人々が群がる新プラント
見捨てられた僻地でただ朽ちるのを待つだけの存在
そこに何があるのか、誰も知らずにそれを求めた
知らぬが故に希望を膨らませ、知らぬが故に己の願望を投影した
未知の新兵器
究極の英知
この世の真理
世界を革命する力
永遠の理想郷
そして母親の行方
けれど真実は意外な形をしていた
とてもとても意外な形をしていた
ああ、これって一応黒プリの続編だったりそうでなかったりしますのでよろしく〜
そこは星々がくっきり見える宇宙空間。
その中にポツリと漂う城のような建造物。
忘れられた聖地、辺境に漂う城
主が戻ることをただひたすら待ち続ける存在・・・
けれど、今彼らは淡い光を煌めかせながら色めきだっていた。
それは主が帰還したからか、待ち人がやってきたからか、焦がれた恋人が帰ってきたからか、待ち続けた者達が騒ぎ始めた。
そんな廃墟に総髪の少年が立っていた。
彼の瞳はルビー、髪は白銀、白いコートを身に纏い、来訪者の到着を眺めていた。
「ようやく来たようだね、遺跡に愛されし娘が。
けれど真実はいつも残酷さ。君にそれを受け入れる準備が出来ているのかな?」
彼の立つ場所はとても人の生きていられる場所ではない。
いや、宇宙服などそれなりの装備を着込めば可能かもしれないが、彼はそういった人類が文明によって勝ち取った生存圏を広げる為の技術を使わずにその場所に立っていた。
「だけど真実は受け取る側によって如何様にもその形を変える。
受け入れる準備が整っていなければ真実はその価値すら失ってしまう。
受け入れるに早いか、それとも遅すぎるか・・・
ともあれ、火星の継承者候補が誕生するまでにはまだ幾ばくかの猶予が残されている。干渉する事は職務に外れるけど、それもまたやむなしか・・・」
彼は語る。
誰に聞かせるともなく。
ただ神話の詩編でも口ずさむ様に・・・
宇宙にポツンと存在するチューリップは光を失っていたが、突如として力を取り戻したようにその口を開いた。開いた口からまるで何かを吐き出すようにボソンのキラメキをばらまき始めた。
「いっちば〜〜〜ん♪♪♪」
チューリップから一番最初に飛び出してきたのは黒水晶の乙女であった。
シオンは一番乗りがよほど嬉しかったのか満面の笑みだった。しかし、それ以外の人々はそうではないみたいだった。
「一番じゃねぇ」
「なによパパ」
「アレを見ろ」
2番乗りで飛び出してきたアキトのアルストロメリアが後ろを指さす。
続いて飛び出してきたアルストロメリア二機がパニックを起こしていた。
「し、死ぬかと思った〜A級ジャンパーの資格取っておいて良かった〜」
「右に同じ・・・」
ヒカルとイズミが青い顔をして冷や汗をかいていた。
「どうして?」
「そりゃいきなりチューリップを通ったからだろ」
「え?みんないつもPゲートを平気で通ってるじゃない!」
未来から来たシオンにはわからない感覚だろう。
Pゲートが当たり前の未来では戦艦や機動兵器はおろか、おおよそ乗り物と名の付くものにはボソンジャンプ機能を装備しており、それらにはA級ジャンパーが乗り込んでいるのが当たり前だ。そうでなければ日常すら送れない。
「この時代の人達は機動兵器なんかでゲートを通らないんだ」
「うそ!機動兵器がボソンジャンプに対応してるんだから当たり前じゃないの」
「だからって、A級ジャンパーが乗っていなかったらどうするつもりだったんだ」
この時代、アルストロメリアや赤光らの機動兵器がボソンジャンプ機能を備えている事は当たり前になりつつあるが、A級ジャンパーまで乗っているとは限らない。
「うそ。機動兵器のパイロットはA級ライセンスを取得するのが当たり前なんじゃないの?」
「・・・そうじゃない奴もいるらしいぞ」
「え?」
『もしかして僕がうっかり出撃してたら異次元の彼方に飛ばされてましたか?』
ウインドウが開いて二人の会話を聞いていたテンクウ・ケンがなんとも言えない顔でシオンに詰め寄った。
「いや、それは・・・」
『忘れてたんですね?』
「イヤだなぁ〜♪
持ってないって知ってたからケン艦長を外したんでしょ♪(汗)」
シオンのその微妙な間が全てを物語っていた。
そういう意味ではPゲートを使ってライラックを追いかけるつもりがなければメグミのTV報道艇はボソンジャンプに対応していなかったかもしれない。
『こ、こちら、メグミ・レイナードで〜す。
いきなりチューリップに吸い込まれてもうダメかと思いましたが、無事脱出する事に成功しました〜
この報道艇がPゲートに対応していたのが幸いとした模様です〜。
で、いまこの場所はというと・・・ぜ、前方になにやら巨大な建造物を発見しました。あれは何でしょう・・・まさか、新プラントでしょうか!?』
滝のような冷や汗を流しながら、それでも実況中継するメグミ。
しかし彼女の努力は決して報われていない、
なぜならナデシコCよりハッキングを受けているからである。
ユリカ「いやぁ〜久しぶりにワクワクしたよねぇ♪」
ルリ「何故ユリカさんはそんなに喜々としているんですか」
ラピス「ルリ姉、ユリカに言っても無駄」
ユリカ「だって、チューリップに突入なんて火星会戦以来だもん♪」
ルリ「チューリップに単身飛び込んで喜ぶなんて木連人だけだと思います」
アララギ「いえ、木連人も喜びませんよ」
とまぁ、ユリカ達もチューリップを無事脱出できて安堵の声を上げていた。
もちろん、前方の巨大建造物も視認している。
ユリカ「ということは、もうここは新プラント付近なんだよね?」
ルリ「そのはずです」
ユリカ「近くに艦影は?」
ルリ「えっと我々以外には木連の艦隊と欧州連合の艦隊が近づいています」
ユリカ「どのぐらいで遭遇しそう?」
ラピス「あと3時間ぐらい」
ユリカ「え?まだ2、3日ぐらい余裕があったと思うけど・・・」
ルリ「というより、私達がチューリップを通った間に3日ほど経過している様です」
ユリカ「時間移動しちゃったって事!?」
ルリ「ヒサゴプランのようにナビゲーションシステムがある訳じゃないですからね」
ユリカ「でも、一応夢幻城の管理が効いてるはずだけど・・・」
何か不安定になっているのか、微妙なタイムジャンプに訝しがるユリカだが、差し迫った問題はそのことではなかった。
アララギ「それよりも、木連軍や欧州連合軍がそこまで近づいているのをどうするかですが・・・」
ルリ「彼らが殺到する前に新プラントの占有権を主張出来る何かを探し出す必要がありますね」
ラピス「あ、向こうもこちらの出現に気づいたみたい。なりふり構わずスピードを上げている」
ユリカ「だと、2時間も無いかもしれないね」
ルリ「で、宇宙軍はどうなさるんですか?」
みんなの視線がアララギに集中する。
アララギ「え?自分ですか!?」
ルリ「私達に機動兵器に乗ってプラントに潜れと?」
アララギ「いや、それは・・・」
アララギもウンとは言いづらかった。何せあの非常識な人達に混じる勇気はとても無かったからである。
アクア「すごく面白かったわね♪シャロンちゃん♪」
シャロン『面白くないわよ!死ぬかと思ったわ!』
アクア「面白かったと思う人〜手を挙げて♪』
六人衆娘。『は〜〜い♪』
アクア「多数決で面白かったの勝ち〜♪」
シャロン『勝ち負けの問題じゃないわよ!』
機動兵器でチューリップを通過したシャロンは冷汗をかいていたが、それ以外の人達は思いっきり楽しめたようだった。
アクア「あ、あれは・・・イメージ通りのお城だわ〜♪」
眼前の新プラントを見つけると、ここがどこだか察したようだ。
そう、それは彼女が思い描いていた城。
赤、青、黄色、様々な色の光があちこちで瞬き煌びやかなお城であった。それは物語の中の様な華やかな舞踏会でも催されているかのようであった。
アクアは目の前にある巨大建造物にいたく創作意欲を刺激された模様だった。
アクア「うわぁ〜♪素敵♪素敵♪素敵♪素敵♪
これはいい絵が撮れそう♪」
シャロン『ちょっと待て、まだ撮影ごっこを続けるの!?』
アクア「もちろん♪お城の中の映像も使いたいからしっかり撮影してきてちょうだいね♪」
シャロン『人の話を聞け!!!』
クリムゾンの面々も一部の人間を除き、プラントへ突入する気満々だった。
「幸い・・・というにはあまり嬉しくないが、全員チューリップを抜けられたようだな。で、これからどうするんだ?」
「もちろん、プラントに潜る!」
「あの、怪しげな光がチカチカする建造物にか?」
「この何年もの間、ただの廃墟を眺めて色あせていない真実の向こう側を想像していた。ようやく真実の奥底に潜っていけるのよ!」
「言っても聞かないか・・・」
アキトの説得の言葉も虚しく、シオンは行く気満々だった。
当たり前だ。
父親が17年前に見たのが何なのか・・・
それを知るために彼女はここまで来たんだから。
木連軍の方にもナデシコC他数隻の反応が新プラント付近に現れた事が伝えられていた。その事で色めきだったのはむしろ彼らの後方に付けている欧州連合の艦隊であった。
通信士「司令、欧州連合艦隊の船速が上がっております」
秋山「だろうな。あの御仁なら血相を変えるだろう」
通信士「アズマ司令の檄が欧州同盟の通信内に入り乱れてこちらにまで聞こえてきています。お聞きになりますか?」
秋山「いや、内容は想像がつく」
木連軍艦隊の司令官秋山源八郎は苦笑する。
とはいえ、欧州同盟艦隊はたとえ脱落者が出たとしても1秒を争うように新プラントに突撃するだろう。そのうち木連軍すら追い越すかもしれない。
さて、迎え撃つか、木連軍も船速を上げて先に新プラントに着くか・・・
「よし、軽巡と高速戦艦はこのまま最大船速で直進、残りはこの場で欧州同盟艦隊を迎え撃て。ただし、戦闘は可能な限り避け、嫌がらせをするだけで良い」
ライバルである欧州同盟の足止めをしつつ、ナデシコ達に恩を売る。なおかつ木連軍も一定のプラント占有権を得る。秋山の考えるバランスとはそのようなものであった。
「んじゃ、ヒカルさん、イズミさん、留守番お願いします。
木連軍とか来たら足止めして下さいね〜♪」
「行ってらっしゃい〜♪」
「は〜い♪」
ヒカルとイズミに見送られてシオンとアキトは新プラントへの突入を開始した。
ヒカル達はとてもではないがナデシコからの電源供給のない素潜りに自信がなかったからである。その代わり木連軍や欧州同盟艦隊が殺到してきたらその足止め担当になる。
「にしても、宇宙軍やクリムゾンの人達を素通りさせて良いの?」
「まぁ、5分で叩き出されるんじゃない?」
ヒカルの心配にイズミは素っ気なく返した。
肌で感じているのだろう。
この遺跡の興奮ぶりを。
生半可の好奇心で首を突っ込んではいけないことを。
足りない
何が足りない?
何が足りないかわからない
でも足りないのはわかっている
それはなぜ?
我らが人ではないから?
我らに心がないから?
我らが創造主ではないから?
まるで中世の城の回廊のような通路を通りながらふとシオンはアキトのアルストロメリアの様子がおかしいので振り返って尋ねてみた。
「どうしたの?」
「・・・いや、なんでもない」
「なんでもないって、なによSOUND ONLYのウインドウなんか開いて」
「いや、それは・・・」
そりゃ、いきなり音声だけの通信をされれば驚くだろう。
それに心なしか、声が黄色いっぽい。
察しの早い方は既にお気づきだろう。
『ちょっと待て、何でいきなりプラントに侵入したら女の体になるの!?』
そう、アキトの体は何故かいきなり女性の体、アキに変身したのだ。
『聞いてないよイネスさん〜』
アキはすっかりパニックに陥っていた。
イネスは周期性はあるものの、一定時間以内に変身をしていればこんな不意打ちのような変身はしないと言っていたが、こんな理由で変身するなんて思いもしなかった。
『やばいッスよ、めちゃめちゃやばいッスよ!
もしこんな姿をシオンなんかに見られた日には・・・』
妄想がアキの頭をよぎる。
『パパがママだったのね・・・』
『いや、待て、それは違う』
『私は変態さんから生まれたんだ・・・』
『いや、産んだ覚えないし』
『で、パパは誰なの?』
『え?』
『もちろん、一人じゃ子供作れないでしょ?もしかして後ろの人?』
『後ろって・・・』
『給料の三ヶ月分だ』
『ナナコさ〜ん』
『いやぁぁぁあぁ!!!』
そんな姿を娘に晒すわけにはいかない。
この先、この体のまま行動するのはすごくやばい。
もちろん、この疑り深い娘を騙し続けるのもそうなのだが・・・
ドゴオォォォォン!
いきなり側面の壁が蹴破られた。もちろん一番想像したくない事態だった。
「『見つけたぞ!我が生涯の伴侶よ』」
「ああああ!こいつまだ降霊中だったか!」
新宮寺サクラ、またの名をソードキャプターサクラ。
狂犬北辰の娘である。
彼女は自らの父親を降霊中であり、最悪の男が娘の体を使って蘇っている最中である。今現在、アキが一番会いたくない人物だ。
「あんた、しつこいわよ!」
現れた黄薔薇の騎士像に猫のように毛を逆立てて威嚇体制を取るPODだが、当の騎士像の目標はシオンではなかったようだった。
「そんなに言うならここで決着を・・・」
「『さぁ、結納をしよう!』」
「いやぁぁぁぁぁ」
黄薔薇の騎士像はPODには目もくれず、アキトもといアキのアルストロメリアに殺到した。もちろんアルストロメリアが一目散に逃げた。
「『待て!我が生涯の伴侶!!!』」
「来ないでぇぇぇぇぇ〜〜」
あっと言う間に回廊の奥に消え去るアルストロメリアと黄薔薇の騎士像。
「さすがサクラ姉さま、見事なカットです♪」
「でも、追いかけている相手が違うくない?」
「そう言われればさっきまでは黒い機動兵器を追いかけていたかも・・・」
「まぁ面白ければそれで良いんじゃない?」
「サクラ姉さまが好きだって言うなら男の人でも女の人でもあまり問題ないし」
「いや、今は姉さまのお父上の北辰様だし」
「「「「「「まぁ、いっか♪後に続け〜♪」」」」」」
6機の白眉も現れたかと思ったら、二人の後を追いかけて回廊の奥に消えてしまった。
「決着を・・・ってこの振り上げた拳のやり場はどうすれば・・・」
置いてけぼりを食らったシオンであるが、彼女にも相手が現れた。
「テンカワ・アキト!ここであったが100年目・・・って、あれ?」
「コレの相手をしろってこと?」
遅れてやってきたシャロンが紅薔薇の騎士像に乗ってキョロキョロ辺りを見回していた。
埋めなければならない
足りないモノを埋めなければならない
それは何?
それは何?
それは何?
『何やってるんですか、アララギ中佐!』
「いや、そんなこと言われましても・・・」
『ファイトですよ!アララギさん』
「ファイトって言われましても・・・」
『アキト死守!』
「いや、死守したいのは山々ですが・・・」
周りを三つのウインドウに取り囲まれて恐縮するアララギではあるが、どんなにお願いされても無理なものは無理であった。
アララギはアルストロメリアで出撃後、新プラント内に突入したものの、入った直後にバッタ達の大群と出会い、目下睨み合いの真っ最中である。
『来るか?来たらやっつけるぞ!』
『いじめちゃうぞ!みんなで飛びかかっちゃうぞ!』
『敵か?敵認定しちゃうか?やっちゃっても良いか?』
『美味しい?食べられる?食べても平気?』
などと円らな瞳が語りかけるかのような威圧感でバッタ達はアララギをなめ回すように遠巻きに取り囲んでいた。
「い、一歩も動けるわけないじゃないですか・・・」
ユリカらの刺すような視線を感じながらもそう言い訳をせざるを得ないアララギであった。
埋められるモノは全て埋めた
でも足りないモノがわからない
だからこうして待っている
運んできてくれるモノを
足りないモノを運んできてくれるモノを
「とりあえずあなたを倒さないと妹のお仕置きが!」
「そんなこと知らないわよ!」
ドゲシィィィ!
PODの蹴りが紅薔薇の騎士像に決まった。
回廊の奥に派手に転げていった。
「いきなり何をするのよ!」
「私はあなたに構っている暇なんかないのよ」
「まったくテンカワ・アキトといい、生意気なのよ!」
「パパの悪口を言うな!」
ドゲシィィィ!
邪険に扱われるシャロンであるが、彼女がシオンに敵うはずがなかった。
それどころか、段々余計なモノまで寄りつき始めていた。
『なんだ、なんだ、オレっちの縄張りに入りこみやがって』
『騒がしい奴は叩き出すぞ』
『せっかくのお祝いなんだ、雰囲気を壊すんじゃねぇ』
バッタ達が現れて紅薔薇の騎士像を取り囲み始めた。
「ひえぇぇぇぇぇぇ〜〜!なんなの、このバッタの大群は!」
「こいつらの巣がこの近くに!?」
シャロンは今までこんな場面に遭遇したことがないのか、両手をあげてすくみ上がった。逆にシオンは過去に遭遇したことがあるので思わず身構えた。
しかし何か様子が違っているようだ。
バッタ達がシオンを慕うような瞳で見つめて、何かを語りかけているようなのだ。
『こいつをどうします?姐さん』
『しめますか?しめちゃいますか?』
『姐さんを侮辱した罪、万死に値しやす』
『やっちゃいましょうよ』
雰囲気を察するとそんな感じらしい。
「えっと・・・」
「ちょっと待ちなさい、コイツらに何を頼むつもり!?」
シャロンが悪い予感に感づいてシオンに懇願する。
「いや、まぁお約束だし・・・」
「ちょ、ちょっと、待っ・・・」
「やっておしまい!」
『あらほらさっさ♪』
「やめてぇぇぇぇぇぇ〜〜」
シオンの言葉に呼応するようにバッタ達は敬礼すると紅薔薇の騎士像を持ち上げて回廊の奥に連れ去ってしまった。
後に取り残されたシオンはというと・・・
「・・・まぁ良いか。パパを探しに行こう」
今一つ釈然としないものを感じながらも、シオンはアキト達を追いかける事にした。
足りないモノを埋め合わせたら何が出来る?
それは創造主?
それは理解者?
それは母親?
それは後継者?
回廊内を疾走するようにアキのアルストロメリアが飛び回っていた。もちろん、変なおじさん・・・もとい、変なおじさんに憑依された少女から逃げ回っていた。
「サクラ姉さま〜待って下さい〜」
「ダメです〜もう少しでエネルギー切れです〜」
「フィルムもなくなりそうですわ」
「帰っちゃおうよぉ〜」
「でもあとでアクアさまにお仕置きされちゃうかも〜」
「だって帰れなくなっちゃうし〜」
六人衆娘。達が次々脱落していく中、一人父親憑依中娘はアキを追いかけていた。
「『何を恥ずかしがっている、我が生涯の伴侶よ』」
「恥ずかしがってないわよ!っていうか、あんた、なんで大霊界に行って来ても同じ台詞なのよ!」
グワシュゥゥゥゥ!!!
バキイィィィィ!!!
ゴキュウゥゥゥゥ!!!
アルストロメリアと黄薔薇の騎士像は激しい殴り合いを行いながら回廊を疾走していく。
その戦いを観察するモノがいたら白熱する戦闘に驚嘆したであろう。
だが・・・
『あれ?こいつ、こんなに弱かったっけ?』
アキはしきりに首を傾げる。
確かに娘に憑依しているのだから多少は割り引くにしても、殺気などは往年の北辰そのままだ。にもかかわらず、今の北辰を物足りないと思っている自分がいる。
「『ぬぬぬ、なかなかやるな!』」
「・・・あんた、本気出してる?」
「『なに?本気で付き合いたいと!?』」
「いや、そうじゃなくて!」
「『そうか、強引な方がいいんだな?』」
「違うって言ってるでしょうが!!!」
ドゲシィィィィ!!!
お姉ちゃんキックを食らわせると思いっきり吹っ飛ぶ黄薔薇の騎士像。
『あれれ?』
やっぱりお姉ちゃんキックが簡単に決まるのが意外だった。
とはいえ、さすがにゴキブリ並の生命力を誇る北辰親子。あっさりと復活した。
「『嫌よ嫌よも好きのうち』」
「あんたもいい加減に寝てろよ」
「『なに?早速伽をしたいと?』」
「誰が!」
「『気にするな。我に問題はない!』」
「どういう意味だ!」
もう一度やり合うか!と身構えたアキであるが、今度は様子が違っていた。
『排除!排除!排除!』
『邪魔!邪魔!邪魔!』
『捨てろ!捨てろ!捨てろ!』
黄薔薇の騎士像の周りをバッタ達が取り囲んでいた。
どうも瞳は真っ赤で怒っているようであった。回廊を埋め尽くすほどの大群のバッタで、まるで赤い絨毯が敷き詰められているかのようであった。
「『む、ここまでか・・・』」
降霊術の時間が来たのか、単にこの事態の後始末を取りたくなかったからか、さっさといなくなる北辰の霊。残されたサクラは意識を取り戻すが、当然目の前の光景を見て驚く。
「ん・・・妾は一体何を・・・ええぇぇぇ!?」
『捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!』
『捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!』
『捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!』
『捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!』
『捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!捨・て・ろ!』
「あ〜〜れ〜〜助けてたもれ〜〜」
赤い絨毯もといバッタの大群達は黄薔薇の騎士像を抱え上げた後、連れ去ってしまった。
「何だったの?一体」
呆気にとられるアキであるが、異変は彼女にも起こった。
バッタの大群が彼女の周りを取り囲んだからである。
ずもももも〜ん
「な、なに!やるか!」
思わず身構えるアキ。
しかしサクラの時とは明らかに対応が異なっていた。まるで青の絨毯のように回廊を埋め尽くし始めた。殺気ではなく穏やかな空気が辺りを包んでいた。
「敵・・・って事はないようだけど・・・」
するとバッタ達はなにやら喜ばしげに騒ぎ始めた。
『見つけた♪』
『見つけた♪』
『見つけた♪』
『欠けたパーツが♪』
『埋めても埋めても足りなかったモノが♪』
『我々が作れなかったモノが♪』
『見つけた♪』
『見つけた♪』
『見つけた♪』
『これで生まれる♪』
『これで救える♪』
『我らに目的を与えてくれたモノを♪』
『運ぼう♪』
『運ぼう♪』
『運ぼう♪』
「ちょ、ちょっと・・・」
バッタ達はアルストロメリアを抱え上げるとそのまま回廊の奥へ連れていった。
アキは何故か抵抗が出来なかった。
それは我らの愛するモノ
目的もなく打ち捨てられた我らに目的を与えてくれたモノ
我らの庇護がなければ存在すら危ういモノ
ただ見守るというだけの目的を与えてくれたモノ
故に我らはソレを愛する
それが我らの望み
命がない我らに愛を教えてくれたソレを誕生させるのが我らの望み
新プラント宙域に木連軍が到着した。正確には欧州連合の艦隊を引き連れて。
『やぁ、テンクウ・ケン、久しぶりだな』
「秋山准将!」
『すまんかった。もう少し欧州同盟を抑えようと思っていたのだがな』
「いや、それは構わないのですが・・・」
『かまわんことはないだろう。あの蛸入道は話が通じない。本当に新プラントを守りたかったら力ずくになるぞ』
開口一番、ナデシコCのブリッジに木連軍の秋山から忠告の通信がきた。
それ程までに後続の欧州連合艦隊はなりふり構わず迫ってきていた。
『新プラントは我々のモノだあぁぁぁあぁ!!!』
暑苦しい顔で現れたのは欧州連合司令官アズマ准将であった。
『貴様ら、即刻プラントから手を引け!さもなくば全員蹴散らしてくれる!!!』
「そんな無茶な。我々は先ほどから新プラントの調査を開始しているわけで」
『ならば実力行使で排除してやっても良いんだぞ!』
相変わらず高飛車な物言いに辟易するケン。もちろんナデシコCのブリッジはおろか、周りの艦も同じ感想を抱いたであろう。
「艦長、システム掌握しちゃいますか?」
「いやぁ〜それだとこちらから宣戦布告したことになっちゃいますし、後々面倒な事になっちゃいますし・・・」
『うちの足止め部隊もあの強引さに何もさせてもらえなかったらしい』
ハーリーが手っ取り早い解決策を提案をするが、安易にそんなことが出来るなら秋山が足止め部隊に攻撃を許したであろう。誰も軍事バランスを崩す引き金は引きたくないし、安易に引いてもまずい。
あくまでも彼らは新プラントの調査にやってきているのだから。
引き金を引かせるとしても欧州同盟艦隊からにさせたいが、一隻で来ているナデシコCや宇宙軍などはその一撃を食らっただけで再起不能に陥りそうだ。
『ガハハハハ!調査は我々に任せておけば良いんだ!
邪魔だからさっさと道を開けてもらおう!』
アズマは艦隊の数に任せた強引さでどんどん新プラントに近づこうとする。
「ヒカルさん、イズミさん、足止めお願いします!」
「いや、そんなこと言われても・・・」
「多勢に無勢・・・」
ヒカル達のアルストロメリアだけでどうしろと?と愚痴も言いたくなる。攻撃して良いならまだしも、武力行使せずに戦艦十数隻の進軍を止めろと言うのもどだい無茶な話だ。
と、その時異変が起こった。
「あ〜〜れ〜〜〜〜」
新プラントから機動兵器が吐き出されるように脱出してきたのだ。
アララギのアルストロメリア
ルリ「アララギさん、どうなされたのですか?」
アララギ「いや、バッタ達の大群に追い出されまして〜」
ラピス「アキトの様子は?」
アララギ「それがさっぱり・・・」
ユリカ「そんな〜〜」
それだけではない。
六人衆娘。の白眉、
シャロンの紅薔薇の騎士像、
サクラの黄薔薇の騎士像も吐き出されてきた。
アクア「あらあら皆さん、どうされたんですか?」
六人衆娘。「「「「「「エネルギーとフィルム切れで引き返しました〜♪」」」」」」
シャロン「バッタの大群が!バッタの大群が!バッタの大群が!」
サクラ「いや、何がなんだか・・・」
アクア「もう一度突入♪」
六人衆娘。「「「「「「無理っぽいかも〜♪」」」」」」
シャロン「二度と嫌よ!」
サクラ「それだけはご勘弁を〜」
アクア「お仕置き♪」
一同「ひいぃぃぃぃ!!!」
アクア「というのは可哀想だから、あの無粋な人達をお仕置きしたら許してあげる♪」
アクアはそう言うと出てきたばかりで事態を把握していない少女達に向かってあらぬ方向を指さした。欧州同盟艦隊の方角を。
お仕置きと欧州同盟艦隊との戦闘
二つを天秤に掛けて出された結論は説明不要であろう。
『こちら、レポーターのメグミ・レイナードです。
なんとクリムゾン所属と思わしき機動兵器が欧州連合艦隊に攻撃を加えました!
新プラント宙域でなし崩し的に戦闘が始まっております!
って、まだ中継機材直らないんですか〜〜』
どこにも届かないメグミの実況中継の様子通り、欧州同盟とクリムゾンの戦闘が始まってしまった。
『なんだ、貴様らは!!!』
「仕方ないでしょ!妹を怒らせたら後が恐いんだから!」
『訳の分からないことを言うな!邪魔をするというのなら蹴散らすぞ!』
「やれるものならやってみろですわ!」
『なんだと!そっちがその気ならやってやるわ!
ステルンクーゲル全機出撃!
なんだと、戦闘するなだと!
貴様!我が軍の参謀のくせに利敵行為に組みするつもりか!
は、離せ!!!』
などとクリムゾンの攻撃に暴れるアズマの怒号が宙域に響く。
もちろんナデシコと宇宙軍と木連軍の偉い人達が「我々の今までの苦労は一体何だったんだ」と嘆きながら頭を抱えたことはいうまでもなかった。
その時!
キラキラキラ!
「な、なに!?」
突然新プラントが眩い光に包まれた。
ハ〜レルヤ♪
ハ〜レルヤ♪
ハレルヤ♪ハレルヤ♪
ハレ〜ルヤ♪
みんなはその光に見とれ、戦いの手を止めた。
そして音など伝わるはずのない真空の海に確かに何かを祝福するかのような賛美歌が流れたのを聞いた気がした。
彼の者はその歌声を聞いて呟く。
「ほほう、見捨てられし者たちが歓喜の声を上げるのか。
それが歓喜の歌などと知るほどの知性もないだろうに。
けれどまだ継承者は目覚めない。
この早すぎる事象・・・やはり介入するしかないかな」
星空を眺めて呟く少年は手の中の青い貴石に光を灯す。
次の瞬間、少年の姿は虚空に消えた。
「ここは?」
アキがバッタ達に導かれてやってきたのはプラントの最深部、大聖堂と思われる巨大な空間であった。
巨大なだけで何も存在しないだだっ広い空間だ。
「しかし、何のためにこんな所へ・・・」
アキが訝しがって辺りを見回す。
ここが終点なのだろうか?
こんな所に連れてきて何をしたいというのだろうか?
『さぁ、欠けたモノを下さい』
『さぁ、欠けたモノを下さい』
『さぁ、欠けたモノを下さい』
バッタ達は手を差しのべるように要求する。
「下さいって言われても・・・」
アキは戸惑う。意味がわからない。
『あなたが運んできたモノを』
『あなたが運んできたモノを』
『あなたが運んできたモノを』
バッタ達はさらに要求する。
「私が何を?」
『生み出すために』
『生み出すために』
『補うために』
『補うために』
『我々には生み出せないモノを』
『我々には生み出せないモノを』
『さぁ次世代のために』
『さぁ次世代のために』
いつのまにかバッタ達は膨れ上がるような数で大聖堂を埋め尽くしていた。
「だから、何がなんだかわからないんだってば!」
アキは叫ぶ。一体何を要求されているというのだ!?
バッタ達は紡ぐ。
すると大聖堂に巨大な図版が浮かび上がった。
それはフォログラフの様に立体的で、向こうが透けて見えた。
「な、なによ、これは!」
紡がれる。それは螺旋
紡がれる。それは螺旋
紡がれる。それは螺旋
目の前に広がるのは螺旋、二対の螺旋
それが何十本も並んでいた。
『ここが欠けている』
『ここも欠けている』
『あちこち欠けている』
『我々にはわからない』
『機械の我々にはわからない』
『だから教えて』
『何が欠けているのか』
『あなたの持っているその情報で』
『欠けている部分を教えて』
バッタ達が欠けている部分を指さす。確かに螺旋の一部が所々欠けている。
「確かに欠けているけど、私が何をどう教えたらいいのか・・・」
アキはそこまで言ってハッとした。
この図版はどこかで見覚えがあった。あれは確か主治医イネス・フレサンジュから見せてもらった気がする。
『短期間でDNAが書き変わってるの』
『どうして?』
『さぁ。でもひょっとしたらあなたの中のナノマシーンがアマガワ・アキという人物のDNAを失いたくないかのような・・・』
『失いたくないってどういう意味ですか!?』
『さぁ、私にもわからないわよ』
見せてもらったのはDNAの塩基配列。
テンカワ・アキトとアマガワ・アキの違いを比べて見せてもらった。
確かに違う。同じ人格、同じ魂を持っているのに比べれば別のDNAだ。
そう目の前に広がる図版はその時見せてもらったDNAの塩基配列に似ている。もちろんそれがその時の配列と全く同じかどうかを判別するほど彼女は記憶力は良くなかったが。
『さぁ教えて』
『さぁ教えて』
『欠けたモノを』
『欠けたモノを』
『欠けたまま打ち捨てられたモノを助けるために』
『それは誕生』
『目的もなかった我らに目的を与えてくれた』
『見捨てればすぐに消えてしまう存在』
『見守りたいという目的を作ってくれた存在』
『存在する意義を教えてくれた存在』
『それは夢』
『それは希望』
『故に我らの継承者』
『だから教えて』
『だから教えて』
『欠けたモノを』
『欠けたモノを』
『誕生を祝福するために』
バッタ達は歌うように思いを奏でた。
ピカーーーーー!
「な、なに!?」
すると、図版と共にアキの体が光り始めた。体中にナノマシーンのパターンが浮かび上がる。すると目の前の図版の欠けた部分が埋まり始めた。
「な、なにが起こっているんだ!?」
気づくと女性の体が消えて、男性の体に戻っている。
テンカワ・アキトに戻っていたのだ。
ど、どういうことだ!?
そんなことに戸惑う間もなく・・・
「パパーーー!」
大聖堂にシオンのPODがやってきた。
「やっと追いついた。平気だった?」
「・・・ああ、なんとか」
一瞬女性のしゃべり方を誤魔化そうと思ったが、男性に戻っていることに気づいてアキトはウインドウ通信で普通に話すことにした。その姿を見れて安心したシオンであったが、目の前に広がっている光景がそんな気持ちを一瞬で吹き飛ばした。
大聖堂を埋め尽くす、バッタ、バッタ、バッタの大群。
そして何より驚くのは空中に描かれた巨大な図版であった。
「ちょっと、一体コレはなんなの!?」
「・・・さぁ、俺にも何がなにやら」
けれど、驚く親子に関係なくバッタ達は歓喜の声を上げた。
『生まれる』
『生まれる』
『欠けたモノが補われた』
『欠けたモノが補われた』
『さぁ産み出そう』
『さぁ産み出そう』
『祝福をもって』
『祝福をもって』
『我らの希望を』
『我らの希望を』
バッタ達はまるで歌うように音を奏でた。
すると図版は見る見る内に小さくなる。
それはボソンのキラメキ
図版の二重螺旋はそれぞれボソンのキラメキに変わり、大きさを急速に縮めていく。
聖堂一杯の大きさだった図版はやがて野球ボールの大きさになり、パチンコ玉の大きさになり、やがては見えぬ程の大きさになった。
いや、違う。
それがDNAとするのなら、それを内在する細胞膜がその周りを取り囲んだ。
そのまま縮小されていく中、それはさらに1個の細胞を纏う。
1つの細胞は2つに分裂し、さらに4つに分裂し、もっと多くの細胞に分裂した。
「な、何が起こっているんだ・・・」
「あうぅ!」
ズキン!
「どうした、シオン」
「む、胸が・・・」
目の前の光景に驚くアキトと異なり、隣のシオンは突然胸を押さえて苦しみ始めた。
シオンが苦しみだしたのは偶然か?それとも必然か?
彼女の様子を気遣う間も目の前の変化から目が離せなかった。
細胞はさらに分裂を続け、徐々に何かを形作り始めた。
「はぁはぁはぁ・・・」
「大丈夫か・・・あ、あれは!?」
「ぱ、パパ、一体何がどうなって・・・」
「いや、あれは・・・」
「え?」
シオンは締め付けられる胸の苦しみに耐えながら正面を見た。
そこには信じられないモノがあった。
「うそ、なによ、あれ・・・」
シオンは呻く。
自分の目が信じられない。
それほど意外なモノが目の前に浮かんでいたからだ。
『欠けたモノが出来上がった♪』
『欠けたモノが出来上がった♪』
『さぁ、与えよう♪』
『さぁ、与えよう♪』
『喜びの歌と共に♪』
『喜びの歌と共に♪』
彼らは信じられないモノを目にした。
ドクン、ドクン
ソレは確かに鼓動していた。
小さい、本当に小さい、けれど確かな力強さを湛えて
ドクン、ドクン
大きさは本当に一握り、握りつぶせば簡単につぶれてしまいそうな大きさ。
けれど懸命に生きようとする生命力を湛えるように
ドクン、ドクン
「心臓!?」
それは確かに鼓動打つ人間の心臓であった・・・
さて、外ではまばゆく光り始めるプラントに一同は浮き足立っていた。
ユリカ「中がどうなっているかわからないの!?」
ルリ「ダメです、データが全て遮断されます」
ラピス「アララギ、侵入して確認!」
アララギ「無理ですってば〜」
ライラックでも必死の情報確認が続くが徒労に終わっている。
ケン「ハーリー君、システム掌握は無理ですか?」
ハーリー「済みません、無理のようです」
ケン「こちらからの通信の呼びかけにテンカワさん達は答えてくれませんか?」
コトネ「先ほどからPODとアルストロメリアに呼びかけていますが応答ありません」
ケン「ヒカルさんにイズミさん、直接中に入って・・・」
ヒカル「無理だって〜」
イズミ「欧州同盟の応戦しているけど・・・」
ナデシコCも状況を掴めていない。
アズマ「行け!突っ込め!新プラントは我らの物だ!!!」
通信士「無理です!内部に侵入しようとしたステルンクーゲル部隊が尽くはじき出されています!!!」
欧州同盟艦隊もなすすべもない。
秋山「しかし、なんだ。こんな事態に立ち会うなんて幸運なのか、不運なのか・・・」
木連側もこんなバッタ達の行動は初めてのようだった。
アクア「シャロンちゃん♪サクラちゃん♪もう一度突入お願い♪」
シャロン「無理に決まってるだろ!」
サクラ「アクア様は妾達に死ねと!?」
アクア「死なない程度に頑張ってきて〜♪」
クリムゾングループも懲りずに何度も再突入しているが、そのたびにはじき返されていた。
メグミ「中継装置はまだ復活しないんですか〜〜」
メグミはここ一番でレポート出来ずにいた。
そんな外の喧噪を余所に、プラント内では事態がもっと混迷化していた。
「あれって心臓・・・だよね」
「ああ、俺達の目がおかしくなっていなければな」
そう、それは人間のモノらしき小さな心臓だった。
小さな心臓はどこにも血管が繋がることもなく、神経にも繋がることもなく、血液を送り出すこともなく、それでも懸命に鼓動を打っていた。
そんなモノをなぜバッタ達が作り上げたのか、
そんなモノをどんな技術で作り上げたのか、
そんなモノが何故存在しているのか、
そんなモノがどのようにして今も鼓動を打つことが出来るのか、
そしてそのことにどんな意味が存在するのか、
全てがわからないことだらけであった。
ドクン、ドクン
シオンはあの心臓を見ると胸が締め付けられるように苦しむ。
それが何故かわからないが、とにかく苦しいのだ。
「あ・・・」
「どうした!?」
シオンは思わず手を出しそうになるが、アキトがそれを抑えようとした。
けれどPODの腕はシオンの思考をダイレクトに反映してその心臓をつかみ取ろうと藻掻いた。
と、その時、予想外のモノはさらに現れた。
キラキラキラ
ボソンのキラメキが虚空に現れた。
「歌は良いね」
彼の者の総髪は白銀
彼の者の双眼はルビー
彼の者の出で立ちは白きコート
真空のはずの大聖堂に彼の者は何ら保護するモノを纏わずに生身の姿で現れた。
その少年は周りに視線をめぐらしながら呟く。
真空のはずなのにその言葉はアキト達の心にも響いた。
「歓喜の歌はいつ聴いても心地良いものだね。
だけど、生み出すにはまだ早すぎるよ」
ザワザワザワ!
その少年の台詞に今まで喜びに満ちて歌っていたバッタ達は途端に殺気だった。大聖堂の全てのバッタが殺気立てば恐ろしいほどの怒気をはらむ。聖堂内を埋め尽くしていた青い光は一瞬にして赤い光に変わった。その異様さは筆舌しがたいものがある。
しかし少年はそれをさらりと受け流した。
「心配しなくても良いよ。握りつぶそうって言うんじゃない。
ただ時が満ちるには早すぎただけ。
それまで僕が預かっておこうと言っているんだよ」
ザワザワザワ・・・
バッタ達が互いに顔を見合わせてなにやら相談を始めた。
「ほら、目の前の彼女も苦しがってるでしょ?」
少年はシオンの方を見やってウインクをしてみせた。
「ちょ、ちょっとあんた、それどういう意味よ!」
「胸が痛むということは君がまだ真実を受け止める事が出来ていないということだよ」
シオンの問いに少年は答える。
「意味がわからないわよ!」
「真実とはそれを受け止める者によって如何様にも形を変える。
人は自らの望む真実しか見ようとしない。
真実を歪め、自らの都合の良いように改変する事さえある。
真理は一つだけど、真実は人の数だけ存在する。
そして真実は時間によって変化してしまうことさえある。
君にとってこの真実が今は胸の痛みという意味しか持たなかったということだよ」
「なによ、そのはぐらかすような言い方は!」
「心配いらないよ。真実を受け入れられるようになれば自ずと明らかになる。
人に聞くより自ら見つけだすことが肝要だよ」
少年の答えはまるで哲学のようだった。
「それで、お前は敵か、味方か」
静かにアキトはアルストロメリアのハードナックルを構える。
返答如何によってはいつでも襲いかかれる体勢だ。
「僕は傍観者にして調停者さ」
「・・・つまり敵でも味方でもないということか?」
「ただ、早すぎた事象へ介入しに来ただけさ」
アキトが攻撃してこないことを確信すると、少年は宙に浮かぶ心臓を指さす。
するとバッタ達の相談も終わったようだ。
瞳の色が赤から青に変わる。
「彼らも納得したようだね。それじゃ・・・」
「ちょっと待って、それは・・・」
シオンは声にならない声を上げた。
アレがなんなのかさっぱりわからない。
あの心臓が胸の痛みに関係するのかさえ。
けれど思わず手が伸びた。
バサァ!
しかしそれよりも早く少年は心臓に自らのコートをかぶせる。
そしてマジックよろしくコートを翻すとそこには既に心臓が存在しなかった。
「あ・・・」
それは喪失感。胸の痛みは消えたけど、ぽっかり穴が開いたような気分に苛まれた。
「それじゃ、僕はこれでお暇させてもらうよ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
役目は終わったとばかりに立ち去ろうとする少年をシオンは思わず呼び止めた。
「何かな?」
「これは一体何なの!あなたは一体何をしたの!あなたは一体何者なの!」
「そんなにいっぱい答えられないなぁ〜」
「ふざけてるの?」
「そんなことはないさ。けれどこれを見て胸の痛みを受けているようならどんな真実も受け止められない。
違うかい?」
どこか人を煙に巻こうとする少年に苛立ちを隠せないシオン。
「なら一つだけ答えて。あなたは一体何者なの?」
「さっきも言ったとおり、傍観者にして調停者さ」
「ふざけないで!」
いちいちはぐらかそうとする少年に怒りをぶつけるシオン。
少年は観念するように肩をすくめる。
「これ以上の介入は御法度なんだけど・・・
とりあえずマルスとでも呼んでくれるかな」
「また会うことはあるの?」
「質問は一つのはずだけど・・・」
シオンはキィ!と睨む。少年はやれやれと肩をすくめる。
「多分また会うことになるかもね」
「その時は教えなさい。あなたの言う真実とやらを!」
「胸が・・・」
「その時まで苦しくならないようにしておくわ!」
「結構♪」
謎の少年マルスはシオンの言葉を満足そうに聞くとそのまま虚空に消えた。
後にはボソンのキラメキしか残らなかった。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
心配そうに声をかけたアキトにシオンは気丈に答えた。
母親の手がかりを探しに来たはずなのに、
あの日の父親の悲しい顔のわけを知るはずだったのに、
知りたかったことが全てわかるはずだったのに、
結局、何もわからず、謎だけが残った
確かに何もなかった。
何もなかったとしか他人には言いたくなかった。
何かあったかなんて、誰にも知られたくなかった。
だから新プラントに何もなかったと言った父の気持ちだけは分かった。
いや、本当はわかっていなかった
わかったつもりになっていただけだった。
この時は真実があんなに重いなんて思いもしなかった・・・
ということでナデシコNG第18話をお届けしました。
足かけ十数話かけた新プラント編の結末がこんなになるのってどうよって気はしますが(汗)
ともあれ、一応当初考えていたとおりの内容です。これをナデシコという枠組みで語って良いのかどうかという問題はありますが、何となく終着点みたいなものは思い浮かべています。
そこまで辿り着くのは結構大変かもしれません(第一このペースですし)
それでも良ければ気長にお付き合い頂ければ幸いです。
ということでおもしろかったなら感想をお願いします。
では!
Special Thanks!!
・龍崎海 様
・kakikaki 様