知りたい真実があった。
その時、その場所に行けば真実はわかると思っていた。
けれど真実はその場所には何もなかった。
いや、確かに真実はあったかもしれないが、私には何の事かわからなかった。
真実はその一面だけを切り取っても見えないかもしれない。
真実はそれをいつ切り取るかによっても意味が変わってしまうものかもしれない。
でも私はそんな事に気づきもせずにただ落ち込むだけだった・・・
ああ、これって一応黒プリの続編だったりそうでなかったりしますのでよろしく〜
そこには証人一人が立たされ、周りを多くのウインドウが取り囲む。
連合軍、とりわけ地球軍や統合軍などの幹部も多い。その他にも各国の代表者の顔も散見される。
「本委員会での証言は全て証言法に基づき記録される。偽証は本委員会への重大な侮辱である」
「・・・」
「貴君には黙秘権が与えられるが、それは同時に本委員会への重大な侮辱である事を告げなくてはならない。現在貴君は過去の罪状を恩赦されている身である事を再度認識してもらいたい」
それは証言拒否を行えば恩赦は取り消すという意味だろうか?
暗い部屋の中、彼は一人証人としてスポットを浴びる。
その黒尽くめの服装から彼の顔だけが浮かび上がるという異様な光景でもあった。
『晒し者・・・精神的拷問のつもりか』
彼はそう呟きそうなったが、その事を代弁するかのように本査問会委員長の声が聞こえる。
「我々は君を問いつめる為に本委員会を招集したわけではない。
我々は真実を知りたいだけだ。
けれど真実は君しか知らない。
であるならば、当事者から事実を聞き、真相を確かめる必要があると思うがどうかね?」
どうかね?と聞かれて感謝の涙も出てこない。
真相と一口に言うが、それは万人の納得するストーリー・・・いや、このウインドウ越しに覗いている権力者達が望むストーリーかどうかということだろう。
けれど自分にそんなストーリーをしゃべれるはずもない。
さてさて、この査問が終わった時、自分の身はどうなっているのやら・・・
もっとも、5人の妻達(と納得してしまうのもどうかと思う)が今頃裏で色々手を回してくれているのだろうが、と楽観視している自分に思わず笑ってしまいそうになる。
かつては黒百合とも闇の王子とも呼ばれ忌み嫌われた身なのに。
だが、この時ばかりは敢えてその仮面を被ってみようと思う。
それで騙されてくれるなら安いものだ。
「テンカワ・アキト君。本委員会は君の誠意ある回答を期待する」
「はい」
『さぁどうやってこいつらを丸め込もうか』
彼にしては幾分ポジティブな感情を顔に出さないように気合いを入れた。
「なんでパパだけがつるし上げを食うんですか!」
バン!
シオンは机を叩いて怒りを露わにした。
彼女は別室でナデシコCの提督アオイ・ジュンと艦長テンクウ・ケンに食ってかかるのを二人はなだめるので手一杯だった。
「そんな事言ったって・・・」
「なら君をどういう身分で紹介したらいいんだい?」
「はぅ!」
逆毛で相手を威嚇しまくっていた少女は思わず絶句する。
確かに。
一番のネックはそこだ。
あれほど各国が血眼になって群がった新プラントであるが、その中には多数のバッタがいるだけで、それ以外のモノは存在しなかった・・・では誰も納得しないだろう。それを証明出来る物証はたった一人の証言だけなのだから。
いや正確には二人いるのだが、片やかつてのヒサゴプラン襲撃犯、片や素性不明の少女である。しかも素性不明の女性の正体は未来人なのだからその存在を明かせるはずもない。結果アキトが人身御供になったとも言える。
「君の戸籍は一応あるものの、それを突っ込まれたくないからテンカワ君が自分が矢面に立つ事にしたんだろ?」
ジュンの言う事は重々わかっている。
シオンは一応アマガワ・アキという数年前初代ナデシコに搭乗していた人物の戸籍を流用しているのだが、実年齢などを比べられると色々まずい事になる。ましてや、アキという人物の戸籍だって詳細に調べていけば色々ボロが出るだろう。
しかし父親を身代わりにした事になる少女にとってそれは承伏出来る内容ではない。
「でも、どう考えたって何もなかったじゃないですか!」
「確かにあの後欧州同盟の艦隊や木連の艦隊も到着して合同で調査という事になったけど・・・」
「隅々まで調べて何もありませんでした・・・じゃあの騒ぎを起こした面々は国民に申し開き出来ないしなぁ〜」
「だからって何もないモノを何かあるようにするって事ですか!」
確かにその後バッタ達が色々邪魔をして難航したものの、合同調査団は新プラント内をそれこそ蟻の子一匹見落とさない勢いで探したのだ。けれどバッタ達以外の何も出てこず、新テクノロジーの発掘を期待した関係者を落胆させた。アズマ准将や一部の関係者は落胆どころどの騒ぎではなく再起不能にまで追い込んだ。
「確かに君たちが侵入して出てくるまでの間、何か出来るほどの時間があったとは思わない」
「だけどボソンジャンプなんかで上手く隠し仰せたと思う人達もいるわけで・・・」
「そういう人達が納得しなければパパは解放されないって事ですか!?」
「まぁ、なんというか・・・」
シオンの指摘にジュン達は苦笑いをこぼす。
一番良いのはどこからか素晴らしいテクノロジーが発見される事だが、そんな事は望むべくもない。
落としどころはどこにも見つからないのが現状だ。
あとはテンカワ・アキトが査問会のお歴々を上手く言いくるめてくれるかだが・・・
「あの無愛想なパパにそんなマネ出来るわけないじゃない!」
「いや、それはどうかな?」
「まぁなんというか・・・」
ある女性の名前を思い浮かべて、一人真実を知らないシオンの発言に心の中で否定するジュンとケンであった。
遙か彼方、木星の新プラントから帰還したナデシコCは現在その母港であるネルガルの平塚ドッグに係留中である。現在ナデシコCはメンテナンスという名の封印中である。
乗員達は皆ナデシコCに足止めを食らっている。
「まったく、なんであたし達まで拘束されるのよぉ〜」
「さては南京玉すだれ〜〜」
「南京じゃなくて軟禁じゃないんですか?」
「相変わらずイズミさんのギャグはわからないですねぇ〜」
食堂ではヒカルやイズミ、コトネ等が愚痴りながらたむろしていた。
もちろん、拘束されているのは例の新プラント絡みである。
どうも偉い人達はナデシコCもグルになって新プラント内の何かを隠したと思っているらしい。
「そんなのあるわけないじゃない」
「そうですよねぇ〜どちらかというとあの怪しい戦艦の方を調べて欲しいですよね」
外出も禁止され、手持ちぶさたな彼女達には他にする事がなかったのである。
さて、ドッグ内になる貴賓室でこちらは自主的に滞在している方達が数名いた。
ユリカ「ルリちゃん、ラピスちゃん、繋がった?」
ルリ「ええ、簡単です」
ユリカ「連合軍の方達に気づかれていない?」
ラピス「そんなヘマしない」
ルリ「メグミさん、ちゃんと見張っていて下さいね」
メグミ「って何で私が見張り役なんですか!こういうのはエリナさんが・・・」
エリナ「場所を貸しているだけありがたいと思いなさいよ」
そこには奥さん’sが勢揃いしてなにやら謀(はかりごと)をしていた。
ルリとラピスの周りでウインドウがクルクルしている。
メグミ「っていうか、つい数日前までいがみ合っていた仲なのに顔をつきあわせて共謀中っていうのはどうかと・・・」
ルリ「じゃ、メグミさんはアキトさんが心配じゃないんですか?」
メグミ「いえ、そんな事はないけど」
ルリ「なら、ここは一致団結してアキトさんを助けないと」
普段いがみ合っていても目的が一致するとすぐに協力し合うのはさすが同じ釜の飯を食った仲間である。
ラピス「ナデシコC及びアルストロメリア、PODのドライブレコードを回収中・・・」
エリナ「連合軍が既にドライブレコードを回収しているんじゃないの?」
ルリ「バックアップを自動的にオモイカネに保存するように仕組んでいます。バックアップは私かハーリー君しかしらないフォルダに格納されています」
エリナ「ちょっと、ホシノ・ルリ。それ宇宙軍にバレたら問題よ。いくら退役大佐とはいえ・・・」
ユリカ「まぁまぁ。そのおかげで重要なデータが改竄されずに閲覧出来るんですから」
いくらかつての管理者とはいえ、色々問題だろう?ルリ君。
エリナの心配をユリカがなだめる。今はそれよりも事実の把握が先だ。
「さて、ナデシコC経由でアキトさんのアルストロメリアとPODのドライブレコードの情報が手に入りました。プラントに入ってからの映像を出します」
ルリがまるで造作もないようにコンソールをなぞるとレコーダーに記録された映像を表示した。だが・・・
メグミ「ありきたりの戦闘シーンですね」
ユリカ「そうだねぇ〜」
ルリ「まぁまだこの辺りは序盤ですから」
映像はプラントに入った頃のアキト機のメインカメラが捉えた内容が表示されている。バッタが沢山現れているとはいえ、特に変わった様子はない。
ラピス「あ、変な機動兵器発見」
ちょうどアキト機と謎の機動兵器・・・後に赤光と呼ばれる機動兵器との交戦結果である。
ユリカ「これ・・・ナデシコC発進時に現れた機動兵器ね」
ルリ「そういえばこんなのも現場にはいましたね」
エリナ「で、こいつらあの後どうしたっけ?」
ルリ「無事逃げおおせています」
ユリカ「へぇ〜よほどバックに手が回るスポンサーでもいるのかしら」
シャロン一党らが率いていた戦艦ハルシオンと赤光らは現場からキレイに逃げおおせていた。周囲を色々な軍の戦艦が飛び回っていたであろうに、それらを全てかいくぐるという事はいずれかの組織を黙認させるさせるだけの財力と政治力があるという事だろう。
もちろん、機動兵器まで独自に作れるところは限られているだろうが。
その無事逃げおおせたシャロン一党はというと・・・
「シャロンちゃ〜ん、早く編集して〜♪」
「だぁぁあ!何で私が編集作業なんかしなければいけないのよ!!!」
「だって〜〜」
帰ってきて早々、姉のアクアはシャロンを映画用の編集スタジオに放り込み、今回の新プラント騒動で録り貯めた映像素材を編集させた。
「今回の活動資金、全て前借りだもの♪」
「・・・前借り?」
「そう♪もう上演する映画館も決めてきたし、上演出来なかったらシャロンちゃんが大変な事になっちゃうもの♪」
「なっちゃうものって・・・なんで私が?」
「これ、パンフレット♪」
渡されたパンフレットを見て驚いた。
監督がクリスティーヌ剛田(アクアのペンネーム)
そしてプロデューサーがなんと・・・
「なんで私がプロデューサーなのよ!!!」
「ちなみにこちらがスポンサーになって下さった方々からの借用書♪」
「借用書って・・・全部私の名義じゃないの!!!」
「当たり前でしょ♪監督は作る人、プロデューサーは責任を取る人♪」
「待てぇぃいいい!いつ誰がそんな事を決めた!!!」
「30分前に私が♪」
「ああああああああ!」
アクアという女性はこういう人である。
「だから映画をヒットさせないと、シャロンちゃん東京湾で鮫の餌にされちゃうかもしれないわよ♪」
「この女は恐ろしい事をシレッと爽やかに言うな!」
既に姉アクアが行った事がチャラになるほど世の中はものわかりよく出来てはいない。そんなこんなで必死に興業収益が上がる映画に仕上げないとならないのであるが・・・
「あの〜アクア様〜このカットどうしましょうか?」
「ああサクラさん。なかなか良い絵ですわ♪」
「あの〜背景はこれで良いですか?」
「コマ割、これで良いですか〜♪」
「かえでさん、ここは3コマで割って下さるかしら♪」
「アクア様〜〜色指定これで良いですか〜?」
「つばきちゃん♪もう少し明るくして〜♪」
「背景、これで良いですか?」
「すみれちゃん、グッジョブですわ♪」
「ってアニメなんか!!!」
サクラと六人衆娘。達はアクア監督の下、一心不乱に劇場用アニメーションを作成してた。って今までの撮影、意味があるのか?
「ないわよ♪」
「木星まで行ったあの騒動は一体何だったのよ〜!」
アクアから理不尽の文字が取れる事はなかった。
気になる謎の機動兵器と戦艦であるが、そんな事よりももっと切実な関心事項が始まった。
「あ、アキトの尋問が始まった」
「え?」
「ライブ中継開始」
ラピスは連合軍本部にハッキングし、査問会の光景をウインドウに映し出した。
「あなた達はまたバレたら大変な事をホイホイと・・・」
「エリナさん、まぁ堅い事言わない言わない♪」
やりたい放題のハッキング娘達に苦言を呈するエリナをユリカがなだめる。
それよりも今は愛しい人が裁かれないかどうかの方が大事だった。
「こちらも問題の場面ですね」
「どれどれ?」
ルリもアルストロメリアの映像を映し出した。
核心に迫るシーンらしい。
どちらの画面もほぼ同じ場面を映し出しているようだった。
そして同じ頃、こちらでも同じ不正を行っている者がいた。
「ちょっとシオン君、それはまずいよ〜」
「そうだよ、見つかったらただじゃ済みませんよ」
「そんなヘマはしませんよ。お二人が黙っていて下されば」
シオンはウインドウボールを開いて査問委員会の盗聴を始めた。さすがに止めるジュンとケンを無視してである。
「パパに酷い事したら乗り込んでいってアイツらとっちめてやるんだから!」
「だからそれが一番まずいんだって〜」
「そうですよ、そうなったら助かるものも助からなくなりますよ」
「そう思うから盗聴だけで我慢しているんじゃない!」
シオンは苛立ち紛れにジュン達をキッっと睨むと二人ともすごすごと引っ込む。
まぁ、彼女の腕なら証拠を残さず盗聴出来るだろうから、気が済むまでやらせてあげるしかないように思われた。
そこでは真実の探求という名のつるし上げが行われていた。
「君のアルストロメリアに搭載されたドライブレコードに記録されていた内容を詳細に検討したところ、我々は非常に困惑した事実に直面している」
威圧的に語る査問委員にアキトは『さぁ、おいでなすった』と心の中で身構えるが、当然顔には出さない。
「まずはこれを聞いてもらおう」
それは新プラント・タナトスの大聖堂内でのアキトの会話記録である。
「ここは?」
「しかし、何のためにこんな所へ・・・」
「下さいって言われても・・・」
「私が何を?」
「だから、何がなんだかわからないんだってば!」
「な、なによ、これは!」
「確かに欠けているけど、私が何をどう教えたらいいのか・・・」
「な、なに!?」
ああ、あのシーンか・・・
アキトは顔色を変えずに心に呟く。
「君はこのシーンで何かを見つけ、そして何者かに話しかけている。
だが残念な事に外部モニタは大量のバッタ達を映しているのみだ。
よもやバッタに話しかけていたわけではあるまい?」
査問委員の一人がなめ回すようにアキトを眺める。
どうもこういう尋問まがいな事をするのを生業にしている輩なのであろう。
とはいえ、どう答えたものか。アキトは思案する。
確かにこのシーン、アキトはバッタと話していた。だが、それを素直に話しても彼らは信用しないだろう。第一、あの時の現象を自分でも説明出来ない。
誤魔化すべきか、誤魔化さざるべきか・・・
アキトは非常に短時間のうちに決断をしなくてはいけなかった。
「バッタが沢山だねぇ」
「沢山ですね」
「でも・・・それだけだよね?」
「ええ、それだけです」
ユリカ達はアルストロメリアの記録を閲覧しているが、大量のバッタがいるだけでそれ以外の事は何も起こっていなかった。
いや、アキトがなにやら叫んでいるが、別にそれに応じてバッタ達がしゃべっているわけでもない。多分、アキトにしか見えない、アキトにしか聞こえていない何かがあるのだろうけど、それがアルストロメリアには何も記録されていないのだ。
「そんなことってあり得るの?」
「さぁ、わかりません」
ユリカの疑問にルリが答える。そうとしか答えようがないというのが本音のようだ。
「例えばアルストロメリアの記録が改竄されているとか」
「それはあり得ません。ドライブレコードにはモニタが映し出した情報がそのまま記録され、改竄出来ないようになっています。第一編集した痕跡が見られません」
「本当に?」
「少なくとも私には出来ません」
「ということは誰にも出来ないという事だよね・・・」
ルリ程の天才ハッカーでも無理なのだ。他の誰にも・・・
「シオンちゃんは?」
「そういえばあの子もハッキング出来るのよねぇ」
「それはない」
メグミの指摘も一理あるが、それもラピスが否定した。
「ナデシコCがバックアップしてあるデータと査問委員会のデータは完全に一致している。ナデシコCにバックアップが残されている事を知っているのはルリ姉とハーリーと私だけ。ナデシコCに侵入された形跡がない以上、両者が同じなら改竄はない」
なるほど。彼女達がNoと言うのならその可能性はないのだろう。
となる、問題は『アルストロメリアのモニタに映らないような何か特別な事が起こっているのか?』であろう。
それはアキトにしか窺い知る事が出来ないし、アキトの発言如何では問題に発展する可能性すらある。
さて、アキトはどう答えるのだろう・・・
『パパ・・・』
そしてもう一箇所、覗き見している娘の父親の発言を複雑な面持ちで聞いていた。
彼は何を話すのか?
自分の知っている真実を話すのか?
それとも自分の知らない真実を話すのか?
アキトは答えを迫られていた。
誰もがその答えに注目する。
その答え如何ではどのように処遇されるのだろうか?
普通の人間であればそのプレッシャーに押しつぶされるであろう。
その様子すら、彼らにとっては重要な情報なのだろう。
けれど、アキトは眉一つ動かさなかった。
修羅場なら今までいくらでもくぐってきている。
「何もなかったですよ」
アキトは一言そう告げる。
もちろん査問委員達の罵声が響き渡った。
「そんなはずなかろう!」
「そうだ!君はここで何かを見ている!」
「黙秘は重罪だぞ!」
もちろんこれは予想された反応だ。
これからはスイッチを押し間違えると爆発しかねない爆弾と遊ぶ事になる。
でもアキトは迷わずスイッチを押し続けた。
「冗談です。本当はバッタ達がカエルの合唱をしていました」
「な!」
「ああ、この場合カエルではなくバッタの合唱と言うべきでしょうか?」
「ふざけるのもいい加減にしろ!査問委員会を侮辱するつもりか!」
「とんでもない」
アキトは真面目な顔で答えた。
顔に出してはいけない。気取られてはいけない。
「ではお聞きします。アルストロメリアに記録されないような内容を受け答えするとはどのような方法を使えば可能でしょうか?」
「そ、それは・・・」
「仮に何らかの方法でバッタの言葉をオレだけ聞く方法があったとして、それが真実かどうかを知る方法があるのですか?」
そう、一番の問題はそこだ。
仮にアキトが発言したとして、それが正しいかどうか検証する方法がない。
何故って、それが正しいか検証する方法がないのだから。
肝心のドライブレコーダーには何も記録されていないのだから。
「オレがカエルの合唱しかなかったと言ったら信用して頂けますか?
それとも謎の超兵器があったと言うまで信用して頂けないのでしょうか?」
「いや、我々は真実を探求したいのであって・・・」
「ではオレがカエルの合唱しかなかったと言えば信用して頂けますね?」
アキトは要求を迫る。
聡い委員は既に気づいているだろう。
この場は何の場なのか?
真実の追究か?
それとも彼らの望む答えを答えなければ糾弾する場なのか?
アキトは問うている。
そのどちらが彼らの望む答えなのかという事を・・・
「我々はそこに何か有益なものがあったと考えている」
査問委員会の面々は実利を選んだ。
そこに何かがあったのでなければ、これだけ大騒ぎした意味がないではないか!
「では、真実をお話ししましょう」
アキトは答えた。これから話す事がどのような内容であれ、それが人々の真実になる。それが本当の、いやある人物にとっての真実かどうかに関わらず・・・
ルリはアキトの査問を見つつ、アルストロメリアに記録されたデータを眺めていた。
どうにも腑に落ちない様子である。
「どうもこの辺り、違和感があるんですよね」
「どこが?」
「あの続きですよ」
ルリは何度も査問委員会が追求した後のシーンを再生したが、その後の会話がほとんど残されていない。
「どういう事?」
「確かにあのあとシオンがアキトさんに追いついたはずなんですけど、そのシーンが記録されていないんです」
「なんで?」
「私に聞かれましても」
ユリカの質問にルリは首をすくめてお手上げのポーズを取る。
そして面白い事実があるとルリは続けて言う。
「ドライブレコーダーのタイムスタンプを見ますと、この時刻ちょうど新プラントが輝きだした時刻と符合するんですよ」
「へぇ〜」
何か異変があったはずなのにどこにも記録されない事象。
人々の記憶には残っているのに、なぜ記録されていないのだろう?
「うそぉ〜〜」
アクアは現像の上がったフィルムを見て驚いていた。
「いやいや、今は23世紀。フィルムじゃなくて全てデジタルディスクでしょ」
アクアが突っ込むが、何故かアクアはフィルムを見て驚愕している。
「で、どうしたの?」
「映ってないの」
「映っていないって?」
「キラキラ光るプラント」
「は?」
「こんな地味なプラントなんかフィルムに使えないわ〜」
まるで特別な事なんかなかったように、新プラントのあの出来事は記録には残っていなかった。
『あの光景は一体何を意味するの?』
シオンは自問自答していた。
過去3回あのプラントに行った。
そしてそのどれも見える光景は違っていた。
そして今度の光景は過去のいずれとも違っていた。
締め付けられる胸。思い出すたびに胸が痛む。
あれは何?
『人の心臓?』
それは小さい、とても小さい。誰かの庇護なしには脈打つ事が出来ない矮小な存在。
あの光景に何の意味がある?
あの光景は現実に存在したのか?
あれはただの白昼夢なのではないか?
ドライブレコーダーにも映っていない光景。
人の目にしか映らない光景。
それは自分と父親にしか映らなかった光景。
あれは何なのだろう?
パパならアレが何かわかったのだろうか?
教えて欲しい。
あれは現実なのか?真実なのか?
でもその証言如何によってはパパは罰せられる。
パパが知らないと言えば全ては闇の中だ。
でも事実が闇に葬られるのではないかと思うと胸が張り裂けんばかりに痛む。
何故だろう?
あの光景は自分に何か関わりがあるのか?
あるはずがない。あんな非常識な光景は。
なのに何故胸が締め付けられるのだろう?
『真実とはそれを受け止める者によって如何様にも形を変える。
人は自らの望む真実しか見ようとしない。
真実を歪め、自らの都合の良いように改変する事さえある。
真理は一つだけど、真実は人の数だけ存在する。
そして真実は時間によって変化してしまうことさえある。
君にとってこの真実が今は胸の痛みという意味しか持たなかったということだよ』
謎の少年が残した言葉だ。
けれどこの言葉すら記録されていない。
それすらも幻というのだろうか?
それとも・・・
シオンは父の言葉に救いの一編を求めていた・・・
アキトはあのシーンを思い出す。
自分でもその意味すらわからないあの場面・・・
紡がれる。それは螺旋
目の前に広がるのは螺旋、二対の螺旋
それが何十本も並んでいた。
『短期間でDNAが書き変わってるの』
『どうして?』
『さぁ。でもひょっとしたらあなたの中のナノマシーンがアマガワ・アキという人物のDNAを失いたくないかのような・・・』
『失いたくないってどういう意味ですか!?』
『さぁ、私にもわからないわよ』
見せてもらったのはDNAの塩基配列。
テンカワ・アキトとアマガワ・アキの違いを比べて見せてもらった。
確かに違う。同じ人格、同じ魂を持っているのに比べれば別のDNAだ。
目の前に広がる図版はその時見せてもらったDNAの塩基配列に似ている。
『さぁ教えて』
『欠けたモノを』
『欠けたまま打ち捨てられたモノを助けるために』
『それは誕生』
『目的もなかった我らに目的を与えてくれた』
『見捨てればすぐに消えてしまう存在』
『見守りたいという目的を作ってくれた存在』
『存在する意義を教えてくれた存在』
『それは夢』
『それは希望』
『故に我らの継承者』
『だから教えて』
『欠けたモノを』
『誕生を祝福するために』
バッタ達は歌うように思いを奏でた。
すると目の前の図版の欠けた部分が埋まり始めた。
バッタ達は歓喜の声を上げる。
『生まれる』
『欠けたモノが補われた』
『さぁ産み出そう』
『祝福をもって』
『祝福をもって』
『我らの希望を』
図版の二重螺旋はそれぞれボソンのキラメキに変わり、大きさを急速に縮めていく。
聖堂一杯の大きさだった図版はやがて野球ボールの大きさになり、パチンコ玉の大きさになり、やがては見えぬ程の大きさになった。
いや、違う。
それがDNAとするのなら、それを内在する細胞膜がその周りを取り囲んだ。
そのまま縮小されていく中、それはさらに1個の細胞を纏う。
1つの細胞は2つに分裂し、さらに4つに分裂し、もっと多くの細胞に分裂した。
細胞はさらに分裂を続け、徐々に何かを形作り始めた。
『欠けたモノが出来上がった♪』
『さぁ、与えよう♪』
『喜びの歌と共に♪』
彼らは信じられないモノを目にした。
大きさは本当に一握り、握りつぶせば簡単につぶれてしまいそうな大きさ。
けれど懸命に生きようとする生命力を湛えるように
それは心臓、それも赤ん坊ぐらいの子供の心臓の形をしていた。
自分だけが知っている真実。
けれどそれが何を意味するか自分でもわからない。
何を語り、何を語らざるべきか・・・
アキトは意を決して語り始めた。
「新プラントに何もなかった」
査問委員会の面々は息をのんだ。それは彼らが望んでいた答えではなかったからだ。
彼らが色めき出す前にアキトは次の言葉を紡いだ。
「ただし、その特異性は記録の通り、バッタ達に表れている」
???
一体アキトは何が言いたいのか?
査問委員会の面々は首を傾げた。
「あのバッタ達は何かしらの自立性を持って行動していた。
まるで自らの意志を持つかのように」
!!!
査問委員達の顔がこわばった。
察しの悪い者も中にはいる。
しかし何人かは彼の言外のほのめかした意味に気づいたようだ。
「バッタ達に知性がある?まさか!」
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」
「見るわけがない!」
査問委員達は口々に叫ぶ。無理もないだろう。
だがアキトは続ける。
「見れないと決めつける理由は?
我々は古代火星文明の何を知っていますか?」
「!!!」
彼らの驚きの顔を見てアキトはポーカーフェイスを続ける。
大丈夫、ハッタリは効いている。
もちろん、あのバッタ達の謎の行動も謎の少年の事も驚いている。全てを話すつもりはないが、多少大げさとしてもこれから起こりうる可能性を指摘する事は偽証している事とはならないだろう。
それにあながち間違いな話をしているわけではない。事件の後から拘束され、考える時間だけは腐るほどあった間に心の中でモヤモヤしていた事でもある。
「現在、我々はバッタなどのプラントで生産された自動兵器を使用しています。
彼らはただの演算装置、少し賢い程度のAIを持ったロボット・・・その程度の便利な機械として扱ってきました。
しかし、実は彼らに自我があるとしたら?
いえ、自我が芽生えつつあるとしたら?」
仮定に仮定を重ねている事はわかっている。
しかし、アルストロメリアが記録していたバッタ達の映像はそれを想像させるに十分な説得力を持っていた。
そして何より彼らと会話したとおぼしき人物の言葉である。
その男が闇の王子の頃の姿でそう発言すればどれだけの人間が疑えるだろう?
「さて、今現在地球圏、火星圏、木星圏にどれだけのバッタ達が存在していますか?」
「それは・・・」
委員の誰かが呻く。
数えるまでもない。
溢れかえる者達を数えて何か意味があるのだろうか?
「新プラントでのバッタ達の行動を公表したとして・・・
さて、何人の人達が傍らに存在する忠実な僕と思い続ける事が出来るでしょうか?」
「出来るかどうかなど・・・」
普通の想像力があれば、社会の中で使役しているバッタ達がいつかあのような謎の動きをするのではないか?と想像を巡らす事は堅くない。
「忠実な僕か、あるいは得体の知れない『古代火星文明の生物』か・・・
さて、公表しますか?」
アキトは問う。
パニック覚悟で公表するか?
それとも秘密にし、たとえ異変が見つかったとしても単なる故障として事実を葬り去るか・・・
もちろん、全てはアキトのハッタリで根拠や可能性などどこにもない。
ただ、それを信じるに足る信憑性だけがこの部屋を充満していた事だけは確かだった。
「新プラントを調査し、ありのままを公表する。以上だ」
それが査問委員会が下した結論であった。
アキトの査問をユリカ達は何とも言えない表情で聞いていた。
「落としどころとしては良いところだけど・・・」
「だけど?」
「アキトのアレはハッタリか否か?って事」
ユリカは疑問を口にする。
確かにあの場面では何かしらの秘密を査問委員会に提供し、なおかつそれが公開出来ない類の内容である必要がある。
そしてそれは真実みを帯びていなくてはいけない。荒唐無稽ではダメだ。
その意味で今回の事件を間近に見ていた者達なら『バッタ達に自立意志が目覚めつつある』という内容は実感を持って信じられるだろう。
為政者ならその自由意志が他のバッタ達にも発生しうるとしたら、その脅威とそれがもたらす混乱を想像出来るであろう。
だが、それは単なる杞憂なのでは?アキトの心配しすぎなのであれば?
「なんか、アキトさんの言った事が外れていて欲しそうな顔ですね?」
「え?」
顔に考えが出ている事をルリに指摘されてユリカは顔を整え直す。
「少なくとも査問委員会が脅威に思ってくれるぐらいに真実みがあってくれないと困るけど、それが真実になってもらっても困る・・・そんな顔をしてます」
「顔に出てた?」
「ええ」
「うにゅぅぅぅ〜」
ユリカは頭を掻きむしった。
嘘から出た誠・・・言霊があるなんて信じているわけじゃないけど・・・
ユリカの心はイヤな予感が警鐘を鳴らすのであった。
同じ発言を聞いて、ユリカとは違う感想を持った人物がいた。
「バッタが自我を持ち始めているというテンカワの分析はあながち間違いじゃないか」
「でも、テンカワさんの考えすぎじゃないですか?」
「どうかな?調査してみる必要あるんじゃないかな」
ジュンとケンが覗き見用のウインドウを見ながら内容を議論していたが、一人だけその議論に加わらない人物がいた。
「そんな事を聞きたかったんじゃない!」
「シオンちゃん・・・」
彼女は父の発言に裏切られた気持ちでいっぱいだった。
どうして真実を言ってくれなかったのだろうか?
もちろん、それが理不尽な要求である事は理解している。
けれど、あの日あの場所で起こった事がバッタが自我を持ったとか、彼女にとってはただの状況の一部でしかない。
重要なのはそんな事ではないはずだ。
そんなことでは・・・
自分が知りたかったのは・・・
パパに語って欲しかったのは・・・
「私はパパがあの場所で何を見たのか聞きたかった・・・」
それが幼い日に見たパパの背中の理由を、あの背中が私にひた隠しにしたこの遺跡の真実を教えてもらえると思ったのに・・・
だが、その感傷は長くは続かなかった。
アラートが連合軍本部の館内に響き渡った。
その全く別のところで発生した事件の報によりあらゆる人の現在の関心事を中断させられたからである。
アラートは当然査問委員会の議事室にも響き渡っていた。
「何!ニクスでバッタ達が・・・ストライキ!?」
ニクスとは資源採掘用にアステロイドベルトから引っ張ってきたプラントである。現在はラグランジュ3に係留し、バッタ達が資源採掘を行っているはずの場所であるが・・・
「はい!作業を行っていたバッタ達が人間達を施設から追い出して、なにやら要求を行っているのですが・・・」
「行っているって、何をだ!」
「いえ、それが誰も言葉が通じないため、何を要求しているのかさっぱり・・・」
要領を得ない説明が委員会をさらに混乱させた。それだけ今回の事件が想定外だったという事であろう。
『まさに瓢箪から駒って所か・・・』
アキトは心の中で頭を抱えた。何もかましたハッタリがこうもすぐに現実にならなくても良いだろうと溜息をつかずにはおれなかった。
もちろんそんな内心など表情には出さない。むしろそれ見た事かという顔をする。
「なるほど。事態は思ったより早く進行しているようですね」
「テンカワ君、君は・・・」
「今回の事件、もし想像通りならボタンの押し間違えで他の地域に波及する可能性も考えられますね」
今回の事件の調査と解決を自分に、いや自分達ナデシコに任せろと言外に訴える。
そう言った瞬間の委員達の顔を見てアキトは確信する。
この査問委員会は終わったのだと。
ユリカ「あれは思いっきり厄介事を押しつける先が見つかったって顔だねぇ」
ルリ「しかし、ナデシコが一番ボタンの押し間違えをし易いように思えるんですけど」
メグミ「仮にも2、3年前は身内だったんだから、それはあんまりですよ」
ルリ「まぁ押し間違えといっても、悪い方のさらに斜め上ですからね」
ラピス「それってマシになるって意味?」
ルリ「まぁある意味そうかもしれませんね」
エリナ「誰にとってのマシなのかはわからないけどねぇ」
奥さん’sも事の成り行きには驚いているものの、取りあえずは軽口を叩けるぐらいには安堵している。バッタ達のストライキであれば、アキトの処刑よりは与しやすいだろう。
でも・・・
「本当に偶然だったら良いですね」
「まぁね」
ルリの呟きにユリカが同意する。
偶然であってくれるように、アキトの語った事が真実にならないように願いながら。
「やれやれお偉いさんの相手は疲れる」
アキトは査問委員会から解放されて、別室に戻ってきた。
「パパ!」
ドン!
ぎゅぅううううう!
シオンはアキトの姿を見るなり、彼の胸に飛び込むように抱きついた。
「オイオイ」
「心配したんだから・・・」
言いたい事は山ほどあった。
何故本当の事を話してくれなかったのか
あの時何を見たのか
何を知っていて何を知らなかったのか
聞きたい事が頭の中をグルグル駆け回っていた。
でも、それは言葉にならなかった。
「どうして・・・」
何がとは言わなかった。
ただそれだけでアキトはわかったかのように呟いた。
「まぁハッタリが現実になるとは思わなかったけど」
「ウソだったの!?」
「いや、現実にはなって欲しくなかったけどね。
でも・・・」
「でも?」
アキトの言葉にシオンは思わず尋ねる。
それは父が真実を語ってくれるかもしれないと期待して。
「君が知っている歴史の中の俺が語った言葉は、俺が今語った内容とさして変わらないはずだ。だから君が知りたかった真実は多分ここにはない。」
「ここにはないって、そんな・・・」
「でも真実はこれから君の前に現れる。
どんな形なのか正直俺にはわからない。
未来の自分が何故君にそんな風に接したかも今の俺にはわからない。
でも、もう少しだけなら付き合ってあげよう」
「パパ・・・」
「差し当たってはバッタ達の暴走を止める事かな」
アキトは不器用にウインクしながら答えた。
シオンにとってその不器用な笑顔はこの上もなく心温まるものであった。
知りたかった真実はここにはなかった。
でも知りたい真実はこの先にあるかもしれない。
それをパパと一緒に見つける。
それは喪失した物語を埋めて余りある、シオンにとっての真実だったのかもしれない・・・
この後、ナデシコCに対してプラント・ニクスで起こった騒乱の事態収拾の任が与えられるのであった。
ということでナデシコNG第19話をお届けしました。
・・・え〜〜取りあえず第1部を終わらせるだけはしておこうかと思っておりましたが、単にグダグダ怠けていたというか、エピローグっぽいものをどのように書こうか悩んでいたというか、そういう感じで前話から1年以上もかかってしまったわけですが。
多分、第2部以降もボチボチ続けるとは思います。頻度としては以前ほどのペースではかけないかもしれませんが、紡げる物語を思いつく内はなんとかやっていきたいなぁ〜と思っております。
ということでおもしろかったなら感想をお願いします。
では!
Special Thanks!!
・戸豚 様
・kakikaki 様