『 "爵位" この不可思議なるもの』 by ボースン 0)はじめに  ロマサガ3の世界は、貴族王族さまざまに入り乱れる、中世〜近世ヨーロッパ風の 階級社会です。貴族!階級!全国民に中流意識みなぎるこの日本では、そうした「身 分」のあれこれに、耳慣れなくてとまどうことも多いかもしれません。  日本でも戦前、ヨーロッパのまねをした爵位制度が導入された一時期もありました が、ヨーロッパはやはり奥深い。特に、貴族制度が今でも現役な、英国の爵位システ ムは私達が日常考えているより、ずいぶん複雑、摩訶不思議なものです。  私達の日常生活にも、ロマサガ3の攻略にも、勿論これを知ったからといって、何 一つおトクになる事はないかもしれませんが(本物の大貴族に会える機会など、万に 一つ!)、おヒマなかたはちょっと覗いていって下さいませ。 1)まずは英国の爵位一覧 爵位 読み方(笑) ---------------------------------------------------------------------------- Duke (公爵) デューク Marquis (侯爵) マーキス Earl (伯爵) アール cf.英国以外の伯爵はCount(カウント) Viscount(子爵) ヴァイカウント Baron (男爵) バロン ---------------------------------------------------------------------------- Baronet (准男爵) バロネット Knight (ナイト爵,士爵) ナイト cf.女性版が、Dame(デイム) 注)Baronet、Knight は現在の英国ではほとんど貴族扱いはされていない。 注)Knightは一代限りの称号、他は、基本的には長男のみに世襲である。  ここまでは、大抵のかたはご存知ですね。しかし、会話の中ではどうなるか?実は、 英国では、日本での爵位、たとえば「西園寺公爵」というように、何でも単純に姓に 爵位名をつけて呼ぶ訳ではありません。少女漫画などで見るように、 「ごきげんよう、伯爵!」「おお、男爵夫人!」などと、爵位名で呼びかけるという ことは、実は間違い。爵位名と姓名(フルネーム)は別個のものなのです。  ここではロマサガ3の出世魚、ユリアン・ノール(Julian Nohl)君を例にとり、正式 な肩書きを作ってみたいと思います。二段組にした下段は奥方の肩書きです。伯爵以 上の爵位名用の地名にはシノン(Sinon)を使用。呼び方の(社交)はパーティ席上など、 (正式)は「閣下」等としゃっちょこばった場合。今度は低い方から。 ____________________________________________________________________________ 爵位 爵位名 呼び方(社交) 呼び方(正式) ____________________________________________________________________________ ナイト爵 サー・ユリアン・ノール サー・ユリアン サー・ユリアン (Kt.) Sir Julian Nohl Sir Julian Sir Julian レディ・ノール レディ・ノール レディ・ノール Lady Nohl Lady Nohl Lady Nohl 准男爵 サー・ユリアン・ノール サー・ユリアン サー・ユリアン (Bt.) Sir Julian Nohl Bt. Sir Julian Sir Julian レディ・ノール レディ・ノール レディ・ノール Lady Nohl Lady Nohl Lady Nohl ............................................................................ 男爵 ロード・ノール ロード・ノール ミ・ロード Lord Nohl Lord Nohl My Lord レディ・ノール レディ・ノール マダム Lady Nohl Lady Nohl Madam 子爵 ヴァイカウント・ノール ロード・ノール ミ・ロード The Viscount Nohl Lord Nohl My Lord ヴァイカウンテス・ノール レディ・ノール マダム The Viscountess Nohl Lady Nohl Madam 伯爵 アール・オブ・シノン ロード・シノン ミ・ロード The Earl of Sinon Lord Sinon My Lord カウンテス・オブ・シノン レディ・シノン マダム The Countess of Sinon Lady Sinon Madam 侯爵 マーキス・オブ・シノン ロード・シノン ミ・ロード The Marquess of Sinon Lord Sinon My Lord マーシォニス・オブ・シノン レディ・シノン マダム The Marchioness of Sinon Lady Sinon Madam 公爵 デューク・オブ・シノン デューク ユア・グレイス The Duke of Sinon Duke Your Grace ダッチェス・オブ・シノン ダッチェス ユア・グレイス The Duchess of Sinon Duchess Your Grace ____________________________________________________________________________ ☆爵位名と呼びかけかた  上の表をご覧になって、頭がクラクラして来ない人の方が少ないことでしょう。何 しろ、日本語に訳すと、ロードもサーもみんな「卿」。洋画の字幕や翻訳小説を読む たびに、何かと混乱する事が多いのも、しかたがないかも。  二種類の「卿」には、くれぐれもご注意を。結構、差が大きいんですから。 ☆地名と姓名と爵位名  より上級の貴族ほど、爵位名が姓名に由来せず、姓名(フルネーム)とは全く別に、 “Duke of ○○”といった形で称号を持ちます。○○には、普通地名が付きます。か つて受爵イコール領地をさずかることであった封建制度の反映といえましょう。  公爵は絶対、爵位名が姓名に由来せず、侯爵も、普通は由来せず、伯爵は由来する ものもあり、子爵・男爵はほとんどが姓名に由来します。上級貴族で、姓名に由来し ている場合(この場合は of はつきません)は、比較的近代に受爵した家柄と思われま す。 ☆さすがの公爵  表にしてみると、さすがに公爵は、一味違います。呼び方が。 子爵から侯爵までは、「ロード」で十把ひとからげなのですから。 ツヴァイク公も、あまり馬鹿にしたものではありませんよ。少なくとも肩書きは! ☆男爵の謎  結構意外なのですが、英国の男爵には、決して“Baron”の文字は付きません。公式 にも非公式にも“ロード・○○”あるのみ。ではどんな種類のロードか?と追求せざ るを得ない時だけ、彼は Baronで、と説明的にこの単語が使用されるのだそうです。 何か変。  但し、外国の男爵なら“Baron ○○”と呼んでもらえるとか。 バロン西とか、バロン・フォン・ミュンヒハウゼンとかならOKです。 (男爵夫人“Baroness”についても同様です) ☆「レディ」と逆玉  貴族の令夫人の場合は、公爵夫人が“Dutchess of ○○”と呼ばれるのを除き、す べて夫の姓に“Lady”をつけた称号で呼ばれます。平民の夫人が、夫の姓に“Mrs.” をつけて呼ばれるのと同じことです。でも、妻と夫の生まれしだいで、ちょっぴり違っ てくる事も。‥‥たとえばモニカ姫。  公・侯・伯爵の令嬢はもともと、正式にはフルネームに“Lady”が付きますし、呼 び方は“レディ・モニカ”です。そして、もし平民のままのユリアンと無理矢理に結 婚したと仮定した場合も、“ミセス・ノール”ではなく、“レディ・モニカ”のまま になります。もちろん、夫の彼が出世して爵位をもらってくれさえすれば、レディ・ 「夫の姓」に変わるのですが。  階級社会はかくも厳しい。頑張れユリアン! ☆その他の子供たち  英国などでは、爵位の相続は原則として嫡男一人に限られているので、革命前フラ ンスのようにやたら貴族だらけになることはありません。しかし、高位の貴族は、A 男爵位、B伯爵位と、前からの爵位を複数維持したまま、爵位の階段を上ってゆくの が普通なので、相続する前でも、公・侯・伯爵の長男は、儀礼称号として、父親の第 二位の称号(爵位)を名乗る事が許されます。  また、公・侯爵の次男以下は、フルネームに“Lord”が付きますが、伯爵の次男以 下と子爵以下の息子たち(の妻も)は“The Hon.(=Honorable)”が姓名に付くものの、 最も正式な場合のみで普段は平民同様。子爵以下の娘も“The Hon.”。  とてもじゃない複雑さですが、肩書きによって、ちょっとずつ、ちょっとずつ、差 異を加えていく細やかさには、どこか涙ぐましいものがあります。 2)爵位の歴史あれこれ  英国はもちろん、ヨーロッパの爵位制度の大元は、中世初頭のフランク王国におけ る官職名であったということです。フランク王国の言語は、基本的にドイツ語と思っ てもらえば結構ですが、ちょっと並べてみましょう。 ドイツ語 日本語 読み方(笑) ---------------------------------------------------------------------------- Herzog (公) ヘルツォーク Pfalzgraf (王領地伯) パァルツグラーフ Markgraf (辺境伯) マルクグラーフ Graf (伯) グラーフ Freier Herr (男爵) フライアー・ヘル ---------------------------------------------------------------------------- Ritter (騎士) リッター ----------------------------------------------------------------------------  英国では11世紀のノルマン・コンクェスト以来、さきに書いたような爵位が、連綿 と生き続けているわけですが、すでに過去の制度になってしまった国も多いようです。  フランスでは、かつての絶対王制の時代には、貴族の子供たちが全員親の爵位を相 続できたり、爵位(ただしあまり高位のものではない)売買も頻繁に行われて、英国と は比べ物にならないほどの貴族過剰国だったのですが、革命時に貴族制は廃止され、 ナポレオンにより一時回復がされたものの、現在では爵位は、私的に用いられるにす ぎないようです。  ドイツでの爵位制度は、19世紀ドイツ帝国の時代に、侯(Furst)、伯(Graf)、男爵 (Freiherr)の三つに整理され、さらに1918年共和制成立以後は、爵位は一代限り、姓 名の一部として、私的に用いることが許されるだけになりました。  お隣りのオーストリアでは爵位の使用自体が禁じられてしまったそうです。  注)侯(Furst)のuは、実際はウムラウトつきのu、発音はフュルストです。    お使いの機種や環境によっては読めない場合がありそうなので、あえて    ウムラウトなしのまま書かせていただきました。  なお、ロアーヌ侯爵ミカエルのフルネームは、ミカエル・アウスバッハ・フォン・ ロアーヌ、ということになっています。「フォン」はご存知の方も多いでしょうが、 ドイツ語系の名前に付けられる、貴族(名家、程度の時もある)の出身を示す前置詞で す。英国では爵位名と姓名の分離を強調しましたが、ドイツでは、姓の「フォン・○ ○」がそのまま、○○伯爵、○○男爵と爵位名に使われるのが一般的なようですので、 ドイツ風と割り切れば、これはこれでよいのでしょう。  目を東洋に転じれば、中国の爵位制度も、触れておくべきかもしれません。爵位の 日本語訳自体、中国の爵位制度から来ているのですから。  中国では、周代の諸侯が、天子のもと公・侯・伯・子・男の五等爵にわかれ、領地 と人民を管理していたということで、これが爵位制の始まりとされています。その後 も時代により、秦・漢の二十等爵、魏・晋の五爵に王を加えた六爵(その下に各種の侯 もいる)など、時代によってかなり制度はまちまちとのこと。  ロマサガ3での東方では、将軍とミカドはいても、貴族まで描写する余裕はなかっ たようで、残念なことでした。  ちなみに日本。明治の近代五爵は、言葉は中国風、内容はヨーロッパ風のものです が、ものの本によりますと、日本史上の「爵位の始まり」は、学問上は古代初期の、 「姓(かばね)」とされているそうです。いわく、 「公(きみ)」「別(わけ)」「臣(おみ)」「連(むらじ)」「伴造(とものみゃっこ)」 「首(おびと)」「稲置(いなぎ)」etc.  ‥‥と、思いっきりロマサガ3からイメージが離れてしまった所で、この項は終わ りとしましょう。(今これをお読みの貴方が、あまりのイメージ違いに呆然とハニワ 化している姿が目に浮かぶようです) 3)爵位な人々&人外(ゲームキャラについて)  さて、肝心のゲーム中の、おエライかたがた。  彼らの住んでいるのは、ヨーロッパでも東洋でもなく、世界像はもちろん身分制度 についても、断片的な事柄しかわかってはおりません。謎が謎を呼ぶロマサガ3の世 界!その謎をいくつか考察してみました。 ☆ミカエル一世?  内政で大成功すると、ロアーヌ侯爵ミカエル様は、「今日から王国だっ!」と見得 を切られるという話です(不幸にして筆者は未経験ですが)。そーゆーことを勝手に決 めていいものなのか?ハイ、古今東西、歴史地図はそのようにして、次々と塗り変え られてきたものです。爵位の本場英国だって、ケルト人の国だったのを11世紀、フラ ンス(ノルマン人)の貴族が勝手に占領し、さらに「フランス王の家臣ではなく、一国 の君主だ、自分だって王だ!」という無理を、実力で通してしまって今に至る訳です。 (これがいわゆるノルマン・コンクェスト)  勿論、勝手に塗り替えると、当然それを見て怒る奴が出ますね。まず、上の例の様 に「オレの家臣のクセに何を言う!」というパターン。ミカエルは侯爵ですから、確 かに、先祖を侯爵に封じた「王家」またはそれにかわる権威(聖王家か?)が存在しない 筈はありません。ただし、ピドナの王家はいまや絶えかけ、聖王家も単なる名誉称号 でしかなさそうです。単なる外交的競争相手であるツヴァイク公や各都市の軍団長な ども、ロアーヌ国内が十分な力を貯えているということで、なんとか押さえて行ける でしょう。(戦いが起きたとしても、勝てば官軍です)  2章でミカエル様のフルネームに少し触れましたが、王ともなるといよいよ、ミカ エル一世ということで、もう姓も無しでいけそうですね。侯国とかならともかく、国 王は国に一人ですから。天皇家の人々も、姓無しです。(戸籍もないか)そういえば、 ギリシアの王子だった現エジンバラ公が、少年時代パリに留学した際、フルネームを 聞かれて答えに窮したというエピソードを聞いた事があります。便利なような、不便 なような話です‥‥。 ☆吸血鬼伯爵  ずっと思っているのですが、吸血鬼を伯爵に封じた人は、一体誰なのでしょう。ド ラキュラ伯爵などは、勝手に伯爵を名乗ってるだけなカンジですし、戸籍の完備して いないちょっと昔は、それなりの門構えさえ備えれば、けっこう好き勝手に、貴族だ と言い張ればそれで通ってしまったみたいです。モンテ・クリスト伯なんかもお金持っ てるだけで、誰も伯爵だってこと疑いませんもんねぇ。  レオニード伯爵は、聖王の味方になることを選び、聖杯を授かったという話で、何 となくその時の功績で伯爵に‥‥と最初は思っていたのですが、伯爵の年齢を考える と、魔王に伯爵にしてもらったという可能性もありますね。魔王から聖王に乗り換え た、チャッカリ君だったのかもしれません。いくら美しいとはいえ、やっぱりアンデッ ドに爵位をやるというのは、度胸が要るような気がします。  案外、四魔貴族が公とか侯とか付いてるのに、自分が伯爵なのが気に入らなかった のかも‥‥おっと、邪推でしょうかね、伯爵ファンの方、ごめんなさい。 ☆四魔貴族  魔戦士公、魔龍公、魔海侯、魔炎長。  なかなか趣のある称号がついていますが、ちょっと気になるのが魔炎長アウナス。 「長」じゃ、イマイチ貴族らしくないではありませんか?よくこれで我慢ができるも のです。しかし、炎のカウンターこそ厄介ですが、四人比べるとHPも一番低いよう ですし(特に影)、はっきりランクに差があるということでしょうか。戦闘後、アイテ ムを落としてしまうという、ちょっとザコ並みに恥かしいコトをやらかしてくれるの もアウナス(影)一人ですね。他三人のパシリかもしれない。  実は伯爵がいなくなったので、急遽「四魔貴族」の帳尻を合わせるために連れてこ られたピンチヒッターだったとか‥‥いやいや、この話は終わった筈。  人間界で、爵位はないけど町を牛耳ってる、「軍団長」なる方々がいましたが、そ ちらに一脈通じるものかもしれませんね。  あと気になるのが魔戦士公アラケス、魔龍公ビューネイのどっちがエライか。魔海 侯フォルネウスは、公>侯で一ランク下なのでしょうが、戦った感触としては力押し のアラケスより、ビューネイ、フォルネウスの方がやりにくい相手だったような気が します。これらが魔王によって与えられた称号なのは、まず間違いのないところだと 思われますが、四魔貴族中で、単独のアジトを持っていないという点でもアラケスは 独特です。魔王殿は本来魔王のアジトだった筈ですから、ここに住んで?いるという ことは、エラさの証明なのか、それとも自分のアジトがなかったからここを使ってい るのか?なかなか判断の難しいところです。  家臣に貴族の位を与えるということは、家臣に一定の権威を保証すると同時に、支 配被支配の関係を確認する行為でもあります。かつて魔王の作った世界秩序はどのよ うなものだったのでしょう。リザードマンとリザードロードの間には、身分の違いが 実際にあるのか。ゴブリン一族の王国は、世界のどこかに存在するのか。(但しゴブリ ンプリンスにはミカエルのマスコンでしかお目にかかれません)細かい事を考え始める と、ちっとも答えが見つからないのは、やっぱりロマサガのいいところ‥‥なんでしょ うか‥‥はて。 4)結び  はずみで、このような一文を物する事になってしまいましたが、筆者の力不足で、 理屈っぽいだけのつまらないコラムになってしまったかもしれません。爵位や身分制 度は、どちらかというと、RPGで繰り広げられる冒険やドラマの、ごく外側の、装 飾的なものだとは思います。ただ、一般論として、RPGをプレイする時、世界各地 の神話や伝説、歴史や風習などについて、雑学的な知識が多ければ多いほど、様々な シナリオやイベントに出会った時の楽しみも増えてゆくことでしょう。普通に戦って 敵を倒してゆく楽しみは、電源を切った瞬間にストップしてしまいますが、登場人物 達の背景について、あれこれ考え始めた瞬間から、そのゲームはもはや、私達の内側 にあります。停電も、ハードの故障も、不幸なデータぶっ飛び事故すら、私達とゲー ムとの蜜月を邪魔することはできません。(‥‥とまで書くと、さすがに大袈裟かもし れませんが)  この幸せが、末永く続くことを祈りつつ、コラムを終わります。