アバン


捜し物は何ですか?
欲しい物は手に入りましたか?
全てを捨てて何を得ましたか?
そして失った物は何ですか?

失った物は取り戻せないかもしれない
でも思い出すことは出来る

それは闇に閉ざした心を照らす光になるかもしれないから・・・

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



火星の後継者が去った跡


「酷い有様だ・・・」
「まぁ、死人が出なかったのが不幸中の幸いですな」
「それはそうだが・・・」
プロスの答えに憮然とするゴート。

火星の後継者達は司令官である東郷自らナデシコ艦隊内部に強襲をかけるという戦法を使ってきた。結果、艦内はめちゃくちゃに蹂躙された。
幸いにして彼らの目的が小さなプレートであったためか、人的被害は少なかった。
いくらアキトやケン、サブロウタ達の活躍があったとはいえ、彼らが本気なら死人が出てもおかしくなかった。

「本当にそうか?」
その声にゴートは振り返った。
声の主はアキトである。

ゴート「テンカワ!」
プロス「それで、どうでした?」
アキト「逃げられた!」

ドン!!

アキトは悔しそうに壁に拳を打ち付けた。だが、ゴートはその前のアキトの発言を気にしていた。

ゴート「どういう意味だ?テンカワ」
アキト「ん?なにがだ?」
ゴート「なにが『本当にそうか?』なんだ?」
アキト「殺せば葬式をあげてそれで終わりだ。でも痛めつけるだけなら怪我人の存在は必ず艦隊の足を引っ張ることになる。
 地雷と同じだよ。」
ゴート「確かにそうかもしれんが・・・」
アキト「それに盗まれたプレート、あれはどんなに犠牲を払おうとも死守しなければいけなかったのかもしれない・・・」
プロス「テンカワさん、なにを物騒な・・・」
アキト「奴らにとってナデシコ全員の命を奪うより、あのプレートを奪う方が大事だったんだ。
 結果、俺達は生かされたと考えても間違いじゃない。
 そのことがどんな意味を持つのか・・・・」

アキトの言葉にゴート達は背筋の凍る思いがした。

そこに・・・

「アキトくん、見つけた!」
「ミナトさん・・・なんでここに?」
「お見舞いしてたら・・・イネスさんに言われて・・・
 メグちゃんが大変なの!!」
「え?」
ミナトの口から出た事実は一同を驚愕させた。



ナデシコB・医療室


「くそ!!!
 ヤマサキのやつ!どこまで人を苦しめたら気が済むの!!!」
イネスは出てきたデータを眺めながら今は処刑台の露と消えた科学者の名前を忌々しげに吐き捨てた・・・



ナデシコB・病室


「どうした?」
アキトが駆けつけてきたときにはルリやユリカ、ジュンにケンもいた。一同は痛々しい表情で隔離病棟の向こう側をマジックミラー越しに覗いていた。

『うううう!!!!!!!!!』
ガンガン!!
ガシガシ!!

そこには猿ぐつわをかまされ、拘束衣を着せられながらも、それを振りほどこうと必死に暴れるメグミの姿があった。

「だんだん酷くなるんです・・・」
ルリが今にも消え入りそうな声で言う。
「どうして・・・」
「それは奴らがスイッチを入れっぱなしで帰ったからよ」
アキトの問いに答えたのはイネスであった。

「イネスさん、これは・・・」
「さっきテンクウ少佐から傀儡の話を聞いた。今も少佐にそれを解除してもらおうと試みてもらったんだけど・・・」
「すみません・・・」
ケンはうなだれて謝る。
「傀儡とは?」
ルリの質問にイネスが代わりに答えた。
「つまり一種の記憶操作術なの。
 例えば昨日は曇りなのに晴れだとか、眼鏡をかけていないのにかけていただとか、話術や催眠術、洗脳その他いろいろなテクニックを使って相手の記憶を都合のいいようにねじ曲げていく方法。
 あの風祭という男はフェイスレスと呼ばれていて、これが得意だったらしい。他人とすり替わり、相手の組織に易々と忍び込む。でも決してその存在は悟られなかった。
 だから『顔のない男』と呼ばれていたの。
 でも・・・」
「でも?」
「この傀儡をもう少し追究していくと他人をある程度コントロールできるの」
「コントロール?」
「いわゆる多重人格を作り出す技よ。
 そのために・・・・ナノマシーンテクノロジーが使われている」
「!」
イネスはメグミのうなじ辺りを指さす。
そこにはくっきりとナノマシーンのタトゥーが光っていた。これだけはっきり見えるということはかなり活発に活動しているということだ。

その無気味な光に一同怯えるように震える。
みんなそれが何か心当たりがあったからだ。

「そうよ。ナノマシーンの作者はあのヤマサキ博士。
 アキト君のナノマシーン改造の過程で生み出された亜種。
 人のイメージをコントロールする事が出来るナノマシーンよ・・・」
イネスの言葉にみんな絶句した・・・

「んで、詳しい話をしたいのは山々だけど、みんなを呼び出したのは他でもない。
 メグミさんをどうするか?ってこと」
「どうするって・・・・治療を」
ジュンがそう促すが・・・
「これはそんなに単純な話じゃないの。
 さっきも言ったでしょ?奴らはスイッチを入れっぱなしにして帰ったって。
 今メグミさんはもう一つの疑似人格ペルソナが顕在化している状態よ。
 もしこの状態が長く続けば・・・」
「どうなるんですか?」
ユリカが恐る恐る尋ねる。
「本来の人格とペルソナが逆転して本来の人格が消滅してしまうの」
「それってつまり・・・」
「そう、私達の知っているメグミ・レイナードという人物は死んでしまう。あとに残るのは『あれ』よ」
イネスはマジックミラーの方を指さした。

そこにはひたすら凶暴に暴れる女性の姿しかなかった・・・。

「助ける方法は?ナノマシーンを摘出すれば・・・」
「時間がかかりすぎるわ。」
「そんな・・・」
イネスの言葉にショックを隠しきれないルリ。
「でも方法がないことはない」
「そ、それは?」
「相手がナノマシーンというところがミソ」
「え?」
「つまり『毒を以て毒を制す』よ」
その一言で全員、イネスが何をしたいのか了解した。

アキトのナノマシーンスタンピード・・・

ナノマシーンキャリア達の意識を繋げ、強制的に悪夢を送り込むナノマシーンの暴走
確かにこれならペルソナを破壊できるかもしれない。

でも・・・

「それって危険じゃありません?」
「メチャメチャ危険よ。
 メグミさん本来の人格を破壊しかねないし、
 逆に接触したアキト君とメグミさんの精神が癒着しかねない。
 外からナビゲートしなければいけないわ」
「つまり・・・」
「そう、ルリちゃんにも手伝って欲しいの。
 しかもかなり危険が伴う。
 メグミさん本人の精神を弄くることにもなりかねない。
 少なくとも私に一存で決められる話じゃないわ」

だからイネスはみんなに判断を委ねた。
メグミの人権を侵害するために、緊急避難条項により提督であるユリカ、ルリ、ジュン、アキトの副提督達全員の合意が必要だ。
それに、実際にオペレーションを行うアキトとルリの承認を得る必要もある。

「断れば?」
「メグミ・レイナードの死」
イネスにピシャリと言われてため息をつくアキト
みんなの視線が彼に集まる。

「俺はともかくルリちゃんまで危険に犯すのは得策じゃない。
 どうせ・・・」
「どうせ、ナデシコを危険に陥れたスパイだから?
 そうじゃないでしょ?アキト」
アキトの台詞をユリカがきっぱり遮る。
「仲間を切り捨てる組織に人は着いてこない。
 そんなのナデシコじゃないよ!」
珍しくユリカの目は真剣だ。それが彼女の信念であり、提督であらんとする責務だ。

「・・・ルリちゃん、君はどうしたい?
 さっき君を殺そうとした相手だ。それでも救いたいか?」
アキトは選択を同じ危険に遭遇するルリに振った。

ルリの心に一瞬『メグミさんがいなければ・・・』という考えがよぎった。
しかし・・・
「ホシノ中佐、僕からもお願いします・・・」
ケンが無理を承知で頭を下げた。

『テンクウ少佐はメグミさんが好きだから頭を下げているの?』
ルリはそんなことを一瞬想像して、すぐにその考えを打ち消した。
そしてそんな考え方をする自分が少し恥ずかしかった。

ケンですらメグミを仲間と考えて助けたいと思っている。
なのに自分はナデシコAからの仲間だというのに・・・

「わかりました。」
ルリは了承した。
「なら急ぎましょう。」
イネスは彼等をユーチャリスに向かうよう促した。
プリズンでメグミの手術を行なう為である。

だが、彼等はあまりにも認識が甘かった。
人の心がどれほど複雑で、そして深く暗いモノかということを知らなかった。



Nadesico Second Revenge
Chapter34 いつか走った草原



ユーチャリス・プリズン


「どうしてラピスがナビゲータをしちゃいけないの?」
「あなたには大人の話はまだ早いわ」
ラピスはアキトとのリンクをルリに代わられて不服そうに言うのをイネスが苦笑混じりになだめた。
実際ルリでも役不足だろうが、男女の惚れた腫れたの問題が出てくるであろう今回のリンクはラピスにはきつすぎるという判断である。

「ルリちゃん、アキトとメグミちゃんをよろしく♪」
「はい・・・」
不安がちなルリを励ますとユリカはナデシコCへ戻るべく部屋を出ていこうとした。

「あら珍しい。あなたは最後まで見ていくとのかと思ってたわ」
「あら、エリナさん。ご無事でした?」
「おかげさまで」
ユリカを呼び止めたのはエリナであった。
「メグちゃんのプライベートを覗き見るのもなんですし、それにアキトとルリちゃんに任せておけば大丈夫ですから」
「ふぅ〜ん。信頼してるのね」
「だってアキトは私の王子様ですから♪」
ユリカの言葉に珍しくムッとするエリナ。
さもアキトを自分の所有物と信じて疑わない態度が彼女の癇に障ったのだろう。

「大した自信ね。でもアキト君をメグミさんやルリちゃんやラピスに盗られるとか思わないわけ?」
エリナは意地悪な質問をした。あえて自分の名前を外す辺りが彼女らしい。
「盗る盗られるじゃありませんよ」
「え?」
それに対してユリカはきっぱり答える。

「私はアキトに戻ってきて欲しいって伝えています。戻ってきても良いように場所も作っています。
 後はアキトが戻ってきてくれるかどうかですけど・・・
 こればっかりはアキトの意志だから。
 けど・・・」
「けど?」
「アキトが自分を捨ててまで私を助けようとしてくれたのだけは本当だと思うから、私がそれを疑っちゃ失礼じゃないですか。
 だから信じて待ちます。
 ナデシコは守ります。
 いつ火星の後継者と戦うかもしれないから、早くこのボロボロのナデシコを立て直さないと。ぼーっと手術を眺めていて敵に襲われでもしたらアキトに失望されます♪」
ユリカはにっこり笑った。
「さってと、ケンさん、ジュンくん、後はアキト達に任せて私達は私達のすべき事をするわよ♪」
「「は、はい!」」
二人を引き連れてユリカは自分の持ち場に帰っていった。

エリナは『かなわないわね・・・』と苦笑するのであった。

それはともかく
「二人とも準備はいい?」
『ああ』
『はい』
アキトとルリはプリズンの中に入る。
中では既に睡眠薬で眠らされているメグミが横たえられていた。

「じゃぁ、行くわよ。
 リンク開始!」
プリズンは外部から遮断されアキトはメグミのナノマシーンにリンクを開始した。
ナノマシーンスタンピードの応用。少し意識するだけでアキトの心はメグミと繋がった・・・



メグミの心・入り口


アキトはデフォルメブラックサレナの姿をして暗く何もない空間を漂っていた。
「ここはどこだ?」
「まだメグミさんの心の入り口あたりです」
ブラックサレナの肩にはこれまたデフォルメのルリがのっかっていた。どうも以前オモイカネの治療のために使ったナビゲートシステムを改良した物らしい。

「とりあえずそのまま先に進んで、眠ってるメグミさんの人格とナノマシーンが作り出したペルソナ(疑似人格)の位置を特定しましょう」
ルリはそう指示する。
しかし・・・

「ペルソナの方に関してはその必要はないな・・・」
「え?」
ルリに言われるまでもなく、アキトの前にはまるで病原菌を退治するために白血球がやってくるように、メグミの意識らしきモノが形を成してやってきたからだ。

「何しに来たんですか?」
「メグミちゃん・・・」
「私の心に土足で踏み込まないで下さい。迷惑です。」
ペルソナのメグミは拒絶の言葉を投げかける。
だが、引き下がるわけには行かない。

「そうはいかない。本当のメグミちゃんを返してもらう」
「本当ってなんですか?私が本当のメグミ・レイナードですよ」
「違う。君は本当のメグミちゃんじゃない」
「あなたが私の何を知っていると言うんですか?私のことを捨てたくせに!」
「捨てたって・・・」
なじるメグミに戸惑いを見せるアキト。

「最初からユリカさんが好きだったくせに、キスまでしてその気にさせて私を弄んだくせに!!!」
「な!」
メグミの周りにはアキトとキスしたナデシコA時代の記憶がいくつも浮かんで表示された。
幸せそうなアキトとメグミの姿が
いくつも
いくつも

それだけじゃない。
バーチャルルームでの先輩後輩ゴッコ
火星でのユートピアコロニー
サツキミドリ2号陥落後の展望室での会話

どれも楽しい、本当に楽しい光景であった。

「私、本気だったんですよ。それなのに、それなのに・・・」
メグミは呪詛のように言葉を紡ぐ。
責める言葉と同時に幸福だったキスシーンはアキトとユリカのそれにすり替わる。

取り残された感覚
奪われた喪失感
嫉妬
醜い心が噴出する!!

ここはメグミの心の中だから・・・
そんな雰囲気が辺りを充満し、アキトやルリを締め付ける。

「私が二人をどんな思いで見ていたかわかりますか?」

『まずは艦長に報告しなくちゃ』
そういって北極海で自分を置き去りにユリカの下へ向かったアキトの背中を見つめた気持ち

『私と戦争とどっちが大事なんですか?』
横須賀でそう詰め寄って、私よりユリカさんを救いにいったアキトさんの背中を見つめた気持ち

『そんなの全然アキトさんらしくない!』
月面で九十九と戦ったアキトに言葉が届かなかったあのときの気持ち

「あなたはどれも私の心に答えてはくれなかった!!!!」
向けられる嫉妬
愛するがゆえの憎悪
メグミにまともな敵意を向けられて怯むアキト

「違う」
「なにが違うんですか?」
「あのとき、俺は君のことが好きだった。」
「ウソです。」
「ウソじゃない!」
「じゃ、なんで私を受け入れてくれなかったんですか?
 なんで私じゃなくてユリカさんなんですか?」
「そ、それは・・・・」
アキトは答えに窮した。

「アキトさん、相手のペースに乗っちゃダメです!あれはペルソナがメグミさんの記憶を都合良く・・・」
「わかってる!」
ルリがアキトに注意を促すが、アキトは冷静さを失いかけていた。

「だから、もういいんです。
 これからはこの人が私のアキトさんになってくれるんですから」
メグミのそばにある人物が現れる。

「風祭!!!!」
「違いますよ。これが私のアキトさんです♪」

そう、顔は確かに風祭だ。
しかし制服からすればそれはアキトの体だ。
そう、顔だけが改竄されたアキト。
今のメグミに都合の良いアキト
それは顔だけが風祭で声や仕草はアキトのまま、メグミを心地よく抱きしめる。

「これがもう、私のアキトさん。
 あんな私の思い通りにならないアキトさんなんていらない。
 私はこのアキトさんとここでずっと一緒に暮らすんです。
 だからあなた達はさっさと出ていって下さい」
うっとりとした表情で風祭の顔のアキトにしなだれて、メグミは言う。
それと同時にメグミの周りに漂っていた昔の光景は次々改竄された。

『迎えに来てくれてありがとう、メグミちゃん』
そういってユリカのもとへ向かわず自分に微笑みかけてくれる風祭の顔をしたアキト

『もちろん、メグミちゃんだよ』
たとえ川崎が廃墟になっても自分とレストランで楽しく語らってくれる風祭の顔をしたアキト

『そうだね。君の言うとおりアニメを見ている方が俺らしいよね』
そういって戦いを止めて一緒にゲキガンガーを見てくれる風祭の顔をしたアキト

ここはメグミにとって心地よい世界
自分の望むアキトがそこにいてくれる世界
自分の望む言葉をかけてくれる世界
都合のいいように思い出を書き換えてくれる世界

「反吐が出る!!!」
「まったくです。
 風祭はこうやってメグミさんをコントロールしたわけですね」
アキトは嫌悪感を露にした。ルリも同感のようだ。

風祭の傀儡は、そしてナノマシーンはこうやってメグミの心の隙につけ込み、自分の都合の良いように記憶を改竄し、心を操ってきたのだ。
アキトを想うメグミの心を利用して・・・

「目ざわりだ!消えろ!!!」
アキトのブラックサレナは次々と思い出の中のアキトを撃ち抜く。

バンバンバン!!

でも・・・
「無駄よ♪」
メグミは嘲笑う。
思い出はいくらでも形作られる。
ここはメグミの心の中なのだから。

「無駄な努力はやめたらどうです?」
「なに!」
「私はここで幸せな夢を見ているのですからほっておけばいいじゃないですか」
「これは本当のメグミちゃんの心じゃない!
 貴様が食い物にしているだけだ!」
「そんなわたしに振り返るつもりもないくせに、私を助けるなんて偽善だわ」
「なに?」
メグミはアキトの心を見透かしたように言う。

「あなたが私の心の中で暴れているのは、ただ昔の自分が歯がゆいからだけですよ」
「な!」
「ほら、何もできなかった自分を・・・」

それはメグミの視線で綴られた昔の姿
ダイゴウジ・ガイの死に脅えるアキト
フクベに庇われて何も出来ず火星を逃げ出したアキト
フクベ達の死に脅え、遭難してしまったアキト
木連の正体を知り、月で知り合った知人を殺されて、九十九達を許せなかったアキト
共にゲキガンガーを好きだと思っていたのに、九十九を殺されてそれが一方的な思いこみだと知らされたアキト
そして何の為に戦うのかわからなくなり部屋に閉じこもってはみたものの、結局はリョーコに諭されてしまうアキト

歯がゆくって、悔しくって
どうして『もっとこう出来なかったんだろう!』と苛立っていた頃の自分
それを風祭の顔で都合よく改竄させて、もっと虫酸の走るセリフを喋らされる。
他人に都合のいいセリフだけを吐いて、結局は甘いだけの自分
そんな自分がそのまま成長したからこそ・・・

新婚旅行当日のシャトルの中で・・・・

シャリーン・・・・

『愚かなりし、実験体よ』

爬虫類のような目をした男
最愛の妻とともにさらわれる自分
何もできなかった、手も足も出なかった
無様な自分
切り捨てたはずなのに
忘れたはずなのに
甘いだけの自分を何度も見せられる・・・

「ふざけるな!!!」
アキトは冷静さを欠き、次々思い出という名の偶像をブラックサレナで撃ち抜いていく。
だが、消えるたびに新しい思い出が浮かんできてさらにアキトを苛む。
「アキトさん、落ち着いて!!」
「うるさい」
ルリの制止も聞かず、乱射しつづけるアキト。
「ここでペルソナの相手をしていても時間の無駄です。
 まずは本当のメグミさんの人格を見つけないと!!」
ルリは何度も訴えた。
アキトの心がどれだけ傷ついているか、ルリにも痛いほどわかっている。
でも自分もアキトも傷つくであろうことは承知のうえでこの場に来ているはずだ。
ならば、メグミの心を救うという行為を優先させるしかない。

「・・・・・・・・わかった」
ひとしきり暴れて、その行為が無駄だと悟ったアキトは踵を返してその場を離れた。
無論、ペルソナのメグミは追いかけてきたが、なんとか振り切る事が出来たようだった。



ユーチャリス・プリズン


アキトとルリから送られてくるデータを元に本当のメグミの人格がどこにあるか探っていたイネスであったが・・・・
「なんてこと・・・・」
イネスは青ざめていた。

イネスは大きな誤算をしていた。
ただメグミの本当の人格を確保した後、ペルソナにスタンピードのデータを送ればそれで全てが解決すると思っていた。

しかし・・・

「ルリちゃん、アキトくんに・・・・」
イネスは重苦しい口調でルリに事実を伝えた。



メグミの心・言語中枢


「どういう事なんですか?イネスさん!」
『メグミさんの人格がないの』
「ないってどういうことだ!!」
イネスの言葉に思わず問い直すルリとアキト

『正確にはなくなっていない。でもその反応はかなり微弱なの。
 一番分かり易い言葉で言えば自閉症ってこと』
「どういうことですか?」
『話せば長くなるんだけど、今あなた達が見ていたのは普段抑圧されてきた人格をナノマシーンが都合よく改竄したものなの。でもこのペルソナは通常、本来の人格が強ければ十分押え込めるはずなの。
 でも今はその本来の人格がほとんどゼロに近い。
 だからペルソナが彼女の心の全てを支配している。』
「つまりどういう事だ!」
要領を得ないイネスの言葉に苛立ちの声をあげるアキト

『だから、二つの人格を風船に例えると分かり易い。
 普段はメグミさん本来の人格という風船の空気のほうが大きいから抑圧された人格は表面に現われて来ない。本来の人格がペルソナの方を押し返しているの。
 これは理性と同じ働きなんだけど・・・・
 今の彼女はこの本来の人格が極端にしぼんでいるの。
 だからどんなにペルソナを弱くしても容易に表面化してしまう。』
「スタンピードでペルソナを破壊してしまえば・・・・」
『本来の人格が元に戻らないうちにペルソナを破壊してしまったら、メグミさんの心には人格が存在しないことになる。
 心の存在しない人間がどうなるか・・・・誰にもわからないわ』
ルリの質問にイネスは恐ろしい現実を突きつける。

「つまり、どうすればいいんだ?」
アキトは簡潔に尋ねた。
『今、彼女の本当の人格は深層心理の中に閉じこもってしまっている。
 そこから救い出す必要があるわ。
 でもそんな深いところまで潜っていったら・・・』

イネスは二の句を継がない。
継がなくてもアキトやルリにはわかった。

人の心の奥底
そこに入り込む事がどれだけ危険か・・・・

「ここまで来たんだ。行こう」
アキトはそういう。
しかしルリはもうこれ以上先へは進みたくなかった。
先に進む度にアキトの心も傷ついていく。そんな予感がするからだ。
そして傷ついてもがくアキトを見るのは耐えられなかった。
『たとえメグミさんを見殺しにしたとしても・・・』
だが、そんな浅ましい考えを一瞬でも持った自分が恥ずかしかった。

「ええ・・・」
結局ルリは葛藤の末、了承した。
それがいいのか悪いのか決めかねたまま・・・



メグミの心・深層心理


何もない世界
暗闇
閉鎖された世界
世界を拒絶した場所

「ここがメグミちゃんの心の底?」
「ええ、確かに・・・」
アキトのブラックサレナは辺りを見回すが本当に何もなかった。

しかし・・・

「アキトさん、あれ!」
ルリの指さす方向には光があった。

小さな、小さな光が
まるで何かに怯えているように身をひそめる光が・・・

「あれがメグミちゃんの・・・心?」
「たぶん・・・」

アキトは静かに近づく。
その光はかなり微弱であった。

「・・・・メグミちゃん、目を覚ますんだ」
アキトはその光に触れた。

だが・・・・・・

膨大なイメージがアキトに、ルリに流れ込んできた!!!
それが彼女の心のもっともプリミティブなものだった。

『私は人を殺そうとした』
『ルリちゃんを殺そうとした』
『昔の仲間を殺そうとした』
『イヤだって言ったのに』
『でも、本当にそうなの?』
『イヤだと思いながらも心のどこかでこう思わなかった?』
『ルリちゃんを殺したらアキトさんが帰ってくるかもしれない・・・って』
『違う!』

「メグミちゃん」
メグミの心の叫びに思わず声をかけるアキト

『もう、ナデシコには戻れない』
『だって味方を殺そうとしたんだもの』
『いつ寝返るかって疑ってるんだわ』
『敵に操られて今までどんな酷いことしているんだろうって疑惑の眼差しで見ているのよ』

「違う、違うよメグミちゃん!」
アキトは必死に呼びかける。
まるで何かを否定するように。
心の疚しさを打ち消すかのように。

しかし・・・・

『ウソですよ。みんな私のこと軽蔑してますよ』
『みんな嫌っているはずよ』
『私なんて死ねばいいと思ってるはずよ』
『だからみんなアキトさんが帰ってきたこと教えてくれなかったんでしょ?』
『私だけのけ者にしてナデシコに乗せてくれなかったんでしょ?』

「そんなことない、そんな・・・」
アキトは苦しそうに否定する。しかし・・・

『じゃぁ、なんでアキトさんは帰ってこないんですか?』

「!!!!!!!!」

そう、メグミの叫びはまるでアキトの心の裏返し
火星の後継者への復讐の為に悪鬼に身を窶し、戦い続けた日々
北辰を倒してもユリカやルリのもとへ戻れなかった自分の心の叫び

どうして自分にメグミの心を否定できようか?

『人を殺したからでしょ?』
「違う」
『嫌われているって思うからでしょ?』
「違う」
『自分の病気がみんなから恐れられていると思うからでしょ?』
「違う」
『他人が自分をどう思っているのか知らされるのが怖いからでしょ?』
「違う」
『復讐のためといっても、帰るのが怖いだけなんでしょ?』
「違う」
『もう自分の居場所がないって確認するのが怖いんでしょ?』
「違う!!!」

アキトは絶叫する。
それは、メグミが自らを封じた言葉と同じ
自分も帰らぬと定めた理由と同じ
それを確認するのはとても辛いことだから
とてもとても辛いことだから
忘れたフリをしないと耐えられないことだから
闇の王子という衣を纏わないと耐えていけないから

「もういいです、アキトさん!
 帰りましょう!!!」
ルリは思わず叫んだ。
これ以上メグミの心と接触していてはアキトの精神が保たない。

アキトがどこか遠くへ行ってしまいそうな
アキトらしさがどこかへ吹き飛んでしまいそうな

そんな焦燥感に駆られてルリは必死にアキトを止めようとした。

でも・・・・

「ダメだ!」
「どうして!?」
「今見捨てたら彼女の心は本当になくなる!」
「でもアキトさんが!!」

ルリもわかってる。
彼女の心から逃げ出すことはアキトが今の自分を否定することに繋がる。
帰らぬ理由から目を背けて逃げだし、二度と戻って来れなくなる。

けれど・・・アキトは自分自身を肯定できるのか?

『私はアキトさんの笑顔だけを見て暮らすんです』
『だって現実のアキトさんは私に微笑んでくれないから』
『私が見るのは他人に向けられる笑顔だけ』
『私のアキトさんは新婚旅行のシャトルが爆発したあの日に凍り付いたままなんです』
『闇の王子様は決して笑わない』
『私の好きだったアキトさんはどこにもいない』
『笑顔のすてきだったアキトさんはどこにもいない』

あふれ出たのは笑顔のアキトの姿
ナデシコAの頃のアキトの姿・・・

照れたように笑うアキト
ゲキガンガーを嬉しそうに観ているアキト
真剣に料理しながらもどこかやりがいを感じているアキト
みんなを守れて誇らしげなアキト
ユリカと一緒のアキト
ルリと一緒のアキト
ミナトやユキナと一緒のアキト
リョーコやヒカルやイズミと一緒のアキト
ホウメイやホウメイガールズと一緒のアキト

・・・そしてメグミと一緒のアキト

笑顔、笑顔、笑顔・・・

それは無数の笑顔
一人の少女がこよなく愛した笑顔
本人でも気づかないような些細な笑顔もこの少女は心に留めておいたのだ。

「俺ってこんな風に笑っていたのか・・・」
「アキトさん・・・」
アキトは思わず呟く。ルリにも知らない表情がいくつもある。

あの日、復讐するためにあの場所に置いてきたのはこの笑顔
でも少女はこの笑顔をまるで宝物のように大事にしてきた。

アキトとユリカが死んだと知らされた後、アキトを吹っ切ろうと何人かの男性と交際した。
でもいつもよぎるのはこの笑顔
どこか頼りなげでナイーブで、でもとても前向きな笑顔
いつの間にか他人にその面影を求め、でも結局はイコールでないことに気づく。
どこにもあの笑顔がないことに気づき
アキトが生きていたと知ったときも、闇の王子様と成り果ててあの笑顔が失われたと知った。

そこを風祭につけ込まれた。
彼らは少女の望むアキトを見せてくれる。
今は思い出の中でしか見いだせないアキトの笑顔を

だからメグミはここに閉じこもった。
アキトの笑顔が失われたと認めなくても良い世界
ナデシコに自分の居場所がないと認めなくても良い世界
たとえそれが虚構だとしても・・・・

「・・・・もう、どうやって笑っていたか思い出せないんだ。」
「アキトさん・・・」
苦しげに言うアキトの言葉をルリは聞いた。
「君達は笑った俺が好きだって言ってくれるけど・・・
 今の俺には歯がゆかった自分への嫌悪でいっぱいなんだ。
 どうしてそんな自分を愛せる?」

なにか答えを見つけだそうともがいているアキトにルリはどう言葉をかけていいかわからなかった。
でも・・・
でも・・・

「私もアキトさんの笑顔、好きでした」
ルリも自分の思い出を見せる。

ユリカと一緒のアキト
三人で一緒に暮らしたアキト
屋台を引っ張っていたアキト
調子っぱずれの歌で客引きするユリカ
チャルメラを吹くルリ
それを温かく見守るアキトの笑顔

否定してきたあの時の自分

でも、他人の目から見た自分の姿はとっても幸せそうで・・・・

ツーーーー

なぜか涙が出た。
涙なんか枯れ果てたと思っていたのに・・・

どうやって笑っていたかなんて覚えていない。
当たり前だ。
人は幸せだから笑う
愛されているから笑う

だから・・・・

俺は愛されていたのかなぁ・・・
まだ居場所はあるのかなぁ・・・
必要とされているのかなぁ・・・
もう不器用にしか笑えないけど、こんな笑顔でも好きと言ってくれるのかなぁ・・・





失ったモノは取り戻せない
でも忘れていたモノなら思い出せる



アキトは不器用に笑ってみた。

『アキトさん♪』
メグミの心は敏感に反応した。
世界が光で包まれる
解放される心の呪縛

現実世界にもアキトの笑顔がある
またその笑顔を自分に向けてくれる
殻に閉じこもった彼女の心を解放するにはそれだけで十分だった。



ユーチャリス・プリズン


「今よ!スタンピード注入!」
イネスの指示をアキトとルリが実行した!

メグミの首筋のタトゥーの光は静かに消え去った・・・




数分後・・・・


メグミは目を覚ました。
傍らではアキトが見守っていた。
「お帰り、メグミちゃん」
アキトは不器用ながら笑った。
昔のアキトの笑顔で・・・

だからメグミは・・・・

「ただいま、アキトさん♪」

当たり前のようにそう言った。

『今回だけはユリカさんに黙っておいてあげます』
それを端で見ていたルリは思う。

アキトさんが昔の自分を取り戻してくれたのは間違いなくメグミさんのおかげでした。
たぶん私には今回のようにアキトさんと共に傷つくなんて出来なかったでしょう。
それに太陽のようなユリカさんでは逆にアキトさんの闇を浮き彫りにしすぎてかえって追いつめたと思います。
エリナさんであればどこまでもアキトさんの逃げ場所になって決してこちら側には戻って来れなかったかもしれません。
そしてラピスはどこまでもアキトさんに着いて行くだけでしょう。

ただアキトさんに笑顔を取り戻させる
それがどれだけ難しかったか・・・
ひょっとしたらそれはメグミさんにしか出来ないことだったのかもしれません。

悔しいけど・・・

『ありがとうメグミさん』
ルリは心の中だけで礼を言った。
『だって口に出したら本当に悔しいですし♪』
そう、心の中で舌を出しながらルリは微笑んだ・・・。



そして神の城は目覚める


アキト達がメグミの心を取り戻している頃、プレートを携えた東郷達は夢幻城の前に辿り着いていた。

「さぁ、目覚めろ!!
 悠久の太古より時と空間を支配してきた伝説なりし神代の城よ!!!」

東郷の言葉とともにプレートは輝きを増す。

固く固く閉ざされていた門は開く。
まるで主を迎え入れるかのように・・・

今、夢幻城は静かに目覚める・・・・

See you next chapter...



ポストスプリクト


ってことでリベ2のChapter34をお送りしました。
どこに草原が出てくるねん!!!
一応TV版の同話をモチーフにしているんですが・・・影も形もないですね(笑)
改題しようかしら・・・

ともあれ、このお話はケンの補完計画であるChapter33と対を成すお話しになってしまいましたね。今回はアキトの補完計画であるという。

ケンが「甘いままのアキト」なら大切なモノを一度失わないと気づく事が出来なかった。
では既に大切なモノを失ったアキトはどうすれば元のアキトに戻れるのだろう?
というのが今回のお話しという事です。

「筆者はそんなにメグミとアキトをひっつけたいのか!」とか言われそうな内容に近いのですが、一つはここまでメグミにかなりそんな役回りをさせてしまった事へのおわびの意味があります。
 >Enopi様、これで許して(笑)
もう一つはこんな汚れ役(失礼)、他の誰にさせられます?
「メグミを美化しすぎ」「こんなのメグミじゃねぇ!」ってツッこみはやめて下さい(爆)

まぁそんなこんなで黒プリの奥さん'sには彼女がいたりします。
それが良いか悪いかは置いておいて、これ以降はクライマックスです。
当然、ルリやアキトやユリカが活躍します。
最後の戦いです。メカ戦も用意しています。
さてさてどうなるか・・・

ってことで残り3話+1ぐらいですが、出来ましたらもう少しおつき合いいただけますようお願いします。

では!

Special Thanks!
・TARO 様
・カバのウィリアム 様
・sinn 様
・あめつち 様