アバン


途切れてしまった過去の日常
それはあの人が帰ってくればただちに元通りになるものではなかった。
許容と黙認と妥協と・・・そして元の日常を取り戻そうとする不断の努力

だって、本当の居場所なんてどこにもない。
ただみんな「そこ」に必死にしがみついているだけなのだから

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



疼く夢


『共に悪辣な地球人どもを倒そう!』
いつからだろう、無邪気に信じていた正義を信じられなくなったのは・・・

『一緒に平和な未来を作り上げよう!
 オレとお前となら絶対できる!』
いつからだろう、友と共に信じた夢がズレ始めたのは・・・

でも、・・・・・

実験に耐えられなくなった被験者達の手首を切った自殺
用済みの被験者の絞殺、銃殺、爆殺、圧殺、窒息死、ガス殺
・・・そのたびに苦悶する彼等
奇形化した死体、腐乱死体、そしてバラバラ死体
恨めしそうにこちらを見つめる彼等の生首と屍体・・・

信じた正義の向こう側を見せられた時、
そこにオレの居場所はなかったんだ・・・

「何で昔の夢を見たんだ?」
テンクウ・ケンは自室のベットで目を覚ました。
「数馬、お前は今どこで何をしてるんだ・・・。」
ケンはかつての親友の名前を呼んだ・・・



新なぜなにナデシコ・状況説明編


皆さんこんにちわ。ルリです。
あいかわらず、こんな事でしか出番がないのは恐縮です。

取り敢えず前回の戦闘にて手痛い被害を被った火星の後継者達は戦線を南下
より守りやすいフランス上空に陣を構えたのでした。
それもそのはず、火星の後継者の指揮官西條少将が自信満々で繰り出した作戦は敗れたからです。ナデシコ艦隊が少数精鋭がゆえの持久戦の弱さをつけ込むはずが、逆にそれ以上の少数精鋭でお返しされてしまいました。
これは火星の後継者達に多大なプレッシャーを与える事になりました。電脳戦を温存しておいて、それでも通常戦闘を五分で渡り合うことのできるのを証明したのですから。

とはいえ、ナデシコ艦隊側も手放しで喜べる状況でないのも確かです。
新型のサレナカスタムを投入したのはいいのですが、スタミナ不足が露呈してしまいました。このためおちおち通常戦闘で押し切る事も難しくなってしまいました。

まぁ、どちらも結局は手詰まりで動くに動けない状況なのです。

さて、決め手はやはり伝家の宝刀『システム掌握』を使えるかどうかなのですが
どうします?ユリカさん。



火星の後継者・ヨーロッパ方面軍旗艦・かんなづき


『ふふふ、手痛いやられようだな、西條』
「ふん!」
東郷があざ笑うのを西條は忌々しく唾棄する。
『どう足掻いてもネルガルの超兵器群には勝てんか?』
「な!」
『夜天光は黒百合に敗れ、そしてお前自身も白百合に敗れる・・・か。
 まぁ無理はない。向こうは戦争をやってウン百年だ。
 しかもテンカワ・アキトに電子の妖精もついている。
 やはり荷が重かったということか?』
東郷に思いっきり挑発される西條。

「心配いらない。
 あくまでもこれは前哨戦だ。
 通常戦闘でも、電脳戦でも奴らを倒す為の秘策は練ってある。」
『ほう?』
「まぁ見てろ。次はナデシコを下してみせる!」
『その言葉、楽しみにしている・・・』
西條の顔が決して虚勢ではないのを確認すると、東郷は満足げに笑った。



火星の後継者・旗艦ゆめみづき


「西條少将は大丈夫なんですか?あれだけ大敗して。」
「まだ目が死んでなかったから大丈夫だろう。」
副官風祭の疑問に東郷はそう答えた。

「しかし無人兵器の損害はいいとして、戦艦3隻中破、ステルンクーゲル中破30機、駆逐艦13隻大破はかなり痛い損失です。」
「まぁ人的被害は少ない。負けるなら今のうちがいい。
 早めに敵の問題点を洗い出してもらおう。」
「しかし・・・」
風祭にはどうにも納得いかないようだ。だがそんな風祭をちゃかして東郷はいう。
「風祭、間違えるな。
 西條の役割は世間の、いやナデシコ艦隊の目を反らし、時間を稼ぐことだ。
 大兵力を集めれば当然挙兵する・・・その当たり前の常識を常識のままにしておくための擬態だ。それはあの一軍を失うっても得るに値することなのだよ。」
「それほど『城』というものが重要なのでしょうか?」
「・・・見つかればわかるさ」
東郷は不適な笑みを浮かべた。



Nadesico Second Revenge

Chapter17 あの日の記憶の残照



ナデシコB・通路


「ファイト!」
「「「「お〜〜〜〜」」」」
一際元気なかけ声のあとに気の抜けた返事が4つ。
ガチャン!ガチャン!
盛大に金属音が辺りに響く。

「艦長!!!」
「はい?」
悲鳴を上げて近づいて来たのはフジタ少尉、ナデシコBの防衛司令官である。
そして呼び止められたのはこの艦の艦長テンクウ・ケン少佐である。
「なんですか、フジタさん」
「なんですかじゃありません!なんですか、その足元は!!」
フジタの視線がケンの足元まで落ちる。ケンもつられて自分の足下を見る。

ケン「変・・・ですか?」
ヒカル「そう思うよね」
イズミ「重いコンダラ〜〜♪」
リョーコ「コンダラってなんだよ・・・」
サブロウタ「80年代のスポ根モノっすよ」
一同「確かにこれはないよなぁ〜〜」

そう、古今東西のスポ根にて主人公達が愛用する『アレ』
一度敵に敗れた主人公が再起をかけるべく特訓する為に使用する『アレ』
石段で使用してこそ相応しい『アレ』だが、残念ながらここは戦艦の中で石段などない。

「艦内で鉄下駄は使用しないでいただきたい!!」
フジタが声を荒げて若い艦長にきつく詰問した。
「だって、足腰を鍛えるのにはこれが一番・・・」
ケンが上目づかいに懇願するがフジタは聞き入れない。
それはそうだろう。
後ろ300mにわたって穴ぼこにされた床を見れば。

フジタ「第一、鉄下駄でなんて訓練したら下手すると足首を壊しますよ?
 せっかく艦内にはトレーニングルームもあるのですから・・・」
ケン「・・・あい・・・」
ヒカル「艦長が叱られてるなんて初めて見た・・・」
サブロウタ「艦長の気持ちもわからんではないが・・・」
リョーコ「なんで?」
サブロウタ「だって、も・・・」
イズミ「ゲキガンガーで鉄下駄はいて特訓してたから?」
サブロウタ「うぐぅ・・・」
リョーコ「・・・これだから木連の野郎どもは・・・」
たとえ80年代のスポ根モノだろうが真面目にやるのが元木連軍人達の悲しい性であった・・・。

「それより艦長、マキビ少尉が最近元気がないようなんですが・・・」
フジタは思い出したようにケンにその事を告げた。
「ハーリー君がですか?」
「私やタカスギ大尉では話してくれないようでして・・・」
サブロウタも肩を竦めていた。なまじ旧ナデシコB時代に長く付き合っている分、言い出せない事もあるらしい。
「わかりました。それとなく様子を見て来ます。」
それだけ言ってケンは後のことをリョーコに任せて退出した。

「艦長♪汗をかかれたでしょう?タオルを・・・
 ってあれ?艦長は?
 艦長〜〜!!」
遅れて登場した通信士カザマツリ・コトネを一同が呆れて見たのを付け加えておく。



ナデシコB・食堂


「ルンタッタ♪ルンタッタ♪」
「あれ、提督じゃないですか?」
「は〜い、テンクウ少佐。やっほ〜〜♪」
ケンはすれ違いに食堂へ出ていこうとするユリカを見つけて呼び止めた。
「どうしたんですか?ナデシコBなんかに」
「やぁ、イネスさんのところに定期診断に♪」
「やけにうれしそうですね」
「ギク・・・」
ケンの何気ないツッコミに急に冷汗をかくユリカ。
「やだなぁ、そんなことあるわけないじゃないですか〜〜」
「ふ〜ん。いいですけど、ハーリー君知りません?」
「ハーリー君ならあそこ。ジュン君にお願いしてきた。」
「・・・すみません、提督にまで気を使わせてしまって・・・」
「いいのいいの。じゃ!」
ユリカは脱兎のごとく走り出した。ケンは訝しがりながらもハーリーとジュンの元に向かった。そこには沈んだ表情のハーリーとそれを持て余すジュンの姿があった。

「どうしたんだい?ハーリー君」
「やぁ、少佐」
「艦長・・・」
食堂で少しうなだれて火星丼を突っついているハーリーを見つけるとケンは声をかけた。副提督のジュンも一緒だった。ジュンが『頼む』といったジェスチャーをして頭を下げる。ジュンの励ましもあまり効果がなかったらしい。

「・・・・何でもないです。」
「言いたくなかったら言わなくてもいい。悩みを解決するのは自分自身だからね。
 でも抱えきれなくなった時は素直に人に相談したほうがいいよ?。
 それが子供の特権だから。」
「子供じゃありません!これでも士官です!!」
ませた台詞が昔のルリみたいでジュンはくすりと笑ったがもっと笑ったのがケンだった。
「ははは、ごめん。でもね、大人になるとこれがなかなか出来なくなる。
 無理をせず、出来る時にしたほうがいいと思うよ」
「艦長も・・・ですか?」
ケンの言葉にハーリーは意外そうに尋ねる。いつも朗らかな彼には悩み事があるように思えなかったからだ。
「そりゃ。例えばこのまま火星の後継者達と戦って良いのか・・・とかね。」
「え?」
ハーリーは目を丸くして驚いた。
「意外かい?」
「・・・ええ」
依然朗らかな顔で衝撃的な内容を告白するケンに、ハーリーは恐る恐る尋ねた。

「そりゃ僕だって元木連兵士だよ?火星の後継者達にも知った人間がいるかもしれない。
 ましてや地球連合軍が正しい事をしているか確信を持てないでいる・・・」
副提督のジュンが少し困った顔をしているが、ケンはそのまま話を続けた。
「でもね、大人はそういうことを思っていても胸の内に貯めて飲み込むなりなんなりして表に出せなくなる。それはとっても辛いことだから、君には今のうちは無理して欲しくないなぁ・・・」
ケンはハーリーの頭をクシャクシャと撫でた。ハーリーにはそれが何故か心地よかった。

「・・・なぜ艦長は宇宙軍に入ったんですか?」
「それを教えたらハーリー君も悩みを打ち明けてくれますか?」
「・・・はい」
恐る恐る尋ねるハーリーにケンは笑顔で答えてあげた。

「ちょっと昔話になりますが、僕には不破数馬って親友がいたんですよ・・・」
ケンの昔話は火星会戦の発端になったある事件から始まる。



回想・7year's ago on Jupiter


火星を追われた彼ら木連人は不毛ながらも木星の地にようやく安住の地を手に入れた。
しかしその平穏も長くは続かなかった。
始まりはただの偶然、でもそれは遅かれ早かれ行われる必然であった。

こことは別の場所、火星にて古代火星文明が残した遺跡が発見された。
ネルガルは一気に火星の利権を押さえてしまい、結果として当時の地球連合は焦った。古代文明の残した超テクノロジーは誰にとっても垂涎の的。火星をネルガルに独占された彼らはそのよりどころを火星より外に求めた。
そう木星圏である。

最初はただの遭遇であった。
ガリレオ衛星群の名もなき衛星、そこにあった哨戒用の防衛基地に地球連合宇宙軍の調査船団が到着したのは・・・
しかし何かがこじれ、どちらが先に挑発したかは今となってはわからない。
ただそこで戦闘が行われて、そして・・・・

「数馬の父親がその戦いで亡くなったんですよ・・・。」
「そ、そんなぁ・・・」
「身近な人の死、たとえ真実はどうであれ、僕たちにとって彼らはゲキガンガーに出てくる緑の地球の平和を壊しに来たキョアック星人にしか見えなかったんです・・・」

ケンと数馬は共に地球侵攻のための尖兵となるべく軍人になる道を選んだ。それが当時の少年達にはそれが当たり前の事だったからだ。そして何の疑問も持たなかった。
だって正義は自分たちにある、悪いのは奴らなのだと。
火星の地を追放し、そして今度は悪辣な地でようやく掴んだこの平和すら取り上げようというのだから・・・

しかしそこでケンと数馬は別々の道を歩む。
数馬はその才能を見込まれて有人機動兵器の開発担当者に、
ケンはその機動兵器のパイロットとして、
それぞれの場所で働くこととなった。

「ケン、いつかお前にとびきり最強のゲキガンガーを作って乗せてやる!」
「おれはそれに乗って地球人どもを懲らしめてやる!」
堅く手を握って誓い合う二人。
それは彼らの狭い世界の中では確かに正しい正義であった・・・。

だがそれは時の皮肉であった。
時は流れて火星会戦末期の頃
数馬が開発に携わったジンタイプにケンが乗ることはついになかった。ケンは会戦末期の時点でボソンジャンプに耐えうる体になっていなかったのだ。

「あの当時はジャンパー体質になれなかったのが悔しくて歯がゆくて、そして惨めでなりませんでした。
 親友との約束すら守れないのか!・・・ってね。
 でも今にして思えばこのことが二人の道を分けたのかもしれません。」

才能を買われた数馬は優人部隊指揮官草壁直下の組織に配属され、ケンはジャンパー体質でないという一点のみでそのメンバーからはずされた。
数馬は草壁の組織の中で開発に勤しんだ。敵を倒すため、ただそれだけの為に。
草壁の思想を色濃く受けて・・・
反対にケンは後方支援に回された。だがそれが故に彼は冷静に戦況を分析することが出来た。
なまじ会戦初期に無人兵器による戦果が大きかっただけに目に付かなかったが、会戦末期ともなるとケンにもそれが目に付くようになってきたのだ。
圧倒的な国力の差というものを。
たとえ数馬がどれほど精力的に機動兵器を作成しようともナデシコやそれに匹敵する機動兵器をものの1年で戦線に投入できる地球連合軍の底力を。

そうなると彼の目の前に残ったのは当初の目的からとっくにはずれた火星古代遺跡の争奪戦であり、ただ相手を従属させることにのみに血道を上げた無謀な侵略戦争であった。
結果的にケンを草壁中将が掲げる『新たなる秩序』なるものに毒されるのを免れたのかもしれない。



再びナデシコB・食堂


「さすがにこれ以上戦いを続けでも無駄だという思いと、数馬と誓った正義の狭間で悩みましたね。」
「・・・それでどうしたんです?」
そうケンに聞いたのはハーリーではなかった。
「ほ、ホシノ中佐?」
「艦・・・副提督!」
後ろから声をかけてブイサインをかましたのはルリであった。

「ユリカさんを知りませんか?
 食堂で見たって聞いたんですが・・・」
「さっき出てってドクターのところに行くって・・・」
「もう、いったい何を企んでるんでしょうねぇ・・・」
ケンは驚きながらルリに答えた。ルリはため息をつきながら出来の悪い姉を心配するような素振りをして見せた。

「まぁ、今日はいいです。それよりもテンクウ少佐とハーリー君のお話の方が興味深そうですから」
「えぇ〜〜聞いていらしたんですか?」
ハーリーは驚いて尋ねた。ルリは涼しげに微笑むだけだった。



回想・3year's ago on Mars


火星会戦はナデシコが遺跡ユニットを宇宙の彼方に破棄したことによりなし崩しのうちに膠着状態に陥った。戦争をするもっとも大きい要因を失ったので両者とも抗戦意欲の大部分を失ったこととなる。後に残るのは振り上げてしまった拳をしまうやり場のなさだけであった。
なおも徹底抗戦を主張する草壁に対して、これ以上の戦争に意味はないと月臣や秋山らの若手将校が「熱血クーデター」を起こしたのはその直後の話だった。

「結局僕も熱血クーデターに参加しました・・・」
「それじゃ、数馬さんとは?」
「ええ、それっきりでした・・・」
親草壁派の大部分は熱血クーデターの最中に戦闘で行方不明となった。当然数馬もその中に含まれる。一部に死亡説も出たが証拠はほとんどなかった。ケンも死亡者のリストに不破数馬の名前を探したがとうとう見つからなかった。

そしてその後もケンは数馬を捜そうとしたがそれは果たされなかった。彼自身の境遇がそれどころではなくなったからだ。

「僕もテンカワ夫妻と同じように火星の後継者達に拉致されたんですよ。」
「「「!!!」」」

原因はテンクウ・ケンがとある実験で単独ボソンジャンプを成功させてしまったことであった。たったの一度、再現性のない現象であったが、狩るものに口実を与えるにはそれで十分だった。
ケンはその数日後、北辰らに誘拐された。
だが幸いに彼は拉致の後、2〜3日で救出された。テンカワ・アキトと共に。

「皮肉ですよね。会戦当時はあれほどジャンパーになることに憧れていたのに、たったの一度単独ボソンジャンプを成功させただけで僕はそれを喜べなくなってしまったんですよ。」
「・・・」
「僕の正義は確かに木連の・・・いえ草壁中将と同じ側にあった。
 でも彼の正義の中には僕の居場所はどこにもなかったんですよ・・・」

火星の後継者のラボに連れて行かされたとき、そこに累々と転がされた死体が実験の無惨な結果という事実以上の真実をケンに突きつけた。
自分たちとは異質なものは存在してはいけないという偏狭な価値観
自分たちの正義に反するものは滅ぼさなければいけないという歪な義務感
ボソンジャンプの技術は厳格な正義を持ったものが管理しなければいけないという論理はある意味正論かもしれない。しかし逆に言えば自分たちが管理できないものたちは悪ということになる。
たとえばA級ジャンパー達などのように・・・

彼に悪と断じられたものたちの末路がどうなるかを考えもせずにケンは無邪気にその正義を信じていたのだ。
自分が悪と断じられるのを知りもしないで・・・

ケンの居場所はどこにもなかった。木連軍も統合軍も草壁の息のかかったものがいるかもしれない。
結局彼の身柄は地球連合宇宙軍に保護された。アキトとは全く別の道を歩んだのだ。
名前を変え、戸籍を改竄し、日の当たらない諜報部などを転々とし、陰から草壁ら火星の後継者達の動向を追うこととなった。
ある意味、それが彼にとってもっとも安全な場所だったからだ。



再びナデシコB・食堂


「それでも僕は未だに『あれは、草壁中将個人の正義が間違っているのだ、僕たちの信じた正義は間違えていないんだ』・・・なんて思ってるんですよ。
 度し難い馬鹿ですよね?
 でもその正義は僕の人生の半分以上抱え込んでいたものなんですよ。僕の心の一部はそういったものが血と肉となって出来上がっているから・・・」
ケンの長い告白の最後は苦しげに絞り出すような声であった。

「まぁ、私のことはこれくらいでいいでしょう?」
みんなが心配するくらい重苦しい表情は一瞬で消え、打って代わってケンの表情は急に明るくなり、ハーリーに質問した。
「話してくれますよね?悩み事!」
「え?」
「約束ですから。私も教えたでしょう?」
ハーリーは絶句する。ちらっとルリを見たがすぐ俯いて押し黙った。
ジュンも苦笑する。彼の気持ちはよくわかる。
ある人の事で悩んでいるのにその本人の前で悩みを打ち明けるなんて出来ようはずもない。
だが一人気づいていない鈍感なケンは無遠慮に質問を続けた。

「そういえば・・・」
ジュンはハーリーをフォローするようになんとか話題を変えようとする。
「さっき、名前を変えたって言ってなかったかい?」
「え?ああ、その事ですか?」
「じゃ、テンクウ・ケンって・・・」
「名字は偽名ですよ。いくらなんでも天空ケンなんてでき過ぎた名前が付けられるわけないじゃないですか。」
「でも親が・・・」
「いやぁ、その方が説得力があると思って。ははは」
「ははは・・・そうですよね」
一同の乾いた笑いが続く。無論、それでケンの気をそらすなんて事が出来る訳なかった。

「で、話は戻りますが、どうしてです?」
「うう・・・あの・・・その・・・」
その気はないのだろうが、追いつめるように問いつめるケン。進退窮まるハーリーは今にも泣きそうだった。

「・・・どうせこの前の戦闘で役に立ってない・・・なんて内容じゃないんですか?」
「グサ!!!!!!」
ルリが身も蓋もない意見をつぶやいた。
ほとんど図星なのか、ハーリーは溜めていた涙を一気に爆発させた。

「どうせ僕なんて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
泣き叫びながらハーリーは食堂を駆け出して行った。
「ルリ君・・・」
「いいんですよ、ジュンさん。あの子は甘やかすとろくな事ありません」
ジュンは苦笑する。
『ルリ君にとっては世話の焼ける弟だろうけど、ハーリー君は何とか一人前の男性に見てもらおうと必死なのにあの言い方はないよなぁ』
しかしそんなジュンの想いにもかかわらずルリもそしてケンもキョトンとする。結構この二人、似たもの同士かもしれなかった・・・。

「すみません、テンクウ少佐。ハーリー君の為にあんなお話までさせてしまって・・・」
ルリは少し赤くなって謝る。
「かまいませんよ、ホシノ中佐」
「で、差し出がましいんですけど・・・」
「はい?」
「さっきの・・・数馬さんでしたっけ?」
「ええ、それが何か?」
「今ユーチャリスに月臣さんが来てるらしいんですよ」
「え?」
ルリの言葉にケンは意外そうに聞く。
「・・・ネルガルシークレットは火星の後継者の内部調査をしているはずですから・・・その・・・」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
言いにくそうにするルリに対して、ケンは彼女の肩に手を置いてニッコリ微笑んだ。

「テンクウ少佐、頑張って下さい・・・」
そうつぶやいて出て行くケンを見送るルリ。本人は気づいていないが乙女チックな瞳をする彼女に、ジュンはため息をついた。どうもうちの女性陣はあの手の笑顔に弱いらしい。テンカワ・アキトといいテンクウ・ケンといい・・・。

「艦長♪おやつの時間ですよ♪私、クッキーを作ったんですけど・・・
 ってあれ?艦長は?
 艦長〜〜!!」
遅れて登場した通信士カザマツリ・コトネにルリとジュンが呆れたのは言うまでもなかった。



ユーチャリス・格納庫


「月臣先輩!テンカワさん!」
ケンが駆けつけたとき、月臣元一朗はテンカワ・アキトとなにやら情報交換していた。ケンに気がついた月臣が振り返った。
「ああ、ケンか」
「あ・・・すみません、おじゃまでしたか?」
「いや。もう用事は終わった。
 それよりなんだ?お前の方からなんて珍しい。」
「その・・・」
ケンはそっぽを向いているアキトを気にしながらも意を決して月臣に質問をした。
「すみません。先輩は不破数馬の消息を知りませんか?」
ケンは親友の行方を尋ねたのだ。

しばしの沈黙の後・・・

「いや、その名前の男は知らないな」
「そうですか・・・」
「用件はそれだけか?」
落胆するケンを少し突き放すように月臣は言った。
「あ、ハイ!すみません。
 お邪魔しました。」

深々と頭を下げるとケンは来た時と同じ速さでその場を立ち去った。

「これでよかったのか?黒百合」
月臣は溜め息混じりにアキトに詰問した。アキトは感情を込めずに答えた。
「当たり前だ。『不破数馬』などという人物はとうの昔に存在しない」
「だが、『西條数馬』という人物ならいるだろう?」
「あいつにとっての『不破数馬』は死んだんだ。それ以上の意味はない」
アキトの言葉に月臣は苦笑するしかなかった。
彼自身が自分のことに対してもそう思い込もうとしている事に。

『そして俺も同じか・・・』
月臣は自嘲気味に呟くのであった・・・。



ナデシコB・通路


『数馬、お前は今いったいどこにいるんだ!』
走りながら心の中でつぶやくケンの問いに答えるものは誰もいなかった・・・。



火星の後継者・ヨーロッパ方面軍旗艦・かんなづき


「ははは、見ていろナデシコ艦隊!!!
 お前たちの弱点は既に調べあげた。
 次こそお前たちを屠る時だという事を!!」
西條数馬は目の前のシミュレーション結果を眺めて恍惚の表情を浮かべていた。

しかしその緻密な作戦が彼のかつての親友テンクウ・ケンと宿敵テンカワ・アキトによって崩されるとは思いもしなかった・・・。



そして戦の始まり


この10年未満の間に戦闘の技術は目まぐるしく変化した。
火星会戦の当初は相転移エンジンやグラビティブラスト、ディストーションフィールドなど古代火星文明が残したテクノロジを使いこなす事が勝敗を分けた。
火星会戦末期はボソンジャンプの制御が勝敗を左右した。
さらに3年後第一次火星極冠事変はナデシコCの装備したシステム掌握が戦闘を根底から覆した。

そして今回の西條率いる火星の後継者とナデシコ艦隊の戦いはまさにこのシステム掌握をどう扱うかが争点になったといっても過言ではない。前回も含めて都合3回行なわれた戦闘がそれを如実に物語っていた。
その事は敵将西條がシステム掌握に対して採ったアプローチを見ていくと浮き彫りになる。
最初の戦いではいかにシステム掌握を封じて通常戦力で勝利するか
続いての戦いではシステム掌握という戦法でどのように対等に戦うか
最後の戦いではシステム掌握という戦法をナデシコ艦隊とは全く異なったコンセプトで運用してみせるか

今回の戦闘は西條がナデシコ艦隊のシステム掌握の盲点をついた戦闘を仕掛けた事で勇名をあげた。それはナデシコ艦隊がその歴史上、もっとも苦戦した戦いとして戦史に刻まれることとなる。

See you next chapter...



ポストスプリクト


むにゅ、何か重苦しい話になってしまいましたね。
どうも黒プリ2話と外伝の反動が来てしまったようで(爆)

ともあれ、個人的には勧善懲悪にするつもりはまったくありません。今回のケンの話はいずれ宇宙軍についた木連兵士の苦悩としてどこかで書かなければいけなかった話です。
彼が二つの正義という価値観を消化するかウォッチしてみたくて書きました。だから激闘編の主役は彼になるかもしれません。

あとはルリ×ケンという組み合わせは存在する余地があるのでしょうか?
こちらもどのように発展していくか楽しみです

次からは怒濤の激戦が続きます。お楽しみに〜〜

では!

Special Thanks!!
・みゅとす様
・SOUYA 様
・kakikaki 様