アバン


過去の思い出
それはかけがえのない宝物であるかもしれないし
忘れてしまいたい汚点かもしれない
既に吹っ切れた者もいれば、永遠に呪縛されている者もいる。

でも決別の時は必ず来る。
だから早く選びなさい。

後悔で心が切り刻まれてしまわないうちに
心が壊れてしまわないうちに
悪魔に魅入られてしまわないうちに・・・

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



綻びの理由


先の戦闘から18時間後、対峙した両軍の明暗はクッキリと分かれていた。
ナデシコ艦隊が敵への再攻勢の仕掛けるべく何とか先の戦闘からのショックから脱しつつあるのに対して、火星の後継者側はショックから脱するどころか混迷の極みにいた。

その原因を多く語る必要もないだろう。
アキトの起こしたナノマシーンスタンピード、それが見せた悪夢である。

火星の後継者達が語る『新たなる秩序』という名の正義
しかしその正義を実現する為にどのような非道が行なわれていたのか。
それを思い知らされたからだ。

いや、みんなわかっているつもりだったのだ。
火星の後継者達の行なってきたことが多少オブラートに包みながら語られていたとしてもも、誰かの都合の悪い事にはフィルターをかけられていた事実であろうとも
「A級ジャンパー達の犠牲の上に実現した」
と、どの公式発表にも第1次火星極冠事変の出来事は記載されていたし、誰もそれを承知で火星の後継者という御輿を担いだのだ。

でも・・・

例えば地雷、
それが如何に低コストで敵の侵入を防げるとか、
その威力ゆえに味方の被害を最小限に押さえられるとか、
そんな事実の数々を何冊もの本として読まされて頭の中で納得しようとも
たった1枚の写真・・・
地雷で足を失った痛ましい子供の姿・・・
その一枚が雄弁に語る事実は地雷を肯定するために編まれたどんな言葉をも吹き飛ばす威力があった。

ましてや、今回の悪夢はB級ジャンパー、IFSキャリアの脳レベルに直接刷り込まれたものだ。あの無残な出来事を追体験させられて平気でいるほうがおかしい。
だから、ことごとく全ての対象者が廃人に陥っていればまだ騒ぎは少なかったかもしれない。
しかし、何人かはそれを免れた。
そしてその恐ろしい悪夢はどんなに箝口令を敷こうが必ず漏れ伝わるものだ。

彼等の正義の向こう側に存在する非道を
人が人を蔑み、あざけり、実験動物の如く弄び、やがては破棄する。
それが自分達の信じた正義の根源だという事を!!!

イデオロギーにおける疑問が沸き上がるのと同時に、彼等を揺るがす噂も広がった。
それは純然たるナデシコ艦隊に対する恐怖

あの悪夢が恐ろしければ恐ろしいほど
そして噂は歯止めが効かない。
恐怖は恐怖を生む。
デマはデマを生む。

あれはナデシコの新兵器
最初は唯の脅し、B級ジャンパーだけを狙った精神汚染兵器
今度は一般兵も襲うぞ!
A級ジャンパー達の怨念が自分たちを呪い殺しにくる!!

そんな噂がまことしやかに流れた。
自身の正義に対する信念の揺らぎと、恐怖に苛まれて
火星の後継者達の艦隊は今、末端から静かに崩壊していった。
指揮官がそれを防ごうとしても止まるものではなかった・・・。



Nadesico Second Revenge

Chapter23 それは遅すぎた再会



火星の後継者・ヨーロッパ方面軍旗艦・かんなづき


火星の後継者ヨーロッパ方面軍の指揮官である西條は混迷の極みの中で何もできないでいた。彼らの艦隊はいまだ先ほど戦闘を行った空域を漂っていた。
無論撤兵の準備などは行われていたが、それはどちらかといえば現場の判断で行われていたものであり、艦隊が組織的に運営された結果ではなかった。
第一、ボソンジャンプによる移動はB級ジャンパーの壊滅により全く出来ないでいた。
通常航行で帰るしかないのだが、先の戦闘のショックでそれどころではない。
なにより首脳陣が混乱しているのが痛かった。

今もまた、元統合軍司令官ヤマウチ少将からの突き上げを食らっていたのだ。
『あの噂はまことなのですか!!』
「敵の情報攪乱作戦に決まっている」

もうこれで何人目だろうか?
元統合軍の幕僚人が事あるごとに同じ問いかけを西條に投げかけ、西條は同じ答えを返す。
既にうんざりであった。
『我々は故草壁中将の唱える「新たなる秩序」に義ありと信じてこの聖戦に参戦したのだ。だがそれが人が人の尊厳を踏みにじったものの上になされるのであれば話は違う!!』
「だからそれは敵の作ったイメージだといったであろう!
 それに踊らされてどうする!!」
西條は何回も繰り返したその言葉を信念をもって答えた。
なぜなら、西條は草壁があんな非人道的な行いをしていたとは知らされていなかったからだ。



火星の後継者・旗艦ゆめみづき


風祭は地球からの戦況の報告を読み上げて慄然としていた。それを聞いていた東郷はさもあらんと頷いていた。
「閣下、それは真実ですか?」
「ああ、草壁はよほど用心深かったみたいだな。
 別働隊の俺や西條には事実を知らせなかった。
 少しでも情報が漏れるのを恐れたのか、それとも単に信用されていなかったのか・・・」
「それは・・・・」
「西條の奴、今頃さぞかし驚愕している事だろうな。
 フフフ・・・」
東郷はその事実を独自のルートで事前に掴んでいた。
その上で西條に任せたのだ。
草壁という負の遺産、あるいは過去の亡霊の精算者として。
「全ての罪を肩代わりして退場するか、
 あるいはそれを逆手にとって生き残るか、
 見物だな」
東郷の冷酷なまでの策略に風祭の心胆冷えることしきりであった。



火星の後継者・ヨーロッパ方面軍旗艦・かんなづき


「事の真偽が判明するまでは貴官に従うが、我らをたばかれば離反も辞しませんぞ!!
 そのことを努々お忘れなきように!!」
『日和見な連中め!!!』
ヤマウチ少将の詰問ともいえる通信が終わると、西條は心の中で唾棄した

『これだから草壁閣下の理想を理解しない輩達は!』
都合のいいところだけを選り好みし、損得勘定でしか動かず、
ただ自分たちの保身のためにすり寄ってきて『火星の後継者』という組織を自分たちの利益のために動かしているだけではないか!!

西條にとってヤマウチのような元統合軍の連中など信用に足るものではなかった。
いや、今の彼にとって誰も信用できていなかったのかもしれない。

そう、自分すらも・・・

『だが、あれは本当に敵の卑劣なイメージ戦略なのだろうか?』
そんな疑問が西條の中で消しては浮かび、消しては浮かびしていた。
あのイメージはそれだけのリアルさをもって西條の脳裏をリフレインしていた。

実験に耐えられなくなった被験者達の手首を切った自殺
用済みの被験者の絞殺、銃殺、爆殺、圧殺、窒息死、ガス殺
・・・そのたびに苦悶する彼等
奇形化した死体、腐乱死体、そしてバラバラ死体
恨めしそうにこちらを見つめる彼等の生首と屍体・・・
時折インサートされる北辰、ヤマサキの顔、
そして草壁の独善的な顔

それは虐げられたものが憎しみをもって見上げる視線そのものであった。
それをただの敵のイメージ戦略と割り切れるほど単純なものではない。
たとえそれが作り物の映像であろうとも、心の底から感情に訴えかける何かであった。

『違う!そんなはずはない!!
 草壁閣下の、我々の正義がそんなものであるはずがない!!』
しかし彼にとってそれを認めてしまうことは出来なかった。
認めてしまえば彼の信じていたことが根底から覆されてしまう。
そんなもののために捧げた青春の全てが否定されてしまう。
猜疑心の固まりの彼にそんなことを認めるだけの心に柔軟性は全くなかった。

だから彼の心はその矛盾を何かを憎むことで解消しようとした。

そんな彼の精神にトドメの一撃を食らわせる報告がブリッジ一帯に響いた。
「ボース粒子増大!!何者かがジャンプアウトしてきます!!!」
「大質量・・・・複数です!!!」
「なに!?」
「ナデシコ・・・・ナデシコ艦隊です!!!」
オペレータの声は驚愕しきっていた。まさかナデシコがこんな短期間に再度強襲してくるなど予想もしていなかったのだ。

「ケン!!!貴様どうあっても我らの正義を否定するつもりなのか!!!」
そのバランスの欠いた精神状況は西條を追いつめていった。

葛城ケン・・・・かつて西條数馬の親友であった男
今はテンクウ・ケンと名前を変えて宇宙軍に寝返った男・・・
寝返るだけならまだしも、草壁閣下を愚弄し貶めるような卑劣な手段をとるまでに堕落しきった男・・・
昔、自分と交わした約束
「ケン、いつかお前にとびきり最強のゲキガンガーを作って乗せてやる!」
「おれはそれに乗って地球人どもを懲らしめてやる!」
それを愚劣な地球人どもに寝返った裏切り者め!!!
彼の精神の矛盾の諸々は裏切られたことに対する怒りにすり替えられていった。

「各艦迎撃!!俺もナイチンゲールで討って出る!!!」
西條は愛機に乗り込むべく行動を起こした。



綻びの理由


もし、西條数馬が何かを見逃しているとしたら、艦隊が既に彼のコントロールから離れてしまっているという事実であろう。それなのに彼は防衛戦ではなく攻勢に出てしまった。
それは戦況を彼に不利な方に振り向けた。
彼が奥の手を出さなければならなくなるぐらいに・・・

ナデシコ艦隊と西條の3度目の戦い
それは両者がシステム掌握という戦法を全く異なるコンセプトにて運用しあう戦いとして戦史に刻まれる。それは単にシステム掌握という戦闘技術の優劣の問題ではなく、ルリと西條が如何なる理念あるいは哲学をもってそれを用いたかを示した戦いといえた。

システム掌握という戦法の危険性も含めて・・・



戦闘空域


「サレナ部隊、各機発進して下さい!!」
ジャンプアウト後、ユリカの号令でナデシコC、ナデシコBからケン達のサレナカスタムが飛び出していった。
そしてユーチャリスからはアキトのブラックサレナが発進した。

それと同時に旗艦かんなづきから飛び出す西條のナイチンゲール。
しかし、西條は出撃した瞬間、自軍の異変に気がついた。

「く、黒百合だ!!!」
「呪い殺される!!」
「イヤだ!!死にたくない!!!」
火星の後継者の艦隊のあちこちからパニックになった兵士達の叫び声が聞こえた。

アキトのナノマシーンスタンピードが見せた悪夢
その出来事は兵士達の間に噂という形でしっかりと伝搬していた。
たとえそれがデマであろうとも・・・・
混乱は混乱を呼び
恐怖は恐怖を呼び
それは艦隊全てに伝搬していった!!!!

「こら貴様ら、何故逃げるのだ!!!」
艦隊は各自が全くバラバラな行動を始め、我先にと逃げ始めた。
ただアキトのブラックサレナを見ただけで。
ナノマシーンスタンピードが見せた悪夢はそれほど凄まじいものだったのだ。
ヤマウチら艦隊指揮官が何とか収拾しようとするがそれは全く無意味であった。
逃げまどう羊の大群を御することなど出来るはずもなかったのだ。

「敗走するものたちを深追いしてはいけませんよ。
 まだ指揮系統が生きている箇所を重点的に攻撃します!!」
「「「「了解!!」」」」
ケンの指揮下、サレナ部隊は一斉に動き出す。

アキトの通るところ混乱が起こり、そこをサレナ部隊が急襲していった。
元々敗走気味のところに恐怖の元である黒百合が現れれば兵達が浮き足立つのは目に見えていた。
前回の戦闘の恐怖の体験が色あせないうちに電撃的に強襲したユリカの作戦は図に当たったといえる。

「くそ!!黒百合!!
 くそ!!ナデシコめ!!!」
既に統制を失った艦隊・・・いや、それはもう艦隊と呼ぶのは相応しくない。
単なる烏合の衆である。
為すすべもなく崩壊していく自分の軍隊を見せつけられて、とうとう西條は奥の手を繰り出さねばならなくなった。

禁じ手としていた戦法
最後の秘策
ナイチンゲールの本当の姿

「スレイブモード発動!」
その瞬間、火星の後継者の艦隊が全て西條の手足となった・・・。



ナデシコC・ブリッジ


「やっぱり・・・・」
「ねぇ、ルリちゃん、何かわかったの?」
「ええ、敵のプロテクト方法が」
ルリはユリカの問いにウインクして答えた。

「敵艦隊をハッキング出来ない理由は実に単純な理由だったんです。」
「簡単って、あんな強固なプロテクトが?」
「ええ、盲点ですよ。
 なぜなら敵艦隊はあらかじめハッキングされてたんですよ。」
「ええ?どういうこと!?」



新なぜなにナデシコ


皆さん、お久しぶり。白百合じゃなくルリです。

さて敵のプロテクトの方式を説明する前にまずシステム掌握とは何か?というところからご説明しましょう。
システム掌握とは相手の指揮系統コンピュータの中核をハッキングしてナデシコの管理下に置く・・・というところまではご存じですよね?

では何故ナデシコは敵のシステムをハッキング出来るのか?
まぁ、手法は企業秘密なので明かせませんが、要は既存のコンピュータシステムにいくつもの盲点・・・専門用語的にはセキュリティーホールと呼ばれますが・・・これが存在しているからです。私達はこのセキュリティーホールから侵入して敵システムを掌握するんです。
このセキュリティーホールなのですが、私の知る限り現在のOS、ネットワークプロトコル、そして物理インフラを使う以上、可能な限り防壁を高くすることは出来ても絶対防ぐことは出来ないんです。
まぁそもそものいろいろ穴の多いシステムをつぎはぎだらけで使用しているのも悪いんですが。

ではこれを解決する方法はないのでしょうか?

あります。

それは全てを新しいシステムに差し替えることです。
全く新しい概念のプロセッサを使用したOS
既存のどれとも類似しないネットワークプロトコル
そして信号特性や物理的な伝送手段を全く刷新した伝送経路
それらを差し替えればナデシコCでもシステム掌握できなくなります。

でも敵はそれをしていません。
何故でしょうか?

理由は簡単です。
過去の蓄積は容易に捨てられないからです。

たとえば私の今言った方法を全て実現するということは既存の兵器を全て破棄するということに他なりません。既存の兵器を全て破棄して現在のレベルまで再装備するには10年はかかるでしょう。
だから全ての兵器は過去の技術の互換性を常に保ちながら発展していっているのです。

さて、火星の後継者の敵将、西條数馬はこの事実を承知でどのように対応したか?
互換性を保つ以上、ハッキングは免れない。
ではどうやってこれを克服するか?

そう、彼は自分が先に味方をハッキングしてしまえと考えたのです。

「え?どういうこと?」

つまりセキュリティーホールは常に存在する。ならばナデシコにハッキングされる前に先回りして別のハッキングデバイスで穴を埋めてしまえばいいんです。

「つまりシベロンブロックね♪」
・・・・ユリカさん最低です(怒)

それはともかく、そうやって先に自分がハッキングしてしまえば後からナデシコがシステム掌握を仕掛けても入り込む余地がないというわけです。

「ふうん、でもそれってようはあの機動兵器・・・ナイチンゲールだっけ?
 あれをハッキングしちゃえば済む話なんじゃないの?」

それがそう簡単に話は進まないんですよ。
このシステムが凄まじいのは戦艦や機動兵器達が互いに互いをハッキングしあっているところなんですよ。

「どういうこと?」

つまりですねぇ、一つの対象は常に複数の相手からハッキングをかけられている状態にあります。なんとこのハッキングが一種の通信インフラを形成しているんです。
そして常に複数のラインからの情報を比較して一致したものを採用するようになっているんですよ。
だからナデシコが仮にハッキングを行ってもその情報が多数決によって無視される・・・そんなシステムになってるんですね。

「それって・・・」

ええ、今までであればシステムの根幹である指揮系統コンピュータをハッキングすればほぼ一瞬で全てのシステムを掌握できたんですけど、今回の敵システムでは全ての機体にアタックをかけないとシステム全体を掌握できないんですよ。



再びナデシコC・ブリッジ


「ルリちゃん、それってシステム掌握が困難って事?」
「そういうわけじゃないですよ。ただ、互いが互いを補完しているので、システム掌握する一番の早道はそれらの機体の総数を地道に減らしていくしかないんですよ。」
「ん〜〜時間がかかりそうね」
「でも、そんなに悠長な事を敵が許してくれるかどうか疑問ですけど・・・」
「え?」
顔をしかめるルリにユリカは驚いた。
だって今、敵は総崩れだ。システム掌握するまでもなくサレナ部隊の攻撃だけでも敵を屠る事が出来そうだ。

しかしルリはそれを否定する。
「忘れたんですか?敵は既にシステム掌握されてるんですよ。
 その状態がどれだけ危険か・・・」
ルリの視線の先では既にそれが起りつつあった。ユリカが慌ててルリの視線の先を見つめた。

敵を無力化する以外の目的でシステム掌握されればどうなるか?
それが目の前で現実のものとなりつつあった。



戦闘空域


「なんだよ、こいつら急に・・・」
リョーコが驚愕の声を発した。
あれ程乱れに乱れきって敗走を続けていた敵軍が急にその場に踏み止まり統制のとれた反撃を行なってきたからだ。
「どうしたんっすかね?」
サブロウタが疑問の声をあげる。
「アキト君のハッタリから回復した?」
「どうもそうじゃないみたいね」
ヒカルの疑問をイズミは否定した。イズミは手元のウインドウを他のみんなにも見せた。

『わぁ!!どうしたんだ!!!』
『機体が勝手に!?』
『止まれ!止まれったら!!!』
そこには混乱した火星の後継者達のパイロットの叫び声が響いていた。彼等にとってもこの動きは予想外のようであった。

「どういうことですか?」
ケンはナデシコCのルリに尋ねた。
『ワンマンオペレーションの究極の目的。
 たった一人で艦隊全てをコントロールする・・・
 西條少将はそれを実現してしまっているんですよ。』
「え?」

彼等はルリに指摘された事実に初めて気がついた。

そして、本来無人機に対して行なわれるワンマンオペレーションが有人機に対して行なわれればどのような悲劇を引き起こすか彼等はこれから嫌というほど思い知らされることになる・・・。



ナイチンゲール・コックピット


「さぁナデシコ!さぁケン!さぁ黒百合!!
 俺と俺のナイチンゲールが卑劣なお前達を八つ裂きにしてくれる!!!」
西條の瞳に狂気が宿っている事を誰も気がつかなかった・・・。



戦闘空域


「なんだよ、こいつら!!」
リョーコの放つハンドカノンの連射にも怯まずステルンクーゲル部隊は彼女ににじり寄ってきた。
脅しにリョーコはその内の一機の腕をハンドカノンで打ち抜いた。
普通はそこで攻撃の手段を失って退却する。
でもそのクーゲルは怯まずに突き進んできた。
『いやだ!やめてくれ!!』
パイロットであろう男の泣き叫ぶ声がウインドウから漏れ伝わってくる。

同じことがそこらかしこで起っていた。
足を吹き飛ばされながら、腕を吹き飛ばされながら、それでも怯まず襲いかかってくる機動兵器。
それがかつてのバッタら無人兵器を思わせる。

唯一つ、あの頃と違うことは・・・
そこには血の通った人間が乗っており、彼等は既に戦意を喪失して泣き叫んでいるのだ。

西條の意の元、艦隊の全ての兵士はその意思にかかわらず、死を恐れぬ兵士と化していたのだ。

「ホシノ中佐!システム掌握は!」
ケンはこの惨状に耐えかねてルリに打診した。しかし返ってきた答えは無情だった。
『今、末端の機動兵器から敵の掌握を解除していますが時間がかかりすぎます。
 出来たらあのナイチンゲールを撃破してください』
「やっぱりそれしかないのか!!」
ケンは歯ぎしりするような思いで一杯だった。

「テンカワさん?」
『すまん・・・身動きがとれん・・・』
アキトは今、無数の機動兵器達に囲まれてそれを捌ききるので手一杯であった。
一番やっかいなアキトに対して最大限の兵力を差し向けていたのだ。
他のパイロットとも同じ様な状況ではあったが、あのナイチンゲールと対等に戦えるとすれば自分かアキトしかいない。アキトが身動きのとれない以上、ケン自身が行くしかないだろう。

だが、数馬は・・・・

自分の親友を自分の手で屠らなければいけないという事に躊躇するケンだが、そんな感傷に構わず事態は一刻一刻悪くなっていく。
『テンクウ少佐、早く』
「わかりました!」
ルリの指示にやむなく応じるケン。
結局決断しきれないまま、事態に変化に無理矢理背中を押される格好となった。



対峙する二人


「数馬!やめろ!!」
ケンのサレナカスタムが西條のナイチンゲールに肉薄した。

ガシュ!!

フィールドを張ったバッタがその前に立ちふさがった。
それでもなおケンは叫びつづけた。
「数馬、もうやめるんだ!
 勝敗は既に決している!
 これ以上犠牲を増やすんじゃない!!」
「黙れ!知った風な口をきくな!!!」
「数馬!!」
「お前に何がわかる!
 草壁閣下の目指した理想は実現されねばならぬ!
 例えどんな犠牲を払おうとも!!」
ケンの呼びかけにも数馬は頑に拒んだ。

「違う!お前は騙されていたんだ!!」
「何が違うものか!!
 時空転移は人類の全ての生活を根底から覆す!!
 距離の格差も情報の格差もなくなる!
 プライバシーの概念も根底から覆る!
 経済も政治も全てだ!!
 それらがたった一握りのA級ジャンパーに任されていいわけがない!!
 我々正義を持った者たちで厳格に管理されなければならないのだ!!
 それをなぜ分かろうとしない!!」

数馬の信じた正義・・・
それはかつてケンも信じていた正義・・・
しかしケンはその草壁の正義の裏側を知っていたのだ。

ガシ!!
ケンのサレナカスタムは武器をハンドランサーに切り替えてナイチンゲールを切りつけにかかった。しかしバッタ達が巧みに立ちはだかった。

ガシ!!
ガシ!!
ガシ!!

彼等は斬撃を繰り出しながら男達は拳で語り合った。
決して相容れぬ、平行線をたどる己が正義をかけて。

「違う!あれは草壁個人の正義だ!!
 俺達は騙されていたんだ!」
「何が違うものか!!
 お前こそ我らが祖国木連を裏切ったんだ!!
 そして草壁閣下を卑しめるような卑劣な方法を使って!!」
西條は先の戦闘でアキトのナノマシーンスタンピードが見せた悪夢の事を問うた。
「誤解だ!!」
「何が誤解だ!!草壁閣下を貶めなければ己が正義も貫けないくせに!!」
頑な西條数馬の心、それをどうにか解きほぐそうとするケンであったが、彼は言ってはならない禁句に触れてしまった。
それがたとえ親友西條数馬の心を救おうとする気持ちから出たものであっても・・・

「お前は知らないんだ!草壁が何を行なってきたかを!」
「何だと!」
「お前達が見たあのイメージは真実に起きた事なんだよ。」
「嘘だ!自分達の罪を免れる為の方便だ!!」
「本当なんだ!なぜなら・・・」
「なぜなら・・・?」
「俺もあの場にいたんだ。」
「!!!」

西條の心で何かがガラガラと崩れていった。
追い打ちをかけるようにケンの言葉は続く。

「お前はA級ジャンパーじゃないじゃないか・・・」
「たった一度だけ・・・生体ボソンジャンプを成功させたんだよ。」
「そんな・・・」
「もう少しでテンカワさんと同じ事をされるところだった。」
「嘘だ!!」
「嘘じゃない、お前も見ただろう、あの悪夢を」

そう、信じたくはなかった。
しかし、あのスタンピードが見せた悪夢の中に、

そう、テンカワ・アキトの瞳の中に・・・
確かにテンクウ・ケンの姿が写っていたのだ!!

「草壁の正義の中に俺の居場所はなかったんだ・・・」
「・・・嘘だ」
「数馬・・・」
「嘘だ!!!!」
西條の絶叫が当たりにこだました。
その瞬間、西條の心の中で何か大切なモノが消し飛んだ。

次の瞬間、惨劇の幕は上がった。
誰も救われぬ悲劇の幕が・・・

See you next chapter...



ポストスプリクト


ってことで次回から激闘編第3弾前編!!
それにしても今回は説明文章が多いような・・・(汗)
今回はシステム掌握に対する考察なんぞを加えてみました。
システム掌握という戦法は劇ナデでかなりあっさりと扱われていましたが、もし本気で使用されればどうなるのか?ということを突き詰めてみました。
次回はもう少し悲惨な内容になるのですが、劇ナデがなぜあんなにさらりとシステム掌握というモノを流してかいたのか、それの光と闇みたいなものを書いてみたいなと。

ですんで、少し硬い内容になってしまうかもしれませんがご了承ください。

あともうひとつは、ケンとアキトとルリのかけ合いなんかも出てくると思います。
そこらへんもあわせて楽しめるようなモノにしたいと思います。

では!