踊る麻酔科最前線

麻酔科って何する科?

まず麻酔科についてご説明いたしましょう。
興味のあるところをクリックして下さい。


麻酔科ってお医者さん?

<一般の方へ>

さすがに最近は「麻酔ってくじ引きで負けた外科の先生がかけるんでしょ?」という人は少なくなりました。渡辺淳一氏の「麻酔」という小説の功罪は色々ありますが、これは功の一例でしょう。でも「麻酔科の先生も医学部出ているんですか?」とか「麻酔科医は外科の一部門(部下)でしょう?」とか、麻酔科医をがっくりさせてくれる方は稀にいらっしゃいます。医療関係者にすらそういう方は少なからず存在するのですが、これは「ベン・ケーシー」というアメリカの医療ドラマのなかで、ベン・ケーシー(主人公の脳外科医)の部下(というより子分)のように描かれていた麻酔科の女医さんの影響が強いせいでしょうか。
実は麻酔科医というのは医学部を優秀な成績で卒業した?医師免許を持つ立派な?医師の端くれです。医学部でキチンと内科や外科、そのほか全科の勉強はしていますし、試験にも合格しておりますからご安心下さい。それどころか、麻酔科というのは医科(歯科医師は独立した別の資格なので)では日本で唯一の標榜科です。決められた研修病院で定められた期間以上の経験がなければ麻酔科を標榜する(看板に記す)ことはできません。これはどういうことを意味するかというと、麻酔科医は自信と能力さえあれば内科、外科、小児科、産婦人科その他何科でも(歯科以外なら)開業することが可能ですが、その反対に内科医や外科医が麻酔科として開業するためには(ほとんどありえないことですが)、何年か特別に麻酔の勉強をする必要があるということです。

<麻酔科以外の医師の方へ>

内科系(外科系以外)の医師の中には「麻酔科医は静注で麻酔を導入して、挿管が済んでしまえば、後は楽なもんだ」と思っていらっしゃる方も少なくないと伺っております。これは麻酔を飛行機旅行に例えて、離陸(導入)と着陸(覚醒)時に事故が多いと喧伝する意見から来る誤解です。航空機事故についてはよく分かりませんが、麻酔事故の多くは維持期に発生します。挿管が済んでしまえば後はのんびりなんて事は、決してありません。.....と思います.....そんな気がします(いかん!自信がなくなってきた)。

<麻酔科医の方へ>

研修医はまず「上司に誉められる麻酔」を目指します。標榜医クラスになると「外科医に誉められる麻酔」が目標でしょう。指導医クラスになると「患者さんに誉められる麻酔」というものを意識し始めるでしょうか。
「患者さんに誉められる麻酔」というのはもちろん比喩ですが、まあ要するに「意識のない患者さんの弁護士」とでもお考え下さい。それ以上の段階ももちろん存在するでしょうが、私にはまだ見えて参りません。きっと「無我の境地」なんかがあるのでは?と想像しております。時にはごく自然に「無我の境地」に入っていることはありますが.....あれは単なる居眠りでしょうね(居眠りと−無我の境地は−紙一重)。

<すべての方へ>

麻酔科を「気管内挿管のプロ」とか「神経ブロックの専門家」と持ち上げて下さるのは、はっきり言ってありがた迷惑です(挿管と−エピしかできない−麻酔科医)。麻酔科の神髄は呼吸・循環管理、内分泌代謝系内科、臨床薬理学などの知識を統合した集中全身管理にあります。動脈血ガス分析法の基礎、出血性ショックには昇圧剤より大量輸液が有効であること、心停止の蘇生には閉胸式心マッサージが有効であること、などを発明・発見したのは麻酔科(出身)医です。あまり知られていないことですが、これらの事実は麻酔科医が決して単なる技術職ではないことを証明しています。


麻酔業務の実際

麻酔科の業務の基本は「手術室での麻酔管理」です。実際の麻酔科医がどんなことを考え、どんなことをするか、麻酔科学の集大成とも言える「食道癌手術の麻酔」を例にとって説明いたしましょう。

 

術前回診

手術前に患者さんの情報を集めます。チェックポイントは通常安静時の状態(血圧、脈拍、呼吸、栄養状態、精神状態など)の把握、麻酔の安全に関与するような疾患(悪性高熱、虚血性心疾患、喘息、妊娠、アレルギーなど)や投薬(抗凝固薬、心臓の薬など)の有無、レントゲン写真などを含む検査データの把握、などなどです。必要があれば、実際に患者さんを診察し、麻酔の説明なども行います。大学病院などでは麻酔科外来を受診して貰う形式のところもあります。
ここで要求されるのは、呼吸器、循環器、内分泌、神経系疾患などについての広範な内科的知識と薬の相互作用や作用時間などに関する薬理学的知識です。レントゲン写真の読解力や検査データを判断する力(異常値を知っているだけではなく、異常の原因や医学的意味、対処、検査の限界なども知っておかねばなりません)も必要だと言うことがご理解頂けますでしょうか。主治医が見逃している問題を発見した場合、時間の許す限り解決を計りますが、場合によっては手術延期を進言することもあります。私の考えでは最終的判断は患者と主治医に決定権があるべきですから、あくまでアドバイスに留めます(決して、死にたくなかったら退院しろなんて耳打ちしたりしません。ホントです。信じて下さい。あ〜、ぶたないで...院長先生〜)。
最後に、手術前の禁食や点滴を決定し、いつも飲んでいる薬を中止するか続けるかなどを判断します。必要があれば前投薬を指示します。

術前準備

手術前日や当日の朝までに、患者の問題点を把握して、麻酔のプランニングをします。大病院ではミーティングやカンファランスが行われることが多いようです。
モニターはどこまでするか。血圧計、心電図、気道内圧計、換気量計は最低限ですが、カプノグラム(呼気ガスモニター)やパルスオキシメーター(経皮酸素分圧モニター)も必須でしょう。長時間手術ですから体温や経時尿量なども測定します。より侵襲的なモニター(観血的動脈圧、中心静脈圧、肺動脈圧、経食道心エコーなど)の必要性については議論の余地がありますが、私は観血的動脈圧と中心静脈(CV)ラインは確保するようにしています。
麻酔導入や維持はどうするか。これは施設や担当麻酔科医の裁量により大きく異なります。私自身はまず意識下で硬膜外麻酔用カテーテルを留置します。それから鎮痛薬と睡眠薬を静注して、患者さんの意識をとります。ほとんど同時に非脱分極性筋弛緩薬を大量投与して気管内挿管します。超短時間作用性バルビツレートやSCCは準備しておきますが使うことは殆どありません。片肺換気を依頼されることもあるので、挿管チューブは特殊なもの(ユニベントなど)を使用します。
維持は基本的には吸入麻酔を主体に、筋弛緩薬と鎮痛薬(または硬膜外麻酔)を併用するバランス麻酔を選択することが殆どです。プロポフォールは主麻酔薬として用いるには筋弛緩効果がないという欠点?が大きすぎるという印象です(おかずとして併用することはありますが)。

誤解のないよう述べておきますが、私は自分がめったに使わない薬(ラボナールやサクシン、プロポフォールなど)を攻撃したり、必要ないと主張している訳ではありません。どうしてもその薬が欲しいという事態があることは想像できますし、「武器は多い方がよい」と確信していますから。詳しくは以下のホームページをご参照下さい。
ようこそ森本康裕のホームページへ

麻酔

プランニングが終われば、後はそれに沿って麻酔をかけるだけです。手術中殆どの時間は、患者とモニターを観察し、記録するという単調かつ退屈な作業の繰り返しです。たまに起きる緊急事態(ショックなど)に備えて、待機しているのだと割り切ってはおりますが。
よく起きるのが急激な血圧低下です。術者が心臓や大血管を圧迫すると起こりますので、まず術者に報告(警告?)します。大量出血が原因であれば、輸液や輸血を施行します。何をどれくらい使用するかは、術者ではなく麻酔科医が決定します(あー、「エホバの証人」の皆さんに恨まれそう.....)。心原性ショックであれば原因を探りながらカテコラミンなどの強心薬を使用します。心筋虚血と判断できれば、冠動脈拡張薬を使用します。アナフィラキシーショックの可能性も考慮しますし、単純な脱水や深麻酔、低酸素血症、血糖値や電解質や体温の異常、過換気など人工呼吸器の設定不適切なども考えます。
原因を調べてる間に致命的な事態とならないように、同時に対症療法を開始します。乳酸リンゲルや生理食塩水の急速輸液と血管収縮作用の弱い昇圧剤(エフェドリンやドーパミン)の少量投与を併用するのが無難でしょう。虚血に弱く重要度が高い臓器ということで、まず脳保護を最優先します。次が心筋、肝臓、腎と続きます。


麻酔って楽しい?

外科医には「俺は手術が好きだ」と公言する方が少なくありません。「1週間手術がないとイライラする」とか、緊急手術が決まると目が輝いてくるという例をよく見かけます。逆に「俺は麻酔(をかけること)が好きだ」という麻酔科医にはほとんどお目にかかりません。「麻酔科医は麻酔が始まった瞬間から麻酔が終了することを夢見ている」と言ったのは誰でしたか忘れてしまいましたが、有名な麻酔科教授だったと思います。長時間麻酔が患者さんにとって有害であることは後述しますが、実は麻酔科医にとっても大きなストレスになるのです。「麻酔科医は麻酔が始まった瞬間から麻酔が終了することを夢見ている」理由ですか.....それはずばり「麻酔維持は退屈だから」に尽きます。麻酔導入時はやることがいっぱいあるのですが、維持期になると退屈なバイタルサインのチェックが殆どです。はっきり言っていい年こいた医者の仕事とは思えません。アメリカの有名な病院(MGHか、メイヨーか、忘れてしまいましたが)スタッフの提言した、安全な麻酔指針の1つに「麻酔科医は麻酔中は必ず患者のそばを離れないこと」という項目があります。このようなことが強調されることは、逆に麻酔中に患者のそばを離れる麻酔科医がいかに多いかを物語っております。私は麻酔維持中は読書にいそしむことにしております。直接上司のいない一人医長の特権でしょうか。

このような事情と、麻酔科は2〜3年でテクニック的には一人前になれるため、その辺で麻酔科を辞めてしまう方が多く存在します(残念なことです)。麻酔科というのは、忙しいときと暇なときの差が極端だ、という特徴があります。「緊急手術に備えて昼寝する」というのも立派な業務のうちなのですが.....よそ様には理解して貰えないかも知れません。(^^;

ある研究によると、麻酔科医のストレスは経験が浅い人ほど大きく、経験が長くなるにつれて少なくなるそうです。解釈には2通りあって、経験につれ麻酔をかけることにストレスを感じなくなるという解釈と、麻酔をかけることに大きなストレスを感じるものは長続きしないという解釈が可能なのですが.....どちらが正しいのかは私にもよく分かりません。

ご紹介
新米Dr.Sのホームページ 麻酔科研修医の楽しいページです。
県立奈良医大のホームページ 新着ページです。 

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