アバン


昔の人は言いました。
「人生とは後悔の連続である」と

それはあのとき選ばなかった自分に対する呪詛に満ちた言葉
自分自身を過去へ縛り付ける言葉

でも、本当に過去へ戻れたからといって、やり直すことが出来ますか?
もう一度誤った選択をしないと言えますか?

運命はただ過去に戻れたからといって容易く覆るものではないのですから・・・

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



ナデシコB・通路


『メグミ・レイナードに気を許すな。
 何かあったら躊躇わずに殺せ!!!』
月臣の言葉がケンの胸によぎる。
傀儡に操られたメグミを止めるのは不可能だ。
今の自分の位置ならメグミを殺せる。そうすればルリはたぶん助けられるだろう。

でも・・・

「プレートさえあれば『MARTIAN SUCCESSOR』など恐れるに足らん。
 だが、電子の妖精はやっかいだ。
 殺せ!」
東郷の冷徹な決断は下された。

メグミの手が動こうとする。

しかし、
「止めるんだ、メグミちゃん!!!!!」
アキトの叫びに一瞬手を止めるメグミ。

最後のチャンスだ。引き金を引けばルリは助けられたはずだ。

だが、

『好きな女を殺すのか?俺と同じように・・・』
西條数馬の声で迷いという名の亡霊がケンの心に囁く。

そして・・・

「ルリちゃん!!!!」
アキトやユリカの絶叫を聞き終わることなく、ルリは力無く崩れ落ちた。

ルリの心臓に突き刺さったナイフ
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
それを見た瞬間、ケンは絶叫した。
それが選ばなかった代償であった。



ナデシコB・医療室


僕はまるで他人事のようにその喧噪を眺めていた。

「輸血の準備!このまま手術室に運ぶから!!」
「わかりました!!」
「敵は?」
「撤収しました!近くに脱出艇を隠しておいた模様です!」
「迎撃しますか?」
「今は混乱を収拾することが先だ!」

自分もその輪の中に加わらないといけないのに、ただボーっとホシノ中佐の顔を眺めている。
既に血の気の失せた顔。
イネスさんが中佐の血塗れの胸部を押さえながら必死に延命処置・・・それは既に蘇生処置かもしれないが・・・を行っている。だが傍目にも無駄な努力に近い。
提督がホシノ中佐に付き添い手術室に入る。

二人に代わって全員に指示しているのはテンカワさんとタカスギ大尉。
「テンクウ・ケン、腑抜けてるんじゃない!!」
ってテンカワさんに胸ぐらを掴まれた。

「お前にはまだやることがあるだろう!」
そう言われたが
「テンカワさんも冷たいですね。ホシノ中佐が死にそうなのですよ?
 なぜ付き添ってあげないのですか?」
と問い返したら、
「お前は最低だ・・・」
そんな捨てゼリフを残して僕の下を去った。こんな腑抜けの相手をする時間も惜しいらしい。

僕は何も考えられず、ただ手術中の赤いランプが消えるのをボーっと眺めていた。
メグミさんはそのまま風祭と共に去ったらしいが、今の僕にはあまり興味がなかった。
何人かに話しかけられたが、僕が何も答えないのを見ると、時間の無駄だと思ったのかそのまま去っていった。

どれだけの時間がたったか、覚えてない。
いつしか手術中のランプが消えていた。

「ルリちゃーーーーん!!!!!!!!!!!!」
提督の泣き声が廊下にまで響き渡り、僕はそれをやけに醒めた気持ちで聞いていた。
『あ、死んじゃったんだ・・・』
と、それが当たり前かのように呟いた・・・。



ナデシコB・遺体安置所


僕は白い布のかかったホシノ中佐の遺体をずっと眺めていた。

みんな冷たいと思う。
誰一人ここには来なかった。

みんな中佐がいなかったかのように働いていた。
そりゃ、今は戦闘中だ。
だからといってみんな中佐が死んだことを無視するみたいに働かなくったっていいじゃないか。

線香の一本でもあげに来てくれてもいいじゃないか。
仲間が死んだんじゃないか・・・

・・・わかってる。
それが感傷だってことは
ただの甘えだってことは
みんなも認めたくないから自分を誤魔化すように働いてるんだって

でも失って初めてわかったんだ・・・

失ったモノがどれほど自分の心の中で大事なモノだったのか
何も考えられなくなるほど大切なモノだったのか

だからそれがただの逃避だとわかっていても何もする気が起きなかったのだ・・・。



それはなにかの悪い夢


それからどれぐらいたったのだろう?
艦内は騒然となった。

「敵性物体接近中!!」
「どこの軍だ!」
「火星の後継者達ですが・・・・データにありません!」
「なんだ、アレは!!!」

それは宇宙に浮かぶ城

統合軍がいつの間にか現れ、なりふり構わず古代の遺産に群がった。
ナデシコ艦隊の制止も振り切り、我先に神の英知を手に入れようとしたが・・・

現れたのは天使
いや、まるで妖魔・・・インプのようだった。
それらはまるで群がるように統合軍の機動兵器に食らいついていった。
見る見るうちに食い散らされる統合軍達

劣勢になるのを見かねた統合軍は禁断の兵器を使う。
『相転移砲』
如何なるものをも空間ごと葬り去るその兵器を神の城に向けて撃ち放つ。

しかし、以前ホシノ中佐に聞いたことがある。
火星極冠の都市遺跡にナデシコAが相転移砲を撃ったとき、その効果をキャンセルされたことを。
如何なる攻撃も古代火星遺跡には通用しないことを

彼らはわかっていなかった。

相転移砲の効果はキャンセルされるどころか突如として座標が変更され、統合軍の中心で炸裂した。

たった一瞬で統合軍は宇宙から消滅した。

けれどナデシコ艦隊はこの場で抗戦することを決めた。
それが無駄な足掻きと知りつつも、ここで止めるしか他に方法がなかったからだ。

しかし、ホシノ中佐という支柱を失ったナデシコ艦隊は脆かった。
「ハーリー、あの城にシステム掌握をかけれるか?」
「やってますが・・・・ダメです!!
 せめてルリさんがいれば・・・・」
「クソ!!サレナ部隊で内部に直接攻め込む!!!」

そう、ホシノ中佐がいれば何とか出来たかもしれない。
しかしテンカワ提督は茫然自失とし、その穴をテンカワさんとタカスギ大尉が埋めようとしたが、士気はあがらなかった。

「おい、ボソンジャンプできねぇぞ!」
「なに!?」

そう、ナデシコ艦隊の最大の武器の一つ、ボソンジャンプも封じられてしまっていたのだ。
これで直接内部に飛び込んで敵を破壊するという戦法も使えなくなってしまった。

為すすべもなくなったナデシコ艦隊・・・

後は座して滅ぶのを待つだけだった。

「相転移反応きます!!!」
「回避!!」
「間に合いません!!!!」

次の瞬間、回避の遅れたナデシコCが沈む!

「ユリカ!!!!!!!」
「おい、テンカワ、無茶は止せ!引き返せ!!!」

リョーコさんの制止を振り切ってテンカワさんはブラックサレナを城に向けて駆り立てた。
無数に群がる天使の群に突っ込む。
まるで阿修羅のごとく敵を薙ぎ倒すブラックサレナ

しかし、それはあまりにも勝算のない戦いだった。

あちこち被弾し、翼ももげ、それでもなお突き進むブラックサレナ。
しかしボロボロになりながらようやく城の正門に辿り着いたブラックサレナを待っていたのは・・・・

「さらばだ、黒百合・・・」
ボソンジャンプして現れた東郷の夜天光・・・
その手にした錫杖は無情にも振り下ろされ・・・・

「アキト!!!」
ラピスの叫び声も空しく、ブラックサレナは消滅した。
そして運命を共にするようにユーチャリスも天使に襲われて轟沈した。

何もせずただ生き残った僕は、悪い夢なら醒めて欲しいと願いながらナデシコBの展望室でその光景を眺めていた。

なぁに、たかが遅いか早いかの違いだ。
どうせみんなホシノ中佐の下に行くんだ。
きっとみんなそこで逢えるさ。

・・・・・でも僕だけは地獄かな?

そんなことを思いながらただ目の前で相転移砲のキラメキが自分たちを包むのを眺めていた。

そして世界は閃光に包まれた。

僕の物語はここで終わった・・・・・












暗転












ここはどこ?


ここは死後の世界なのだろうか?

天もない
地もない
ただあるのはどこまでも続く暗闇

上も下もない

どこまで歩いたのかわからない
どこまで歩くのかわからない
そんな場所だった。

メグミさん
テンカワ提督
ミナトさん
ユキナちゃん
アオイ中佐
リョーコさん
ヒカルさん
イズミさん
タカスギ大尉
ウリバタケさん
ハーリー君
フジタ少尉
ホウメイさん
イネスさん
コトネ君
ゴートさん
プロスさん
エリナさん
ラピスちゃん
サリナさん
月臣先輩



・・・テンカワさん



・・・・・ホシノ中佐




やっぱり誰もいないか。
そうだよな。
みんな最後の瞬間まで戦っていた。最善の努力をしていた。
なのに僕だけはただ安穏と終焉を待っていたんだ。
みんなと同じ場所に行けるわけないか・・・・

僕はどこに行けばいいんだろう・・・
どこまで行けばいいんだろう

自分のしたこととはいえ、一人は寂しすぎる・・・

どうして何も出来なかったんだろう・・・

「おや、また来訪者かな?」

え?人の声がする!!

僕はその声の方に必死に走っていった!
一人じゃない!一人じゃ・・・

しかし、声の場所に辿り着いた僕を待っていたのは意外な人物だった。

「やれやれ、また迷子か。
 歓迎するべきかせざるべきか。
 まぁコーヒーぐらいはご馳走しよう。
 とはいってもフェイクだけれどね」
「い、イネスさん?」

そう、僕の目の前に立っていたのは・・・イネス・フレサンジュその人であった。



Nadesico Second Revenge
Chapter33 5分前の未来



The End of future


「い、イネスさん、何でこんなところに?
 ここは地獄ですか?」
「なんで私が地獄に堕ちないといけないのよ!」
「す、済みません!!!」
「・・・・ふふふ、冗談よ」
「え?」
イネスは急に笑い出す。

「ふうん、この姿をした人物はイネスというのね。
 ふむふむ」
「・・・・・・・イネスさん?」
しげしげと自分の格好を眺め回すイネスの様子に、ケンは呆気にとられた。

「ああ、ごめんなさい。人の姿をしたのは久しぶりだから」
「・・・・はい?」
「つまり・・・私はあなたの記憶の中から一番説明を信用して聞いてくれそうな人物を捜し出して現人(うつせみ)としただけ。
 だっていきなり宇宙人みたいな姿で現れたらあなたはパニックになるでしょ?」
「・・・・・宇宙人さんですか?」
「例えよ、例え!
 まぁ、あなた達の区分けで言えば宇宙人ってのもあながちハズレじゃないけど。」
「あ、あなたは・・・一体・・・」
「名前はパスね。あなた達の言語では発音しようがないから。
 ただ誰かと聞かれれば・・・・
 そうね、あなたの記憶の中で一番近い単語を探すとするなら
 古代火星人・・・かな?
 正確にはちょっと違うけど。」
「こ、古代火星人?」

ケンもびっくり!
地獄で死者の幽霊と会ったと思えば、実は宇宙人だったとは!!
だが、驚くのはまだこれからだった。

「こ、ここはどこなのですか?」
「ここ?
 ここを説明するのは難しいわね。
 でも君という人間から見た真実で言えば、
 ここは時の終わり
 『The End of future』
 破綻した物語の墓場
 ・・・まぁ早い話がアドベンチャーゲームでいうところのバッドエンドというところかな?」
イネスの姿をした古代火星人は笑って意味不明な説明を続けた・・・。



イネス先生(仮)のなぜなにナデシコ


言われたことがあまりにも難しすぎたのか、突拍子もなかったのか、しばらく考え込むケン。ようやくイネスの姿を借りた者の言いたいことがわかった。

一番最後のところだけであるが

「・・・・・・・バッドエンド?」
「そう、本来あるべき未来から大きくはずれた世界
 誤った選択、フラグ立てに失敗したプレイヤーが迷い込む世界
 プレイヤーがゲームを放棄した世界」
「・・・・・それって・・・まさか」
ケンには心当たりがあった。
イネスの姿をした者はニッコリと微笑む。

「そうよ。ここはプレイヤーである君が物語を見捨てた世界。
 紡がれなくなった物語はどこへも行かない。
 本を読まなければ物語は紡がれない。
 例え、その先にハッピーエンドがあっても君という人間から見れば何の意味もない。
 そんな世界よ・・・」
「そんな・・・」

ケンの頭の中はパニック寸前だった。

ここは『The End of future』で、イネスさんに似た人は宇宙人というか古代火星人で、それがバッドエンドで・・・
何がなんだかわからなかった。

「済みません、じゃぁ、ここはどこなんですか?僕は死んだのですか?
 ホシノ中佐は?テンカワさんは?
 あなたはなぜここに?」
「・・・・君は私の説明をよくわかっていなかったようね。
 まぁ、あの説明でわかれば天才だけどね。」

そう前置きしてイネス(仮)はさらに話を続ける。

「まず、君が死んだかどうかという質問だけど、生きていると言えば生きている。
 死んでいると言えば死んでいる。」
「はい?」
「そもそも、生きるということは何だろうね?」
「・・・・哲学ですか?」
「つまり、何かを考えていることだけを指すならイエスよ。
 でも考えたところで結論も生まない、結論を元に行動もしないというなら答えはノーということ」
「?」
「だ・か・ら・ここは時間の止まった世界・・・ということよ」
「時間が・・・止まった?」
「君達がボソンジャンプと呼んでいる現象の理論は知っているわね」
「ええ・・・」
「物質は陽子、電子といったフェルミオンで構成されている。
 これが超対称性に基づいてボソンに変換される。変換されたボソンはレトロスペクトだから先進波の波動に乗って一旦過去に送られる。そして適当なところで再度遅延波の波動に乗って現在に送られる。そこで再度ボソンからフェルミオンに変換されて元の物質に戻るわけよ。
 ここまではわかるわね?」
「は、はい・・・」
「では、
 行き先をイメージせずにジャンプするとどうなると思う?」
「・・・・・わかりません。」
「そう、わからないのよ。
 ボソンに変換されたけど、どれだけ過去に行き、どれだけ未来に戻ったかわからない。
 だから私はここを便宜上『The End of future』と呼んでいるの。
 ただ、行き先を見失ったボソン達が漂うところ。
 ここには時間と空間の概念がない。
 どんな未来とも接続しない。
 未来を拒絶し、破綻した物語にすがっている者たちの墓場なのよ」
「・・・・って事は僕は・・・・幽霊?」
「おもしろい考え方をするわねぇ。
 まぁフェルミオンで構成された人間から見ればボソンのように実体のないものを幽霊と捉えるのかもしれないわね。
 ただ不思議なことにこうして私達は会話が出来ている。
 ボソンジャンプでも魂は運べるんだもの。
 あり得ない話じゃないないでしょ?」
イネス(仮)は皮肉っぽく笑ってみせた。

「そ、そんな・・・・」
「『なぜ自分が?』と思っているでしょ?」
「・・・ええ」
心を見透かされたケンはためらいがちに頷いた。
「それは君がイリーガルだからよ」
「イリーガル?」
「いじったでしょ?遺伝子を人の手で」
「・・・ええ」
「君達の世界だって免許を持った医師に診察してもらうでしょ?それと同じことよ。
 君達の言葉で言うところのA級ジャンパー・・・だっけ?彼らはリーガルよ。」
「・・・・そうか!テンカワさん達は火星極冠遺跡の力で!」
「ご名答。
 でもまぁ、本来君達のようなイリーガルは跳べないようになっているんだけれど。
 なにせ、リーガルな私達や君達の同胞のア・・・誰だっけ?少女もここに迷い込んで来たわ。医師免許を取ったからといって医療ミスをしないわけではないでしょ?持ってない者は何をいわんや、よ。
 医師免許を持たない者は最初から医療行為を出来ないように法律は決まっている。
 それと同じでボソンジャンプも出来ないように設定されている・・・はずなんだけど、あいつめ!何をサボってるんだか!」

イネス(仮)は忌々しそうに呟く。
「サボった?」
「・・・まぁ、それはいいでしょう。
 これで大体君の質問に答えたつもりだけど・・・他に何かある?」

「テンカワさん達は・・・地球はその後、どうなったんですか?」
「それを知ってどうするの?」
「え?」
イネスの姿をした者はケンの質問に辛辣に答えたのだった。



突きつけられる真実


「だから知ってどうするのと聞いているの」
「だって・・・」
イネスの姿をした者は冷たく詰問する。

「言ったでしょ?
 ここは物語の破綻した世界
 プレイヤーが未来を拒絶した世界
 『The End of future(未来の終わり)』だって」
「・・・」
「今いた世界を拒絶してボソンジャンプした、けれどどこにも行きたくなかった。
 どこが幸福な場所なのか、どこが自分の居場所なのかイメージ出来ず、
 結局どんな未来にも繋がらない『ここ』に辿り着いた。
 読むのが辛いからって見るのをやめた本の続きをどうして読みたいの?」
「そ、それは・・・・・」
ケンは口ごもる。

そう、自分は何も選ばなかった。
選ばない報いからホシノ中佐を死なせてしまった。
そしてその現実を直視したくなくて最後の瞬間まで戦うことを放棄した。
・・・確かに僕はここに逃げ出してきたのかもしれない。

「ほら、見てみるといい。
 ここは現実を受け止められず
 自分の望む未来を作り出そうと何度も試みて失敗した者たちが行き着く先だということを。」

イネスの姿をした者はある光を触ってみる。

「これはある宗教者の破綻した夢。
 たまたまボソンジャンプを手に入れて奇跡の真似事が出来るようになった。
 彼は救世主とも創造主ともあがめられた。
 でも、彼の信仰は彼の主を信じる者しか救われないものだった。
 厳格な教義を守らなければ救われないものだった。
 他の神を信じる者と相容れないものだった。
 凡俗な者たちには広まらず、その排他的な教義故に周りから迫害された。
 皮肉なことに彼が見せた奇跡を利用して、彼の教義を自分の都合の良い、人々に受け入れられるようなものにすり替えられて広められた。
 彼はそんな教義を望んでないのにも関わらず
 それは瞬く間に広がり、彼は神としてあがめられた。
 彼の名で幾多の戦いが行われた。
 彼の望まない歴史が繰り広げられたの・・・」
「それで?」
「彼はそんな歴史を何度も変えようとした。
 ボソンジャンプという力を使って。
 でも、結局は何も変わらなかった。
 そして絶望した彼はここで未来を見ることを止めた」
「・・・」
「ここはそんな者たちが漂う墓場よ。
 何度も何度も望む歴史にしようと繰り返し、結果実現できなかった。
 そしてついには自らの物語を放棄し、逃げ込んだところ
 望まない未来を見なくて済むところ
 だから私もここへ辿り着いた。
 そしてあなたも・・・・」

ケンはその言葉に絶句した。

「でも、僕は・・・」
それでもケンは見捨ててきた物語に未練があったのか、言葉を見つけようとする。でも・・・
「それじゃ聞くけど
 あの場面に遭遇してもう一度選べる?
 メグミ・レイナードを生かしてホシノ・ルリを見殺しにするか?
 メグミ・レイナードを殺してホシノ・ルリを救うか?」
「!」
「それじゃ、親友西條数馬を自らの手で殺せるの?
 あるいはもう一度テンカワ・アキトに殺させる?」
「・・・」
「まだまだ見えるわよ、君の心の迷いは。
 ああすれば良かった、こうすれば歴史は変わっていたはずだ。
 そんな思いが心の中を駆けめぐっているはずよ。」
「そ、それは・・・・」
「そこに漂うボソン達は今の君みたいに過去を変えようとした。
 でもまるで吸い寄せられるように同じ選択肢を選んだ。
 それがバッドエンドに繋がるとわかっているのに。
 そうやって何度も何度も繰り返し、やがて絶望していったの。
 ここはそういった人間達の墓場なの」

そう言うとイネスの姿をした者の後ろには無数の光が浮かび上がった。
それらの光はまるで恐怖に怯える幼子のようだ。
身を縮め、耳を塞ぎ、目をきつく閉じ
何も見たくない、何も聞きたくない
考えることすら止めてしまった者たち
時間の止まったこの場所は彼らにとって格好の逃げ場所だったのだ。

「最初に言ったでしょ?
 生きるってなんだろうね?って。
 あなたはこんな私達を生きていると思う?
 こんなの死んでいるのと同じよ・・・」
彼女は悲しそうにそう言った。



あるいは悠久、もしかしたら一瞬の後


ケンは彼女の言葉をしばらく考えていた。
考えて、考えて、考え抜いた。

ホシノ・ルリのこと
テンカワ・アキトのこと
メグミ・レイナードのこと
ナデシコ艦隊みんなのこと
西條数馬のこと

数多の悔いた選択を

もう一度同じ場面に遭遇したとき、自分はどういう行動をとれるだろうか?
自分はもう一度、目を背けずに現実を見つめることが出来るだろうか?

あの思わず目を背けたくなる後悔の場面を心の中で思い浮かべながら
決して目をそらすことなく考えた。

それは悠久の時だったかもしれない
あるいは一瞬の間だったかもしれない
彼はひたすら考え続けた。

そして・・・・

「それでもやっぱり僕は戻りたい。」
ケンはようやくひとつの結論を言う勇気を得た。

「なぜ?」
「確かに僕はどちらも選べなかった。
 結果、ホシノ中佐を失い、何も出来ずにただ味方が殺されるのを傍観していた。
 でも、たとえ変わらない未来だとしても、僕は戻りたい。
 やっぱり味方を、ホシノ中佐達を失うことは耐えられないから。
 今度こそ、最後まで戦いたい。
 最後の瞬間まで失わないための努力をしたい。
 それが今の僕の正直な想いです。」
それが迷いながらもケンが出した結論だった。

「それに・・・・・」
「それに?」
「僕はバカでした。
 とちらかだけを選ばなければいけないなんて思い込んでました。
 これはゲームじゃないんです。
 決められた選択肢なんてないんです。
 ただ僕がそうやって選択肢を狭めていただけで、可能性はどこにでもあるはずだから・・・・・」
彼の心には少しの曇りもなかった。

「そうか・・・・
 ってちょっと待って。
 今、君は『ホシノ・ルリを失った』って言わなかった?」
イネスの姿をした者は意外そうに尋ねた。
「ええ、言いましたけど?」
「・・・・・・・・・ふうん、君はわずかだけど時読みの能力があるようね。
 なるほど、少しはリーガルの資格があるわけだ。
 道理でここに来れたわけだ。」
「あの・・・・一体どういうことですか?」
「君はCCを持っている?」
「え?えっと・・・・」
ケンは彼女の言葉についていけないながらも、慌ててポケットを探り始める。

・・・・・あった。
たった一つ。

「そういえばテンカワさんがあのときくれたものだ・・・・」
そう、アキトが戦いが始まる前、緊急用にみんなに渡したCCだった。
幾つかもらったはずだが、今はたったの一個しか残っていなかった。

「そうか、僕はこれを使ってここに・・・」
不思議なものだ。
昔、ジャンパー体質が発現しなくて歯がゆい思いをした。
はじめて生体ボソンジャンプが出来て誇らしいと思った。
でも火星の後継者にさらわれて、自分の信じた正義に裏切られたとき、この力を疎ましいと思った。
でも今はこの力のおかげで『ここ』に来れたのだ。

そうか・・・この力はこの時のために用意されていたのか・・・

「なるほど。それなら君には一度だけチャンスがある。
 君の望む時間に戻れる。
 君がもっとも変えたいと思う場所に戻れる。
 どこに戻りたい?」
「そんなこと、決まってますよ!」
ケンの瞳に曇りはなかった。

CCがまばゆい光を放ち始める。
「いろいろありがとうございました。おかげで目が覚めました」
「なぁに、大したことはしていないわ」
ケンの別れの言葉にイネスの姿をした者は素っ気ない返事をした。
「このことは一生忘れません」
「すぐに忘れるよ。君にとって、ここは夢と同じさ。
 目覚めた途端忘れてしまうさ」
「それでもです。この気持ちを忘れないためにも・・・」

どこか懐かしい感じがする人・・・・
ありがとう
僕は帰ります。
自分のいるべき場所でなすべき事をするために・・・

だから・・・勇気づけてくれて本当にありがとう

ケンはまばゆいボソンのキラメキに包まれて元の世界に帰っていった・・・

「良かったのか?」
彼女は漂うボソンの一つに話しかける。
「なにがだ?」
「一緒にいたかったんだろ?
 憎んでたんだろ?
 やっと自分と一緒の呪われた場所に墜ちたんだ。
 なのにどうして私に彼を助けろって・・・」
「別に・・・
 いつまでも優柔不断なのを俺の責任にされても困るだけさ」
イネスの姿をした者の言葉にそのボソンはそっぽを向いて答える。
「それに・・・」

俺はケンのあの笑顔が好きだったんだから・・・

イネスの姿をした者は彼の本音が何となくわかった。

「そう言うことにしておきましょう♪」
彼女はクスリと笑う。そしてテンクウ・ケンに思いを馳せた。

大丈夫、あなたはただ逃げ出してきただけ
あなたの未来はまだ進んでいない。
あなたはただ歩みを止めただけ
時間がただ止まっていただけ
未来は確定していない。
これから創り出すの
だから、あなたが視た未来の光景を現実のものとしたくないと努力したのなら・・・
きっと未来は変わるわ

彼女は帰ることの出来る者へ願いと希望を託し、ボソンの光に還っていった。



ナデシコB・通路


「プレートさえあれば『MARTIAN SUCCESSOR』など恐れるに足らん。
 だが、電子の妖精はやっかいだ。
 殺せ!」
東郷の冷徹な決断は下された。

メグミの手が動こうとする。

しかし、
「止めるんだ、メグミちゃん!!!!!」
「止めて!メグちゃん!」
アキトやユリカの叫びに一瞬手を止めるメグミ。

最後のチャンスだ。引き金を引けばルリは助けられたはずだ。

だが・・・

『好きな女を殺すのか?俺と同じように・・・』
西條数馬の声で迷いという名の亡霊がケンの心に囁く。

次の刹那

キラリ!!!!

「「「なに!!」」」

一同が驚愕する中、ルリとメグミの眼前にボソンのキラメキが現れたのだ。
それはすぐに形を成して姿を現した。
「て、テンクウ・ケン!!!」

そう、彼は帰ってきた。
そして彼は視線の端にかつての自分の姿を見つけた。
廊下の向こう側でどちらも選べずにいるもうひとりの自分を
そして結果を見ることも拒絶してボソンジャンプをした自分を!!!

そう、僕は帰ってきたんだ。
逃げ出した現実と向き合うために
どちらかを切り捨てるのではなく
どちらも助けるために!!!

バシ!!!!

ケンは間髪入れずメグミの持っていたナイフを蹴り飛ばした!!
そしてそのままルリを庇うように抱きしめ、床に倒れ込む。
「タカスギ大尉!」
「は、はい!!!」
ケンの言葉にサブロウタはすぐに反応し、蹴り飛ばされたナイフを拾おうとしていたメグミに飛びついた。
「は、離せ!!!」
「おとなしくしろ!」
所詮は女性の力、メグミはサブロウタに取り押さえられた。

ケンはルリを背中に隠すと油断なく風祭の攻撃をうかがう。
「ホシノ中佐は返してもらう!」
「テンクウ・ケン!!!」
 A級ジャンパーでもないのに生体跳躍など!」
隙を見失った風祭は忌々しそうに彼の名を呼ぶ。

「テンクウ・ケン、よくやった!」
アキトは喜びの声を上げると、組み敷いている東郷を振りほどこうとした。

「まだだ!」
「おっと、お前の相手は俺だ!」
「く!月臣元一朗!!!」
「久しぶり。よくもちょろちょろ姿をくらましてくれたな」
風祭がケンに襲いかかろうとしたが、廊下の反対から不意を付いたのは月臣であった。
邪魔していた東郷の親衛隊を蹴散らしてようやく辿り着いたのだ。

人数的にはナデシコ側が有利になった。風祭は思わず東郷に指示を請う。
「閣下!」
「プレートはあるな?」
「はい!」
「それを持ち帰るのが先決だ。
 退くぞ!」
「・・・はい」

東郷の判断は実に明快だった。
彼らはすぐさまきびすを返して撤収した。
アキトや月臣達が東郷と風祭を追いかけていったが、たぶん捕まえられないだろう。
そしてサブロウタは暴れるメグミを拘束して医療室に連れていった。

一息付いた頃、ケンはようやく緊張を解き、ルリの方を振り向いた。
ルリなどはさっきから何が起こったかわからずに呆然としていた。
当然だろう。
ケンがいきなりボソンジャンプで現れて、自分を救ってくれたのだから。
「あ、ありがとうございます。テンクウ少佐・・・」
ルリは感謝の言葉を言う。
「あの・・・・今ジャンプして来ませんでした?」
ケンはまるで10年ぷりにルリの声を聞いたみたいに感極まって・・・

「ホシノ中佐!」
ギュ!!
ルリをいきなり抱きしめた!

「な!どうしたんですか!?テンクウ少佐?」
「よかった・・・・助かって本当によかった」
「なんですか、人が死にかけたみたいに・・・大げさですよ。
 っていうか、離して下さい、テンクウ少佐!
 少佐!!!」
「いいなぁルリちゃん・・・」
「ユリカさん、勘違いしないで下さい!!!
 ってもう〜〜離して下さい!
 少佐ってば〜〜」
真っ赤になりながらケンの頭をポカポカ叩くルリ
でもケンは強くルリを抱きしめた。

僕はホシノ中佐を助けることが出来た。
でもそれ以外は何も変わっていない。
プレートは奪われ、神の城は目覚めるかもしれない。
五分前に見た未来の光景はもしかしたら避けられない現実のものとなるかもしれない。
これから先の未来には絶望が待っているかもしれない。

でも大丈夫だ
僕は決して諦めない

だって僕の腕の中にはまだ希望が残っている
ホシノ・ルリという希望がまだ存在するのだから・・・

未来はまだ確定していないのだから・・・

See you next chapter...



ポストスプリクト


ってことでリベ2のChapter33をお送りしました。
このお話のために夢幻城編はいろいろネタフリをしてきました。
メグミのこともその内の一つです。
少しケン寄りにルリを書いてきたのもそのためです。

よくケン×ルリという組み合わせに拒絶に近い感想を頂きますが、こういう理由の為にあえてルリ、ケン、メグミの恋愛感情を絡めて書きました。
一応はテンクウ・ケン=「昔のアキト」というモチーフはこれで書ききれたかな?と思いますので、これから先はケンがメインになることはありません。
たぶん現状ではルリもケンも恋愛するだけの余裕をやっと持ったかな?って段階ですし、それ以上に発展する可能性はラストバトルに向けたこの展開ではないと思います。

あとはケン×ルリかアキト×ルリかは Last Chapter後の皆さんの想像にお任せすると思います。

さて次はアキトの番です。(メグミのフォローも次回しますのでご安心(?)を♪)
彼が無事帰還できるか?
難しいテーマですが頑張ってみたいと思います。

ってことで残り4話+1ぐらいですが、出来ましたらもう少しおつき合いいただけますようお願いします。

では!

Special Thanks!
・TARO 様
・SINN 様
・あやの 様
・SOUYA 様