ひとりごと
僕は、男三兄弟の次男坊として育った。
特別に裕福な家庭という訳でもなかったので、兄弟も三人いると、子供時分にはなかなか欲しい物は買ってもらえず、友達と自分を比べて悔しい思いをしてきた。
しかし弟は、僕と兄より年がやや離れていたせいか、あるいは生まれつきおねだり上手なのか、色々と親から買ってもらっていた様な記憶がある。

玩具やケーキなどは、買って貰った時には兄弟でけんかになるが、その場限りで終わってしまうので、問題は無かった。
が、一番問題なのは、「生き物関係」だった。
子供時代は誰でもそうだと思うが、弟と来たら、後先も考えずに生き物を買ってきて、すぐに飽きて世話をしなくなる事を繰り返していた。
鳥や金魚、亀など、縁日の夜店で買ってきては、すぐに世話をしなくなりほったらかしにしてしまうので、親の命令で仕方なく、兄である僕が責任を取って世話をする羽目になっていた。

そんな冬のある日、性懲りもなく弟が縁日で買ってきたのは、ミニウサギだった。
夜店のおじさんに「大きくならないから」と言われて買った来たという。
今だったら、そんな言葉に騙される子供は居ないだろうが、当時は、僕も本気で大きくならない物だと思っていた。
そして当然の事ながら、数日後には弟は世話に飽きてしまい、そのウサギの世話は僕におはちが回ってきた。
まだ、ペットフードが一般的ではない時代だった。
だから僕は、3日に1回くらいの割合で、夜、閉店間際の八百屋さんに行って、事情を話して地面に散らばっている野菜くずを集め、それを家に持って帰って、ウサギにやっていた。
冬の夜道、野菜くずの入った段ボールを抱えて、一人で走る帰路は、まだ子供だった僕には、とても心細かった。
それでも僕は、せっせと八百屋から野菜くずを貰ってきて毎日ウサギの世話をした。

夜店から買ってきたウサギは、「大きくならない」と言っていたおじさんの言葉に反して、どんどん大きく成長していった。
弟の友達が同じ夜店で飼ったウサギが、わずか数日で死んでしまった話を噂に聞いたが、うちで飼っていたウサギは病気をすることなく、ひたすらキャベツや白菜のくずを食べ続けた。
半年が過ぎて、夏を迎える頃には、学校で飼っている白ウサギとたいして変わらないくらいの体格になっていた。
そしてそのくらいの大きさに成長すると、オシッコが臭う様になってきた。
冬場には大して臭わなかったのだが、気温の上昇と共に、だんだん独特の臭気が周りに漂う様になってきた。
僕は別段気にならなかったが、家族の評判は散々だった。
都心の、住宅密集地の真ん中で、蒸し暑い中に漂う独特の臭いは、確かに近所にも気を遣うほどだった。

結局、家族の反対意見に押し切られ、そのままウサギを家で飼い続ける事が出来なくなった。
しかたなく、ウサギは田舎の母親の実家に貰われていく事になった。
そんな訳で、この時の僕のウサギの飼育はほぼ2年で終わった。

そのことが影響したのかどうなのか、僕はその後、獣医の大学を卒業し、再びひょんな事からウサギを飼う事になった。
子供の頃に、途中で飼育をあきらめざるを得なかった反省を踏まえて、今度のウサギはきちんと最後まで飼おうと心に決めていた。

そして、それから10年間飼っていたそのウサギが、先週末に死んだ。
老衰だった。
最後は、もう自分で餌が食べられなくなってしまったので、野菜のジュースを毎日4回、ポンプを使って飲ませた。
僕は、最後まできちんと看取ってあげる義務を果たしたつもりだった。

でも、果たして、これで子供時代の罪滅ぼしになったのだろうか?