芦屋浜シーサイドタウン高層住宅地区とは


 

 昭和54年(1979年),芦屋市の大阪湾沿いの芦屋浜シーサイドタウンに、当時としては他に類を見ない画期的なユニークさをもって高層住宅群が生まれました。当時「海に建つ超高層団地」と呼ばれたこの街はどのような経緯で建設され、現在どのように運営されているかを知ることは、これからこの街をより住みやすい良好な環境にするために決して無駄ではないと思われます。また、そのための資料の一助にしていただければ幸いです。
      
            1.海上都市の立案と準備
               1−1 芦屋浜埋立と国際文化住宅都市構想  
               1−2 建設省案が浮上   
               1−3 コンペの概要        
               1−4 ASTM(アステム)企業連合の発足とその提案       
               1−5 共同企業体の発足        
               1−6  潟Aステムの設立              

            2.高層住宅と諸施設の建設        
               2−1 準備工事の開始           
               2−2 住棟、公共・商業・スポーツ施設の建設      
               2−3 竣工直前のお役所喧嘩   
               2−4 地域暖房給湯              

            3.住環境づくりとその機能        
               3−1 住環境づくり     
               3−2 芦屋浜高層住宅都市の機能       
                 イ.電気・給排水システム         
                 ロ.地域暖房給湯  〃       
                 ハ.真空ごみ収集  〃        
                 ニ.地区防災監視  〃

            4.住環境の管理システム    
               4−1 高層住宅都市管理システムの概念      
               4−2 管理システムの概要      
                 イ.土地・建物その他財産所有形態            
                 ロ.管理体制     
                 ハ.管理業務の委託      
                 ニ.維持・管理費用     

1.海上都市の立案と準備

1−1 芦屋浜埋立と国際文化住宅都市構想 高層住区全景
 戦後復興も落ち着いた昭和30年代、兵庫県は近畿圏基本整備計画の基本構想に基づく広域行政の一環として芦屋浜埋め立てを県営事業として実施する運びになりました。これは大阪湾全体を一つの広域港湾として総合的に開発するために策定され、これに基づいて芦屋地先の埋め立てが昭和38年(1963年)に兵庫県の「大阪湾沿岸学術調査団」によって提案されました。 その後、県は種々の調査・計画を経て作成した「阪神臨海再開発計画」に基づ き、開発事業の一環として、兵庫県企業局(現企業庁)の手により昭和44年(1969年)から50年(1975年)にかけて、芦屋浜地区に総面積約125ヘクタール(約38万坪)の埋立事業を行いました。わかりやすく言えば、この広さは18ホールのゴルフ場ほぼ二つ分に当たります。

 一方、芦屋市においては昭和46年(1971年)3月、長期計画「芦屋市・総合計画基本構想」が策定され、国際文化住宅都市(昭和26年制定)建設の中で芦屋浜埋立地の利用について、品位のある良質な住宅と良好な住環境を整備した総合的な街づくりを行うという基本方針が立てられました。

 この結果、兵庫県企業局と芦屋市の間 で協議が重ねられ、芦屋浜埋立地利用をより具体化するためのマスタープラン「芦屋浜埋立地構想・計画」が昭和47年(1972年)3月にまとめられたのであります。

1−2 建設省案が浮上
 ところがその当時、建設省では、住宅生産の工業化に力が注がれており、その方策の一つとしてのプロジェクト・シリーズとして、各種の提案競技が実施されておりましたが、この一環として建設省より兵庫県及び芦屋市に対して、「提案競技」をこの埋立地を対象地として利用したい旨の申し入れがあり、その結果、ナショナルプロジェクトとしての提案協議が、この埋立地中央部の高層住宅地区(約20ヘクタール約6万坪)において行われることとなったので あります。このプロジェクトは、緑豊かで都市機能の充実した住みよい街づくりを基本目標とされておりました。

1−3 コンペの概要 地下杭
  この提案競技は建設省・兵庫県・芦屋市・日本住宅公団(現住宅・都市整備公団)・兵庫県住宅供給公社・(財)日本建築センターの計6団体が主催し、競技実施の事務局は(財)日本建築センターが担当することとなりました。このコンペは、単なる高層住宅の設計だけではなく、計画から実施に至る理想的な住宅団地のトータルシステムを競う点が最大の特色でありました。このトータルシステムには、建設工法だけでなく、生活関連諸施設を含めた事業全 体についての企画、設計、生産、価格、販売、管理などといった、極めて広範囲で多岐にわたる内容が含まれておりました。

1−4 ASTM(アステム)企業連合の発足とその提案

 前述の如くトータルシステムによる大規模高層住宅の建設を主目的とするプロジェクトに対応するため、多くの企業グループから提案がなされました。提 案は最終的に22企業グループから提出されましたが、いずれも業種の異なる127社の企業がグループを組んで提案作業に取り組みましたが、それらの提 案グループの一つとして「ASTM企業連合」がありました。 

 まず、建築鋼材の生産と都市開発に実績を持つ新日本製鐵と、高層建築の企画・設計施工の向上に注力し、開発を進めていた竹中工務店の2社が共同でプロジェクトへの参画に合意しました。更にこの総合計画を完結させるに必要な技術とノウハウをもつ、松下電工、松下興産及び高砂熱学工業が加わり、計5社でASTM企業連合が昭和47年(1972年)7月に結成され発足しました。ちなみに「ASTM」とは次の頭文字の組み合わせであります。                    
   A:芦屋浜         
   S:新日本製鐵
   T:竹中工務店、高砂熱学工業
   M:松下電工、松下興産

  ASTM提案の大きな特色としては、まず建物は階段室を柱とし、共用階を梁とする鉄骨架構とプレキャストコンクリートで構成された住宅ユニットを組み合わせた住棟形式の採用でありました。住棟は2住戸1階段の基本平面形とし、この住棟2棟をエレベーターを中心として結びつけており、エレベーターは7、12、17、22、27階にスキップストップさせ、その階に共用階を設け、災害時の防災ミニ拠点として有効な空間がつくられました。さらに、耐震架構を鉄骨大架構体に集約し、住戸ユニットはプレキャスト板で構成することにより、住宅内には柱や梁のない自由な居住空間が得られ、両面解放の平面形と相まって住戸バリエーションにも対応し、部品・部材の標準化に対しても制約が少なく、工業化法の適用を容易にするよう考慮されております。

 次に高層住宅区域の中央部には商業・医療・消防・熱供給等の公共サービスの中心施設を配置し、これらはの中央緑道及び幹線道路に沿っており、このシーサイドタウン地区内外からアプローチでき、埋立地だけでなく既存市街地も含めた生活のセンターとして解放された場を提供するよう配慮されました。 このほかに暖房給湯システムを実現するため、地域熱供給システムが提案され、さらに良好な住環境を維持するために真空ごみ収集システムが提案に盛り込まれました。 昭和48年(1973年)1月に芦屋浜プロジェクト提案競技は締め切られ、同プロジェクトの審査委員会による審査を受けた結果、実施委員会(委員長は建設事務次官)により、ASTM案が入選第1位に決定されたのでありました。

1−5 共同企業体の発足
 その後、ASTM企業連合は,ASTM提案の円滑な実施のため、昭和50年(1975年)2月、芦屋浜高層住宅建設工事実施のため「ASTM共同企業体」(5社新日本製鐵、竹中工務店、高砂熱学工業、松下電工、松下興産で構成)を結成し、いよいよ本格的な建設工事が着手されたのでありました。

1−6 潟Aステムの設立
 このプロジェクトの提案競技条件として、提案者が民間分譲住宅を建設し、その販売と管理を行い、また商業施設・スポーツ施設を建設して運営、管理していくことが課せられていましたが、このように、住宅の分譲事業や諸施設の建設、運営・管理業務を遂行していくためには、その資格をもった法人が必要であったため、昭和50年(1975年)8月、ASTM企業連合構成5社により潟Aステムが設立されました。


2.高層住宅と諸施設の建設

2−1 準備工事の開始
 昭和50年(1975年)11月中旬、ASTM共同企業体(以下JVと称す)は、いよいよ資材搬入を開始、県、公団、公社、潟Aステムの順に発注した工事を次々とスタートさせていきました。なお、資材の搬入については、生産管理および安全対策の両面から、全輸送量98万トンの85%を海上輸送しました。

2−2 住棟・公共・商業・スポーツ施設の建設

建設途上 昭和51年(1976年)1月に入り、JVは地盤改良、杭打ち工事を開始しました。高層住宅の敷地となる埋立地は、住棟直下を支持するために地下32〜39メートルにわたり公共住棟用杭52棟分計2,307本が打ち込まれました。

 同年9月、若葉地区において公団住宅と公社住宅、9月には県営住宅が着工され、次々に建方が開始されました。この建方の工程を簡単にいえば、住戸となる大きな長方形の箱をつくり、そしてそれを積み重ねていく作業であります。 

 そして昭和52年(1977年)4月、公社住棟において、はじめて建方が完了し、その後工事の進捗は、昭和51年(1976年)1月に着工された県営、公社および公団住棟に続いて民間住棟は52年(1977年)3月に着工されました。

 52年5月末には民間住棟で杭打ちが開始されました。6月から公共施設棟に着工、関連施設の建設も作業に入り、翌年7月には若葉町の県営住宅で全棟の建方が完了しました。次いで10月、宮川大橋着工。

 昭和53年(1978年)に入り、1月に民間住棟着工、同時に商業施設が着工されました。4月に宮川大橋が架設され、5月末には公団全住棟の建方が完了し、6月末にはスポーツ施設を着工。

 公共施設棟では大型プラント類の設備工事として、受変電施設、タンクレス設備、ボイラー、監視設備等が据え付けられていきました。9月に入って植裁が始まり、その総本数は約65,000本に及びました。昭和53年10月には商業施設の建方が完了。

 12月には、民間住棟の建方が完了し、同月下旬には、工ネルギープラントの火入れ式が行われました。翌54年(1979年)2月末、県営およぴ公社の住棟と民間住棟の一部が竣工しました。3月には公団住棟、公共施設、屋外付帯施設、商業施設、スポ一ツ施設がそろって竣工、7月には民間住棟の残りが竣工しました。昭和50年11月の準備工事開始以来3年8か月に及ぶ工事は昭和54年7月に至り、完了したのでありました。

2−3 竣工直前のお役所喧嘩メインストリート
 ところが、この竣工の直前になって一つの大きな事件が起こったのであります。教育問題に端を発して芦屋市と兵庫県が鋭く対立し、昭和54年1月、当時の芦屋市長が「芦屋浜ニュータウンの入居に市は一切協力しない」と表明したことであります。その後間もなく市は芦屋浜への給水を停止して、同年の3月に兵庫県は裁判所に仮処分申請を行う一方、3月15日から県・公社住棟の入居を始めました。しかし、芦屋市の姿勢は軟化せず、このような状況の中、工事は完成し、新しい街が誕生したのです。

 昭和54年(1979年)3月24日には民間住棟(J棟現在のA棟)の入居開始、同月26日には公団住棟入居開始、4月6日には商業施設(ダイ工一)がオープンして、9日には小・中・高校が開校しました。事件は4月13日に裁判所の調停で和解が成立し、ようやくニュータウンは正常に機能することになり、間もなく真空集塵施設も運転を開始したのでありました。

 しかし、短期間とはいえ,県と市のサヤ当てのために何ら関係のない最初の入居者の方たちはどんなに不便を強いられたことでしょう。今更ながら当時の住民を無視したお役所の意地の張り合いには呆れるほかありません。殊に芦屋市はこのシーサイドタウンの提案協議主催6団体に入っており、いかなる理由があったとしても、「芦屋浜ニュータウンの入居に市は一切協力しない」と、芦屋浜への給水を停止したり、真空集塵装置を稼働させなかったりしたことは住民を人質に取った無責任な行政として大きな汚点を残したと言わざるを得ないでしょう。

2−4 地域暖房給湯
 このプロジェクトの一つのポイントとして、提案の設計条件のなかに全室暖房がありました。これに対応するため、コスト、安全性、公害防止、工ネルギーの有効利用などの面から、高層住宅団地全体を対象にした地域暖房給湯方式がとられました。その結果、さきに設立された潟Aステムおよび大阪ガス鰍ノより、昭和52年(1977年)5月、芦屋浜高層住宅およぴ商業・スポ一ツ施設への熱供給を行う芦屋浜工ネルギーサービス鰍ェ設立されました。この熱供給事業は、その公益性から熱料金の設定ないし改定のつど、通産省の審査、認可を経て決められることになっております。


3.住環境づくりとその機能
  さて、住宅と諸施設が完成し、いよいよ街としてスタートをきることになりましたが、全く新しい革新的な構想で建設されたこの街がどのような住環境と機能を整備していったかを見ることとしましょう。なお、以下は私たちが現在、この街で日常生活を営むうえで知っておく必要があることが多いため、少し詳しく眺めてみたいと思います。

3−1 住環境づくり 
 競技条件として、県営、公社、公団および民間という4種類の異なった住宅団地という性格から、特に街づくりの思想としては、社会的環境と物理的環境のバランスをとるため住環境の「快適さ」が追求され、それぞれの住宅に入居する階層の人々が無理なく共存して、一つのコミユニティをつくりだせるように考えられました。住棟と住棟の間の空間にそれぞれ特徴のあるテーマ広場を設け、これらを緑道で結び合わせ、団地としての一体感を醸しだすよう図られました。すなわち全戸が均一な環境のなかで快適な生活が送れるような街を形成するように考えられたのでありました。

3−2 芦屋浜高層住宅都市の機能
 この新都市は都市機能として充実した環境施設を備えるべく、 
  イ.電気・給排水システム 
  ロ.地域暖房給湯  〃 
  ハ.真空ごみ収集  〃 
  ニ.地区防災監視  〃
という4つの斬新なシステムによってそれぞれの役割を果たすようになっております。以下これらについて見てみましょう。

イ.電気・給排水システム
 各住戸の電気は住戸別契約電力方式を採用し、各共用階ごとに設置された配電盤から各戸に給電(電気容量は30A)しております。また共用電灯や工レベーター等の動力電源は、各住棟群ごとに設けた設備棟の受変電設備から給電し、停電時に備えて自家発電装置も設置しております。

ロ.地域暖房給湯システム

エネルギープラントこの高層地区には、地域暖房用工ネルギーブラントを設置しており、前記2−5により設立された芦屋浜エネルギーサービス鰍ェ高温水による地域暖房給湯を行っております。このシステムはクリーンエネルギーとして熱源には都市ガスと灯油を使用し、地区公共施設内の工ネルギーセンターに設置された高温水ボイラーから地区内の全住戸・全施設を対象に地下埋設配管網を通じて熱を供給しています。すなわち、高温水ボイラーからは摂氏150度の温水が地区内12か所のサブステーション(熱交換器)を経由して、次のように摂氏90度の温水が全住戸、商業施設およぴスポーツ施設に送られております。

(1)各住戸では熱交換装置(暖房設備)により全室に温風を送り、摂氏60度の温水を台所、浴室、洗面所の3か所に給湯。
(2)商業施設では高温水による暖房設備のほか、同センター内の蒸気ボイラーから送る蒸気による冷房。
(3)スポーツ施設では、ほぼ住戸と同様、高温水による全室暖房と給湯。

 この熱供給に当たって、継続的な熱生産・供給管理を行うため、熱監視設備(監視板、モニター)により24時間交替制の監視体制をとっており、さらに、ボイラーは夏と冬に交替で休止させて保守点検しております。また、サブスデーションは1日2回の巡回点検と年1回のオーバーホールを行い、各住戸内の熱交換装置も年1回、5月から10月にかけて順次、予防点検を行っています。なお、これらサブステーションおよび各住戸内熱交換装置の点検に要する費用は建物所有者ないし使用者の負担となっております。

ハ.真空ごみ収集システム
 ごみは各住棟の共用階と1階に設けたごみ投入口からダストシュートを経て各住棟足もとのボトムバルブ室に一時的に蓄え、その後、コンピュータに組込まれたプログラムに従って自動的に、真空ごみ搬送パイプにより同じ埋立地東南端にある芦屋市のごみ焼却場のごみ収集プラントに直接集めて処理しています。真空ごみ収集システムでは、1か所につき1日に4回ごみを収集しております。

 搬送パイプ内の処理量がオーバーした際には、投入口で投入禁止の表示灯が点灯するようにしております。また、パイプ内にごみが詰まった場合には、端末の処理場のセンサーが作動して異常を警告するなどの維持・管理機能を施しております。さらに、清潔の保持と地区内の美観を損なわないための配慮と保安上の問題から各投入口は、すべて鍵が掛かるようにしており、居住者が各自キーを使って投げ入れるときにだけ開閉するようになっております。なお、ごみ袋の大きさは投入口に合わせ、タテ、ヨコとも規制しています。

 なお、アステムAB棟では、このシステムが使えないときは1階玄関ひさしの上にある表示灯が点滅するようになっており、全住戸から予め確認出来るようになっております。

ニ.地区防災監視システム

防災監視室 高層住宅団地の円滑な運営、サービスの向上および入居者の安心感のために、防災設備を充実し、地区管理センターで集中して、住戸内各室の熱感知器による発報監視のほか工レベータ一、設備棟などの共用設備を含めた監視制御を行っております。住戸では内装の不燃化を図り、2方向避難のためのバルコニー避難ロ、常閉型防火ダンパーおよぴ火災感知機を設置しています。1階エレペーターロビーには総合防災盤を設けて、火災発生区域表示、非常放送、非常電話、消火装置起動を行うことができ、工レベーター管制盤および地区管理センターへの情報伝送制御装置を内蔵しています。共用階および工レベーターロビーごとに、消防隊専用栓、非常コンセント、連絡電話を設け全住棟には非常用工レベーターを1基配置し、防災に配慮されております。地区管理センターで集められた情報はブラウン管ディスプレイに表示し、火災信号は消防署に、工レベーター故障信号はエレベーターメーカーのサービス部門に通報します。


4.住環境の管理システム

4−1 高層住宅都市管理システムの概念
 芦屋浜プロジエクトにおける街づくりの思想は、県、公社、公団、民間企業(潟Aステム)の、しかも賃貸と分譲という、事業主体や経営形態の異なる建物を混在配置した場合、供給施設や環境施設については全体としての効率と調和を考えて統一的、均一的管理を実現するため、全体共同利用の方式をとるのが妥当であると考えられました。

4−2 管理システムの概要
アステムAB棟イ.土地・建物その他財産所有形態
 土地は、住棟所有者の所有となる部分と四事業主体の共有となる部分に分けられています。前者は住棟の底地とその周辺部分で、主としてその住棟の入居者が専用使用する部分でありますが、後者は地区全体の入居者が、公共施設棟、駐車場、集会所など共同で利用する性格の施設用地であります。ここでは全体共同利用の用地を四事業主体で共有という形にしているところが、最も特徴のあるところです。

 住棟は、当然のことながら賃貸住宅はその事業主体の所有であり、分譲住宅はその譲受人の所有であります。その他、設備・施設類については土地と同様、住棟所有者の所有となる部分と、全体共用として四事業主体の共有部分に分けられています。 管理上このような所有形態をとったため、これに対応する詳細システムづくりがなされました。土地・建物および設備の共有持分比率・費用負担比率の決定、駐車場収益の按分率決定など合理性が要求されたため極めて複雑なシステムとなったのであります。

ロ.管理体制

 管理体制は前記所有区分に応じて考えられております。各住棟および住棟別所有部分について分譲住宅は管理組合による方式が、また賃貸住宅については、事業主体それぞれに従来の方式がそのまま採用されています。

 四者共有部分については芦屋浜独自の体制がとられました。管理に関する四者(県・公社・公団・潟Aステム)協定に基づき協議機関として「芦屋浜四者管理協議会」を設置し、ほとんどの問題が処理されております。なお、決定は全員一致によるとされております。

 防災等の監視については交替制による24時間監視体制をとっております。火災や設備事故の発生等は即時に把握され、電気、水、工レベーターなど緊急事故については専門業者とタイアップし、臨機の措置ができる体制が整えられております。

ハ.管理業務の委託
 四事業主体共有部分の管理業務は兵庫県住宅供給公社に委託されております。業務範囲については、四事業主体共有部分の管理に限定し、例外として屋外の清掃、植木の手入ならびに設備メンテナンスの業務だけを各住棟別所有部分も含め一元的に管理することとなったのでありました。花火

ニ.維持・管理費用
 各住棟別所有部分の管理費用については、賃貸の場合は家賃または共益費から、分譲の場合は管理費または積立金から充当される通常の方式でありますが、四者共有部分に関しては、次のようなこの地区特有の管理方式がとられました。

(1)駐車場の収入をすべて四者共有部分の管理責用に充当する。
(2)駐車場収入を充当しても不足が生じる場合は、賃貸については家賃または共益費から充当するが、分譲の場合には、事業主体と管理組合の間で、全体共用部分の利用契約を締結して、徴収している利用料をこれに充当する。

 現在の駐車場利用料金は1台当たり月額11,000円であります。なお、昭和62年(1987年)に増設(高浜・新浜両地区計616台)した駐車場は、高層住宅地区外にあり、管埋費用の対象となりません。