アバン


黒き悪夢は解き放たれて
人々の意識を一つにつなげた。
だから人は改めて知ることになる。
自ら信じる「真実」とは「自分の知っている事実」だけを元に都合よく歪められたものだということに。

なぜならば、私達はアキトさんの痛みを知ってしまったのに
それでもなお、「新たなる秩序」という正義の御旗を掲げていられるのでしょうか?
それでもなお、「あれはフィクションさ」とうそぶいていられるのでしょうか?
それでもなお、「かわいそうね」と思いながらも明日には忘却してしまえるのでしょうか?

だってあの「悪夢の光景」はもうTVの向こう側の世界ではなくなってしまったのですから・・・

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



ナデシコC・ブリッジ


前回の戦闘より約1時間後のこと
みんな疲労が癒えないまま、先ほどの戦闘の結末を噛みしめていた。
ある者はナデシコ艦隊がハッキングされたことに嘆き、
ある者はボソンジャンプして追いかけられる恐怖を思い出し
そしてある者はあの悪夢の体験を思い出して震えだした。
たった1時間はあの散々な戦闘の疲労から回復するには十分ではなかったが、そうもいっていられない。
今後の方針を決めなければならないのだ。

とりあえずアキトのスタンビードにより受けたダメージが何とか薄らいだユリカは早速行動を開始した。
「ルリちゃん」
「なんです?ユリカさん」
ルリは目元の覆っていた濡れたハンカチを取ってユリカの方に振り向いた。
「これから作戦会議をします。幹部の人達を集めて。」
「今からですか?」
ルリは気怠げに聞き直す。1時間の休息ではあまりにも短すぎるからだ。しかし裏を返せばユリカがこれから何をしたいかもおおよその見当がついた。
「ええ、今からです!」
ユリカの顔は珍しくマジであった・・・。



ユーチャリス


「ば、バカ!何をする、エリナ!!」
エリナはアキトの首根っこをひっつかまえてナデシコCへと移動するシャトルまで引きずっていった。
「ミスマル・ユリカからの指示よ。
 幹部は全員集合。例外なく」
「お前が行って来ればいいだろう」
「往生際が悪い!!
 体のことがばれたのに何をためらってるの!!」
なおジタバタするアキトをエリナが叱る。アキトは反抗したくても体力がヘロヘロなのでされるがままだ。
「別にためらってるわけじゃないが・・・」
「なら来なさい!
 無理矢理でもいいから連れてこい、って彼女がそこまで言ってるのよ。」
「・・・・」
今までユリカはアキトを会議に呼ぶのを強制しなかった。アキトの事を気遣ってだ。その彼女がなりふり構わずに呼び寄せたというが何を意味するかアキトにもわかっているのだ。



ナデシコC・作戦会議室


ユリカやルリはもちろん、ゴートやプロス、それにジュンやケンが既に会議室に集まっており、アキトの到着を待っていた。
そしてその本人が現れたのだが・・・。

ユリカ「そりゃ、確かに首に縄を着けてでも連れてきてって言ったけど・・・」
エリナ「かわいいでしょ?」
ルリ「っていうか、そんなおっきい首輪なんてどこで手に入れたんです?」

得意満面のエリナをよそに一同はあきれかえっている。
それもそのはず、闇の王子様モードのテンカワ・アキトに赤い犬の首輪をつけて引っ張ってきていれば・・・。
アキトの顔は恥ずかしさと憤怒で真っ赤。闇の王子様の威厳もへったくれもない。

エリナ「一度アキト君にこれやってみたかったのよね♪」
ルリ「・・・・まさか他にも餌食にした人が・・・」
エリナ「冗談よ、冗談。
 まさかアカツキ君が喜んでた・・・って事も、それをネタにしてアキト君への支援の資金を出させていた・・・なんてこともないから気にしないで」
一同『ジー・・・・・・・・』
エリナ「だから本気にするな!!」
慌てて否定するもあまりにもイメージがハマりすぎるので、冗談ではすまなくなったエリナであった。

おい、重要な会議じゃなかったのか?



Nadesico Second Revenge

Chapter21 狼と子犬



再びナデシコC・作戦会議室


まぁ、そんな気分をほぐす罪のないジョークが何とか払拭できたところで一同の視線がユリカに集まった。ユリカは決意を露にして会議の趣旨を話し始めた。
「皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。今後の本艦隊の行動です」
真摯なユリカの視線に対して一人アキトだけがふてくされるようにそっぽを向いていたが、ユリカはかまわず話を続ける。

「本艦隊はこれより18時間後に敵艦隊に強襲をかけます」
そのユリカの言葉に一同は驚く。
「ですが提督、クルーの皆さんは・・・」
プロスは控えめに抗議の声を露にした。
「皆さんがお疲れなのは承知の上です。ですから12時間の休息時間を入れて18時間後と言ったんです。本当なら今すぐにでも取って返したいぐらいです。」
ユリカの発言は大胆だ。一刻も戦場に戻りたくて仕方がない様子だ。
「ユリカが何を急いでるのかよくわからないよ。第一引き返したとして勝算はあるのかい?」
ジュンは疑問を口にする。
仮にナデシコのクルーがそれっぱがりの休息で体力や精神力を回復させたとしよう。
しかし、逆ハックという形でシステム掌握は封じられ、ボソンジャンプはイメージトレースという手法で無力化された。今のナデシコに彼らに対抗する手段があるのだろうか?
ジュンはそう問うているのである。
「わかりません」
「わからないって無責任な・・・」
「でも今を逃せば、勝算は減る一方です!」
ジュンが咎めようとするのを制してユリカはピシャリと言った。

「こちらも疲弊していますが、それは向こうも同じ事です。
 第一、敵のB級ジャンパーが復活してしまえばボソンジャンプという切り札を失います。システム掌握が通用するかどうか不確定な現状ではボソンジャンプは最後の生命線です。
 今回のことでそれは身に染みたでしょ?」
「・・・・」
ユリカの発言はもっともだった。
敵は最悪新しいB級ジャンパーを確保できれば、またナデシコを追尾できる。時間を許せば許すほど敵は確実にナデシコ艦隊を追いつめる力を回復するのだ。
そしてアキトのナノマシーンスタンビートによるイメージ攪乱はあくまで一回こっきりの奇襲作戦だ。次は使えないし、誰も二度と使うつもりにはならないだろう。
仮にスタンビード以外の方法で敵のイメージトレースに干渉できたとして、それを開発するのにいつまでかかる?
システム掌握との違いは?
そして退路が断たれている戦闘にて、成功するかどうかもわからない技術に頼るような賭には出れない。

「今を逃せばナデシコ艦隊は延々と逃げ回らざるを得なくなるんです。
 だから、次で決着をつけたいと思います。」
可能な限りシステム掌握のための情報を収集し、あわよくば敵のプロテクトを見破りシステム掌握を行う。
それがだめならホワイトサレナとブラックサレナの同時投入により敵プロテクトサーバーの破壊を行い、システム掌握を可能とする。
それでもだめな場合は可能な限り戦場に残って敵のプロテクトの情報収集につとめ、ボソンジャンプで逃げて次回確実にシステム掌握する為の布石を打つ。
ユリカは自分のプランをそう締めくくった。

「やりたいことはわかった。
 で、なんで俺まで呼んだ?」
アキトが珍しく発言した。どうせユリカは自分の考え通りに行動してしまうのだ。なら、何故わざわざ自分を呼んだのか?
単に同意を求めるつもりからだけではあるまい。

「手分けしてクルーのみんなの士気高揚をお願いします♪」
「は?」
これにはアキトだけではなく一同も驚きかえる。
「だから後18時間後にみんなが気持ちよく戦えるように励ましてきて下さい♪」
この重苦しい雰囲気を何とかしてこいとユリカは言うのだ。しかもしこれが一番難しいことだとは思ってもいないような朗らかな笑顔で。

アキトは自分もその要員に入っているのかとゲッそりとした気分になったが、ふと別の視線に気がついて振り向いた。
視線の先にあるもの・・・テンクウ・ケンの刺すような視線に気がついてアキトはまた憂鬱な気分になった。



ナデシコC・作戦会議室前廊下


「待って下さい、テンカワさん!!」
「・・・・」
用が終わってさっさとこの場を立ち去ろうとするアキトをケンが呼び止めた。案の定である。先ほどの視線がそれを如実に物語っていた。

「なんだ?」
「テンカワさん、数馬が生きていたのを知ってましたね?」
「何のことだ?」
「とぼけないで下さい!!」
とぼけるアキトにケンは珍しく声を荒げた。前回月臣とアキトが何かの相談をしていたときにケンが数馬の行方を尋ねた時のことを言っているのだ。
「アキトさん達が敵の司令官のことを調べてないはずないじゃないですか!!」
ケンも昔は諜報部にいてアキトと同じ様な仕事をしていた。事情には詳しい。

「あ!ゲキガンガーが飛んでる!!」
「え?」
「・・・・・・ジャンプ!」
アキトは都合が悪くなったのか、ケンの注意をそらした隙にボソンジャンプして逃げていってしまった。
「って、テンカワさん!!絶対聞き出して見せますからね!」
ケンは拳を握りしめて誓うのだった。



ナデシコC・作戦会議室


「ふう、あの二人、この大事な時に何をやっているんでしょうか・・・」
「まぁまぁ、ルリちゃん」
ユリカとふたりっきりで作戦会議室に残ったルリはアキトたちのやりとりをこっそり覗き見て溜め息をついた。

「だいたい、アキトさんとテンクウ少佐でさえあれなのに、本当にクルーの皆さんの戦意回復なんて出来るんですか?」
「出来るかどうかじゃなくて、やるの!
 敵さんだって条件は一緒だよ?。
 だからより回復した方が勝つの!」
不安げなルリの言葉にユリカはぴしゃりと答えた。

「それはそうなんですが・・・本当に勝算なんてあるんですか?」
ルリはまじめな顔をしてユリカに聞いた。
「それはルリちゃんが一番よく知っているはずだよ?」
ユリカはしたり顔で答える。
「何のことですか?」
「とぼけちゃって。さっきの戦い、あれわざと敵にハッキングさせたでしょ?」
ユリカはいたずらっ子のようにいう。今度はルリがはぐらかす番だった。

「わざとじゃありませんよ」
「またまた。ルリちゃんならハーリー君がポカやらかす可能性まで考えてあの子にシステム掌握をさせてたはず。そのルリちゃんが何の対策もせず侵入されるなんて・・・」
「本当にわざとじゃないんですよ。ただ、入られたら入られたでもかまわないかな・・・とは思ってましたが」
やっぱり、といった顔でユリカは笑う。

ルリのプランとしてはこうだった。
結局現在の状態は敵に侵入されるリスクを恐れるあまり、こちらも踏み込んだオペレーションが出来ないでいる。これではいつまでたっても埒が明かない。
そこでもし敵が深入りしてきたならばあえて敵を懐に潜り込ませ、その隙にこちらも相手の懐に潜り込む。
敵もハッキングというリスクの大きい方法を採るということは切羽詰まってるという事だからだ。

「ただ誤算だったのは敵がナデシコのボソンジャンプを封じる手を講じてきたことです」
ルリはため息をついていう。ナデシコが敵の追いかけてこれないところにジャンプ出来ればこそ勝算のある手法だったのであるが・・・。
「しかたないよ。誰もそんなこと思いつかなかったんだから。」
「すみません・・・」
「それより、これだけの代償を払ったんだから、何か手がかりはつかめたんでしょ?」
「ええ、何となく敵のプロテクト手法が掴めてきました。でも・・・」
「でも?」
「いえ、たぶん気のせいだと思うんですけど・・・」
『まさかね・・・』とルリは自分の不安を心の中だけに留めた。それはシステム掌握という戦法そのものに対する哲学や理念あるいは信念に基づくものなのだが、その不安が的中することを今のルリに知る由もなかった・・・。

「ふう〜ん。まぁ、そっち方面はルリちゃんに任せるけど・・・。それよりルリちゃん、ハーリー君を囮に使ったのはまずいよ。あの子、今頃しょげ返ってるよ?」
「あの子はあれくらいの挫折を味わった方がいいんです」
ルリはそうきっぱり断言する。

そりゃ、確かにルリの目から見ればハーリーは頼りない。自分が同じ頃、立派にナデシコを切り盛りしていたのだからそれが当たり前と思っている。
だからといってハーリーとルリと比べる方が悪すぎる。
彼は12歳としてはよくやっている方だ。
「ルリちゃん・・・あの子に期待しているのはわかるけど、そこまで厳しくしなくても・・・」
「だめです。あの子が自分で私に恋愛対象としてみてもらいたいと望んだんです。
 ならばせめてアキトさんレベルになってもらわないと困ります」
「アキトレベルなんて、そりゃ難題すぎるよ。」
ユリカは苦笑する。
「それに一刻も早く私と同じレベルに達してもらわないと、私がいつまでたってもナデシコのオペレータから引退できません。イネスさんみたいに婚期が遅れるのは御免です!」

そう力説するルリに『誰と結婚するつもりなの?』とは怖くて聞けないユリカであった。

「・・・んじゃ、ルリちゃんはケンさんとハーリー君を慰める担当ね」
「ええ!なぜですか、ユリカさん!!さては・・・」
「違う、違う!アキトは多分、ほっといても大丈夫だよ。
 それよりも問題はイネスさん。
 あの人にやる気を出してもらうには・・・」
「・・・・・説明を気絶するほど聞かされますね・・・」
「いいんだよ?ルリちゃんがイネスさんを担当してくれるなら、私がハーリー君達を引き受けても・・・」
「・・・・・頑張ってハーリー君とテンクウ少佐を励まします。」
「・・・・うんって言って欲しかったな・・・・」
「何か言いました?」
「なんでも・・・」
能天気そうにみえてもこの二人も問題は抱えているわけであった・・・。



ナデシコC・廊下


『・・・テンカワ・アキトよ』
『・・・なぁ、病気うつるって本当かな?』
『あまり近寄らない方がいいぞ!』
ナデシコCの廊下を歩くアキトに対してクルー達はそんな無理解なひそひそ話を行う。そんな声をアキトは気にはしなかったがあまりいい心地はしなかった。
アキトが積極的に人前に現れないのもこのためである。

昔、エイズという感染病があった。免疫が機能しなくなるため、一時期は不治の病と恐れられていた。しかしこの病気が一番の恐ろしかったのはこの病気に対する無知と偏見であった。
空気感染するインフルエンザなどの病気と異なり、エイズは感染者の体液が相手の体内・・・それも傷口などの血管から進入しない限り感染しないという伝染経路が限られていたものであり、主な感染行為であるセックスですらコンドームを使用すれば防げるという事実が民衆に浸透するにはかなりの時間がかかった。
そしてそういう行為をしなければ感染しないにもかかわらず、エイズ感染者の触ったものには触りたくない、彼らの唾が顔にかかっただけで感染するから近づいてほしくない、などの偏見がそれ以上に蔓延したのだ。

そういった意味で人々の意識は残念だがそれから300年を経過した現在もあまり変わっていないのが実状だ。IFSへの抵抗感一つ取ってみてもそれは明らかだろう。
今のアキトの症状を見れば誰だってそういう視線を向けるのは無理もない話であった。
だからアキトはあまりみんなの前に顔を出したくなかったのだが・・・。

「あ!!いたいた!!
 おい、テンカワ!!!」
感傷に浸っているアキトの呼びつけたのはなぜかスバル・リョーコであった。
「ねぇ、アキト君、さっきのあれってフィクション?実話?
 実話だったら漫画のネタにしたいから取材させてくんないかな♪」
「テンカワ君・・・どうやればあの苦痛を耐えられる?私にも指南してくれ」
リョーコだけじゃない。ヒカルやイズミもいる。
イヤ〜な予感がしたアキトは思わず悪寒を感じてダッシュして逃げ出した。

「待てテンカワ!逃げんな!!」
「待て♪」
「待てと言われて待てるか!!」
「待たぬなら待たせてみせようホトトギス・・・ククク」
・・・三人娘にはどうやらそういう心配は無用だったみたいだ。

さらには・・・
「おもしろそう♪」
「テンカワさん!!今度こそは誤魔化さずに教えていただきますよ!!!」
それに混じってサブロウタやケンも追いかけてきたのだった・・・



ナデシコC・食堂


「ご飯冷めるから早く食べた方がいいよ」
「はぁ・・・」
「落ち込んだってしょうがないんだからさ。ね?」
「はぁ・・・」
彼女が何を言ってもハーリーはため息ばかりをついていた。仕方がないのでこの食堂のシェフ テラサキ・サユリは彼を一人にしてやるために厨房に引っ込んだ。

「はぁ・・・」
食べる気もなく火星丼をかき混ぜるハーリー。
さすがにあれだけの事をしでかした後だ。ナデシコBに留まれるほどハーリーの神経は図太くない。結局は居たたまれなくてナデシコCの食堂に逃げてきたのだ。
そしてこうやってこの場でうじうじしている自分がもっと情けなかった。

「はぁ・・・」
何度かのため息かの後、ハーリーはふと自分の隣のテーブルから真っ黒いものが現れたのを見つけた。

左よし
右よし
前よし
後ろよし

そこまで確認して黒いものは安堵のため息をついてテーブルの下から這い出てきた。
「やれやれ、何とかまいたか・・・」
「あああああ!!テンカワ・アキト!!!」
その真っ黒黒助がテンカワ・アキトと知るや、ハーリーは思わず大きい声をあげた。
「ば、バカ!!」
「むぐ・・!!」
アキトはハーリーの口を必死で押さえた。



ナデシコC・厨房


「なぁ、サユリ。テンカワ来なかったか?」
「いいえ、来てませんよ」
アキト捜索団(隊長リョーコ以下4名)とにこやかに応対するサユリのすぐそばで、アキトは厨房の陰に隠れていた。
もちろん
「むぐ!!むぐぐ!!!」
と暴れるハーリーの口を押さえながら。

「んじゃ、見つけたら教えてくれ」
「はい、わかりました♪」
何とか一団はサユリが追い返してくれたようだ。

「サユリちゃん、恩にきる」
「いいえ、どういたしまして♪」
この前の料理の一件以来、サユリはアキトに好意的だ。アキトもたまにナデシコCの厨房を使わせてもらってたりするのだが、それはまたの機会に。
「もう騒がないか?」
「むぐ。」
力では到底かなわないのでハーリーはおとなしくしてうなずくと、アキトはようやく手を離した。

「・・・・まったくこれだからナデシコには来たくないんだ」
アキトはさっきのドタバタにうんざりするかのようにため息をついた。
そんなアキトをハーリーはまじまじと眺める。
不思議な男、テンカワ・アキト

今まではただの反発しか感じなかった。
自分が好意を寄せるホシノ・ルリの想い人。
そんな彼女を見捨てて帰ってこない男
それでもなお、彼を慕うホシノ・ルリへのじれったさ。
ルリに何かにつけてアキトと比べられる苛立ちと、てんで歯が立たない情けなさ
これ見よがしにエリナやラピスとの仲を見せつけ、それを見る度にルリが堪え忍ぶ姿を見るにつけ、彼の中でアキトに対する怒りは増していった。

でも・・・・

ハーリーは知った。

アキトの身に何が起こったのか。

目の前で愛する妻が仮死状態にされるところを見せつけられて、
同じA級ジャンパー達を次々と実験と称したなぶり殺しにされ、
自身も過酷な人体実験をされ、
ともすれば発狂しそうな肉体的、精神的な苦痛の中でただ愛する妻を救うことと彼らに復讐することのみを生きる支えにし、
ひたすら強くなることだけを求め、
結果、愛する者達のそばにいられない体になってしまった・・・

最強の・・・そして孤独と手負いの狼・・・

今までルリにしてきた仕打ちは到底許せるものではないが、今のハーリーにはアキトを責めることは出来なかった。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
アキトがほとぼりが冷めるまでその場にいるのに、ハーリーは何となくその場を動けずに黙ってつきあっていた。
端から見てると結構珍妙な組み合わせであった。

「・・・・・・なんでルリさんのところに帰ってあげないんですか?」
長い沈黙の後、耐えきれなくなったのか先に口を開いたのはハーリーであった。
「・・・・・・・・」
「ルリさん、ずっと待ってたんですよ。あなたが帰ってくるのを」
「お前には関係ない・・・」
「関係なくないで・・もご!」
思わずハーリーは声を荒げるがアキトはすぐに口を押さえた。
「静かにしないと強制的に黙らせる!」
凄みを効かせたアキトの言葉にハーリーはあっさりと黙った。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
そしてまたしばらく沈黙が続く。

「・・・・・あんな事があったからって、何も逃げ回らなくても・・・」
また長い沈黙に耐えきれなくなったのか、またハーリーから声をかけた。
「じゃぁ、お前は何でこんなところに逃げてきた?」
「!」
自分のやましさを言い当てられてハーリーは飛び上がらんばかりに驚いた。
「か、関係ないでしょう・・・」
「なら俺のことも関係ないだろう」
「そ、それは・・・」
現に辛いことから逃げてきたハーリーには何も言い返せなくなってしまった。

自分にテンカワ・アキトをなじる資格があるのだろうか?
よくよく考えればアキトの論法は相手の追求をかわす為の問題のすり替えであり、大人の汚いディベート術なのだが、子供のハーリーにはどうしても先に自分の振る舞いを恥じてしまうようだ。

「僕は取り返しのつかないことをしてしまった・・・・だから・・・」
ハーリーは絞り出すように心情を吐露した。
「ハハハ」
しかしアキトは愉快そうに笑った。
「何がそんなにおかしいんですか!」
「いや、何を悩んでいるかと思えば、あんな事で。」
「あんな事!?敵のハッキングを許したことがあんな事ですって!!」
アキトの横暴な言いようにハーリーは思わず腹を立てた。
「だからルリちゃんに歯牙にもかけられてないんだ。」
「何ですって?」
「自惚れるな!お前のせいでナデシコがハッキングされただ?
 あの電子の妖精がお前のハッキングされる可能性を考慮していなかったとでも思っているのか?」
アキトは今までハーリーが想像もしていなかった厳しい現実を突きつけた。そしてそれが真実であろう事は今のハーリーには痛い程良くわかった。

「そ、それは・・・」
「誰がお前の腕を信用などするものか!彼女はお前に任せるメリットとデメリットをすべて計算した上でお前にやらせたんだ。ハッキングされる危険性も勘定に入れてな。」
「うう・・・」
「お前はいつからナデシコの全てを背負えるほど偉くなったんだ?
 そんな心配をする暇があったら自分が何故失敗したかを反省しろ」
「そ、そんなことわかってる!そんなこと・・・・
 うううう・・・・・」
ただそれだけしか言い返せないハーリー。
反論もできずに、自分の不甲斐なさにただボロボロと涙を流すのみだった。
しかし、そんなハーリーにアキトは冷淡だった。

「で?泣いてどうする気だ?
 そのままここでくすぶる気か?」
「な!」
「いいな、お子ちゃまは。
 そのうち誰かが『よしよし、かわいそうにね』と慰めてくれるまで待つのか?」
「!ちが・・・」
「案外、慰めてもらえるのを期待しているのかな?
 じゃなきゃ、これ見よがしに食堂で落ち込んだフリなんかしてないだろう」
「ち、違う!!」
冷淡なアキトの言葉に必死にハーリーは抗う。
でもそんな期待が心の中のどこかになかったか?
ハーリーの心の中でそれがやましさとなって膨らんだ。
「泣きたければ自分の部屋の隅でくすぶってろ。目障りだ。」
「!!!
 あなたに僕の何がわかるんだ!!!」
ボカボカボカボカボカ!
貯まっていた感情が爆発したのか、ハーリーはアキトは胸を駄々っ子のように叩き始めた。

ボカボカボカボカボカ!
殴られながら、アキトは先ほどからは幾分冷たさが和らいだ瞳でハーリーを見つめた。
「どれだけ泣いても誰も助けてはくれない。
 泣き疲れても誰も慰めの声はかけてくれない。
 そんな中でどこまででも泣けばいいんだ。」
その言葉にハーリーは思わずアキトを見た。

あのスタンビートの悪夢で見せられた映像
どこまでも暗い部屋の中で、
手足の自由すら奪われ、
ただ自分の無力さに泣き続けたあの日
でも、彼に声をかけるものもいず、
涙を拭いてくれるものもいなかった。
ただ涙を流し続け、
ひたすら涙を流し続け、
ついには涙も枯れ果てしまい、
そして泣くことにすら疲れてしまったとき、
それでも嘆く自分を冷ややかに見つめるもう一人の自分を見つける。
『こんなところで泣いていたって何かが変わるのか?』、と。
そう、変わりはしないのだ。
でも嘆くことしか出来ない自分の不甲斐なさに打ちのめされるそのとき、
人は選ぶことを迫られる。
変わるのか、変わらないのか。
そして彼は変わることを望んだ。
大切な人を救い出すために、復讐を遂げるために
それが彼らしさをすべて奪い去るとしても

『それに引き替え僕は・・・』
ハーリーは自分がそんな苦悩の端っこをかじっただけでウジウジしていたのが馬鹿らしくなった。
そうだ、僕の目標はこの男からルリさんの心を救い出すことなのだ。
こんなところでモタモタしてはいられないんだ!!

「僕はあなたの生き方は認めない!!
 僕は僕のやり方であなたの生き方が間違っていることを証明してみせます!!」
ハーリーは立ち上がってそう宣言した。
それは昨日までのいい加減なアキトに対する敵愾心や対抗心ではない。
男が自分の心に刻んだ確固たる決意なのだ。
「おもしろい、やれるものならやって見ろ」
「失礼します!!」
アキトにそういわれても怯むことなく言い返し、ハーリーはナデシコBに戻っていった。
その顔は先ほどまでの迷子の子犬のような顔ではなく、アキトと同じ孤高の狼の顔であった・・・。

「アキトさんも優しいですね。ハーリー君を励ますなんて」
気を利かせて彼らをふたりっきりにしておいたサユリが戻ってきてそう言った。
「・・・仕事だ。」
「そういうことにしておきます♪
 でも貸しですよ?」
「むう・・・・」
サユリはアキトの照れ隠しの言葉にクスリと微笑むのであった。

See you next chapter...



ポストスプリクト


むう、何となくどシリアスで、少しほのぼの系の今回のお話はいかがでしたでしょうか?
もう少しアキトとハーリーのミスマッチを雰囲気的に書きたかったのですが、なかなか難しいようです。

私にしては珍しくようやくアキトとハーリーが主役の話になりましたね。主人公のはずなのに都合20話も何やってるんだか(苦笑)
こんな感じでアキトは徐々に本編に関わってきます。何せこのお話の最終ゴールは「アキトの帰還」ですから(いや、マジで)

ってことで戦闘前のこのお話ですが、次回ももう一回似たような事をやってから戦闘シーンに移りますのでご了承下さい。

では!

Special Thanks!
・ふぇるみおん様
・kakikaki 様