アバン


私は鳥かごの鳥
空の青さと空の広さを知らぬ鳥
灰色の壁が見る景色の全て、
かごの中が世界の全ての鳥

それでも構わないと思っていた。

世界なんていらない。
外の世界は残酷だ
何も知らない小鳥が空を飛べるはずはない
残酷な世界に殺されてしまうのがオチだ。

そして外の世界には大切な人はいない。

あの人もやはり鳥かごの中にいる
飛び立てないでいる
だから私はここにいる



ナデシコ外伝
鳥かごの外へ迷い出た小鳥



ユーチャリス


「地球に行く」
アキトはそう言った。

「ラピスちゃんも連れて行きなさいよ」
エリナが間髪入れずに言い返す。

「俺は遊びに行くんじゃないんだ」
「ルリちゃんの護衛じゃないんでしょ」
「・・・墓参りだ」
「やっぱり自分の手でケリを着けたいのね・・・」
「言っている意味が分からないな」
「とぼけちゃって」

これはいわゆる『痴話喧嘩』というものだろうか?

「ラピスちゃんが変な風に取っているわよ」
「お前の言い方がおかしいんだ」
「はいはい、どうせ自分を餌にしておびき寄せるつもりなんでしょ?
 観光旅行をして目立つ行動をしてあわよくば北辰達を引きつける。
 ・・・でも多分それだけじゃ食いつかないわね」
「・・・」
「ということで少なくとも墓参りまでは安全なはずよ。
 たまにはラピスちゃんをこの狭苦しい艦から連れ出してあげなさいよ」

別に私は良い。アキトが帰ってくるまで待ってる。

「ほらほら、ご主人様の帰りを待っている子犬みたいな顔をされてるわよ。
 アキト君はこの誘惑に耐えられるかしら?」
「・・・」

本当に待ってるってば・・・そりゃいつも一緒にいたいけど・・・

「ほれほれ、どうなの」
「・・・」
「ラピスちゃん、そこで上目遣いよ!」
「エリナ・・・」

私は旦那様の帰りを健気に待つ妻だから

「ふふふ、どう?この子を置いていける?」
「・・・わかった。連れていく」

え?連れていってくれるの♪

「うんうん、大分良い表情するようになったじゃない。
 そうでしょ?アキト君」
「・・・」

アキトはそれ以来、むっつりとして黙り込んでしまった。
私何か悪いことした?



東京下町


暑い・・・

「やっぱり帰るか?」

いい。アキトだって暑そうだし。

「心配ない。そういうのはあまり感じないから」

そう、アキトは暑いという感覚が希薄だ。だから私が代わりにアキトの体に汗をかけと指示を送っている。

「いや、そんなに汗をかかせるな」

だってアキト、そんなに黒尽くめでマント着てるんだから。

「これはこれでちょうど良いんだ」

そうかなぁ〜やっぱりこの炎天下では暑いと思うんだけど・・・

「それよりもラピスは暑いの大丈夫なのか?」

大丈夫・・・

グラ〜リ〜

「ほら、いわんこっちゃない。滅多に外に出ない奴がいきなりこんな炎天下に着いてくるからだ」

でも、私はアキトの目・・・

「・・・とりあえず休むぞ」

アキトが私の手を引いて立ち寄ったのは『駄菓子屋』というところらしい。今日のために予習した。

「ラムネ二つ下さい」
「は〜いぃ!?」
「だからラムネを二つ」
「は、はい、ただいま・・・」
「冷えた奴ね」

おお、店員さんが退いている。
置かれたのはビン詰めのラムネというドリンクだ。
うんうん、ちゃんとビー玉が入っている。

「じゃ、ごゆっくり・・・」
及び腰で去っていく店員さん

「なんだ、人の姿をじろじろと」

ん、多分アキトの姿が・・・

「おかしいか?」

おかしくないけど、真夏にコートを着ている人はいないよ

「そんなもんか?」

多分
そのことをあとでエリナに話したらお腹を抱えて笑われた。
『確かにハードボイルドに真夏の駄菓子屋は合わないわよねぇ〜♪』だって。

それはともかく

「こうやって飲むんだ」
逆さまに振っても一滴も出てこないラムネに苛立っていた私にアキトは手本を見せる。
ラムネにキャップみたいなものをかぶせて上から強く叩いた。

ポン!

ビー玉がからんころんとなって中に落ちる。するとアキトはビンを口に付けてゴクゴクと飲み始めた。

「あまり上に傾けるとビー玉で出なくなるから気を付けろよ」

ん、わかった。
・・・何回叩いてもビー玉が落ちない〜

「仕方がないな。ほら、交換だ」
アキトは自分の飲んでいたラムネを私に渡してくれた。

・・・・・・

「どうした?やっぱり飲みかけはイヤか?」

イヤじゃない、イヤじゃない!
私は決して離さない様にラムネのビンを抱きかかえた。

「わかったわかった。誰も取らないから」
アキトはやれやれと肩をすぼめて、私が飲むはずだったラムネの栓を開けて飲み始めた。
私はアキトがくれたラムネにこっそり口を付ける。

間接キス・・・

確かそんな事を本で読んだ。
これ、持って帰りたい。

「ん?ラムネのビンは返さないといけないぞ」

そ、そんな〜

「仕方がない。これ下さい」
アキトがお店のものを適当に掴んで店員にお金を払った。
・・・何これ?

「ビー玉だ。これが欲しかったんだろ?」
う、それは微妙に違うけど・・・まぁいいか。アキトからの初めてのプレゼントだし♪



電車の中


任務開始。けれど・・・

「まだラピスは怒っているのか?」

なんでもない

「全くいつまでふくれている」

鈍感!

「いいじゃないか。安い方が良いだろう?」

だからって子供用の切符はないでしょ!

「いい加減、機嫌を直せよ」

・・・それは良いとして、目標は?

「ああ、特に変わりはない。高杉もいるしな」

ふぅ〜ん、じゃ何でアキトは尾行しているの?
ストーカー?

「そんな言葉をどこで覚えた」

黒尽くめで、幼女を連れて・・・

「だから連れてくるのは嫌だったんだ・・・」

それはともかく

「いや、ともかくって・・・まぁいいけど」

姿を見せるの?

「・・・ん、まぁルリちゃんの事だ。そろそろ感づいているはずだしな」

そうなんだ・・・
でもどうするの?そろそろ電車が離れるけど?

「このまま別の列車の方がいいだろう。どうせ交わらない道だ」

・・・どうしてもそう思い込むつもりなのね

「それはいいとして」

今度はアキトが誤魔化した。

「この列車、夏祭りをやっている村まで行くんだ。寄っていくか?」

え?いいの?

「ああ、人混みに紛れた方が追っ手も撒きやすい」

まったく、素直じゃないんだから・・・



夏祭り


ぐるぐる目が回る。
祭囃子に太鼓の音、
からんころん下駄の音
みんな浴衣でにぎわっている。
お寺の境内へと続く道に長い長い屋台の列。
その中を人混みがどこまでも続く。
みんな楽しそうだ。

けれど・・・

私達だけなんか場違い?

「そんなことを言う子には」

きゃ、真っ暗!?
と思ったら・・・お面?

「ナチュラルライチ、似合ってるじゃないか」

そういうアキトだってゲキガンガーじゃないの

「まぁバイザーよりはマシだろう」

後ろからヒサゴンのお面を着けたのが後を着けてきてるけど・・・

「まぁこの人込みだ。迂闊に手を出してこないだろう。
 それよりも・・・林檎飴食べたいか?」

おいしそう♪食べる食べる♪

「次は・・・綿菓子なんかどうだ?」

わ〜い、食べる食べる♪

「次は焼きイカなんて・・・」

それはいい。

「ち!それじゃ・・・」

アキト、さっきから食べ物ばかり。

「いいじゃないか。昔からこういうのでいっぱい散財してみたかったんだよ」

散財って・・・

「子供の小遣いってしれてるからな。祭りの時には色々悩んで買ったものさ。
 そのたびに、我慢した奴の方がよく見えてな」

ふぅ〜ん。火星にも祭りがあったんだ。

「まぁここまで派手なのはないけどな」

こういうのは子供よりも大人の方が楽しんでいることが多いって聞くけど、アキトって案外自分で楽しむ為に来ていたりする?

「そんなことはない」

口に出して言ってないのに・・・

「よう、お嬢ちゃん、金魚すくいしていかないかい♪」
「輪投げ、楽しいよ」
「射的はどうだい、今なら当店オリジナルヒサゴン人形があるよ!」

う、なんかいろんな所から呼ばれたら・・・

「どれがしたい?」

していいの?

「もちろん」

なら金魚すくい♪

「・・・ほら」

網をもらって金魚すくいにトライ
アキトも横で一緒にする。
アキトは自信たっぷり。小さい頃は燕返しのアキトって呼ばれていたらしい。
燕返しって何?

・・・・・・・・・

ああ!ポイが破れた!
あ、ちなみに金魚すくいの網はポイと言うらしい。私もはじめて知った。

「ラピスは下手だなぁ」

笑わないでよ、アキト!

「こうやるんだよ」

ひょいひょいってそんなに簡単に出来ないよ。

「とりあえずこれぐらいはチャレンジして良いから」

ってポイを10枚渡されても・・・
よし!絶対すくってみせる!

・・・・・ダメだった〜

「アハハハ、それじゃ頑張ったラピスにご褒美だ」

あ、金魚。いいの?持って帰って

「ああ良いよ」

金魚は袋の中でふよふよ泳ぐ。見ていて飽きない。

ドーーーーン・・・パパパパン!
わぁ〜キレイ♪

「花火か。そろそろ祭りも締めくくりだな」

花火キレイ♪

ドーーーーン・・・パパパパン!
ドーーーーン・・・パパパパン!

空には大輪の花が咲いている。
アキトを照らす光も赤青黄色、色とりどり。
アキトはお面で顔を隠しているけどなんだか楽しそう♪

「ラピス、楽しいか?」

うん、楽しい♪

「そうか、楽しいか・・・」

私はアキトが実は自分が楽しみたい為にお祭りに来たんだと思っていた。
まぁダシに使われたのならそれでも良いかとその時は思っていた・・・



夢うつつ


夜風が頬をくすぐる。

ふわふわ、ふわふわ
何だろう?
温かい・・・背中?
誰の背中だろう、私は背負われているのかな?
この背中は・・・そう、多分アキト
私はいつの間にか眠ってしまったのかな?

ならばもう少しこのまま背負われていたい。

この気持ちの良い背中をもう少し堪能したかった。

『夢が明日を呼んでる〜』
かすれた声だけど、調子が少し外れているけど、楽しそうで・・・

でも、聞かなければ良かった。

「外の世界は楽しかったか、ラピス?」

うん、楽しかったよ。でも寝たフリをしていたので心の中で頷く。

「外には世界があって楽しいこともいっぱいあって・・・
 でも俺はまたお前を檻の中に連れ戻すのかな・・・」

・・・アキト?

「決着・・・明日着けられるのか?
 いつになったら決着をつけられる?
 それまで俺はお前を檻に縛り付けるのか?」

・・・アキト、私はアキトの目、アキトの耳、アキトの剣、アキトの心の盾
だからいつまでも一緒にいる!

「俺はどうしたかったのかな・・・
 永遠に檻に閉じこめるために最後の慰みに外の世界を見せただけなのか・・・
 それともお前から檻の外に出して欲しいという台詞を聞きたかったのか・・・」

私は・・・私は・・・

「俺は弱い。自分からお前を手放すことが出来ない。
 けれど永遠にお前を俺の復讐の道具にする事への罪の呵責から逃れたいとも願っている、弱い男だ・・・そんな俺をお前はいつか恨むのかな・・・」

恨まない、絶対に恨まないから!

「・・・こんな事を考えるのはやめよう。明日、北辰を倒す。それで終わるんだから」

私は最後まで寝たフリを続けた。



月面ネルガルドッグ


そして私達は月に戻ってきた。
ユーチャリスの修理は終わっているみたいだ。

「ルリちゃんがナデシコCと合流したそうよ」
「勝ったな」
「ええ、ルリちゃんとオモイカネが合わさればナデシコCは無敵になるわ」
「俺達のデータが役に立ったな」
「ええ・・・」

報告に来たエリナはそこで口ごもる。

「やっぱり行くの?」
「ああ」
「復讐、昔のあなたには一番似合わない言葉だったのにね」
「・・・修理ありがとう」

私を引き連れてユーチャリスへ向かうアキトの背中にエリナが呟きを投げつける。
私にだけは聞こえた。

『・・・意気地なし』

私はエリナが何を言いたいのかわかった。

エリナが見えなくなってからアキトは私の頭を撫でて一言呟いた。ゴメン・・・と。

アキトの言ったゴメンの意味・・・

籠の外に連れ出したことなのか?
それともまた籠の中に連れ戻したことなのか?
私はとうとう聞けなかった。
私も意気地なしだった・・・



ポストスクリプト


ってことで外伝をお送りしました。

たまにはこういうのも書いてみたくて・・・っていうか、キワモノとか変化球ばかり書いてきた筆者としては劇ナデ準拠のドノーマルのナデシコSSはすごい久しぶりという(爆)
でもまぁ、あの劇ナデの空気の中でなら下町の情緒とか、昔ながらの夏祭りの風景とかは似合うと思うのですがどうでしょうか?(アキトとラピスの格好で夏祭りはないかとおもいますが(苦笑))

ちなみになぜこんな小説を書いたかは・・・劇ナデが8月X日のお話だったからその前に・・・というのはほとんど嘘です。某所に投稿しようかと思って投稿を思い留まった作品だったりします。

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Ver1.02

※金魚すくいの網はポイと言うのは本当です。
 というか、指摘されてはじめて知りました。その直後、鉄腕ダッシュでやっててさらにタイムリーに驚きました(笑)

Special Thanks!!
・Chocaholic 様