アバン


「お兄ちゃん、抱きしめて♪」
まぁ火星でやっていれば感動的なシーンではありましたが、それを今やっちゃおうっていうところにそもそも問題があるように思えるのですが(笑)

それはともかく、今回はちょっぴり未来のお話
皆さんも最終話にご都合主義的に現れたあの人達がどうして法則を無視してやってくることが出来たか知りたくありませんか?

え?知りたくない?
確かにそんなに大した理由はないんですが(苦笑)

ああ、これって黒プリ本編とはひょっとしたら無関係かもしれませんのでそのつもりで〜



2203年・地球連合宇宙軍


「ま、マジで死ぬ・・・」

その日10回目のその台詞をアオイ・ジュン中佐は呟いていた。
激務である。
ハッキリ言って激務である。
もちろん広くて浅い理由があったりするのだが・・・

「理由も何も、早くコウイチロウ叔父様に復活してもらえば良いんじゃないの?」
「そりゃそうなんだけど・・・」

猫の子も借りたくて秘書代わりにアルバイトを頼んだユキナは身も蓋もない台詞を言う。
しかし良いのか?
民間人を秘書代わりにして
いくら婚約者だとはいえ、公私混同だろう。

「そうなの♪ジュンちゃんにプロポーズしてもらっちゃった♪」

ユキナは薬指にはめられたエンゲージリングを誰とはなしに見せびらかす。

「若い者は良いですなぁ〜♪」
「本当に、本当に」
あああああ!ムネタケ参謀に、秋山少将!

いきなり部屋に入ってきてひそひそ話をするのは現在の宇宙軍トップツーである。

「しかしあの押しの弱いアオイ中佐がここまで大胆な行動に出るとは・・・」
「私も上司として鼻が高い」
「でもアオイ君はもっと真面目だと思っていたが・・・」
「まぁやりたい盛りですしこのぐらいは多めに見てあげないと♪」
あんたらが働かないからでしょうがぁ!!!
「まぁまぁジュンちゃん。からかわれてるんだから、突っかかっていったらよけい喜ばせるだけだよ〜」

頬を染めて下世話な話に花を咲かせる二人をジュンは指さして怒鳴った。
ユキナはいい加減このおじさん達の扱いに慣れたのか、逆にジュンをなだめる。

確かに目が回るほど忙しいのは彼らにも責任の一端がある。

「我々だって遊んでいるわけじゃない」
「いや、遊んでるでしょう、実際・・・」
「しかしだねぇ、我々は総司令の代行をやっているのだ。その上自らの職務もこなさなければいけないという可哀想な状況にあるわけだよ」
「ですが・・・」

秋山とムネタケは交互にうんうんと頷く。

ここ数日、宇宙軍総司令であるミスマル・コウイチロウ大将は病気を理由に休暇中だ。
病気の理由は後ほど述べるとして、同じ原因で宇宙軍は麻痺状態なのだ。

「そんな疲れた我々は一服の清涼剤を求めに可愛い部下を生暖かく見守りに・・・」
「だから何で僕をからかいに来るんですか!」

いくら仕事が忙しかろうが、その部分だけは断固承諾できないジュンである。

「なるほど、我々はお邪魔らしいですなぁ」
「なるほど、二人きりになりたいと」
「これは気が利かなかった」
「すまんすまん」
「な、なにを馬鹿なことを!?」

頬を染めながら秋山とムネタケはそう囁き合うのをジュンは真に受ける。

『ジュンちゃんわかってないなぁ〜』
ムキになれば余計からかわれる。こういう手合いは柳に風が一番であるのに・・・
ユキナは年寄り二人の話を聞き流しながら書類に目を通すのだが、彼女の婚約者はそれが出来ないようであった。

「やや、これはお邪魔した」
「後はお二人で仲良くしてくれたまえ」

二人は部屋を退出しようと後ずさったが、部屋を出ずに柱の陰に隠れた。
そして柱の陰からこっそりこちらを覗いている。

ジュンはウンザリするように溜息をつく。
この忙しい時に・・・

「まったく、ユリカにルリちゃん・・・
 さすがに今回ばかりは恨むよ〜」
「ジュンちゃん、気を落とさないの」

ユキナの入れてくれたコーヒーを啜るも、ジュンの気分は晴れなかった。
なぜならムネタケら以外にもこの部屋には滅入る存在がたむろしていたからだ。

「ルリさん、どうして・・・僕の給料の三ヶ月分を・・・」
「ユリカ・・・どうしてお父さんを捨てて・・・」
「ルリ君、あれほど僕は君の力になると言ったのに・・・」
「妖精達が・・・妖精達が・・・」

ブツブツ・・・それらは暗い口調で呟く。
まるでそこだけが暗闇の世界のような雰囲気でダメ人間達がたむろしていた。
頼むから仕事をしてくれと言いたい。

ジュンは溜息をついて窓の外にいなくなってしまった友達を思った。

『アキトさんの所に行きます。後はよろしく♪』

2203年、某日
数週間前、5人の女性達が旅行にでも行くような気軽さの置き手紙を残してこの世界からいなくなった。たったそれだけの事のようにも思えるのに世界は混乱していた。
あの置き手紙を読んだ時点でここまで事態が悪化するとはジュンも思っていなかったのに・・・



ナデシコ プリンセス オブ ダークネス
後日談その4 101回目のプロポーズ



再現フィルム・数日前


そこはネルガルにあるルリの執務室である。

「ル〜〜リ〜〜さ〜〜ん♪」
その日、マキビ・ハリはルンルン気分でルリの元にやってきた。ハーリーは今日ナデシコCのオペレータに昇進し、その報告をするためだ。

ハーリーはこの日を心待ちにしていた。
とうとうナデシコCを任されたのだ。
やっとルリと同じ能力があると周りからも認められ、社会的地位も与えられた!
ともあれ、これでルリに恋愛対象にしてもらえる。
そうなれば!!!

「高かったけど、給料の三ヶ月分♪」
手には小粒だが奇麗なエンゲージリング
そして真っ赤な薔薇の花束

気が早いが早速プロポーズをするらしい。
結婚できる年齢でないことを忘れて

バン!

「ルリさん、結婚して下さい!!!」

勢い良く扉を開けて入り、恥ずかしげもなくプロポーズをした。
けれど部屋の中で彼を待っていたのはルリではない。

「あの・・・それ僕に言ってます?」
「・・・か、艦長?」
差し出したはずの花束は何故かテンクウ・ケンの目の前にある。
ハーリーは気づいて慌てて花束を引っ込めた。

「あの・・・テンクウ艦長。なぜここに?」
「いやぁ・・・・そのぉ・・・」

ケンは手に持っていた花束を後ろ手にしたから、理由はハーリーと一緒かもしれない。

テンクウ・ケン
黒プリだけをご覧の方には馴染みがないかもしれないが元ナデシコBの艦長、現ナデシコC艦長である。
彼の活躍とナデシコ艦隊の詳しい内容はぜひ前作「Second Revenge」をご覧下さい(←宣伝モード(笑))

紆余曲折があり、ルリが退役した後、しばらく空位だったナデシコCの艦長に就任したのだ。というか、ナデシコBの乗員全てがナデシコCに移ってきただけである。
実際、ユリカやルリ以外、宇宙軍正規の軍人はほとんどいない。その彼女らがいなくなった以上、正規軍人で構成されていたナデシコBのメンバーがナデシコCに移ってくるのは当然の結果といえよう。

そんなことよりもネルガルのこんな所に目の前の相手がいるのか。
互いが互いを不審がった。

「それより艦長、ルリさんはいらっしゃらないんですか?」
「いや、僕も今来たばかりなんで探してるんだけど・・・」

・・・・

イヤな予感がする二人。

と、そこに
「なんだ、お前達ここにいたのか」

タイミング良くやってきたのは元木連中佐で現在はネルガルシークレットサービス隊長・・・またの名をネルガル会長の雑用係こと月臣元一朗であった。

「先輩!」
「あ、お久しぶりです・・・」
「先輩はよせ。もうお前の方が偉いんだから。」
「そんなことありません」

恐縮するケンとハーリーにかまわず月臣は用事を済ますことにした。

「でだ、渡すモノがあってお前達の元へ行こうと思っていたんだ。
 手間が省けて良かった」
「僕たちに」
「渡すモノ?」

月臣が懐から取り出したのは手紙であった。
それを彼らに手渡す。
彼らは差出人名を探すとそこにはホシノ・ルリと書かれていた。

ビリビリビリ

その場で開けて同時に読む二人

『アキトさんの所に行きます。後はよろしく♪』
その手紙を呼んだ瞬間の様子は筆舌に尽くし難かった。

ケンはその場で魂が抜けたように真っ白になり、
ハーリーは涙を溜めて真っ赤になった。

「る、ルリさんのぶわぁかぁぁぁぁぁ」
「お、おいコラ!」

ハーリーダッシュで泣いて逃げ出そうとするハーリーだが・・・

ぐわしぃ!

「お前は世話を焼かせるな!」
「うわぁぁぁぁ〜ん〜だって〜」

逃げ出すハーリーの首根っこを捕まえて部屋の中に連れ戻したのは高杉サブロウタである。

「すまんな、サブロウタ」
「いえいえ、不出来な弟がご迷惑をおかけしまして」
「離せ〜!サブロウタさんのぶわぁかぁぁぁ〜」
「馬鹿って仰りますか?忙しい合間を縫って帰ってきたのに」

ちなみに彼は現在アマリリスで艦長をしていたりする。

「ナデシコCへ任官されたから少しは男らしくなったかと思えば・・・」
「サブロウタさんなんかにわかるもんか〜」
「って何かあったんっすか?月臣先輩」

帰ってきたばかりで事態の飲み込めないサブロウタは月臣に尋ねた。
彼は近くで灰になっているテンクウ・ケンが手に持っている手紙に視線を送った。
サブロウタはハーリーの首根っこを捕まえたまま彼に近づき、空いた手でその手紙を奪い取った。

「なるほど、こりゃ一大事だ」
「これから俺は同じ事を宇宙軍にも伝えに行かなければいけない」
「・・・俺も着いて行きます。なるべく影響は少ない方がいい」
「そうしてくれると助かる」
「うわぁぁぁぁ〜ん」

月臣とサブロウタが溜息をつくも、ハーリーは泣き出した。
これからの惨状が目に浮かぶようであった。



再現フィルム・宇宙軍アララギの執務室


「妖精〜カムバック〜〜!」
「艦長!我らは悲しいであります!」
「妖精が二人とも!二人とも!」
「そう言うな!我らは妖精達の足長おじさんだ!
 彼女達の幸せを最大限に尊重せねばならないんだ!」
「ですが、彼女達の向かった先が女性に性転換した女男ですよ!」
「我らの妖精が百合になるなんて・・・」
「いや、それもいいかも♪」
「貴様!反省しろ!!!」

予想されたことだが、月臣とサブロウタは目の前の惨状をどうすることもできなかった。
アララギ以下、妖精愛好倶楽部の面々をさっさと見捨てて次の目的地に向かうことにした。



再現フィルム・宇宙軍コウイチロウの執務室


ユリくわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 どうして駆け落ちなんかするんだ〜!!!
 パパが悪かったのか!?
 確かに女になってしまったテンカワ君との結婚は考え直せと言ったが、それは親として当然ではないか!
 それなのにどうしてこんな短絡的な行動に出るのだ!!!
 ユリくわ・・・

あまりの大音響にコウイチロウの血の涙を伴う訴えを途中で打ち切って退出する二人

「サブロウタ」
「何ですか?」
「何故お前は自分だけ耳栓をしているんだ?」
「いや〜予想された結果ですから」
「なら何で俺に教えない」
「知ってらっしゃるものとばかり」

月臣は耳を押さえながら恨めしそうにサブロウタを睨むのであった。



再現終わり・ミナトの家


さてさて、ここはゴート・ホーリーとミナト・H・ホーリーの自宅である。
ちなみに住居は二世帯同居型をしたネルガルの社宅である。
玄関は二つだが中では繋がっている。
で、二つある表札の内、一階にあるのがゴート家、そして外から上がれる二階の玄関にある方はというと・・・

「提督は準備が良いですね・・・」
「こ、これには深いわけが!」

リビングで黄昏ながらハーリーが嫌みを言う。
嫌みを言われたのはジュンである。
なぜジュンが二世帯同居型のゴート家にいるかというと、二階部分がアオイ家であるからだ。もちろん、理由はゴート、ミナト夫妻の養女、白鳥ユキナに関係している。

「逆プロポーズされて住む家まであてがわれて・・・」
「こらこら」

ハーリーは自分がフラれた反動からか、思いっきりジュンに八つ当たりする。
確かにユリカやルリが失踪した事でダメージを受けた者たちが多数いるというのに、何事もないように順風満帆に結婚というゴールに目指しているカップルがいればさぞややっかむだろう。

「・・・ロリコン」
「ロリコンって!」
「10歳も年の離れた幼げな少女を手玉にとって!不潔ですよ!」
「いや、僕は一応清い交際をだねぇ・・・」
「そうです!ロリコンは犯罪です!あの男だって!!!」

どうやらジュンはある人物へ怒りをぶつける身代わりらしい。
確かにルリ達が追いかけていった人物もジュンと同じ年で、ルリやラピスの年と彼の年を比べればハーリーがロリコンと呼びたい気持ちもわからなくはない。

しかし、人に恥じることのない交際をしていた・・・というか一方的につきまとわれたあげく、なし崩しに婚約させられたジュンにとってそれは不当な言いがかり以外の何者でもなかった。

「まぁまぁハーリー君もそのぐらいで許してあげなよ♪」
「み、ミナトさん!?」
「起きてきて大丈夫なんですか?」

マタニティードレスを着て現れたのはこの家の女主人、旧姓ハルカ・ミナト女史である。

「というか、お前らがうるさいから九十九が起きたんだろうが」

続いて現れたのがこの家の男主人、ゴート・ホーリー氏である。

「ダァ♪」

ゴートの胸の中で無邪気に笑っているのはホーリー家の長男、九十九・ホーリーである。
ホーリー家勢揃いである。

「もう、ミナトさんったら身重なんだからほいほい動かないで・・・
 って、あら?ハーリー君来てたの?」
「あ、ユキナさんお邪魔してます・・・」
「うちの将来の旦那様をロリコン呼ばわりはやめてよね!
 婚約したからにはもう犯罪者じゃないんだよ」
「す、すみません」
「ユキナ・・・そのフォローもどんなものかと思うけど・・・」

続いて登場したユキナの身も蓋もないフォローに苦笑するジュン。

「大体、ハーリー君はなんでうちの家でいじけているの?」
グサ!

ユキナの早速厳しいツッコミ炸裂

「またミナトさんに甘えて、胸に埋もれながら慰めてもらおうと思ったんでしょ」
ち、違いますよ!そんなエッチなこと考えて・・・
「あらそうだったの?」
「な、なにぃ!?」
「別に良いけど」
「そ、それはダメだぞ、ミナト!」

いつぞやの、ハーリーがミナトに慰めてもらったことを言っているのであろう。
まんざらでもないミナトにゴートは思わず反対する。
その大声に驚いたのか・・・

「ふにゃぁぁぁぁぁ〜〜」

九十九が泣き出した。

「まずい!ハーリー君、顔を背けて!」
「え?」
「いいから!」

ユキナが警告するが、時既に遅し。

「おお〜九十九君、驚かせちゃいましたねぇ〜ごめんなちゃいねぇ〜
 ほら泣かない泣かない〜ベロベロばぁ〜♪」

ヒキィ!

一瞬場の空気が凍り付く。

しばらくした後、

「きゃっ♪きゃっ♪」
九十九君がゴートの百面相に嬉しそうに笑う。
けれどその光景を見ていたハーリーは精神汚染を受けていた。

「あ・・・あ・・・」
「遅かったか・・・」
「免疫がない人がこれを見ると危ないよねぇ〜僕も初めの頃はそうだった」
「そう?でも慣れるとこれがなかなか可愛いのよ♪」

いい加減に慣れてしまったユキナとジュンがハーリーの様子を我が事のように同情する。
一人ミナトだけは痘痕に靨なのだろうか?

「ほ〜ら〜♪九十九〜これなんかどうだ♪」
「きゃっきゃっ♪」
親馬鹿ゴートの締まりの悪い顔も見れたものではないのだが・・・
みんなの一番の疑問は

『九十九君、よくあの顔で怖がらないなぁ〜』

ということである。肝っ玉はゴート似であるのだろうか?
ならば顔まで似てしまわなかったのは不幸中の幸いといえるであろう。



宇宙軍・訓練室


「おい、なんだよ〜シャキッとしろよ!シャキッと」

リョーコは訓練相手に不満を漏らす。

「いえ、わかってるんですけど・・・」
「ったく、ルリがいなくなっただけでこの様かよ・・・」

リョーコが溜息を漏らすも、訓練相手の気力は沸き上がらない。

「艦長はもういい!おい、サブ!相手になれよ」
「俺?さっき十分やっただろ?」
「他に相手がいないんだよ」
「けど夜に残しておく体力がなくなるっすよ?」
ば、馬鹿野郎!なにを言ってやがるんだ!

サブロウタのジョークにおもしろいように反応するリョーコ

チラリ・・・

二人は馬鹿騒ぎをしてみたものの、彼テンクウ・ケンの気分は落ち込んだままだった。

「ったく、どいつもこいつも辛気くさい顔をしやがって・・・」
「そうですね。テンカワ少将とホシノ大佐がいなくなっただけなんですがねぇ」

そんな雰囲気は別に宇宙軍だけでない。
たった5人がこの世界からいなくなっただけなのに世界はまるで曇天模様のようだ。
何故なのだろう?



アマノ・ヒカルのアトリエ


「先生〜締め切り3時間前です〜」
「わかってる!」
「本当にわかってるんですか?
 もう影の締め切りも裏の締め切りも真の締め切りも最後の締め切りもとっくに過ぎてるんですよぉ〜
 これを落としたら輪転機の締め切りすらぶっちぎってしまうという・・・」
「わかってるから黙ってて〜」

担当が泣いて縋り付くのを振りほどきながらヒカルは必死に原稿を描いていた。
その部屋では修羅場が訪れていた。
修羅場も修羅場、週刊1本、月刊が2本、カラーの挿し絵が3枚、おまけに今度のコミケ用の同人誌がまるまる24ページテンパってる。

「どうして今回はこんなに切迫してるんですか?」
「優秀なアシがいなくなったから・・・」

そう、いつもならこのぐらいの量、なんということなかったのだ。
けれど今回は違う。優秀なアシスタントに逃げられたのだ。
トーン貼りの名手、ホシノ・ルリが・・・
おまけにべた塗りと集中線の達人ラピス・ラズリも一緒に(笑)

「え〜い、トーンの魔術師と呼ばれたアマノ・ヒカルの腕前を今こそ見せてやる!」
「先生落ち着いて下さい〜そんなに丁寧に張ったら3時間じゃ原稿上がりません〜」
「それよりも人物にペン入れして下さい〜」
「だって〜」

何気ない日常も彼女達がいないだけで少しずつ変わる。
物足りなさとともに・・・



一期一会・サユリの食堂


「いらっしゃいませ〜」
「ウリバタケさん〜お久しぶり〜」
「よ!エリちゃんにミカコちゃん」

そこはサユリがオーナーシェフを務める小さな食堂である。
ここはその筋でも有名な知る人ぞ知る名店でもある。

一時期活躍していたあの人気アイドルグループ、ホウメイガールズの店としてちょっとした話題にもなったのだが、グルメ評論家からは所詮はアイドルのお遊びだろうと冷笑されていた。
しかし冷やかし半分にこの店に訪れた客は必ず足繁く通うようになる。
とはいえ訪れた評論家達は以前の自分達の言説を改めようとしない。
そこは快適な空間であり、自分のお気に入りの場所をわざわざひけらかして騒がしくしたくないという思いがあるのだろう。

だからここは相変わらず程々の人数でにぎわう気持ちの良いお店なのである。

可愛い店員さん達の行き届いたサービス
そして腕のいいシェフ
棚には世界中から取り寄せたという調味料の数々
基本は中華なのだが、なじみ客になると好きなリクエストをきいてくれるのだ。

いつだったか、ロシア料理のボルシチを頼んだ男がいた。
さすがにそれは知らないとシェフはごめんなさいをしたが、数日後勉強してきっちりと本場の味を再現して彼に振る舞った。
「故郷の味には敵わないでしょうけど」
と優しく微笑むシェフの言葉にその男は涙を流しながら食べたそうだ。

そんな店だからこそ、人々に愛された。

さて、そんな気持ちの良い料理店とは別の顔をこの店は持つ。
元ナデシコクルーのたまり場である。
昔はホウメイの所の日々平穏とアキトの屋台であったが、今ではアキトの屋台がなくなったのでこの二つの店で等分している。

昔話をしたい者たちが特に申し合わせもせずに集う。

「ウリバタケさん、何にします?」
「ん・・・ラーメンとチャーハン」
「はい♪ラーメンにチャーハン入ります〜」

ふぅと溜息をつくウリバタケであるが・・・

「どうしたの?」
「どうしたのって、生き甲斐がねぇ」
「あら?改造工場はどうしたの?」
「順調だけど・・・こう燃え上がる発明ってやつ?そういう依頼がとんとこないんだ」
「どうせ合体変形屋台なんて作っているから敬遠されているんじゃないの?」
「うるせぇ!ガイーンは男のロマンなんだ!・・・え?」

ウリバタケは今更ながらに自分の愚痴を聞いてくれた人物に気づく。

「はい、ウリバタケさん、ラーメン」
「ああ、ミカコちゃん・・・ありがとう」
「はい、イネスさんはスパゲッティーカルボナーラです♪」
「ありがとう」

ラーメンとスパゲッティーが並べて置かれる情景もなかなかシュールではある。

「い、イネスさん!?あんた、なんでここに!?」
「いちゃ悪い?」
「いや、悪くはないけど・・・」

何事もないように座ってスパゲッティーに手を出していたのはイネス・フレサンジュである。けれどこれは珍しい。彼女はこの店の常連ではないからだ。

「なんでまた・・・」
「まぁ何となくね」
「なんとなくねぇ・・・」
「あなただってそうでしょ?かしましい彼女達がいなくなって何となく寂しいんでしょ?」
「・・・」

当たりである。
少し前まではユーチャリスとかブラックサレナとか改造をばりばりやっていたのだが、その依頼主であるルリ達がいなくなった途端に気が抜けたのだ。

だからこそ、祭りの後のもの悲しさが心を苛むため、元ナデシコクルー達と話をしてその隙間を埋めようとしているのだ。

「そういうイネスさんこそどうなんだよ」
「あたし?」
「何でルリルリ達と一緒に過去に行かなかったんだよ」
「なんでかしらねぇ・・・」

その理由はイネスにもわからない。
アキトはアイちゃんの大事なお兄ちゃん。
けれどあの5人の間に割って入るほどの自信がなかったのか?

そんなことはないと思う・・・多分

「近くに居すぎたから・・・かもね」
「なんだい、そりゃ?」
「あなただって、ご都合主義満載でアキト君達に手を貸してたんでしょ?」
「そりゃ・・・まぁ」

ウリバタケもブラックサレナの調整など、それとなく裏でアキト達を助けていた。
だからこそ、世間はもういい加減に彼らを解放してやっても良いんじゃないか?

「過去に行ってそれで幸せなら、連れ戻すのも野暮なんじゃないの?」

イネスの言葉にウリバタケも渋々頷く。
けれどその言葉を全く別の人物が否定した。

「本当にそうなのかい?」
「「え?」」

イネスとウリバタケは驚く。
慌てて横を振り向くと・・・

「あ、僕ビーフストロガノフ♪」
「アカツキさん、そういうオーダーは予約を入れていただかないと」
「んじゃ餃子定食♪」
「ネルガルの会長さんでも餃子定食なんですね♪」
「まぁね」

などと人の言葉を否定した人物は朗らかにオーダーを取りに来たハルミと語らっていた。

「落差の激しい注文ね」
「ってツッコミどころはそこじゃないだろう!
 アカツキ!お前何でここに!」

イネスのボケに調子を狂わされながらもウリバタケはいつの間にか現れたネルガル会長アカツキの首を絞める。

「知らなかったのかい?僕はこの店の常連なんだよ♪」
「・・・どうせホウメイガールズの尻を眺める為だろう・・・」
「まぁいいじゃないか。暴力団お断りとは書いてあっても会長お断りって書いてなかったし♪」
「それよりも、さっきの台詞、どういう意味?」

ウリバタケの詰問を飄々とかわすアカツキにイネスが本題の質問を行った。

「君達は過去を変えられると本当に信じているのかな?」
「そ、それは・・・」
「過去は変わらない。イネスさんもそれは知っているはずだ」
「・・・」

アカツキは核心を突く。
過去なんか変わらない。
アイちゃんは結局20年前の火星にボソンジャンプしてしまった。その歴史は変えようがなかった。
変わらなかったからこそ、今ここにイネス・フレサンジュという存在がある。
その歴史が変わるということは今のイネスの存在そのものの否定である。

「変わらないことを思い知らされるのはもう嫌なんでしょ?」

その問いに長い沈黙の後・・・

「・・・そうかもね」

イネスは吐き出すように告白する。

「おい、アカツキ、一体どういう意味なんだ?」
「夢は夢のままの方が良いってことさ」

一人訳の分からない様子のウリバタケはアカツキに尋ねるが、アカツキははぐらかすように答えた。

確かに・・・

今は禁じられているけど、ボソンジャンプを使えば過去に戻れる。
過去に戻ればあの悔いた日々をやり直せるかもしれない。
そう思えばこそ、今の自分は些細な選択のミスをしただけだと諦めることが出来る。
けれど、実は過去に戻っても歴史が変わらないとしたら?
歴史が変わって幸せになった自分を夢想することすら許されなくなる。

それはとても辛いことではないのか?

けれどウリバタケにはそのことはわからなかった。
イネスにだけ、人生を二度生きたイネスにだけはそのことがどれだけ辛いか身にしみていたのだ・・・



荒川の土手


「ダァ♪」
「こらこら、大人しく座っていてくれ〜〜」
「ゴメンね、ハーリー君。お散歩に付き合わせちゃって」
「いえいえ、こちらこそ〜」

ハーリーはベビーカーを押しながらミナトの後を着いていく。
妊婦さんには適度な運動を、そして九十九君にもお散歩をということで一番暇なハーリーがお供を務めることに相成った。

「いい天気ね♪」
「ええ・・・」
「でもハーリー君の心は曇り空みたいね」
「・・・済みません」

土手のちょっとした木陰に腰を落ち着ける二人。
視線の先では子供達と子犬が戯れていた。
確かにこんなに空は晴れやかなのにハーリーの心はどんより曇っていた。

「・・・ミナトさんは幸せですか?」
「ん?何よ、突然」
「だって・・・」

ハーリーは不意に尋ねてみたくなった。
ポケットから取り出した宝石箱を見ながら。

「あ、それ給料の三ヶ月分って奴?」
「ええ。ルリさんに結婚を申し込もうと思ったんですけど・・・」
「なるほど。ルリちゃんはアキト君を選んだと」
「ええ・・・でもルリさんが幸せならその方が良いのかなぁ〜とも思うんですけど」
「それで私が幸せか?っていうのとどう関係するの?」

ハーリーは自分のモヤモヤする気持ちを何とか言葉にして紡ぎだそうとした。

「過去を変えたらルリさんって僕に見向きもしなくなるのかな〜って」
「ん?」
「ルリさんって結局はアキトさん達との幸せな生活が望みだんったんでしょ?」
「そりゃ・・・そうよねぇ」
「でも僕とルリさんはルリさんが不幸な中で出会いました。
 ルリさんが幸福な歴史に修正しようということは僕とルリさんの関係も変わるかもしれません。僕はルリさんの弟にはなれないかもしれない。
 いや、出会ってさえいないかもしれません。
 ルリさんが僕を必要じゃないのかなぁ・・・そう思うと・・・」

なるほど、ハーリーの憂鬱の意味がようやく分かった。
そしてどうしてミナトに今幸せなのか?って聞いた理由も。

「もしその・・・歴史が変わったら・・・九十九さんが・・・
 いえ、この子の事じゃなくて・・・」
「白鳥九十九さんが死なずに済んだらどうするか?ってこと?」
「え、ええ・・・まぁ・・・」

歴史を変えるということ・・・
それはあるいは九十九が死んでいない歴史の事かもしれない
けれど、今ミナトはその婚約者とは別の男性と幸福な人生を送っている。

ミナトの表情が少し曇った。
ハーリーは聞いてしまって自分の配慮の無さを恥じた。
こんなところが子供だからルリさんに恋愛対象に見てもらえないというのに!

「そうね・・・九十九さんのことは今でも好きだけど・・・
 もし今九十九さんが生きていたらどういう結果になっていたのか、それは自分でもわからないけど・・・
 九十九さんのいないこの世界で下した自分の選択は今も後悔していないわ。
 生きている人は死んだ人に幸せにしてもらうより、生きている人に幸せにしてもらった方がいい・・・それは正しいと思うし」

ミナトはそうニッコリと笑う。
けれどハーリーにはミナトほど自分に自信が持てない。
それほど自分とルリの間の絆に自信が持てないのだ。
どんなに歴史が変わってもめぐり会えるという自信が・・・
たとえ恋人でなくても家族としての絆を繋ぎあえるという自信が・・・

そう思って落ち込んでいるとミナトはハーリーの頭をよしよしと慰めた。

「あなたが思っているほどあなたとルリルリの絆は弱くないわよ♪」

ミナトはそう言うが、ハーリーにはそれが本当かどうか自信が持てないところがお子様なのだと自分で自分を分析するのであった。



それでも日常は過ぎていく


誰もが感じる漠然とした寂しさ・・・
5人の少女がいなくなっただけなのに・・・
そんな寂しさを抱えながら人々は生きていく。

だが、それも日常の日々の暮らしに埋もれていくものかもしれない。
誰もが新たな出会いや絆に古い絆を忘れていく。
それが当たり前になっていく。

初めからアキトやユリカらがいなかったかのように・・・



ある世界の物語


『人の運命を操作するですって?
 人の運命は人々のものだ!
 運命を切り開こうとする人のものだ!』

彼女声が辺りに響きわたるが、誰もが伏し目がちに項垂れていた。



宇宙軍テンクウ・ケンの執務室


「艦長、コーヒーです♪」
「あ、ああ・・・済まないね」
「そんなことありません♪私は艦長のお役に立てて嬉しいんです♪」

通信士のカザマツリ・コトネは甲斐甲斐しくケンの世話をする。
ケンも少し甘えても良いなぁ〜などと考えるようになった。

寂しさは時間が解決してくれる・・・そんな風に誰かが言ったっけ
日常は全てを押し流す。
過去への感傷も・・・



ある世界の物語


『何を絶望しているの?
 私達にはまだこの身がある!
 選ぶ可能性がない?そんな馬鹿な!
 私達にはまだ可能性は残っている!
 諦めるか、諦めないか、選べる可能性が!』

だが、その言葉は誰の心にも響かない。
それこそが運命操作デバイスの影響であることを彼らは気づかない・・・



宇宙軍アオイ・ジュンの執務室


「総司令、いい加減にシャキッとして下さい!」
「す、すまんねぇ・・・」
「アララギさんも」
「そ、そうだな・・・」

ジュンに慰められるコウイチロウとアララギ。
時は人の心を癒す。
それだけでしか癒えぬものもある。

そして・・・

人々は徐々に立ち直りかけてきた。



ある世界の物語


『本当に運命に身を任せて良いの?
 これが望む運命?
 こんなものに身を委ねて本当に良いの?
 本当に後悔しないの!?』

悲しみに暮れてしまった方が楽になれる。
運命に身を任せた方が楽だ。
立ち向かおうとして傷つけられるのは痛くて耐えられない
もう傷つきたくないから運命に身を任せよう・・・



宇宙軍・高杉サブロウタの執務室


「ルリさ〜ん」
「お前もあきらめ悪いねぇ」
「だって〜」
「人の部屋でいじけられてもねぇ・・・」
「コトネさんに虐められるんですよ」
「そりゃ、こんな腐った大根みたいな男が近くにいたら虐めたくもなるだろう」
「ほっといて下さい!」
「けどなぁ、見守る愛だってあるんだぞ?」

ハーリーはいつまでもいつまでもエンゲージリングの入ったケースを眺めて諦めきれないでいた。サブロウタはいじけている弟を溜息をもって眺めた。

「サブロウタさんは!ちょっと自分が上手く行っているからと思って!」
「なんだよ、アオイ中佐の次は俺に絡むのか?」
「悪いですか?」
「そりゃ八つ当たりだろう。だいたい俺はお前と違って後悔しないようにアタックしたからな」
「う・・・」
「努力もしなかったお前に文句を言われたくない」
「努力はしようとしたんだけど・・・その前にいなくなっちゃったんだもの・・・」
「そんなにぐずぐず言うなら追いかけりゃいいじゃないか」
「追いかける?」

考えもつかなかったことだ。
けれど彼女達は遙か過去の世界にいる。
夢幻城の管理するボソンジャンプは過去へのジャンプを禁止している以上、それは適わぬ願いでもある。

「でも・・・」
「どうせ今のままでも十分情けないんだ。
 情けないついでにもう少し足掻いてみれば?」
「・・・」

サブロウタのその言葉もハーリーの背中をもう一歩押すまでには至らなかった。



イネス・フレサンジュの部屋


「お兄ちゃん・・・か・・・」
最近よく思い出す。
あの時の気持ち、あの時の光景。

火星遺跡の地下でアイちゃんを抱きしめたときの気持ち。
お兄ちゃんに逢えなかったアイちゃん。
そして自分は記憶を取り戻す。

懐かしくもあり、遠い昔のような気もする。
けれど私の歴史は変わらない。
私には選べる可能性はなかった。

なかったのだ・・・

フォトスタンドには昔撮った写真が飾ってある。
火星で撮った写真。ナデシコクルーと撮った写真。
そこにはみんな写っていた。
自分の姿も、ルリもウリバタケもアカツキもエリナも
メグミもミナトもホウメイもホウメイガールズも、
リョーコやヒカル、イズミの姿も
そしてアキトと仲良く腕を組むユリカの姿・・・

選べる可能性はなかった。
自分がアキトの隣にいるという可能性は・・・

イネスはいつの間にか眠った。
頬を涙で濡らしながら・・・



可能性のジャンクション


「ほら、耳を澄ませてご覧なさい。
 貴女のお兄ちゃんの声が聞こえるはずだから」

『アイちゃん!アイちゃん!』

あ・・・聞こえる・・・私を呼ぶ声が・・・

でも恐いの
目覚めるのが・・・
夢から目覚めたらきっと忘れてしまう。
夢で見たことは忘れてしまう
お兄ちゃんのあの声すらも忘れてしまいそうで恐い・・・

「貴女は強い子のはずでしょ?
 大丈夫、きっと覚えているわよ。
 あの人の声も温もりも!
 だから勇気を出して目を開けるの!」

わかった・・・
私はゆっくり瞳を開けた。

そこには・・・

「アイちゃん!」
「お兄ちゃん、やっと逢えた♪」

そこにはアキトお兄ちゃんがいた。
両手を広げて♪
だから私はその胸に飛び込んだ。
伝わる温もり、確かにお兄ちゃんに抱かれた温もりを感じる。

歴史は変わらなかった。
けれどこの温もりだけは私の記憶に残った・・・



イネス・フレサンジュの部屋


「・・・夢?」

イネスはいつの間に眠ってしまったのか、夢を見ていたみたいだ。
それはあり得ない夢。
史実とは違う、もしかしたら私の願望かもしれない。

でもふと顔を上げる。
目に留まったのはフォトフレーム。
火星でナデシコクルー全員と撮ったものだ。

けれど・・・どこかおかしい。

・・・知らない女性が写っている。
黒い髪、黒い服、バイザー姿の女性・・・
誰だろう?
思い出せない。

そして隣にはピンク色の髪の少女・・・
ラピスを幼くした感じの少女だ。

え?
いえ、待って・・・夢じゃないわ
夢のようでいて、私はこの人達を知っている・・・
知っている・・・

そしてこの写真に込められた意味を覚えている
まるでノートを消しゴムでこする光景を逆回しして消す前の文字が浮き上がるみたいに・・・

写真の裏に何か書いてあるはず。
それを自分は知っていた。
だからイネスはフォトフレームから写真を取り出してその裏を見た。

『2197年ささやかな革命のために』

そこにはそんな言葉が書かれていた。



ネルガル・会長室


堆く詰まれた書類のお代わりを持ってきた月臣はその部屋を見て愕然とした。

『しばらく出かけます♪』
机の上に一枚の置き手紙。
横にはなかなか器用に自らの自画像も描いていた。
投げキッスにウインク入りである(笑)

「おのれアカツキ!逃げたか!」

エリナが過去に行ってしまった後、ネルガルシークレットサービスの自分が何故か秘書らしい事をしていた。それ以来、仕事を逃げ出す癖のあるアカツキを如何に仕事をさせるかが彼の日課になっていた。
現在100勝0敗・・・つまり全戦全勝である。
しかし、その記録も今日までのようであった。

「ったく・・・ん?」

忌々しげに呟く月臣であったが、ふと机の上の写真を見つけた。

「そうか・・・約束の日は今日だったか・・・」

写真の裏の言葉を見て、月臣は優しく微笑む。
そして今日の一敗はカウントしないことにした。



ヒカルの仕事場


「資料をとって〜」
「は〜い」

ヒカルは手渡された資料を取り落とした。
その間からは写真がひらりと一枚落ちた。

「あれ?なんだっけ、この写真って・・・」
ヒカルは写真の裏も見てみる。
そこに書かれていた文字を見て・・・

「あぁぁぁぁぁ!」
「ど、どうしたんですか?先生!?」
「忘れてた〜今日よ、今日!遅刻しちゃう〜」

いきなり思い出したかのようにヒカルは叫んだ。
すると取るモノもとりあえずいきなり部屋を出ていこうとする。

「ちょっと待って下さい、先生!締め切りが!」
「そんなのあとあと♪だって大事な約束があるんだもの♪」
「約束?」

ちょうどピンポン♪と玄関のチャイムが鳴る。

「ヒカル、行くぞ!」
「ヒカルの国から僕らの為に〜♪来たぞ我らの〜♪」
「あ〜ん、リョーコにイズミちゃん〜ちょっと待って〜」

ドアを叩く親友達の声が聞こえる。
ヒカルは締め切りよりも友と誓った約束を守ることにした。



宇宙軍・参謀執務室


「少し落ち着きたまえ〜」
「これが落ち着いていられますか!」
「早くナデシコCの出撃許可を下さい!」

ムネタケは訳の分からない顔をしながら詰め寄ってきたハーリーとケンにタジタジになっていた。

「婚約指輪が!給料の三ヶ月分が!」
「ま、マキビ少尉、私は妻も子もある身だか?」
「参謀がじゃなくルリさんにです!」
「私情入りまくりねぇ」
「そうじゃなくて、過去が大変なんです!」
「過去といわれても・・・」

思わず暴走するハーリーを落ち着かせながらもケンがムネタケに説明する。
しかしムネタケも隣の秋山もその説明でわかるはずもなかった。
けれどケン達は必死に訴えた。

「これなんです!」
ケンが見せたのは記念写真だった。背景は火星。そして写っているのは元ナデシコAのクルー全員

「これが・・・なにか?」
「裏にみんなで約束を書いたんです」
「約束って・・・」

書かれている文字を見てもムネタケらにはわからなかった。
けれど理由は何となくわかった。

コンコン
ドアをノックして人が雪崩れ込んできた。

リョーコ「ほらさっさと行くぞ」
ヒカル「みんなで助けに行くよん」
イズミ「既に遅刻」
ミナト「九十九ちゃんも一緒に行きましょうね♪」
ゴート「こら、お前は残って・・・」
ユキナ「まぁまぁゴートさんも心配性なんだから」
ウリバタケ「ご都合主義と笑わば笑え!」
ホウメイ「まぁ、なんだ・・・その・・・」
ホウメイガールズ「とにかく行きましょう♪」

どかどか入ってくる人達にムネタケらは余計わけがわからなくなっていた。
それをフォローする人達が現れた。

「参謀、お願いします。昔からの約束なんです」
「アオイ中佐まで」
「その件に関して僕からもお願いするよ」
「おやおや、ネルガルの会長まで・・・」

ジュンとアカツキも現れて頭を下げる。
だからといって、おいそれとナデシコCを使えるはずもない。
けれど彼らは切り札を用意していた。

「ミスマル総司令、こちらへ」
「なんだい、高杉君・・・」

老け込んだコウイチロウの手を引いてやってきたのはサブロウタであった。

「いや、これからみんなユリカさんやルリさんを連れ戻すって言ってるんですよ」
「なにぃ!?ユリカを連れ戻すのか!!!」

鼓膜を破るほどのコウイチロウの叫び(笑)

「許可だ、許可!いますぐ連れ戻しに行くぞ!
 ワシ自ら指揮を執る!
 ナデシコC出撃じゃ!!!」

コウイチロウは一気に若返ったように張り切りだした!
こうなったらもう誰にも止められない。
元ナデシコクルーはしてやったりと笑い、ムネタケは渋々どこかに出港許可を取り付けるように指示を出した。

そして・・・

「みんな・・・」
「イネスさん、遅い!」

最後に入ってきたイネスはその光景を信じられないように呟いた。

リョーコ「イネスさんがいなけりゃ過去に行けないんだから」
ヒカル「そうそう♪」
イズミ「友達を助けに行きましょう」
アカツキ「僕は高みの見物をしにだけどね」
ミナト「もう、みんな盛り上がってるのに〜」
ユキナ「そうだそうだ」
ジュン「助けに行きましょう、僕らの仲間を。
 そして昔の僕ら自身を助ける為に、あの時助けてもらった恩返しをするために・・・」

イネスは信じられなかった。
自分の知っている歴史ではそんな約束なんか誰ともしなかった。
そう、ついさっきまでは
けれど、ここに集まった者達はずっと前から当たり前の約束のように集った。
まるで忘れていたことをついさっき思い出したように・・・

彼らは知っている。
あの火星での光景を。
大切な人達が戦っている姿を。僕達も戦っていたことを。
そして未来の僕達に助けてもらったことを。
だからこそ、今度は僕らが6年後忘れずに過去の僕らを助けに行こうと約束したのだ。

それは小さな革命
過去が変わって、ちょっとした約束をした。
たったそれだけのこと。
ささやかだけどみんなが忘れないようにと同じ写真をもって約束をした。
だからそれは素敵な革命
だってみんな約束を忘れずに集まったのだから。

「でも夢幻城は・・・」
「それは僕がハッキングしてでも何とかします!
 ルリさんを連れ戻すため!
 婚約指輪を渡すため!!!
「もう手遅れだったりして・・・」
「る、ルリさん〜僕を捨てないで〜〜」

めまぐるしく暴れるハーリーをイネスは少し涙目で微笑みながら眺めるのであった。



そしてささやかな革命


さてそれからどうなったかであるが、それを書くとまるまる一本の小説が出来るという規模になるので泣く泣く割愛されることになった。

一番のイベントはやはり夢幻城を説得しようと押し問答になり、一触即発になったことであろうか?
それは錯乱したハーリーのだだっ子パンチにも似たハッキングだとか、
パイロット5人によるエンジェル達とのチャンチャンバラバラだとか、
はたまた、イネスとむーちゃんのクイズ合戦だとか、
とにかく夢幻城を困らせに困らせまくったらしい。

最後は夢幻城が彼らの熱意にほだされて過去へ行く許可をしたとかしないとか
(単にこれ以上付き合いきれなかったからという説もあるが関係者一同が口を閉ざしたために真相は謎である)

そしてもちろん、この物語の締めくくりは次のシーンであることは言うまでもない。

メグミ「ボース粒子増大!何者かがボソンジャンプしてきます!」
一同「なにぃ!?」
ゴート「敵か?味方か?」
メグミ「えっと・・・識別コードは地球連合、木連のどれにも一致しませんが・・・どうも味方のようです」
ジュン「ようですってどういう・・・」
メグミ「船籍が地球連合宇宙軍」
一同「連合軍!?」

連合軍の戦艦にあんな形のものはいない。
メグミは疑問を明らかにする船籍データをさらに読み上げる。

「制式番号UE SPACY NC996C ナデ・・・」

『ルリすわぁぁぁぁ〜ん!どうか僕を見捨てないで下すわぁぁぁ〜〜い』

情けない声が6年前の火星に轟いたそうな。



ポストスプリクト


ということで黒プリ後日談その4をお届けしました。

ハーリーを主人公にしたつもりなんだけど、どこで間違えたのだろう?(苦笑)

どちらかというとリベ2の後日談という気がしなくもないですが、最終話になんでナデシコCがやってきたのか?というところを書いてみました。
なかなか平和な彼らを書くというのは楽しいです。

モチーフはタイムカプセルですが、ナデシコ風の(っていうかEXZS流?)のタイムパラドックスが入っています。時間の流れはあんな感じで最終話にかぶっていると思って下さい。

けれど、結局これだけのボリュームになってしまいました。
なんかこれで後日談最後って感じがします。出す順番間違えたかな?
けれどもう少しだけ後日談を書いて黒プリを終わらせようかなぁとか思います。

さてさて、次はどんな話を書きましょうか?(笑)

ということでおもしろかったなら感想をお願いします。

では!

Special Thanks!!
・ひよどり 様
・ハギ 様
・スレイヤー 様