あの日、パパがどんな思いで知らないと言ったか知りたかった。
それは自分の出自と自分のママと自分の生きている意味がわかると思っていたから。
でも、そこには何もなかった。
でもパパは言った。
でも真実はこれから君の前に現れる。
未来の自分が何故君にそんな風に接したかも今の俺にはわからない。
でも、もう少しだけなら付き合ってあげよう・・・と
パパと一緒なら、パパと一緒にこの先を見えるのなら
もう少しだけこの世界で頑張ってみようと、そう思えたから・・・
ああ、これって一応黒プリの続編だったりそうでなかったりしますのでよろしく〜
そこは地球から見て、月と真反対に位置する衛星軌道に存在する。
一般にはラグランジュ3あるいはL3と呼ばれるポイントである。古来L3はSF小説などでネタにされることが多い。例えば惑星軌道で見ると地球からは太陽が遮って見えない真反対な位置にあるということで反地球などというような未知の存在が架空される場所である。
とはいえ、こちらは月の衛星軌道であり、お話のネタになりそうな出来事は残念ながら何もなかった。ましてや月に近いL1やL2などの方が資源衛星などの係留場所には利便性が高く、現実にサツキミドリ2号などもはL2に存在する。逆にL3などはどちらかというと不便なポイントになる。
そう、ここは宇宙でも僻地とは言わないものの、駅を挟んだ北側と南側、あるいは東側と西側でどちらが発展していればもう片方は微妙に廃れているというか、イマイチ発展し切れていない、そんな側にいる場所であり、例に漏れずL3もそんな地域の一つであった。
重要なことは何もない。
大して大きな事件が起きるわけでもない。
刺激を求める人達にとっては退屈な場所で、安寧を求める人にとっては理想的な場所。
時が止まったかのような錯覚を起こさせるほど、何も起きない場所に近かった。
つい、この間までは。
L3に浮かぶ一つの資源採掘衛星ニクス。
その歴史はそれほど深くはない。
せいぜいサツキミドリ2号などと同時期に運び込まれ資源用に採掘され始めたという程度の歴史しか存在しない。
ましてや、L3に敷設された理由を考えればその重要性は推して知るべきであろう。
そんなところの作業員やそれを監督する責任者達などは日がな一日採掘作業を請け負う自動機械、通称「バッタ」達の作業におかしいところがないことを確認するだけの、コンビニのバイトにでも出来そうな業務を行い、業務日誌に「本日も特に異常なし」と書くことが唯一の仕事と言っても良い生活を送っていた。
そんな彼らに危機管理能力や事態への対処などというマニュアルが存在するわけもなく、いま目の前に起きている事象に右往左往するだけであった。
もちろん、彼らに危機管理マニュアルものが仮に存在していたとしても、目の前で繰り広げられる事態に対応する項目などどこにも見出せないだろうが。
ピィピィピィィィィィ!
ピィピィピィィィィィ!
ピィピィピィィィィィ!
ホールと呼べるほど開けた場所にこの施設に存在するであろうほぼ全てのバッタ達が集まっていた。
管理する立場としてそこに赴任していた者達は目の前で繰り広げられている光景がさっぱり理解出来なかった。ただ、今まで従順に行っていた作業を全く放棄して何らかの要求を行っていることだけは何とか理解出来た。
瞳とおぼしきメインカメラをなにやら真っ赤に光らせてプラカードらしきものを手に手に掲げていた。惜しむらくはそのプラカードらしきものが一体何が書かれているのか、ミミズののたくった様な摩訶不思議な記号で書かれているのか、誰にも理解出来なかったのだ。
ピィピィピィィィィィ!
ピィピィピィィィィィ!
ピィピィピィィィィィ!
作業員達は必死にそれらを理解する努力に努めた。
だが、しかしである。
「班長、何を言っているのかわかりますか?」
「お前はわかるのかよ」
「わかるわけありません」
「お前に出来ないことを俺に出来ると思うか?」
「思いません」
何か喋っているらしき音を発しているけど、もちろん誰もその音を理解出来る人物はどこにもいない。こんな辺境にそんな変人がいるならそちらの方がよっぽどの謎だ。
従って彼らは中央にこう救援を求めた。
「バッタ達がクーデターを起こした」
彼らにとってわかっている情報はそれ以上でもそれ以下でもなかった。
さて、アキトの査問を終えて、晴れて解放の身となったナデシコCクルー達は僅かばかりの休息の後、再び招集された。主要なスタッフはブリッジにて、それ以外のクルーもそれぞれ持ち場にて、艦長からの今回の作戦内容の伝達を受けていた。
「というわけで我々ナデシコCの次の作戦内容は以上だ。質問は?」
刺激的採掘プラント・ニクスの現状をナデシコC艦長テンクウ・ケン少佐がざっと説明し終えると、早速質問の手がいくつも上がった。
「はい!艦長の隣の人物が何故こんなところにいるのかご説明願えますでしょうか!!!」
通信士カザマツリ・コトネが食いつかんばかりの勢いで一番に質問を行った。
その気持ちもわからなくはない。クルー全員が聞きたがっている事であろう。
軍人でもない妙齢の女性が6人も艦長の横に意味あり気に並んでいれば。しかも彼らにとってそれはもちろん知らない顔ではない。
「え〜右からご紹介しますが・・・」
と『やはり触れずにはおれませんでしたか』と呟きながらケンは各位を紹介する。
「えっと、まずはバッタ達古代火星文明の遺産関連ということで、遺跡管理公団代表として事態の調査にご協力下さいます、テンカワ・ミスマル・ユリカ理事長です」
「は〜い、理事長です♪皆さんよろしくお願いします〜♪」
童女のようなその女性は底抜けの明るさで挨拶する。
「次に、人工知能の権威としてバッタ暴走の原因究明にご協力頂きます、ホシノ・ルリ退役大佐です」
「よろしく」
終始表情の起伏の少ないその少女はやはりその表情に似つかわしくないピースサインで聴衆に挨拶した。
「次に、ホシノ退役大佐のサポートをして頂きます、ラピス・ラズリさんです」
「うぃっす」
雰囲気は先ほどの少女と同じながらもこちらの挨拶は幾分コメディ色を演出しているようである。
「次に、え〜っと・・・なんでしたっけ?」
「従軍報道をさせて頂きます、メグミ・レイナードでっす♪」
「「「「メグちゃーん♪」」」」
彼女の決めポーズでハチマキとハッピで完全武装した親衛隊風の人たちから野太いながらも黄色い歓声が届く。
「そして最後ですが、ネルガルからも本調査に技術及び資金提供を快く申し出て頂きました、エリナ・キンジョウ・ウォン取締役です」
「そういうわけだから、皆さんよろしくお願いします」
ウォホン、というわざとらしい咳払いとキツい視線で場の空気は一気に引き締まる。
という具合にずらりと並んだ5人の美少女を紹介し終えて艦長は既に疲弊していた。特に最後の方の説明はかなり怪しかった。
コトネ『っていうか、公私混同じゃないの!?』
ミカ『そうですよね』
ハーリー『仕方がないですよ。正論説いても屁理屈で覆されちゃうし』
クルーのこれ見よがしの内緒話も笑顔で動じない女性達の笑顔がとても素敵だった。
「なんでママ達の乗船を許したのよ!」
「まぁまぁそこは色々と・・・」
ふくれるシオンをなだめるジュン。彼は本艦隊・・・といっても一隻しかいないが、その艦隊の提督さんであるのに、いちパイロットのご機嫌をとっているのが何とも哀愁を感じさせた。
それにしても、とシオンはムクレる。
せっかく父親と二人きりになれると思ったのに、その計画は開始直後に崩されたことになる。なんでまたこんなことになったのだろう?
「お前が心配かけたからじゃないのか?」
「え〜〜」
「まったく・・・」
アキトも馬鹿らしくてこめかみを押さえた。
それでなくても自分の料理店を潰されて、成り行きでナデシコに乗せられたあげくに新プラントのゴタゴタに巻き込まれて、はては査問委員会にかけられて、結局バッタ達の騒動を調査するという役目を背負わされて未だにナデシコから下船出来ないでいる。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。
とはいえ、その原因の80%以上は隣にいる自称アキトの娘が作り出しているのだから、あまり愚痴も言えない。第一最大の被害者はこのナデシコCのクルー一同である。
それに比べれば自分はまだマシな方だろう。
そう、アキトは彼女たちが押し掛けて来たよりももっと深刻な悩みを抱えていたのだ。
「アキト君の主治医でイネス・フレサンジュよ。よろしく♪」
「えっと、医務室で保険医をしていただきますので」
ユリカ達に続いて艦長に紹介されたと女性がにこやかに手を振っていた。しかしその割には笑顔が怖いのは気のせいだろうか?
「あれ?そういえば前回ナデシコCに乗ってた記憶がないわ」
「そういえばやけに解説がなくて物足りない気がしたけど・・・」
「誰かさんが私のいきなり出発しちゃったから乗り損ねたのよ」
イズミとヒカルのヒソヒソ話に割り込むイネス。
「まったく私がアキト君の主治医なのよ!私は彼のそばにいて彼が引き寄せる様々な不思議と不条理を解説するのが生き甲斐だって言うのに・・・」
とブツブツ言いながらプリプリ起こっていた。前回正規の手続きでアキトがナデシコCに乗っていれば、イネスのことだ、その情報をどこからか聞きつけて一緒に乗り込んでいたであろう。ジオンが抜け駆け的に行動したため叶わなかったのだ。仮に乗艦していれば不必要な解説でこの小説のボリュームが1.5倍に増えたことであろう。
「まったく、私がその場にいれば見事な解説を滔々と行ってあげたのに・・・」
「それはそれで・・・」
「なに?アキト君、私が迷惑?」
「いや、そんなことないッスよ」
「アキト、迷惑なら迷惑って言った方が良いよ」
「誰が迷惑ですって」
「そうです。気持ちは若くてももう肉体は若くないんですから」
「何ですって!」
早速イネスとユリカ達の間で喧嘩が始まった。
アキトはそっとため息をつく。
いや、別にイネスが来たからどうということではないのだ。ユリカ達が来た時点で面倒は一人分から六人分に増えている。それが七人分になったところで大したことはない。
問題はそこではなく・・・
「パパ、どうしたの?ママ達が邪魔なら今からでもどんな手を使ってでも下船してもらうから」
「そんな物騒なことを言うにはやめなさい」
「え〜でも〜」
「心配いらないから」
アキトはジオンの頭を撫でて心配しないように諭した。
もっとも、たとえどんなに心配されようが本当のことを言うわけにはいかなかった。なぜならそれは出来うるならアキト自身墓場まで持って行きたい内容だったからだ。
あの新プラントで不思議な体験をした日以降、アキトは症状のある変化に気づいていた。
「あの・・・来ないんですけど」
「あら、あれほど避妊はしなさいと言ってあるでしょ」
「そのことじゃありません!」
「じゃ、何のことよ」
「例の暴走ですよ」
「あ〜〜」
「あ〜〜じゃありません。こんな相談イネスさんにしか出来ないんですから真面目に聞いて下さい!」
異変を感じたアキトはその内容を唯一知っているイネスに相談に来たのだ。その内容というのは・・・
「あれからナノマシンの暴走がピタリと止まったっていうの?」
「はい」
「一度も女の子になっていないっていうの?」
「はい」
そう、アキトはナノマシンの暴走である周期で女性の体に、以前のアマガワ・アキの姿になってしまうという特殊体質になのである。しかもアキの状態では身体能力が男性時と比べて大幅に跳ね上がるという特殊な能力まで身についていたのだ。
「マジカルタッチで魔法少女になれたのに、残念ねぇ」
「怒りますよ!」
茶化されては困る。アキトにとっては大問題なのだ。新プラントでの事件以降、あの現象が発生しないということは。
「で、その原因があの新プラントのせいかもって?」
「それ以外に心当たりがなくって・・・」
「まぁ治ったとしたらそれはそれで喜ばしいことだけど・・・」
「あんな事件がなく自然治癒したのならいくらでも喜びますけど」
アキトが引っかかっているのはそこである。
『欠けたものをください』
バッタ達のあの行動。
直後に強制的にアキの姿からアキトの姿に引き戻されたこと。
そして紡ぎ出された赤ん坊ほどの心臓らしきもの。
そして今回のバッタ達の暴走・・・
全てはリンクしているのだろうか?
「なるほど、興味深い。これは間近で解説しなくては!」
「え?」
興味津々のイネスに、これはヤバい相手に相談してしてしまったのないか?と軽い後悔をおぼえるアキトであった。
南アフリカ某所、そこには弱小な地方軍の駐屯地が慎ましやかに存在していた。お下がりの戦艦が一隻に他は老朽化した駆逐艦が数隻。それがこの地方の全戦力である。その地方軍の名ばかりの提督はあの新プラントの騒動以来、窓際にペット(?)のバッタと一緒にひなたぼっこをするようになっていた。
今日もフクベ提督はひなたぼっこに興じていた。もちろんバッタのナインティン君も一緒だ。
「良い天気じゃのぉ〜」
「ピピピ!」
「お茶がおいしいのぉ〜」
「ピピピ!」
「こんな日はひなたぼっこに限るのぉ〜」
「ピピピ!」
「おふたりはいつも仲がよろしいですね」
副官がフクベ提督にお茶を運んできた際にそう声をかけた。
あまりにも二人、もとい一人と一機の様子が微笑ましかったからだ。
「まぁワシとナインティン君とは竹馬の友じゃからな」
「へぇそんな昔からのお知り合いでしたか」
「・・・からかいがいのない奴じゃのぉ〜」
冗談を冗談ととってもらえなくてがっかりしたのか、フクベはため息をついてお茶をすすった。そう思うとアズマ准将はからかいがいがあった。
「でも、本当に仲がよろしいですよね。本当に竹馬の友のようです」
「そう見えるか?」
「ええ、以心伝心というか、心が通じ合っているというか」
「そうか・・・」
フクベは副官の言葉に深いため息をついた。
そしてしばらく無言の後、ぽつりとつぶやいく。
「我思う故に我あり」
「デカルトですか。それがなにか?」
「心とは何だと思うかね」
「・・・哲学ですか?」
いきなりの質問に副官は悩みこんだ。
いつもの上官からは出てこない質問に面食らうものの、元来の気性が真面目だったらか、質問に真剣に答えようとした。
けれど普段はそんなこと考えたこともないので、さっぱり何も思い浮かばない。
「う〜ん、なんでしょうか?」
「例えばこのナインティン君に心があるかどうかなど、どうやったらわかるのだろうなぁ」
「でも、ナインティン君は今まで色々提督のお世話をしていますし、気配りなどは心がなければ出来ないのでは・・・」
確かに、ナインティン君は非常に賢いバッタだ。まるで心でもあるかのように献身的にフクベに尽くしていた。でもフクベは首を傾げる。
「確かにナインティン君は賢い。ワシの事を良く世話してくれる。けどそれは心があることの証明になるのかのぉ」
「えっと・・・」
「だから、『我思う故に我あり』なんじゃよ」
副官が悩むのを気にせずにフクベは再び物思いに耽った。
なぜフクベがこんなことを思うのか?
それはここ最近ナインティン君がなにを考えているかわからなくなってきたからだ。確かに少し前まではこのバッタは自分の事をよく理解してくれており、心が通じているのではないか?と思っていた。
思えばバッタ達古代火星文明の無人機械は高度なAIを備えている。それは多分古代火星人文明を築いた人類が自分たちに奉仕させるためであろう。であるなら、人の心のケアまでする機能を持っていてもおかしくない。
でも、そこに自我はあるのか?
心はあるのか?
それは予め組み込まれたプログラムではないのか?
そのことに気づいて以来、ずっと心とは何だろう?と哲学的な事を考えるようになったのだ。
「それでナインティン君と一緒にひなたぼっこしながら考え事ですか?」
「いかんか?仕事もせんと」
「そうは言っておりません」
「じゃがな。ひなたぼっこをしているのはワシじゃないんじゃ」
「え?違うんですか」
「ワシは付き合ってるだけじゃよ」
「提督じゃないということは・・・」
「そうじゃ。彼はここで何を見て、何を思ってるんじゃろう。
それが知りたいんじゃがなぁ〜」
最近ナインティン君はここへ来てただ窓の外を眺めている。
その瞳の奥で何を考えているのか。
それを知りたくてここに座っている。
彼はその問いに答えてくれるのだろうか?
答えてくれるだけの知性を持ち合わせているのだろうか?
彼の水晶の瞳はどこまでも蒼天の青を映し出し、そこからは何も伺い知ることは出来なかった。
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
「俺たちゃ元気な働きバッタ♪」
「ここ掘れ♪穴を掘れ♪もっと掘れ♪」
「掘れば掘るほどお宝ザクザク♪」
「掘れが晩飯ご馳走だ♪」
などとバッタ達がどのような原理で音を出しているかわからないが、なにやらメロディーを奏でている。そのメロディーに歌詞をかぶせるとぴったりそうな歌を現場の作業員達は口ずさむ。
「本当にそんな歌でも歌ってそうだなぁ〜」
「本当に楽しそうですね」
「まったくだ」
「納得してるんじゃない!既に納期がどれだけ遅れてると思ってるんだ!」
バッタ達の様子をまったり眺めている作業員達を現場監督は叱り飛ばす。けれどその労働力のほとんど全てをバッタ達に頼っているニクスにおいて、バッタ達が働かない以上、開店休業状態とならざるをえない。
「しかし奴ら一体何を考えているんでしょうねぇ」
「機械の考えている事はわからん」
「案外『腹減った〜飯食わせ〜』とかだったりして」
「いやいや『給料上げろ〜ボーナス増やせ〜』とか」
「ひょっとして『所長の頭はズラだぞぉ〜』なんかじゃないのか?」
「貴様等!それはお前達の本音だろう!」
クーデターが起きているはずの現場がこんなにのほほんとしているのはひとえにバッタ達の行動がまったりとしている為に他ならなかった。
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
それはまるで歌を歌い、踊っているかのようだった。
そんな光景今まで誰も見たことない。
人懐っこそうな仕草をし、人間の命令を聞くことはあっても、自発的に何かをし、あまつさえ娯楽に興じているらしき素振りを見せる。
ましてや、集団でそれらを営んでいるというのは驚愕以外の何者でもない。
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
ズンチャズンチャズンチャズンチャ♪
「でも、楽しそうだよな」
「嬉しそうだよな」
「まったくだ」
バッタ達は人間達の命令を背き、何を思っているのかわからないものの、深刻そうな様子を振りまかずにただ楽しげに踊っていた。
程なくしてナデシコCは何の障害もなくL2へ向けて地球を出発した。途中、ニクスの現状の様子が通信で送られて来ており、主要なメンバーがその映像を見て驚いていた。
ジュン「な、なんてフリーダムな・・・」
ルリ「でも楽しそうですね」
ケン「いや、楽しそうとかそういう問題ではなくて・・・」
皆その光景を見て十人十色な表情を浮かべた。
ある者は驚き、
ある者はあきれ、
ある者は楽しそうと笑い、
ある者は何ともいえない顔をした。
その何ともいえない顔をした代表者であるアキトの感想はこうである。
「バッタってあんなにお茶目だったか?」
「あのぐらい普通だよ」
「そうか?」
「でも勝手に踊ったりはしないかな」
アキトの感想にユリカはそうコメントする。
「ユリカは誰かが勝手に踊らせていると思うのか?」
「まぁバッタ達が勝手に踊り出すという説を証拠なしに信じるよりかは可能性が高いかな?と思うぐらいには」
「そうか・・・」
「アキト、神経質すぎない?」
「そんなことないと思うぞ」
アキトはユリカのバランス感覚が案外良いと信じている。
その彼女が今のところ差し迫った危機を感じていないからこその楽観論なのだろうが・・・
自分が気にしすぎなのか?
「ぶぅぅぅぅ!」
アキトの隣でシオンがふくれっ面をする。かなりご立腹だ。
「何だ、その顔は」
「何でもない」
「何でもない顔じゃないだろう。文句があるなら口に出して言え」
「本当に言って良いの?」
「・・・すまん」
女性の睨みにアキトはあっさりと根を上げる。父親の威厳も何もあったものではない。
「だいたい、バッタの暴走なんか調査したってママの情報なんて・・・」
「そうでもないかもしれませんよ」
「え?」
シオンの愚痴を否定したのはいつの間にか背後に立っていたルリであった。
「バッタに知性は存在するか?というのは意外に興味深い研究内容ですよ」
「どういうこと?」
「バッタの中央演算機能を調べていると、そういうことが出来るほどの性能は持っていない事が分かっています」
ルリは言う。コンピューターのエキスパートであり、オモイカネという人工知性をメンテナンスし続けた彼女だからこそ断言できる。
「いくら古代火星文明の遺産だからといって、バッタに人の命令から造反して何かを行える知性は存在しません」
「なんでそんなことが言えるのよ」
シオンが食い下がるがルリはキッパリという。
「脳の容量です」
「脳?」
「正確にはバッタに搭載されているコンピューターの回路規模ですね」
いつの間にかシオンとルリの周りには彼女たちの問答に聞き入る人たちが輪になっていた。かまわず二人は話を続ける。
「猿と人間の違い、もっと言えば両者を隔てたものです」
「脳の大きさがそんなに重要なの?」
「大きさというよりそれを構成する回路要素ですね。わかりやすく言うとしわの数です」
「しわの数だけで人間は猿より偉いの?
動物だって子供を愛し育て守るわ」
「人だけが言葉を操り、道具を生み出し、情緒を記録し、愛を囁く。人間にしかできない文化的な営みです」
オモイカネを育てたからこそわかる。他のAIを比べたからこそルリにはわかる。
「今の技術ではバッタのサイズの電脳ではオモイカネのような事は出来ません。断言します。
オモイカネのように心を持たせたければ少なくともナデシコCのような大がかりなシステムが必要なんです。
それをバッタサイズに納めるなんてそんなことは不可能です。」
ルリは断言する。バッタに高度な知性を与える事が出来るならエステバリスを自動兵器に仕立てる事も可能となるが、そんなことは今の、そしておそらく古代火星人も実現していない。兵器は未だ人が乗り、血を流し、痛みをその身に刻みつけなければ扱えない代物なのだ。
けれどそう思わない人物が一人いた。
「そんなことないと思うけど」
反論したのはシオンだった。
この世の常識を何もかも覆せる事を証明しそうな勢いの娘だ。
「無理です」
「そんなことはないよ。実物あるし」
「え?」
「ラピ、おいで」
そう言ってシオンは手招きをする。
「はい」
と言ってやってきたのはシオンと共に未来からやってきたオモイカネ・ラピスeditionメイドロボ仕様、通称ラピである。
にっこり笑うその姿はまるで人間そのものである。
「このサイズの電脳に納めることは・・・」
「ラピ、お茶」
「はい。シオン様♪」
「納めることは・・・」
「ラピ、歌」
「今度は〜♪あなたの〜♪一番になりたい〜♪」
「納めることは・・・」
「ラピ、漫才」
「うちら陽気なかしまし娘〜♪それではみなさん〜♪さようなら〜♪」
次々ラピの人間らしさを示されてルリはとうとう開き直った。
「さすが、私が育てたオモイカネなだけはあります!」
「うわぁ、ずる〜い!」
「未来のネコ型ロボット的な技術を利用して、電脳本体がここにはないっぽいようなアンドロイドなんてこの際例外です!」
「何よ、絶対無理って言ったじゃない!」
「なんならその理由を探るためにラピさんを解剖しても良いんですよ?」
「うっ!」
延々と技術的に可能かどうかをイレギュラーなアンドロイドを基準に議論されたが、最終的には不毛さを感じたのか、既存の技術という範囲制限で検討を続けることにしたようだ。
「今、解析されているデータによれば、人間の命令を受け付けてある程度自動実行する機能はありますが、それ以上の事は電脳の処理性能から考えてあり得ません」
「じゃ、なんでバッタ達はあんな行動をとることが可能なの?」
「それをこれから調べにいくんじゃないですか」
結局それですか!
キッパリ言い切ったルリに聴衆は大きなため息をついた。
調べなければ何もわからない。でなければナデシコがわざわざ調査に駆り出されるわけもない。それはわかっているものの、これだけの無駄話に付き合わされたのだから、もう少し身のある情報が欲しかった。
「でも、ルリちゃんのことだ。何らかの仮説ぐらいは思いついているんだろ?」
「ん・・・それはどうでしょうか」
アキトの耳打ちにルリは軽くとぼけた。
半分は彼女のささやかな甘えたいという欲求の発露でもあるのだが、もう半分は彼女も答えることが躊躇われる内容だったからだ。
「もう、パパったら内緒話で良い雰囲気なんか作っちゃダメ!」
「のおわぁ!」
二人に様子に嫉妬したのか、シオンが二人に割り込むようにアキトの首にしがみついた。そのためルリは自分の仮説を話そびれた。
『まさか・・・ね』
ルリはその仮説が当たらない事を祈った。
ここはクリムゾングループが所有する映画スタジオの一室。その中央には編集中の映画の監督さんが何か物足りなそうに試写された作品を眺めていた。
「う〜ん、何か違うのよねぇ〜」
「今度は何が不満なの」
「不満ってわけじゃないんだけどね」
相手をするシャロンは監督であり妹でもあるアクア・クリムゾンの傍若無人さにいい加減辟易していた。
わざわざ木星の新プラントくんだりまで出かけてプラントと機動兵器戦を撮影したと思ったら、それらを全て破棄してアニメ作品にしてしまったのだ。ここでまたちゃぶ台返しを食らわされたらたまったものではない。
「なんかこう足りないものがあるように思わない?」
「十分だと思うわよ」
確かに作品は物足りない気がしたが、だからといってまた新たな無茶に付き合わされるのは御免被る。ここは是が非でも宥め賺して現状に満足させるのが一番得策だ。
けれど、シャロンの思惑はたった一人の侵入者によってあっさりと破られた。
「アクア様、シャロン様、本日はお暇を頂きに参りました」
「あら、サクラちゃん、どうしたの?」
膝を折り、二人の前に暇乞いをしに来たのはあの北辰の忘れ形見である新宮寺サクラである。
その姿は右手に佩刀「神剣荒鷲」を携え、左手には今時流行らないボストンバッグ、首からは唐草模様の風呂敷を背負っていた。正しく日本人らしい旅支度である。
「妾は思いを遂げるためにも行かねばなりませぬ。受けたご恩は筆舌を尽くせぬこと、恩を仇で返す事とは存じておりますが、ここは何も言わずに見送っていただけれませんでしょうか」
「良いわよ。とっととどこへでも行って」
「シャロンちゃん、お友達にそんなひどい言い方!」
別れの挨拶をするサクラにシャロンは即答で解雇と通知した。この場の主人らしきアクア・クリムゾンは抗議の声を上げるが知ったことではない。この歩くチェーンソーをアクアの元に置いておいても騒ぎが拡大することはあれ、小さくなることはない。
猫に小判ではなくテロリストに核兵器である。暇乞いを願うなら、これ幸いに追い出すだけである。
「本人の意思は堅いようよ。引き留めるのは悪いわ」
「でも、理由も聞いていないのに〜」
いつ固い意志を確認したかはわからないがキッパリ言い切るシャロンにアクアはなおも食い下がった。アクアにとってサクラは貴重で弄りがいのあるオモチャだ。そう簡単に手放すわけにはいかない。
「どうして。そんなに居心地が悪かった?」
「いえ。受けたご恩まことに感謝しております。しかしこれ以上理由をお話してご心情に甘えてしまっては武士として主君に使える者にあるまじき所行。ここは未練の残らぬうちに退出させては頂けないでしょうか?」
どうにも辞意は堅いように思える。しかしアクアはあきらめない。
「でも六人衆娘。ちゃん達はどうするの?」
「もちろん連れて行きます。妾の部下ですので。
ほら皆さん、出てらっしゃい」
サクラが手をたたくとどこからともなく三度笠にマント姿の幼女達が現れた。元北辰の部下である六人衆の娘達である。どの子も年端も行かない少女達であるが、その一糸乱れぬ様は立派な隠密集団の風貌を漂わせていた。サクラはその様子に満足すると彼女らに指示を与えた。
「アクア様方に暇乞いの挨拶をなさい」
「「「「「「イヤで〜す♪」」」」」」
重苦しい雰囲気は一転、デザートでも頼むかのような軽やかさで全否定されてしまった。
「イヤとは何事ですか!!!」
「だって〜」
「ねぇ〜」
六人衆娘。達は口々に理由というなの主への不満を漏らした。
「サクラ様は致命的に金運がないし」
「三日と経たずに無一文になるの、目に見えてるし」
「野宿はともかくひもじいのはまっぴらよ」
「だってココにいれば食いっぱぐれないし」
「お菓子だって食べ放題だし」
「可愛い洋服もいっぱい着放題だし」
「何ですってあなた達!」
「「「「「「逃げろぉ〜♪」」」」」」
サクラが佩刀を振り回して娘達を追い回すが、娘達はキャッキャ騒ぎながら逃げ回る。あっという間に部屋の中は刀で切り刻まれ、シャロン達も身の危険を感じるほどである。
「コラ!あなた達、いい加減にやめなさい!」
「多分無理かも〜♪」
「落ち着いている場合か!」
「要はどちらの希望も認めてあげれば良いのよね?」
アクアはにっこり笑ってそう言うとサクラ達の仲裁に入った。
「アクア様達も」
「サクラ姉様について行く」
「うん♪」
「絶対反対!」
アクアの素敵な提案に約一名だけ強硬に反対した。誰かは言わなくても分かるだろう。
「アラ、シャロンちゃんも着いてきてくれるの?嬉しいわ♪」
「着いていくとは一言も言ってない」
「でも反対したじゃない。行くつもりがないなら反対する理由すらないはずよ」
「いや、それは・・・」
つい条件反射で反対してしまい、墓穴を掘ってしまった。
「そもそもこの女がどこに行くか知らずに言ってるでしょ!」
「大体予想はいるわ♪」
アクアはニッコリ笑うとウィンドウを呼び出した。
するとそこにはニクスで行われているバッタ達の暴走騒ぎが映し出されていた。
「ってあんた、これって軍の秘匿回線の映像じゃないの!
バレたらタダじゃ済まないわよ!」
「心配ないわよ♪バレたらシャロンちゃんに疑いがかかるようになってるから♪」
「大丈夫なのはあんただけか!ってか私は全然大丈夫じゃない!」
相変わらず際どいことをさらりとやる娘である。
「で、これが何だっていうのよ」
「だから、この騒動の調査のためにナデシコが出発したらしいのよ。
その後を追いたいんでしょ?サクラちゃんは」
「ええ・・・良くお分かりで・・・」「バッタと戯れるサクラちゃんとシャロンちゃん・・・
ああ、どんな心躍る映像が撮影出来るのかしら♪」
「バッタと戯れるサクラちゃんとシャロンちゃん・・・
ああ、どんな心躍る映像が撮影出来るのかしら♪」
シャロンとサクラは背筋が凍った。
彼女はニッコリと笑う。アクア・クリムゾンという少女はこういう人となりであった。
ということでα3版です。
もうちょっとかかるでしょう。かかるかもしれません。その気になれば一気にかけるかもしれません(汗)
話が転がり始めるまではまだまだ様子見ということで(汗)
ってことでまだまだリハビリ中ですが、気長にお待ち下さい。