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MATの言いたい放題(98/8月〜12月分)

(98/12/20) パソコン自作奮戦記 (98/12/24) カネでイスを買ってしまった
(98/11/07) 自治体の情報開示について (98/11/21) どうしても空港建設か (98/12/04) 市議員定数で相反する提案
(98/09/06) イカやサンマで済まされない   (98/10/03) またもや・・・ (98/10/16) 真の友好関係とは
(98/08/13) WINDOWS 98 奮戦記 (98/08/19) どこの国の新聞か   (98/08/29) あやかりたいもの


(98/12/24) カネでイスを買ってしまった

 さあ、今日はクリスマス・イブだ。 シャンペンでも景気よく開けたいが、ちょっと言いたいことがあるので、そうもいかない。 このページの12月4日付けでも書いたように、芦屋市議会で現行の議員定数の28をめぐり、2名減員と逆に2名増員の相反する二つの条例改正案が特別委員会で審議されていた。 市議会では12月22日、本会議を開き、それら増減両案は継続審議とし、また、それに代わる議員報酬改正案については10%をカットする修正動議を全会一致で可決して閉会した。

 しかし、この報酬削減は任期中の来年5月までの限定措置で、減額は一人につき月額62,200円で、全体では5月までの5ヶ月間で約870万円となる。これでは減員派案(当初は5名であったが、その後12名に増えた)の2名減員による節減額年額約1,490万円に比べて如何にもお茶を濁したという感が拭えない。しかも、前者は一時的なもの、後者は減員が続く間は恒久的なもの。

 震災後の財政危機に対処するため、市民や行政当局に行財政改革に伴う痛みを求めながら、いざ、自分たちのイスを守るためであれば、なりふり構わぬ詭弁を弄して減員どころか増員すら求めようとする。そんなことが市民や職員の理解を得られるとでも思っているのだろうか? その挙げ句に5ヶ月間だけの報酬減額という目くらまし戦術。 これでは議員全員で会費を出し合ってカネで来春の統一地方選挙のイスの数を守ったということになる。 ここでも 「みんなで渡れば怖くない」 という方程式が成立!

 減員反対派は、議員削減を 「市民が議員を選ぶ権利を奪いかねない」 とか 「議会機能の弱体化になる」 と主張しているが、議員が数名減ったところで我々市民は、議員を選ぶ権利を奪われたとは思わない。 また議会機能の弱体化に至っては、議員一人ひとりが少数精鋭で頑張れば済むことであり、こんなことは一般企業では当たり前のことであり、現今ではどこの行政当局でも積極的に取り組んでいる。

 更に減員反対派は、「地方自治法では芦屋市のように人口5万人以上15万人未満の市の議員定数は36人と定められている。 それを芦屋市では条例で28名まで減らしている」 と言うが、そんなことは当たり前のことだ。 確かに地方自治法第91条第1項でそのように定められている。しかし、同時に第2項で 「議員の定数は条例で特にこれを減少することができる」 とされている。 言うなれば、人口規模によって一応の基準は示されてはいるが、地方公共団体の努力により、条例でいくらでも減らすことが出来るのだ。 要するに地方自治法は定数の天井を示しながらも、地方議会のスリム化に良識ある努力を期待しているわけである。 報酬を減らせば定数を減らさなくてもいいという問題ではない。

 地方分権推進委員会の勧告をきっかけに地方公共団体の議員定数見直しの論議が高まっているのは芦屋市だけではない。 姫路市では同じ22日には現行の48から45に3人削減する定数条例改正案を賛成多数で可決した。 また、伊丹市では住民が11月に入り、「とにかく議員が多すぎる」 ということで定数36に対し6人削減を求める直接請求に踏み切った。 しかし、芦屋市ではその伊丹市より議員1人当たり人口が少ない、即ち議員の数が多いのである。 

再度、芦屋市近辺の地方公共団体の議員と人口の割合を表すと次の通りである。

  地方自治
法による
定数 (A)
現行定数
(B)

(A)-(B)
人口 議員1人当
たり人口
芦屋市 36 28 82,644 2,951
川西市 40 30 10 153,892 5,129
伊丹市 40 36 193,022 5,361
宝塚市 44 30 14 208,744 6,958
西宮市 52 48 408,506 8,510
尼崎市 52 48 478,324 9,965

(人口数は住民基本台帳+外国人登録より)

 何度も言うようだが、これを見る限り芦屋市はダントツで議員の数が多いのが分かる。 このような中で増員派の主張は、それがどのような理由であれ、市民の理解を得られるものではなく、この期に及んで増員とは一体何を考えてるのかと言いたい。 今度の減員案に対しては、反対派から 「選挙に備えたパフォーマンスだ」 という指摘もあるが、スタイルがどうであれ、議会の改革につながることであれば、市民の負担がそれだけ少なくなるのだからいいではないか。 それをこんなところに落としどころを求めたのは何とも頂けない。 この超激動の時代に閣僚の数さえ減らそうという時代でっせ。


(98/12/20) パソコン自作奮戦記

 最近、パソコンのキーを叩いていて、どうも困ることがある。 OSとかアプリケーション・ソフトが肥大化して重くなってきたことだ。 小生MATのパソコンは2年前の自作マシンでCPUはノーマル・PENTIUMの200MHz。 これで WINDOWS 98 のもとで一太郎君のV8を走らせようものなら、もうアクセルとブレーキを同時に踏んでムチを与えているようなもの。 それでも我慢して使っていたが、ストレスが貯まる一方で精神衛生上甚だよろしくない。

 大体、たかがワープロや表計算ごときのソフトをなぜここまで豚のように太らせる必要があるのか。 DOS時代の一太郎V3やマルチプランが実に懐かしい。 80286のCPUで結構快適に働いてくれていたものだ。 と、ここでセンチメンタルになっても仕方がない。 もう現実には周囲はそのようなソフトやハードを使う環境ではないのだから。 そこで、やむなく、本当にやむなく、愛機の代替わりを図ることになった。 これって社会的強制力というのだろうか?

 先ず、それには予算である。 この1ヶ月間、我が家の勘定奉行と折衝すること数度。 何回かの家庭内接待の上、やっと首をタテに振らせることに成功。 気の変わらないうちにと、1円でも安いパーツの店など市場調査をしながら、せっせと部品を買い集めておりました。

 まず、予算的に妥当と思っていたCPUを見つけるのに苦労しました。 世の中不況だと言うものの、人気のあるCPU、例えば PENTIUM U 350MHz とか、CELERON 300A などは大阪の日本橋辺りや神戸の三宮のパーツ屋でも売り切れてしまって在庫はなく、いつ入荷するかわからないと言う。 考えてみると時期的にもちょっとタイミングが悪かったのかも知れませんね。 丁度、ボーナスが出た後で若い人たちが札束掴んでパーツ屋へ飛んでいったのでしょう。 やっと、PENTIUM U 400MHz が見つかりましたので、やむなくそれを入手しました。これだけで2万円の予算オーバーで、差額は虎の子の私の簿外資産から特別支出。つらかったね。
 
 さて、部品が揃ったところで、やおら組み立てにかかったものの、マシンの組み立ては2年前に経験していたので、今回も 「どうってことはない」 と多寡をくくっていたのが間違いの元。 この2年間のパソコンの進歩が如何に激しかったかを身をもって思い知らされましたね。 あわてて関連図書を買い込んできて勉強したりして、その分、苦しんだというか、楽しんだというか、他のことは何も見えなくなって予想外に時間がかかりました。 気が付けばクリントンがフセインと喧嘩していたりして。

 工事の途中で一番苦労したのが、部品同志のマッチング。 部品は全てと言っていいほど東南アジア諸国の製品で、それでも本来ならAT互換機だから一応の規格があってピッタリくる筈。 ところが実際はそうはいかない。 価格の点から仕方がないのだろうが、この辺が如何にもアバウトというかファジーというかエエカゲンというか。 つくづく日本製品の厳格な規格のきめの細かい仕上がりが誇らしい。 と言ってもAT互換機の部品に関しては日本製品は市場に殆ど無いのだから仕方がない。

 例えばマザーボードのAGPバス、PCIバス、ISAバスなどにビデオカードやSCSIカード、サウンドカードなどを差し込むのだが、どういうわけかムチャクチャ固くて差し込めない。 そこで、思いっきり力を込めて押し込むと少し入った。 ところが、電源を入れてみると認識しない。 てっきり部品の初期不良だと思ってメーカーに問い合わせると、決して自社の製品の非を認めない。 あくまで相手の部品が悪いのだというスタンス。 まあ、当然と言えば当然。 小生も現役時代に身に憶えがある。

 まあ、マシンを自作するからには当然このようなリスクは覚悟のもと。 ひどいときには更にもう一つ別の部品を買うという羽目になりかねないが、その場合でも公的資金で助けてもらえるわけでもなく、予算的にそんなことは出来やしません。 そこで、パーツの基盤が割れるのを覚悟で上から62kgの全体重をかけて押し込みましたね。 しかし、これは小生にすれば清水の舞台から飛び降りる気分ですよ。 ところが、神も哀れに思ったのでしょうな、「ガツンッ」 といってはまったようです。 そこで電源をONにするとやっと認識されました。パソコン組立には頭脳は不要で、要るのは腕力と体重だけ。

 とまあこういうのはごく一例で、このような山が途中でいくつも横たわっていて、それらを乗り越え乗り越え、もうこれが最後の山だろうと思っても更に次の山が待っていたりして、完全に組立が完了して、WINDOWS 98 やアプリケーションソフトの積み込み、インターネットへの接続設定などが終わったのは組立に着手してから4日目でしたね。 この間、何度フテ寝したことか。 余談ながら、AT互換機の組み立てコンテストというのがあって、その優勝者はなんと!たったの17分で組立が完了ですって。 まさに異星人! 信じられませんね。

 格闘の途中でパソコンの内部にあちこち赤いものが付着しているのが見つりました。 「何やろ?」と思ってフト気が付きますと、いつの間にか左人差し指と中指から血が噴き出しているではありませんか。 パソコンのケースの内部もあまりきれいな仕上がりでなく、金属を切り抜いた跡がささくれだっていて、そのようなところで知らない間に切ったのでしょう。 それも気が付かなかったのですから余程夢中になっていたのでしょうな。 還暦をとっくに過ぎたこの歳でここまで熱くなれるのですから有り難いことです。 しかし、そのせいでマシンの中は幕末に新選組が討ち入りした三条池田屋さながらでした。 終わったときには3本の指がバンドエイドに巻かれて痛々しい。

 なお、このニュー・マシンは 「MAT98号」 と命名。 スペックは次の通りです。

CPU   PENTIUM U400MHz
メモリ 128MB
HDD 8.4GB+6.4GB+540MB(外付け)
マザーボード AOpen AX6BC
ビデオカード Matrox Millennium G200
SCSI カード ADAPTEC AHA-2910C

(98/12/04) 芦屋市議員定数で相反する提案

11月27日から開会した芦屋市議会で現行の議員定数の28をめぐり、減員と増員の二つの条例改正案が審議されている。

 減員派が行政改革の必要性などを掲げるのに対し、増員派は行政へのチェック機能の重要性を強調、行政改革の流れに沿って、議員報酬の削減案も合わせて提出している。 来春の統一地方選挙を控えて賛否を個人に任せる会派もあり、目下、議員定数等特別委員会で議論が沸騰している。

 減員案は2名減の26とする内容で、与党系の議員ら五会派五議員が提出しており、震災以降の市の財政難や人口の減少、また芦屋市は阪神間の他の市に比べても人口の割に議員が多いなど他の市とのバランスといったことなどから「社会情勢の変化」を削減理由として強調している。

 これに対し、他の会派などの議員が 「市民が議員を選ぶ権利を奪いかねない。 震災で課題が多いとき、議会は市民の声を市政に反映させるのが仕事であり、市職員と同列に行革を議論するのはおかしい」 と反発しており、三会派四人が議会機能強化を目的に、市政施行当初の定数30に戻す案をまとめ、その代わり議員報酬を月額47,000円増の622,000円とした1992年の改正前に戻す条例改正案もセットで提出した。 

 市会議員定数の減員と増員という全く相反する改正案。 同じ会派でもそれぞれ異なる議案の方に名を連ねる議員も居たりして、かなり複雑な情勢になっている。 芦屋市議選挙が実施されるのは来年四月の統一地方選挙だが、それまでにどのように決着が付くか注目されるところ。

 しかし、これはどう考えても増員案はおかしいと思う。 市の職員に行政改革を迫って業務効率向上に努力を求め、若干の市民サービスの低下を来しながらも行政と市民で震災後の財政難に耐えているときに、議会だけが聖域ではない筈。 単に 「議員報酬を減らせばいいだろう」 と言う問題ではない。 報酬を減らすから議席を守るばかりでなく、増やしたいという考えは議席をカネで買うようなものではないか。 

 また、「市職員と同列に行革を議論するのはおかしい」 ということ自体がおかしい。 まるで特権階級意識丸見えではないか。 国の次元ですら国会議員の大幅な減員や大臣の数を減らすことが真剣に論じられているときにである。 また、「市民が議員を選ぶ権利を奪いかねない」 という言い分は詭弁だと思う。 我々市民は議員の数が減ったからといって議員を選ぶ権利を奪われたと決して思わない。 逆に減員になれば今まで以上に自分が投じる一票に真剣に関心を持つようになると思う。 

 一体、議員の数がどのくらいであれば妥当なのかということは、やはりその市の人口と他市とのバランスによると思う。 ちなみに、芦屋市近辺の自治体の議員と人口の割合は次の通りとなっている。

自治体 推計人口 議員定数 議員1人当
たり人口
 芦屋市  76,400 28 2,728
 西宮市 400,800 48 8,350
 宝塚市 202,500 30 6,750
 川西市 151,700 30 5,056

 これを見ると、芦屋市はブッチギリで議員の数が多いことが分かる。 2名減員どころか現在の定数の半分にしてもいいと思うが、それでも西宮市や宝塚市に比べるとまだ多い状況だ。 なお、過去5年間の芦屋市の人口減少率はなんと14.3%。 これは全国で665ある市のうちでも3番目の減少率である。 しかも1番目が北海道夕張市で、2番目が同じく北海道歌志内市と、いずれもかつての炭鉱のまちが過疎化したもの。 これでも議員を増やす必要があるのだろうか?

 なお、次回の特別委員会は12月17日に開かれる予定。
 


(98/11/21) どうしても空港建設か

  かねてから神戸市が神戸・ポートアイランド沖に計画している神戸空港建設の是非を問う 「住民投票条例案」 を審議していた臨時神戸市議会は今月18日、本会議を開き、賛成12,反対50で条例案を否決した。 これに先立ち、同条例案は17日夜の「空港等に関する特別委員会」 で、否決の意見決定が行われていた。 この日の本会議では、同委員会の平野昌司委員長が審議結果などを報告し、委員会決定に対する賛成、反対討論が行われた後、記名投票による裁決を行った。

 住民投票に賛成する一部会派(7人)は、前日夜、否決の意見決定を行った 「空港等に関する特別委員会」 の裁決方法などに抗議して欠席したが、結局、賛成12,反対50の賛成少数で条例案が否決されてしまった。

 本会議は条例案を否決した後、条例に反対した市議全員が提案した次の2項目について決議を採択した。
 (1)詳細な情報開示などで市民の理解を得る。
 (2)空港建設に当たり市税を投入しない。

 これを受け、笹山市長は 「今回、空港推進の意思形成が改めて確認された」 としたうえで、「これまで議会の手続きを経て進めており、そのルールを破るわけにはいかない。住民投票はやるだけやったらいい、といった単純なものではない」 とした。 これだからお役人は変化に対応できないと言われるのだ。

 神戸市といえばこのMATは今住んでいる街ではないが、生まれてから45歳まで、いいことも悪いことも散々やってきた故郷のような街であるだけに他人事に思えない。そこでつい口を出したくなる。

 大体からして神戸市長も神戸市議会も全くのノー天気じゃないだろうか。 この計画自体は、以前にも書いたが、バブル末期の平成2年に当時の経済成長率は5.5%という今から見れば夢のような世の中の時に市議会で可決されたものだ。 政府ですらわずか2年前に成立させた財政改革法を凍結してまでその後の経済的激変に対処しようとしているときに、バブル期に立てた計画を後生大事にそのまんま遂行しようなんて一般企業なら社長の首がいくらあっても足りませんぜ。

 それを何ですって? 「神戸空港の事業費は3,140億円だが、そのほとんどを土地売却処分による収入によってまかなうので市民に負担をかけない」 だって? これは神戸市がこれまでポートアイランドなどで行ってきた事業手法を踏襲したものだが、未だにその手法が通用すると思っていること自体がオドロキ桃の木山椒の木である。(チト古いギャグか) 大体からして今頃そんなに簡単に土地が売れるとでも思っているのだろうか?

 神戸市の市債残高は阪神大震災直前では約8,800億円であったが、昨年度末現在では1兆7,994億円と倍増している。市の担当者ですら 「まさに二重ローンの状態」 と嘆いている。 なんと市民一人当たり126万円である。(それでも芦屋市より少ない) これで確たる見通しもないままにやみくもに空港建設に突っ込んでいって、もし土地が思うように売れなかったら、そのツケは市民に回ってくることは必定。

 神戸市の試算では、開港は平成17年秋で、開港から5年後の利用者を420万人とみており、空港建設に伴う経済効果は、神戸市内で約2万3千人の雇用増加、所得も約4千億円増えると見ているが、これらはいずれも震災前のデータをもとに算出している。そして経済成長率も平成12年までを3%、それ以後を2.5%と予測している。 しかし、現実には9年度マイナス0.7%、10年度もマイナス1.8%の見通しだ。 もうすでに予測から大きく外れてしまっているではないか。 それに、このような大型プロジェクトは当初予算で収まったためしがない。 殆どのプロジェクトは完成した暁には最初の予算の2倍近い事業費を要していることである。 考えるだにオソロシイことであるが、完成した頃には今の市長も議員の大半も居ないだろうから何の責任もとらないのだろうな。

 地元経済界は勿論、空港建設推進に積極的であるが、一方、関西経済連合会副会長の井手正敬・JR西日本会長は 「国と地方を含め600兆円もの財政赤字を抱える中、不要と言うより不急なものは避けるべき。 優先順位をどうつけるのか。果たして神戸空港は今、必要かどうかを考えるべきだ」 と言うてまんなあ。 同じ経済界でもちょっと視野の広い人の言うことは違うね。

 と、ここまで書いてきたが、病み上がりのMATにはいささかこたえてきた。 もう寝る。


(98/11/07) 自治体の情報開示について

 神戸のポートアイランド沖合の神戸空港建設の是非を問う住民投票条例制定を求め、 「神戸空港・住民投票の会」 が行った直接請求に対し、笹山幸俊市長は、条例案を臨時市議会に提案する際に添付する 「市長意見書」 をまとめ、今月5日、議会に提示した。 

 その市長意見書は、空港計画のほか、着工に向けた手続きの進捗状況を説明し、平成2年3月に市議会が 「神戸空港の第6次空港整備5カ年計画への組み入れに関する意見書」 を全会派一致で可決したことなどを触れているそうだ。 さらに空港建設が阪神大震災からの復興に貢献することを強調し、経済界などから早期開港への要望が高いことも記しており、そのうえで、 「構想段階なら分かるが、推進の意志形成を終えている段階で、改めて是非を問う住民投票条例を制定する必要はないと考える」 と結論づけている。 

 さて、このことについて皆さんはどのようにお考えでしょうか。 この件は一見して神戸市の問題としてとらえられているように思われがちだが、決してそうではなく、騒音、交通事情など隣接する芦屋市はもとより、阪神地区の住民すべてに関わることであり、更に公的資金を使うとなれば国民全体の問題になる。

 神戸空港問題は、かつて関西国際空港の候補地にあがったときに、神戸市議会により否決されたもの。 それがどういうわけかまたぞろ平成2年に建設機運が持ち上がり、あっさりと建設を可決したもので、神戸の市議会もフラフラと節操のないもので困ったものだ。

 神戸市長は 「平成2年3月に市議会で全会派一致で可決した」 ということを金科玉条にしているが、当時と今とは世の中がまるで違ってきている。 平成2年といえば我が国の経済は長い間の好景気から調整期に入っていたが、それでも経済成長率は依然5.5%という高い水準を示していた。 言うなればバブルの余韻を残した浮かれたムードの中で市民の声も禄に聞かずに、「神戸の立派な玄関をつくろう」 とばかりに建設を可決してしまったもの。 また、その後の地方選挙の度に空港問題は敢えて避けて通っていた。

 然るに現今の状況はどうか。 阪神・淡路大震災と長期大不況という二つの未曾有の困難に直面しているではないか。 一部には 「震災復旧は80%は出来た」 という向きもあるようだが、とんでもないことだ。我々は三宮近辺やハーバーランドのような人出が多くて活力のある地域のみを見て、そういう印象を持ってはいないだろうか。 兵庫区や長田区、須磨区のようなところは街の復興から忘れられたように広大な空き地のまま放置されているところが至るところにある。

 しかも、神戸市では未だに行き先のない仮設住宅入居者が約2,500世帯もある。 この住民の方達が 「空港よりも公営住宅を」 と叫んでいるのが聞こえないのだろうか。 市当局は 「空港建設と仮設住宅解消は別問題」 としている。 そんなことは言われなくてもわかっている。 しかし、理屈では分かっていても、3年半以上も不便な仮設住宅での生活を強いられている市民の感情としては当然の叫びではないか。 それがわかってこそ市民主体の行政というもの。

 更にこの大不況。 現状のままでは、今年度の実質経済成長率がマイナス1.8%で2年連続マイナス成長という戦後最悪の事態になるだけでなく、来年度も0.28%、その後もマイナス成長を続けるおそれがある。 このため、通産省などはここに来て 「日本経済はもはや平時ではない」 と判断している。 これを建て直すために投入する公的資金はいくらあっても足らない。 そのようなときに不要不急の代名詞みたいな神戸空港の建設にも公的資金を投ずるなどはもってのほか。 今年の4月に完成した明石海峡大橋ですら、1972年の第一次石油ショックの際には間近に迫った起工式をとりやめ、その後、約10年以上凍結したではないか。

 更にそれらを差し置いても空港建設をという必要度が全く伝わってこない。 市と一部の経済界が 「震災復興と不況脱出の一助にもなる」 てなことを言っているが、一体どのような効果があるのか、具体的に数字をもって示してもらいたいが、未だにそのような情報は何らもたらされていない。

 とにかく神戸市当局は議論の前に先ず 「空港ありき」 が前提になっており、市民の声を聞く姿勢は全くないと行っても過言ではない。 神戸市はこのような大きな問題を市民にどのようにして理解を求めたのだろうか。 神戸市長は先日、「市としても市民の理解を求める努力に欠けていた」 と反省の言を語っていたが、今日現在でもそのような努力は影も形も見られない。

 それが証拠に、神戸市のホームページを訪れてみられるといい。 市民30万余人の署名が集まるほどの大きな問題にも関わらず、トップページのどこにも神戸空港に関するものがない。 仕方がないので井戸を掘るようにあちこち探し回った。 その涙ぐましい努力の結果、ありましたありました、やっと見つかりました。 「港湾整備局」 というページの片隅に如何にも 「見つけてくれるな」 と言わんばかりに小さくなってましたよ。 それも画面1枚に納まるくらいの小さなスペースで、まるで妾の子のように。 まあ、皆さんに発掘作業をしていただくのも気の毒ですので、そのURLを次に記しておきましょう。
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/39/port/index.htm

 これをご覧になっておわかりのように、およそ市民を納得させるような情報らしいものは何もない。 とりわけ、建設のための資金がいくら必要で、その源資、調達先、償還方法などは 「市民は知らなくてもいい」 とばかりに何も示されていない。 これで市民に理解をしてもらうためのPRをしていると言えるのだろうか。 神戸市長は 「市民に負担をかけない」 と言うが、これでは納得のしようがないではないか。

 更に神戸市は空港完成後の旅客需要見込みを年間420万人としているが、チト甘過ぎはしないか。 昨日、関西国際空港は開港以来、4年2ヶ月を要して旅客数が丁度2,000万人を数えた。 これは年間平均480万人になる。 24時間営業の国際空港ですらこの数字だ。 それを夜間制限のあるローカル空港を果たして年間420万人もの旅客が利用するであろうか? またまた大赤字垂れ流し空港の出現になるのか。

 兵庫県には既に伊丹空港と但馬空港があり、このほかにも播磨空港も計画されている。 ひとつの県でなぜ空港が四つも要るのだろう? そういえば新幹線の駅だって県内には四つもあり、他県では考えられないことだ。 

 ちなみに、神戸と阪神間に住む小生MATの友人・知人に神戸空港の必要度を聞いたみたが、12人のうち、11人が 「いらん」。


(98/10/16) 真の友好関係とは

 隣の国、韓国の金大中大統領は、日本から従来にない明確な謝罪の言質をとった上、莫大な経済支援を獲得して意気揚々と引き上げていきましたね。 我が方のおえらがたも情けないものです。 同大統領の「これが最後の謝罪要求だ」と言外に匂わしているかのような発言を真に受けたのか、国内の謝罪拒否要求を無視してすんなり平謝りに謝ってしまった。 バカじゃないかと思いましたよ。 まあ、小渕ー野中ー森 ラインには期待していなかったので意外でも何でもありませんでしたがねえ。

 金大統領は今度の来日に際して 「新しい日韓関係を築くために今までにない明確な謝罪を」 と求めていた。 しかし、これは何も目新しいものではない。 今までの歴代同国大統領が代わる度にそのような要求を出してきていた。 だから今度の謝罪要求も今後はしないという約束も保証もない。 今後も大統領が替わる度に同じ要求を百年一日のごとく出してくるだろう。 日本政府はその度に同じことを繰り返していくのだろうか。 こんなことを繰り返していては絶対に日韓関係はよくならない。 なぜならその都度、日本国民の嫌韓反韓感情がますます強くなってくるからに他ならない。

 韓国の公的機関は金大統領の来日に際して、日本の天皇の呼称を従来の 「日王」 から 「天皇」 に変更したという。 当たり前のことだ。 「日王」 とは 「天皇」 よりも格下の呼称ではないか。 失礼千万極まりない。 しかも、韓国の有力マスコミなどは今もってなお従来の 「日王」 と呼び、今後も続けるという。 ならば問う。 貴国の大統領を「酋長」と呼んでもいいのか。

 日本の天皇制については日本国内でも様々な意見がある。 しかし、いやしくも現行の日本国憲法第一条で 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」 となっている限り、国民それぞれ個人の思想・信条に関係なく我々一人ひとりに関わることである。 いうなれば「日王」とは日本国民全体に対する蔑称といえる。 

 さて、同大統領は来日に際し、日本国内の地方選挙への在日韓国人の参政権を認めるよう日本政府に要請したという。 また、既に国内でも、納税などで日本国民と同様の義務を課せられているため、地方参政権を与えるよう求める意見書の可決が各地の地方議会で相次いでいる。 さらに、この度、民主、新党平和などは、長期にわたり日本に滞在している外国人に対し、都道府県知事や市町村長、議員などの選挙権を認めるための 「永住外国人の地方公共団体選挙権付与法案」 をまとめ、衆議院に共同で提出した。

 しかし、これはどうも納得がいかない。 単に長期間日本に滞在しているから、また納税義務を果たしているからと言って日本国籍を有しない外国人に参政権を認めるのはおかしい。 参政権というのは国民固有の権利であり主権にかかわる重大な問題である。 また、「国籍と参政権は不可分」 というのが世界の常識である。 あの「移民の国」といわれているアメリカですら、「これまで帰属していた国への忠誠心と献身を断念し、星条旗と合衆国への忠誠を誓う」 ことを宣誓した上で、市民権を取得することを参政権の条件としている。 彼らに「祖国の国籍を断念し、日本国旗と日本国への忠誠を誓う」 とうことができるだろうか? 

 また、在日韓国人に地方参政権を与えても、韓国側で在韓日本人に同様の権利を与えないのなら、日韓の関係は著しく公平さを欠いて、両国関係にとって決して好ましい状況ではない。 あくまで「相互主義」が大原則である。 「国際化」の意味を履き違えるのでなく 「主権国家」 としての毅然たる対応が必要だ。

 さらに、「外国人も税金を納めているから地域住民として地方政治への参加は当然だ」 という主張に対しては、「参政権のない在住外国人には納税を免除する」 ような国が世界の一体どこにあるかと言いたい。 納税=参政権という図式はどこにもない。 あくまで別個の問題である。これは日韓だけの問題ではない。 日本国内には様々な国の長期滞在外国人が居る。 昔の植民地時代の経緯から当然の権利として要求しているのかも知れないが、それこそ過去にこだわる別の形での謝罪要求である。 何度も言うが、もうこれ以上謝罪も反省も不要である。 それでこそ、お互い対等であり、真の友好関係の礎となる。 両国でそれを克服できなければ、例え日韓共催ワールドカップがあったとしても、日韓友好なんて幻想だ。


(98/10/3) またもや・・・

 お隣の国の金大中大統領が10月7日から我が国を訪問することになっている。 同大統領は野党時代に長い期間にわたり艱難辛苦を嘗め、また、かつて1973年、日本を訪問中に当時のKCIA(韓国中央情報部)の手で本国に拉致されたのは未だに記憶に新しいところ。 また、同氏は歴代の同国大統領に比べて対日認識において現実的かつ弾力的な考えを持っていると言われていた。

 ところが、ちょっと気になることがある。 その大統領が今回の訪日に際し、またまた日本に対し朝鮮半島統治時代の「過去」について謝罪を求めるという。 もういい加減にしたらどうかと言いたい。 とにかく彼の国の大統領が代わる度に同様な謝罪を求められ、また、日本側も首相が代わる度にそれに応じている。  しかも今度は朝鮮半島統治時代に日本が創氏改名や日本語教育を強制したと主張し、「文化侵略」であったとして謝罪を求めるという。 次々と手を変え品を変えというところか。

 確かに我が国は朝鮮半島統治時代に大きな迷惑をかけたことは事実であろう。 だからこそ、昭和40年に日韓基本条約を締結し、同時に当時としては巨額の無償を含む経済協力をしている。 すなわち、韓国との「過去の清算」は昭和40年(1965年)の日韓基本条約で決着がついている。 日韓基本条約は、日韓の請求権・経済協力協定ともいわれ、日本が韓国に当時の金額で1,080億円(当時の換算レートで3億ドル)分の生産物・役務を無償供与し、720億円(2億ドル)を貸与し、「両国及び国民の財産、権利、利益、請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」 「条約締結の日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができない」 ことが確認されている。 これで日韓の間の問題は全て決着したものとみるべきであろう。 でなければ何のために当時の両国首脳(日本側・椎名悦三郎外務大臣、韓国側・李東元外務部長官)は署名したのか。

 謝罪などというものは何度もするものではない。 ところが日韓基本条約でケリがついているにもかかわらず、それ以後も謝罪外交が繰り返されている。これは日本政府にも責任がある。我が国の歴代政権は近隣諸国との諸々の外交交渉に伴い、「謝罪」を求められる度に、禄に反論もせずに「ご説ご尤も」とばかりにその場凌ぎに謝罪を繰り返し、交渉条件で譲歩してきた。 それに味を占めた韓国や中国は歴史認識を対日外交カードとして使うようになってきた。

 言うならば彼らは日本の古傷をつつくことにより、その都度、卑屈な低姿勢をとる日本政府に対し外交交渉を有利に運んできたのだ。 終戦直後ならいざ知らず、半世紀以上経った今になってなお謝罪外交をとり続ける我が国の外交姿勢は諸外国から見れば「日本人はアホとちがうか」 と思っていることだろう。 以前にも言ったが、反省くらいサルでもするが、サルは日本の自民党や外務省より賢いから50年も反省しない。

 平成7年8月、当時の村山首相は、500万人を超す反対署名運動に抗しきれずに否決された国会謝罪決議の代替物として、愚かにも戦後50年談話として歴史認識部分を 「我が国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた。この歴史的事実を謙虚に受け止め、心からお詫びの気持を表明する」 と発表した。 まさに 「永遠の自虐こそ正義なり」 を絵に描いたようなものであった。 また、多くの国籍不明?の国内マスコミも何ら批判することなく、正義漢ぶって大きく報道したものである。

 ところがである。 野中広務官房長官は9月28日の記者会見で金大中大統領の来日時に発表される日韓共同文書に盛り込まれる歴史認識問題での対応について 「村山富市元首相の戦後50年の談話を基礎にしながら、韓国国民に日本国首相としてメッセージを送ることになる」 と述べた。要するに今度もまた土下座外交である。 もううんざりだ。

 こんな事をいつまでも続けていると我が国の若い人たちは、もう日本人をやめたくなるのではないだろうか。 現在の国民に最も欠けているもの、それは民族の誇りだと思う。 とりわけ、政治家首脳は決定的にそれを持ち合わせていない。 「民族の誇り」というものは右翼も左翼も関係ない。 どこの国の国民でも等しく最も大切なものとして持っているものだ。 未だに世界の各地で紛争が起きているが、それらの多くは、民族としてこの最も大切なものを守るために必死になって戦っているのだ。

 しかも、村山談話は先の大戦相手国に対して向けられたものであるが、今回は韓国にだけ向けられたものになると言う。 そんなことをすれば他の旧相手国からもワンサと謝罪要求が出て来るではないか。 こんなことは断固打ち切るべきだが、それを今の政権に期待するのは無理だろうか?

 金大中大統領は「訪日によって過去を清算し、これ以上、両国の葛藤が続かないようにしたい」 と、言っている。 それはそれで大変結構なことだが、今までの歴代韓国大統領も訪日の都度、同じことを言っていた記憶がある。 しかし、これで最後だという保証は何もない。大統領が代わればまたぞろ 「謝罪を」 と持ち出してくるに違いない。 要するに彼らは日本から謝罪と経済援助を勝ち取らねば自国民に対して点数を稼げないのであろう。 だからこそ日本側が毅然とした態度で断固謝罪を拒否する姿勢が必要なのだ。

 この度、選挙で勝利したドイツの次期首相シュレーダー氏は 「私には第二次大戦についてのコンプレックスは無い」 として、従来、ドイツが持っていたナチの罪過に対する贖罪意識は持っていないことを明言して、今まで 「ナチの貸し」 を戦術的財産としていたフランスをガッカリさせた。 これこそ民族を代表する政治家としての見識というものだろう。 小渕首相にも同じものを求められている筈だ。 如何に大きな負の財産を背負わされたとは言え、いつまでも引きずっていくのは両国民の真の友好にプラスにならない。


(98/09/05) イカやサンマで済まされない

 朝夕ちょっと涼しさを覚えるようになりホッとしていたところ、お中元の季節でもないのに隣国からとんでもない贈り物がエア・メールで飛んできた。ところが、どこをどう間違ったか三陸沖に不時着してしまったので、折角のプレゼントも受け取れずじまい。可哀想なのは落下地点のイカやサンマ。何が何だかわからないまま昇天したことだろう。

 皆さんの家の裏に池があるとする。そこへ向かいの家からダイナマイトを皆さんの家の屋根越しに池に放り投げた。向かいの家からは事前にも事後にも何の挨拶もない。たまたまそれを見ていた近所の人から事実を聞かされたあなたは「ああ、うちの家に当たらなかってよかった」で済まされるでしょうか?

 第一、そんなことをしてはいけないということは子供でも知っている常識というものだ。しかし、以前からその家の住人は世の中の常識というものがまるでない。それに対して常識で対抗しようとしても噛み合わない。ならばこちらもその積もりで対応する必要がある。

 これは外交を有利に運ぶために彼らが常套手段としている恫喝であり、同時に彼らなりに日本を含めた各国の反応を計算したうえでのことで、いわば性能実験ではなく反応実験であるならば、その計算がまったく見当違いであったことを彼らに思い知らせる反応を示す必要がある。「日本がそこまでやるとは・・・」と思わせなければ、第二、第三のミサイルが飛んでくることは必定だ。

 我が国で最大の発行部数を誇るA新聞などは、この期に及んでまだ社説で「弾道ミサイルは確かに脅威だが、その意図や実態を見極めながら、『脅威』のレベルを下げる環境づくりにつとめなければならない。必要なのは冷静さである」と述べている。相変わらずどこの国の新聞かと思うような主張だ。もうこのような論調には飽き飽きした。「脅威のレベルを下げる環境づくり」とは、どうせよというのか。あの国の言うように、ミサイルが怖ければ経済援助をもっとしろ、ということか。「必要なのは冷静さ」とはどう冷静であれと言うのか。普通の話し合いで理解し合い、国際常識が通用する相手ではないことは、もう充分わかっていることではないか。こんなことをされて黙っているのはもはや国家ではない。世界中から軽蔑されるだけである。その意味で高村外相の「ミサイルをぶっ放した国だけが得をしたことにはしない」という発言を支持する。

 ところで、考えるだに恐ろしいことだが、もし、あのとき日本側が我が国を攻撃するミサイルだと判断して応戦体制に入っておれば一体どういうことになったのだろうか? 実際、あれがそのようなミサイルで日本が応戦するという可能性はゼロとして排除できるであろうか? あれは日本に対する宣戦布告と考えても考え過ぎではないと思う。自衛隊はもうすでにやっているであろうが、いまやここまでくれば、あの国をハッキリと仮想敵国として体勢を組むべきであろう。

 あとになって彼らは「あくまで実験は我が国の主権である」と開き直った。ならば日本の海上自衛隊がその国の領海ぎりぎりのところで大規模な演習をしても文句はないか? 日本も大いにその反応実験をやってみようではないか。これは火遊びではない。「国家」というと短絡的に「右翼」と結びつける進歩派とか文化人なる御仁が居るようだが、ごく普通の国家としてどうあるべきかを考えるべきことだ。

 さらに彼らは9月4日になって「あれは人工衛星の打ち上げだった」と言い出した。おそらく日本の反発が予想していた以上に強いので慌ててほかに理由をつけたのだろう。百歩譲って人工衛星の打ち上げであったとしても、ロケットの燃えがらが落下する地点は想定できるのだから、関係国には事前に了解を求めるべきだ。それをしなかったのは非礼千万どころか敵対行為だ。なぜなら、関係国が自国を攻撃する核ミサイルと判断して報復攻撃をしたらどんなことになるのか。

 ミサイルを開発するのは彼らの主権かも知れぬが、その照準が日本に向けられているのであれば我々も同じ条件の報復手段を持つべきだ。憲法の制約があるからといって、我が国の安全は専守防衛でいいのだろうか? 日本を武力攻撃する国があるとすれば、その国は壊滅的な報復があることを悟らせてこそ防衛というものであり、戦略ではないか。これは当然の自衛権の発動であろう。韓国は「北風より太陽」政策をとっているようだが、そんななまぬるいことは彼らの思うつぼである。殊にあの国に対しては、北風には北風以上に対抗しなければ何の効果もない。また、この際、我々国民も改憲を視野に入れて国の安全保障はどうあるべきかを真剣に考えるべきときだ。

 日本が甘く見られたのには日本側にも責任がある。「お隣の国々のご機嫌を損なうから」と言って、やみくもに護憲を主張する今の宮沢蔵相、数多くの日本人が拉致されているにもかかわらずコメ数十万トンを無償援助したとき、これを強力に推進した現在の野中官房長官。このような人たちが現在の内閣に居て政治の中心になっている。あの国から見ればまことに好都合というものだろう。

 とにもかくにも従来のような支援措置は徹底的に削るべきだ。政府はチャーター便の運行を禁止したが、それだけでなく、船舶の入出港も禁止し、在日人の本国送金も厳禁すべきだ。とにかく相手を酸欠状態にしてしまわなければ彼らはさらにエスカレートしてくるだけである。「それをすると彼らが暴発する」 と、いたずらに慎重論を唱える論調もあるが、そんなことを恐れていたら健全な国家を営むことは不可能だ。それに備えるために今こそ我々は動くべき時ではないだろうか。また、何のために日米安保があるのか。何のために核の傘に入っているのか。よく考えてみよう。いや、もう考えるときは過ぎたのかも知れない。


(98/08/29) あやかりたいもの

 最近は金融機関の救済で天文学的な金額の公的資金が使われようとしている。政府自民党は「日本発の世界金融恐慌を避けるため」 という理由で大手金融機関の建て直しに躍起であるが、それにしても巨大な額である。それも日を追ってどんどん増えつつあるのだから、毎朝目が覚めてから新聞の見出しを見るのがコワイくらい。昨年、あれだけ騒がれた住専問題なんて「あんなの可愛いもの」 とばかり、いつの間にか忘れられたようだ。

 目下、国会では、その一環として日本長期信用銀行問題で大騒ぎである。長銀は98年9月中間決算で7,500億円の不良債権を処理するため資本勘定は大きく目減りして1,600億円となる。それを穴埋めするため約5,000億円以上の公的資金を投入するという。またまた老いも若きも国民一人当たり4,000円の持ち出しである。首相、大蔵大臣とも「長銀は債務超過になっていない」と、言っているようであるが、勿論、そのような状況であれば公的資金を投じるなんてとんでもないことである。しかし、実態次第では債務超過になる可能性が大いにある。この銀行は不良債権となる危険性を含む第2、第3分類債権が、なんと2兆8,240億円もある。このうち、1割が回収不能となるだけでも債務超過になるではないか。政府はこれをどのようにみているのだろう? 

 更に問題は、長銀が保有する株式の含み損だ。同行は原価法を理由に損失処理は不要としているが、現時点でその含み損は約3,000億円に達しているという。しかし、原価法であっても保有株式の時価が簿価の半値以下になれば強制的に評価損を計上しなければならない。そうなると、これだけでも債務超過に陥り、公的資金による救済案は吹っ飛んでしまう。 と、言っている間に昨日はとうとう平均株価は1万4千円を割り込んでしまった。いずれにしても莫大な公的資金を投じた後でボロを出しても税金をドブに捨てるようなものだ。小生の単細胞的計算ではこうなるが、この計算に無理があるのだろうか。

 まあ、それはそれとして、このところ、同銀行の元役員達の退職金の額の大きさが問題視されている。某調査機関によると、一部上場企業の1年当たりの退職金平均額は次のようになっているという。

    会長   1,089万円
社長 682万円
副社長 635万円
専務 472万円
常務 493万円 (なぜか専務より多い)

 ところが、6年前に長銀会長を退任した元S頭取は、なんと9億3,000万円もの退職金をせしめたという。これは役員在任期間が34年間の長きに亘ったことにもよるが、それにしても1年当たり2,730万円である。しかも、在任34年間のうち、16年間は頭取、会長よりも下位の役職の期間であったことを考えると、上記の一般企業の通念から大きくかけ離れていると言わざるを得ない。

 大体からして個人商店じゃあるまいし、大手都市銀行と言われていた日本長期信用銀行の役員を34年間も続けたと言うこと自体が異常と言わざるを得ない。大学新卒の新入社員が入行したとき既に役員だった人間が、その社員が定年間近になってもまだ役員で居る、というのは果たして健全な姿なのだろうか? 

 ご存知の通り、銀行と言うところはおカネを扱うところである。そこで、不正を防ぐために人事異動で一般行員は3〜4年ごとに他のポストに転任させられる。ところが、一番の親玉が34年間も経営陣に留まっていてシメシがつくのだろうか? そこには何の停滞もなかったのだろうか。停滞に伴う経営的淀みはなかったのだろうか? 淀みに伴う濁りはなかったのか? また、一般行員や株主はそのことを何と思っていたのだろうか? 色々考えてみるが小生には全く理解できない。

 これが個人商店や同族会社なら考えられないこともない。しかし、日本長期信用銀行というところは、設立当初(昭和27年)は政府系金融機関の性格が強かったが、現在は大手都市銀行の一つで、産業界に長期資金を供給するためにワリチョー、リッチョーの名で日本興業銀行、日本債券信用銀行、農林中央金庫、商工組合中央金庫、旧東京銀行(現東京三菱銀行)などとともに金融債を発行しており、資本金3,222億円、従業員3,600人、株主21,800人、と社会性、公共性が極めて大きい銀行である。このような巨大な銀行で如何に実力があったとは言え34年間も役員を続けることができたことは驚くべきことだ。2年ごとの任期到来に伴う改選でも、おそらく株主対策が万全で総会の都度、シャンシャン大会で終わっていたのであろう。いうなれば株主も大いに責任がある。手持ちの株券が木の葉同様になってもやむを得ないだろう。しかし、その挙げ句に巨大な不良債権の発生である。 問題は、そのような銀行に国民の血税を投じようとしていることだ。

 現行商法では、取締役の報酬や退職金は定款で定めていない限り、株主総会の承認を要することになっているが、その規定が極めて抽象的であるため、一般的には株主総会において取締役全体の報酬合計額を決定しておき、これに基づいて取締役会で各取締役一人一人について具体的に報酬を決めているが、取締役の退職金の場合は株主総会においても、その総額すら決められず、取締役会に一任するということで通過してしまい、後日公表されることはない。いわば一般株主にすら、その額は闇の中である。これがおかしい。こんなことをしているからフタを開ければ9億3千万円という数字が出てくるのである。これを機会に是非商法を改正して、総会の議案には退職金の金額を明示するようにすべきだと思う。

 なお、9億3千万円といえば平均的年金生活者の250年分になる。 いやあ、取りも取ったり。あやかりたいものですなあ。


(98/08/19) どこの国の新聞か

 先日のA新聞夕刊トップに次のような記事が出ていた。

「この度、或る高校教諭が米国の公文書を調査したところによると、太平洋戦争末期に日本空襲時に国内各地に不時着して捕虜になった連合国軍飛行士は520〜570人。このうち、少なくとも約半数の270人が日本側憲兵隊の虐待や地元住民らに処刑されるなどして死亡し、故国の土を踏めなかった。また、大戦中に日本軍に捕らえられた連合国軍捕虜の総数は132,134人で、そのうち27%にあたる35,756人が死亡した。これに比べて旧ソ連軍に抑留された日本人捕虜は約57万5千人で、うち死亡したのは9.6%の約5万5千人であった。」

 この記事は諸氏の目にもとまったことでしょうが、どのように受け取られたでしょうか? この記事全体から受ける印象は、それが高校教諭の調査に基づいているとは言え、戦時中、如何に日本人が残虐を極めたか、それに比べればソ連軍に抑留された日本人捕虜の犠牲者は如何に少なかったかという対比をA新聞が強調したものとしか受け取れなかったのは私だけでしょうか。また、A新聞が今頃になってこのような事柄を持ち出すのはいったいどういう意図があってのことなのか? 全く理解に苦しむところだ。

 第一、その悲劇の内容、背景、当時の情勢などを考慮せずに、数字だけを並べるだけであれば、読者に冷静で正当な判断をさせずに一定の方向に誘導する意図があってのことかと思いたくなる。A新聞は自分だけは冷静な正義の審判者だというのだろうか。

 捕虜になって死亡した連合国軍飛行士の中には、広島で原爆に遭遇して被爆死した11人を初め、国内各地の刑務所での空襲や火災で焼死した者も入っている。また、人口密集地の都市を無差別爆撃した際に撃墜され、地元住民が憎しみのあまり処刑した者も数人は入っているであろう。しかし、それは戦時下の空襲という精神的にも極限状態であったことを考えると、この平和なときの思考と軌を一にすることには無理があろう。私も当時はまだ子供であったが深夜の空襲で火の海の中を逃げまどったときの恐怖は未だもって決して忘れ去ることが出来ない。また、当時、連日「鬼畜米英」などという見出しで敵を憎むように国民を洗脳することに仕向けたのは軍部のお先棒を担いだA新聞を初めとするマスコミではなかったか。

 A新聞は今回に限らず、東京裁判で突然中国側から持ち出されてきた南京大虐殺(実際にあったことかどうか正確な資料は何もない)のことも含めて、ことさらに日本人の残虐性を強調するが、では、あの戦争を通じて広島、長崎への原爆投下、東京、大阪、神戸その他人口密集地への無差別絨毯爆撃をどう見ているのか。それらはいずれも軍需産業への打撃というよりも、そこに住む非戦闘員である一般市民を殺戮して日本の戦意を削ぐことが目的であった。それらは戦略であると同時に人種差別にもとづいた一般市民への大虐殺にほかならない。

 東京裁判が勝者による敗者への裁きであったことは今や誰しもが認めるところ。従って日本側の犯したことだけが裁かれ、連合国側の行為はなんらお咎めなし。それもあの戦争は日本側から先に手を出したというだけで原爆投下や一般市民への大量殺戮などの連合国側の暴虐はやむなしとする元長崎市長の考えとA新聞の考えにどれほどの差があるのだろうか。

 またA新聞は、旧ソ連によって酷寒のシベリアに不当抑留された日本人捕虜のうち死亡した人が如何に少なかったかと言わんばかりであるが、この新聞はいつの間にインタファクスの日本支局に成り下がったのか。このシベリア抑留もまた理不尽な行為であった。昭和20年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏したが、日ソ不可侵条約を一方的に破棄してソ満国境を越えてなだれ込んできたソ連軍は日本の降伏を認めず、さらに1週間近く満州を蹂躙した挙げ句、多数の日本軍補虜を不当にシベリアへ抑留し、過酷な自然環境の中で強制労働をさせ、多くの同胞を死なせたのだ。

 A新聞は 「旧ソ連軍に抑留された日本人捕虜は約57万5千人で、うち死亡したのは9.6%の約5万5千人であった」 と言うが、実際はもっと多いという説もある。とにかく正確な数字は厚生省ですら把握していないのである。仮に亡くなった人が5万5千人であったとしても、それは東京ドームや甲子園球場が超満員になる人数である。考えてもみて下さい。それだけ多くの日本人が旧ソ連によって不当に異国の土に眠らされたのである。A新聞はそれでもまだその犠牲者が少ないと言うのだろうか? それもまた先の空襲と同じように勝者の行為として容認すると言うのだろうか? 

 先の大戦を通じて日本は国際法のいくつかを犯したのは事実であろう。しかし、連合国側においても上記のような原爆投下や無差別爆撃による大虐殺や旧ソ連の不当抑留などの大きな国際法違反の事実があったのである。かと言ってこれをもって日本の犯した罪の免罪符にせよと言う気はないが、我が国のマスコミが正義漢ぶって、いたずらに日本の古傷だけを強調するのは国民感情としてどうしても割り切れない。


(98/08/13) WINDOWS 98 奮戦記

 いやあ、参った、参った、参りました。 たかがOSひとつ入れ替えるのにこんなに泣かされるとは思いもしませんでしたよ。まあ、一回ですんなりいけるとは思いませんでしたが、それにしてもこんなに手こずるとは。途中で余程パソコンごと窓から放り出してやろうかと、ジャイアンツのガルベスのようにキレかかりましたが、そこは 「折角買ったものだから」 という持ち前のケチ根性で辛うじて思いとどまりましたね。

 私は従来、OSは WINDOWS NT 4.0 を使っていましたが、持ち前の新し物好きの気性が災いして、WINDOWS 98 を早速買い求め、インストールにかかりました。買った WIN98 はアップグレード版。 雑誌やインターネットの情報では、WINDOWS 95 からアップグレードするのが一番簡単と聞いていたので、WINDOWS NT 4.0 とアプリケーションをすべてフォーマットしたあと、改めて手持ちのWINDOWS 95 をインストールし,その上からWINDOWS 98を積み込もうとしたものです。

 某雑誌によれば 「WINDOWS 98 はウイザードでらくらくセットアップ」 ですって。これにだまされたましね。そこで神戸の三宮に出て WINDOWS 98 と WINDOWS 98 PLUS を買って、その帰りにその雑誌をもう一度良く読まますと、「但し、機種によってはBIOSを書き換える必要がある場合がある」 となっているではありませんか。おいおい話がチト違うではないかと思ったがもう遅い。「まあ、なんとかなるやろ」と呑気に構えたのが甘かった。

 これがNECとか、富士通とか、IBMとかのメーカーの完成品にインストールするのなら宣伝文句に近いかも分からない。と言うのは量販店などの売場では「WINDOWS 98 対応デバイスドライバ集」というCD−ROMが無料で配布されており、そこには各メーカーの機種別のWINDOWS 98対応のドライバが収録されており、一応情報が提供されています。

 ところが、小生のマシンは、一昨年末に身の程知らずに自分でパーツを買い集め、何とか組み立てた自作AT互換機。従って個々のパーツがWIN98でも問題なく使えるか否かについてすべて自分で情報を収集しなければなりません。考えただけでもウンザリしましたね。こんなことなら自作なんてするんじゃなかったと思ったが後の祭り。そこで、仕方なく各パーツと周辺機器の名、メーカー名、ホームページのアドレス、サポート電話番号などをリストアップして調べ始めましたが、これがメーカーによってその対応が実に様々なもの。

 スキャナのメーカーなどはこちらの照会に対し、「さあ、どうでしょうね。いま動作確認中でよくわかりませんが」 ですって。「それはないでしょう。WINDOWS 98 が正式に発売されたのは、つい先日だが、プレ・リリース版はもう数ヶ月も前から出回っており、テストする時間は充分あった筈。」 と、苦情のひとつ(だけではなかったかな?)も言ってみましたが、「すみません」の一点張り。

 SCSIカードに至っては「あ、それはもうダメ。ハードそのものを取り替えなきゃダメ。新しいのを買って下さい」 他人のフトコロだと思って。泣く泣く買いに行きましたよ。

 デジカメの接続ソフトもどうも納得できない。他の周辺機器のWINDOWS 98 対応ドライバは殆どホームページで無償で提供されているが、このメーカーは 「有償でのみ提供できます」 とは殿様商売もいいところ。

 そのほかの機器は大体においてドライバがホームページで提供されていたり、WINDOWS 98 がその機器のドライバを持っていたりして、まあ何とかいけるのではないかというところまで漕ぎ着けました。

 今回、色々調べてよく分かったことですが、パソコン関連機器を買うときはメジャーなメーカーのものを買うほうが後々苦労が少ないと言うこと。「寄らば大樹の陰」というのはあまり好きな言葉ではないが、メジャーなメーカーほど、このようなときのサポート体制はしっかりしているのがよく分かりましたね。

 さあ、それではいよいよインストールだあーッ と勇躍とりかかり、WINDOWS 95 の上からインストールしようとしたが、なぜかすんなりと出来ません。途中で起動デイスクを2枚作成するが、そのあとなぜか必ずフリーズしてしまい、先に進めない。何度やってもダメ。BIOSの書き換えを要するのかと思いましたが、そうでもなさそう。

 ハードデイスクをきれいに地上げしてWINDOWS 95 を入れているだけだから、そこには都合の悪いバグなどは無い筈で、どうにもよく分からない。途方に暮れて何かヒントはないかと、WINDOWS 98 に添付していた薄っぺらいマニュアルをパラパラとめくっていると、「アップグレード版といえども、WINDOWS 95 がインストールされていなくても、起動デイスクさえ作ってあれば WIN98 をインストール出来る」とあるではないか。

 小生は WIN98 を積み込めば、もうWIN95 に戻るつもりは毛頭ないので、「ではいっちょうクリーンセットアップといくか」 というわけで WIN98 純血大作戦(大層な!)に挑戦しましたね。早速とりかかったところ、今度は先ほどフリーズしたところも無事通過。「うん、これならいけそうだ」と思ったのも束の間、あと3分で完了というところで、自動再起動した途端にまたまたフリーズの真っ暗闇。これも何度繰り返してもダメ。ここでキレかかりましたね。この夜はもうフテくされて寝ましたよ。

 翌日、今度は日が変わったからうまくいくかな (いくわけない) と僅かな期待をもってトライするもまたもや同じところでフリーズ君! 「もう勝手にしろ」とばかりパソコンのリセットボタンを押すと、な、なんとそこからすんなりとインストールが完了したではありませんか。しかし、ビル・ゲイツのお兄さんよ、これってバグだよなあ。

 さあ、では次はアプリケーションのインストールをしようと手持ちのワープロ、表計算などのソフトを入れていき、毛筆印刷ソフトのインストールにかかったとき、異変が起こりました。最初の画面が出たところで、どうしてもそこから先に進まない。何度繰り返しても同じ。こんなことは WINDOWS NT でも WINDOWS 95 でも発生しなかったこと。そこで今度はその毛筆ソフトのメーカーに経緯を話し、対処方法を照会したところ、特に説明はなく、「新しいCD-ROMを送りますから、それで試して下さい」 とのこと。「???」何かあるのかな?

 翌々日、そのCD-ROMが着いたので、今度は大丈夫だろうとやってみたが結果は同じ。ひょっとして先に入れたワープロか表計算ソフトに何か毛筆ソフトのインストールに都合の悪い情報があるのかと勘ぐって、それらにひとまず退去願い、そのあと毛筆ソフトをインストールしようとしたが、やはりうまくいかない。しかし、ハードデイスクの中のファイルをよく見ると、先ほど退去させたソフトの一部分のファイルがどうしても削除されずに残っており、削除しようとしてもどうしてもできない。これならWINDOWS 98を入れた直後でなければ駄目かと、またまたハードデイスクを再地上げ。この日はここでまたフテ寝。

 翌日、「もうお前には期待しない」 と、CD-ROM につぶやきながら再び(ではなかった。何度目だろう?)虚ろな目で画面を眺めながら作業を進めていくと、おお、例の毛筆ソフトが意外にすんなりとセットアップ出来たではないか。わての勘もまんざらでもない。しかし、こんなこと普通は考えられますウ? なぜこんなことになるのでしょうね。

 それからは他のアプリケーションも順調に全て積み込み完了し、インターネット接続の設定も出来上がったが、この間、殆ど1週間を要し、ホームページの更新も出来ず、Eメールも頂いてるでしょうに返事も出せず、申し訳ない思いをしました。これからはまた真面目に更新に努めますので、宜しくお願いします。

 現在のところは画面がいまいち安定度が良くないようで、今更ながら WINDOWS NT の安定度の素晴らしさを再認識しましたが、インストールした直後はよくあることなので暫く様子を見てみようと思っております。また、FAT32 にするかどうかについては一長一短あるようですが、クラッシュしたときに損傷が少ないという面を重視してFAT32でフォーマットしました。

 それにしても、よく振り回してくれました。

 

ymat