アバン


まぁ本物のお母さんが現れたのはいいとしても、
それは必然か、それは偶然か
少女達は出会い、そして旅立つ。

そこにあるのは何なのか?
謎の遺跡か、古代火星人の秘密か、はたまたテンカワ家の未来か
紡がれる軌跡に標はない。

ただあなたの見たモノだけが真実だから・・・

ああ、これって一応黒プリの続編だったりそうでなかったりしますのでよろしく〜



ネルガル平塚ドッグ


さてさてアキト達の騒動を知らないルリは一人黙々と作業をしていた。

「えっと・・・ですから・・・」
「あの〜ルリさん〜休憩しませんか?お茶を入れましたが・・・」
「ああ、ハーリー君、良いところに来ました」

作業をするルリに話しかけたハーリーであるが、振り返ったルリの形相に思わず仰け反る。
相変わらず鉄面皮であるが、その中にも喜怒哀楽のあるルリの表情の内、これは明らかに『怒ってます』の表情である。

しかもかなり怒っている(苦笑)

「な、なんでしょうか?」
「ハーリー君、これは何ですか?」
「何ですかって・・・ゲ!」

ルリが見せたのはオモイカネにインストールされていた音声データであった。

「再生させてみましょうか?」
「そ、それだけは勘弁して下さい〜」
「ポチっと」
「ああああああ!」

流れてきたのは女の子の声、しかも抑揚のない聞き慣れた声だ。

『おはようございます、ご主人様、何なりとご用を申しつけ下さい♪』
『ハーリー君、何かご用?』
『旦那様、おはようございます』
『お兄ちゃん、メールだよ♪』
『ばかばっか』

ルリの声を真似た合成音声だ。

「こんなモノどうするつもりだったんですか?」
「いや、こ、これは・・・」
「もしかしてオモイカネにこの声で会話をさせるつもりだったのですか?」
「ギク!」
「私の声で『ご主人様♪』とか『お兄ちゃん♪』とかしゃべらせるつもりだったのですね?」
「いや、それはですねぇ・・・あ、今の感じすごく良いです!」
「はぁ?」
「やっぱり本物は違いますね!『ご主人様♪』とか『お兄ちゃん♪』って発音がなかなか本物っぽくならなかったんですよ♪サンプリングさせてもらって良いですか?」
「・・・」
「ダメですか?」
「ダメに決まってます!っていうかダメ人間ですか!あなたは!!!」
「ひぃ〜ルリさんごめんなさい〜」
「消しなさい!今すぐ!」
「でもこれを作るのに今までどれだけの努力を・・・」
「それがオモイカネの非行に走った原因でしょ!」
「はい!!!」

ルリの激怒にハーリーは泣きながらファイルを消した。
まぁ戦艦の制御AIに美少女ゲームの様なトークを覚えさせようとしたら・・・そりゃグレるわなぁ(笑)

やれやれと興奮冷めやらぬルリの元にコミュニケの着信が入った。

「もしもし」
『あ、ルリちゃん?』
「ユリカさんじゃないですか、どうしたんですか?」

相手はユリカであった。場所はどこかのビルの休憩室のようだ。

『いやぁ〜ようやく会議が一段落してね〜』
「例のプラントの調査団ですか?」
『まぁね。各団体の選出とかで大もめにもめてねぇ〜』

ユリカはウインドウの向こうで心底ウンザリとした顔をしていた。

「調査団の船籍分布がそのままプラントに対する各国の利権分配になりますからね」
『全く(苦笑)』

木星の惑星軌道上に新たに見つかった古代火星人の残したと思わしきプラント。
そこにどんな新たなテクノロジーが埋没しているか、それを手にしたモノにどれだけの利益をもたらすか計り知れない。それだけに各国、各団体は少しでも理由が付けられるなら我こそは!と領有権を主張したのだ。

結局は古代火星遺跡管理公団のユリカが出てきて各所の利害関係を調整せざるを得なかった。そして調査船団を仕立てることとなったのであるが、各国に一個師団ずつ出されても邪魔になるどころか戦争を始めかねない。
そんなわけでどの国がどんな規模の宇宙船を出すかの調整がこの会議なのであるが・・・各国の力関係が如実に構成比へ現れていた。

「でも良いんですか?そんな話を私にして」
『良いのよ。そのうち宇宙軍にも話が行くし。多分ナデシコが招聘されると思うから』
「でも今ナデシコCはオモイカネがグレていまして・・・」
『だからそれまでに直しておいて、って意味も含めてのご連絡♪』
「わかりました。なんとかします。それでいつ出発ですか?」
『明日にも出発だね』
「それでこっちも乗員の出入りが激しいのですか」
『出来れば各国公平に準備が出来てから出発したいから私が何とか抑えているけど、準備万端の国を引き留めるのが大変』
「そりゃイライラしてるでしょうね」

ルリにはアズマ准将辺りがユリカに当たりながらあわよくば抜け駆けしようとしている様が容易に脳裏に浮かんで苦笑した。ユリカも苦笑して肩をすくめた。

「私も一緒に行きましょうか?」
『でもしばらくお家を空けることになるわよ?アキトとしばらく別れ別れなんてイヤでしょ』
「まぁ今度はアキトさんもどこにも行かないでしょうし、構いませんよ」
『なら助かる♪』

ルリとユリカはクスクスと笑いあった。家でアキトが待っているという安心感の現れであろうか?



テンカワ家・屋根の上


空はもうすっかり夜空。
瞬く星々がくっきり見える。本日は晴天なり・・・

「あそこら辺が木星かな・・・」
シオンは屋根に寝そべりながら夜空を見上げ、見えるはずもない木星を指さす。

それは彼女が過去の世界に来た理由の一つでもある。
どうしても知りたかったこと。
父に手を引かれて行ったあの場所
父を初めて好きになった場所
初めて魅せられた謎の光景
本来あそこに何があったのか・・・

それが知りたかった。
どうしても知りたかった。
なぜ父があんな寂しそうな顔をしたのか
どうしても知りたかった。
だから父と一緒に行きたいのだ・・・

「私、立ち止まらないから・・・」
シオンは夜空を見上げて改めてそう決意するのであった。



NadesicoNG(Next Generation)
第7話 いざ旅立ちの日



テンカワ家・食堂


「ラピさん」
「何ですか?」
「うちの馬鹿娘は屋根の上で何をしているんですか?」

アキトは天井を指さしてシオン専属メイドのラピに尋ねる。しかしラピは静かに微笑むと・・・

「まぁそれは乙女の秘密ってやつですわ♪」
「秘密って・・・」
「誰にも触れて欲しくないことはありますわ。
 シオン様にも、そしてアキト様にも」
「そりゃそうだけど・・・」

アキトはポリポリと頭をかく。
帰ってきたシオンの物憂げな態度を見れば遠慮をしようかと思うのだが・・・

「そうやって今まで誤魔化されてきてるしなぁ〜」
「さて、何のことでしょうか?」
「未来のAIは惚けるのまで上手くなってるんですか?」
「さぁそれはどうでしょう♪」
「それも乙女の秘密ですか?」
「残念ですわ。これはお約束というやつです♪」

妙に駆け引きの上手いAIに苦笑いするアキトであった。



テンカワ家のすぐそば


とまぁ、テンカワ家ではそんなやりとりが行われているのを双眼鏡で覗き見ている少女達がいた。

「お姉さま、なんて物憂げな♪」
「サクラ姉さま、赤光(しゃっこう)の準備が出来ました」

双眼鏡でのぞき見している少女に下から10歳ぐらいの少女が声をかけていた。

「それにしてもお姉さまの新たな雇い主さまはお金持ちですねぇ。
 整備不良寸前のこの機体を新品同様にメンテして下さったばかりか、私達の白眉(はくび)も直していただけたのですから」
「オホホホ、そうでしょう♪」

サクラは部下達の前で胸を張るが、内心冷や汗をかいていた。正直アクアがクリムソンの関係者だったなんてついこの間まで全く知らなかったのだ。
赤光それに白眉はそれぞれ夜天光、六連の発展改良型の機動兵器であるが、金欠の上、アキ探しの為にどこの組織にも所属していないサクラにそれをずっと維持できるはずもなかった。
しばらく蜘蛛の巣が張ったり、埃がうっすらと積もっている状態の機体をいつの間にかオーバーホールしておいてくれたのだ。

『これで是非アキさんをスカウトしてきて下さいね♪
 その足ですぐにロケに向かいますから♪』
アクアがそう言って機体を持ってきた時は正直驚いたが、それは部下達には内緒だ。

「新品新品♪」
「まぁシートが革張りになってますわ♪」
「じゃ、シートのビニール破いて良い?」
「ダメダメ、シートはビニールをかぶせたまま座るのよ」
「え?そうなの!?知らなかったわ」
「や〜い、引っかかった、引っかかった♪」
「何ですって!」

六人衆娘。達が新しくなった機体を眺めてワイワイガヤガヤやっている。

「静かにしなさい!子供の遠足じゃあるまいし!」
「だって僕たち子供だも〜ん♪」
「いいから機体に乗りなさい!向こうに気づかれる前に踏み込みますわよ!」
「「「「「「わかりました、お姉さま♪」」」」」」

今回、巻きが入っているのか、それとも元々そういう性分なのか、さっさと強硬手段に出るサクラと六人衆娘。達であった。



テンカワ家・食堂


「なに〜パパ〜」
下の階から呼ばれてシオンは渋々屋根上から降りてきた。

「なにって晩飯だ」
「晩御飯?あまり食欲ないんだけど・・・」

呼ばれたアキトに少し不機嫌そうに答えるシオン。

「食べないのか?」
「うん・・・」
「残念だな。テンカワ食堂第一号の称号がいらないらしい」
「え?」

アキトの言葉に驚いたシオンは慌てて店の中を覗く。
するとそこには準備万端で後は開店を待つばかりとなった食堂の光景が広がっていた。

「うわぁ〜素敵♪」
「だろう?一応明日から開店予定だ。
 だからまずは試食も兼ねて・・・」

アキトはシオンを席の一つに座らせると、レストランのボーイよろしくお冷やをテーブルにおいた。そして静かに尋ねる。

「お客様、ご注文は何にしましょうか?」
「え、私がお客様!?」
「そうだ」
「えっと・・・」

ウインクするアキトに思わず嬉しくなるシオン。
自分がパパの最初のお客さんだなんて・・・

でも、その表情もすぐに陰る。
なぜなら自分はせっかく店を持てた父に対して・・・

「ん?どうした?」
アキトは元気づける作戦失敗か?と焦った。
しかしシオンの表情の陰りはどうもそうではなかった。

「・・・ごめんなさい」
シオンは弱々しい声でアキトに謝った。

「昼間のことか?」
「そうじゃない・・・」
「ならどうして謝るんだ?」
「それは・・・」
シオンは言えなかった。自分がこれからしようとしていることがその父の夢を壊してしまうモノだなどとは。

けれど、時計の針を進めたのはシオン自らではなかった。

メキ・・・
バキバキバキ!

「パパ危ない!」
「な!」

いきなり天井を何かが突き破ってきた!

ドスン!

もうもうと立ち上がる砂埃
その影から現れたのは人影
しかしそれは普通の人間の3倍以上はありそうだった。
そう、人影は人影でも人型機動兵器の影である。それが天井を踏み抜いて落下してきたのだ。

「ああああ!俺の店を!!!」
『お晩です〜』
「貴様、俺の店に何をする!」

懐からリボルバーを抜き出し、機動兵器に向けて発砲するも・・・

パンパンパン!
カキン!カキン!カキン!

『オホホホそんなもの、この赤光には効きませんわ♪』
「そ、その声は!・・・誰だっけ?」
『お姉さま〜〜』
シオンの絶妙なボケに涙を流す機動兵器のパイロット。

『新宮寺サクラ見参!ですわ♪』
「あんた、パパの店に何をするのよ!」
『これなら如何にテンカワ・アキトとお姉さまが強かろうが、妾の勝ちですわ♪』
「市街地への機動兵器持ち込みなんて反則でしょう!」
『恋は勝ったもの勝ちですわ』
「訳の分からない理屈こねるんじゃないわよ」
「俺の店〜」
サクラは機動兵器という圧倒的優位な立場で有頂天になっているし、アキトはショックのあまり半分使いモノにならなくなっている(笑)

「まぁ、予定が早まったけど・・・パパ、外に逃げるわよ!」
「俺の店〜」
「早く!ラピも着いてきて!」
「はい♪」
『無駄ですわ』

シオンはアキトの手を引いて店の外に出た。
するとそこには!

『『『『『『六人衆娘。見参♪』』』』』』

店の周りを取り囲むように機動兵器白眉が待ちかまえていた。



テンカワ家周辺


『六人衆娘。が一人、かえで!』
『オホホホホ♪六人衆娘。が一人、すみれですわ♪』
『オロオロ、六人衆娘。が一人、つばきです〜』
『やっほ〜もみじだよ♪』
『六人衆娘。が一人、かすみです』
『は〜い、アイリスで〜す』

一同シーン・・・

『魂の名前はダメよ、うめちゃん』
『そうですわ、うめさん』
『うめちゃん、魂の名前は禁止ってあれほど言ったのに』
『うめっち、魂の名前はダメなんだぞ』
『まぁまぁうめちゃんのお約束なんですから』
『うめうめ言わないで〜』

六人衆娘。達のお馬鹿な会話に隣でサクラの赤光が脱力している。

賑やかし、色物、ロリ担当の6人だが彼女達は抜け目なくテンカワ家を包囲していた。逃げ出す隙はなさそうだ。

「く!」
『オホホホ、もう逃げられませんわ、お姉さま』
「何が目的でこんな事をするの!」
『もちろん!姉妹(スール)の契りを結んでもらいます。心配ありません、ロザリオはこの通りこちらで用意いたしておりますから♪』
「それ、すっごいイヤ・・・」

事態は絶体絶命。シオン達に逃げ道はないと思われたその時!

ドドドド!

「どけどけどけ!」
キキキィィィ!
『キャァ!』

白眉の囲みを破って突進してきたトレーラーが一台。
シオン達のそばに止まるとトラックからは煙幕を吐き出した。
視界の隠される中、シオンがトラックに乗っている人物を見た。

「アキちゃん、お届け物だぜ!」
「セイヤおじさま♪」
そう、トレーラーで突っ込んできたのはウリバタケであった。

「もしかしてPOD持ってきてくれたの!?」
「あたぼうよ!ピンチの時に駆けつけるのがおじさまの美学ってもんだぜ」
ウリバタケのバイブルはカリ城らしい(笑)

「さぁ乗って」
「うん、パパもラピも乗って」
シオンはアキトとラピをトレーラーの助手席に押し込む。

「行って!」
「あいよ!」
まだ煙幕が残っている間にトレーラーは急発進した。

『と、止めるのです!』
『でも〜』
『すみれさん、タックルかまさないで下さい〜』
『そんなこと言っても〜』

トレーラーはまごつく白眉の包囲をかいくぐって脱出に成功した。



疾走中のトレーラーの中


とりあえず3人と1AIはトレーラーの運転席にひしめき合いながら一息ついていた。

「アキちゃん、何やったんだ?」
「向こうが勝手にやってる事よ」
「機動兵器が暴れてたら普通は軍隊が出てきてもおかしくないぜ」
「手を回されたか・・・」

確かに街中で機動兵器が暴れていたらひと騒動になっていてもおかしくないが、不気味なほど静かなものだ。

「クリムゾンにか?確かにこの辺りの駐留軍はクリムゾン派だが・・・」
「バックにクリムゾンか・・・何のため?」
「ところでアキちゃん、どこに行く?」
「とりあえず平塚のネルガルドック♪」
「任せとけ!」

ウリバタケはドンと胸を叩くと大きいステアリングを回して道路を疾走した。

「セイヤおじさま、後ろの荷台の奴はすぐに動くの?」
「あたぼうよ!ちゃんと完成して充電もバッチリさ!」
「さすがおじさま♪」
「アハハハ、もっと言ってくれ言ってくれ!」
シオンに誉められて鼻高々のウリバタケ。

だが、シオンの顔が笑っているのもそこまでだった。調子よくトレーラーを運転するウリバタケにシオンは質問する。

「で、おじさま、一つ聞きたいんだけど・・・」
「ん?なんだい」
「どうして私達の危機がわかったの?」
「そりゃもちろん、何があっても良いように盗聴を・・・」
「やっぱりかぁぁぁぁ」

バキィ!

見事に右ストレートが決まる(笑)

トレーラーは急停止し、扉が開くとウリバタケが蹴り落とされた。

「おじさま、最低!」
「い、いや、これには海よりも深い訳がだなぁ〜」
必死に言い訳するウリバタケにしばらく鬼の形相を見せていたシオンであるが、ふと表情を崩してカードを彼に投げた。

「はい、おじさま」
「え?」

ウリバタケはもらったカードを眺めた。

「ピース銀行のカード?」
「PODのお礼よ♪」
「お礼って・・・ゲェ!」

ウリバタケはクレジットカードに記録されている金額を見て驚いた。
PODの改造代どころか機動兵器を2〜3台買ってもお釣りがくる。

「こ、これは・・・」
「心配しないで。偽造カードじゃないわよ。
 これでも仕手戦の名人♪」
「でも貰いすぎじゃ・・・」
「なら今度地球に帰ってきたらPODのメンテナンスをしてもらうって事で♪」
「・・・わかったよ。行って来な」
「じゃあね♪」

シオンは扉を閉めると手を振りながらトレーラーを走らせた。
ウリバタケは走り去るトレーラーが見えなくなるまで手を振るのであった。



ハイウェイでのカーチェイス


シオンが操縦するトレーラーはハイウェイを疾走していたが、それでも機動兵器に追いつかれたりする。

「マスター、後方から機動兵器7機接近」
「ち、もう追いついてきたのね!」
「俺の店〜」
「ちょっとパパ、呆けてないで!」

ショックから立ち直り切れていないアキトの頬を叩くシオン。

「・・・何がどうなってるんだ?」
「とにかくパパ、運転代わって」
「代わるって?」

状況をわかっていないアキトが聞き返すが、シオンはそれどころじゃないと指示だけ与えて次の行動に移る。

「とにかくネルガルの平塚ドッグに向かって。
 そこで落ち合いましょう」
「ちょっと待て、平塚って・・・」
「私、PODで奴らを迎え撃つから」
「迎え撃つって・・・」

状況はアキトに理解を与えないうちに目まぐるしく変わる。

ドン!ドン!ドン!

右に左に後方の機動兵器から砲撃がトレーラーに与えられた。右へ左へ蛇行するトレーラーだがシオンは良くかわしている。けれどそれを腑抜けたアキトにバトンタッチしようというのだ。

「はい、タッチ」
「うわぁ〜〜」
急にハンドルを渡されて思わず慌てるアキトだが、渡したシオンは既にトレーラーの荷台に向かっていた。

「平塚だよ。それまでラピをお願い」
「あ、ああ・・・」
「行ってらっしゃいませ♪」

トレーラーの荷台がガルウイングで開き、中からシートにくるまれた機動兵器が現れた。ラピが手を振って見送る中、シオンは運転席のドアを開けると器用に荷台に飛び乗った。

「え、エステバリス!?」
「POD発進!」
コックピットに乗り込んだシオンは機動兵器を発進させた。
それは漆黒の闇を纏った機体、優雅なラインは黒水晶の乙女を思わせた。

アルストロメリア・アマガワアキスペシャルFourth Edition、通称アキフォース。
かつてそのパイロットともに闇の姫(Princess of Darkness)と呼ばれたエステバリスの完全復刻版だった。

やってきた7機の機動兵器に向かってPODは飛び立った。

『ほう、これは父上の寝物語に出てきたそのままの機体♪』
「さぁ、これで五分と五分よ!」
『お姉さま、機動兵器戦で雌雄を決しようというのですね。受けて立ちますわ♪』

赤光が振りかぶる錫杖をPODはハードナックルで受け止める。そして空いた胴に向かってフィールドランサーを振りかぶる。赤光はそれを傀儡舞でかわす!
空中では派手な機動兵器による戦闘が開始された。

で、一方トレーラーの方はというと・・・

『今度こそ♪』
『絶対♪』
『お持ち帰り♪』
『デートして♪』
『バカンスして♪』
『ビバ♪お持ち帰り♪』

「つか、こっちの状況は全然変わってないじゃねぇかぁぁぁ!!!」

襲いかかってくる白眉の群。
アキトは右に左にステアリングを切るものの、機動兵器の攻撃をトレーラーが避けようとすることの方が無理な話だ。

ドカン!
ボカン!

トレーラーの荷台に被弾し、慌てて荷台部分を切り離す。
しかし多少身軽になったとはいえ、やはり6機の白眉の方が断然有利だった。

「ちくしょう!どうすりゃいいってんだ!」
『こんなこともあろうかと!』
「あら、お義父様♪」
「せ、セイヤさん!?」

ウインドウに現れたのは先ほどトレーラーを叩き落とされたウリバタケであった。ラピが呑気に手を振るのを、ウインドウの向こうの彼は応じて手を振っていた。

『アキト、今ピンチだろう?』
「そうですけど・・・」
『そんなときには「トランスフォーム!」って叫ぶんだ』
「はぁ?」

いきなりウリバタケは変なことを言い出す。しかし反面イヤな予感がしていた。

『お前が今乗っているのは何だ?』
「・・・トレーラー?」
『もう一声!』
「・・・まさか!」
『そう、トレーラーと言えばコンボイ!
 それなのに最近の奴らときたらゴリラやらなんやらにうつつを抜かす!
 やっぱりコンボイと言えば初代だろう!』
「変形するんですか!!!」
『あたぼうよ!初代コンボイそっくりだぜ!』

アキトは頭を抱えた。
まさかトレーラーが某アニメそっくりに変形してロボットになるなんて

「いくら何でも世界観壊しまくりでしょう!」
『何を言う、トレーラーバリスと言って、一度はネルガルが設計図まで起こしたんだぞ?俺はそれを盗み出して復刻をだなぁ』
「それって本当ですか?」
『本当だとも。ゲームにも登場した』
「マジ?」
『マジだ。だから早く叫ばないとそのトレーラーごと敵に壊されるぞ?』
「わ、わかりましたよ〜」

アキトは渋々変形のかけ声を唱える。こういうロボットは大概音声認識である。

トランスフォーム!

シャキン!シャキン!シャキン!

まるで某コンボイの通りに変形してトレーラーが人型機動兵器トレーラーバリスとなった。

『あれ何?』
『キャハハ♪面白いの♪』
『まったくこれだからアニメオタクは』
『でも可愛いよ♪』
『大して強そうじゃないですね』
『弱そう〜♪』

「くそ〜!だから嫌だったんだ〜」
「アキト様、お気になさらずに♪」
アニメのような不格好なトレーラーバリスを六人衆娘。達にバカにされて恥ずかしがるアキトの肩をラピが慰めるように叩く。



上空ではPODと赤光が空中戦を行っており、地上ではトレーラーバリスと白眉6機が道なりに進みながら戦っていた。周りの迷惑などお構いなしである。


『オホホホ♪お姉さま、なかなかやりますわね♪』
「当たり前よ!ママのデータを私に合うようにチューニングしてるんだから。弱いはずないわよ!」

PODはフィールドランサーで斬りかかるが、赤光はそれを錫杖で受け止める。動きだけを見れば機体の性能差からかPODの方が良いが、赤光の動きも悪くない。

ガツゥン!
ガツゥン!
ガツゥン!
斬り結ぶ度に衝撃音と火花が散るが、ともに互角だった!



さて、地上の方はというと・・・


「くそ!重てぇ!」
アキトは反応の遅いトレーラーバリスの操縦に四苦八苦していた。

『無茶言うな。ジャンクのエステとか使って作ったんだ。
 最新の性能って訳にはいかんさ』
「だからってハンドル操作ですか!?せめてIFSぐらい着けておいて下さいよ!」
『馬鹿野郎!元々それは俺様の道楽で作ってるんだ。俺が操縦できなくてどうする』
「威張って言うことですか!」

アキトはウインドウの向こうのウリバタケに悪態をつくが、それは建設的な行為とは言い難い。寄せ集めのパーツで作ったトレーラーバリスが高性能な訳はなく、爆発しないだけましと言えよう。

『捕まえるわよ』
『お持ち帰り♪』
『うめちゃん、右を捕まえて』
『うめって言わないで〜』
『取り押さえろ〜押し倒せ〜』
『もみっち、発言が過激ですわ』

「くそ!捕まってたまるか!」
アキトは必死にトレーラーバリスを操作するが6人の連携を振り切るのは難しい。

「反応が鈍い〜なんでコマンド入力から反応するまで0.5秒もかかるんだ〜」
『あ、それ先行入力した方が良いぞ。あとキャンセル技も効くから』
「格ゲーッスか!?」
『それよりも両手掴まれるぞ』
「チィ!」

反応が遅いのでかなり先まで読んで操縦しないと機体が追従してこないのだが、相手は連携ばっちりの六人衆娘。だ。なかなか思い通りに戦えない。
両手を払い、腕を掴まれるのをかわした後、垂直ジャンプを行い、迫ってくる別の二機にハードナックルを加える。

バキィ!

『あ〜れ〜』
「ひとつ!」
『いや〜ん〜』
「ふたつ!」
悪いながらもそこそこ戦ってしまう所はさすがに闇の王子様。
しかし二機目をいなしたところで事態は悪化した。

ビービービービー

「なんだ、これは!」
「あらあらオーバーヒートですね♪」
「なんですって!?」
「アキト様の動きに機体が着いてこなかったみたいですね」
「んな呑気な!」
「まぁお義父様の作るメカですから♪」
「セイヤさん!何とかならないんですか!」
『アキト・・・すまん』
「あっさり言うな!」

レッドアラームはコックピット内に鳴り響き、光に包まれ・・・

ちゅど〜〜ん

「パパ!?」
トレーラバリスの爆発に気がついたシオンは瞬間に反応し、そちらの方に飛びついた。それをサクラが見逃すはずがない。

「お姉さま、逃がしませんわよ♪」
「邪魔よ!」
「な!」
火事場の馬鹿力か、瞬間に翻したフィールドランサーが赤光の手足を斬り落とした
シオンはそのまま脇目もふらずアキトの方に向かった。

シオンが改めてみると、間一髪爆発からラピを抱えてアキトが脱出できていたが、本人は気絶しているらしく空中を落下しているところだった。

ひゅ〜〜〜

「ナイスキャッチ♪」
地上スレスレのところで二人を受け止めるPOD

「ラピ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。アキト様が庇って下さいましたので」
「パパは?」
「頭に大きなたんこぶがありますが、気絶しているだけのようですわ」
「結構。このまま平塚までぶっ飛ばすわよ」
「起こさないのですか?」
「出発するまで眠っててもらった方が都合が良いしね♪」
「アキト様が目を覚ました時の慌てぶりが目に浮かびますわ・・・」
「それよりもラピ、お爺さまに連絡入れて。もう出航の準備が出来ているかどうかって」
「はい、わかりましたわ」

PODは二人を抱えたまま夜の闇を疾走した。
追っ手はまだ追いかけてこない。手足を切られた赤光の回収に手間取っているようだ。
闇の姫はこの隙に平塚へ直行することが出来た。



テンカワ家の前


そこにはようやく用事から解放された女性の姿があった。

「あ〜ようやく終わったわ〜」
肩こりの肩を揉みながら帰ってきたのはエリナ・ウォン嬢であった。
彼女は決裁書類が滞り崩壊寸前のネルガルの始末をしてようやく帰ってきたところである。徹夜続きのその顔には疲労の後がありありと現れていた。

「あ〜これで肌年齢が何歳増えたのかしら〜」
まさに疲労困憊とかこの事である。
しかし不思議と心は軽かった。
これでようやく苦役から解放され我が家に帰れる。
我が家に帰れば愛しい人が極上の料理を作って待っていてくれる。
これに勝る至高があるだろうか?

「我が家で旦那様とずっと一緒の生活・・・♪」
エリナは少女の様に頬を赤らめて夢見る。

しかし、それも道の角を曲がるまでの儚いものであった。

「家は・・・どこ?」

目の前に広がるのは確かに瓦礫の山であった。
エリナは冷静に周りを確認する。
自分の家以外の配置には見覚えがある。
番地は確かに正しい。
ということは・・・

「私の家〜〜」
今までの疲労が一気に噴出したのか、エリナは崩れ落ちるように気絶するのであった。




ピーポーピーポー!



「あれ、救急車?」
自分の家の方向から走ってくる救急車を眺めるメグミ・レイナード。
まさか、数分後自分も同じように運ばれるなんて夢にも思っていなかった(笑)



平塚ドッグ内・ナデシコCブリッジ


ルリは目の前の光景に驚いていた。

「テンクウ少佐、どうされたのですか?」
「いえ、乗艦命令が出ておりまして」
「乗艦って・・・オモイカネの修理にはまだ時間がかかりますよ。
 第一出航は早くても明日じゃないんですか?」
「そのはずだったんですけど」

尋ねられたナデシコC艦長テンクウ・ケン少佐も訳が分からないように頭をかいていた。目の前には出航準備を整えるために続々と乗員がナデシコCに乗艦してくるのだ。
ハーリーはともかくカザマツリ・コトネやアオイ・ジュンまでいる。
出航は確か明日のはずだが、これではいますぐにでも出発しそうだった。
ルリは慌ててユリカに連絡を入れた。

「ユリカさん、状況が変わったんですか?」
『いえ、そんなことはないけど・・・』
コミュニケで呼び出されたユリカも事態を把握していないらしく、大層驚いた。

「まったく、なんで・・・」
「本ドッグに接近してくる機影あり」
「え?」
「識別・・・連合宇宙軍所属アルストロメリアです」
「アルストロメリアの後方より所属不明機7機が接近中」
「テンクウ少佐?」
「いえ、私にはさっぱり」

ハーリーから報告される内容を確認するルリだがケンからはまともな答えが返ってくるはずはない。

「アルストロメリアからドッグ内への侵入許可を要求されています」
「少佐、あのアルストロメリアに覚えは?」
「え?待って下さい、あんな機体は・・・」
「伝言です。
 『我、敵機動兵器と交戦中。速やかにドッグへの誘導を願う。
 ダメな場合は強行突入する。総員待避』・・・とのことです」
「え!?」

アルストロメリアは既にフィールドランサーを構えて突進覚悟の状態にあった。
友軍機に施設を破壊されてはたまったものではない。

「ハッチ開けて!あと警備隊は後続を牽制して」
「はい!」
ケンの指示に大急ぎでハッチを開ける。
すると間一髪アルストロメリアはハッチを壊さずに突入してきた。

『到着♪』
「その声は!?」
「シオン!?」
落下してくるアルストロメリアから元気良く聞こえてくるその声は確かに聞き覚えがあった。



ナデシコC格納庫


「到着♪」
「ハアヒレハラホレ〜」
「アキト様、もう少し眠っていて構いませんわよ♪」
アルストロメリアから降りてきたのはご存じ我らが主人公と他二名である。

アルストロメリア・・・つまりPODは勝手にナデシコCを見つけて、その格納庫に着陸した。

「あなた、一体何をしているんですか!」
「あ、ルリママ」
「ルリママじゃありません!」

本当の艦長よりも艦長という顔つきで格納庫にやってきたルリはPODから降りてきた人物を見るなり般若の面になった。

「ま、ママですって!?」
「ルリさん、いつの間にそんな大きな子供を!?」
「テンクウ少佐もハーリー君も黙ってて下さい!」
ママという単語にお約束な反応をするケンたちを叱るルリ。

「あなた、一体どういうつもりなんですか。そんな機動兵器でナデシコに乗り付けて。
 しかもアキトさんを抱えて来たり、機動兵器に追われてたり!」
「まぁそんな細かいことはどうでも良いじゃない♪」
「どうでも良くありません!」

ルリが追究するも柳に風、シオンはどんどん話を先に進めた。

「ケンさん、出航♪」
「え?」
「出航・・・って?」
「お爺ちゃんから指令出てるでしょ?
 ふたふたまるまる、ナデシコC新木星プラントの調査へ出航って♪」
「本当なんですか、少佐!?」
「い、いや、まぁ」
シオンの言葉に思わずケンを問いつめるルリ。
ケンは申し訳なさそうに命令書を出す。

そこには宇宙軍総司令ミスマル・コウイチロウ大将のサインがデカデカと書かれていた。
確かに本物のサインである。

「ま、まさかおじさまが・・・」
『お父様!一体これはどういうことなの!』
ルリは絶句し、ユリカがウインドウ越しに思わず抗議した。

その抗議に応じて現れるコウイチロウのウインドウ。

『い、いや・・・なんだ・・・その・・・』
「お爺ちゃん♪」
「お爺ちゃん!?」

現れたコウイチロウをお爺ちゃんと呼ぶシオンに驚く一同。
しかももっと驚いたのはコウイチロウの顔であった。

『いやぁ〜これで良かったかい?』
「もうバッチリ♪大好き、チュ♪」
『お爺ちゃんはお前の言うことなら何でも聞いてやるぞ♪』

一同、コウイチロウのデレデレぶりに口をあんぐりと開けた。

『お父様!一体何を考えてるのよ!』
『おお、ユリカ』
『今、各国足並み揃えて新プラントへ調査するようにし向けている私の努力を無にする気なの!?』

ユリカはあまりにも非常識な父親に食ってかかる。
今、ようやく各国の手綱を引っ張って何とか抜け駆けしないように抑えているのに、手綱を引っ張っている側の宇宙軍が一抜けしたらどうなる?
各国が我先と競うように、いや戦闘をも辞さずに新プラントに殺到するに決まっているではないか!

『だって・・・』
『だって?』
『孫の頼みじゃ断れんじゃないか♪』

ドカ〜〜ン!

一同はコントのようにずっこけた。
ミスマル・コウイチロウ、親バカを卒業して爺バカに成り下がる(笑)

『お父様!』
『だってユリカは勝手に嫁に行ってしまうし〜それに彼女の目元が死んだ母さんにそっくりなんだ♪』
『あのねぇ〜!』

ミスマル親子の会話に一同頭を痛めたままうずくまった。
そんな中、シオン一人が胸を張っていた。

「あなた、いつの間に・・・」
「伊達に宇宙軍に入り浸っていたわけじゃないもん♪」
「私達の誰もママだって認めていないくせに・・・」
「え?何のこと?」
ルリの追究にシオンはしらばっくれる。彼女は利用できるものはとことん利用するタイプの人間のようだ。

「ということでテンクウ少佐、出発しましょう♪」
「え?あ、でも・・・」
「ダメですよ。今オモイカネは調整中だから出航どころか動かすこともできませんよ」
「なんだ、そんなこと?」
「そんな事って・・・」

ルリの忠告にシオンは指を鳴らす。それに応じてラピが一歩前に歩み出す。

「ペルソナを解除致します」

すると今までストップしていたナデシコCの機能が次々と復活しだした。

「ということ♪」
「あ、あなたの仕業でしたか!」
そう、ナデシコCのAIオモイカネ・ハーリーEditionの人格部分のさらに表層に別人格の層を積み重ねてグレた状態を装わせていたのだ。もちろん誰の仕業か言うまでもない。

「ルリママ、これぐらい見抜けないなんてまだまだだね」
「く!」
「これで何の憂いもなくなったし・・・」

ドッグの外では戦闘が始まっているのか、激しい振動が伝わってくる。
多分サクラの赤光と白眉が防衛隊と戦っているのだろうが、早くしないと防衛隊が全滅してドッグ内部に侵入されかねない。

「上もうるさいからそろそろ出航しましょう♪」

勝ち誇ったように言うシオン。
しかしそんなことをルリが許すはずがなかった。

「待ちなさい、ハーリー君がどうなっても良いのですか!」
「る、ルリさん!?」
「ひぃぃぃ!」
何をとち狂ったか、ルリがハーリーを羽交い締めにして首筋にナイフを突きつけていた。
一同はあまりの展開に仰天する。

「何が言いたいの?ルリママ」
「ナデシコCのオペレーターであるハーリー君がいなくなればナデシコCは出航できませんよ」
「る、ルリさん!?」

確かにナデシコCはワンマンオペレーション艦であり、一般クルーも搭乗しているがオペレーターがいないことには動かしようがない。そしてそのオペレーターに登録されているのはハーリーしかいない。彼を人質に取ってしまえばナデシコCは出航できないが・・・

「待たなかったらどうする気?」
「ハーリー君を殺します」
「ルリさん!?」
「ルリママにハーリーおじさんは殺せないよ」
「あなたをアキトさんと一緒に行かせるぐらいなら、ハーリー君を殺すぐらい造作もありません」
「そんなぁ〜」
「無理じゃありませんよ」

人質に取っているハーリーを冷ややかに見下ろすルリ。
その理由はというと・・・

「アニメオタクで」
「グサ!」
「美少女ゲームオタクで」
「グサ!」
「おまけに首筋にナイフを突きつけられているのにハァハァしている人なんかサクッと殺せますよ」
「いや、確かにルリさんに抱きしめられて良い匂いがするなぁ〜って・・・って違いますってば〜!」

全員がハーリーに心の中で『バカ』と突っ込んだ。
しかし驚くのはこれからだった。

「良いよ。殺しても」
「ええええ!?」
「オペレーターなしでどうするつもりですか?」
「これな〜んだ♪」

シオンはあっさりそう答えると右の手の甲を見せる。
それはIFSのコネクターだ。
だがそのタトゥの紋様はパイロット用でもオペレーター用のいずれとも違っていた。

「その紋様は・・・」
「新開発、両用のコネクター♪」
「ま、まさか・・・」
「私、オペレーターも出来るもん。ハーリーおじさまぐらいの腕前ならへっちゃら♪
 だからハーリーおじさまなんて最初から必要ないのよ♪」

胸を張って言い切るシオン。あ、ハーリー君が自分の存在価値に疑問を感じて項垂れてる(笑)

「そんなことはさせません!」
ルリはノートPCの様な端末を取り出すと、たちまちルリの周りにウインドウボールが展開された。

「ナデシコCは私の支配下に置きます。好き勝手はさせません!」
ルリはナデシコCのオモイカネに直接アクセスして自分の管理下に置こうとした。オモイカネの管理者IDを持っているのは自分かハーリーだけである。ロックをかけてしまえば誰がオペレーターであろうがナデシコCを操縦することは出来ない。

『あなた宇宙軍じゃないでしょう』
ルリの越権行為にみんなが心の中で突っ込むが、あのルリに逆らえるものなどいない。

いや、一人だけいた。

「ふふふ♪
 ルリママ、私とハッキング勝負をしようっていうのね♪」
「なんですって!」
「私がハッキングできないとでも思ったの?」
「まさか・・・」
「ラピ、サポートして」
「はい♪」

シオンはコネクターをかざすと彼女の周りにはルリのウインドウボールに倍するウインドウが現れた。オペレーターにとって、ウインドウの数は処理能力に相当する。
つまり今のシオンの実力はルリの2倍という事である。

「じゃ、よ〜いドン♪」
「ちょ、ちょっと待・・・」

早速開始されるハッキング合戦。
一面に展開されるウインドウの色がそれぞれがハッキングで制圧したことを示し、赤はシオン、青はルリが勝っていることになるのだが、一つまた一つと赤に変わっていった。

「私がハッキングに競り負けるなんて・・・」
「私なんかまだまだだよ。まむしのルリ・・・20年後のルリママなんてこの10倍のウインドウは開くわよ♪」
「誉められているのか、貶されているか、わからないところが悔しいです」
「残り10、9、8♪」

残りのウインドウの数を喜々として読み上げるシオン。

そして・・・



ネルガル平塚ドッグ・ケージ


『んじゃ、ルリママにユリカママ行ってくるわね♪』

ハッキングに負けて艦を追い出されたルリとユリカのウインドウ。
彼女達は悔しそうに発進するナデシコCを眺めるしかなかった。



ネルガル平塚ドッグ上空


「お姉さま、今すぐおそばに参りますわよ♪」
「サクラ姉さま、ハッチが!」

あらかた防衛隊を排除し終えたサクラ達。
しかし、開こうと思っていたハッチが開いていった。
そして浮上してくるのは・・・

「戦艦!?」
「もしかして宇宙へ!」
「そこまでして妾のロザリオを受け取りたくないのですか!」
『来れるものならここまでおいで♪』

一路上空に飛翔するナデシコCを見送るしかなく、サクラ達は臍を噛むのであった。



ナデシコCブリッジ


宇宙軍の皆さんは一同呆気にとられながらも黙々と新木星プラントへ向かっていた。

ハーリー「ルリさん〜僕の存在って一体・・・」
ケン「・・・本当に出航して良かったのでしょうか?」
ジュン「いや、良くない気がするんだけど・・・」
とまぁ、一部には廃人になったりとか、勢いに乗せられてしまった人とか、今まで台詞がなかった人とかが口々にぼやいていたが、それでも艦は一路宇宙を目指していた。

「あ、パパ起きた?」
「・・・こ、ここは?」
「宇宙♪」
「・・・パタン!」
復活したアキト、緑の地球を見て再び気絶(笑)

『シオン!』
『シオンちゃん!』
「あ、ルリママにユリカママ」
最後の悪あがきか、ウインドウ通信を送ってきたのはルリとユリカだ。

『いくらあなたが私の娘でも』
『いくらシオンちゃんが私の娘でも』
・・・同じ台詞をしゃべったが違和感があってウインドウ同士で見つめるルリとユリカ

『ハッキングの能力を見れば私の娘だって一目瞭然じゃないですか』
『何言ってるのよ。お父様だって私のお母様に似てる認めたじゃない。ってことは私の娘ってことでしょ!』
『目元とかほんのちょっぴりです。第一ユリカさんの血を引いているなら無駄に胸が大きいはずです』
『シオンちゃんはルリちゃんほど抉れてないわよ』
『私は抉れてません!これでもAカップは・・・』
「そのぐらいでやめたら?ママ達」

いつの間にか墓穴を掘る罵り合いをしているルリ達を仲裁するシオン。

『そうじゃなくて!』
『そうそうシオンちゃん、このまま行ったって私達を出し抜けたりはしないんだから!』
「どういうこと?」

ユリカ達には最後の切り札があった。

『パブリックゲートの使用権限を与えられるのはユリカさんだけです』
『えっへん♪』
「それで?」
『ですから、あなた達にはパブリックゲートは使用できない。そうなればボソンジャンプできずに通常航行をするしかない。
 とすると、木星まで何日かかると思います?』
『何日かかるの?』
『ユリカさん・・・それに対して私達はゲートを使用できる』
「だから何が言いたいの?」

これだけ言ってもわからないのか!と苛立ちを募らせるルリは珍しく声を荒げて言った。

『あなた達が通常航行で何ヶ月もかかって木星に行く間に、私達は数日で到着するんですよ。私達を出し抜くなんて無理です!』
『そうよそうよ』

確かに火星会戦ごろと違って現在はパブリックゲートと呼ばれる特定の地点でしかボソンジャンプは許されていない。そしてゲートを管理してるのはユリカがボスを務める管理公団だ。その管理公団がジャンプの許可を与えない限り木星には行けないのだ。

しかし・・・

「アハハハ♪」
『何がおかしいんですか!』
「ママ達、一番大事なことを忘れてるわよ」
『何をですか!?』
「私、一体どこから来たと思っているの?」
『どこからって・・・あ!!!』
「ご名答♪」

シオンは首筋のバッチを見せる。
それを見たことがあるが、正確には違う形だ。
ボソンジャンパーのライセンスバッチ。
しかしA級B級C級そのいずれとも違っていた。

「そう、私だけに与えられたライセンス。
 如何なる場所からでも、如何なる場所へも、如何なる時間へも跳躍することを許された証・・・S級ジャンパーのライセンスよ♪」

そう、シオンは未来から来た。
それは禁じられた時間移動ジャンプのはずである。
その禁じられた行為が出来るのだ。昔のA級ジャンパーのように彼女を拘束することは不可能である。

「ということだからバイバイ♪」
『待ちなさい〜〜』

ということで、ナデシコCは遙か木星のプラントに旅立つのであった。



おまけ


「・・・はうぅ〜」

奥さん's最後の一人、ラピス・ラズリはようやくミナトの補習授業から解放され、喜び勇んで帰宅の途に着いたが、我が家の変わり果てた姿を見て、彼女もまた救急車のお世話になるのであった。



ポストスプリクト


ということでナデシコNG第7話をお届けしました。

ようやく旅だったなぁ〜〜
長かったのか、短かったのか、ようやく旅立ちです。次回は少し今回のエピローグ的なお話(爺バカの方とかクリムゾンの方々の後始末)をしてから本格的に木星プラント編に移ると思います。

ちなみに、機動兵器のお話ですが
赤光は斎藤茂吉の第1歌集から採ってます・・・というのは真っ赤な嘘でVガンダムのMSからです(笑)
白眉は三国志からの引用で優秀な5人の兄妹という意味です(ここでは6人ですが)
共に夜天光、六連の後継機種というか、火星の後継者が使っていたものをクリムゾンが外装を替えて売り出したものです。もちろん知る人にとっては公知の事実なのですが、軍に採用させる為にはそういう小細工が必要だったという事です。
なぜサクラたちが機動兵器などを私蔵出来ていたかというと、木連やクリムゾン絡みの裏の仕事をする事が多かったからですが、彼女ら自身は北辰のような仕事はしていません。

あと、シオンが今回やっと主人公らしいというか、かなり無敵っぽい感じで、特にボソンジャンプはほとんど自分で決めたルールを破っておりますが(苦笑)一応彼女が何故これだけ優遇されているかはストーリーの核心部分になると思います。
・・・多分。

あと補足しますと、武術でアキトに勝てなかったのと対照的にシオンが余裕でルリに勝っておりますが、これは電脳戦がほとんど知識のみに依存するところから来ています。
武術が知識や技を知っていても鍛錬しなければ肉体が反応してくれません。
しかし電脳戦の場合、処理能力の違いを除けばほとんどは知識・・・セキュリティーホールの存在とその攻撃法、対処法をどれだけ知っているか、それをどのように組み合わせれば効果的かをどれだけ知識として持っているかが重要になります。
ましてやシオンはまむしと呼ばれる未来のルリに鍛えられたため、その攻め方の特徴まで知っています。あとラピがサポートしているというのも大きかったでしょうし(初代ペンティアムとペンティアム4の戦いほど違うか?)
最初からかなりのハンデ戦だったのですよ(もっとも、あそこで五分の戦いをするよりもバッサリとやられた方がお話の流れ的には良かったのもありますが(汗))

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・にゃ♪ 様
・ひよどり 様
・Chocaholic 様
・龍崎海 様
・YSKRB 様
・YOH 様