味ではなく、日本の文化と伝統のうえで、人知を超えた畏れとしての存在の意味で述べた」というものであったが、どう聞いても後で付け足した言い訳にしか聞こえない。

 森首相は終始「国民に誤解を与えた」というが誤解もへったくれもない。「日本は天皇を中心とした神の国」という発言を聞いて、首相が言うような「天皇は国民統合の象徴であり・・・」というような意味合いにとれる人がいるだろうか。それを敢えて言葉の裏にある意味を考えろと言うのであれば、これほど疲れることはない。

 こんな言い訳が通るのなら、一体、言葉というのは何なのか? ということになる。人間というものは自分の意志を伝えるために言葉を使う。それを聞く者もその言葉の意味を理解しながら相手の意志を理解する。これは個人対個人、個人対団体、団体(の代表)対団体(の代表)、いずれの場合も同じの筈である。

 それを後になって、「実は真意は他にあった」と言われても通じるものだろうか。それが通るのなら、子供を誘拐して身代金を要求した犯人が後になって、「子供の命は尊いものだということはよくわかっている。身代金を要求した真意は単に冗談で言ったことだ」と言っても誰が信じるだろうか?

 しかし、、国民の殆どは呆れながらも、今回の発言のシーンを考えれば、神道団体を目の前にしてのリップサービスに他ならないのが実状だということはよくわかっているのだ。それをくどくどと言い逃れするから惨めにもなり、後にどんどん尾を引いていくことになる。発言を撤回すれば済むことなのだ。撤回することが如何に重大なことだとしても、それをしない限り、自民党も我が国の民主主義も大変なことになる。

 小生は安全保障問題などについては社民党や共産党などの考え方に組みするつもりは毛頭ないが、今回だけは自民党総裁としての資質に?マークの100個も官邸にぶつけたい気持ちである。



(00/04/16) 国益より売り上げか

 このところ、東京都の石原知事の発言で世の中が騒がしい。今月9日、陸上自衛隊の記念式典で凶悪な不法外国人犯罪の増加を指摘した際に「三国人」という言葉を用いたことに一部から強い反発が上がっているようだ。

 しかし、これはどう考えても言葉尻をとらえたメデイアの不正確な報道に責任があるように思えてならない。三省堂の「大辞林」によると、「第三国人」として、「@当事国以外の国の人A第二次大戦及び大戦中、日本の統治下にあった諸国の国民のうち、日本国内に居住した人々の俗称。敗戦後の一時期、主として台湾出身の中国人や朝鮮人をさしていった」とある。俗称ではあるが決して蔑称ではないのである。

 小生自身、今まで「三国人」という言葉は、終戦直後、治外法権のように肩で風を切る勢いで街を跋扈していた一部の朝鮮人や中国人に対する畏怖に近い呼称と受け取っており、差別意識からきた蔑称だと思ったことはない。当時はむしろ差別されていたのは我々日本人の方だったのである。

 それを「差別的な発言だと」言う方が無理矢理恣意的に定義付けしたもので、むしろこの方が永住権を有する在日韓国・朝鮮人をはじめ合法的に滞在している外国人に対して差別化につながるのではないだろうか。

 問題となった部分の知事の発言は「不法入国した多くの三国人、外国人が・・・」となっているが、これを内外マスコミに記事を配信する共同通信が「不法入国した」という部分をカットして報道したため、多くのマスコミが「重大問題である」と騒ぎ立てた。知事が頭に来るのも無理はない。しかし、小生の見るところ、これは誤報でも何でもなく、意識的にカットしたものだと思う。

 果たせるかな、間髪を入れず中国、韓国、北朝鮮から避難の矢が飛んできた。中には腹に据えかねたのか「こんな知事を選んだ国民にも責任がある」と八つ当たりしているのもある。「カラスの勝手でしょう。余計なお世話だ」と言いたい。この騒ぎが起こってから2日間に都庁には電話やファクスで千件以上の反響が寄せられたが、知事の発言を支持する意見の方が批判意見よりも圧倒的に多いのである。

 ことほど左様にマスコミというのは国益などはそっちのけで、言葉尻をとらえて更に歪曲してでも問題化したいのである。そのほうが記事が踊り、売り上げが増えるからである。本質的には三流週刊誌と変わらないのだ。

 しかし、石原知事も責任の一端はある。元々は想像力豊かなモノ書きなのだから、こんなことを言えば今のマスコミは問題化するだろうというくらいは予測がつきそうなもの。チト配慮が足らなかったような気がする。



(00/03/08) 誰が国民を守るのか

 政府は今月7日、北朝鮮に対して、97年以来3年ぶり4度目となるコメ10万トンを支援する方針を決めた。北朝鮮に拠出するコメは政府米が中心で、コメの国内価格に輸送費なども加えた支援総額は、170億円にものぼるという。

 北朝鮮へのコメ支援は、95年に50万トンを直接供与したほか、96年に食糧・医療品などで600万ドル相当、97年にコメ2,700万ドル相当(6.7万トン)などが実施されている。今回の支援を含めると、その額は天文学的な数字になるだろう。

 これに対して、日本人拉致疑惑の被害者、横田めぐみさん、有本恵子さんら家族連絡会のメンバーは、北朝鮮への食糧支援に反対して自民党本部前で抗議の座り込みを行った。肉親の情からすれば当然のことであろう。

 そもそもなぜ北朝鮮にこれほどまでの巨額の支援をしなければならないのだろうか? 政府は日朝国交正常化交渉の環境づくり、いわば「呼び水」というが、日本人拉致だけで飽きたらず、ミサイルを日本列島の頭越しに撃ち込んたり、不審船によるトンズラ事件もしでかした、あのテロ国家に対して我が国が何故それほど国交正常化を急ぐ必要があるのか。我々にはどうも納得がいかない。

 政府はその理由として、北朝鮮がここに来て従来にない柔軟外交を始めるようになったからという。確かに最近になって北朝鮮はイタリアと国交を結んだ。ロシアとも新しい条約を締結した。中国にも積極外交を進めている。しかし、それらの国は、我が国と北朝鮮との間のような問題がないからである。だからと言ってなぜ我が国が卑屈な態度に出てまで国交正常化を急ぐ必要があるのか。他国は他国、日本は日本の外交というものがあるはずだ。国交を結ぶことによって利益を受けるのは北朝鮮側であって、日本側ではない。

 北朝鮮は今回の日本政府の決定に対し、「行方不明者として調査する」と回答してきた。それでは前回の二番煎じに他ならない。第一、今まで何回も食糧支援したが、拉致疑惑の解決につながっていないではないばかりか、お返しがテポドンであり、工作船の侵入であった。それらの解決の見通しのないまま支援をしても、彼らは当然のような顔をして受け取るばかりでなく、その食糧は一般民衆の手に渡らず、軍隊に回るだけである。

 また、アメリカや国連だけでなく、日本政府までもが「人道上のため」を口にする。「人道」と言えば何でも許されると思っているのであろうが、それなら拉致された同胞の日本人の「人道」はどうなるのか? 日本政府は同胞の人道よりも、北朝鮮国民の人道の方が、より重要だというのであろうか。

 政府与党だけではない。普段はことあるごとに反対のための反対を唱えている野党連中にしても、今回の政府決定に対して何の反応もない。情けない限りだ。まず、拉致者を全員帰国させること、援助はそれからという鉄則を確率することが必要ではないのか。国はどんなことがあっても国民を守る義務がある。にもかかわらず、敵対国家に対して巨額の援助をするために我々の血税をドブに捨てるように浪費している。お人好しにも程がある。

 日本政府はどうもかつての朝鮮植民地時代の呪縛からまだ解かれていないようだ。北朝鮮も韓国も我が国が進出していなければ、間違いなくロシアの植民地としてもっとひどく蹂躙されていただろうし、それは今もって続いていたであろう。その時代の大きなうねりの中で彼らも我が国もそれをどう評価するか。以前から河野外相の謝罪外交姿勢にはうんざりしていたが、もういい加減に目を覚ましたらどうか。、

 政府もすべての国会議員も国家とは何か、国民とは何かをもっと真剣に考えてもらいたい。国が国民を救わずして誰が救うというのか。なぜもっと拉致被害者とその家族の気持ちになって考えられないのか。でなければ小生は来年度から地方税は納めるが、国税たる所得税は納めない。なに? 差し押さえするてか? やれるものならやってみろ。けど言うとくで、この春団治・・・じゃなかった、この貧乏人に差し押さえしてまで金正日のご機嫌をとろうとするあんた、日本人じゃない。
   
 

 

ymat