アバン


素敵な革命が起こってみんな一つの約束をしました。
約束するのが当たり前の約束
『みんなで助けに行こう』
たったそれだけの約束
けれど疑いもなく実行したい・・・そんな約束

だって思い出はキラキラ輝いているから
他の誰でもなく私達が勝ち取った記憶だから
後悔していようと、前に進もうとした記憶だから

そんな記憶だからこそ助けに行こうと思うのです。

それはともかく、お話を2197年のアキトさんのその後に戻しましょう
アキさんのいなくなった世界はどうなったのか?
終わらぬパーティーは続くのか?
さてさてどうなることやら

ああ、これって黒プリ本編とはひょっとしたら無関係かもしれませんのでそのつもりで〜



深夜・ネルガル某研究所


彼女は走っていた。
いや、正確には逃げ回っていると言っても良い。

「まったく、ラピの馬鹿!」
『馬鹿と言われますか、わざわざ過去の世界にまで付き従っている私に!』
「馬鹿も馬鹿!何でもっと古い図面を出さないのよ!」
『2203年頃と指定したのはマスターですよ?』
「誰がたった6年で改装するなんて思うのよ〜」

確かにターゲットとなる年代を急遽変えたかもしれない。けれど建物の構造が数年でガラッと変わる方がおかしいと少女はぼやく。

そう、少女は走っていた。
彼女はまるで闇にとけ込むような姿だった。
黒いバイザーに亜麻色の髪、黒いマントの下に覗くのは黒いインナースーツである。
まるで闇を纏っているようであった。
そんな彼女は走りながら左腕に付けられていたコミュニケに悪態を付いていた。
コミュニケはコミュニケでもこの当時では珍しい3D表示である。
その画面というかフォログラムの相手に文句を言っていた。
フォログラムにはこれまた少女が映っていた。
ピンク色の髪の美少女である。

「待て!」
「逃がさないぞ!」

やばい!
後ろばかりに気を取られて正面の通路脇から警備員が現れたのに気づくのが遅れた。
ここは通路。月明かりが暗がりの廊下を照らす。

「大人しくしろ!」
「小娘が!」

警備員が警棒を振りかぶる。もちろんスタンガン機能付きで殴られたら象でも気絶する。

「小娘って甘く見ないで!」

少女は神速の技を繰り出す。

波陣!!!

「ぐはぁ!」
「要は触られなきゃ良いんでしょ?」
「貴様!」
「遅い!」

仲間がやられて頭に血の上ったもう一人に当て身を食らわせる。

どさ!

ものの一秒もかからず屈強の警備員を倒した。

「あららぁネルガルシークレットも大したことないなぁ。
 やっぱり元一朗ちゃんがいないとダメみたいねぇ」
『マスター、それよりも前後から十重二十重に・・・』

コミュニケの中の少女がそう告げるのと同時に足音がドタバタと大挙してやってきた。

「待て!」
「仕方がないわねぇ」
『マスター、ここは五・・・』

コミュニケの少女が声をかける前に黒いバイザーの少女は行動を起こした。

ひらり

窓から身を乗り出したのだ。

「馬鹿め!ここは五階だぞ!」

そう、こんな所から飛び降りたらまず地上への墜落死である。
しかし少女の動きは軽やかだった。

まるでサーカスの曲芸でも見ているようだ。
誰もが身を乗り出して真っ逆さまに落ちるかと思ったのだが、器用にマントを窓にひっかけながら降りたのだ。マントは丈夫なのか、彼女を一階下の窓ガラスに方向転換させた。

パリン!

窓を蹴破って4階の廊下に滑り込むことに成功する。
しかも、どうやったのかマントは引っかかった窓から外れて再び彼女を覆った。
一同はその光景をあんぐりとして眺めた・・・

「早く追え!」

我を忘れていた一同は隊長らしき男の叱咤で再び逃亡者を追いかけ始めた。

さて、下の階で少女は再び走り始めた。

「ラピ、お願いだから2197年のこの建物の見取り図を出して!」
『・・・済みません、それ既に手遅れっぽいです』
「え?」

ラピと呼ばれたコミュニケ内の少女は申し訳なさそうに答えた。
逃げ込んだ場所が悪かった。

行き止まり。しかもさっきのように窓すらない。

「お、追いつめたぞ!」

警備員の一人目が姿を現した。
まぁさっきと同じように倒すことは造作もないことだが・・・

「ゴート隊長、こちらです!」
「慎重に包囲しろよ!」

廊下の遙か向こうから如何にもゴルゴ13みたいな声の隊長がやってくる。

「あちゃ〜ゴートさんが来たのか〜」
『で、ぶっ飛ばしちゃうんですか?』
「まさか。ミナトさんに怒られちゃう」

観念したと見えるのか少女が構えを解いたのを見て警備員達は俄然やる気になった。

次々と少女を取り囲む警備員達。

しかし・・・

「これ、な〜んだ♪」
「ま、まさか、CC!?」
「当たり〜♪」
少女が懐から取り出したのは蒼い貴石、チューリップクリスタルである。

「ボソンジャンプさせるな!」
「んじゃ、バイバイ〜♪」

取り押さえようとしたが、時既に遅し
あっと言う間に少女はボソンのキラメキとともに消え去った。

「ボソンジャンプだと?」
「ええ、申し訳ありません・・・」

タッチの差で現場に到着したゴート・ホーリーはその報告に驚くのであった



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
後日談その5 真夜中を走る少女



翌日・ナデシコ長屋アキトの部屋


ちょうど時刻は朝食時。当然いつものメンバーが朝食を食べていた。
けれど今日だけはいつもと違っていた。
なぜなら一同は思い思いの格好で固まったからだ。

ユリカとメグミはオーバーに両手を挙げている。
ルリは正座したまま微動だにしなかった。
ラピスはとりあえず手近にあった腕に噛みついた。

アキトはというと、一人目の兵士を殴り飛ばし、二人目の兵士を組み伏せた。
しかし三人目の相手を倒そうと襲いかかる前に視線の端でユリカやメグミに銃が突きつけられているのを見て観念した。

侵入者が乱入してからものの10秒
それはあっと言う間の出来事だった。

「あんたら、一体・・・」
アキトは事態に戸惑いながらも忌々しげに呟く。

「済まない、テンカワ。お前を拘束する」
「ご、ゴートさん!?」

乱入者はネルガルシークレットサービスのご一同様
そして遅れて入ってきたのは彼らの隊長であるゴート・ホーリーである。
彼らはいきなり乱入してアキトの部屋にいた全員を拘束したのだ。
旧友の所業に一同は驚きを隠せなかった。

「ご、ゴートさんがなぜ・・・」
「それはこっちの台詞だ。悪いがネルガルまで連行させてもら・・・」
「いきなり何をするのよ!!!」

スパコーン

組み伏せたアキトに得々と彼の罪状を告げようとするゴートにハリセンが見舞われた。

「こら、あんた達!私まで拘束しようって言うの!
 この会長秘書である私を!」
「・・・エリナ・ウォン、お前が何故ここに?」

訂正、一人だけ拘束されていない人物がハリセンを握っていた。
ネルガル会長秘書、エリナ・キンジョウ・ウォンである。
身内からか、はたまたその怖さが社内に知れ渡っていたからか、彼女だけは拘束されなかった。

「とにかくみんなの拘束を解きなさい!
 話はそれからよ!」
「お前も一味か?ならばお前も拘束を・・・」
「はぁ?何を言っているのよ」
「情夫へ入れあげるあまり、とうとう会社の機密まで・・・」

スパコーン

「あんた、いい加減に怒るわよ!」
「アップになるな。ただでさえウォンの怒った顔は恐いんだから」
「強面のあんたに言われたくないわよ!」

エリナのもっともな意見に全員頷くのであった。



数分後、ナデシコ長屋アキトの部屋


正々堂々としているエリナに免じて、アキト達の拘束を渋々解くネルガルシークレットサービスの方達。もちろん銃を構えて逃げられないように見張っているが、とりあえず卓袱台でお茶程度は飲めるようになった。
とりあえずメグミがみんなにお茶をいれ終わる頃、ようやくゴート・ホーリーによる状況説明が始まった。

「昨晩、ネルガルの某研究所に賊が入った。目的は企業秘密の奪取。
 我々は賊の身柄確保と情報の回収の為にやってきた」
「・・・それが俺だっていうんッスか!?」

いきなり容疑者扱いされるアキト

「そうだ。侵入者はさっきのお前のような武術を使い、うちの部員を何人も病院送りにした」
「すげぇ〜」
「それだけじゃない。最後にはボソンジャンプまで使って逃げ去った」
「ぼ、ボソンジャンプ!?」
「どうだ!お前しかいないだろう!」

ゴートはバンと卓袱台を叩く!
全員それを予測したのか、お茶を退避させていた。

「強くてボソンジャンプ出来るって言ったら・・・」
「ユリカさんやイネスさんには無理ですし・・・」
ユリカやルリが条件に合う人間を指折りで数えるが、候補者はそれほど多くない。
っていうか、ほとんどいない。

「どうだ!これでも言い逃れるか、テンカワ!」
「いや〜そう言われても・・・アリバイがあるし・・・」
「アリバイ?」
「ええ」

問いつめるゴートを押し戻すように言うアキト。
ゴートが『アリバイなどどこに・・・』と言う前に周りを見るとその理由はすぐにわかった。

その場に居合わせた少女5人が一様に『私達と一緒にいました』という表情で頷いたからだ。

ゴートはしばらく考えて・・・

「身内の証言は証拠にならないぞ?」
「誰が身内だ!」
「内縁の妻、5人・・・」
「勝手に内縁の妻にするな!
 っていうか、お前らも否定しろよ!」

内縁の妻という言葉に頬を染める5人の少女達(笑)

「信用出来ん。テンカワを庇うあまり口裏を合わせている可能性は・・・」
「まったく頑固ねぇ・・・」

まだゴートが信用しないのでエリナはコミュニケを操作する。
すると画面に現れたのは彼らの雇い主である。

『やぁエリナ君、どうしたんだい?出勤前に』
「いや、あなたが今日ちゃんと出社するかどうか自信がなかったからモーニングコールをと思ってね」
『嬉しいねぇ〜その台詞、ベットで聞きたかったよ』

相変わらず軽いアカツキである。しかしあしらい方を知っているエリナはさっさと本題に入った。

「冗談はよしこさん。それよりも、昨日、私達テンカワ君の部屋でパーティーしてたわよねぇ」
『ん?何を言ってるんだ?君も一緒にいただろう』
「で、そこにテンカワ君もいた?」
『おいおい、みんなでテンカワ君の誕生日を祝おうって言い出したのエリナ君だろ?』
「で、あなたはどのぐらいまでいたっけ?」
『さぁ・・・そういえばテンカワ君がお酒解禁になったから結構遅くまで一緒に飲み明かしたかなぁ〜〜』
「アキト君とずっと一緒?」
『当たり前だろう。主役を冷やかさずに何が楽しいんだい?
 けど・・・君も一緒にいただろう。何でそんなことを聞くんだ?』

と不思議がるアカツキを無視してエリナはゴートに目配せした。

「スバルさんとかの証言もいる?ナデシコクルーなら何人でも証言してくれるわよ」
「わかった。もう十分だ」

ゴートは観念した。
ネルガル会長がアリバイを認めているのだ。
これ以上議論の余地はない。

「あ、あの・・・」

と、ここでようやく隊員の一人が手を挙げた。

「昨日言い忘れたのですが・・・」
「なんだ?」
「えっと、その賊は女の子だったんです」
「・・・馬鹿もん!それを早く言え!!!」

当然ゴートの雷が落ちた。ユリカ達もやれやれと溜息をつく。
最初にその情報があったらアキト宅への襲撃を実行する事もなかっただろう。

「まったく、何でこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ・・・」

アキトもやれやれと溜息をつく。
しかし・・・すごい引っかかるモノがある。

「でも・・・ボソンジャンプが出来て、武道の達人で・・・女の子?」

条件を整理してみたらみんなすごい心当たりがある事に気が付いた。
ま、まさか・・・

「その人、こんな格好してた?」

ラピスはどこからか取り出したカツラをアキトにかぶせる。もちろん、以前にラピスが添い寝用に使っていたものである。
そしてルリがこれまたどこからか取り出したバイザーをかぶせる。

「・・・そうです!こんな感じの女の子です!」
目撃者は語る。
その言葉に一同は驚いた。多分、みんなある人物の名前を思い浮かべた事であろう。
未来に帰ってしまったあの人物の事を・・・



数日後の夜・ネルガル本社付近


少女は夜風に髪を遊ばせながら双眼鏡でターゲットを物色していた。

「お〜〜♪警戒厳重♪」

少女はさも楽しげに言う。
しかし双眼鏡から見える建物は物々しい警備体制で一杯だった。
明々としたサーチライトに窓中に見える警備員、果てはドーベルマンなんかもいる。
とても侵入者が楽しげに出来る状況ではないはずだ。

『前回の侵入がまずかったですね。皆さんを本気にさせちゃったみたいですけど大丈夫なんですか?』
「大丈夫よ。今度こそラピが正しい図面を出してくれれば♪」
『・・・棘のある言い方ですねぇ』
「気のせい気のせい」

コミュニケから3Dで表示されるピンク色の髪の少女はムッとしたが、彼女はパタパタと手を振った。

『しかし・・・何かの漫画の見過ぎでは?』
「漫画?」
『ええ、今回は予告状を出したんでしょ?』
「あ・・・アレね」

心当たりがあるのか、少女は明後日の方向を向いてしらばっくれる。

『キャッツアイかセイントテールか知りませんけど・・・』
「いや、ルパンだから」
『はい?』
「私の理想」
『・・・ルパンは予告状は出しませんよ』

なんと評して良いかわからないのか、3Dの少女は溜息をついた。
しかし亜麻色の髪の少女は自信満々に答えた。

「チ、チ、チ。甘いわねぇ、ラピは」
『何が甘いんですか?』
「ハプニングほど恐いモノはない。ならば予想の範疇内で動いてもらった方がやりやすい」
『ハプニング?』
「そう。相手が油断している隙をつくのもいいけど、それだけに不確定要素も強い。
 ならば最初から念入りに警備してもらった方がこちらもそれに沿った計画を立てられるというもの」
『・・・そんなもんですかねぇ』
「もう一つ」
『まだ何か?』
「そうよ、それこそが目的♪」

少女はニッコリと笑ってウインクした。



ネルガル本社・怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


「何で俺がこんな所まで・・・」
既に何度目の呟きなんだろう。
アキトは溜息をついて自分の境遇を呪った。
やる気がないのは彼だけである。

そう、やる気がないのは彼だけ。
他のメンバーはやる気満々である。

ユリカ「照れてるんだよ♪」
ルリ「まぁ大見得を切って帰った手前、普通に戻って来るには照れくさいですからね」
メグミ「別に私達は全然気にしてないんですけどねぇ」
ラピス「確保!確保!確保!今度こそ離さない!」
エリナ「にしても帰ってくるだけでこれだけの騒ぎを起こすなんて、彼女らしいというか、なんというか」

お嬢さん方は侵入者を捕まえる気が満々だ。
多分捕まえたが最後、両手両足と頭に5人がかじりついて二度と離さないかもしれない。
だからこそやる気満々なのだ。

「お前達・・・警備の邪魔になるなら帰ってもらいたいのだが・・・」

ゴートはやれやれと溜息をつく。
ここはピクニックの会場か?
既にピクニックシートを広げ、アキトの作ったお弁当を頬張る少女達はどう考えても邪魔をしに来たとしか思えない。

ユリカ「とんでもない!名探偵ホームズとその仲間達が協力いたします」
ルリ「・・・誰がホームズですか?」
ユリカ「ルリちゃんはワトソン君ね♪」
ルリ「怒りますよ」
メグミ「まぁまぁ」
ラピス「私は古畑任三郎」
メグミ「はい!?」
ラピス「任三郎」
メグミ「・・・渋い趣味ですねぇ」
ラピス「今泉君」
メグミ「わ、私が!?」
エリナ「んじゃ私は明智小五郎ということで」
ユリカ「ということで、私達が警備を強力にサポートしますから♪」

おいおい、名探偵ゴッコなのか?
アキトとゴートは心の中で突っ込んだ。

「なんかアキトは嫌そうね」
「実際嫌なんだよ」
「でもアキさんと逢えるかもしれないんだよ?」
「・・・勘違いだよ、きっと」

アキトは乗り気じゃない。
彼女が帰ってくる・・・それが嬉しくないわけじゃないのだが、それはあまりにも都合の良すぎる願望のように思えたからだ。
だが、本当の理由はというと・・・

ルリ「というよりもですねぇ」
エリナ「アキト君が最後の砦なんだから」
メグミ「アキさんがここまで辿り着いたら・・・」
ユリカ「格闘お願い♪」
アキト「だからそれが嫌なんだって〜!」

もし侵入者がアキだったら自分が敵うはずがない。

ラピス「死んでも確保!」
アキト「いや、実際無理だから(汗)」

ラピスにがっちりと手を握られても出来ないモノは出来ないアキトであった。



ネルガル本社・通用口


「ちわぁ〜♪来来軒です〜♪」
「やぁ、毎日出前大変だねぇ」

白いエプロンを付けた中華料理店の店員風の姿の少女がにこやかにネルガルの通用口に入ってきた。通用口の守衛も毎日見知った顔なのか気軽に声をかける。

「ラーメン三丁を警備部の田中さんと鈴木さんと高橋さんにお持ちしました♪
 直接上がって良いですか?」
「ああ、良いよ」

守衛の一人はいつものことだから素直にそう答えた。
しかしそれを止める者がいた。

「おい、今日は部外者立入禁止だ!」
「え〜〜でも夜警が長引くから夜食を食べたいって〜」
「まったくどこの馬鹿だ!こんな日に!」
「まぁまぁ」

厳重な警備の日に夜食を出前で頼む馬鹿はいない。
が、いきなり倍からの人数が他部署から今日の警備に送り込まれてきたのだ。
中には不心得者の馬鹿がいるかもしれない

「ちょっと待ってな、確認するから」
「おじさんありがとう♪」
「いやぁ〜♪」

守衛のおじさんは少女に甘かった。よっぽど可愛かったのか、はたまた毎日出前の顔を見ていて信用しきっていたのか。
けれど確認して帰ってきた内容は厳しいものだった。

「『この忙しいときに出前の確認まで出来るか!適当に金でも払って追い返せ!』・・・だって」

離れていた少女にも受話越しに聞こえる大声に守衛は肩をすくめた。

「まぁ代金は払うから持って帰って」
「でも持ち帰れって言われても〜〜持って帰ったらせっかくの麺が伸びちゃうし〜〜」

困ったように言う少女はしばらく考えてポンと手を叩いた。

「んじゃ、おじさん達食べて下さい♪どんぶりは明日取りに来ますから♪」
「いや、それは悪いよ」
「いえいえ、料金はもらいましたし、何よりせっかくの美味しいラーメンを捨てるのは料理人としても立つ瀬がないですから♪」
「そ、そうか?」

少女の笑顔に根負けしたのか、それとも普段からこの店のラーメンが絶品だということを知っていたからなのか、守衛のおじさん達は少し照れながら差し出されたどんぶりを受け取った。

奇遇にも通用口の守衛室に詰めていた守衛さんは3人だった。



数分後、ネルガル本社・通用口


ぐかぁ〜〜

部屋の中から気持ちの良い寝息が3つ。
共にラーメンのどんぶりは底まで見えていた。完食である。

「1ヶ月前から地元の中華料理店でバイトしていて良かった♪」

さっきの出前の少女が涼しげな顔で入ってきた。
もちろん格好は既に中華料理店の出前ではなく、黒いマントに黒いバイザー姿である。

『マスターも悪ですねぇ。ラーメンに睡眠薬なんて・・・』
「何を言うのよ。私の美味しいラーメンを食べて夢見心地なだけじゃないの♪」

コミュニケの中の少女の言葉にも全然悪びれない。
彼女はかまわず岡持の中からマントを取り出す。

『何ですか?それは』
「ミラージュコロイド」
『はぁ?』
「なんかセイヤ叔父様はそんな名前で製品化したいって」
『それはいろんな意味でまずいのでは・・・』
「良いの良いの。それよりもこれ、90秒ぐらいしか効き目がないんだけど、赤外線はおろか可視光すら後ろにすり抜けさせるんだって。
 いわゆる消えるマント♪」
『それでこの先の光センサーの続く通路を突っ切ろうと?』
「大当たり」

少女はバイザーの横をなにやら触る。
するとピコピコとバイザーに情報が出てきた。

100m先まで光センサーによる光が張り巡らされていた。

「100mで90秒・・・楽勝じゃん♪」
『マスター、床のセンサーは?』
「ああ、それ?」

バイザーに床の重力センサーの位置が映し出されていた。

「んじゃまぁ行くわよ♪」

マントを被ると視界から少女の姿が消える。
と、同時に廊下をダッシュした!

タタタタタ!

光センサーはまるでそこに少女が存在しないかのようにすり抜ける。
けれど重力センサーの位置は非常にいやらしい
等間隔で走っていたら思わず踏みそうになる。
微妙に間隔をずらしながら配置されているが、少女はそれを鮮やかにかわしていった。

「これなら楽勝・・・」

廊下は80、70、60m・・・とだんだんゴールが見えてきた。
この調子ならミラージュコロイドが解除されるまでに余裕で踏破できるだろう。

・・・と油断したその時!

自分で自分の右手が見えたのだ!

「え?え?え?」

そうこうしているうちに左手も見えだした。

「うそぉ〜だってまだ10秒も経ってないのに・・・」
『マスター・・・取扱説明書は先に読まなければ』
「何々?・・・走っちゃダメって先に言ってよ〜」

取扱説明書には走ると透明効果が消えると書いてあった(笑)

「今、消えたら〜」
今にも光センサーに引っかかりそうな手足を器用に避けながら、同時に床のセンサーも避けなければいけなかった。
しかもミラージュコロイドの効果は消える一方だ。
センサーの廊下はあと数mで途切れるというのに!

「ええぃ!こんなもの!」

あと数mの彼女の動きはまさにサーカスかアクロバットであった。
もし体操の床運動であればウルトラCの難易度の新技がポンポン生み出されていたことであろう。
右手でセンサーのない床に着地、バク転した後、そのままムーンサルト(2回宙返り1回ひねり)で光センサーを回避、次のジャンプでは高跳びの背面ジャンプ、着地する直前にスピニングバードキックで少し軌道を変えて床の場所を微妙に変える。

だが、最後の難関はほとんど隙間のない光センサーの雨あらし!
それこそトイレの小さな窓ぐらいの大きさしかない。そこを通れというならまだ猛獣の火の輪くぐりの方に志願するかもしれない。
けれどそこを通ればゴールだ。

「ラスト!」

まるでマトリックスのトリニティばりに一点を目指して飛び込んだ。

ドスン!

「・・・ったく、やってくれるわ」
着地に失敗した少女は尻餅で痛むお尻を撫でるのであった。



ネルガル本社・怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


「ユリカさん、通用口沈黙です」
「で、通路のセンサーの反応は?」
「ありません。多分突破されたと思われます」
「なかなかやるわね。さすがアキさん」

対策本部らしく、ルリの出した情報を元にユリカが分析する。

「ゆ、ユリカが真面目に働いている・・・」
「まぁ戦術シミュレーションAAAランクの逸材だからな」
「うさんくさいけど・・・」

アキトはテキパキと指示するユリカを当初疑いの眼で見ていたが、実力は確かのようだった。それに加えてユリカをサポートしているルリとラピスの力もすごい。
警備コンピュータを使いこなして、普段の倍の警備員の統制をしている。

「・・・ルリ姉」
「なんですか?ラピス」
「こっちの警備コンピュータのデータを覗かれてるみたい」
「まぁあの人ならそのぐらいやるでしょうから」
「それってこっちの警備が筒抜けじゃないか!」

アキトはその事実を聞いて叫ぶ。
こちらの情報が筒抜けなら易々と警備を突破されてしまうではないか!
けれどルリ達は涼しい顔であった。

「心配いりません。この警備コンピュータはダミーです」
「ダミー?」
「ええ、実際の警備情報の処理はオモイカネにやらせています」

ルリ曰く、警備コンピュータの情報は侵入者を騙すためのダミー情報なのだそうだ。もちろん、見抜けないほど本物そっくり・・・いや本物の警備システムで本物のデータを使っている。ただ、実際の警備員はオモイカネの指示で動いている。

「オモイカネに警備システムを?」
「い、いつの間に・・・」
「地球を脱出するためにハッキングしたんですよ?そのぐらいのコピーなんてわけありません」

確かにルリ達は地球脱出の際にネルガルの平塚ドッグをハッキングしている。
呆れるように言うエリナの視線にもルリ達は涼しい顔だった。

「え〜3班の方は2階の奥へ、4班は3階にまわって下さい」

メグミがテキパキと無線通信で指揮する。

「念には念を入れて指揮系統は既存の通信システムは使用せずにローテクを使ってるわ」

エリナもニッコリとウインクする。
この5人、結構やり手のようだ。
とはいえ・・・

「本当にアキさんを捕まえられるのかなぁ・・・」

全然楽観的な気分になれないアキトであった。



数分後・怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


『1班、対象をロスト!』
『2班、対象と遭遇しませんでした!』
『3班、暇です』

次々上がってくる報告はユリカ達の作戦からことごとく外れていた。

ゴート「ど、どういうことだ?」
ルリ「なんかこちらの仕掛けた包囲をことごとくかわされてますね」
ユリカ「ん〜〜」
エリナ「情報が漏れていた?」
ラピス「その心配はない。警備コンピューターはハッキングされているけど、オモイカネはハッキングされていない。無線の通信も傍受されない特殊なもの」
メグミ「でもまるでこちらの手の内がバレているようですね」

そう、ユリカ達はダミーの警備システムをわざとハッキングさせ、その情報通りにのこのこ行動した侵入者を捕まえようと罠を張ったのだが、それを見透かされてことごとく踏破されてしまったのだ。
敵はなかなか手強い。

「どうするんだよ、ユリカ?」
「ん・・・考えるのをやめます」
「はぁ?」
「アキさんの裏をかくのは無理でしょう。正攻法で行きます」

ユリカは敵の手強さを知るや、あっさり手法を変えることにした。
小細工では勝てないと判断したのだろう。
その見切りの早さは正しかった。



ネルガル本社のどこか


少女は警備の流れが変わったことを敏感に察知した。

「ん〜正攻法で来るつもりね」
『済みません・・・質問して良いですか、マスター?』
「なに、ラピ?」
『どうして事前に罠がわかったんですか?』

ラピと呼ばれる3D表示の少女は首を傾げた。
確かに自分の知らせた警備システムの情報通りに行動したら捕まっていた。
けれど、どうしてこの情報が偽の情報だとわかったのだろうか?

「ラピもいくら人間くさいとはいえ、まだまだだねぇ」
『・・・恐縮です』
「データを作りすぎ」
『どういうことですか?』

少女は簡単にラピに説明する。

「良く出来たデーターはあくまでも良く出来ているだけで、それ以上でもそれ以下でもないわよ」
『そうですか?疑う余地はあまりないように思えますが』
「計画が計画通りに進むなんてまずあり得ない。
 理想の計画で理想通りに進んでいるなんて不自然すぎるわ」
『相手はルリ様やラピス様ですよ?手厳しいですね』
「まぁ将来マムシと呼ばれるあの二人もこの時代じゃまだお子様だからねぇ〜
 スレてなくて初々しい。
 これがあの『マムシのルリ』だったら勝てる気がしないけど」
『そうなんですか?』
「もう少し人間関係に疲れたらわかるわよ」

少女はケラケラ笑う。
『そういうあなただってそれほど人間関係に疲れていないでしょう』と突っ込みたいのをどうにか飲み込むラピであった。

『で、これからどうするんですか?』
「もちろん、正攻法には正攻法で♪」

少女達の化かし合いはまだまだ続く。



怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


「物量に物を言わせて、全包囲作戦を行います」
「これまでの行動から対象はこの付近に潜伏していると思われます」
「みなさん、配置について下さい」

ルリ達が分析した配置をユリカが説明するとメグミがテキパキと指示をする。
確かに圧倒的多数が少数精鋭に対峙する場合、もっとも効果的なのはやはり一斉包囲であろう。

「なるほど。けれど囲みを突破されたらどうするの?」
「いくらアキさんでも一班10人のチームには敵いませんよ」
「そうか?」

ゴートもその説明に同意するが、アキトはそれでも勝てる気がしない。もちろんゴートは自分の部下に対してそんな柔な鍛え方をしていないと渋い顔をしているが。

「さて、アキさんはどういう手で来ますかね?」
「ん・・・どうだろう」

ルリの問いにいぶかしげな顔をするユリカであった。



ネルガル本社のどこか


「ピンポン♪
 確かに少数精鋭へ対応するには大兵力の集中使用が王道。
 包囲戦が出来ればベストだけど・・・
 逆に少数が多数に勝つ方法は兵力が分散したところを各個撃破する事♪」

ポチっとな♪

少女は手の中のスイッチを押す。
すると建物中で警報装置が鳴り響いた。



怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


部屋中サイレンや警報が鳴り響いた。
本物の警報システムには警報システムのアラームがあちこちで点滅していた。

「ど、どういうことだよ!」
「や、やられた・・・」

狼狽えるアキトに臍をかむユリカ

ユリカ「ラピスちゃん、センサーの状態は?」
ラピス「全てに反応あり」
メグミ「えっと警備員の皆さんがセンサーの点検に行きたいと・・・」
エリナ「ダメよ!包囲を解いちゃ・・・」
ユリカ「各班から3名を選んでセンサーを止めにまわって下さい」
エリナ「なんで!」

エリナがそんな馬鹿な!という顔をするが、ユリカも苦渋の決断なのだろう。
そう指示をせざるを得なかった。

「どういうことだ?」
「センサーはどこか一つだけが作動して初めて意味を成します。けれど全てが警報を出してしまえば全く意味を成さなくなります」
「あ・・・」

アキトの疑問にルリが渋い顔で答える。
一つだけ警報が鳴ればそこに侵入者がいることがわかる。
けれど全てが鳴ってしまえばどこに侵入者がいるかわからないではないか!

ユリカ「いま侵入者は大手を振ってセンサーのある場所を歩けます。
 つまりこちらは侵入者の居場所を特定することが出来ない状態なんです」
エリナ「けど囲みの中に侵入者はいるんでしょ?」
ユリカ「でも皆さんは囲みの中にいるのかどうかわからなくなってます。少なくとも『囲みの中にはいないのでは?』・・・そんな疑問を持ち始めていると思いますよ。
 だって囲みの外の警報も鳴ってるんですから」
エリナ「そ、それは・・・」
ユリカ「囲みの中に侵入者はいないかもしれない・・・そう思いながら包囲戦は出来ませんよ・・・」

囲みの中に侵入者がいない場合は全てが水泡に化す。全てをそこに賭けるにはあまりにもリスクが高すぎる。ここは兵力を割いてもセンサーの回復をしなければいけない。
そうなれば当然兵力は分散される。そこを各個撃破というわけだ。
典型的なゲリラ戦法である。

「けどこれからどうするんだ?」
「それは・・・」

そうこう言っている間に・・・

『第2班点検チーム、対象と接触・・・わぁぁぁぁ!』
「通信途絶しました」
「ロストした場所は?」
「3階通路奥です」
「もう一度残りの人数で包囲戦をかけます!残りの人はセンサーの回復に努めて下さい!」

誰かがやられるまで位置が特定できない。つまりそういうことであった。



数分後・怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


『突破されました・・・わぁぁぁぁ!』
と通信の向こう側から状況を伝えてきたが、それは不要だったかもしれない。

彼らが警備していた場所はこの部屋の入り口だったからだ。
とうとう警備員らを蹴散らして侵入者はやってきてしまった。
この場所に侵入者の望む物がある。ここが最後の砦なのだ。

ユリカ「アキト、ファイト!」
ルリ「アキさんと戦えるのはあなただけです」
メグミ「帰ってくるのが照れくさいあまりにこんなお茶目をするアキさんなんかぶっ飛ばして下さい!」
ラピス「ぶっ飛ばしちゃダメ!」
エリナ「いや、ぶっ飛ばさなきゃ捕まえられないわよ」
アキト「こ、こら!押すなって〜」

矢面に立たされるアキトが一番狼狽えていた。
いや、緊張しているのだ。
扉の向こうの侵入者は本当に彼の師匠なのだろうか・・・

プシュー

扉は静かに開く。一人の少女が静かに入ってきた。

「黒百合のつぼみ参上♪
 ネルガルの最高機密、いただきに参りました〜♪」

見知った姿の少女が入ってきた。
黒いマント、亜麻色の髪、そして特徴的なバイザー・・・
そう、彼女である。

「アキさん!」
「アキ!」
「こらラピス!落ち着きなさい!」
「どうしてこんな事をするんですか!」

ユリカ達は抑えきれずに次々とそう言う。
そしてアキトもどうしても聞きたかった質問を問う。
会えて嬉しいはずなのに、思わず声を荒げた!

「アキさん、どうしてこんな馬鹿げたことを。
 この世界は俺に託したんじゃないんですか!!!」

だってそうじゃないか!
火星で別れた時にこの時代を変えるのは俺だって言ってくれたのに!
けれど少女はさらりと受け流す。

「男なら拳で聞き出しなさい♪」

少女は構えると手をおいでおいでとする。まるでネオみたいだ。

「わかりました」

アキトは腹を据えて構えた。
その場にいた面々は二人の対決が始まるのを息を呑んで見守った。

ザザザ!

一瞬の間の後、二人とも動いた!
先の先を取るためである!

グワシィィィ!

波陣の応酬!
けれど両者のタイミングはピッタリと同じ!
互いの右手が相手の掌底を受け止めた。
だが少女の方がすぐに力のバランスをずらした。そのままアキトの腕を引き、体崩しに入ろうというのだ!
けれどアキトはそうはさせまいと微妙に腕を返した。
すると手首をねじ上げられて簡単に引けなくなる。
アキトはそのまま歩を前に進め、さらに絡みに入ろうとする。
それを察したのか、少女は一瞬で体の向きを変えて掴もうとしてきたアキトの手を払った。

ここまでほんの数秒。周りから見てもどんな応酬がされたのかわからなかった。
すごい戦いをしている。それだけがわかっただけであった。

一旦、両者は間合いを外す。
たったそれだけのやりとりなのにアキトの背筋は寒かった。
けれど反面恐怖もなかった。

『・・・どうしても敵わないと思えない』

それが今のやりとりで感じたことだ。
少し前ならアキさんには絶対敵わない。何をやっても受け流される、そればかりを思い知らされていた。

けれど今、目の前にいる女性にはそれを感じない。
確かに技のキレも良い。けれど怖さがない。
何となくそう思えて仕方がない。
自分が強くなったのか?
そう自惚れてみる気はアキトにも全然なかったが、それにしたって・・・

「まだまだ!」
「くっ!」

タンタンタン!

激しく少女に撃ち込まれ、アキトは防戦一方となる。
そして最後の一撃がアキトの腹に決まった。

ドスン!
壁に吹き飛ばされるアキト。

「アキト!」
「アキトさん!」
「ててて・・・大丈夫だよ。それよりも・・・」

悲痛な声を挙げるユリカらに大丈夫と合図をする。それよりもわかったことがある。

「・・・あなたは誰ですか?」
「それってどういう意味?」
「言葉の通りですよ」

アキトは自明のはずである事実に疑問を呈した。
最初、聞いている者たちは何のことかわからなかったみたいだ。

「偽物でしょ?あなた」
「え〜〜!?」

アキトの問題発言に当人ではなく周りの人間が驚いた。
彼女がアマガワ・アキの偽物だって!?
けれど少女は無言でアキトの告発を聞く。

「アキさんは技のキレだけじゃなく一撃がもっと重かった。
 自分が強くなったのかとも思ったんですけど、違うんですよ。
 あの人ほど上手くないんですよ、ハッキリ言って」
「・・・」

そんなアキトの分析にも動じない少女。
仕方がないのでアキトはとっておきの証拠を示す。

「第一、アキさんはもうちょっと胸が大き・・・」
誰の胸が抉れてるっていうのよ!!!

どげしぃぃぃぃ!!!

本日一番のスマッシュヒットがアキトの顔面に炸裂した(笑)



さらに数分後・怪盗「黒百合のつぼみ」警備対策特別本部


さてさてノックアウトさせられたアキトがようやく復活した頃を見計らって、少女は自分の正体をバラし始めた。

「仰るとおり、私はアマガワ・アキじゃないわ。むしろ彼女を捜している側よ♪」
「やっぱり・・・」
「何がやっぱりなんですか?ゴートさん」
「いや、大して重要な情報が盗まれているわけじゃなかったんだ。
 強いていえば・・・騒ぎを起こしたいが為に起こした・・・そんな感じの侵入の仕方だったから」
「なら、こんな大層な警備なんかしなくても・・・」
「売られた喧嘩は買う!」
「あはは・・・」

力説するゴートに苦笑するアキト。

「それで、あなたの目的は?」

ユリカが少女に尋ねる。

「騒ぎを起こせば本物が出てくるかなぁ〜と思いまして。
 まぁ本人の情報を集めていたっていうのもあるんですけど・・・
 やっぱりこれだけ騒ぎを起こしても本人が現れないということはこの時代にはもういないのか〜」
「確かに未来に帰っちゃいました」
「何年頃に帰っていったの?」
「2203年か4年ぐらいって言ってました」
「やっぱり入れ違いか・・・」

ルリが教えてくれた情報を渋い顔で聞く少女。
さて、一つの謎は解けた。

でももう一つの謎は残った。
彼女は一体誰なのだ?

「単なるそっくりさんにしてはアキさんに似ているというか・・・」
「やっぱり似てる?嬉しいな♪」

彼女はそう言われてニカっと笑った。
意識してアキに似た格好をしているようだ。

「でも、やっぱりまだまだだなぁ〜この時代のパパになら勝てると思ったのに」
「・・・パパ?」

この少女は恐ろしいことをさらりと言ってのけた。

「とてもじゃないけど、元いた時代のパパには勝てる気しなかったもんね。
 でもまぁこの時代のママ達は出し抜けたから良しとするか♪」
「・・・ちょっと君、今パパとかママとかいった単語をしゃべりませんでした?」

皆さん、一様に頷く。確かにしゃべりましたよこの人!ってな顔をしている。
怪訝そうなのは少女の方だった。
そしてその言葉の意味をようやく理解した時、少女達は怒り狂った!

ユリカ「アキト!なんでこんな大きい娘がいるのよ!!!」
エリナ「そうよ!不潔よ!」
アキト「不潔ってお前ら落ち着けよ!」
メグミ「落ち着いてます!落ち着いて正直に告白すれば半殺しで許しますよ!」
アキト「全然落ち着いてねぇ!
 第一どう考えたって計算が合わないだろう!
 この子どう見ても16歳以上には見えるぞ!」
ルリ「心配ありません。ギネスブックには8歳で子供を作ったとあります」
ラピス「なるほど、ギリギリ間に合う」
アキト「間に合ってねぇ〜!」

この前20歳の誕生日を祝ってもらったばかりだ。それじゃ4歳の時の子供か?
冷静さを欠いた少女達には正確な計算も出来ないようだ。
一人パパと呼んだ少女だけが溜息をついた。

「パパ、本当に気づいてないの?」

少女は追い詰められて脂汗ダラダラのアキトの顔を覗き込みながら言った。

「ほらほら、一度お世話になったでしょ?赤ちゃんの頃♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一同の長い沈黙の後、ある人物の名前に行き当たった。

「もしかして・・・シオンちゃん?」
「ピンポン♪」

もしかして、あの赤ちゃん!?
そう、確か以前、一人の赤ちゃんがボソンジャンプしてやってきた。
その名はテンカワ・シオンちゃん、一歳ぐらいの女の子の赤ちゃんである。
詳細は外伝ママプリ全5話を読もう♪(←宣伝モード)

「うそぉ〜あの子は確か可愛い赤ちゃんだったけど・・・」
「そりゃ、育てば成長するわよ」
「っていうか、あなたは西暦何年から来たのですか?」
「2222年かな?」

衝撃の事実を聞いて使い物にならないアキトの代わりにルリが尋ねる。
2222年・・・とすると・・・

「アキさんが帰ってしばらくしてから生まれたんですか?」
「その通り♪」

彼女はニカっと笑う。
どこかアキトの・・・というかアキさんの面影を残す笑顔であった。

となると一同の興味は・・・

一同「あなたのお母さんは一体誰!?」
シオン「え?」
メグミ「そうです!ママです!私ですよね!?」
ルリ「メグミさんはあり得ません。シオン、私が母ですよ」
ラピス「それは違う。アキの奥さんは私」
エリナ「あんた達ガキンチョの出る幕じゃないわよ」
ユリカ「もちろん私がアキトの奥さん♪」

我こそは奥さんと名乗り出る少女達。
そりゃ、シオンがアキトの娘だという事はその母親はアキトの奥さんになるわけで。
それはそれは醜い争いが繰り広げられていった。

アキトは頭が痛くなりうなだれていた。横でゴートが気の毒そうに肩を叩く。
しかし少女達は譲らなかった。
と、そこに・・・

もうママ達は!相変わらずケンカをするのは止めてよね!
「は、はい、済みません・・・」
「ったく、全然成長していないんだから」

シオンの一喝で静まる少女達。まるで未来の世界でも同じような光景が繰り広げられているかと思うと頭の痛いアキトである。
が・・・

すごい引っかかる台詞にアキトは気が付く。
けれどそんなアキトを無視して少女達は奥さん捜しを続けた。

ユリカ「シオンちゃん、私がママよね?」
シオン「ま、まぁ・・・」
ルリ「ウソです、私が母のはずです!」
シオン「そ、それもハズレじゃない気が・・・」
ラピス「私がママ!」
シオン「ら、ラピスママのその瞳で言われると認めざるを・・・」
メグミ「それじゃ、私は?私は?」
シオン「当たらずとも遠からず・・・」
エリナ「・・・じゃ私も?」
シオン「多分きっと・・・」
ユリカ「やっぱり私がアキトの奥さんね♪」

単純に喜んでいるユリカ以外の一同の頭にクエスチョンマークが飛ぶ。

アキト「シオンちゃん、さっき『ママ達』って言わなかった?『達』って」
シオン「言ったわよ」
アキト「達って・・・まさか複数形?」
シオン「そこのところが私にもわからないのよねぇ〜
 5人から『お前のママは私達よ♪』って言われ続けて育ったから」
一同「え〜〜〜!!!

今明かされる衝撃の事実(笑)

考えられる可能性は・・・

「5人がフュージョンして生んだとか」
「そんな非常識なことがあるわけないでしょ!」

ユリカの頭を叩くエリナ。

「ドラゴンボールじゃないんだから」
「確かに」
「まぁまぁ、5人ともシオンちゃんのママって事で仲良くしましょうよ」

手厳しいルリやラピスをなだめるメグミ。
とまぁ仲良き事は美しきかなということで丸く収まろうとしたその時・・・

「私、認めてないわよ」
「え?」

そう宣言したのは大の当事者であるシオンである。

「確かにユリカママやルリママ達には育ててもらって感謝しているわ」
「ユリカママ・・・ジーン♪」
「ルリママ・・・ジーン♪」

衝撃の発言のはずが、数名が呼び名の余韻でトリップしている。

「そこ、勝手に感動しない!
 ともかく、愛情を注いでもらって悪いんだけど、私はあなた達をママとは認めないわ!」
え〜〜!

そりゃそうだろう。5人にママと言われてママ同士が争うならともかく、誰もそのことを否定しないのだから、少女のアイデンティティーの根幹に関わることだろう。
誰が自分の真の母親か?というのは結構重要だ。

ユリカ「だから私が真のママだよ」
ルリ「私が本当の母です」
ラピス「私に決まってる」
メグミ「エリナさんは手を挙げないんですか?」
エリナ「わ、私は・・・」

真のママ論争再燃か!?と思われたその時、やはり当事者がそれを妨げた。

「シャラップ!言ったでしょ、認めてないって!
 5人とも!」
「・・・えええええ〜!?」

はっきりキッパリ否定するシオン

「まぁこんな非常識な5人なら否定したくなる気もわかるけど・・・」
「アキト酷い、ユリカが本当のママなのに・・・」

しょげるユリカを慰めるアキト。っていうか全然慰めていない気がする。
そんな外野にかまわずシオンは続ける。

「だいたい、何で私がこんな過去にまで来たと思っているのよ」
「そういえば、さっきもそんなこと言ってましたね」
「そうよ。ママを捜すために決まってるじゃない!」
「・・・」

少女は胸を張る。
しかしみんなは彼女の台詞を咀嚼しきれていなかった。
彼女はさっき誰を捜しに来たって言ってたっけ?

「さっきアキさんを探してるって・・・
 まさか!?」
「もちろん、私のママはアマガワ・アキに違いないわ!」
「えええええ!」

本日何回目の衝撃的告白だ?

アキト「だだだだだだだてててて」
ルリ「落ち着いて下さい、アキトさん」
シオン「だって私はこんなにママに生き写しなんだもの♪
 ほらほら♪
 未来の世界じゃママの写真一枚もなかったから手に入れるの苦労したのよ♪」

シオンは以前ネルガルに忍び込んだときに手に入れた写真を見せびらかす。

『・・・シオンちゃん、知らないのかなぁ?アキさんの正体』
『知らないんじゃないですか?』
『まぁアキさん本人にとっては消し去りたい過去でしょうし』

ユリカやエリナ達がボソボソの内証話をする。真実を知っている者達からすれば複雑な気持ちになるだろう。

「赤ちゃんの頃の記憶だけど、ママにあやしてもらった覚えがあるの。
 瞼を閉じればその光景が昨日のことのように思い出せる・・・
 あの人が絶対私のママに決まってるわ!」
「あ、あはははは・・・」

みんな渇いた笑いをせざるを得なかった。

『マスター、そろそろ戻りましょう』

潮時と感じたのか、シオンのコミュニケが開いてピンク色の髪の少女がそう促した。

「・・・誰?その子」
「ああ、この子?この子はラピ」
『お久しぶりです皆様、オモイカネ・ラピスEditionです。
 現在は本体がメンテナンス中なので携帯型で申し訳ありません』

そういえばシオンを迎えに来たのも確かに彼女であった。
・・・性別を女性と表して良いものかは不明なのだが(苦笑)

「そうだね。得られる情報もこんなものだし、帰ろうか」
『それでは転送コマンドを送信しますから』
「うん。それじゃパパ達バイバイね♪」
「あ、待った!」

少女は手を振り、バイバイする。
あっさりと帰ろうとする少女をアキトが思わず呼び止める。

「なに、パパ?」
「あの・・・未来の俺達・・・幸せかな?」
「・・・もちろん♪」

シオンはニカっと満面の笑みをこぼした。
きっととても幸せなのだろう。

バイバイ〜♪

そんな台詞を残しながら少女はボソンのキラメキとともに消えていった。



グランドフィナーレ


「そうか・・・幸せなのか・・・」

アキトは嬉しそうに呟く。
彼女の口振りだと未来に帰ったアキさんはあの後、男に戻れてちゃんとパパをやってるんだろう。5人の奥さんに囲まれて。
さぞかし幸せそうなんだろうなぁ〜

だとしたらそんな未来に続くように頑張ってみよう、アキトは改めて誓った。
アキさんが託してくれたのだから。

「でも・・・」
「どうしたの?ルリちゃん」
「謎が一つ残ってますけど?」
「謎って?」
「結局、シオンちゃんを生んだのは誰か?って事です」
「あ・・・」

一同、はたと気づく。
そうだ。確かに誰がシオンちゃんの生みの親か全然判明していない。

「ひょっとしてアキさんが生んだとか」
「!!!・・・パタリ」
「あ、アキト〜大丈夫〜」

言ってはいけない一言に卒倒するアキト。気持ちはわかる(苦笑)
必死に少女達が看病するも目を覚ますのは当分先のようである。

アキとアキトの物語はここでひとまず了としよう。

劇ナデに続くのか、それとも・・・
それはあなたの望む世界にこそ存在するのだから



おまけというか予告?


「ねぇねぇ、ラピ」
『なんですか?マスター』
「寄り道したいの」
『寄り道って・・・どこに?』
「2203年頃」
『え?どうしてですか?』
「もちろん、真相を確かめるの!
 パパとママのなれそめの現場を押さえるに決まってるじゃない♪」

少女はニカっと笑いながら答えた。
ラピedはふぅ〜と溜息をつく。この少女はどこまで騒動を起こせば気が済むのか・・・
大事になりそうなのだけは確実だった。

とはいえ、彼女が主人公の物語はそれなりに大冒険になるのであるが、それはまたいずれ別の講釈で(笑)



ポストスプリクト


ということで黒プリ後日談その5をお届けしました。

やっと後日談を含めて終わった感があります。
ひょっとしたら外伝なんかを書くかもしれませんが、これにて黒プリシリーズは筆を置くことにしましょう・・・

なんて書いているけど、最後に出てきた少女、なんでしょう?(笑)

本来はナデシコ3部作として書いてきて早幾年月、これで終わりかなぁ〜と漠然と思っていたりもしたのですが、もう少しこのシリーズは続いたりするかもしれません。
一応書くとしたらタイトルだけは考えています。

ナデシコNG
Next Generation って意味ですが
単純にNo Good の意味しか持たないかもしれません。

もちろん主人公は2代目Princess of Darknessを襲名するシオンちゃん(笑)
アキは1話当初の性格からアキトが混じり始めたけど、シオンは最初から最後まで初期型アキで突っ走るんじゃないかなぁ〜と個人的には期待しています。

時代は予告通り2203年のリベ2以降にするかこのお話の直後(つまりBlank of 3year頃)にするのか、ちょっと悩んでいます。

っていうか、黒プリ以上の敵とか謎とかもうないぞ!
・・・単純に娘萌え小説を書きたいだけだったりして(爆)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・スパイル 様
・あめつち 様
・ハギ 様
・天灯虫(仮) 様
・Chocaholic 様
・スレイヤー 様
・YSKRB 様