踊る麻酔科最前線

脳死と最先端医療

 

脳死と最先端医療は切っても切れない関係があります。
脳死の原因として、脳保護や脳蘇生として、最先端医療を考えてみましょう。 

 


脳死の原因

昔は脳死という概念は存在しませんでした。脳に回復不能なダメージが加われば、血管運動中枢や呼吸中枢が障害され、心拍数と血圧が低下し、呼吸も止まります。重篤な脳障害は、間をおかずに呼吸・心停止から全身死を招いたからです。
近年の心肺蘇生技術の開発と、カテコラミン、人工呼吸などの集中治療医学の発達により、脳の中枢(特に延髄)が致命的障害を負っても心臓はしばらく動き続ける、という現象が発生するようになりました。これが「脳死」という概念です。
脳死は最先端医療の産物であると言えます。

 


脳保護・脳蘇生

心肺蘇生医学の発展に伴い、心拍や呼吸が回復しても、脳に重大なダメージを受ける場合が多いことが問題になっています。脳は全身臓器中で最も虚血や酸素欠乏に弱いからです。「脳保護を無視した心肺蘇生は無意味である」という認識から心肺脳蘇生という言葉も生まれました。脳蘇生の大原則は、心肺蘇生のできるだけ速やかな開始と確実で絶え間ない心肺蘇生術の施行であることは言うまでもありません。これは医療従事者や救急隊員の努力だけでは如何ともしがたく、できるだけ多くの方に一次救急蘇生術を身につけていただき、かつ、それを実行する勇気を持って頂くしかありません。そういう意味では、脳死は一般の方にも無関係なものではないのです。

脳保護には理論的に以下の方法があります。
1)脳への酸素供給を保つこと。
 1−1.迅速かつ確実な心肺蘇生が最重要です。
 1−2.脳血流(脳灌流圧)を増加させる。
2)脳の酸素消費を抑えること。
 2−1.バルビツレートやベンゾジアゼピン系薬物などの使用。
 2−2.体温を低下させる。
3)虚血や低酸素による脳細胞の破壊を防止すること。
 3−1.スーパーオキシダント阻害薬の開発。
 3−2.脳温を下げる。


脳灌流圧の増加

 

脳灌流圧=脳動脈圧−脳組織圧(−脳静脈圧)
と考えて差し支えありませんから、脳灌流圧を増加させるためには、脳動脈圧(=血圧)を上げるか、脳組織圧(=脳圧)を下げるか、ということになります。静脈圧は殆どの場合、無視して構いません。

1)血圧を上げるためには、昇圧剤や大量輸液を行いますが、これらの処置は脳圧を亢進させることが多いので、実際には使用されることは少ないでしょう。むしろ逆に血管拡張薬、特にカルシウム拮抗薬の有効性が期待されています。

2)脳は他の臓器と異なり、頭蓋骨という固いカプセルに包まれていますので、脳圧亢進は致命的となり得ます。脳圧を低下させるための処置には以下の方法(と問題点)があります。

  1. 減圧開頭術:侵襲的である。出血を助長することがある。時間的余裕が必要。
  2. 過換気:効果が持続しない。血圧低下や肺損傷などが起こり得る。
  3. 副腎皮質ステロイド:免疫抑制。糖尿病、高血圧、胃潰瘍など。
  4. 利尿剤:全身臓器の細胞内脱水。血圧低下。電解質バランスの異常。特にマンニトールではリバウンド現象。

 


脳の低体温療法

低体温療法というものは新しい概念ではありません。開心術には昔から利用されていますし、脳保護療法としても繰り返し試みられてきました。良好な結果が得られなかった最大の理由は、免疫能低下による肺炎などの併発と、高度低体温による致命的不整脈や循環抑制でした。
最近話題の低体温療法は、最新の医療機器を駆使し、軽度低体温により循環系の合併症を避けると同時に、成長ホルモン投与により免疫能低下を防ぐというもののようです。画期的と言われながら消えていった先端医療(最近では椎間板ヘルニアの酵素溶解など)、初期には犠牲者(ガス塞栓、大出血、総胆管結紮など)が皆無ではなかった腹腔鏡下手術などを教訓に問題点を考えてみました。

1)低体温の問題

  1. 低体温による末梢循環不全・臓器不全など:これを防ぐために、大量輸液などする事はできません(脳圧亢進のため)から、血管拡張薬と昇圧薬の絶妙なバランスが必要になるでしょう。高度・高価なモニターと24時間体制の治療斑、検査室などが要求されます。腎を始めとする各臓器障害の他、指や耳介、陰茎などの壊死が起こる可能性があります。脱毛や褥瘡も発生しやすくなるでしょう。
  2. 免疫能低下:成長ホルモン投与によりかなり防げるとは聞きましたが、大量の抗生剤と免疫グロブリンも使用されているようです。それによる副作用や高額な医療費という問題が発生します。特に、成長ホルモンや免疫グロブリンは高価かつ貴重な(希少な)医薬品です。どこでも、誰にでも、簡単に使える薬ではありません。
  3. シバリング(ふるえ)の抑制:体温調節中枢が健在ならば、ふるえが発生します。抗けいれん剤などである程度は抑制できるでしょうが、長期かつ大量の筋弛緩薬が必要になることもあるでしょう。長期間に及ぶ筋弛緩は、全身骨格筋および呼吸筋の廃用性萎縮を来すでしょう。

2)社会的な問題

  1. 莫大な医療費と膨大なマンパワーを必要とする極めて特殊な医療です。大学病院など使い捨て研修医の犠牲なくして成り立つ医療だとは思えません。24時間体制で脳外科医、集中治療医、看護婦、検査技師が最低各1名は必要になるでしょう。8時間交代だとすれば、それだけで患者さん1人に、1日12名の医療従事者が必要になる筈です。
  2. 当然、限られた機関でしか実施は不可能でしょう。希望者が殺到した場合の優先順位の決定方法も整備されなければなりません。対象者は重度脳障害患者ですから、無理な搬送にもとづくトラブルも頻発するでしょう。
  3. 提唱者自身も告白されていますが、初期には多くの犠牲(失敗例)が存在した筈です。限りなく生体実験に近かったと想像するのは邪推でしょうか?
  4. (1)とも関連しますが、脳を保護するために、他の臓器や全身の健康はかえりみないという極端な治療法です。他の治療法が無効であるという場合にのみ、最後の賭というか、一か八かの治療だという覚悟が必要な筈です。学会での論議よりマスコミ報道が先行し過ぎていると感じます。

無論、これら多くの問題をクリアーできれば、画期的な治療法として多くの患者の福音となるでしょう。世界的にも注目されていると聞いています。多くの追試に耐え、広く認められた治療法にならんことを願います。

 低体温療法の詳細は、以下のリンクをご参照下さい。

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