アバン


人は傷つき、もがき、そして泣くことすらある。
泣いて、誰からも手を差し伸べられずに途方に暮れることがある。
そのとき人はこう思う。
「どうして誰も僕を助けてくれないんだ」と
しかし人は気づかない。その言葉を抱き続ける限り、泣き暮れた場所から一歩も進んでいないことに。

一歩踏み出してみれば見える景色だって変わるかもしれないのに。

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



疼く夢


ふと気がつくと自分の心をどこかに置いてきたのではないかと思う時がある。
昔から人の意見に従順だった。
人に気に入られようとして人の喜ぶ意見ばかりを言った。
他人を傷つけたりはしないかと相手の顔色ばかりを伺っていた。
まるで二流小説の主人公のように気がつけば無難な台詞を口にしていた。

自分の言葉を全て飲み込んで、
借り物の台詞で全てを済ませ
そしていつしか自らの言葉すら忘れてしまっていた・・・

だってそれで人に好かれることが出来るのだから。

人に好かれなければ僕に価値はない。
親も家族もない僕にとって価値あることは理想の人物にどれだけ近づいているかだけだから。
僕の価値を認めてくれるものはそれしかなかったから。
誰からも捨てられないように必死に良い子を演じようとしていた。

でもみんなそんな偽りの僕を喜んでくれた。
でも僕の心は『偽りの僕を認めないで!!』と叫んでいた。
声に出来ない叫びは僕の心の中だけで鳴り響いて止まなかった。

窒息寸前だった。

そんなとき、あいつに出会ったんだ。
「なに辛気くさい顔しているんだよ」
それは僕の本当の心を覗き込んでくれた最初の言葉だった。

不破数馬・・・僕の初めての親友だった。



作戦開始2時間前 ナデシコB・テンクウ・ケン自室


自室で仮眠を取っていたケンだが、熟睡できないうちに目を覚ました。
寝汗をグッショリかいて。

昔の夢を見た。
まだ正義がたった一つしかないと信じていられた頃の夢。
それはまるで振り払えば振り払おうとするほど執拗にリフレインした。
まるで自らの影を切り離そうとする行為に似ていた。

「・・・・・・仕事に戻りますか」
ケンは努めてそのことを考えないようにした。
自分が何をやりたいかに気づかないフリをして。

「数馬・・・」
しかし彼は無意識に親友の名をつぶやいた。
心までは誤魔化せないようだった・・・。



Nadesico Second Revenge

Chapter22 それぞれの18時間



作戦開始14時間前 ナデシコC・休憩室


さてさて、あと18時間後に敵火星の後継者西條の艦隊に強襲をかけるとユリカが決めてから既に4時間が経過していた。
ユリカは首脳陣達を集めてクルー全員の士気向上を手分けして行うようにと指示を出したが、その中で目下トップの成績を誇っていたのが陰の苦労人、副提督のアオイ・ジュン中佐である。
彼は旧ナデシコクルーを中心に頭を下げまくってクルーのみんなにやる気を起こさせていた。その中間管理職の悲哀を帯びてそうな顔つきがみんなの同情を誘ったからかもしれない。

本人がそのことを知ったらかなり傷つくと思うが・・・

ともかく、ジュンの説得はかなりいい調子できていたのだが、ここで蹴躓いていた。
「・・・・・・・・」
「・・・なぁ、どうしたんだい?」
「・・・・・・・・」
何を聞いても押し黙る彼女にジュンもほとほと困り始めていた。
これが普通の女子クルーならここまで苦労はしやしない。しかしジュンは彼女の人となりを知っているだけ扱いが難しかった。下手な言葉は易々と見抜かれてしまう。
それもそのはず
「なぁ、ユキナ・・・いい加減に顔を上げてくれよ」
いまいち、自分の恋人のご機嫌を伺うのだけはジュンは下手であった。



同刻 ナデシコC・休憩室前


「どうした?ムッツリとして」
「ゴート・・・」
二人を陰で見守っていたミナトが男の小声に振り返る。
ゴート・ホーリーであった。
「あの後からあの子、ずっとあんな感じなの・・・」
ユキナの保護者は彼女が心配で仕方なかった。
「・・・・彼女はC級ジャンパーか・・・」
「・・・で、結局あれはなんだったの?」
ゴートのつぶやきにミナトは詰問の声を上げた。
彼女のようにIFSの保持者でもジャンパーでもない人間には先ほどのアキトのスタンピードが何だったのかよくわかっていなかった。
ただ、ナノマシーンのキャリアがのたうち回るほどのイメージデータを強制的に見せられて苦悶していたのだけはわかった。ユキナのように。

「テンカワの五感が喪失しているのを知っているだろう?」
「ええ、それが?」
「あの時、あいつが五感を喪失したときに体験した時の内容のイメージを見せつけられたらしい。」
「!」
「みんなテンカワが奴らに何をされたかはおおよそ知っている。でもそれを現実にまざまざと見せつけられたらなぁ・・・」
ゴートは深いため息をつく。
ゴートでさえアキトを救出したときに彼を見て愕然としたのだ。五感を失い、手足も動かせずにただ地面に放置されていたアキトの姿を見たときには。
その光景の何十倍ものモノを見せつけられたかは想像に難くない。
「そっかぁ・・・・あの子優しいから・・・」
「ん?」
ミナトはユキナがそれだけで深く傷ついているのではないことに気づいた。



同刻 ナデシコC・休憩室


「・・・私、アキトさんに対してどう謝ればいいんだろう・・・」
「え?」
ユキナの口からついて出た意外な言葉にジュンは驚いた。
「だってアキトさんにあんなことしたの木連の人達だもん。
 この間まで私達の仲間だった人だもん。
 私、見覚えあったの。アキトさんに実験していた人の中に私の友達もいたの!
 冗談で『地球の人達なんかけちょんけちょんにやっつけちゃって』って話したことあるもん!」
だんだんユキナは自分の言葉に興奮し出す。
「おい、ちょっとユキナ、落ち着けよ」
「そうよ、あの人あのときの私の言葉を真に受けてアキトさんにあんなことしちゃったんだわ。だって優しかったのよ!なのに!なのに!!」
「ユキナ!!」
「どうしよう!私がアキトさんを!
 私が!
 私が!!」

パチン!!

「・・・・・・ジュンちゃん」
「いい加減にしろ、ユキナ」
錯乱寸前だったユキナの頬を叩いたのはジュンであった。
「お前が優しいのはわかっている。でも君は木連すべての人を代弁出来るほどえらいのかい?」
「そ、それは・・・・」
「それにあの事件を木連の人全員のように考えてはいけない。全員が全員、地球人なんかモルモットにしてもかまわない、なんて思っていた訳じゃないだろう?」
「そうだけど・・・」
「大事なのは与えられた運命を自分自身の頭で考えて選択することさ。
 だから僕たちは後悔しないように考えなければならないんだ。
 自分たちの行動が正しいかどうか?ってね。
 そしてみんな自分なりに選択したんだよ。
 誰かの正義を盲信するか?ということも含めてね。」
「・・・・」
「ユキナは頑張って木連と地球の架け橋になろうと思って今の生活を選んだんだろう?」
「うん・・・」
「それを後悔しているかい?」
「ううん!!」
「ならいい。そのことはテンカワもわかっているよ」
そういってジュンはグリグリとユキナの頭を撫でる。

それでユキナの心が納得したわけではなかったが、ジュンの言葉に少し救われた気がした・・・。



同刻 ナデシコC・休憩室前


「ん・・・なんか娘をお嫁にやる母親の心境ね。」
ミナトはユキナを励ましてくれたジュンに感謝すると共に、自分の元から巣立とうとする彼女を見て少し複雑な思いが湧いてきた。
「そういう感傷はこの戦いが終わってからにしろ。」
「あら、随分な言い方ね。」
「そんなに母親になりたかったら・・・・」
そこでゴートが口ごもる。少しテレが入っているようだ。
「まず花嫁になってからだろう・・・・」
「・・・・?」
一瞬何を言われたかわからないミナトであったが、ゴートの真っ赤な顔を見てその真意にやっと気がついた。
「それこそこの戦いが終わってから話す事じゃない?」
「かまわん。今まで待ったんだ。これからどれだけ待とうとも・・・」
「クス!んじゃ、まずは戦いに勝たないとね」
「ああ・・・」
ミナトも自分のことを想ってくれている人がいて少し救われた気分になるのであった。



作戦開始15時間前 ナデシコB・医療室


「だから、遺跡へのイメージ伝達は・・・・」
「はぁ・・・・」
「んでこの変換式を当てはめると」
「はぁ・・・・」
ユリカはイネスのなぜなにナデシコ独演会をたった一人で延々と聞かされ続けていた・・・。



作戦開始13時間前 ナデシコB・食堂


テンカワ・アキト捜索団(隊長スバル・リョーコ、以下テンクウ・ケン、アマノ・ヒカル、マキ・イズミ、タカスギサブロウタ)はナデシコBの食堂でくすぶっていた。
どうやらアキトを見つけられなかったらしい。
まぁスタンピートの影響が残っているうちにあちこち探し回れば疲れもするだろう。

「あぁ〜、絶好の取材対象なのにな〜」
「でもさぁ、取材してどうするんっすか?」
ヒカルはアキトに話が聞けなくてがっかりしていた。その理由をサブロウタは尋ねた。
「どうするって・・・漫画にするの」
「それはやめたほうがいいっすよ」
「ええ、なんで!?」
サブロウタの忠告にヒカルはマジで反論した。
「サブちゃんは私が興味本位なゴシップでも書き立てると思ってるの!?」
「そうじゃないすけど・・・」
「アキト君が何をされたかはもっとみんな知るべきだよ!!
 いくら悲惨だからって誰にも話さずにいたら歴史には何も残らないよ。
 そんなの昔の人が木連の人達にしたことと同じじゃん!」

ヒカルにはヒカルの言い分がある。
それは木連人の空白の100年を見れば明らかだろう
かつて地球連合が木連の人達に行った仕打ちを言っているのだ。
地球連合は火星の人達を木星の彼方に追いやった。そしてそのことを民衆には伝えなかった。
そう、木連人など地球連合の歴史では存在していなかったのだ。
でも彼らは死んでいたのか?
ある日ひょっこり生き返ったのか?
違う。彼らは木星で細々とだが生きていた。
単に地球の民衆にその存在を伝えられていなかっただけだ。
でも人々の記憶や記録に残らなければ存在しなかったことになる。

「そんな馬鹿な!」
「そうでもないんですよ。リョーコさん」
ヒカルの論法に怒るリョーコだがケンが諭す。
「量子力学にこんな考え方があるんですよ。
 中身が見えない箱に猫を入れました。
 その箱で10分過ごすと50%の確率で死にます。
 その後10分して開けたらまだ猫は生きていました。
 では問題です。箱を開ける前、猫は生きていたでしょうか?死んでいたでしょうか?」
「・・・・生きてるだろう、そりゃ・・・」
「違うんですよ。正解は『50%の確率で死んでるかもしれない』です」
「んな馬鹿な!?」
「そう思いますか?でも、量子力学では観測出来ない状態では確率でしか存在を表現できないんです。これを『シュレディンガーの猫』って言うんですよ。
 だってその箱が永久にあかなければ箱の中身をどうやって確認するんですか?」
「そ、それは・・・・」
「それと同じですよ。
 誰も人類が木星で暮らせるなんて思っていなかった。だから生きてるはずがないんだから確認出来なければ存在しなかった事にされるんです。
 それが人にとっての真実なんですよ。そこに僕らは確かに存在したにもかかわらず・・・ね。
 人にとっての真実は必ずしも真理とは一致しないんですよ」
哲学めいたことを言うケンにリョーコも納得せずにはいられなかった。

「でも、やっぱりやめた方がいいよ」
「ええ〜イズミちゃんもそんな事言うの!?」
シリアスイズミモードでいうイズミにヒカルは驚きの声を上げる。
「じゃ、あなたは昔の同棲生活を漫画に出来る?」
「そ、それは・・・・問題が違うじゃない・・・」
「違うかな?
 いつぞやの記憶麻雀で互いの記憶をさらけ出したとき、いい思いをした?」
「そ、それは・・・」
「人間、自分の心の底なんてバラしたくはないものよ。
 隠しておきたいことなんて誰でも抱えて生きてるんだし」
イズミはマジで言う。そういうイズミも過去の恋人達との思いでは人にさらしたくない出来事だったようだ。

「それにさっきのスタンビードで一番傷ついたのってアキト君だと思うし」
「「「「え?」」」」
イズミの言葉に一同意外そうに聞き直す。
「だってあのイメージでダメージ受けたのは私達だよ!?」
「そうかな?人間、自分の心を全て他人に晒される事ほど辛いものはないよ。
 それが信頼しているパートナーならいざ知らず、
 赤の他人にまで晒すなんて恐くて出来ないよ」
「でも・・・」
「じゃぁ、ヒカルは他人に今までの男性経験や自慰の数々を克明に知られて生きていける?
 しかもそれをそこらへんの変態野郎にさぁ」
ヒカルは口ごもりながらいうが、イズミの言葉はなおも厳しかった。
「絶対イヤ!!」

そう、先程アキトがナノマシーンスタンピードを人前に晒したのはそういうことなのだ。
彼等は改めてアキトとどう接していこうか悩むのであった。

でもケンだけは・・・
『それでも・・・・私は数馬のことを知りたい・・・』
その後、ケンは一人だけでもアキトを探した。



作戦開始10時間前 ユーチャリス・ラピス自室


「眠れ良い子よ〜♪」
「私、子供じゃない。少女。」
『く!!ホシノ・ルリみたいな言い方して!!』
寝付けないラピスを寝かしつけるのにエリナは必死だった。
普段はアキトがやっているのだが、アキトが戻るなりバタンキューしたので代わりにエリナがしている。

「眠れ♪眠れ♪母の胸で〜」
「エリナ、お母さんって雰囲気じゃない」
「わ、悪かったわね!!」
「・・・・でもお母さんってどんなものかわからないけど」
「・・・・」
憎まれ口をたたくラピスだが『母親』の件に触れると少し寂しそうにした。ラピスは親の温もりを知らずに育った。そのことを知っているだけにエリナは思わず同情した。

「んじゃ添い寝してあげようか?」
「・・・・うん」
エリナの言葉にラピスはためらいがちに答えるのであった。

「でもやっぱり歌は下手・・・」
「何ですって!!この子は!!!」
その後二人はプロレスゴッコをして就寝時間が30分以上遅れたことは言うまでもなかった。



作戦開始12時間前 ナデシコB・格納庫


『あの〜右ウイングの裏側がかゆいのですが・・・』
「先に足周りの点検を済ませてからだ!」
『かゆいんですよ〜かいて下さいよ〜』
「順番だ!我慢するんだ」
『かゆいの!かゆいの!!かゆいの!!!』
「わかった、わかったから静かにしろ!!!」
珍妙な会話の主はウリバタケとホワイトサレナのAIオモイカネJrであった。
さすがのウリバタケでも目の前に「かゆい」とかかれたウインドウが何十枚もまとわりつかれては何もできなかった。

『ふう・・・極楽極楽〜』
「っうか、機械にかゆみなんて感じるのかよ」
『優秀なAIですから』
「おお、応力による歪みがきてるわ。よくわかったなぁ、お前」
『自己診断機能付きの最新鋭AIですから』
無意味にウインドウで胸を反らす(?)Jrであった。

『ねぇ、今回も私の出番はないのですか?』
「んなこと知るか!!」
もうすぐ戦争をしようという緊張感はここにだけはなかった。



作戦開始13時間前 ナデシコB・ブリッジ


「・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんですか?ホシノ中佐。目を丸くして」
「いえ、私の視力が落ちたのかと・・・」
ルリはしばし目をごしごしと擦って自分の目に飛び込んできた光景が正しいかどうかを再確認しようとした。
そのぐらい今の光景は彼女にとって予想外であった。

「ハーリー君がいじけてない・・・」
ルリは驚きのあまりにつぶやく。それどころかハーリーはしゃかりきになって仕事をしていた。
「どうしたんです?彼・・・」
「さぁ・・・」
フジタが両手をあげて答えた。
『ルリさん、見ます?』
オモイカネがハーリーの仕事のウインドウ一つをルリの方に寄越した。

その内容は先ほどのハッキング攻撃の詳細なレポートであった。分析も冷静で客観的であり、とてもハッキングを受けた人間がまとめたとは思えないような出来であった。

「仕事に燃えているから声をかけてくれるな・・・だそうです」
コトネがため息混じりで答える。その言葉にハーリーもルリのことを気づいたようだったが、一瞥して会釈するとそのまま仕事に戻った。
いつものハーリーならルリ恋しさに話しかけるところだが、彼も成長したようだ。
「『呂蒙曰く、士、別るること三日、まさに刮目して相待つべし』ですかね。
 彼にとってはあの汚名は己をのばすバネになったのでしょう」
フジタがハーリーの成長に我が子のように顔をほころばす。
「そうですね。たぶん私を追い越す日もそう遠くないかもしれませんね・・・」
ハーリーの努力の成果を眺めながら、ルリは少し寂しいような、それでいてうれしそうな笑顔で答えた。

でも、

「残念ですねぇ。
 ハーリー君が落ち込んでたら、また一緒にフルーツ牛乳飲んで、膝枕でもしてあげようかと思ってたんですが・・・」
「え?」
思わずハーリーが鼻の下をのばして振り向く。
しかしルリのすぐそばに『うそピョン♪まだまだ修行が足りませんね(笑)』というウインドウが浮かんでいた。
ハーリーの情けない顔だけが残ったのだった。

ハーリーは大丈夫そうなので、テンクウ・ケンを探すべくルリは手近の手近のコトネに尋ねた。
「そういえば、テンクウ少佐は?」
「・・・・・・・・・・プイ」
「・・・!!(怒)」
あくまでもコトネは無視を決め込んだ。ライバルには情報は少しでも渡したくないらしい。
仕方ないのでルリは少し離れていたフジタの方に近寄って尋ねた。
「フジタさんは知りません?」
「さっきから姿を見ませんが」
ルリはため息をつく。
まぁコトネのことだ。ケンの居場所を知ってれば今頃こんなところでくすぶってもいないだろうからこの艦にはいないのだろうが・・・・。

そう思い直してルリはケンを探すことにした。
これでも一応ルリがケンを慰める担当であったからだが、それだけの理由でないことは周りの人間の目から見れば明らかであった。



作戦開始11時間前 ナデシコB・医療室


「ここでボース粒子がフェルミオンに変換される場合・・・」
「うう、もう勘弁して・・・・」
「何か言った?提督」
「いえ、何にも・・・」
「まったく私の事は誰も心配してくれないんだから!!
 ブツブツ・・・・」
「はい、おっしゃるとおりで」
ユリカはまだイネスにとっ捕まっていたのであった。

しかしユリカはふといつもの癖で思い出したことを口にした。
「そういえばイネスさん。例の遺跡プレートの解析って進んでます?」
「何を藪から棒に。しかもこんな時に」
「いやぁ、何となく」
イネスの気を逸らすためのユリカの策なのだが、イネスはこの時期にそんな話題を出すユリカの非常識さにあきれた。

「この前見たばかりでしょ?そんなに進んでるわけないじゃない!」
「でも・・・」
「ここんところ入り浸って私の作業をせっついてるけれど、そんな急に解析できないわよ。そんなことぐらいわかってるでしょ?」
「そ、それはそうなんですけど・・・」
イネスの詰問にユリカは物思いの顔で答える。それは決してアキト恋しさのためだけでもないようであった。
「どうしたの?いったい・・・」
「なんか引っかかるんですよね。」
「???
 どういうこと?」
「いえ、特に根拠はないんですけど。
 胸騒ぎってやつですか?
 これは早く調べなければいけないって、どうしても心の片隅で引っかかるんですよね・・・」
ユリカは何とも説明しようのない感覚を説明するのに必死だった。
ひょっとしたらユリカにしか見えない引力がその小さなプレートには込められていたのかもしれなかった・・・。



作戦開始2時間前 ユーチャリス・アキト自室


今日もまた見た。
あの無気味な『宇宙に浮かぶ城』の夢
今日もその夢にうなされる

『宇宙に浮かぶ城』
それはまるで禍々しいモノであるが、なぜか懐かしい故郷のようでもある
そして・・・
その姿は日を追うごとに徐々に鮮明になっていく

それはまるで遠い昔、いつか走った草原のような懐かしさで

「どういうことだ?」
アキトはユーチャリスのベットで目を覚ます。

だんだん明確になっていくその夢に少し恐怖を覚えるアキトであった・・・。



作戦開始12時間前 ナデシコC・通路


「あ、テンクウ少・・・・」
ケンを探し回っていたルリは通路の奥で彼を見つけた。
しかし、ケンは誰かと会話中だった。
『あ、アキトさん?』
そう、そこには何かをまくし立てているケンとそれを黙って聞いているアキトの姿があった。



同刻 ナデシコC・通路奥


ようやくアキトを見つけだしたケンは自分の抱えていた疑問をぶつけた。しかしアキトはこの前と同じようにはぐらかした。
「不破数馬なる人物は知らない。それは事実だ。」
「そんなのは詭弁です!!」
たぶん、ケンも早く気づけばよかった。数馬もケンと同じ様な理由で姓を西條に変えていたことを。

「・・・・・じゃぁ、知ってどうするつもりだったんだ?」
「え?」
「だから知ってどうするつもりだったんだ。お前は連合軍の指揮官で向こうはその敵の司令官だ。で?どうするつもりだったんだ?」
「そ、それは・・・・」
アキトの思わぬ反論にケンは思わず怯んだ。

「・・・説得します」
「説得?
 ハハハハハ!!」
ケンのようやく絞り出した結論にアキトは大笑いをした。
「な、何がおかしいんですか!!」
「甘いな。
 お前を育ててくれたテキストには『すべての人は説得すれば理解してくれます』とでも書いてあったのか?
 大変だな、聖人君子になるのも」
「なんですって!!」
本気で怒るケンをからかうようにアキトが茶化した。
「そう、それだよ!化けの皮がはがれてきた。
 いつまでもいい子ぶるのは大変だろう?」
「テンカワさん!!」
「人は裏切る。」
「違う!数馬は草壁の思想に騙されているだけなんだ!!」
「他人を信じているとバカを見るぞ?」
「そんなことありません!」
アキトの言葉にケンは必死にあらがう。

しかし、アキトはケンの胸に手をおき、こう尋ねた。
「優人送出計画がお前をどういう風に教育したか知らないが・・・
 お前の守るべきものは何だ?」
「・・・私の守るべきもの?」
「ナデシコか?それとも過去の思い出か?」
「・・・・・・」
「どちらかしか選べないことが何時になったらわかるんだ・・・」
そうやって選んできたアキトの言葉だから、過去をかなぐり捨てることでしかユリカを救えなかったアキトの言葉だから、それは何よりもケンの胸を突き刺した。
「・・・・・・」
それっきりケンが黙り込んでしまったのを確認するとアキトは足早にその場を立ち去っていった。

しばらくしてケンは通路の影に隠れていた人物に声をかけた。
「もう出てきてもいいですよ」
「・・・はい、テンクウ少佐」
影から現われたのはルリであった。彼女の表情は気まずそうだった。
「ホシノ中佐、お見苦しいところを見せてしまいましたね」
ためらいがちに声をかけてきたルリに対してケンは少し困ったような表情で答える。
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですが」
「かまいませんよ。」
「・・・・」
「僕は艦長失格ですね」
「そんなことありません!。そんなことは・・・」
「現にこうしてホシノ中佐に励まされている。本来なら僕がクルーのみんなを励まさなければいけないのに。」
「ご、ごめんなさい!」
ルリはケンに気遣うように言ったが、時にそれは人を傷つけることになるのがわからなかったのだ。

「たまにイヤになりますよ、この性格が。
 普段は悟りきった大人のように振る舞うくせに、いざ自分のこととなると化けの皮が剥がれたように支離滅裂になる。まるで台本がなければ演技もできない大根役者のようだ。」
「そんな・・・・・・・」
「テンカワさんの言うように私は作られた人間なのかもしれない・・・」
そう言ってケンは押し黙った。。
今のルリにはケンにかけてやる言葉がなかった。
ルリは自分が何もできない子供だと気づかされるのであった・・・。



作戦開始30分前 ナデシコB・格納庫


ケンはサレナカスタムのコックピットで機体の最終的な調整を行っていた。
なるべく先ほどのアキトの言葉を思い出さないように務めながら。

「指揮官が私事で悩んでどうする!」
そう、自分に叱咤したが、それ自身が自分に決着をつけていないことの現れであった。



そして狂宴の幕はあがる


時間は容赦なく流れていく。
やっとつかみ取った一滴の砂でさえ、指の間からサラサラとこぼれていく。
そしてそれと同じように時間も人々の想いからすり抜けていく。

時間は容赦なく流れ、諸々の人々の感情にかまわず終局の幕は開いていった。

こうして後に『狂気の戦闘』と呼ばれる戦いは始まった。
そしてその原因の一端が自分にもあろうとは今のケンに知る由もなかった・・・。

See you next chapter...



ポストスプリクト


今回は時間をスクラッチして並べ、オムニバス風にしてみました。
ちょっと時間が前後しているんでわかりにくいと思いますが、順番に何か重要な意味があるように見せて・・・・実はあまりないという(笑)

本当は前回のお話と共にアキトとケンの件だけで1話にまとめるつもりだったんですが、前回のお話だけで予想以上に長くなってしまった結果的に分けました。
しかしアキトとケンのお話にすると尺が短いので、そういえば他のみんなのフォローもせんといかんなぁと思って書いたら結果的にこうなりました(苦笑)

なかなか書けなかった人達のストーリーも盛り込めたのでよかったのではないでしょうか?

ってことで次回から激闘編第3弾!!
しかも思いっきり「痛い」系のお話となったりします。(うわぁ〜)
痛いけれどもそれなりに心に残るものをかければなぁと思っております(大それた奴)

では!

Special Thanks!!
・みゅとす様
・kakikaki 様