アバン


彼女は鳥かごの小鳥。
空の青さと空の広さを知らぬ小鳥。
灰色の壁と狭いかごの中が全ての小鳥。

ある日少女は外へ出る。そこには素晴らしい青さの空が果てしなく広がっていた。
自分もその彼方に行ってみたいと初めて願った。

でも、かごの中しか知らぬ小鳥に空の果てまで飛んでいく事が出来るのだろうか?

そして空の素晴らしさを知った小鳥は再び鳥かごで暮らしていけるのだろうか・・・。

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



ナデシコC・提督室


それは先日の続きの様にユリカたちがラピスとお話ししようとしたときの出来事だった。

「ラピスちゃん、今度こっちにおいで。
 この前約束したパフェを一緒に食べよ?」
『いい、太るから・・・』
「ダメだよ。ルリちゃんなんて胸とかお尻とかふくよかになりたいから一生懸命食べてるのに。」
「ユリカさん!!」
ルリは真っ赤になって抗議したが、それはラピスを笑わせるためのギャグだった。
だが、ラピスの反応はこうだった。
『いい、虫歯になるから・・・』
「んじゃ、ちゃんと歯磨きすればいいよ。私かわいい歯ブラシ持ってるよ!」
『興味ない!かまわないで!』
取りつくしまもなく、さっさと通信が切れた。宇宙戦艦の中でなぜかスキマ風が吹いたように感じたのは気のせいだろうか?

「なんか変よね?ルリちゃん」
「そうですね。ユリカさん」
彼女達の勘は鋭かった・・・。



数日後、ユーチャリス・格納庫


誰もいないユーチャリスの格納庫に何者かがジャンプアウトしてくる。
イネス・フレサンジュ博士だ。
「ふう、やれやれ。毎度の事だけど疲れるわね」
「ご苦労様です。」
やれやれと肩を叩いて呟いていると、誰か後ろから労いの声をかけてくる女性がいた。

「珍しい、あなたがわざわざお出迎えなんて・・・」
と言おうとしたイネスだったが、その声が自分の想像していた人物のものとは違ったので慌てて振り向いた。
「ハロハロ〜〜」
「こんばんわ」
「提督・・・ルリちゃん・・・それに他一名!」
「オレはその他かよ!」
そこに立っていたのはユリカとルリであった。ついでにリョーコも一緒にいる。

「なんでここに・・・」
「あら、それはこちらのセリフですよ。
 いくらナデシコBからこっそりユーチャリスに来ようと思ったからといっても、オモイカネは逐一ボース粒子の反応を記録してます。ましてや私に隠れて記録を消すなんて不可能ですよ」
ルリは結果のログファイルを表示したウインドウをちらつかせて見せた。
「悪いと思いましたが、リョーコさんに頼んでナデシコBでのイネスさんの行動をチェックして頂きました。ほぼ毎週決まった時間にイネスさんはボソンジャンプにてナデシコBをぬけだしていらっしゃるようですね。
 今日は先回りをさせて頂きました。」
イネスは溜め息をついた。所詮、どんなに偽装しようとナデシコ内でルリの監視から逃れきる事など出来ないのだ。

「やれやれ、すべてお見通しなのね。」
「ドクターが何でここにいるんだよ!アキトの事か!!」
リョーコがたまらず口をはさんだが、ユリカが制してやんわりとイネスを詰問した。
「後ろ暗い事が無ければ普通にシャトルで来ればいいんです。
 それをわざわざボソンジャンプを使ってまで来るにはそれなりのワケがあるのでしょ?
 イネスさん、教えて下さいますよね?」
「だから、どうせすぐバレるって言ったのよ。それをあの会長秘書さんは・・・」
「エリナさんですか?」
「まぁ、取り敢えず時間がないから先に行くわよ。
 続きが聞きたければエリナ女史に聞きなさい。ついて来れば会えるから。」
イネスは一同を促した。



Nadesico Second Revenge

Chapter11 帰らぬ理由



ユーチャリス・隔壁前


「あんた達、なんでここへ!!」
「だから言ったのよ。変にコソコソするとよけいに怪しまれるって」
エリナはイネスの後ろに付き従っていた二人を見つめて戸惑いを隠せなかった。

「じゃ、時間がないから、この人達の相手をして上げてね」
「ちょっとドクター!」
エリナの戸惑いにもかまわず、イネスは厄介者を押しつけてさっさと通路の奥に消えていった。
「教えてくれますよね、エリナさん?」
ユリカはいつもの屈託のない顔で尋ねた。
「な、何のこと?」
「艦隊発足当初より合計10回、イネスさんはボソンジャンプにてナデシコBとユーチャリスを往復されています。この前のバッタ襲撃事件の時も入ってます。
 内緒の逢い引き・・・にしても異常な回数ですよね?」
「・・・」
ルリの詰問にエリナは無言で抵抗して見せた。やむをえず、ルリはエリナを落とす台詞を繰り出すことにした。

「私達もアキトさんが真相を話してくれるまで待つつもりでしたがそうも行かなくなりました。気づいてますよね、ラピスの変調を?」
「ビク!」
エリナのその動揺を確認した時点でルリは勝利を確信した。

「あれから何度かラピスと接触しようとしましたがことごとく拒絶されました。その理由が支離滅裂です。明らかにラピスは情緒不安定に陥っています。
 今はまだ目立ってませんが・・・」
「・・・」
「エリナさん、狼に育てられた少女のお話を知ってますか?」
「少しなら・・・」
「赤ん坊の頃、飛行機事故にて狼の群に迷い込んだ女の子はなぜか狼によって育てられました。」
「ユリカも知ってるよ。たしか両親がやっとの事で探し出したときには見た目は人間だけど心はすっかり狼になっちゃってたんだね?」
「ええ、そしてその子を連れ帰った両親は何とか人間の知識、作法、言葉を教え込もうとしました。でもそれはかなうことなく最後まで彼女の心は狼のままでした。」
「あ、オレそのラスト知ってるぜ。
 人間に馴染めなかったその少女は衰弱していって・・・
 結局その両親はその少女を元の狼の群に戻した。
 その少女は狼達と元気に暮らしました、ってハッピーエンドになる話だろ?」
「ええ、そんな感じです」
ユリカ、リョーコの言葉にうなずくルリ。

「文明批判、自然回帰賛美の為の偽善的なお話だわ。」
エリナが吐き捨てるように言う。ルリの意図を察したようだ。
「まぁ、自然回帰の是非は別の機会に論議するとして、実はこのお話には後日談があるんですよ。」
「後日談?」
リョーコがルリの言葉を聞き直す。

「その少女は一度文明にふれてしまった。
 その為に、闇の怖さを知り、食べ物のおいしさを知り、そして何より狼達が忌み嫌う人間の臭いが染みついてしまいました。」
「・・・それで?」
ユリカがおそるおそる尋ねる。
「狼の群に戻れず、さりとて人間にもなれず、人知れず死んだそうです。」
「「「・・・」」」
一同はシーンとなる。ようやくルリがこの話をした意味を気づいたようだ。

「ラピスも同じ状態じゃないんですか?
 少女らしい心を持とうとしてもマシンチャイルドである事を強いられ、
 さりとて一度知ってしまった少女の心を捨て去ることもできず、
 結果ジレンマに陥っている。」
「・・・」
エリナの無言が彼女の苦悩の深さを示していた。
「私も一度同じ様なことを経験したことがあります。まぁ、私の場合は『はしか』みたいなモノでしたから大したことありませんでしたが。
 でもラピスの場合、取り返しのつかないところまで行きますよ?
 今、軽傷のところで手を打たないと・・・」

長い沈黙の後、エリナは深くため息をついてつぶやいた。

「あなた達じゃダメなのよ。あなた達じゃ・・・」
エリナが呻く様に言う。
「何がダメなのかわかりませんが・・・このままにしておいても事態は変わりませんよ?」
ルリの労るような、それでいて容赦の無い言葉がエリナを貫いた。

「そろそろ潮時かもね・・・」
「それじゃ・・・」
「でも教えるかどうかは別の話」
「何だと!」
リョーコは怒るがそれをユリカが制した。
「ただ教えるだけですむならラピスが追いつめられるほど苦しまなかった。
 興味本位なだけで聞かれても困るの。」
「「「・・・」」」
「これから知る真実には痛みが伴う。体にも、心にも。
 それは一生消えない深い傷になるでしょう。」

「覚悟はしてます」
ルリはまっすぐな瞳で答えた。
「覚悟?私が要求していることはそんな事じゃないわよ。」
「どういうことです?」
「知った真実には義務が生じる。
 これから先は引き返すことの出来ない道なの。
 たとえどんなに過酷な真実でも後悔することは許されない。
 逃げ出すことも許されない。
 そして知った真実に傷ついてもいけない。毅然としなければいけない。
 たとえどんな苦しみが永劫続こうとも平気なフリをし続けなければいけないの。」
「・・・なぜです?」
「決まってるでしょ!あの人を一番苦しめるのは自分の事であなた達が不幸になる事だから!!」
エリナは吐き捨てるように言った。
それは彼女が現に『不幸ではないフリ』をしていることの現れだった。

そしてエリナは隔壁の扉の敷居をまたいだ。
そしてしっかりとした声で言う。
「真実を知りたければこの扉のこちら側に来なさい。
 ただし、必要なのは『真実の痛みに耐える覚悟』ではない。
 『真実の痛みに服従する義務』を果たすかどうかよ。
 それは場合によれば一生を費やすかもしれない。
 昨日までの自分を捨て去る事かもしれない。
 それでも知りたいなら着いて来なさい。」
エリナは最後の警告を発した。

すっ

ユリカは迷いもせずその扉をくぐった。
ルリも同じく迷わずにくぐった。

そして・・・
「あなたはどうするの、スバル・リョーコ?」
「オレは・・・オレは・・・」
リョーコはその言葉を繰り返すのみだった。

バタン!

リョーコを呻きを扉の向こう側に残したまま、隔壁は無情に閉じるのだった。



ユーチャリス・???に至る回廊


目的地に向かうエリナの後を追いながらルリは疑問を呈した。
「先程の私達がダメでエリナさんなら良いってどういう理由なんですか?」
「運命の皮肉よ。『MARTIAN SUCCESSOR』という名の絆で結ばれていながらそれに縛られているが故のね。」
「・・・」
「うらやましくもあるわ。私は彼のそばにいる事が出来る代わりに彼の苦痛を共有出来ない。どちらが幸福なのかしらね。」
エリナは自嘲気味に掃き捨てた。
「エリナさん、わかるようにお話しして頂けると嬉しいんですが・・・」
ユリカは頭を書きながら困ったように尋ねた。

「そうね、でもどこから話せばいいか私も悩むんだけど・・・。
 あなた達は覚えている?昔、IFSを持った人達の記憶が一つに連結されてしまった時のことを」
エリナは唐突に昔の話を持ち出した。
彼女達には覚えがあった。旧ナデシコA時代、月攻略の際に敵のバッタの仕業によってIFSを持った人間・・・そしてA級ジャンパーの人々の記憶がコミュニケによって一つに連結されてしまい記憶麻雀に興じることになったのだ。

「ええ、あの時私とルリちゃんだけは性格変わらなかったのよね?」
「ユリカさんって抑圧されることないですから・・・」
「ルリちゃん、それって結構失礼よ!」
「冗談です・・・」
ユリカとルリの漫才を無視してエリナは話を続けた。

「うちの技術者達がね、あれに目をつけて知覚障害者の為のサポートシステムを構築したの。
 アキト君の喪失している感覚をラピスがサポート出来ているのはその応用なの。」
「へぇ〜そうだったんですか。」
「最初はそれが有効に作用していたの。でもね、ある時問題が発生したの。」
「「問題?」」
二人が同時に聞き直した。

「そう、それは主にアキト君の身体的な問題だった・・・」
そういうとエリナは一つの扉をくぐった。その扉にはこう名前が記されていた。

『プリズン、魂の監獄 』・・・と、



プリズン・モニター室


そこは実験ドームのような雰囲気であったが、エリナらがいるフロアはちょうどホールを一望出来る観覧室のような場所にあった。その下をのぞき込むと中央のサークルにボールのようなルームがあり、そのわきにはオペレータシートがあった。

「あ、アキト!」
「ラピスも」
ユリカとルリが下の二人を見とめた。
アキトはボールのようなルームに入り、ラピスは脇のオペレータシートに座った。

「アキト君、準備はいい?」
『ええ、いつでも』
エリナ達の隣に座っていたイネスはユリカ達をみとめたが無視すると、インターホン越しにアキトに『それ』の開始を伝えた。
「それじゃ、フィールドを発生するわね。」
ラピスのオペレータシートごとボールルームをある不思議なフィールドが包み込んだ。

「あれは?」
ルリはエリナに尋ねた。
「魂の監獄、外界をアキト君とラピスから隔離する鳥かご。
 結局彼らはあそこから逃れられないのね・・・」
「何を遮るフィールドなんですか、あれ?」
「IFS、遺跡へのイメージ伝達、そういった外部との通信を完全に遮断する為のものよ。」
「何のために?」
「ナイトメア・・・悪夢よ。」
エリナは意を決して真相を話し始めた。
「さっき、アキト君がラピスと感覚をリンクするのにIFSのナノマシーンを使用しているって言ったでしょ?でももしアキト君のナノマシーンが正常じゃなかったとしたら?」
「それって・・・火星の後継者達が施した実験の?」
ルリはすぐに察した。ルリも向こうの世界ではとんでもない実験をされた。アキトにどんな惨い実験をされたか想像に難くなかった。

「私達はそれをスタンピード(暴走)と呼んでるけど、それが定期的に起り始めたの」
「暴走?・・・・まさか!」
「そう、そのまさか。
 彼のナノマシーンの暴走は人々の意識を強制的に連結してしまうの。
 IFS、ジャンパー、ナノマシーンを持っている者を否応なく巻き込んで・・・。。
 特にA級ジャンパーなんて惨いわよ。全員遺跡を通じてリンクしているので距離なんて関係ない。
 残念ながら治療法はまだ見つかっていないの。
 唯一の防御手段はあのフィールドでアキト君を隔離すること。」
「でも、ラピスはなぜあそこに?」
ルリがラピスもフィールド内にいるのを訝しげに見る。
「感覚の喪失したアキト君はラピスとリンクすることによって五感、神経反応その他の知覚を得ている。でも人間の脳ってね、常に外部からの刺激を与え続けないと停止してしまうそうよ。」
「それって・・・」
「そう、ラピスとのリンクを断つということはアキト君にとって精神的な死を意味する。
 だからラピスをアキト君から離すことは出来ないの。」
「そんなことになってるなんて・・・」
ルリもユリカも唖然とするしかなかった・・・

「でもね、本当に恐ろしいのはそんな事じゃないの。」
「まだ何かあるんですか?」
「見てなさい、それがもうすぐ始まるわ。」
「何がです?」
「言ったでしょ、悪夢よ・・・」
エリナの言葉に二人はアキト達を注視した。

「シナプシス活性化、ナノマシーン異常共振、
 スタンピート開始、
 ナイトメア再生開始・・・」
『わぁぁぁっ!!!!!』
辺りにアキトの絶叫がこだまする。ウインドウの中のアキトはまるで拷問されているかのようにのたうち回り始めた。
『っっっっ!!!!』
ラピスも同様に苦悶の表情を露にする。

「な、何が起こったんですか!?」
ルリは言葉も出ず、ユリカは慌ててエリナに事情を尋ねた。
「スタンピートを起こしたナノマシーンはその人の記憶を強制的に再生し出すの。それが心に強く残っていればいるほどね。」
「記憶・・・ですか?」
「そうよ。でもね、人間の体って皮肉に出来ていてね。
 楽しいことよりも辛いことを覚えているモノなのよ。
 何故だかわかる?」
エリナの言葉にはっとしたようにルリは答えた。
「・・・人間の防衛本能・・・ですよね?」
「そう。人間は恐怖から身を守るために一度体験した恐怖を深層心理、シナプシスに深く焼き付けるの。次に同じ恐怖に遭遇したときに未然に回避するために。
 でもそれは人が永遠に恐怖から逃れられないことを意味する。
 そしてアキト君の体験した恐怖はとびきり最高の悪夢だった・・・」
二人は慄然とするしかなかった。そしてエリナは少し意地の悪い提案をした。

「二人がどんな悪夢を見ているか見てみたい?」
「「・・・」」
「そこのドクターの脇のパネルに手を当ててご覧なさい。
 彼らをモニターするためにラピスの感覚を1000分の1に減衰してリンクしてあるから。
 まぁ、そのラピスですらアキト君とのリンクを最小限にまで押さえているんだけど・・・」
エリナの目は彼女達が真実を知らない事を許さなかった。二人は意を決してそのパネルに手をおいた。

ドクン!!

「きゃぁぁぁぁ!!!」
「いやぁぁぁぁ!!!」
二人は絶叫した。

それは凄まじいまでの苦痛。
まるで蛇が体の中を食いちぎりながら這い回るような感覚
頭の中を味噌でもかき回すようにいじくり回される感覚
全身の穴という穴からゴキブリやウジが這い出す感覚
全身をなめ回され、裸にされて衆人の目にさらされる感覚
5分もそんな感覚が続けば気が触れてしまいそうな、そんなあまたの感覚が体を入り乱れていた。

「どう、苦しい?
 あなた達は特に苦しいはずよ。だって『MARTIAN SUCCESSOR』だものね。
 深い絆で結ばれている。でも時にはそれがあだとなるの。
 だからあなた達ではダメだと言ったのよ。」
聞こえていないことを承知しながらもそういうエリナの表情は悪意に満ちていた。

しかし、肉体的な苦しみは我慢すれば耐えられる。もっとも恐ろしいのは精神的な苦痛だった。
あなたには人に話したくない秘密の記憶はないですか?
自慰した後の空しい嫌悪感とか、好きな人に抱いた嫉妬感とか
人には話せない性癖、他人に誇れない趣味
コンプレックス、そして自分の中の闇
そして大事に、本当に大事にしたかった好きな人との想い出・・・

それをのぞき見されたらどう思う?

「どう、痛い?
 でも私はそんな痛みすらも代わってあげられないのよ。」
エリナの意地の悪い、そしてほんの少し羨望の混じった顔であった。

今までの記憶をつまびらかにさらされて平気な人がいるだろうか?
大事な人との睦の瞬間さえも!
自分の心の闇も!
それを衆人にさらされ、陳腐だとあざ笑われて、そんな羞恥に耐えられる人がいるのだろうか?

そして一番残酷な拷問、

人の死のイメージ・・・
実験に耐えられなくなった被験者達の手首を切った自殺
用済みの被験者の絞殺、銃殺、爆殺、圧殺、窒息死、ガス殺
・・・そのたびに苦悶する彼等
奇形化した死体、腐乱死体、そしてバラバラ死体
恨めしそうにこちらを見つめる彼等の生首と屍体・・・

それらはやがて最も大切な人の顔にすげ替えられてリフレインした。
アキト、エリナ、イネス、ラピス、そしてユリカ、ルリの顔に!!!

「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

気がつくといつの間にか二人はパネルから引き剥がされていた。
吐き気をこらえながら肩で息をする二人にエリナは突き放すように言う。
「どう、これが真実の痛みよ。」
「あ・・・」
「バカねぇ。知ろうとしなければ無邪気に喜んでいられたのに。
 アキト君見たさに会議に呼んだり、初陣で戦わせたり。
 その時彼がどんな苦しみに耐えて人前に出ていたかなんて知らずに済んだのに・・・」
エリナの二人を見下す目は冷ややかだった。

「ら、ラピスちゃんはいつもあんなもの見せられて大丈夫なんですか!?」
やや正気を取り戻したユリカが慌ててイネスに詰め寄った。
「さぁ、本人は大丈夫だって言ってるから大丈夫なんじゃない?」
「ひどい!まだ子供なのに!」
ユリカはあまりの惨さにイネスにつかみかかった。
パシン!!
だが、逆に殴り返したのはイネスだった。
「落ち着きなさい!
 あなたは私達が子供に全てを押し付けて悔しくないとでも思っているの!?」
「イネスさん・・・」
「アキト君の自我が崩壊しないためには誰かが常にリンクしてあげないといけない。
 多くの人が彼とリンクすることに耐えられるか試したわ。
 でもあの子以外は誰も保たなかったのよ。
 人間らしい心を持っていては誰もあの精神的苦痛を耐えられなかった。
 私達はあの子のマシンチャイルド故の未成熟な感情に頼るしかなかったの・・・」
ユリカは頬を押さえながらイネスの言葉を黙って聞くしかなかった。
たぶん一番悔しいのはイネスなのだ。代わってやることもできず、自分の医学の限界をまざまざと見せつけられて。

「これが私達の科学の限界なのよ。
 非人道的とでも思ってくれてもかまわないわ。
 でもね、アキト君が生きる意思を持っていて、ラピスもアキト君が生きることを求めている限り、私達はこの悪夢のような行為を続けるしかないの・・・」
「アキトの・・・生きる意思?」
イネスはもう一度アキトとラピスのウインドウを出した。READ ONLYである。

『・・・ラピス、耐えられなかったらいつでもリンクを切っていいんだぞ?』
『ダメ、リンクを切るとアキトが死んじゃう』
『大丈夫さ、短い間なら死にはしないよ』
『ダメ、自我が保てなくなる!!』
『いいんだよ、それでも。ラピスが死んだら元も子もない。』
『アキト、ユリカやルリ姉さん達が待ってる。帰らなくちゃいけない。』
『・・・多分、もういいんだよ。
 こんな体だ、あの頃の家族に戻れないのはわかっている。
 でもこんな無様な体でもユリカたちを「過去の幻想」から解放してやるぐらいの役には立つ。
 そしてオレがもういつ死んでも「テンカワ・アキト」ではなく、「黒百合」として死んだと受け入れられるぐらいに彼女達の心は回復している。』
『そんな!』
『・・・冗談だよ。ユリカ達やラピスがオレのことを家族だって思っているうちは死にはしないさ』
『冗談でも言わないで!
 私、ルリ姉さんの時みたいに大事な人を失うのなんて耐えられないよ!
 絶対に失いたくない!
 だからこんな苦痛耐えてみせる!』
ラピスにはPrincess of Whiteという可能性の世界でルリを救えなかったことが頭から離れなかった。

ユリカもルリも知らなかった。アキトやラピスがその胸にどんな思いを抱えて生きていたのかを。

「これで十分でしょ?わかったら今日はとりあえず帰り・・・」
「・・・いいわけないじゃないですか!」
エリナの声を遮ってユリカははっきりとした意志を込めて話した。
「このままでいいわけないじゃないですか!」
再びそういうとユリカは立ち上がってホールに降りていこうとした。
「ちょ、ちょっと何するの!?」
エリナがユリカを引き留めようとするがかまわずユリカは進む。
「決まってます。ちょっとでもラピスちゃんの負担を減らします。」
「バカ言わないで!!あなたの精神が崩壊しちゃうわよ!」
「見くびらないで下さい!
 私はこれでも遺跡装置を夢で暴走させた女ですよ?
 あのくらい、なんてことありません」
エリナを振り切るとユリカはホールに駆け降りていった。

「何考えてるのよ・・・」
呆然とするエリナの横を今度はルリが通り過ぎようとしていた。
「何よ、ホシノ・ルリ、あんたまで?」
「ええ、私だってあれに負けないぐらいの体験をもう一つの世界でしてきたんです。
 なんてことありませんよ。」
そういうとルリはユリカの後を追った。



プリズン・オペレータシート


必死に耐えているラピスのイメージになぜか暖かいイメージが紛れ込んでいた。

『かけがえのない人に 愛を伝えるために♪
 総べてを守りたいから 強くなれるよ♪ 』
ラピスが振り向くとユリカの笑顔があった。

『宝石を散りばめた 星座の海を行こう♪
 ここが私の居る場所 明日へ旅立とう♪』
別の声に気がついて反対側を振り向くとそこにはルリの顔があった。
二人とも冷や汗ダラダラであるが、その笑顔は心の底からのモノだった。

『ユリカ・・・ルリ姉さん・・・どうして』
『一人より二人、二人より三人。みんなで力を合わせれば何とかなるなる!』
『だめですよ、ラピス。アキトさんを独り占めしちゃ』
『だって、そんな・・・』
『だめだよ、そんな辛気くさかったらますます落ち込んじゃうよ?』
『辛い記憶なら楽しい記憶で埋め尽くしちゃえばいいんですよ』
『いいの?私達を見捨てないの?』
『何を言ってるの?私達家族でしょ。それより歌って歌って!』
『アキトさんの悪夢をやっつけるぐらいに!』
『・・・うん!』
ラピスは満面の笑みで歌った。

かけがえのない人の 想いを受け止めたい♪
こんなに優しくなれる 切ないほどに♪
流星が歌っている 星座の海を行こう♪
ここが私の居る場所 夢まで飛んで行こう♪



プリズン・モニター室


「本当、提督達って意外性のびっくり箱ね」
エリナがやれやれとため息をついた。
「でも絶望的な状況は何一つ変わらないのよ?」
イネスは肩をすくめて言う。
「でも、人は希望があると思えなければ生きていけないから、
 アキト君が生きる意志を失わない限り治る可能性はゼロにはならないわ」
「あきらめたらそこでゲームセットだものね。」
エリナとイネスは自分達の限界を超えていった二人を応援していこうと決めたのだった。

その日、鳥かごの小鳥は思う存分、大空を飛び回りました・・・。

See you next chapter...



ポストスプリクト


やぁ、とうとうこのネタ書いちゃいましたね。
自分でもここまで生々しくなるとは思いませんでした(笑)
内容に関しては賛否両論はあると思いますが、なぜこんな風にしたかはそのうちライナーズノーツにでも書きます。

ともあれ、今回のお話はSecond Revange編をやるにあたってどうしても書きたかったシーンでした。
ですので、これを書いちゃうと後はいつラストシーンにしてもいいぐらいでした。
(っておいおい)
多少、当初の予定よりも早めでしたが、あんまりこのネタを引っ張ると作品全体が重たくなりすぎるので早めに解決する事にしました。

これで徐々にTV版の雰囲気に戻していけると思います。

問題は・・・次のネタを思いついていないこと・・・

さて、何をやりましょう?(苦笑)

ちなみに挿入歌は「星座の海を行こう」、SS版"The blank of 3Years"の挿入歌です。
歌詞はCD"続お洒落倶楽部"からの引用です。今回のテーマにぴったりですので未聴の人はぜひ聞いてみてください!

では!