アバン


片や天下の重犯罪人、片や最強の艦隊の提督さん。
そんな二人が夫婦の問題を戦場に持ち込めばどうなるかは目に見えてるわけで。

げに理解し難きは夫婦の仲、
ボソンジャンプしてまで逃げる夫を信じている妻の方がすごいのか、
自分を囮にしてまで作戦遂行しようとする妻を信じている夫の方がすごいのか。

ま、私は少女ですのでそのあたりの事はよくわかりませんが・・・

ああ、一応このSSってPrincess of White とDC版The Missionの続編ですので
よろしく



ナデシコB・トレ−ニングルーム


リョーコはぼーっとしていた。
トレーニングの時も気の抜けたように主要な事はヒカルとイズミに任せたまま、天井を見つめてほうけていた。

「なんかあったんすか?」
一緒に戦闘訓練を受けに来ていたサブロウタがヒカルに彼女の様子を尋ねた。イズミがほとんどダジャレしか言わない以上、必然的にほとんどの質問はヒカルに集まる。
「ああ、リョーコのあれ?この間からずっとだよ。」
「この間・・・って初陣のときから?」
「そ!アキト君の役に立たなかったのがよっぽど堪えたのか・・・」
「それとも、焼け棒杭に火がついたのか・・・」
ヒカルとイズミがうれしそうに冷やかした。

ポカン!ポカン!

リョーコが放り投げた空き缶が二人の頭に当たった。睨んでるリョーコが怖い。

「焼け棒杭に火って?」
嫌な予感がしながらもサブロウタはヒカルに小声で尋ねた。
「あれ、サブちゃん知らなかったの?
 昔リョーコって提督達と一緒にアキト君争奪戦に加わっていたんだよ?」
「へ?」
「えっと、ユリカ提督でしょ?メグミさんでしょ?リョーコにエリナさんに・・・あと元ホウメイガールズのサユリちゃんなんかもそうだよね?」
「後、ニューカマーとしちゃ、ルリルリにラピスちゃんだっけ?」
「イネスさんは・・・・あれ?アイちゃんって言ったほうがいいのかなぁ?」
ヒカルとイズミが指折り数えながら元アキトが好きな人物を指折り数えた。

「そ、そんなにいるんすか?」
「ほとんどは提督とアキト君が結婚した時点でふっ切れたようだけど・・・。
 今でも続いてそうなのって提督とルリちゃんぐらいね。」
「エリナ・ウォンとラピスは?」
イズミがさり気なく付け加える。
「今は提督&ルリルリ連合 vs. エリナ&ラピス連合の対決よね。」
ヒカルとイズミは二組の恋の鞘当てに盛り上がっていた。

「・・・で、スバル中尉は・・・」
「ん?サブちゃん、ヤキモチ?」
不安げに尋ねるサブロウタを茶化すように揶揄うヒカル。
「そんなんじゃ・・・ないっすけど・・・」
「ま、でも無理もないわね。リョーコって直球思考のくせに、こと恋愛に関してはぐずぐず悩むタイプだから。」
「・・・そうなんですか?」
「リョーコが髪の毛短いのはアキト君が事故死したのが切っ掛けだから・・・また髪伸ばし始めたらヤバいかもよ?」

『ばーか、そんなんじゃねぇよ・・・』
そんな彼らのセリフを横目で聞きながら、リョーコは自分の憂鬱の原因をうまく言葉にできなくて悶々としていた・・・



Nadesico Second Revenge

Chapter8 深き溝



ナデシコC食堂


「あの〜〜テンカワ・アキトってどういう人物ですか?」
「は?何ですかサブロウタさん。藪から棒に?」
ナデシコCに戻ったサブロウタはさっそく食堂に向かった。そして厨房の主であるサユリ嬢に唐突に訪ねたのだった。

「ちょっと・・・オレだけあの人のことを知らないのもなんなんで・・・」
言葉を濁して言うサブロウタの表情を見てサユリは事情を察した。食堂は案外情報が集まりやすいところなのである。特に人の色恋沙汰などの下世話な話は。

「う〜〜〜ん。器用で真面目でゲキガンガー好きな熱血漢。
 明るいけれども、どこかナイーブそうな表情を見せて母性本能をくすぐる、
 エステバリスで颯爽と戦うコックさん。
 優しすぎて自分が傷つくことよりも他人を傷つけてしまうことを極端に恐れてしまう人。
 そして艦長と提督の王子様・・・ってなところかしら?」
「あれが・・・ですか?」
アキトを『あれが』と評するサブロウタ。
「無表情でぶっきらぼうで、
 自信家で
 優しさのカケラもなく思った事をズケズケ言う、
 スケコマシでロリコンの真っ黒クロスケがですか?」
「ははは・・・私は昔のアキトさんしか知らないから今のアキトさんに関してコメントして上げられないけど・・・」
サブロウタは昔のアキトを知らない。だから今のアキトを言葉で表せばそうなる。えらい言われようにサユリは苦笑するしかなかった。

「・・・やっぱ、今でも好きなんですか?」
「だ、誰から聞いたの?」
唐突に聞かれて驚くサユリ。
「どうなんです?あんなに変わった男をまだ好きでいられるものなんでしょうか?」
「ん・・・・それは私じゃなくて直接意中の人に聞いた方がいいんじゃない?」
「鉄拳が飛んできますよ・・・」
「まぁ、そうね。」
サブロウタもえらく恋愛下手の彼女に恋したものだ・・・サユリはため息をついた。

「ちょっと待っててね」
そうサユリは厨房に行くと何やら作り始めた。
10分後、サユリは出来立てのチャーハンをサブロウタの前に差し出した。
「さ、食べてみて。」
「はぁ・・・」
サユリの真意を計りかねたが素直に目の前の皿に手をつけた。

「うまいっすねぇ!!」
「そう?ありがとう。」
「でもこの味・・・ホウメイさんのチャーハンに似てるようで・・・ちょっと違うかな?」
サユリの師匠はホウメイである。もっとホウメイの味に近いとばっかり思っていたサブロウタはその意外な味に驚いた。
「それ、アキトさんのチャーハンなのよ。」
「え?」
「まぁ、私が味を思い出しながら見よう見真似で作ったからちょっと違うかもしれないけど、艦長や提督はだいぶ近いって誉めてくれたのよ。」
「これが・・・」
「でもだめね。本物はもっとおいしかったわ。」
「・・・サユリさん、それって・・・」
「私がコックを目指したいって本気で思ったのはアキトさんのおかげなのよ。」
サユリはちょっと遠い目で話した。

「ボソンジャンプが出来てエステバリスのパイロットで、普通ならそれだけで十分なのに、あの人は自分がコックだということを貫き通した。
 サブロウタさんだってパイロットだもの、自分を見失いそうになったり、いろんな葛藤があったりしたでしょう?でも彼は決して自分がコックであることをやめようとしなかったの。
 このチャーハンの味はその証。
 わたしはそんなアキトさんに憧れてコックになりたいって思ったの。」
「・・・」
「一時は芸能界なんかに入ってアイドルなんかやってたけど、今はやめてコックになったことに満足している。
 あの時彼に憧れてコックになりたいと思った気持ちは本物だから。
 そして今自分がこうしてここにいることを後悔していないから。」
「・・・」
「だから、今のアキトさんがどう変わっていてもあの時の気持ちまで否定するつもりはないわ。たぶんリョーコちゃんもそんな感じじゃないの?」
優しく諭すように言うサユリだった。だが、サブロウタには頭でわかっていても感情的には理解できなかった。

テンカワ・アキトという存在の不可思議さを
なぜ彼はここまで人を引きつけるのだろう?

サブロウタの悩みはそこにあったのかもしれない。



ナデシコB・艦長室


「艦長、ちょっといいか?」
「何です?リョーコさん」
リョーコはあの後、ケンの元に訪れていた。かなり思い詰めた表情だった。

「あのさぁ・・・・オレってアキトの背中を守れるかな?」
「はい?」
リョーコの自分の悩みをうまく言葉に出来なくてもどかしかった。

しばしの説明の後・・・

「・・・まぁお話は大体わかりました。でも知ってどうします?
 厳しい言い方ですけど、あなたの役割はエステバリス隊の隊長であって、テンカワさんをサポートすることではないのですよ?」
「わかってるんだ。わかってるんだけど・・・・」
「・・・」
リョーコの気持ちがわかるから、彼女がそのプライドを支えにしなければいけないほど脆い人だからケンは言葉を慎重に選ばなければならなかった。

「じゃぁ、こうしましょうか?
 実際にテンカワさんと戦ってみるというのは?」
「え?」
「私が慰めを言っても彼とあなたの差が埋まるわけでもありません。残酷なようですが、一度彼との実力差を身を持って体験してみては?
 その上で実力差を埋める努力をしてみるか、それともあきらめるか。
 いずれ乗り越えなければいけないかもしれないハードルですからね。
 私達エステバリス乗りにとってテンカワ・アキトという存在は」

「・・・・・わかった。」
しばし考えた後、リョーコはぎこちなくうなずいた。



ナデシコB・シミュレータ室


「で、オレを呼び出した理由が戦闘訓練につき合えだと?」
「まぁ、有り体に言えばその通りです。」
「呆れた。テンクウ・ケンからのたっての願いだから何事かと思って来てみれば・・・。断る!」
「まぁ、そういわずに。」
それだけでも結構殺気立っているアキトを何とかなだめすかせようとするケン。
リョーコやヒカル、イズミはもちろんサブロウタなども呼び出されていたが、場の気まずい雰囲気にビクビクしていた。

「あなたもオモイカネ相手の戦闘訓練じゃ味気ないでしょう?たまには人間相手に訓練というのも・・・」
「笑わせるな。お前らみたいにぬるま湯に浸かっている奴らを相手にしたって腕が鈍るだけだ!」

「何だと!!」
「やめろ、サブ!」
アキトのこの言葉にさすがのサブロウタも頭に来た。それを羽交い締めにして止めたのはリョーコだった。
「中尉、なぜ?」
「いいから!」
リョーコだってその言葉に傷ついていないわけではない。それでもリョーコはサブロウタを止めたのだった。

「お願いしますよ。」
ケンはもう一度お願いする。ほとんどユリカスマイルと同じ笑顔で。
「・・・いいだろう。ただし!」
「ただし?」
「全員まとめて相手してやろう。一人ずつ相手にするのは時間の無駄だ。」
アキトの言い様にさすがに他のメンバーも少し腹を立てた。見くびられるのにも程がある。

「本当に構いませんか?5人全員で。」
「まぁ、テンクウ・ケンも混じるんだ。スリルがあってちょうどいい」
アキトはそれでもまだ余裕かのように不敵に笑った。

「プンプン!艦長にはライバル心燃やしてあたし達はオマケ扱い?」
ヒカルもちょっとご立腹だった。
「アキト君がどのぐらい腕をあげているか、拝ませてもらいましょう?」
「おお、イズミちゃんが珍しくマジになってる・・・」
「テンカワ・アキト!その減らず口をたたけなくしてやる!」
サブロウタらが口々に対抗意識を燃やすなか、リョーコだけは真摯な瞳でアキトを見つめていた。



数刻後のナデシコB・シミュレータ室


彼らのエステバリスシミュレータによる模擬戦闘開始から数分後、リョーコがシミュレータから降りてきた。彼女の視線の先には既にシミュレータから降りていたサブロウタやヒカル、それにイズミが放心状態で床にへたりこんでいた。
リョーコなどはまだ良い方で、彼らは開始そうそう数十秒経たないうちにシミュレータから叩き出されたのだ。あまりのショックの大きさに彼らのプライドはズタズタだった。

『やっぱ無理だったか・・・』
リョーコは呆然としながらそれだけは何とか自覚した。正面のパネルにはアキトのブラックサレナとケンのエステバリスカスタム=ゴールドが今だに戦っている様子が映されていた。
唯一善戦出来たのはケンだけである。後の者はいいようにあしらわれただけだった。
そのケンですら都合10分でアキトのブラックサレナの前に完黙してしまった。

「テンクウ・ケンの実力はちょっと物足りなかったが、まぁこんなもんだろう。」
静かにアキトがシミュレータから降りてきた。汗一つかかずにだ。もっとも彼がまだ汗をかける体質かどうかは分からないが。

「こんなの不公平だ!」
アキトの姿を見とめたサブロウタが思わず叫んだ!
「不公平?」
「ああ、そうさ。俺達は所詮はカスタムのエステだ。なのにお前はジャンパー専用のブラックサレナだ。端から性能が違いすぎる。それにボソンジャンプなんて反則だ!!」
あまりの結果に信じたくないのか、今までの自分達の戦歴に自信があったのか。彼の口から出た言葉はそんな一縷にしがみ付く様なものであった。
「それじゃ戦場でも敵にお願いするんだな。
 『その装備は不公平なので手加減して下さい』って」
「く!」
そう、サブロウタの言っている事は実際の戦場では如何に戯れ言に近いかわかるだろう。

「例えば俺のリボルバーは500メートル先のコインを正確に打ち抜く精度がある。
 で、これを貸したらお前も同じ事を出来るか?」
「そ、それは・・・」
「そういうことだ。今のお前にブラックサレナを与えても乗りこなせるとは思えん。」

そう、装備がどうとか、調子がどうとかは戦場では通用しない。
その時、戦って出た結果が全てだ。生き残る事も、死ぬ事も。
アキトが言わんとしている事はそういうことだ。

「だって俺達は今まで・・・」
「愚かしいな。
 お前の考えている事を解説してやろう。
『俺達は六連を倒せたし、テンクウ・ケンだって南雲の乗った夜天光を倒した。
 その俺達が北辰の夜天光一機に苦戦していたテンカワ・アキトに5人がかりで何故勝てない?』
 ・・・ってところか?」
「ぐ!」
初めてイネスにあった時の様に相手の思い上がりをえぐるように突き刺す言葉・・・アキトの言葉は今の彼らにとってまさに言葉の暴力だった。
サブロウタは自分の思い上がりを見透かされて言葉を詰まらせた。

「北辰の夜天光と連携していない六連など怖くも何ともない。
 そしてお前達は何か勘違いしていないか?
 同じ夜天光でも北辰と南雲が同じだと思っているのか?」
「・・・同じじゃないのか?」
サブロウタが力なく尋ねる。それをアキトが鼻で笑った。

「だからお前達はぬるま湯に漬かっていると言ったんだ。
 南雲と北辰の違いがわかっているか?」
「・・・」
「外道に堕ちたか、堕ちないかだ。」
「!!!」

「相手の瞳を躊躇い無くえぐれるか?
 たとえ命乞いしていても即座に殺せるか?
 命令なら相手が女子供だったとしても躊躇いもなく殺せるか?
 死の危険に快感すら感じるか?
 相手の恐怖に歪む様を喜んで眺めてられるか?」
「・・・」
「外道に堕ちるということはそういうことだ。
 そして外道を相手にするには・・・自身も外道に堕ちねばならないんだ。」
その言葉と共にアキトはバイザーを外して、狂喜に歪んだその表情を見せつけた。
一同背筋が寒くなった。

「テンカワ!あんた!!」
「心配するな、東郷は俺が倒す。お前達に『こちら側』に来いとは言わない。
 だが覚えておけ。
 俺とお前達の間には深い溝がある。
 お前達が『そちら側』にいるうちはオレに勝とうなんて思うな。
 認めて欲しければせめてブラックサレナぐらい乗りこなせるようになってから言え。」
「・・・」
言い返せない彼らにアキトはさらに追い打ちをかける。

「部隊としては六連達の方がまだ連携が取れてた。
 『そちら側』にいたければ最低でもあれぐらいのレベルになってからリベンジしに来い。
 リョーコ、猿山のボスでももう少し統制が取れてるぞ?」
「テンカワ、貴様!!」
好きな者を侮辱されて怒り浸透となったサブロウタがアキトに殴りかかろうとした。

バシ!!

だが、殴ったのはリョーコ、殴られたのはサブロウタだった。

「中尉、何で・・・オレは中尉の為に」
「てめぇは黙ってろ。頼むから・・・」
殴られた頬を撫でながらサブロウタはリョーコの表情を呆然と眺めた。ギリギリのところで踏ん張っているリョーコの表情を見ると彼はそれ以上何も言えなかった。

アキトは振り返りもせずその場を立ち去った・・・。

「何だよ、死ぬ気で戦う奴のほうが偉いのかよ!
 自分を捨てて戦う奴のほうが偉いのかよ!
 自分らしいまま戦っちゃ悪いのかよ!!」
サブロウタが呻く様に叫んだ。それは一同の想いでもあった。
そんなサブロウタの肩にケンは手を置いて諭すように呟いた。他の皆にも聞かせるように。

「自分らしく戦ってもいいんですよ。
 ただ、残念だけど彼には、テンカワ・アキトさんにはあの時、他に選択の余地が無かったんですよ。大切な物を取り戻す為には自分を捨てて力を得るしかなかったんですよ。」
「艦長・・・」
「私はある意味ラッキーですよ。彼の様になっていたらと考えるとゾッとします。
 でも・・・」
ケンは一息ついて気持ちを落ち着ける。

「自分らしさを捨ててまでして大切な物を取り戻したところで、
 彼は今、幸福なんでしょうかねぇ・・・
 私には彼の言葉が『こちら側には絶対来るな』って訴えているようにしか思えないんですが・・・」
ケンの言葉に一同は複雑な想いだった。

「なぁサブ。
 オレが悔しいのは自分の力のなさだ。
 オレはあいつの仲間のつもりだった。
 でも笑っちゃうよな。あいつの足下にも及ばなかった。
 仲間のつもりで、あいつが背負っている重荷を助けてやれるつもりでいたんだ・・・」
リョーコのその呟きが一同の胸に重くのしかかった。傲慢という名と共に。



ユーチャリス・格納庫


「まだダメなんだよ。すまない、みんな・・・」
アキトの苦悩は格納庫の闇に吸い込まれるのみだった。

See you next chapter...



ポストスプリクト


サユリ嬢の出番がやっと出来てよかった、よかった。

・・・というのは冗談ですが、テーマストーリー第2弾です。
いやぁ、読後の後味が悪いですね。

逃げずにまじめにアキトのことを書けばこのぐらいシビアな話になってしまうのも致し方のないことです。
アキトを一方的に悪者みたくしてますが、追々明かされる彼の現状を知っていただければ納得していただけると思います。
決してハードボイルドぶりっこしているわけでも、現実逃避しているわけでもないんです。

一応、ラストは何となく考えています。
必ず大円団にします。
不幸になる人はほとんどいません。ハッピーエンドにします。
しばらく今回みたいなシビアなお話が続きますが、そのつもりでおつきあい下さい。

では!

Special Thanks!
・HIRO70 様