踊る麻酔科最前線

不思議な患者さんたち

いつの時代も、どこの世界にも不思議な行動をとる人はいるものだ。
勘違いに基づくものであることも少なくないので、ご警告申し上げたい。


  時間外しか病院に来ない患者さん

よっぽど仕事が忙しいのか、昼間の混んでる外来が嫌いなのか、絶対に時間外しか病院に来ない患者さんがいる。しかも常連化している方がいる。救急救命センターならいざしらず、私立の総合病院クラスでは夜間はレントゲン、検査、薬局すべて呼び出しである。呼び出し制ならまだましで、連絡はしてみますが、捕まるかどうか分かりません、というシステムのところだって少なくない。

1週間連続で夜間来院した喘息患児がいた。さすがに母親に「明日、小児科を受診するよう」進言した。「喘息の薬はまだありますが、抗生物質が無くなってしまったので、それだけ出して貰えれば(明日来なくても)結構です」とおっしゃるのだが.....そういう問題ではありませんと1時間近く説明したが.....。

先日、絞扼性イレウスで緊急手術になった患者さんは、術前4日前から腹痛で4つの病院を受診していたが、すべて時間外だった。当院に来たときは、すでに熱発とCRP上昇があったので、腫瘤型虫垂炎疑いで手術してみたら腸が壊死寸前であった。当直医が消化器外科医でなかったら、朝まで観察入院くらいで様子を見ていたら、多分命が危なかった筈である。

  癌だと恐いので病院に行かない患者さん

触っただけどころか見ただけでわかるゴツゴツの腹部腫瘤の患者さんに「悪いものでしょうか?」と聞かれた時、「何でこんなになるまで.....」と答えるのが精一杯だった。乳癌が壊死して、皮膚潰瘍から出血している方もいた。「1週間便が出ないんです」と言って、紹介状を持ってきた看護婦さんがいた。医療従事者なら誰が見ても、緊急手術が必要と判断できるほどの腹部膨満(腸閉塞)だった。同僚の外科医にすぐ飛んできて貰って手術になったが、「癌じゃありませんよね?」と言われて、思わず2人で顔を見合わせてしまった(開腹手術の既往がなくて、この年齢のイレウスならほぼ癌に決まってる...看護婦なら自分で分かってるだろうに.....)。
「何でこんなになるまで?」と尋ねると、決まって返ってくる答えは「癌だと分かるのが恐くて」である。医者が癌と診断しなければ、癌は転移も進行もせずにいてくれる、と思っているのだろうか?不可解である。癌ではない、癌ではない、と自分に言い聞かせて、治る筈の病気を手遅れにしてしまう。「癌になったら、手術しても無駄だから、自宅で静かに死んで行きたい」と言う方もいるが.....。脳の悪性腫瘍や、膵臓・胆道系の固形癌は確かに非常に予後が悪い。肺癌や食道癌、胃癌でも進行癌はやっかいである。しかし、手術すれば治る癌や放射線や化学療法が著効する癌も決して少なくはない。特に甲状腺や前立腺の癌は、全身に転移してからでもかなり(5〜10年以上)長生きすることがある。諦めるのが早すぎるのでは。
「癌になったら、手術しても無駄だから、自宅で静かに死んで行きたい」という態度を責める積もりはないが、今の日本でどこまでそれが可能であるか。甚だ心もとないのである。ホスピスなんて全国に数えるほどしかないし、ずっと先まで順番待ちである。「自宅で死にたい」、と言っても家族は心配するし、訪問看護も軌道に乗ったとは言いがたい。最近はやっと終末期医療も理解されつつあるが、すべての医師がモルヒネに理解がある訳でもない。しかもモルヒネだって万能ではない。呼吸困難や腹部膨満感の苦しみは軽減されないことが多い。

癌なんて恐くないから病院には行かないというなら、まだ理解しやすいのだが。
効果のはっきりしない抗癌剤や放射線療法で患者を苦しめるのは良くない、と言うのはよく分かる。当然の主張である(使ってみなければ分からないと言う反論もあるが)。だが、健康診断に百害あって一利なしとするのは、ちょっと言い過ぎだろう。まして、早期癌と進行癌は別の病気だという仮説は大胆すぎる。少なくとも、今の所、何の根拠もない単なる仮説に過ぎない。
日本が世界で有数の長寿国になったのには、何か理由があるはずだ。医者が優秀だからなんて言うつもりはさらさらないが、国民皆保険制度のおかげばかりとも思えない。出来高払い制による過剰とも思える検査や投薬、今やすっかり悪者にされた健康診断の普及などにも功なしとは言えないはずだ。

  医者に喧嘩を売る患者さん

盗難バイクで単独事故を起こした中学生がいた。警察に「友達に借りた」と言ったそうだが、相手は「そんな奴知らないし、貸した覚えもない」と言ったそうである(当たり前か)。当直医が入院させて、次の日整形外科医の回診で診察しようとするといきなり「いてーなー、なにすんだよ!」と怒鳴ったそうである。「そういう態度では治療はできないから退院しなさい」ということになった。
この少年は後日、結局手術になった。手術中もまあペラペラとよく喋る子だったが、「この辺りの暴走族はみんな知り合いだ」とか「暴力団にも顔が利く」とか自慢していた。最初は「手術が不安なんだろう」と思って感心した振りをして聞いていたが、だんだんばからしくなったので「堅気の人間相手にそんなこと自慢しても、誰も誉めちゃくれないぞ」「このあたりの暴走族や、やくざは、みんな一度はこの病院の世話になってるんだから、君よりよっぽどよく知ってるよ。駅前通りではバリバリ吹かしてても、この病院の周りでは静かにしろってことになってるんだよ」というと静かになって何か考えていたようである。
入院でもそうであるが、大物は病院でやたらと騒いだり、威張り散らしたりはしないものである。この先、自分や身内がどれだけ世話になるか分からない、という分別があるからだろう。地元の素人衆とトラブルを起こさないというポリシーもあるに違いないが。病院で騒ぐのはチンピラと相場が決まっている。

酒酔い運転の単独事故の軽傷患者がやってきた夜は、やたら忙しい日であった。その青年の前を通りかかると、「いつまで待たせるんだ」と食って掛かられた。事務に確認すると15分も待っていないという。「他に重症の急患がいるから待ってくれ」というと、「よそへ行くから紹介しろ。タクシーを呼べ」と騒いで、ドアを蹴ったり大声を出したりし始めた。「喘息で点滴している子供が恐がるから静かにしてくれ」とたしなめても、「俺はこういう事故は何度も起こしてるからよく知ってるんだ。夜中に患者を待たせる病院は、ろくな病院じゃねえ」と言ってきかない。さすがにカチンときて「お前、酒飲んでるな?」と言うと、「ああ飲んでるよ。なんか文句あんのか。医者は怪我人治すのが仕事だろ。」と胸を張って大勢の前で自白したので警察に連絡した。
こういう時の警察はあまり頼りにならない。治療が終わってから、警察に出頭するように伝えてくれなどと言っているので、「酒酔い運転したことは本人も認めているし、証人もいる。必要なら私も証人になる」と伝えると、しぶしぶ事情聴取に来てくれることになった。
彼の態度は警官が来ても一向に改まらなかった。「酒酔い運転で事故ったことは何度もあるし慣れてんだよ」「おめーら、おれたちの税金で食ってるくせに態度がでかいんだよ(でたー、酔ったチンピラが警官に必ず言うセリフである)」とか言いたい放題で、警官も苦笑いしていた。この警官は、患者が診察室に消えた後で「税金なんてほとんど払ってないくせに」と悔しそうに呟いていた。4課と違って交通課の警官は我慢強いなと妙に感心したものである。

皆さん、医者に喧嘩を売るのは止めましょう。ある麻酔科医(誓っていいますが私ではありません)は、ものすごく横柄な患者に、「俺の麻酔をかけるなんて、これ以上光栄なことはないんだから、しっかりやれよ」みたいなことを言われて切れてしまったそうです。
この患者さんがどんな目にあったかは.....とても書けません。後日、この患者さんは「先生、俺が悪かった。もう医者に喧嘩を売るような馬鹿なまねはしません」と言ったそうです。
病院には、注射一本で身体が動かなくなったり、呼吸や心臓が止まったりする薬が山ほどあります。悪意を持ってその薬を使われたら.....それくらいの想像力は必要ですよね?これは、あなたへの忠告でもありますが、それ以上に、医者の犯罪を未然に防ごうという意味もあるのです。(^0^)


24時間営業?

救急病院を24時間営業のコンビニエンス・ドラッグストアだと勘違いされている方は少なくない。明け方の5時ごろに「風邪をひいた」といって来院した女性に、総合感冒薬を3日分処方したら、「今朝から海外旅行するので、抗生剤と風邪薬と胃薬と下痢止めを2週間分欲しい」といわれたことがある。「ホントに風邪ひいてるの?」と聞いたら「ウキウキして眠れなかったので」だって.....。
勘弁して下さい。僕たち下っ端は夜が明ければ通常勤務が待っているんです。警察官や消防士、コンビニのバイト君たちと違って、当直明けでも休日にはならないんです。それは、大学病院でも国立病院でも民間病院でも一緒です。みんな同じだから、文句も言わず頑張ってますが。

有床診療所に当直(医師や看護婦)が義務づけられているのは、入院患者の診療や処置のためです。救急指定病院ではさらに救急外来の診療義務が加わります。当然もう一人医者が必要なはずですが、それは無視されています。医者は聖職で?高給取りで?働き者ですから?.....医者に稀少価値はもはやありませんから、酷使して潰れたら使い捨てにすればいいんでしょう。良心的で有能な医師ほど頑張りすぎますから、手抜きが上手で「子供や重症患者は自信がないからよそへ廻してよ」というお医者さんほど長続きするでしょう。皆さんが望んだ結果ですから、受け入れるしかありません。

今の日本において、病院は決して24時間営業ではありません。正規の診療時間内と時間外では、職員の数も質も、施行可能な検査の質・量・種類も、選択できる治療にも、雲泥の差があります。これはどんなに評判の良い病院でも、大学の救急救命外来でも、原則的には同じです。
救急医療というのは、放置すれば生命や身体機能に重大な障害が発生すると予想されるもの(脳や心臓疾患、出血や感染の恐れがある外傷、急性薬物中毒など)、持続する痛みや苦痛(発熱、呼吸困難、尿閉、ひどい痒み、神経不安発作など)の応急処置が対象です。確定診断や根治療法まで期待するのは無理というものです。
朝まで待てそうな便秘や下痢、ちょっとした虫刺され(ハチや蛇、毒蜘蛛などは除く)、かすり傷やごく軽い火傷、「いつもよりちょっと高い」血圧、安静にしていれば治まる悪心嘔吐を伴わない軽い「めまい」などで救急外来を受診して、高い時間外費用を払い、医療従事者の疲労を誘い、治らなければ不満に思い、治ってしまえば「もう安心だから、昼間の混んでる病院には行かなくてもいいや」と思う。そのような行動は、長い目で見て決してあなた自身のためにもなりません。ねぼけまなこで、不機嫌な医者を「非良心的なやぶ医者」と罵る前に、もう一度考えてみて下さい。「私は本当にこんな時間に、家族や救急隊員に迷惑をかけ、あるいは高いタクシー代を払い、寒い中を無理して病院に行く必要があるのだろうか?」と。その答えが「イエス」であるなら、私たちは協力を惜しみません。暖かくお迎えしたいと存じます。

 


専門医を受診するよう勧めると?

専門医を受診するよう勧めると「ヤブ医者」だと判断する患者さんがいる。「能力がない」「知識がない」という非難は、専門外のことであればある程度真実であるから仕方ないが、「誠意がない」「やる気がない」という非難は筋違いである。誠意ややる気があるからこそ、激務の合間を縫って紹介状を書くのである。
一定の形式に則って書いた紹介状であれば、「診療情報提供料」という料金を貰えるようになったのは、ここ数年のことである。しかも、雀の涙のような金額である。自信がないのに何となく自分の病院で診察を続けることを「患者離れが悪い」と表現することも多いのだが.....
フランス料理のコックさんが「中華料理には自信がないので、別のお店に行って下さい」と言うのは変でしょうか?紳士服売場の店員さんが「呉服のことは良く分からない」と言うのは勉強不足なのでしょうか?

特に困惑するのは「精神科受診」を勧めた時に、怒り出す患者さん(および家族)である。医者が精神科受診を勧める場合、それなりの根拠があるのが普通である。「すべての症状が精神的なものから来る」と言っているのでもなければ、「あなたは気が狂っているから、私の手に負えない」と言っているのでもありません。症状の幾つかは、精神的なものから来ている可能性があるから、精神科の専門医に診察をして貰ってはっきりさせましょう、と言っているだけなのです。その結果、精神疾患ではないということになれば、より詳しい(そして多くの場合、苦痛や費用が大きい)検査を考慮しましょう、ということなのです。

精神疾患(特にうつ状態や神経症)というのは、特別な病気でもなければ、治らない病気でもありません。精神分裂病だって、キチンと治療すれば、普通の日常生活ができるようになるまで回復することが多いのです。精神科を受診することが何か恥ずかしいこと、悪いことのように見なされる風潮があることは否めませんが、そのような偏見に怯えて家族や周囲の人たちが「何かおかしい」と思っても放置してしまう。それが一番問題なのです。ある種の精神疾患では「病識がない」(自分が病気だという認識がない)ことが特徴です。風邪をこじらせれば肺炎になることがあるように、軽度の精神疾患を放置すると重症化することがあります。軽いうちに専門医を受診する。すべての病気に共通の原則は、精神疾患でも当てはまるのです。

精神疾患を持つ人たちの「人権」が軽視されてきた歴史があるのは事実です。それに対する反動から、今は精神病患者の人権が非常に重視されるようになっています(そのため、病院職員の人権が軽視されているという批判もあるほどです)。精神病に偏見を持つ人は少なくありませんが、その多くは単なる知識不足や誤解、迷信に基づくものです。そのような迷信に近い偏見に怯え、軽い精神疾患を「こじらせて」しまったり、患者さん本人を「軟禁」するようなことは愚の骨頂ではありませんか?

 


医者は看護婦を搾取している?

「医者は看護婦を搾取している」という誤解には根強いものがあります。だから医者は儲け主義で、信用できないと思っているようです。自分だけ幸せならそれで良い、他人にどんな迷惑をかけても関係ない、と考える人は皆無ではありませんが、あまり尊敬はされないでしょう。

なぜ「医者は看護婦を搾取している」のでしょう?「医者より給料が安い」からでしょうか?では医者の給料や看護婦の給料は誰が決めるのでしょう?
多くの人が誤解していますが、看護婦の給料は「国(行政機関)」が決めるのです。国公立病院の看護婦の給料は、他の公務員と格差がないように配慮?して決められます。では民間病院では勝手に決められるだろうと思ってはいけません。医療機関の収入源である保険診療報酬は、ほとんど病院職員の人件費「のみ」を基準に決められています。みんなが好きな「保険が使える病院」の収入は保険診療報酬によって縛られています。医療機関の収入が「共産主義」であると言われるのは、そういう意味なのです。看護婦の給料が安いと感じる人は少なくないでしょうが、これは医者(病院経営者)が決めているのではないということをご理解下さい。

医師の給料も同じです。国公立病院の医師の給料は、やはり「国(行政機関)」が決めるのです。医療機関の収入が「共産主義」である以上、民間病院の収入も保険診療報酬によって縛られています。一頃話題になった「医師優遇税制」というのは、正しくは「開業医療機関優遇税制」です。サラリーマンである勤務医には、全く縁のない制度ですし、その制度自体すでに事実上廃止されているも同然です(年収が極端に低い場合以外は適用されません)。

医師も病院経営者も、優秀でやる気のある職員には高給で報いたいと切望しております。それが許されない状況であるのは悲しい事実ですが、全ての責任が医師や病院にあるわけではないことをご理解下さい。

 

<ホームへ戻る>