踊る麻酔科最前線

麻酔科の持つ悪循環

日本麻酔学会の準機関誌「麻酔」に投稿された論説から。前半が原文よりの引用。
>以下は私の意見である。

 


麻酔科の持つ悪循環

ここ数年,麻酔関係の雑誌の論説や巻頭書などで麻酔科医の地位,絶対数,役割,質などが問題とされている。このことは,麻酔科としての本質にかかわる問題がまだまだ解決されていないということで,そしてそれを多くの麻酔科医が常々感じているということになる。それでは,これらの問題を生じている原因は何であろうか。たぶん麻酔科成立の頃から徐々にたまってきた問題が積み重なって重症化し,それがさらに悪い結果を引き起こす,いわゆる悪循環に陥っているのではなかろうか。まず原因の第一は大学の医学部のあり方である。いわゆる講座制で定員が決められているため麻酔科医だけで麻酔を行うにはマンパワーが足りない。しかも医師ではなく教官であるため,一般の医師に比べて収入が少ない。そのため週日に他の病院で兼業せざるをえない。当然,大学内でのマンパワーがよけい不足する。そうなると他科からの研修医を使わざるをえない。麻酔は麻酔の専門医が実施して初めて外科医と対等である。研修医では当然麻酔の質が低下し,外科医の麻酔科医に対する見方もそれなりのものになる。当然,麻酔を志す学生も減少し,絶対数も増えない。麻酔科学は全身管理学であるという考えばもう周知の事実であり,学生も理解できている。そしてそれを学びたいという学生も多い。にもかかわらず,麻酔科人局者が少ない原因のひとつが外科医と対等ではないという雰囲気があるためであろう。それではどのようにすべきか,まず,教官ではなく医師としての待遇とすべきである。なぜ大学の附属病院で勤務する医師が医療職として認められないのか。不思議でならない。

次に他科の研修医に麻酔を教えないことである。しかもそれを日本全国で実施すべきである。一つの施設で研修医をとらなくても,別の施設で研修医をとって教えていれば同じことである。大学だけでなく一般病院でも麻酔科医の定員を増やさずにそのぶんを研修医で間に合わせようとする。これをなくすよう努力すべきである。定員が増えないひとつの理由として,麻酔科医以外の医師が麻酔をかけることができるという点も大きく関与しているのではなかろうか。将来の麻酔科にとっても麻酔科医以外に麻酔をかけることのできる人間を作らないことが重要なことであろう。ところが,これを実施すると常勤の麻酔科医がいない病院では困ることになる。すぐに解決する方法はない。そういう病院でも麻酔科を開設するメリットのあるような麻酔科医,麻酔以外でも収入をあげることができる麻酔科医を育てることが必要である。そして,それを補うのが麻酔科医の開業医であろうか。
もうひとつ残っている問題が麻酔科医の質である。私は“麻酔科医は縁の下の力持ちである”という言葉が嫌いである。麻酔科医は縁の下にいてはいけないのである。外科医と対等の場で働くべきである。外科系各科はそれぞれの専門分野に分かれている。ところが一般の麻酔科医は一人ですべての科を相手にする。各科の疾患に対する知識は広く浅くならざるをえない。これでは外科医と対等な討論はできない。専門病院の麻酔科医は,その分野では経験や知識が豊富となり,外科医とも対等に討論できるようになる。大学の麻酔科でもいろいろな専門病院で教育を受けた麻酔科医を集めて,あるいは専門の分野を持たせてグループ化すべきである。もうひとつ外科医と対等になるためには患者との接触をいかに増やすかが重要である。そのためには一言で言うと麻酔科医主治医制が必要となるのではないだろうか。現在の麻酔科を取り巻く状況は,いろいろな意味で悪循環に陥っている。どこかでこの悪循環を断ち切る処置をしなければならない。他科からの研修医を取らずに麻酔科だけで麻酔を行っている大学も増えてきているようである。われわれの大学も早くそうなりたいものである。そのためにはまず人局者を増やすことである。それと開業しながら麻酔をかけることができる環境を整えることであろうか。(奈良県立医科大学教授古家仁 麻酔46:899,1997より)

  


「麻酔は麻酔の専門医が実施して初めて外科医と対等である。」

>全く同感である。全ての科、全ての医学部に共通の問題であるが、研修医を「先生」とおだてるのは考えものである。ましてや学生に白衣を着せ、あたかも医師であるかのように振る舞わせることは、さらに疑問である。当の学生や研修医自身が戸惑ってしまう。中には「自分は一人前の医師なんだ」と勘違いする奴が出てきて当然である。

「まず,教官ではなく医師としての待遇とすべきである。なぜ大学の附属病院で勤務する医師が医療職として認められないのか。不思議でならない。」「まず人局者を増やすこと」

>これも同感であるが、麻酔科だけの問題ではない。現実問題として「実際の麻酔業務や当直を下っ端に押しつける」ことを改めなければいけない。次に大切なことは「食っていけるだけの収入を保証すること」である。具体的には「出張麻酔や救急病院当直以外のもっと新人に負担が少ないアルバイト(検診や心電図解読など)を確保・紹介すること」などである。こういう努力を実施し、学生に宣伝している麻酔科医局は非常に少ない。これで入局者が増えるのを待っていても、無理というものであろう。

「他科の研修医に麻酔を教えないこと」「将来の麻酔科にとっても麻酔科医以外に麻酔をかけることのできる人間を作らないことが重要なことであろう」

>これは極論である。言いたいことは理解できるが、他科の医師や一般人の同意が得られるとは思えない。重要なのは「他科の医師であっても、麻酔専門医に匹敵する知識と能力を身につけさせる」こと、「中途半端な麻酔の知識や能力を持つ医師を生産しないこと」であろう。これくらいの覚悟がなければ、麻酔科医の地位向上や入局者の増加は望めないであろう。

「ところが一般の麻酔科医は一人ですべての科を相手にする。各科の疾患に対する知識は広く浅くならざるをえない。これでは外科医と対等な討論はできない。(以下略)」

麻酔専門分化推進論である。「科学は専門分化が進むほど進歩が早くなる」という原則があるので、一理はあるのだが.....私の目指している麻酔とは相容れないものである。麻酔科医は手術室というオーケストラの指揮者であるべきである。広く深い知識を得ることが最良であるが、それが無理なら「狭く深い知識」より、まず「広く浅い知識」を身につけるべきである。それで十分、外科医と対等に討論はできる。専門バカにはなりたくない。
日本で唯一専門麻酔化が進んでいるのは、小児麻酔であろう。小児麻酔専門医に恨みがあるわけではないが、「マーカインにボスミンを添加すると作用時間が延長する(>科学的に証明されていない)」とか「小児では全麻下に硬膜外麻酔を施行する(>神経損傷や気道閉塞の危険がある)」という主張には、総合麻酔科医として大いなる疑問を提唱したい。

 

 

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