無人島旅行記


首切り島はこわいで〜。
周りになにもなかったし、夜中に赤ちゃんの鳴き声は聞こえるし、
夜明け近くに「コーン、コーン」という木をたたく音が、
どこからともなく響いてくるし。
1974年と1975年の二度にわたり、瀬戸内海の無人島「首切り島」と「曽島」に、ひとりっきりで生活したことがありました。目的は間近にせまった世界放浪の訓練のためでした。実をいうと、わたしは夜ひとりで2階に上がるのも怖くて上がれないほどの、怖がり男だったのです。そこで、ひとり旅が平気で出きるようにと,訓練のために不気味な無人島を選びました。「首切り島」というのは、江戸時代に罪人を処刑していた島で、首を切るため座らせていた大きな岩がいまでも残っています。お盆になると、殺された罪人たちの霊が戻ってくるのではないかと思って、お盆にかけて島に渡りました。その経験のおかげで怖いものがなくなりました。また、お米を忘れていったので、食べるものに苦労しましたが、あれから何でもおいしく食べられるようになりました。なを、食べることに関しては、学生時代に闇鍋を何度も経験してましたので、そのおかげで世界中のどんなまずい食べ物も大変おいしく食べられるようになったことを、付け加えておきます。当時の記録と写真がありますので興味がありましたらメールでお便りをください。
ただし、「首切り島」のときはカメラ、ラジオを持参してなく、日記も書いてませんでしたので、細かい記録はありません。
今は、目の前に「古代体験まほろばの郷」が出来て孤独感がなくなり、また「首切り島」の名前のイメージが悪いとかで、「見付け島」に名前が変えられてます。寂しいです。

注1)当時は「古代体験まほろばの郷」がなかった。
向かいの鹿久居島も数人が住む程度で、首切り島の周りはポツンと浮いた人の気配のない寂しい孤島だった。

注2)夜中の赤ちゃんの鳴き声は、向かいの鶴島から風で流されて聞こえてきたようです。向かいの島まで障害物がないので、ラジオの音も風で流され聞こえてきた。それがわかるまで、大変こわかった。

注3)「コーン、コーン」という木の音は、漁船がシャコを採るため、木で船を叩いておびき寄せてた。これも知るまでこわかった。

 
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今後の工事予定:日記

 
首切り島(1974年8月) 曽島(1975年8月)
    
曽島

無人島の行き方

瀬戸内海には無人島がたくさんあります。今もほとんど変わっていません。私の行ったのは岡山県日生町からです。港から漁船をチャーター(燃料代5千円〜1万円)する方法か海上タクシーを使う(人数による。基本料5千円プラス一人千円ぐらい)かです。帰りの日を打ち合わせとけばOKです。港の人に聞けばどの島がいいか教えてくれます。

私の行った首切り島は直径100mか200mもないような小さな島です。江戸時代に罪人を運んで大きな岩の上で首を切って満ち潮で死体を流したそうです。鹿久島という鹿が住んでる有人島(といっても数人)のすぐそばにあります。
曽島も日生町からです。かなり大きな無人島です。どちらにしても、瀬戸内海ですから、近くに他の島や陸が見えてしまうのが難点でしょうか。他に偽金を作っていた島や隠れキリシタンのいた島、海賊がいた島、ライ病患者を閉じ込めていた島など、歴史的におもしろくてイワレのある島があちこちにあります。

1回目の時は(首切り島)ラジオを持っていかなくて台風が来るとも知らず大変でした。おまけに米を積み忘れていて、島到着後三日目に避難のための助けの船が来ていなかったらどうなっていたか。行ったのは2度とも夏でしたので、水は日陰に置いたのと海中にも入れました。1週間は充分持ちます。海水は甲殻類か魚を煮る程度には使えそうですがたぶんあまりうまくないでしょう。毒ヘビなんかも気をつけてね。